ようこそ享楽至上主義の教室へ 作:アネモネ
8月26日くらいの出来事。
自分の部屋の扉に貼り付いていた脅迫状もどきを一瞥した少年は、すぐさま行動指針を定めた。エレベーターに乗り上層階へのボタンを押す。
「……ククリの部屋、か」
綾小路清隆には友達が少ない。悲しいことにこれは否定のしようがない、純然たる事実である。部屋をたまり場みたく使用されることはあっても、その逆は稀だ。
よって友達の部屋を訪ねるというのはとても貴重な機会であり、すごくワクワクする出来事だった。決して女子の部屋への下心があるわけではない。ないったらないのだ。
「おはよう、麻呂君。むー、ククリちゃんが心配になって飛んできちゃったって感じかな。だとしたら申し訳な──」
「いや」
チャイムを鳴らせば出迎えてくれたククリの言葉を遮り、綾小路は言い放った。
「これはオレをおまえの部屋に呼び出す文章と。そう思ったんだが、間違いだったか?」
「ふむ。その根拠は?」
「単純な話だ。この文は一行目以外は全てフェイク、本当に伝えたいことが別にある」
暗号など無視してすっとぼけようかとも迷っていたものの、複雑なアナグラム等ならともかくこの程度のものであれば普通に読めたとしても違和感はない。綾小路は淡々と説明を続けていく。
「手がかりは上にある矢印↴。この向きに読んでいけという指示になっているんだろ?」
つまり、『京楽菊理はあずかった。へやにこい』と、それが真のメッセージ。さらに言えばこの『京楽菊理はあずかった』の部分も、『京楽菊理は「荷物を」あずかった』とかそのあたりかもしれないと綾小路は睨んでいる。
「うんうん、正解だよ麻呂君。よくわかったね!」
にっこりと花の
中では明るく弾むような行進曲が流れていた。有名な、綾小路もよく知っているメロディだ。
「こういう
実際昨日は気づかれなかったし、と言っていることからして他の人物でも試したのだろう。クラスメイトの可能性が高いか、と考えつつ綾小路は適当にはぐらかすことにした。
「たまたま同じようなのを本で見ただけだ」
「それでもすごいよ」
遊ぶ時間はあるかと問われたため首肯すると、「やった!」と喜んだククリはまずかかっていた音楽を止める。少し興味があった綾小路はその話題を振ってみた。
「『くるみ割り人形』だよな。クラシックが好きなのか?」
「うん、特にこれは全曲好きでよく聞いてるんだ。ただ昔は『クルミなんて手で割ればいいのに』ってちょっと不思議だったんだけどね」
道具を使うより素手のほうが早いのには同意だ。頷く綾小路をよそに彼女はカチャカチャとテレビを操作していた。ニュースでも見たいのかと思いきや、ゲーム機らしきものと接続される。
「ゲームがしたかったのか」
「
預かり物はゲーム機本体とそのソフトだったらしい。画面いっぱいに可愛らしい少女たちが表示される。『ワード・バラード』と、いうのがこのゲームのタイトルのようだ。なるほど、と綾小路は納得した。
「推理ゲームだからさっきのやつで
「んー、まあ推理も必要になってくるかな。たぶん」
煮えきらない回答へ次なる疑問を投じる前に、ポップな音楽が鳴り渡る。そして、ゆっくりとククリが口を開いた。
「だって恋愛シミュレーションゲームだからね!」
「本当に推理が必要なのかそれは」
そういったゲームも恋愛もした経験のない綾小路であったが、流石にたまらずツッコんだ。
何でも男主人公が女性キャラクターを攻略していくものは『ギャルゲーム』、女主人公が男性キャラクターを攻略していくものは『乙女ゲーム』と呼称され、その両方をククリは体験してみたいらしい。ギャルゲームの反対語はチャラ男ゲームとかで、乙女ゲームの反対語は
「先輩から預かったやつの中でネットの評価が面白かったものにしてみたよ」
