平凡。
この言葉を聞いて、人々はどんな感情を抱くだろうか。
つまらない? 地味? 暇そう? 無個性?
……確かにそうかもしれないな。マイナスなイメージの方が強い言葉ではある気がする。
でも、俺は……
俺の愛する平凡な毎日……普通に朝起きて、普通に学校に行って、普通に友達と話して、普通に家に帰って、普通に眠る。そんな毎日。
その普通こそが、俺にとっての至福で、むしろ目立つことの方が俺にとっての悪だ。
だって目立ったところで、何のメリットもないじゃないか。
男子にはドン引きされ、女子には白い目で見られ、先生には同情される。そんな人生を送るくらいだったら、平凡な生活の方が百倍いいね。
え? なんでそんなリアルな経験談が語れるか? それはな、俺が元々悪い意味で目立つ側の人間だったからだ。
……あ、いや、別に悪さとかはしてないし、ちゃんと毎日健全な学生生活は送ってたし。
ただ……その……ね?
俺はまたカバンの奥から出てきた暗黒メモを見てゴミ捨て場に投げ捨てる。
そこに書いてあったのは、前の学校にいた頃の俺の自己紹介。汚い字でさ、こう書いてあるんだよ。
『オレはフォグ……モーニングフォグ……そう、このオレこそがエクストリーム霧魔法の使い手フォグ様さ……』
……ってな。
まあ、これでわかって? わかって欲しいんだけどさ。昔の俺はその、とにかくアイタタタな人間だったんだよ。
俺がそう学校で名乗った時、クラスの空気が凍ってしまったことを忘れはしない。
……それからはもう地獄だったよ。学校の裏掲示板には「霧魔法のモーニングフォグww」ってスレが立てられるわ学園の生徒は男女関係なく俺を避けるわなんなら先生にも腫れ物扱いされるわ。
最終的には当時大好きだったミヤコちゃんに、霧魔法とか言う変な人とは付き合えないかも……って振られたし。
それだけの仕打ちを受けた後でようやく俺は気づく。霧魔法とか、馬鹿みたいじゃんって。
だけど学校中に染み付いた痛い厨二病モーニングフォグ様のイメージを無くすことは当時の俺にはできなくて。
ただ、来年の三月には隣町の羽丘学園に転校できるということになっていたことだけが唯一の救いだった。
だからこそ俺は、その日を……転校する日を境に変わることを決めた。平凡になるって、決めたんだ。
まずあの時書いてたノートは全部燃やした。その火で食べた焼き芋は苦い味がした。
それからあの時着ていた衣装は中古品売買アプリで売った。一万円の衣装を売ったのに百円しか返ってこなかった。
でも、それでも、それぐらい、俺は平凡になりたかった。そう強く願っていたんだ。
俺は、ついにやって来た羽丘学園と書かれた門の前で、改めてネクタイを結び直し決意を固める。
そうだ、俺は変わったんだ。この羽丘学園で、新しい夢の平凡マイライフを送るんだ。
それなのに……
それなのに……
「朝霧くん、君は今日も儚いね!」
どうして目立つ側の人間が俺に擦り寄ってくるんだよ!!!!!
〜
「今日も今日とで災難だったな、朝霧。今回も女の子の視線が怖かったって?」
「……うん……もう女性恐怖症になりそう……」
「何でお前が瀬田さんに気に入られてるかは知らないけど……まあ、ドンマイ!」
「何がドンマイだよ赤尾!」
その日の昼休み。俺は級友の赤尾に最近のことについて愚痴っていた。
そう……最近、平凡の俺には平凡らしからぬ悩みがあるのだ。
「周りの薫様ファンの女の子にはさ、薫様から離れなさいよこのウジムシ! とか平凡な男のくせに生意気よ! とか思われてるって絶対….」
「それは流石に被害妄想がすぎるんじゃ…?まあ、そう思うのも仕方ないか」
「ほんとそれな! 瀬田薫さんはさ、わかって欲しいよな。貴女の軽率な行動が俺の愛する毎日を破壊してるってこと」
そう、それは……俺の平凡な毎日の破壊者こと、瀬田薫についてだ。
瀬田薫……彼女は言わずと知れたこの学園の演劇部のスター。とにかく目立つ人物で、前の学校にいた俺でさえ彼女の名前を知っていたほどの有名人。学校内外に女の子のファンがごまんといる、少なくとも今の俺とは真逆の人物のはずなのに。
そんな彼女と俺の出会いは、転校初日の転校生紹介の時。俺がごく普通に朝霧翔真と名乗った時に、その瞬間はやってきた。
俺が名前を名乗るなり、彼女はいきなり席を立つと。
「会いたかったよ……朝霧くん!」
と言いながらにっこり笑顔で駆け寄ってきて俺の手を握ってきたのだ。もうこれでわかります?ぼく一瞬で薫様ファンの女の子の敵になったんです。
それからと言うもの、俺はなぜか毎日毎日瀬田薫さんに付き纏われるようになり、今に至る。今朝だって、今日も君は儚いね! とか絡んでくるし。
