ようこそ享楽至上主義の教室へ   作:アネモネ

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二年生編一学期
パートナー特別筆記試験①


 

 

 

 どこにでもいる平凡な高校生、という言葉がある。物語の語り手などがよく騙る口上だ。まず間違いなくこの人物の性格やら状況やらは平凡の意味を辞書で引き直せ、という感じとなる。カピバラ麻呂(綾小路清隆)とかカピバラ麻呂(Tレックス)とか、カピバラ麻呂(風呂場の暴君)がいい例だ。

 

 よって、あえて言わせてもらおう。私、京楽(きょうらく)菊理(くくり)は、どこにでもはいない唯一無二の存在であると。オンリーワンなぴっちぴちのJKであると。デスゲームへの参加を希望する一人の純粋な乙女であると。

 

 ついでに言えば、高度育成高等学校という特殊な学校に通う私はいよいよ2年生へと進級する身である。

 

 高度育成高等学校、その環境について説明しよう。まず、外部との連絡は遮断されており、学校の敷地外に出ることも禁じられている。デスゲーム始まってるだろこれって感じだけど、残念ながらそうではない。行われているのはクラス間闘争だ。

 

 1学年はAクラスからDクラスまでの大体40人ずつ4クラスに分かれており、Aクラスで卒業した者には特権が与えられる。どんな進学先や就職先にも行ける、というものだ。このAからDクラスを定めるのが『クラスポイント』。クラスポイントが最も高ければAクラス、そこからB、C、Dクラスと下がっていく。

 

 さて、この重要なクラスポイントを増やす方法はいくつかあるものの、代表的なのは『特別試験』と呼ばれる学校から与えられる課題をクリアすることである。他にも生活態度で差っ引かれたり部活の功績で増えたりもあるらしい。

 

 また、毎月クラスポイントに×100をした数値が『プライベートポイント』として支給され、1ポイント1円で使うことが可能なのだ。おかげで寮生活を強いられているにもかかわらず、ケヤキモールと呼ばれる生徒及び学校関係者専用の大型商業施設での買い物だったり、ネットショッピングを楽しんだりできている。

 

 こんな特殊な学校に入れる基準は何だって?

 

 残念ながらそれは私にもわからない。ただ、月城(つきしろ)理事長代理曰く「この学校に入学できるのは元から入学予定のリストにある人物のみ。いわば出来レースのような形です」とのこと。確かに中学までの成績は問われていないようなのだ。

 

 私の予想では成長の余地なんじゃないかな、と思っている。だからこそ多種多様な個性を持つ生徒が集められているのではと。

 

 そして、不適格者の烙印を押された生徒は、容赦なく退学という運命を辿る。この学年でも既に3人の退学者が出た。

 

 4月1日時点でのクラスポイントはキャロル(坂柳有栖)率いるAクラスが1308、たっつー(龍園翔)率いるBクラスが1061、一之瀬(いちのせ)さん率いるCクラスが559、リンリン(堀北鈴音)率いるDクラスが260。Aクラスとそれ以外の差はやはり大きい──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1年と同じ席について

待つこと

 

 

 

 チョークで書き込む黒板でなく、大きなモニターに表示された文字。新しい教室へと移った私たちを迎えたのはデジタル化の波だった。

 

 教室の後方には高速での充電ができる機器も設置されている。今日これから、教科書代わりの12インチ型のタブレットが配られるんだろう。現物の持ち帰りは禁止だけどデータの持ち帰りはOK、だっけか。

 

「はよ」

 

「おはよう、(みお)

 

 魔の最前列のど真ん中、そんな私の隣の席に彼女は腰を下ろして鞄を置いた。

 

「明日は入学式か」

 

 今日この後時間が来たら私たちは体育館へ移動し始業式となるが、新入生の出番はまだ先。

 

「そうだね。明日、私も生徒会役員として式の運営にちょっと携わるんだよね。後輩たちに会えるの楽しみだなあ」

 

「うわ、面倒そう。部活動説明会もやるんでしょ?」

 

 軽くのけぞりながら澪は喋る。自分がやるのは死んでも御免というオーラに溢れていた。

 

「そうとも。あとは掲示物許可のハンコ押しとかもやってるよ〜。部活の勧誘ポスターとかいっぱいあって大変だった」

 

