ようこそ享楽至上主義の教室へ   作:アネモネ

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虚栄心は人を饒舌にし、自尊心は沈黙にする。

「……坂柳か」

 

「奇遇ですね、龍園くん」

 

 追加特別試験の説明がされた、夜。神室とともにケヤキモールのカラオケへ行った有栖は、その廊下で龍園とばったり出くわした。

 

「Aクラスは葛城を切るんだってな」

 

「ええ、あなたとの契約のこともありますしね。快く退学を受け入れてくれましたよ」

 

「クク。堅物は損だよなぁ。せっかく俺が退学を回避する方法を教えてやりに行っても、てんで聞く耳を持たなかったぜ」

 

「昼休みの件ですか。そんな話をしていたのですね」

 

 Aクラスの情報は全て有栖の耳に入る。葛城と龍園が接触した話は聞いていたが、その内容までは入手出来ていなかった。というより自分が批判票の矛先となり退学しなければ戸塚など慕ってくれていた生徒が代わりにされるだけだとわかっている葛城は、龍園に話しかけられてもすぐにその場を離れていたのだ。

 

 退学を回避する方法、というと。有栖は自身がDクラスに対して打ち立てた戦略を思い浮かべた。

 

 始まりは綾小路を退学させるようにというメールが来たこと。有栖の父を停職に追いやった学校側の人間によるものと推測できる。元々この追加試験は他クラスから賞賛票でなく批判票を投じる形にする予定だったらしいので、間違いないだろう。何者かが綾小路を退学させるべく用意した舞台装置。それに抗いどんなことがあっても綾小路を守れるよう、有栖はAクラスの持てる賞賛票の全てを綾小路に入れることを決めた。

 

 しかし単にそうするだけではつまらないし、有栖の代わりに綾小路を退学にさせようと学校側が何らかの介入をしてくる可能性もある。そこで有栖はとりあえず綾小路を退学にさせるフリをすることにした。使う駒は山内、そして櫛田。

 

 これから山内と会い作戦を吹き込む予定だ。退学にならない秘策と称して、逆に彼が退学への道を歩む道化となる話を。

 

 山内がやることは単純。櫛田に協力を頼み仲介役となってもらい、クラスメイトを引き込んで綾小路に批判票を入れる賛同者を作る。

 

 批判票の呼びかけをする主導者になれば逆に自分も批判票を集めるリスクが高まるが、そこは山内にはAクラスの賞賛票を入れるから安全だと言っておけば問題ない。無論、言質は取らせず書面にも残さないが。

 

 綾小路はいずれ自分が狙われていることに気づくだろうし、気づかずとも自身に批判票が集まるリスクを確実に回避するためクラス裁判を開くに違いない。退学すべき人を名指ししその理由を皆の前で証明する。山内が有栖と通じて動いていることを暴露すれば一気にその筆頭になる。そうでなくとも貢献度や能力面から考えてDクラスの重要度において山内は最下位。クラスにとって最も不要な生徒だ。

 

 山内による綾小路退学の呼びかけは口約束に限定させるので、このクラス裁判でみな彼を裏切ることだろう。結末は決まりきっている。山内の退学と、綾小路のプロテクトポイントの獲得。全てプレイヤーである有栖の手のひらの上だ。

 

「そっちはデートか」

 

「フフ。ご想像にお任せします。ですが、そうですね。立ち話もなんですから少しばかりそちらのお部屋にお邪魔しても構いませんか?」

 

 龍園が無言で部屋のドアを開ける。少し警戒した様子で神室が先に入り、有栖はゆっくりとそれに続いた。

 

「ククリさんと伊吹さん、石崎くんはいらっしゃらないのですね」

 

 部屋を見渡した有栖が残念そうに呟く。

 

「伊吹と石崎は頭脳労働には向いてねえからな」

 

 クラスの作戦会議には金田とひより。それとボディーガード役に口の固いアルベルトがいれば十分。今回、龍園はその3人しか呼んでいない。

 

「あいつがいねえ理由はテメエにも想像つくだろ」

 

