IS to family   作:ハナのTV

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防衛戦③

鼻孔に香る、焦げ付いた嫌な匂いに、肌を焼くような熱気。最大火力のミストルテインの槍が発動し、開けた視界に映ったのは霧のような水蒸気と煙に、隕石が落下したかのようなクレーター、そして、煙の向こう側でうごめく人影だった。

 

この技は敵を自分を犠牲にしてまでして、倒す時にこそ、使うものだったはずだ。自爆覚悟、一泡吹かせるどころか、道連れする勢いの技であったはずだ。

 

しかし、現実は放った相手は敵ではなかった。その敵影、いや、人影は私の最愛の妹で、妹に使う技ではなかったはずだ。

 

守ると誓ったはずの妹、簪ちゃんが今の私の敵で、私は彼女に技を放った。目の前の簪ちゃんはあれだけの爆発の中、半壊にまで抑えた機体を立ち上がらせて、スパークを放つヘッドギアを投げ捨てて、素顔を晒した。

 

目は完全にどす黒く、そして瞳からは一筋の涙を流している。その涙が何を意味しているのか、私には分かった。そして、その理由が自分ではないという事を理解して、心が沈むのを感じた。

 

私は何をしているのだろうか、ミステリアスレイディを立ち上がらせて、簪ちゃんを見て思った。

 

守ると誓ったのに、私はその対象に向けて矛を振るっている。愛するがゆえに遠ざけたことが悉く裏目に出て、この状況を作り出してしまっている。

 

自嘲の笑みがこぼれた。笑わずにはいられなかった。私は何と道化なのだろうか、そう思わざるを得なかった。

 

思えば、簪ちゃんを遠ざけたのは、あの初任務を終了させた時だった。任務を受けた時、私は舞い上がっていたのを今でも覚えている。

 

更識当主として、IS乗りとして、絶頂であり、自分は才能に恵まれ、機会に恵まれて、この世界の中心に回っていると思いあがっていた。

 

同時に、子供を道具にする相手に義憤し、コレは更識として、正義として、必要なことだと理想に燃えていた。

 

任務の相手は中国軍崩れとロシアンマフィアの混合、練度などお粗末の一言、私にはISがあり、初めて寄越された部下も精鋭ぞろいで失敗する理由など、どこにもなかったはずだった。

 

しかし、現実は予想の斜め上を行った。外の部隊を壊滅させ、後は歩兵たちがISも入れない狭い内部を制圧して、子供たちを連れ帰ると言う時、理不尽は起こった。

 

部下の一人が子供を発見したと連絡して来た。生きていた、助けるべき子共たちが生きていて、私は声尾を上げて喜んだ。通信機の向こう側の皆も同じようだった。

 

任務の成功、子供を助けるという、目標の達成。それで終わると思った歓喜の瞬間、突如それは銃声によって、崩された。

 

通信機越しに部下たちの悲鳴が聞こえてきた。絶え間なく続く銃声と苦悶の声が彼らにどんな痛みを与えるかは想像に難くなかった。

 

私は叫んで聞いた。何が起こっているのか、聞こうとした。だが、聞こえたのは仲間の声ではなかった。部下の声が一つ消えて、その後で聞こえたのは子供と年季がある大人のロシア語だった。

 

『全く……その銃ではボデイアーマーを貫通できない時があると言ったろう?ユーリ。

もし次があるならVSSを使え。確実に貫通できる』

『長いのは苦手だ』

 

ロシア語には通じていたため、彼らが何を言っているのか、よくわかった。頭の中で混乱が起こった。どうして子供がそこに居て、私の部下がその子に殺されたのか。

 

この男が誰なのか、練度の低いゴミのような兵士崩れしかいないはずの此処にどうして、ここまでの精鋭がいるのか。

 

『逃げろ……カタ……』

 

リーダーシップの一人が生きていたのを聞き取り、私はすぐに答えた。

 

「待ってて! 今行くから……」

 

通れるはずのない場所だと知っていても、私はそう大声で答えた。事実できなかった。返信は私に絶望をもたらす、サプレッサー付の銃の発砲音だった。

 

死んだ、そう確信した。この状況で更識の者を生かす理由はどこにも存在しない以上、それは疑いようのない事実だった。

 