「評価が良かったやつではないんだな……」
果たしてどんな基準で選んだのか。一抹の不安が綾小路の胸によぎった。
「どうするー?」
「ククリの好きなようにしてくれ」
「んーと、じゃあ」
彼女はこちらに軽く視線を向けてから、淀みなく入力していく。
──とんだおもしろネームが爆誕してしまった、というかククリは何を思ってこんな名前にしたんだろうか。
自分から好きにしていいといった手前、綾小路は心の中でツッコむにとどめた。
ストーリーとしては普通の高校生『只野 カピバラ』が平凡な学園生活の中で女子を落としていく感じなようだ。
「うーん、開幕からミステリーが始まったね」
「平凡な学園生活はどこへいったんだ」
登校早々に変わり果てた同級生の姿を目撃してしまった主人公。意外と推理力を使いそうな展開である。
事件を捜査しながら仲を深めていく形式らしく、様々な女の子たちが登場する。とりあえず8人ほどヒロインがいるらしい。
「よりどりみどりだね、麻呂君。誰か気に入った子とかいるかい?」
「言い方……いや、特にないな」
「えー、ほら、一之瀬さんみたいな委員長キャラがいいとか、桔梗ちゃんみたいな優しい子がいいとか。堀北さんみたいなツンデレさんがいいとか、佐倉さんみたいな大人しめな子がいいとか、軽井沢さんみたいなギャルっぽい子がいいとか、何でもいいんだぜ?」
「余計話しづらくなったんだが、今ので」
ニヤニヤとこちらの恋愛事情を邪推しているようで、しかしそうでないことを綾小路は読み取っていた。ちょっとした仕草から、反応から、情報を得ようとしている。
やはり真鍋が自白したか、と綾小路は当たりをつけた。そしておそらく龍園には伝わっていない。彼が知っていればもっと派手に動くだろう。どうやら龍園がこちらまで辿り着くにはまだまだ時間を要するようだ。
「じゃあこの大人しめな子にするか。麻呂君もOK?」
「構わないが、なにか理由とかあるのか?」
「いやだって、こういう子が実は推理力は高いって感じの設定は定番じゃん?サクサク進められそう」
「ひどいメタ読みだな……」
恋愛ゲームなのに能力目当てという不純な動機である。
「これは──」
2人は目を合わせ、コクリと頷く。
「カップ麺だろうな」
「ハンドグリップで間違いないね」
心が通じ合ったかと思いきや、全然そんなことはなかった。
「えー、麻呂君、カップ麺をもらっても女の子はあんま喜ばないよ」
「いや、非常食にもできるし無駄になることはないはずだ」
実用性で言えば1番だろう。たいていの若者は好むと聞くし……と、ここで綾小路は彼女と一緒に食事した時の光景を思い出した。
「そういえばククリのテーブルマナーは手本のように綺麗だったよな」
「ありがとう。ちょっとばかし習う機会があってね。でもあれ、いつ……ああ、船のランチビュッフェか」
豪華客船にて綾小路は偶然出会った彼女に誘われ、人生初の食べ放題を経験していた。
周囲の生徒たちを見てルールを学んだが、細部まで全て管理されたモノが出てくる食事とは違い自ら選択していくのは面白いと綾小路は思う。サプリメントやブロック栄養食の無い皿には、それぞれの個性が強く現れるのだ。とはいえ、結局綾小路の食事は栄養に重点を置くものになってしまったのだが、それもまた個性と言えるのかもしれない。
記憶ではククリの皿もバランスよく丁寧に盛り付けられていた。
「もしかして、カップ麺はあまり好きじゃないのか?」
「んー、ものによるけど普通に好きかな。この前食べた『激辛トムヤムクン』なんかは美味しかったし」
「トムヤムクンか。それはオレが逆に食べたことがないな」
女性に人気だとかテレビでやっていた気はするが、その程度。作ったことも食べたこともない。ホワイトルームでもこの手の料理が出されることはなかった。