「掲示物、ねえ。踊り場とかの?」

 

「うん、去年は1階の踊り場に須藤(すどう)某とうちのクラスに関係する情報を持つ生徒を募集する貼り紙、一之瀬さんたちが出してたっけ。あれも今思えば生徒会のハンコ貰いに行ってたんだろうなあ」

 

 あと3ヶ月ほどであの暴力事件から1年になると思うと、時の進みは速いものだ。雨降って地固まるというか、今はバスケ部の仲は良好らしい。よかったよかった。

 

「個人の掲示物もあるんだ」

 

「許可が出ればね。よほどふざけたものだったりしなければ基本通るけどさ。例えばすごーく難しそうな数学の問題が解ければ景品を、なんてのもあってとっても面白そうだったよ」

 

「あんたが好きそうなやつね」

 

「流石澪、よくわかっていらっしゃる」

 

 そんなこんなで、朝の時間は穏やかに過ぎていった。

 

 

 

 

 

「さて。始業式も終わったところで、席替えをしたいと思います」

 

 坂上(さかがみ)先生の言葉に私はわーいとそれはもう喜んだ。いや、ここの席も悪くはないけど、3年間同じ席は嫌だったんだよね。

 

 周りは喜ぶ人もいればガッカリする人もいて様々。仲良くなった隣人と離れるのは確かに寂しいかも。澪とまた近い席になれるといいな。今度は出来ればひよりんも。

 

「これから1年間学んでいく席を決めることになるわけですね。基本的に例年はクジ引きだったのですが、今年は新たな手法が採用されました」

 

 先生が何やら操作すると、パッとモニターに図が表示された。

 

1番 45000pr9番 4500pr17番 2000pr25番 4500pr33番 6000pr
2番 30000pr10番 3500pr18番 1500pr26番 3500pr34番 7000pr

3番 32000pr11番 3000pr19番 1500pr27番 3000pr35番 9000pr

4番 35000pr12番 3000pr20番 1000pr28番 3000pr36番 12000pr

5番 40000pr13番 4500pr21番 1500pr29番 4500pr

37番 15000pr

6番 50000pr14番 6000pr22番 2500pr30番 6000pr38番 20000pr

7番 60000pr15番 10000pr23番 4000pr31番 10000pr39番 25000pr

8番 80000pr16番 65000pr24番 50000pr32番 60000pr40番 40000pr

 

 ふむふむ。今の私は17番、澪が9番、ついでにたっつーは24番ということか。2千プライベートポイントで買えるってことなのかな。やっす。でも最安値じゃなくてちょっとほっとしたよ、うん。

 

 だいたい前列の席が安くて後ろは高く、あと窓際のほうが廊下側より高い値段っぽいね。真ん中の席は不便だからかかなり安いけど。

 

「席の番号とともに書いてある数字は『最低入札価格』です。これより1番から順に席の希望者を募るので、もし複数の手が挙がれば入札価格の最も高い生徒が獲得出来ることとなります」

 

「つまりオークションみたいな感じなんですね」

 

「はい、その通りです」

 

 おー、すごい。なんか面白そう! 

 

 でもちょっとした特別試験というか、学校にプライベートポイントを還元するゲームになっちゃうよね、これは。一之瀬さんのクラスとかはポイントすっからかんだし、やるの難しそう。

 

「1周して希望者が現れない席は、2周目にて最低入札価格を半分に下げての募集をかけます。3周目は行わず、2周して売れ残った席が複数存在する場合、クジ引きで生徒を振り分けます。このとき、席料は無料です」

 

 ほほう。うーん、にしてもうちのクラスは40人だからいいけど、減っちゃった他のクラスはどんな感じなんだろ。ど真ん中の20番とか21番がぽっかり空けば面白いけど……ま、無難に最後列のどれかが空席になってるのかな。

 

「希望の席を取れずとも、何回でも入札に参加できます。ただし席を一度確定するとそのあとは変更不可能なので、注意してください」

 

 先生が言い終えるなり、後ろから偉そうな声が飛んできた。

 

「坂上。時間の無駄だ、今から3周目を始めろ」

 

 もちろんたっつーである。そして坂上先生はこれも予測してたらしく、クジをおそらく40名ぶん取り出した。パソコンとか機械での抽選ではなく、番号の書いてある紙を引くアナログ方式らしい。