「退学前の思い出づくりのように、様々なところへ顔を出しているようですね。ククリさんはケヤキモールの従業員にも仲の良い方が多いですから」

 

 有栖がククリからもらった連絡は【山内?】の一言のみ。林間学校で有栖が彼に転ばされ、そのあとの態度から山内を退学に追い込もうとすることが予想できたのだろう。勿論それを肯定した有栖であったが、ククリからそれ以上の話が出ることはなかった。退学を受け入れているのか、何も言わずとも有栖が自分に賞賛票を投じると信じているのか。それとも別の思惑があるのか。相談してくれないことに不満を感じるが、読めない彼女の行動も面白い。

 

「私のクラスは葛城くんが指名され、そちらはククリさんが立候補し。Dクラスは揉めに揉めるでしょうが、仲良しクラスである一之瀬さんたちはどのような選択をするのか。興味深いですね」

 

「欠片も興味ねえくせによく言うぜ。ま、俺としてもどうでもいいことだから話してやるが、貯め込んだポイントを吐き出すらしいな」

 

「それでも2000万ポイントには届かない気がしますが」

 

「足りねえ4、500万はお優しい生徒会長サマが無利子、3ヶ月以内の返済ってことで貸してくれるんだとよ。一之瀬との交際を条件にな」

 

 南雲生徒会長はまだ彼女を諦めていなかったのか、と有栖は少し呆れた。と同時に部外者である龍園がなぜそこまで詳細を知っているのかと疑問に思う。

 

「ククリさんからお聞きになったのですか?」

 

「ああ。あいつは朝比奈とかいう2年の女から相談受けたっつってたぜ」

 

「彼女ですか。南雲生徒会長と親しい間柄の方でしたね」

 

 朝比奈なずな。林間学校では有栖も同じ大グループに所属していたため数回程度話した記憶がある。一之瀬ほどではないにしろお人好しである彼女は、一之瀬が無理に南雲と交際するのを止めてあげたいのだろう。それに南雲の懐から、つまり2年の財布からポイントが出て行くことは歓迎すべきことではない。林間学校で2000万ものポイントを消費した影響だって浅くはないはずだ。

 

 何にせよ、一之瀬はクラスメイトを欠けさせないつもりに違いない。不要な生徒を排除するいい機会なのに、と有栖は不思議に思うが、まあそこは人それぞれだ。

 

「ところで、先ほど葛城くんの退学を回避する方法、とおっしゃっていましたが。クラスの賞賛票を葛城くんに投じさせるおつもりでしたか?」

 

「ハッ、誰がそんなつまんねぇことするかよ」

 

 龍園の口ぶりは負け惜しみではなさそうだった。ではどんな方法を、と有栖は最近の龍園の行動や彼の持つ武器を考える。少し思考を巡らせばすぐに答えは出た。

 

「なるほど。少々意外ですが、面白い方法ですね。たしか投票日は朝の教室への集合時間は平常通り、そして9時から一人ずつ投票室へ移動するのだとか聞きました。当日30分ほどとはいえクラスでの話し合いの時間が設けられているのはそういう事態を想定しているためかもしれませんね」

 

 龍園が説明せずとも勝手に理解した有栖の様子に、金田とひよりは驚きを隠せなかった。2人には龍園が葛城に語ろうとしていた作戦がどのようなものだったのか、それを察することができなかったのだ。

 

 側で聞いていた神室も何のことを話しているのやらさっぱりだったが、彼女が感心したのはむしろ龍園についてだった。有栖と対等に話せる人間は数少ない。特に最近の彼女はバカな山内と話していることが多いこともあってなおさら龍園の鋭さが浮き彫りになった。

 

「投票日は6日ですが、期間は問題ないのですか?」

 

「ああ、坂上に確認した。前日までに受理されれば問題ない」

 

「ふふ。それはそれは、ぜひともククリさんに対して私もとりたい手段ですね」

 

「今のあいつが了承しねえことくらいわかってるだろ。ま、こっちも葛城にその気がない以上話は終わりだ」

 

 龍園は葛城を積極的に助けたいわけではないらしい。しかし、と有栖は思う。これは自分にとって好都合な展開にできそうだ。

 

