ようこそ享楽至上主義の教室へ 作:アネモネ
出場選手を決める全権はたっつーにある。参謀たる金田君や運動部の人々の意見も聞いてはいるようだけど、とりあえずたっつーに任せときゃ問題ない、というのが我らBクラスの総意だ。ちょいちょい不満があるっぽい人もいるけど、そもそも今回の体育祭では得られる物も失う物もそう大きくないので普通に従ってる感じである。
ひよりんのおかげか運動も勉強も苦手な人への配慮についてはたっつーからも言及があったからかもしれない。言っちゃあ悪いけど運動が苦手な人は得意な人の捨て駒扱いされる場合がある。だがそういう万が一試験の点数が減るとヤバい人については捨て駒になるのは避けるようにして、それでも駄目で学年下位10名に入っちゃったら赤点回避のため金田君とかひよりんが試験前につきっきりで教えてくれるそうな。二人とも優しいなあ。
報酬のプライベートポイントに関しても適当に集めて分配したりして調整してくれるらしい。上位を取った人の得たポイントと、最下位を取った人が失ったポイントの相殺とかね。まあそれが一番不満の出ないやり口だろう。
参加表に関してもお任せ。何て楽ちんなんでしょう。提出期限まではたっつーしか知らないから他クラスに漏れる心配もゼロ。シンプルイズベストだね。
体育祭には準備も色々と必要になる。行進や入退場の練習なんかは先生から指導を受けて繰り返し行うけど、それ以外では体育の授業中も自由時間にしてくれるらしい。週1の2時間HRの時間も自由に使えるので、体育祭の練習時間はかなり多い。ここまでやる学校は滅多にないだろうなあ。
「じゃ、握力からいこっか」
まずはそれぞれの運動能力を測れとの指示が出たため、男女に分かれて行っていく。男子は100メートル走、200メートル走のタイムを計るので、握力測定器は女子が先に使っていいとのこと。記録用紙を挟んだファイルを手に私はクラスの女子に語りかけた。
「一応両手の記録を測って、結果は口頭で教えてね。2台しかないからテキパキやろう」
どこも握力測定器を使うらしく品薄になっていて、2台しか借りられなかったらしい。もっと用意しとけよ学校側。
21、22、26、24、29、25、20、18、……と言われた通りに記録を書いていく。全体競技の綱引きもそうだけど推薦競技の四方綱引きも男女別だから、この数値順で決まるんだろうなあ。
今のところ澪の42キロが最高記録だ。んー、どうしよっかな。
「ククリちゃんもどうぞ」
最後に私の番が回ってくる。ひよりんに記録用紙を渡して代わりに測定器を受け取った。モニター側を自分で見えるようにする。よし、落ち着こう。深呼吸だ。
軽く、ゆっくりレバーを握る。35、36、37、38……この辺りかな。
「ん、終わり!」
隣にいる澪に測定器を渡す。
「右手、38。はい次」
今度は左手で握る。ふう、ここで慢心せずにさっき以上に慎重にならねば……!
「へいパス!」
いい感じにできた測定器を提出。よし、無事終わらせたぜ。
「左手、38」
「ありがとうございます、書けました。それにしてもククリちゃんも伊吹さんも握力が強いのですね」
ひよりんから記録用紙を返される。ずらりと並ぶ女子の測定値の中では、結果として澪が1番、私が2番。うん、こんなもんかな。
「こちらこそありがとう。そうだね、たっつーがどう決めるかわかんないけど澪と私はたぶん四方綱引きメンバー入りかな」
「でしょうね。ま、どうせ勝ったところでポイントは入らないけど」
「でも推薦競技は1位50点だよ! 頑張らなきゃ」
個人競技ではないため残念ながら報酬は手に入らないものの、推薦競技は全体競技よりも点数配分が高いからね。重要なポジションですな。普通の綱引きはやったことあるけど四方のやつとかやったことないし楽しみ。力まかせだけでなく駆け引きとかも必要そうね。むむ、ククリちゃんの戦略性が試されますな。
100と200メーター走の2本を走り終えると記録を取っていた金田君から二人組の指定が為される。とりあえず速さが同じくらいの人同士でのペアを作って二人三脚の練習をして、相性を確かめつつ決めていくみたい。とっかえひっかえして最終的に私とペアになったのは干支試験の兎さんグループでも一緒だった藪さん。まだぴったり息が合うってほどじゃないけどクラスでもそこそこの速さなので、たぶん本番もこのままで行く感じだろうな。