 

 先生が「全席クジ引き、ということでよろしいでしょうか」と教室を見回す。不満は出なかった。どちらかといえば出せない、と言うのが正しいだろう。席替え程度のことでたっつーに逆らいたい奴はこのクラスにいない。

 

 私もオークションが開催されないのはちょっぴり残念だけど、まあこういうのってやりたい人が参加すべきだと思うしね……ぶっちゃけたっつーにする反論が思いつかないし、何か言っても「じゃあおまえだけ勝手に席をポイントで買えばいいだろうが」って返されそう。それだったらみんなで一緒に運を天に任せたほうが楽しい。

 

「それでは」

 

 先生が持って回ってくれたクジを引く。開いた紙に見える数字は──────

 

 

 

 

 

「ククリさん、その……1年間、よろしくお願いします」

 

「……気落ちするのも分からんでもないが。とりあえず、ともに勉学に励もう、京楽」

 

 両隣は金田(かねだ)君に葛城(かつらぎ)君。

 

「いやー、小宮(こみや)近藤(こんどう)が隣でよかった。よろしくな!」

 

 後ろには石崎(いしざき)君、小宮君、近藤君のトリオが並んでいる。見事に男子に囲まれた席。確かにうちのクラスは男子の人数のほうが微妙に多いけど、だからって偏りすぎじゃあないだろうか。

 

「あの、先生。少しよろしいでしょうか?」

 

 目の前には坂上先生。そう、私が引いたのは17番。相変わらず教卓の真ん前の席である。呪いか何かかな? 

 

 たっつーも以前と席が変わらなかったが、奴は最後列の24番という好ポジション。席替えによって左隣が澪、その前はひよりんになり周りは女子が多い。私と交換しろよ、まじで。その席譲れや。

 

「はい、京楽さん。申し訳ないのですが席を変えることは認められません」

 

「うぐっ。で、ではあれです! 1年のはじめの頃、5千ポイントで席替えの権利が買えるとかおっしゃっていましたよね。支払うので今使いたいです、今!!」

 

「それは出来ませんね」

 

「な、何故……?」

 

「すみません、お答えすることは出来ません」

 

 答えられないって……あ、あー、また学校のルールですか!? 点数売買みたいに条件付きだったのか、あれも。新入生が4月に聞いてきた場合は〜って感じのルールだったのだろうか。うーむ、だとすれば勿体なかったな。

 

 ガクリとうなだれる私の背中がちょんちょんとつつかれる。振り向けば、ニコニコ笑顔の石崎君がサムズアップしてきた。

 

「大丈夫だククリ、龍園さんはよく教卓に座るから」

 

「? うん、そうだね?」

 

 流石に普通の授業中とかはやらないけど、クラスの話し合いとかでは教卓がもはやたっつーの定位置になってしまっている。

 

「だから席が多少遠くとも問題ねえって」

 

「うん、そう…………いや、私が再席替えしたくなったのはそんな理由じゃないからね!?」

 

 別にたっつーの近くの席じゃなくていい、と言うよりむしろあいつと席を交換こしたいんだよ! 

 

 訴えるも、石崎君は「わかってるわかってる」と頷くだけだった。

 

 ぜーったいわかってな〜い!!

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

「大丈夫だククリ、龍園さんはよく教卓に座るから」

 

「? うん、そうだね?」

 

「だから席が多少遠くとも問題ねえって」

 

「うん、そう…………いや、私が再席替えしたくなったのはそんな理由じゃないからね!?」

 

 新たな年度が始まり、席替えが行われ。最前列への配置となった葛城の横は、少々騒がしい感じになることが容易に予想できた。

 

 葛城の隣の席に座る京楽がむっと唇を曲げているのを気づいているのかいないのか、その後ろの石崎は理解者面で受け流している。すごくコメディタッチな雰囲気だ。

 

 Aクラスを破るポテンシャルをこのクラスが有しているかについて、葛城はその可能性を信じている。そうでなければ移籍などしない。ただ、こういう部分に戸惑いというか、以前のクラスとの違いを感じるのもまた事実だった。

 