仲間の死亡でショックを受けている私をさらに追い打ちをかけるように、現実が突きつけられた。男は手りゅう弾を子供たちに投げつけて、皆殺しにしたのだ。

 

これが、私の初任務だった。私は任務を失敗し、一人回収ポイントへと飛んで帰った。

涙も流せなかった。責任と言う言葉に押しつぶされて、それすら許されない、と感じたからだ。

 

そう、私は責任と言う言葉の意味を知ったのだ。部下の死に対する、死んでしまった最後まで可哀想な子供達への、守れなかった、この思いがその後の私をある方向へと動かした。

 

まず、簪ちゃんを守るために、更識から遠ざけようとした。こんな思いは私だけで充分だ。

私を心配し、近寄って来た妹を私は切り捨てるかのように言った。

 

これでいい、彼女が更識で私と張り合わなくなったのを見てそう思った。もっとも、出会うたびに避けられ、憎悪の目を向けられるたびに私は自分の覚悟が揺らぎ、後悔の念に際悩まされた。

 

そのうち、私からも避けるようになったが、私は簪ちゃんを守るためと自分に言い聞かせて、心の揺れを抑え込んだ。

 

「妹を守る」と言う責任の為に、次に動いたのは犠牲者に対する責任のためだった。

あの任務の後、私は自信の守れなかったものを見つめなおした。

 

部下の家族、兄弟や妻に会いに行き、私が指揮を執って死んだ、と伝えに行った。罵声を浴び、時には暴力によって、自分の不甲斐なさを責められても受け止めた。

 

犠牲者、連れ去られた子供に家族も、この時見に行った。もちろん、自分から名乗るようなマネはできない、ただ観察しただけだった。

 

子供がいなくなって、沈んだ家族は見るに堪えなかった。明かりもなく、ただ祈るだけの日々を過ごして、ゾンビのように動いているだけの死体のようだった。彼らの多くはすり減った精神で僅か希望に縋り付くほかなく、中には自信をつなぎとめていた精神がぷつりと切れて、この世から去ったモノもいた。

 

そんな守れなかった彼らのためと、彼らの仇を見つけるために、自由国籍を利用してロシアの代表候補へとなり、ついには国家代表へと上り詰めた。

 

私の予測通り、ロシアでは色々な情報を手に入れることができた。あの基地にいた男の名を知り、彼の経歴、素行に至るまでを調べつくした。スパルタク、アフガン帰りのスぺツナズ。フリーの殺し屋となった彼をいつか、この手で仕留めるために力を磨いた。

 

私は守るための責任と、過去の贖罪のための責任を果たせなければならない、その為に最良の行動をとってきたはずだ。

 

しかし、現実はそれら全てを皮肉へと変えた。神様はよほど意地悪なのか、私の思い、行動を全て裏目に出していた。

 

過去のフラッシュバックが唐突に終わりをつげ、レイディにレーザーが直撃した。被弾の反動で、体が地面に叩きつけられてバウンドして、二回転した。

 

額から流れた血が視界を真っ赤に染めて、背中に走る痛みに顔を歪ませた。

真っ赤な目に映るのは守るはずの簪ちゃんで、彼女は鼻血を拭って、口元が赤く、心理的なものか、それとも身体的疲労のためか、肩で息をして、私に一歩ずつ近づいてくる。

 

レイディに武装は殆ど残されていない。ランスは砕け散り、楯となるアクアクリスタルもない。あるのは機体そのものだけで、ソレもほとんどの機能が死んでいる。

 

FCSの一つすら動く気配もない。今は残り少ないエネルギーで僅かなシールドと絶対防御を形成しているのみだ。後、二、三回攻撃を受ければ、それらも消えてしまうことは長年の経験で理解できた。

 

視界を遮る血を拭って、私は簪ちゃんを見た。

彼女はもう目の前まで来ていた。地に横たえる私を見下ろして、じっと見て動かないでいる。

 

不思議な間だった。とどめを刺そうと思えば、いつでもできるはずなのに、彼女は見下ろしたまま、何もしない。背部ユニットの砲口を向けてはいるが、それ以上の事をしてこない。

 

「どうしたの? 簪ちゃん、何を黙っているのかしら?」

 