推薦競技の男女混合二人三脚は澪と陸上部の
金田君もお世辞にも運動神経が良いとは言えないんだよね。まあこういうのはもうしゃーないと思う。2人には戦略的な面とか勉強面とかでいつもお世話になってるし、今回の体育祭はバーティとか石崎君とか武闘派メンツに頑張って欲しい所存。あとたっつーも何気に運動神経良いんだよね。ただ奴は真っ当に練習するよりいかに卑怯な手段を使って勝つかに注力しているので運動能力だけでは測れないのだ。正々堂々と戦おうよ〜。
9月9日。体育祭の練習で疲れる日々を送る私たちであるが、この日の私は元気だった。ふっふっふ、そう、今日はなんと────
「お誕生日おめでとうございます、ククリちゃん」
「ありがとう!」
マイバースデイなのである!! いえーい、ドンドンパフパフ〜。
今日という日は私のためにあると言っても過言ではないね。プレゼントとかはいらないとあらかじめ各所に宣言しておいたためクラスメイトからは直接机に来てお祝いの言葉を、他クラスや他学年からはチャットでのスタンプ送信とかでお祝いしてもらっている。
「おめでとう、ククリ。にしてもあんた人気者なのね」
わりと頻繁に振動する端末を見て澪がポツリと一言。
「いやあ、たまたま連絡先交換した人に優しい人が多いだけだよ」
チャットのアプリにはプロフィールに生年月日を入力する欄があり、非公開を選ばなければ誰でも見れるようになっている。連絡先を知った人の誕生日は確認してできる限りそのお祝いをするようにしているから、たぶんそのお返しでお祝いしてくれてる人も多い。あと単純に私の誕生日は覚えやすいんだろう。ククリで
中学では誕生日を祝う暇なんてなかったからなあ。この高校は閉鎖的な環境ということがあって娯楽が少ないというか、人間関係の構築が他の学校の何倍も大切というか、そこらへんも絡んできてるんでしょうな。
「あとは最近、連絡してる人も多いからねえ」
「体育祭関連ですか?」
「うん、そうそう」
全てはたっつーのせいである。奴は全方位を敵に回した。でも同じ白組だと最低限伝えるべきこととかもあるため、おかげで一之瀬さんとか石倉先輩とかから連絡が私に回ってくるのだ。何か窓口にでもなった気分。受付嬢なのかな私は。
お、桔梗ちゃんからもお祝いメッセージ来た。むむむ、彼女がすごーくDクラスの情報を流してくれていることを知っている身としては何とも言い難い気持ちになってしまう。まあ、楽できるのはありがたいんだけどね。体育祭での成績で学年から下位10名が選ばれてしまう以上、どうにかしてそれを他クラスに押し付けたいわけだし。
そういえば桔梗ちゃんの誕生日は1月かあ。1月の人多いんだよね、ひよりんに金田君にバーティも! お祝い返し、忘れないようにしなきゃ。
たっつーはAクラスからも情報を得ているようだ。今回もキャロルは不参加で、クラスを葛城君が率いてるわけだからね。坂柳派としては大敗はしたくないけど葛城君の足は引っ張りたいらしい。バッチバチですなあ。
「他学年から軽く話は聞いてるけど、どうも白組は敗色濃厚っぽいね。2年も3年もAクラスが圧倒的って。先輩たちほぼ諦めムードだよ」
体育祭は『特別試験』とは言われていない。だからこそ上級生は下級生にその話を普通にすることができる、と思ってる。あくまでも私が接した限りだけど、上級生たちには特別試験の情報を漏らすと退学になる、とかそんな感じの追加ルールがあるっぽい。たっつーも同じ考えらしいからほぼ正解と見ていいだろう。ま、2年生になったらどのみちわかることだけどね。
先日の体育館での石倉先輩のお話も録音していたのを聞き返したけど、体育祭について『特別試験』とは言っていなかった。「これからの試験の中には」と言っていただけ。曖昧な言い方とはいえ学校側の前でああも堂々と下級生への助言をしたのを見ると、やっぱ体育祭は別枠なのかねえ。
「戦う前からそれって。根性ない奴ら」