 例えば直近のエイプリルフールでも、葛城に絡んだ京楽は嘘をついたりもしたのだが、見ていたところではそれ以上に周囲に騙されまくっていた。彼女もある程度知識を持つ人物ではあるものの、同時にその知識の正しさを盲信しないというか、良く言えば頭のやわらかいタイプなことも原因の一つなのだろう。

 

 石崎は龍園を深く慕っているが、果たして彼の抱く人物像が正しいのかは疑問もある。とはいえ、葛城がククリに恋愛的な興味が欠片もないこと、龍園の指示へ従うべき時は従う気持ちをきちんと有していることを知ると、あっさりとクラスに受け入れてくれたのはありがたかった。

 

 金田や椎名(しいな)山田(やまだ)アルベルトの心情は推し量りづらい部分がある。しかし彼らも葛城がこのクラスへ貢献しようと努めれば、その気持ちを汲んで協力してくれるだろう。

 

 伊吹(いぶき)はというと、葛城のことをあまり気にしていないように見える。そもそもクラスメイトへの興味が薄いのか、よそ者の葛城と同レベルくらいの仲の人が結構な割合を占めると思われるのだ。

 

 龍園の思考とは、相容れない部分も多い。だがこのクラスとともにAクラスを目指したいと。その願いは共有できるように感じられる。

 

 懸念があるとすれば────

 

「うーん、じゃあNGワードゲームしようよ!」

 

 と、底抜けに明るい声が葛城の耳へ飛び込んできた。

 

「何よそれ」

 

「んーとね、こうやってNGワードを書いた紙を用意して、見ないようにしながら額にあてるの。今は例だから私も何書いてあるか分かっちゃってるけど、本来は自分のとこがどんな文字かわかんないようにする感じ」

 

木耳

 

「……その単語なんて読むの?」

 

「キクラゲ。っと、これで私はNGワード言っちゃったから負けってことだね」

 

 くるりと京楽が教室を見渡す。危険を察知したらしい金田がさっと目を伏せて鮮やかに去っていった。石崎も小宮・近藤と喋りながら教室を後にする。彼らに倣うべく動こうとした葛城は、しかしぽんと肩を叩かれ制止させられた。

 

「ねえ葛城君」

 

 途方もなく嫌な予感がした。無視するわけにもいかないのでやむを得ず振り向く。きゅるんっ☆というオノマトペが出そうな笑顔の京楽が、そこにいた。

 

「あそぼ?」

 

 こういう時の疑問形は、強制と同義であることを葛城は知っていた。

 

 そして逃走成功したかに見えた金田も、伊吹と椎名に捕獲されたらしい。とぼとぼと戻ってきた彼に京楽は満足げに頷いた。

 

 早い者勝ちね〜と言いながら京楽が用紙を回す。ひとまず女子同士、男子同士での交換にするようだ。金田から紙を受け取った葛城はNGワードを目にしないよう気をつけつつ掲げた。贈り合いが無難に終われば、ゲーム開始の準備が整う。

 

伊吹
空白や
京楽
空白や
椎名
空白や
金田

ポチ
空白や
沈黙は金
空白や
×
空白や

 

 

 伊吹のNGワードは京楽が書いたものだが、犬の名前か何かだろうか。その京楽の『沈黙は金』は椎名の手によるもの、確かに彼女が言いそうな名言になっている。

 

 椎名のものは……バッテン、とすればいいのか。記号という伊吹の発想は面白いが、ルール的に問題ないのかと目で問えば、京楽はすこし迷ってからOKサインを出した。まああくまでも遊びであるし、ということだろう。

 

 金田の額には『嘘』の文字。このゲームの会話では嘘が交じること確実な以上、金田がツッコミを入れることを期待して葛城が記したものだ。

 

 残る自身のNGワードは不明。書き手である金田の言動に注意を払う必要があるだろう。

 

 さて誰から話し始めるか、という沈黙が教室を満たす。最初に口を開いたのはやはり京楽だった。

 

雄弁は銀、沈黙は金(Speech is silver, silence is golden)とは言うけれども、みんな黙ってちゃあいけないと私は思うんだよ!」

 

「ククリちゃん、NGワードです」

 

 そしてすぐさま撃沈した。完全に椎名に思考を読まれているらしい。しくしくと悲しみを表現しながら京楽がうなだれる。

 