妙な空気に耐えきれず、私はそう訊いた。脅しでも、するのだとばかり思っていたのに、予想を反して彼女は動かない。その不可解な行動は私にはわからなかった。

 

簪ちゃんは少なくとも、無駄な事をしない。無駄なエネルギーの消費を嫌うタイプだと思っていた。今回の行動がソレに適っているとは言えないけど、彼女の普段の行動がそうだった。

 

そして、問いかけに答える気になったのか。簪ちゃんは口を開いた。

 

「私が姉さんを殺すとでも?」

「……違うのかしら?」

 

私が訊くと、彼女は首を横に振った。

 

「どうだろうね」

 

簪ちゃんは首を傾げて言った。同時に皮肉そうな笑いを零した。目は相変わらず、暗いけど、顔はどこか吹っ切れたように、爽快感に満たされているようにも見えた。

 

「ユーリを解放してくれないかな、姉さん? 私はこれまでの生活が戻れば、何も文句はないし、必要なら弐式も返還する。たったそれだけの願い、聞いてくれない?」

「無理な話ね」

 

私は即答した。職務と責任のため、それはできなかった。彼は危険だという事は変わりない。学園を守るにはそれが最善だと判断したからだ。

 

即答された簪ちゃんは砲口を少しだけ私の顔に近づけた。悪寒が流れて、手が一瞬ビクリト震えた。それを隠しつつ、私は彼女に告げた。

 

「それに、貴女がこんな事をした以上、貴女も拘束されるわ。貴女はやりすぎたのよ。どうして、こんな事を? 簪ちゃん、貴女無駄なことはしないんじゃなかったの?」

「無駄な事?」

 

簪ちゃんは一言つぶやくと、鋭い目を更に鋭くさせて、私を睨んだ。口を開いて、吐き出したのは腹の内側の物だった。

 

「今までは確かにそうだね。無駄な事、そうよ。どれだけ、努力しようが貴女がいたのでは評価されない。何をしても貴女がしゃしゃり出て、私の物を壊す。だから、無駄な事をしなかった」

 

ズキリ、と心が痛む音を聞いた。聞きたくなかったことを聞かされて、実の妹に貴女が邪魔と真正面から言われ、ショックを受けた。

 

そう言われるだろうと、予測をしていた。しかし、こうも衝撃を受けるとは思わなかった。

だからか、私は弁明するかのように言った。

 

「違う、私は貴女を更識から遠ざけようと、貴女を守るために……!」

「なら、皮肉だね。その結果がコレだよ、姉さん。私は貴女ではなくユーリを選んだ」

 

簪ちゃんは静かに言葉を並べていく。

 

「私は自分の意志で此処に来た。彼と自分のために。それを無駄だと貴女は言う。結局、貴女は自分の思い通りの妹が欲しいだけ……だから」

 

そこから先を言おうとした時、簪ちゃんの背後で爆発がした。観客席の内側から爆炎が舞い上り、二条のスラスターの光の線が飛び出て、簪ちゃんの後ろに着地した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席に閉じ込められた俺はラプターを起動し、人のいない防護シャッターに向けてパルスライフルを放った。七発撃って、クリップが甲高い金属音と共に排出されたが、シャッターには傷一つ付かなかった。

 

「クソ! 堅い!」

「なら、私が!」

 

アカネがハヤブサを展開し、大型のパルスライフルを撃った。ラプターのより大口径で、絶大な貫通力を持つ青い弾丸だが、シャッターにぶち当たって不協和音を響かせたあと、ひしゃげた弾頭が転がっただけだった。

 

耳を塞いでいたヴィンセントと鈴が轟音に顔を歪ませた。ヴィンセントが俺達に言った。

 

「無理だ! あの壁はちょっとや、そっとじゃ壊れない! ソレに、あれを抜けた後、レベル7相当のシールドがある! 俺達じゃ、壁を壊すので精一杯だ!」

 

ヴィンセントの言う通り、俺たちの機体にはこれといって、特殊兵装が無い。貫通力に秀でたアカネのハヤブサでもレベル7相当のシールドには歯が立たない。

 

ラプターは機動力重視で火力は標準レベル。グレイイーグルは火力は絶大だが、あくまで面制圧での話で、何か固い装甲を一点突破するというのには向かない。

 