「まあ生徒会長と副会長がめっちゃ強いらしいからねえ。人望があって文武両道。私たちの学年と違ってぴしっとリーダーが決まってる感じだよ」
「ある意味まとまっている、というわけですか」
「うーん、そうとも言えるけど良し悪しかな」
一強、ということはそれ以外の人々は諦めざるを得ないということ。その点私たちは火花を散らしてるものの、みんなAクラスに行けると信じてるからこそ、そうなってるわけで。
2年も3年も内部はドロドロしてそうなんだよね。それはそれで楽しそうでもあるけどさ。
「白組が負けてしまうと、どの順位になってもクラスポイントはマイナスになってしまいますね」
「もうそこは仕方ないって感じですな。2,3年生の結果まで動かすのは無理だもん」
「でも始めっからAとDに有利なのは何かムカつく」
「Dクラスには運動できる人多いもんね。須藤某とかロックとかリンリンとか」
ロックは参加するか微妙だけど、運動神経的には須藤
でもAクラスも運動神経良いか。葛城君は普通ちょい上くらいらしいけど……
「堀北、か」
ぼそっと澪が呟いた。ん? そかそか、澪は無人島でDクラスに行ってくれてたもんね。あの時リンリンはリーダーやってたわけだし、面識あるのか。
「私たちのクラスもそう負けてはいませんよ。ともかく私は少しでも最下位にならないよう励むのみです……」
「うむ。ひよりんもそうだし、みんな練習頑張ってるよねえ」
「ま、勝負は時の運とも言うし、あんま根詰めすぎないようにしなよ」
「ありがとうございます、伊吹さん」
他のクラスは偵察とかもしてるけど、うちのクラスはほんのちょっとやってたくらいで今はただ練習だけしてる感じだ。そこだけ聞くと偉いものの、男子はいかに審判の目を誤魔化しつつ卑怯な手段で戦うかの研究なんかもやってるらしい。ただ真っ当に練習しないところがたっつーのクラスっぽいね。
女子のほうはと言うと陸上部の2人に走り方とかの指導を受けたりとか、綱引きとか玉入れのやり方を調べて色々試してみたりとか。うん、普通。たっつーによる卑怯テクニックレッスンも無いし研鑽あるのみって感じだね。組み合わせによって捨て駒扱いされたとしても、最下位のペナルティを免れてるかそうでないかは結構大きいだろう。頑張れひよりん!
「今日は練習の後にパレットへ行きましょうね」
「うん! 楽しみだなあ」
「特製ケーキを注文しといたから期待していいよ」
なんと夏休みの間にケーキを頼んでおいてくれたらしい。クラスポイントも増えることになって余裕があるからって。優しい。えへへ、放課後が待ちきれないよ。
お誕生日パーティーと言えるほどじゃあないけど、澪の誕生日の時みたいにカフェで3人で夕食を楽しむのだ!
「ケーキのために放課後の練習も張り切っちゃうぞ!」
「私は……ヘロヘロにならないように努力します。ククリちゃんと将棋も指したいですし」
うぐっ。ひよりんも将棋強いから多少疲れてるくらいでいいハンデなんだけどな……。
「将棋って、体育祭のために始めたんだっけ」
「うん。なんかこう、戦略的な視点を養えそうで」
あと一緒に始めてみようって誘われたのも大きいかな。ま、同じ初心者だったはずなのが彼女にはボロッボロの負け続きなんだけどね!
「図書室にはチェス盤や将棋盤もありますし……便利なもので、アプリを使ってでもお手軽にできますよ。伊吹さんもどうですか?」
うむうむ。オンラインで友達と対戦とかもできるんだよね、便利便利。ケヤキモールではもちろん将棋盤とかも売ってるけどちょっとお高いのだ。そのうち駒とかなくしちゃいそうだし。私は既に夏休みに買ったばかりのカピバラトランプの予備カードをどっかにやってしまったらしく発見できてないのである。うー、探せばきっとあると思うんだよ、探せば!
「私はそういうのはいい。ルール知らないし、身体を動かすほうが好きだし」
「そうですか……残念です」
しょんぼりするひよりんに、澪は罪悪感を抱いたらしい。
「オセロくらいなら……やってもいいけど」
「嬉しいです。ありがとうございます、伊吹さん」
オセロは大体みんなルール知ってるもんね。うーん、そう考えるとすごいなオセロ。ただいまいちリバーシとの違いがわかんないんだけど。言い方の問題?