「辛いの苦手でなけりゃおすすめするよ」
「今度、機会があれば買ってみよう」
綾小路の言葉にククリはふわりと微笑んだ。
「うむうむ。んで、話を戻すけどハンドグリップのがいいって。
その柔らかい表情に似つかわしくない、暑苦しい台詞である。
「まぁトレーニングは確かに重要だな。しないと筋力も徐々に落ちていくし」
「じゃ、こっちにしていいかい?」
ああ、と返事をすればポチッとボタンが押された。
「なんか『カピバラさん』って呼ばれるとすごい違和感あるよね」
「おまえが決めたんだろ、その名前……」
なお、スチル回収とか考えていない彼らはあずかり知らぬことだが、この問いはどの選択肢にしても結果は同じである。
「デートで服屋に行くのは定番なのか?」
「未経験なので何とも。友達とも行かんしなあ。中学では家で選ぶ子が多かったし」
通販という意味なのか外商が来るということなのか分からない言い方だったが、そうかと綾小路は捨て置いた。ちなみに後者である。あとエキセントリックなセンスを有しているククリは親戚のお姉さんから他者との同行は止められてるという事情もあった。
「うお、来たかこの質問」
画面の中では少女が服を手に悩んでいる。
綾小路としては正直どれでもいいだろという気持ちなのだが、どうも違うらしい。
「『両方とも似合う』と褒めるのは?」
「『ちっ、優柔不断だなこの役立たずめ』ってなるね」
「厳しい世界だ……」
「でも『だから両方とも買うよ』って付け足したら花丸あげちゃうな」
「
実に現金な話である。
「あと、店内を見ている時に他にも買う候補のやつがあったはずだから、それも推測して買ってあげると満点だね」
「凄まじい洞察力を要求されているんだが」
そこまでいくともはや推理ゲームになってしまいそうだ。表情や視線から察さないといけないらしい。
「しかし一緒に悩むのが好きって人もいるだろうし、そこは注意すべきかも」
「難しいな。じゃあこの聞き返す選択肢はどうなんだ?」
「他の人に説明することで自分の心を整理できるところは利点だね。ただ、口に出すことで更なる迷いを生む可能性もあるからなあ」
「店員を呼ぶのは?」
「プロの意見がわかるのはすごくいいけど、そういう会話が苦手な人もいるから何とも言い難い」
「……総括すると『人によりけり』ってことか」
そうなっちゃうね、とククリが曖昧な笑みを浮かべる。
「本当に相手の好みに合わせたいケースもあるでしょうし、一般男性からの印象を知りたいのかもしれないし」
「それだと今回の正解はどれになるんだ?」
「『只野 カピバラ』の好みを答えること、かしら」
「なるほど、それだと────」
どっちなんだろう。2人は揃って首をかしげた。操作してるキャラクターの好みとかよく分からなかったのだ。
なお、結局服は綾小路が選び、幸いヒロインには無事喜んでもらうことができた。
難解なんだなとぼやく彼は、この先クリスマスにてクラスメイトの佐藤(ファッションデザイン関係に興味がありちょっとデザイナーもいいなと思っている女子)&軽井沢&平田とケヤキモールを遊び歩いた際、この問いと直面することになるのだが……今回の会話が活かされたかどうかは、綾小路のみぞ知る事柄である。
「修学旅行かあ。私たちも行けるのかね」
「だといいけどな」
順調にストーリーも進み、ゲーム内の彼らは京都の旅館に泊まっているようで、男子部屋へヒロインが遊びに来ていた。
表示された選択肢の一つに見慣れない単語があり、綾小路はつい注視してしまう。
「枕投げ?」
「うむ、枕投げとはなかなかいいチョイス。怪談は持ちネタがわかんないし、温泉卓球はまた汗かいちゃうからね〜」
喋りながらククリはカーソルを合わせた。そこを選んだと思われたらしい。
「いや、枕投げ自体をオレはよく知らないんだ」