鈴の甲龍の龍砲は例えるならショットガンで、貫通するものではない。

しかし、鈴はヴィンセントの言葉を聞いたにもかかわらず、甲龍を展開し全火力をアカネの撃った場所に叩き込みだした。

 

「じゃあ、壁だけでもぶっ壊してやればいいでしょ!その後の事は柔軟に対応しなさい!弾、アカネ、集中砲火! ヴィンセントも! 簪と馬鹿会長を助けるわよ!」

「ああ、畜生!」

 

グレイイーグルを出現させて、両手に機関砲を手にして38mm弾の猛攻撃を実施した。

それにパルスライフルの青い閃光が続き、龍砲の不可視の衝撃波が壁を打ちつける。

 

あらゆる弾丸を発射し、たった一枚の壁を突破しようとする。しかし、撃てば打つほど、潰れた弾丸が転がり、無ざまな姿を晒し続ける以外、変化が起こらない。

 

「ミサイルだ!」

 

ヴィンセントの言葉に呼応して、グレイイーグルとラプターのミサイルが斉射される。全部で20発以上の対IS用のミサイルが火力を見せつけたが、防護シャッターの壁は自身の頑丈さを披露するかのように、焦げ付いた表面だけを見せた。

 

舌打ちをして、火力を叩きこみ続ける。四回目の弾薬クリップ交換をして、再び連射を開始する。

 

「リロード!」

 

アカネも三回目のリロードを行って、ボルトを操作して、弾丸を込めてピンポイントで狙おうと撃つ。発砲音が立て続けに起こり、壁面を僅かだが、削っていく。

 

グレイイーグルが機関砲を投棄し、ショットシェルとグレネードシェルのは言ったショットガンを二丁狂ったように連射していく、甲龍も砲身から多大な熱が発せられているにも気にせずに、撃ち続ける。

 

「弾薬が足りない! パルスライフルが尽きました!」

「こっちもだ!」

 

ハヤブサとラプターのパルスライフルの弾薬がついに尽きた。俺とアカネは次の火力の為に軽機関銃とDMR9を取り出して、再び火力を集中させる。

 

予想以上に頑固な壁面に悪態をついた、その時だった。別方向から、青い閃光が走り、壁面にエネルギーを散らせた。

 

「何だ?」

 

俺がつぶやき、後ろを見ると、そこにはブルーティアーズの姿があった。そのスターライトmk3ライフルからは陽炎が起こっており、彼女が撃ったのだと、すぐに判明した。

 

「セシリア?」

「貴方のためではありませんこと!」

 

そう言いつつ、もう一発放つ。さらに、別方向から大口径の砲弾が飛来して、ダメージを与え続けてきた壁に小さなへこみができた。

ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの姿が見え、その後ろにシャルロットのラファールが突撃銃で発射の感覚を埋めるように連射する。箒の紅椿もエネルギー波を飛ばし、援護する。

 

「ボーデヴィッヒか?」

 

ヴィンセントが訊くと、彼女も答えた。

 

「黙って撃ちつづけろ!」

 

そして、俺の隣に白い機体が飛んできた。その乗り手が誰か、と聞く必要はなかった。一夏が隣に来て、訊いて来た。

 

「どうすればいい?」

「何?!」

 

多種多様な銃に、兵器の織りなすオーケストラで俺は一夏の言葉が聞こえず、訊き返した。

 

「俺はどうすればいい!? 何か策があるんだろ、弾?!」

「……お前、何で今頃になって俺たちの所に?!」

 

俺は聞いた。そんな暇はなく、今は攻撃に集中すべきだというのに、俺は聞かずにはいられなかった。今まで、散々反発しあって来たはずの彼が俺たちに力を貸すのに、疑問に思ったからだ。

 

「俺は楯無さんを助けたいんだ、簪さんもだ! 確かに今まではお前たちの事認めなかった、けど! 今は同じ目的だろう?!」

 

一夏のいう通りだった。同じ目的、あのアリーナの中にいる人を助けたい、と言うのは確かに同じだった。と言うより、今までずっと同じだったはずだった。

 