「私ともやろーね! でも将棋とかチェスとかもやっていけばわりとルール覚えられるよ? 私でも覚えてきたもん」
「まあ、そっちは気が向いたら」
私知ってる。それやらないやつ。前向きに検討しますとか善処しますとかと一緒。
「ルールがわかりやすく書かれた本などもありますよ。子ども向けのものは面白いものも多かったですし、おすすめです」
懐かしいです、と話すひよりんのお家には本とかいっぱいありそうだった。家族ぐるみで本好き一家っぽいイメージだなあ。実際、寮のひよりんの部屋の本棚もなかなか充実してきてるからね。こういう学校で買ったものって卒業時に持って帰れるのかな。どうなるんだろ。
寮の部屋は人の個性が出てきて面白い。例えば澪の部屋はちょっぴり……うん、散らかってる。脱いだ服が床に落ちてるのを拾って畳むひよりんの姿がわりかし頻繁に見られるくらいには。あ、あと可愛いぬいぐるみが置いてあるんだよね。バーティの部屋は国旗がいっぱいで見ていると楽しい感じ。たっつーの部屋はくっそ殺風景。ほぼほぼ初期配置のままという。寝泊まりできりゃいいくらいに考えてそう。
再び端末が振動して、見ると思いがけない人からのお祝いメッセージ。およ、チェシャ猫のニヤニヤスタンプでも返しておこう。年度末に私もお祝い返しをせねばな。むー、忙しいのう。
そうこうしていると真鍋さん、山下さん、藪さん、諸藤さんの4人が私たちのほうへとやって来た。どことなくビクビクしている。別にクラスメイトだからといって強制じゃないし、お祝いは言わなくても大丈夫だよ?
「ククリさん、あの……お誕生日、おめでとうございます……!」
「「「おめでとうございます」」」
それだけ言うと一仕事終わった感じで席へと帰って行く。そんな彼女たちの様子を澪は不満げな感じで眺めていた。
「私あいつら、嫌い」
「んー、人の好みにはとやかく言えないけど、真鍋さんも話してみると楽しい子だよ。藪さんには二人三脚でお世話になってるし……ひよりんは諸藤さんと一緒だったよね?」
「はい。なので練習の際によくお話しするようになりました」
クラスには男女20名ずついるから、二人三脚は10組ずつのペアができる。陸上部の木下さんは
クルクルとペンを回す。
騎馬戦については4人1組が4騎、16人のみの参加。なので澪は騎手として頑張るけど私とひよりん、あと陸上部の2人はお休みである。いや、ちゃいまっせ。勝負に熱中しすぎちゃうとちょっとまずいかもしんないからで、サボりじゃないんだよ? ま、やるより見てるほうが楽しいってのはあるけどさ。
「なかなか普段は話さない人とも交流するってのは体育祭のメリットかもね」
二人三脚も騎馬戦もそうだし、玉入れや綱引きだって協力プレイになってくる。練習を重ねていくにつれ話す機会も増えるものだ。
まあ男子の練習はね、何というかね。軍隊みたいな感じになっちゃってるけど。和気あいあいとは程遠いんだよなあ。と、思ってたらその元凶たる人物が突然現れニョキっと手を伸ばしてきた。
「え、ちょ、だめっ。返して私の端末!」
奪った端末のロックを迷いなく解除しようとするたっつーに私は慌てて掴みかか……ろうとしたら流石に返してもらえた。ふう、危ない。というかこいつ私の端末のパスワードとか知ってるの? 怖い。後で変えとこう。
「もう、何するの龍園君。いきなり端末見るのはプライバシー侵害だよ」
「……送金してやろうとしたんだよ」
「ならID言うから普通にやって」
おまえ、本当に、ポイント、くれる? 私の疑り深い目に対してたっつーが自身の端末を操作すると、こっちにもちゃんと通知が来た。おお、1万ポイント振り込まれてる。何故だ。たっつーが優しい。槍でも降るんじゃあないか。
「ありがとう!」
心からお礼を言ったのに、フンと鼻を鳴らして去って行ってしまった。わーい、臨時収入だ。なんかお年玉みたいなホクホク感。
「何あいつ。祝いのつもり?」
「かな? とりあえずありがたくもらっとくよ」
「プレゼントは受け取らない、とククリちゃんが言っているからポイントにしたんでしょうか」
そんな気遣いのできる人に……成長したなあ、たっつー。ほろりと心のなかで涙を流していると、澪は険しい表情で呟いた。