「龍園くん。葛城くんと結んだ契約、破棄していただけませんか」

 

「葛城を片付けた後は契約も片付けたいのか。強欲なこった」

 

 葛城と龍園が夏休みに無人島で結んだ契約。1人月2万プライベートポイントを龍園に差し出さなければいけないというのは坂柳個人にとっては些事であるがAクラス全体にとって不満の種だった。

 

 たとえこれを締結した葛城が退学しても、坂柳以外の他のAクラス生徒全員が署名している契約である以上はその効力は続くだろう。葛城の退学というのはクラスメイトに対しケジメをつけるだけのこと。ポイントの提出先である龍園が退学すれば無効となるだろうが、それも今回は難しい。

 

「対価としてプライベートポイントを支払いましょう。この先大きな買い物をするのでしたら、必要となってくるはずです」

 

「そう簡単に葛城の気が変わると?」

 

「いいえ、違いますよ。彼は自らを慕う生徒を守るために何の行動も起こさないでしょう。ですが投票結果の開示後、私への復讐に燃える予定ですから」

 

 葛城をAクラスの退学者として指名したのは学校側が学籍番号重複者の退学にどう反応するかを見たくて行ったことだが、その場にいた担任の真嶋が焦る素振りは全くなかった。そうなると山内と葛城という同じ学籍番号を持つ者を両方とも消すよりは、片方だけ消して残った生徒を観察したほうがいい。有栖は葛城を退学させると見せかけてその腰巾着である戸塚を切ることを決めていた。

 

 神室と学籍番号の重複している伊吹も退学させれば比較対象ができてよりよかったのだろうが、ククリの反対があった以上は仕方ない。

 

「ク、ククク……はっ、なるほどなぁ。確かに葛城は切るには優秀な男だ。ブラフってわけか、ヤツも可哀想に。本命は戸塚あたりか? クラスへの貢献度も低けりゃ裏切りを考えてる奴らへのいい見せしめにもなる」

 

 有栖はにっこりと微笑んで肯定した。それを見た龍園は笑みを深める。

 

「だが、俺にそれを明かしていいのか坂柳。おまえの邪魔をするため戸塚へ賞賛票を投じさせるかもしれないだろ?」

 

 龍園はクラスの全ての票を掌握している。ただ一言、戸塚に賞賛票を入れろと告げれば。それだけで彼に40票が集まり、退学を回避できることになる。

 

 これが厄介だから、龍園は今朝の説明の後にすぐにクラス内で退学者を指名することができなかったのだ。他クラスが龍園への嫌がらせのため賞賛票を使ってくる可能性は十分にある。

 

「そうなれば、次に批判票を集めるのは葛城くん。彼が退学することになってしまいますね」

 

「どちらが得かってことか」

 

「ええ、私は葛城くんが消えることになろうと一向に構いませんから。つまりあとは龍園くんの説得の腕次第でしょう」

 

 有栖の挑発には反応せず、龍園はしばし考え込んだ。

 

「……1872万。契約でこの先俺が受け取るはずだった金額だ。Aクラス様にはこの半分くらい、安いもんだよなぁ?」

 

 900万ポイントは出させるつもりらしい。有栖は笑顔で言い放った。

 

「500万」

 

「850」

 

「550万。しかし条件を足しましょうか。私は賞賛票を40票、ククリさんに入れることをお約束します」

 

 自らに批判票を入れるようにククリが呼びかけても、集まるのは最大39票。確実にプラスになる。

 

 龍園はそんな有栖の提案を鼻で笑った。

 

「仲良しこよししてるのに、無償で助けてやろうとはしねえのかよ」

 

「いえ、本当にククリさんが窮地にいるならそうしますけれど今回の場合、龍園くんがただ別の人を退学者として指名すれば済む話でしょう?」

 

 それに。退学すればホワイトルームに連れ戻されてしまう綾小路とは異なり、ククリとは卒業後にも普通に会える。優先順位としては下だった。

 

「想像よりドライだな。もっと執着してるように思ったが……ま、俺があいつを救ってやるかは別にしても大した旨みのねえ話だ」

 