「早い脱落ね」

 

「本当に。それはそうと伊吹さん、もし犬を飼うとしたらどんな名前をつけます?」

 

 唐突な言葉だが、『ポチ』と言わせたいのだろう。何で犬?と首を傾げつつも伊吹は椎名に向き直る。

 

「まあそれならポ────」

 

 固唾をのんで見守られる中、彼女はさらりと言い放った。

 

「ポメポッソパピパロンよ。妙にククリが連呼してたから覚えちゃった名前だけど」

 

 映画のキャラ名っす、と脱落者京楽がちょっと申し訳なさそうにつぶやく。とりあえず初動は失敗のようだ。

 

「葛城くんでしたらどうでしょう?」

 

「少なくとも伊吹のそれはあり得んな」

 

 さり気なくこちらにも質問することで、疑いをそらすところも抜け目がない。このやり取りに金田は「ようこそツッコミ役(苦労人)の世界へ」とでも言いたげな疲れた笑いを浮かべていた。

 

「そういえば金田くんは、大型犬用の首輪の購入を検討していませんでしたか?」

 

「まったく、本当に、何も、心当たりがありませんが……!?」

 

 嘘です、とNGワードを口にさせたかったらしいもののこれも失敗に終わる。生温かい目で見られ必死に否定している金田は、自分が危うい趣味を持っていると勘違いされたと思っているのだろうか。苦労人中の苦労人だなと、葛城の視線はより一層温かさを帯びた。

 

「それは失礼いたしました。ところで、伊吹さんも何か通販で購入予定の物はありませんでした?」

 

「買うもの……特に無かったわよ」

 

 通販。ポチ。なるほど、ポチるという単語でも喋らせようと考えたのだろう。ここは、と葛城も会話に加わることにした。

 

「俺は少し興味をひかれるものがあったな。妹の好きそうなデザインだ、と。正月にお年玉を入れる……何と称したか、あの袋の名は…………」

 

 ど忘れを装い伊吹を見やる葛城にやや残念そうな眼差しが向けられたのは、シスターコンプレックスという印象でも抱かれたのか。否定はしないが。

 

「ポチ袋でしょ?」

 

「すまない、伊吹。NGワードだ」

 

 やられた、と悔しがる彼女を京楽が慰めるのを尻目に、葛城たちはゲームを続ける。あとは椎名の『✕』と金田の『嘘』────ならば。

 

「椎名。ドストエフスキーの五大長編は、『カラマーゾフの兄弟』、『白痴』、『悪霊』、『未成年』と何だったか」

 

「……『ステパンチコヴォ村とその住人たち』でしょうか?」

 

 罪と()、とは言う気がないらしい。そんな椎名への追撃は金田が担当してくれた。

 

「嘘はいけませんね。確かにそれもドストエフスキーの長編ですが、ユーモア小説ですから」

 

「ええ。でもNGワードですよ、金田くん」

 

「…………え?」

 

 嘘、と告げてしまったことにより金田も退場し、残る敵は椎名のみ。賢く洞察力も高く、非常に手強い相手だ。バツ、はもう警戒されているだろう。バッテンも上手く言わせられるとは思えない。何か、他の。他の何かが必要だ。

 

 知恵を絞る葛城の視界に、黒板が映った。ここの書き方にもクラスの性格が表れて、英語教師の真嶋と、数学教師の坂上ではやはり文字が異なる。

 

 ──数学。そうか、数学であれば。

 

 葛城はすぐに作戦を実行することにした。

 

「椎名」

 

 ✕は、かけるとも読める。

 

「龍園の下の名前を俺に教えて欲しい」

 

「はい、NGワードです」

 

 そう、龍園NGワード。……NGワード? 