ただ、向うは手段を認めず、、俺達は相手の現実と夢の違いの判断の差に反発して来た。

そのことを言葉に込めて俺は叫び返した。

 

「ああ、そうだ! お前の頑固な所のせいで、喧嘩しぱなっしだったけどな!」

「でも、今は違う!」

 

その一言を聞いて、俺は頷いて、ヴィンセントに指示を仰いだ。コレは好機だった。確かに俺達では壁を壊すので精一杯だ。その後のシールドの前にはまるで歯が立たない。しかし、一人だけ、それを突破できる例外がいる。それが一夏、あらゆるエネルギーによる防御を無効化する零落白夜。それこそがカギとなる。

 

「ヴィンセント、指示を!」

「よし、織斑は壁面が敗れるまで待機! 弾は軽機を僕に寄越して、白式の後方で待て! 他は全力を持って攻撃を続行! 壁をぶっ壊して、シールドを白式とラプターで突破する! いいな?!」

「了解!」

 

初めての事だった。専用機持ち全員が一丸となって、物事に集中したのは今までなかった。

お互いが互いを嫌悪して、決して歩み寄ろうともしなかったはずだったのに、今、それが起こった。

 

だが、たった一度だけの奇跡でも、今はありがたかった。たとえ、彼女らが一夏のためだけに来てくれたとしても、今は構わない。

 

 

120mmの砲弾が、エネルギー弾が、衝撃波や、光輝く曳光弾の軌跡が防護シャッターを削りとっていく。トリガーを引き絞り続け、膨大な鉛とエネルギーの消費が絶え間なく、続けられ、遂にひびが入り、徐々に大きくなっていく。

 

「もう少しだ!」

「弾、織斑、準備しろ!」

 

指示を出されて、俺は一夏の背中に着き、スラスターへのエネルギーを注ぎ込む。噴射口に青い炎が溜まり、熱と光を解放する、その時が来るまで地獄の炉のような光景を見せているだろう。

 

目の前で雪片弐型を下段で構え、合図を待つ。深呼吸を一つして緊張感を和らげて、神経と握った刀を研ぎ澄ませる。

 

壁面のひびが大きくなっていき、後一撃と言う所で、全機のエネルギーと弾薬が尽きた。

あれだけの銃声と砲声がシンと静まり返り、空薬きょうの転がる音が聞こえて、俺たちに合図を教えた。

 

「今だ!」

 

その瞬間に俺はクラウチングスタートのポーズから、ため込んだエネルギーを吐き出して、レーザーソードをそのひび割れた壁に差し込んだ。強烈なGと衝突の衝撃がラプターを大きく揺らし、その大きな衝突エネルギーと一本の光刃の熱量がついに頑強なシャッターを突き破った。

 

ひびが大きくなり、クレーターとなってへこみ、遂に負荷に耐えかねたのだ。金属の破片と粒子の光が散って、不可視のシールドが目の前に残るのみとなった。

 

そこへ、一夏が雄たけびを上げて、突撃して、シールドを破壊した。破壊されたシールドの裂け目に俺と一夏は突っ込み、水蒸気で視界が悪いアリーナの中へと突入した。

 

俺達が出ると、すぐにシールドが修復され、穴が塞がっていった。突破して数秒も経たぬ間に回復したのを横目で見ながら、目の前の簪を見た。

 

半壊した打鉄弐式はレドーム状の背部ユニットに残る僅かな砲門を楯無に向けているのみだ。楯無は最早、戦闘能力が皆無と言ってよく、麗しげなボデイラインを誇る肢体を地に横たえさせている。

 

俺はラプターを着地させて、簪の後ろについて、レーザーソードの切っ先を彼女に向けた。

赤い光刃を彼女の首の後ろにピタリとつけて、俺は彼女に言った。

 

「簪、ここまでだ。弐式を解除して、戦闘をやめろ」

「五反田君……」

 

振り向かずに簪は底冷えするような声で訊いた。

 

「本気で言ってるの? ユーリを助けたくないの?」

「……助けたいさ、でもこれはダメだ、簪」

 

俺はレーザーソードの柄を握りしめて言った。彼女はチラリと横目で俺を見た。ヘッドギアすらない弐式と彼女の血と埃で汚れた顔を見て、俺は彼女がどれ程の執念を宿していたかを知った。