「そうでしょうか。Aクラスが一時的にとはいえ、ポイントを失うことになっても?」

 

 その言葉に龍園はピクリと眉を動かす。少し黙り込んでから、口を開いた。

 

「……書面と録音を渡せ。750」

 

「ふふ。詳しくは聞いてこないのですね」

 

「テメエが執着する対象は2人だけ。聞くまでもねえよ」

 

 簡単に成立する会話の心地よさに有栖は目を細める。こういう相手は貴重だ。最近頻繁に会っている山内は馬鹿で扱いやすいが、下心ある男の相手は疲れるところもある。龍園との挑発交じりの応酬は面白く、ついこうして話しかけてしまう。

 

「600万。それに、そうですね。次回の特別試験の際、龍園くんに協力できることがあればして差し上げましょう」

 

「随分と余裕だな」

 

「性分なものでして」

 

 有栖は自らの勝利を疑わない。それがたとえ、綾小路との勝負であっても。ただ。絶対に負けるはずがないと考える一方で、敗北を教えてくれるかもしれないという感情もあることは確かだ。優劣を決する、上か下かを見極める、そんな機会が訪れる未来を想像するだけで胸が高鳴る。

 

 龍園はというと、瞑目し。やがて頷いた。

 

「いいだろう。600万、ただし──」

「わかっています。葛城くん次第、ですね」

 

 どう考えても龍園側が損をする取引なのだ。ある程度の譲歩は仕方ない。

 

「有意義な時間となりました。それでは失礼いたします」

 

 扉のほうを向く有栖に、神室が無言でそれを開ける。コツコツと杖の音が響く。

 

 廊下に出た2人はそのまま自分たちの部屋へと歩いた。

 

 中に入るとそこにはまだ誰もいない。有栖はゆっくりとソファに腰をかけた。

 

「よかったです。まだ山内くんは来ていないようですね」

 

「あんた、いつも待ち合わせには先に着くようにしてるけど。何か理由でもあるの」

 

「下手に小細工でもされては面倒でしょう?」

 

 遅れては相手に申し訳ない、だとか殊勝な理由などではない。酷薄に笑う有栖の姿は山内と話している時のぶりっ子のような態度よりよほど彼女らしかった。

 

「綾小路を潰すために山内へうちのクラスの賞賛票を20票やる計画なんでしょ? 京楽へ40票なんて、無理じゃないの」

 

 有栖は自らの側近たちにいくつかのことを伝えていた。1つ目は葛城への指名はブラフであり、退学させるのは戸塚にすること。2つ目は山内を使って綾小路を退学させること。3つ目、山内に賞賛票を適当に与えること。1つ目は真実だが、2つ目と3つ目は嘘。有栖は側近をも完璧には信用していない。Aクラスの賞賛票を山内などではなく綾小路へと投じさせることは、投票日前日の夜になるまでは話さない予定だ。龍園には勘付かれたようだが、彼も綾小路の退学なんてことは望んでいない以上、邪魔することはないだろう。

 

「単純な話ですよ。私はAクラスからククリさんへ賞賛票を入れるとは言っていません」

 

「他クラスの賞賛票を入れさせるって言うの?」

 

「ええ。一之瀬さんについて、興味深い話がありましたよね」

 

 神室は少し悩んでから、口を開いた。

 

「生徒会長から借金するっていう、アレ?」

 

「その通りです。人の弱みにつけこんで交際を迫るとは、南雲生徒会長もなかなか人が悪い」

 

 山内に気がある素振りを見せて(たぶら)かしているあんたが言うのか、と言いたくなった神室であったが、ぐっと堪えた。

 

「足りないポイントを私たちが無利子でお貸しする代わりに、Cクラスの賞賛票40票をククリさんへ投じていただく。他クラス用の賞賛票は戦略的に使うことも出来る貴重なものですが、今回限りのもの。これから先ずっと南雲生徒会長と交際しなければいけないという条件よりよほど軽いでしょう」

 

「それでも一之瀬があんたの提案を蹴ったら?」

 