「なんか裏でもありそう」
「うん、まあ、それは否定はできないね」
でもまあいいよ、こういうのは受け取ったもん勝ち。たぶん、メイビー。
これ以上たっつーが何考えてるかなんて話をしても意味がないと思ったのだろう。ひよりんは別の話題を切り出した。
「もしものお話ですけれど。プレゼントをもらうとしたら、ククリちゃんは何がほしいのですか?」
「んー、そうだなあ……」
私が誕生日プレゼントいらない宣言をしてるのは、それを買うために使わなくてはいけなくなるこの学校のプライベートポイントは金銭の代わりにとどまらないからだ。命は買えないらしいが、この学校内のありとあらゆる物を買えるとされるこのポイントについて私たちはまだまだ知らないことが多い。下手な出費は互いに抑えるのが賢明確実! たっつーに関してはまあ、私以上にポイントについて考えてる人である以上気にすることもないやって感じ。あと嫌がらせを含んでる可能性があるしね。
私たちに課される特別試験。上級生の、教員の、学校のルール。試行錯誤しているのを見るのは楽しい。最悪、ゲームの盤面を破壊すればいいだけだ。うんうん、ククリちゃんの得意分野だね。
「できないことだけどペットとか飼えたら嬉しいかも。実は前に子犬さんを見かけたんだよね、首輪付きの。生徒は動物飼えないから、従業員の人か先生が飼ってると思うといいなーって羨ましくなっちゃった」
「確かに癒やされますね、ペットがいると」
「だよねー。犬もいいけど兎さんとかも飼いたいなあ。夢のモフモフランドを建国したい!」
「ウサギって……」
干支試験の時のことを思い出したのか、澪がクスリと笑う。にっこりと私も微笑みを返した。
「前を向け」
時が経つのは早いものでついに体育祭まであと6日。参加表の提出期間2日目──提出期間は体育祭の1週間前から前日の午後5時までの間である──の今日、たっつーはふてぶてしく教卓に腰を掛けた。そこ、座るとこちゃうぞ。つか真ん前にいるとものすごーく邪魔。
決められた参加表は受理された時点で変更できなくなる、ということはないので大抵のクラスはとりあえず提出期間初日の昨日のうちに担任の先生へと渡していることだろう。もし期限を過ぎたらランダムになっちゃうからね、それはまずい。
何となく反抗したくなったので後ろを見る。うんうん、ちゃんとクラス全員揃ってるね。ぐるっと教室を見回して満足したので前に向き直るとため息を吐かれた。
「……参加表については体育祭前日、17時以降に告知する。必ず目を通して自分の順番を覚えておけ。今のところ二人三脚のペア、騎馬戦の騎馬に変更はない」
提出期限を過ぎないと競技に出る順番を教えてくれないらしい。ま、でも別に困りはしないか。100メートル走、ハードル競争、障害物競走、二人三脚、200メートル走は順番がどうであれただ走るだけだし、玉入れ、棒倒し、綱引き、騎馬戦はどうせみんなで参加だもんね。
もしこの後二人三脚のペアと騎馬戦の騎馬に変更があったら困るけど、流石にそこを変えるなら変更と決め次第すぐに教えてくれるだろう。
「はーい、質問。推薦競技は?」
一応ちゃんと手を挙げてから発言する。
「四方綱引き、男女混合二人三脚、学年合同リレーの参加者の変更もねぇ」
ふむふむ。さてさて、一番の重要事項を聞かねば。
「じゃ、借り物競争は誰にしたの?」
「ずっとうるせぇからおまえも入れてやったよ。メンバーは園田、俺、京楽、木下、矢島、石崎。以上だ」
よっしゃ、楽しみだぜ借り物競争! ありがとうたっつー。
メンバーを言ってくれたのはあれかな、どうせ借り物競争は誰が何番を走ろうとお題の運次第だからかな。いいのが当たるといいなー。『好きな人』とか出たらどうしよう。ひよりんと澪のどっちを選ぶべきか迷うね。
「────さて。クラスの方針程度は話してやろう。Dクラスを潰す。ただそれだけだ、簡単だろ?」
堂々とした口ぶり。どうやら無事に桔梗ちゃんからDクラスの参加表をゲットしたらしい。お疲れ様っす。
でも桔梗ちゃんの裏切りを知らないクラスメイトたちはちょっとざわついてる。まあそうよな。普通に考えると、ここはDなんかよりAクラスを叩く場面だもんね。