 

「まさか!」

 

 自分に当てられた用紙を確認する。

 

 

名前

 

 

 認めるほか無かった。葛城の負けだ、完膚なきまでに。

 

 思い返せば、椎名に犬の名前を問われた時点で不自然に感じるべきだった。「俺の考える名前は〜」などと話す可能性があるからこそこちらに振ったのだろう。「あの袋の名は」と口に出した時にやや残念そうな視線を送られたのも。「名」ではなく「名前」と言っていればNGワードだったのに、という理由があったために違いない。

 

 手がかりはあったのだ。そこから察することが出来なかったのは間違いなく葛城の落ち度だ。

 

「ぺけ、でしたか。これだとクロスやエックスでもNGワードになりそうですし、少々ずるくないでしょうか? 伊吹さん」

 

「ごめん。そのくらいハンデが無きゃあんたには勝てそうにないって思ってたんだけど、それでも勝負にならないとは思わなかった」

 

 潔く謝罪する伊吹に、椎名は優しく微笑みかけた。

 

「楽しかったですし、全然怒ってはいませんよ。ただ、次からは記号は無しにしましょうか」

 

「そうだね。アイデアはすご〜く面白かったんだけど……」

 

 麗しき友情が窺える光景だ。しかし、一つ。ツッコミどころがあった。

 

「次?」

 

「うん! 今度はさっきとは違う人に紙渡すようにしよっか」

 

 楽しいねとワクワクしている女性陣の耳に。まだやるのか、という男性陣の情けない声は。残念ながら、全く届いていないようだった。

 

 

§§§

 

 

 そんなゲームからの帰り道。ククリは伊吹と2人並木道を歩いていた。ひよりはいつも通り図書館へ行き、男子たちを誘うも断られた結果である。

 

「1年Dクラス担任司馬(しば)克典(かつのり)先生、か」

 

 始業式で自己紹介した新任教師の名をククリは呟いた。

 

「何か気になるわけ?」

 

 伊吹の問いかけにいやいやと首を振る。

 

「ううん、いや、初っ端からDクラス担当ってちょっと大変そうだなーって」

 

「Cクラスよりはマシじゃないの」

 

「んー、今年もCクラスがうちみたいなやんちゃな感じとは限らないと思うけど……」

 

 入学式は明日。まだ学校には2,3年生しかいないのだ。新入生たちの顔ぶれというかOAAデータをククリはフライングで知っているが、それを口にするわけにもいかなかった。

 

「そうね、気になるとすれば少しだけパパに似てたかも」

 

「ククリのお義父さんってどんな人?」

 

 去年の体育祭で少し触れられたものの、伊吹はククリの家族についての情報をほとんど知らなかった。

 

「そうだな……弁護士とのやり取りで済ませるか法廷で会うべき人物、かな」

 

「それは本当に家族に対する認識?」

 

 似てるとされた司馬先生が気の毒になる言い草である。

 

「外見とかは」

 

「ごくごく平凡だよ」

 

「へえ、じゃああの人みたいな感じ?」

 

 伊吹の視線の先にいたのは作業服の男性。おそらく学校用務員だろう。

 

「うん、そうだ、ね……?」

 

 男と目が合う。瞬間、その姿が視界から消えた。

 

「やあ久しぶりだね、マイラブリーエンジェルスイートドーター」

 

 長い口上とともにいつの間にかにじり寄る男は、独特の雰囲気を有していた。どこにでもいそうな、のっぺりとした笑顔 。その地味加減は用務員中の用務員と名乗ってもいいくらい。

 

「なんでここに……」

 

「仕事で」

 

 でしょうね、と思いつつ伊吹は男をさらに観察した。近くで見る彼は制服を着れば生徒にも紛れられそうで、でもスーツを着ればお偉い役人にも見えそうだった。

 

「そんな……だって、これじゃあ……」

 

 恥ずかしい、とかそんな言葉が飛び出すと思っていた伊吹は次の瞬間ずっこけた。

 

「坂上先生をお呼びすれば三者面談ができちゃうじゃない!?」

 

「どういう気持ちなのよそれは」

 

 というか三者面談はあるかもわからないしやるにしてもまだ先でしょ、ともツッコむ。確かに早めの三者面談は出来そうではあるが、不平等だし実施はされないだろうと思う伊吹に対し、男が近づいてきた。

 

「やあや、ククリの友達だよね」

 

 頷くと、言葉が続けられる。

 

「はじめまして、私は京楽(きょうらく)伏厨(ふしず)。可愛い可愛い菊理(くくり)ちゃんのパパンだよ〜」

 

 色々とツッコミどころ満載のセリフだったが、名乗られたら名乗り返す程度の礼儀は伊吹も身に着けていた。故に、

 

「どうも。ククリのクラスメイトの伊吹澪です」

 