「ほほう、それはそれは。あれだよ、『行けっ、ゲイボルグ!』とか『ダークネス・ボールっ!』とか『
そんなルールがあるのかと驚く綾小路であるが、もちろんただの捏造である。
「船の客室でも男子たちがやってたっけ。ちょっと羨ましかったなあ」
「前も言ってたカラオケといい、なんだかんだ楽しそうだなCクラスは。うちではそんな催しも無かったぞ」
「うーん、参加者はそんなのんきじゃあなかったと思うよ。なにせ龍園君がいたわけだからね」
ふっとククリは影のある表情を作った。
「激しい争いになったのか……」
「いいや、その逆。
「彼らの気持ちは分かるが、見ている側からすれば何とも言えない結末だっただろうな。そう違った方向にやる気を出されてしまっては」
「うん、私もだけど龍園君も不完全燃焼って感じだったね」
画面上では当然そんなことにはならないようで、主人公とヒロインの甘いイベントが繰り広げられている。
創作とはいえ、こうして修学旅行の一般的なイメージを知ることが出来るのは綾小路にとってありがたい経験だった。無感情に過ごしてきたクセを抜けきるのは難しいものの、何かを演じるには材料が多ければ多いほどよい。
教師の見回りをいかに誤魔化すのかと作戦を立て、実行した主人公たちは夜の古都を背景にラブシーンを見せる……前に、何者かが現れた。
「いやー、面白かったねえ。まさか彼女が組織の実験体だったとは。自信のない態度も失敗作と言われ続けていたからだったんだね!」
物語はエンディングを迎え、ククリはいかにも感動したといった様子で涙を拭っていた。彼女らしい、大仰なリアクションだ。
「推理力もそのおかげで作中一っぽかったな。おまえの予想が見事に当たった形だった」
「うむうむ。しかしこうなってくると他のヒロインちゃんたちが隠してる秘密も気になってきちゃうね」
「秘密があるという前提なのか」
「むー、だって孫子の兵法にもあるじゃん。『
これ恋愛ゲームだよな、と呟く綾小路にククリは人懐こい笑みを貼り付け言葉を紡ぐ。
「『
「ククリが話すと冗談に聞こえないんだが」
イギリスのことわざとは分かっているものの、彼女なら恋愛面でも本当に戦争のような勢いで突撃していきそうである。
「さあ、そのへんは未知数だね」
くすくすとククリがいたずらっぽく笑った。していない以上は、ということなのだろう。
「そんなことよりさ、麻呂君としてはどうだった? プレイした感想!」
「そうだな。『いかに相手を満足させる言動を選択し続けられるか』ということの重要性は学べた気がする」
「ん、ん、えーっと、うん、何か思ってたより真面目というかユニークな感想なんだけど。まあ楽しめたならよかった……た、楽しめたかい?」
不安げに瞳を揺らすククリに綾小路はいつも通りの無表情で返した。
「勿論だ」
「台詞と、顔と声が合ってないんだよ!?」
(おまけ︰前日準備)
「さてさてさて」
頑張って作ったこの予告状?が2枚完成したわけだけど、誰に送ろっかなあ。むむむ、と考えてみる。
1枚はやっぱり澪かしら。
もう1枚でたっつーをおちょくるのも悪くはないのだが……うーん、失敗に終わりそうだよね。
たぶんこんな感じだな。努力の成果が露と消えるのは嫌だ。やめよう。
普通にゲームに誘ってもいいんだけど、格ゲーとかじゃないとやらなさそうだしなあ。
遊ぼうよーなんて言っても────
こんな具合になるだろう。うん、やめておこう。
カピバラ麻呂あたりがいいかな。ちょっと真鍋さんたちの件も探っておきたいし。エレベーターではボロ出さなかったし、校内で会った時は葛城君がいたしで全然わかんないんだもんなあ。
「よーし、そうと決まれば」
今日は澪と、明日はカピバラ麻呂と遊ぼうと決めた私は、さっそく澪の部屋の扉へ紙を貼り付けに行くことにした。