「ターゲットはDクラスの堀北鈴音。あいつをハメて、ズタズタにする。策はもう出来上がってんだ。あとはちゃんと演出してやりゃいい」
再び教室がざわめく。何でリンリンなのか疑問なんだろう。しかし反対意見はない。独裁者の宣言だからなあ。
「俺はDクラスのあらゆる情報を握った。参加する順番、メンバー、戦略……その全てだ。さらにDクラスほどじゃねえがAクラスもリサーチして情報を掴んである。仕上げに適当な人材をぶつければ勝利は転がり込む」
Aクラスについては坂柳派からの情報。Dクラスについては桔梗ちゃんからの情報。うん、この学年裏切りヤバいな。ギスギスしてる。癒しはCクラスの大天使ホナミエルたちだけだね。
「ああ、忘れてたぜ。須藤のバカも挑発して離脱させる。これは俺がやってやろう」
うーん、須藤某、単細胞だったもんなあ。たっつーの格好の標的だろうなあ。ちょっとだけ同情する。
「鈴音に関しては木下、矢島。個人種目は全てお前らとかち合うように仕組んである。必要なのは圧倒的な勝利だ。いいな?」
2人は静かに頷いた。いくらリンリンでも彼女たち陸上部には足の速さではかなわない。もしどちらかが当日体調不良とかになっても、もう1人がいる以上はリンリンの勝ち目はゼロと言っていい。
「騎馬戦でも開始直後、全騎一斉に鈴音を狙え。安心しろ、Dクラスと同じ赤組のAクラスはろくに動かない。この俺が保証してやるよ」
なんかまた裏取り引きでもしたのだろうか。こいつ、どこまでも暗躍しとるのう。
まあ私は関係ないしなあ、とぼんやり聞いてたら隣にいる澪が口を開いた。おお、出るのか異論反論。
「龍園。あんたの作戦にどうこう言う気はないけど、私に堀北と戦う機会を頂戴──」
反対意見ではなかったものの珍しく熱くなって語る澪をたっつーは
あれかね、因縁のライバル対決って感じなのかな。無人島で何があったか知らんけど頑張れ、澪。
そしてDクラス潰し作戦について演説したたっつーは木下さんと矢島さんを前に呼び出す。何やらこそこそ会話したあと、木下さんへと命令を下した。
「障害物競走では鈴音を巻き込んで転倒しろ。そしたら俺がその上に傷を負わせてあいつから慰謝料を取り立ててやる」
木下さんが緊張しながらも承諾し、話はリンリンにどのような条件でなら許すと言うかというものに移行。みんなが意見を出していく。
木下さんは全部の推薦競技に参加予定だから代役には40万プライベートポイントが必要になる。プラスで木下さんへの報酬が50万ポイント、だから合計90万ポイントになるけど、だったら切りよく100万ポイントの請求。あとたっつーがすっごく見たいらしく土下座もさせるということになった。性格悪ーい。しかしあれだな、こういうこと真面目に話し合うなんてこのクラスもわりとたっつーに毒されてきたなあ。
私はもう一度のんびりとクラス全体を眺めた。体育祭、どうなるのかねえ。
(だいたいのコンビニで中華まんは8-9月から3月まで販売しているらしい)
「コンビニの中華まんって何でこう美味しいんだろうか」
「ええ、おうちで食べるのとはまた違った風情があります」
「食べ歩くの好きね、あんたら」
「だって美味しいんだもん。ピザまんを考えた人は天才だと思うよ。あ、澪も一口食べる?」
「……もらっとく」
「伊吹さん、私の肉まんもどうぞ。そうそう、ピザまんは企業が売り出したものなのでどなたが作ったかは分かりませんが、中華まんの起源である
「なんと、あの軍師 孔明が?」
「はい。フィクションの可能性は十分にありますが、書物にはそのように記されています。なんでも、荒れた川を鎮めるためには神様に49人分もの首を捧げろと言われたところ、彼が小麦粉をこね人の頭の形にして中に肉を入れたものを代わりに川へ投げ込ませると見事氾濫が治まったんだとか」
「ほほう、それで
「食べ物の話にしてはわりとグロい話。にしても人の頭くらいの大きさの中華まんなんて作れるんだ」
「蒸すのもたいへんそうですよね」
「んー、でも大きい中華まん、いいなあ。バケツプリンなんかと一緒ですごく浪漫がある!」