 

マイクの言った通り、コレは戦争だった。クレーターに、機体の破片、そして搭乗者がボロボロになるまでISを酷使した本物のファッキンウォーだった。

 

そんな戦いを彼女が起こしている、そのことにショックを受けつつも、俺は冷静さをどうにか保ちながら簪の説得を試みた。

 

「簪、ユーリが望んでいると思うか? 奴は誰よりも残虐さを知っているけど、誰よりも規律は守る奴だ。その彼がお前にこんな事を望むか?」

「思わない」

「だったら……」

 

俺が言葉を放つ前に彼女が言い放った。

 

「でも、私は怖いの! いつの間にか、彼が消えていたらって思ったらいてもたってもいられなくなるの! 本音も居なくなって、彼までいなくなったら、その後は?! 彼が望んでいるからって理由で納得できるわけない!」

 

簪は大声を張り上げて言った。気付いてないのか、いつの間にかオープン回線で皆の元に聞こえていた。もしかしたら、学園の方でも聞こえているのかもしれない。

 

確かに、本音が消えたのは一瞬だった。たった一日の学園祭で彼女は蜃気楼のように消えた。学園でもショックはあったが、度重なるアクシデントに慣れたせいか、いつの間にかそれが日常となり、平穏な日々とやらが続いた。

 

彼女は失うのを恐れている。更識という暗部を知っている彼女は、自分が知らないうちにユーリを消されるのを恐れた。

 

「皆、馬鹿だよ! 姉さんのいう事を真に受けて……これまでの全部を否定して! 彼がボーデヴィッヒさんを止めたのも福音の時に戦ったのも……実の親のような男と殺し合いしてまで、私を守ったのも、全部無視して、彼を裏切り者と言うの?!」

 

簪は楯無を無視して、俺と一夏の方へと振り返った。俺は彼女の首もとに切っ先が近づいたのを見て、反射的にレーザーソードを仕舞った。赤い目を潤ませて、大粒の涙を流している彼女は綺麗で、悲痛すぎた。

 

「彼を好きになって、何がいけないの?! どんな残酷な過去を持っていても、ユーリは優しくて、戦いにも過去にも背を向けなかった! その彼を否定させはしない!」

簪なりの恋の言葉だった。彼女は必死に足掻いていた。誰も味方に思えず、一人で戦おうとしたのだ。

 

「姉さんも此処の生徒も嘘つきで、ズルい。そう思わない? 貴方達や彼に散々厄介ごとをさせてきたのに、彼を拘束して、好き放題……私はもう耐えられない」

 

再び、楯無の方へと振り返って砲口を向けた。そして、死刑宣告のように宣言した。

 

「私はもう、姉さんに大切な物を引っ掻き回されたくない! だから!」

 

簪はサジタリウスの矢のトリガーを引こうとしている。俺は考えた。何を彼女のいうべきかを。こんな時、ユーリ本人が居ればもっと、簡単に止めれたかもしれない。

 

しかし、それは叶わない。である以上は俺達がどうにかするしかない。必死に頭を回して考えた。普段なら、彼女の機体に攻撃なり当てて終わりだったかもしれない。しかし、相手は簪で、しかも、その機体は激しく損傷しているため、力加減をしなければ、簪に重大な傷を負わせる可能性があった。

 

「やめるんだ! 簪さん!」

 

一夏が前に出て、彼女を止めようとするが、それは効果が薄いと言えた。ホーミングレーザーであるサジタリウスの矢の命中精度は高く、ブレード一本の白式では楯無を守るには力不足だ。

 

俺は思考回路を限界まで使っていた。この僅かな時間の内に何かを見つけなくてはならない。簪を説得できる何かを。

 

失敗すれば、ユーリも簪も皆が不幸な結末を見るだけとなる。

 

「姉を……家族を殺しちゃダメだ!」

 

そこへ、一夏が叫んだ。その言葉を聞いて、俺はひらめいた。彼女に言うべき言葉を、俺はラプターを駆って彼女の目の前に出た。

 

「五反田君……お願い、どいて、お願いだから……」

「簪」

 