「伊吹ちゃんか〜。よろしくね!」

 

 黒髪黒目。外見としてはそこしか似ていないが、雰囲気はどこかククリに似ていた。口調だとか、抑揚のつけ方だとか。やはり育て親だということなのだろう、と伊吹は納得する。

 

菊理(くくり)に迷惑をかけられたりしてないかい?」

 

「それは……」

 

 どうにも言葉に詰まる質問だった。伊吹にとって手のかかる妹のような存在である以上、そこには全く悪感情はないのだが、迷惑をかけられていないかいるかでいえばかけられているのほうに天秤が傾く。

 

「ハハ、菊理(くくり)はお転婆さんだからなあ。でも悪い子では無いんだ。どうかこれからも仲良くして欲しいな」

 

「はい、勿論です」

 

 どこまでも父親らしい姿に、伊吹の気持ちが和らいだ。きっとククリは大切に育てられてきたんだろうと、その環境が透けて見えたからだ。

 

 しかしそんな温かさも男の真剣な表情によって霧散した。どこまでも平凡に、普通に、問われる。

 

「ところで、菊理(くくり)の周りに男の影とかはあるのかな? いやね、少し気になってさ」

 

「男の影……」

 

 伊吹は考えた。

 

 龍園(りゅうえん)(かける)。癪に障るが、本っ当に癪に障るが、伊吹たちのクラスのリーダーである。「ククク」と笑うその姿を幻視して、「無いわー絶対無いわー」と脳内で(かぶり)を振った。

 

 綾小路(あやのこうじ)清隆(きよたか)。力があるくせにそれを隠しているムカつくやつ。椎名とも読書友達で親しいらしいが……「ありえない」と伊吹は鼻で笑った。

 

 石崎大地(だいち)。あのバカは無い、と速攻で否定する。

 

 金田(さとる)。好きなタイプが真反対らしいしこれも無い、と伊吹は冷静に分析した。

 

 山田アルベルト。「あの腕に一度ぶら下がってみたい」とかククリは言ってたし一番脈アリかもしれないものの、お互い恋愛っぽい雰囲気は微塵もない。

 

 ────なるほど。

 

「これっぽっちも色恋要素が見当たらないですね、ククリからは」

 

「それはそれでちょっぴりひどい言い草じゃないかな澪!?」

 

 ガビーンとショックを受けた様子のククリを差し置き、男はにっこりと満面の笑みを見せた。

 

「ならよかったよかった。手を汚さずに済むよ」

 

「ククリのことなら私が守るから、大丈夫ですよ」

 

「頼もしいね。ありがとう、そんな君に菊理(くくり)ちゃんブロマイドをあげよう!」

 

 なんか変なもんが出てきた。戸惑いながら受け取る伊吹に、新情報が追加される。

 

「ちなみにサイン入りだよ!!」

 

 見れば本当にサインが書かれていた。よく練習でもしたのだろう、無駄に凝ったものである。

 

「なんでサインなんてしたのよ」

 

「いや〜、なんかノリで」

 

「……契約書とかにサインする時は気をつけなさいよ」

 

「そりゃね。たっつーのとか絶対サインしないって、大丈夫!」

 

「…………たっつー?」

 

 そのあだ名にピクリと男が反応する。

 

「うわ、面倒くさ。逃げるよ澪!!」

 

「え、あ、すみません失礼しますっ」

 

 スタコラサッサ〜と逃げる二人。しかし、何だかんだ伊吹もブロマイドを大切そうに握っているあたり、ククリに甘々なのだった。

 

 

 

 

 

菊理(くくり)はいつも通り。伊吹澪も情報通り、か」

 

 男は凡庸に呟く。

 

「たっつー……龍園翔を探るのも……いや」

 

 まだまだ時間はある、と男は頭を振った。

 





用務員


 
 
 







1話といえば新キャラ! いかがだったでしょうか。

アンケートのご協力、ありがとうございました。結果は前話をご覧いただければわかる通り、夜6時が1位で2位が夜7時でした。よってこれからもこの時間に投稿する予定です。

気づけば1話投稿から3年と少し。ここまで続けてこられたのは皆様のおかげです。ご愛読、評価、ご感想、ここすき、お気に入り、誤字報告、改めてありがとうございます。
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