「その時は、クラスメイトの方々に教えて差し上げればいいのです。あなた方のクラスのリーダーは、あなた方を守るために不本意な交際をしようとしていると。そうすれば彼らは全力で一之瀬さんを説得にかかるでしょうね。ついでに、一之瀬さんの万引きという過去が暴かれたのは南雲生徒会長が原因だと伝えればなおさら止めようとするでしょう」

 

 南雲との交際が一之瀬にとって不本意なものであるというのは確実。自覚があるかはわからないものの彼女は綾小路に惹かれているのだ。見ていれば有栖には容易に察しがつく。

 

「相変わらずえげつないこと考えるのね。でも500万もポイントを貸すメリットなんてないでしょ」

 

「いずれ返済していただくのですから、そうデメリットにはなりませんよ。むしろこれで確実に他クラスが2000万ポイントも浪費してくださるならありがたいことです。一之瀬さんとククリさんへ恩を売ることもできますしね」

 

「……龍園への支払いと合わせると1000万ポイント以上出すことになる。次の特別試験で不利にならないといいけど」

 

「ふふっ。その心配は無用ですよ、真澄さん。ABCどのクラスも出費することになり、Dクラスのポイントは元々たかが知れていますから。条件はほぼ同じです」

 

「? 一之瀬とあんたはともかく、龍園に出費なんてないでしょ」

 

 首を傾げる神室に、有栖は薄く笑った。

 

「そうですね。そこにはまず、龍園くんの話していた退学の回避方法が絡んでくるのですが」

 

「賞賛票以外のやり方とか言ってたヤツね。私には見当もつかないけど」

 

「クラス内投票なんですから、その枠の外に行けばいい。ただそれだけです」

 

「それって……クラス移動するってこと!?」

 

 有栖は首肯した。

 

 龍園の持つ武器、それは膨大なプライベートポイント。有栖と同じくクラスを支配している彼はクラスメイトからポイントを徴収すれば多額のポイントを自由に使うことができる。

 

 2000万プライベートポイントを使ってのクラス移動。葛城が投票日の前にAクラスからいなくなれば、当然批判票を投じることもできない。強引な手法だが見事な退学封じだ。無論、移動先で歓迎されるような人物でなければ逆に排除されかねないが、そこは龍園の支配するクラスへの移動なのだから問題はない。

 

「なんか反則っぽく聞こえるけど」

 

「確かに特別試験の最中であれば不公平になってしまうので行えないでしょう。投票している時にクラス移動されてしまえば混乱は避けられませんから。しかし今はまだ説明を受けただけの段階、いわば準備期間です。投票日の前日までは受理されるというのも妥当ですね」

 

 自分があの立場だったら絶対に龍園の話に乗って逃げるのに、と思う神室だが、それでこそ葛城だと納得する気持ちもあった。彼は戸塚、そして元葛城派はもちろんクラスメイト全体のことを想っている。自分の代わりに退学者が指名されることや、龍園と無人島で契約を結んでしまった負い目から身動きが取れないのだろう。

 

「にしてもあの龍園が葛城を勧誘? ウマが合わなそうね」

 

「色々と理由はあると思いますが、一番はクラスの人材不足でしょうか。あのクラスは龍園くんが欠けてしまえば烏合(うごう)(しゅう)と化しますし」

 

「あんたのお気に入りの京楽がいるじゃない」

 

「ククリさんはクラスのリーダーなんてやる気がありませんもの。その点、葛城くんならサポートとしてもリーダーとしても優秀です」

 

 もちろん、私には三歩も四歩も劣りますが。神室にはそんな言葉が聞こえたような気がした。

 

 同じ2000万を使うなら不要な人材の救済より勧誘に使うほうが効率がいいということなのだろう。冷血な思考、しかしそんな龍園を神室は非難できない。自分も同じ穴の(むじな)であるのだから。

 

「ネックとなるのは、当人の自発的な意思がなければならないということです。強制的にクラスを移動させることは不可能となっています」

 

 Aクラスの人間をDクラスへ移動させる、だとかの嫌がらせを防ぐためだろうなと神室は感じた。例えば有栖だったり一之瀬だったりクラスのリーダーを強制的に移動でもさせられてしまえば、そのクラスにとってかなりの痛手になる。