俺は一呼吸を置いて、彼女に言葉を発する前に、頭突きをかました。

思いがけない衝撃に尻餅をついて、彼女は目を白黒させて俺を見た。

 

「さっきの言葉を訂正する。ユーリは今の君を認めない。ただし、規律ではなく、アイツが君に血で染まってほしくないからだ」

 

俺は一言ごとに感情を込めて言った。今までのユーリの記憶を思い出しながら、俺は彼女を説得しようとする。

 

「いつの日か、アイツに銀のナイフを見せてもらった。そのナイフは戦うための物じゃなかった。刃もない、唯の飾り物だ……でも、それは君に宛てたもので、君を表していたんだ」

 

俺はユーリの見せてくれた一振りのナイフを思い出しながら言葉を紡ぐ。 

 

「誰かを傷つけるわけでもなく、強く、綺麗な簪だから、ヤツは君に応えた!」

 

簪の指がぶるっと震えた。彼女は立ち上がって、俺をまっすぐ見た。彼女に目は少しだけ輝きを取り戻していた。

 

「頼む! 俺達が奴を救う! だから、殺すな! 奴の憧れた君でいてくれ!」

 

ユーリの希望、簪がきっとそうだと俺はその時、信じた。戦闘記録を見た時も、彼は簪を戦いから避けさせようとした。

 

彼女を気遣い、彼女が汚れてほしくなかったからだ。そんな彼女に自分の過去をあの時、話さなかったのは彼女が眩しく思えたからではないだろうか。

 

きっと、そうだと信じ、俺は彼女に叫んだ。これが本当にユーリの望んでいることかはわからない。ただ、自分の中の空想のユーリがそう思っているだけで、本当は違うかもしれない。

 

だが、今はそれが肝心だった。ユーリを信じ、簪を信じなければ、言うことはできなかった。

 

我ながら、ロマンチストすぎると思った。だが、祈りは通じてくれたのか、簪は顔を下に向けて、砲口を下げた。

 

「本当に助けてくれる……?」

 

簪が訊いた。その言葉には、ユーリだけでなく、簪自身も含まれていたかもしれない。

 

「ああ、約束する」

「絶対に……彼を……助けてくれる? できる限りなんて、言葉は使わないで」

 

俺は彼女の手を握って約束した。

 

「絶対だ」

 

そう言って、彼女は顔を上げた。その顔はいつもの簪とはいかなかったが。目から宝石のように輝く雫を流していた。

 

「お願い」

 

簪は弐式を解除してくれた。超常たる兵器を脱ぎ捨てて、復讐鬼から一人の少女へと身を変えた。

 

そして、張りつめた精神の糸が切れたのか、その場で倒れた。すると、アリーナのシールドとシャッターが解除されて、観客席が見えるようになった。

 

鈴とアカネが駆けつけてきた。簪の体を抱えて、彼女の名をしきりに呼んでいた。鈴は髪の毛を縛っていたリボンを一つ外して、簪の顔を拭い、アカネはヴィンセントに救護班を呼ぶように叫んでいた。

 

二人の親友は簪を介抱して、次に会長の方へと振り返った。

 

「……簪の事を見た感想は?」

 

一夏から肩を貸してもらっていた楯無がアカネの方を見て訊いた。

 

「それって、皮肉?」

「いいから、答えたらどうなんですか?」

 

すると、楯無は答えた。

 

「……初めて、あんな簪ちゃんを見たわ。あの子があんなに……」

 

そう思い悩む楯無に鈴が言い放った。

 

「だったら二度と、彼女にこんな顔をさせないで。姉ならできるでしょ? お願いだから、簪を悲しませないで」

 

その言葉に楯無は言葉を詰まらせた。何も答えることができなかった。

ふと空を見上げると、水蒸気が晴れて、青々とした青空に虹がうっすらとできていた。

 

空はあんなに青いのに、周りは曇りばかりだった。

 

 

かくして、たった一人の少女の思いをかけた防衛戦は最悪の事態を避けることに成功した。

願わくば、これが序章などという悪い冗談のようなことが起きないことを祈るだけだ。

 




とりあえず、簪の防衛戦は終了です。
これも後々に必要なので、作りましたが、長くなって申し訳ございません

最近迷走してばかりですが、とりあえず頑張っていきます。
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