でもまあ、それを気にかけてくれたのがここにいる赤尾で……いや、でも、赤尾の存在を得ても失うものの方が圧倒的に多かったな。彼女作る機会とか彼女作る機会とか彼女作る機会とか。
「……どうしたらいいんだろうな、俺」
「そうだな……それなら一回瀬田さんと話してみたら?どうして俺に構うの、って聞いてみればいいんじゃ?」
「それもそっか……」
「ってほら、話をしたら瀬田さん来たぞ。今がチャンスだろ」
そう言って赤尾が指差した先には、瀬田の姿があった。
……そうだな、たしかに赤尾の言う通り一度彼女に聞いてみてもいいかもしれない。
──俺の平凡な毎日を壊してまで、俺に構う理由を。
「な、なあ瀬田! 俺、瀬田に話があるんだけどさ……!」
「……どうしたんだい? 朝霧くん」
「俺、瀬田に聞きたいことあってさ! だからその、誰もいないところで話そう!」
「私は構わないが……」
俺は大きな声で瀬田を呼び止めると、彼女の元に駆け寄ってこう話す。
俺の話を聞くなり、不思議そうにしながらも約束の時間や場所を決めてくれる瀬田。
その結果決まった約束は、今日の六時、近くの公園で集まろうと言うことで。
……そこで聞き出すんだ。瀬田薫が、俺に執着する理由を。
〜
「……おや、待たせてしまったかい?」
「いや、別に待ってないよ。隣空いてるし、ここに座って」
「ありがとう、朝霧くん。それじゃあ隣に失礼するよ」
公園で瀬田薫を待つこと何時間か。ようやく時計の針が差す時間が六時になり、公園に瀬田薫がやってくる。
瀬田には待ってないよ、とは言いつつもめちゃくちゃ待っていた俺。いや、でも、気になるんだもん! しょうがないじゃん!
そんな俺の隣に腰掛けるなり、瀬田はいきなりこんなことを口にする。
「突然だが朝霧くん、私の昔話を聞いてくれるかい?」
「え、いい……けど……」
……昔話を聞いて欲しい。瀬田は、俺にそう言った。
昔話? なんの? 桃太郎とかなんかか? 頭の中がハテナに溢れながらも、俺は瀬田の話に耳を傾ける。
「ああ、その前にひとつ質問しようか。今、朝霧くんは私にどんなイメージを持っている?」
「そりゃあその、王子様とか、人気者とか……?」
「フフ、やはり朝霧くんも私にそういう印象を抱いてくれているんだね。嬉しいよ、ありがとう!」
質問に答えるなりありがとうと言ってくる瀬田に、どういたしまして、と返す俺。
でも、何でこんなこと俺に聞いたんだ? 別に、俺が思う瀬田のイメージなんて平々凡々、周りと何ら変わらないと思うけどな。
そんな俺に、瀬田はこう話す。
「……こんな私だけれど、昔、自分に迷っていた時期があってね」
「そうなの? 意外だな」
「でも、その時とある男の子がそんな私に喝を入れてくれたんだ」
そう言って彼には今でも感謝しているんだよ、と笑う瀬田。その横顔は、普段見る瀬田とはまた違った表情で思わずドキっとしてしまう。
そんなことに気づかないまま、話を続ける瀬田。
「彼は、本当の自分がわからなくなっていた私に『自分らしさなんて自分で決められるものじゃない。だからこそ、お前が生きたいように生きればいい。だって人生は一度きりなのだからな』と、言ってくれたんだ」
「そっか……」
「私はその言葉を聞いて、本当の私らしさに気がつけたんだ。本当の私の在り方を、彼に教えてもらった。思い返せば返すほど、儚い気持ちになるんだ」
「……良かったね、瀬田」
なんだろう、その男の子の言葉、めちゃくちゃいい言葉だしめちゃくちゃいい話のはずなのにめちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど……っていうか、何かの心当たり?
──そうだ。確かその言葉、“俺の黒歴史ノート”に書いてなかったか?
悪いが、こういう時の俺の予感はよく当たる。こういう時、に限っての話だが。
「だからこそ君とまた会えて良かったよ、朝霧くん……いや、モーニングフォグくん!」
「うわぁああぁぁぁぁぁああああぁああぁあああああああぁあああぁぁぁッッッッッ!」
モーニングフォグ……瀬田がそう口にした瞬間、俺は声にならない声をあげて喚く。
……ああ、見事俺の悪い予感は的中したようだな。そんなキラキラした目でモーニングフォグとか言わないで。
ああ、そうだね、いたね。自分の在り方に悩んでる女の子。あの子、瀬田だったんだ。
でも、それとこれとは別だ。まさか転校先の人間、しかも瀬田薫がモーニングフォグの名前を知っていたことがあまりにもショックで。頭も、視界も真っ白になる。
──気づけば、そこで俺の意識は途絶えていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
圧倒的に瀬田薫ちゃんとしかフラグが立たない今作ですが何卒よろしくお願いします。
次回もお楽しみに!