 

「今回のクラス内投票で戸塚を退学させられた復讐心から葛城が龍園の口車に乗ってクラス移動して、あとは契約も破棄できればお片付け完了ってわけ?」

 

「はい、とても素晴らしい展開です。理想的でしょう?」

 

 無邪気に笑う有栖は、戸塚の退学も葛城の移籍も全く気にしていないようだった。やはり血が通っていない。身震いがする神室に構わず、彼女は言葉を続けた。

 

「3月8日、次の特別試験の発表後にはそうなってくれることでしょう。今から楽しみですね」

 

 綾小路との対決も次回の特別試験に延期してもらうつもりだ。彼を倒すのか、彼に倒されるのか。有栖は今から本当に楽しみで仕方ない。

 

 コンコン、とノックの音が響く。有栖に指示された神室は静かにドアを開いた。

 

「か、神室ちゃん……今日も一緒、なんだね」

 

 入ってくるなり山内は残念そうに告げた。もちろん有栖はこの男と2人きりになる予定などないが、ややしょんぼりとした顔を作る。

 

「恥ずかしくて、つい。すみません」

 

「いやいやいやいや! 責めてるわけじゃなくてっ。坂柳ちゃんとデートできるだけでいつでもどこでもハッピーだからさ、俺」

 

 告白して、恋人になる。そんな甘い幻想でも抱いているのだろう。有栖がそのように誘導しているのだから当然だ。

 

「あの、今度の追加試験。山内くんは大丈夫でしょうか?」

 

「えっ?」

 

「問題がなければそれで、嬉しいんです」

 

 少し目を伏せてから、上目遣いになって山内を見る。

 

「ですが、もしも山内くんが退学してしまったらと思うと、怖くて」

 

 心にもないことを言う有栖に山内は感動したようだった。

 

「お、俺だって坂柳ちゃんが心配だよ!」

 

「ありがとうございます」

 

 私は大丈夫です、と有栖は優しく微笑む。流石の山内も彼女がAクラスでも折り紙付きの実力者とされていることは知っているのだろう。言葉とは裏腹にそう不安視はしていない様子だ。

 

 しかし、有栖は良くとも、自分が危ない立場にいることは理解しているはず。

 

「どことなくお悩みの顔です。ご相談でしたら、聞くこともできますよ?」

 

「でもいくら坂柳ちゃんとはいえ、他クラスに話すのは…………」

 

「ご立派な心がけです。ただ、今回の試験はクラス内部で争うものであり、外部と競う要素はありません。よってどこにも支障はないかと」

 

 有栖が笑顔で畳み掛けると、確かにと山内は納得しつつあるようだった。

 

「お話しいただければ、協力なども可能でしょう。そうですね、たとえば賞賛票を山内くんに入れるよう呼びかける、ですとか」

 

 この台詞に山内は大きく反応した。順当に退学候補者に名を連ねているのだろう。

 

「へ、へー。じゃあちょっと喋ってもいいかな?」

 

「はい、もちろん」

 

 山内は取り繕いながらも、分かりやすい嘘を口にした。

 

「やっかみ、とかあるじゃん? 俺……実はクラスの中でちょっと、その、ね? でさ、だから批判票が入っちゃうかもってさ」

 

「妬まれている、ということですか」

 

「そうそう。ほら、こうやって坂柳ちゃんと会えるのも俺だけじゃん?」

 

「ええ、他の男子には全く興味がありませんし」

 

 神室は思った。山内の中で有栖の側近である橋本と鬼頭はどういう扱いになっているのかと。しかし口を挟むことはしない。有栖の邪魔をしないように、というよりも彼女の遊びに付き合うのは疲れるからだ。

 

 わざとらしく考えている素振りを見せた有栖は、さも今思いつきましたといった表情で会話を続ける。

 

「では、山内くんへ秘策を伝授いたしましょう────」

 

 道化には用意した舞台でせいぜい踊ってもらおう。

 

 有栖はとびきり愛らしい、蠱惑的な笑みを浮かべた。


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