IS to family   作:ハナのTV

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鉄の歪み

煙草の煙を吸いこむ。紫煙を満喫することもせずに、ただニコチンを補給して、この胸のいらだちを払しょくしようとするものの、味わないで吸う煙草を吸うたびに、苛立ちが積もるような気がしてならない。

 

いつもと違うのは煙草の銘柄ではなく、私の方でニコチンを吸い続けないと感情を抑えられないと判断し、禁煙と言われてはいないだけの職員室で書類に目を通す。

 

十枚ほどの書類の束には更識簪のアリーナでの暴走の件が書かれており、彼女は謹慎処分を受ける事となっていた。書類には彼女の暴走はISそのものの暴走と書かれているが、その事実が異なると判断するのは難しくなかった。

 

簪の気持ちはわからないでもない。度重なる友人の消失に加えて、クラスや教室で他の生徒から問い詰められていたりしているのを何度か目撃されている。

 

心理的に不安定だったと言えば、そうなのだろう。情状酌量でもしてやりたくはなるが、処分は必要だ、

 

だが、はっきり言えば、最初から気づいて止めるべきだったのだ。それに前もって気付かなかった自分の無能さが憎い。

 

三本目の煙草を携帯灰皿に押し込んで、四本目を咥えていると、目の前の教師から嫌悪の目で睨まれ、織斑先生が私に注意をする。

 

「煙草はお控え願いますか?」

 

私は舌打ちして、煙草を胸ポケットにしまい込んだ。そして、先生方の話に耳を傾けた、

織斑の女王様が私から視線を外し、自らの意見を述べる。

 

「さて今回の処分だが、私としてはいささか疑問に残る点が多く、この処置も不適切だと考える。更識簪の処置は厳重にすべきと考えるが……」

「そうですか?」

 

ほんの数カ月前、職員室は皆が織斑先生のイエスマンだった。しかし、今回は違うようで、織斑先生の言葉に異議を唱えたものが二人出た。イヴァナ先生と山田先生だ。

 

「……イヴァナ先生、何かご意見でも?」

 

ジロリ、と織斑先生がイヴァナ先生と山田先生を睨んだ。それに対して、片方は鼻で笑い飛ばし、もう片方は毅然として立ち向かっている。

 

「処置はこれで充分だと思いますわ、織斑先生。この報告をしたのは生徒会会長、その判断は信用できるものじゃないかしら?」

 

彼女の言は言葉だけ見るなら正しく聞こえただろう。生徒会長は国家代表、ISの専門家と言っても過言でもなく、その彼女の証言なら信頼に値すると言えた。

しかし、彼女がこの場で信用しがたいのは、その家族構成に原因があった。

 

「楯無は簪の姉。不仲と噂だが、あの様子ではそれも疑わしい。ここは一つ、厳重に注意すべきだろう」

「誰かへの見せしめ、ですか?」

「……何のことだ?」

 

織斑先生が聞き返すと、「さあ」ととぼけて、イヴァナ先生は両手で小さくバンザイして、お手上げのポーズをとり、含み笑いをして見せた。

その彼女の前に山田先生が一歩踏みでた。

 

「私はそうは思いません織斑先生」

 

周りの教師がざわついた。山田先生が真っ向から否定の意見を出すと誰も考えなかったようだった。

 

「以前のラウラさんの暴走事件の時と同様に扱うべきだと思います。以前、彼女は大した処罰は受けていないはずです」

「しかし」

 

その織斑先生の言葉を遮って彼女は表情を一切変えることなく、口を動かす。

 

「疑わしいにしても、さして証拠はありません。とりあえず、ISはこちらで保管して謹慎処分にすれば安全ですし、周りの生徒さんにも影響もありません。ここは一つ穏便にすべきです」

 

彼女の言は正しかった。最近の学内の雰囲気の悪さは最悪の一言だった。誰もが教師を疑心暗鬼の目で見て、専用機持ちにも同様の目を向けている。悉くイベントを潰されて、ストレスのはけ口すらない状況で、これ以上の混乱は望ましくない。

 

彼女はそういった情勢を盾に自らの主張を強く言った。

そこへ、私も前に出て彼女を援護することにした。

 

「私も賛成です、織斑先生。ここは過去の前例も考えて穏便に行きましょう。 今更、依怙贔屓だなんて言っても始まりません。それにまた襲撃でもあったときが困る。もっとも貴女が出撃してくれれば、解決するかもしれませんが」

 

憎まれ口を叩いてお互いににらみ合った。水と油の関係である私達はしばし、互いに嫌悪の視線を送った。周りの空気が凍り付いたようで、ほとんどの教師陣が私に対して、余計な事を言った、と抗議の目を見せる。

 

だが、織斑先生も有効な反論を見つけられなかったのか、一つため息を鋭く吐いて、言葉を発した。

 

「……処分は山田先生の案を取り入れる。以上、解散」

 

織斑先生は山田先生と言う単語を強調していった。ぞろぞろと皆が持ち場に着く中、イヴァナ先生が私に近づいて耳打ちをした。品のいいラベンダーの香りが鼻孔をくすぐった。

 

「やりましたね、大場先生。流石悪い刑事役です」

「バットコップは尋問用の言葉だよ……で、情報は」

 

そう訊くと、イヴァナ先生は胸元からUSBを取り出して、私の煙草の箱にしまった。情報は手に入れたようだ。

 

「彼の過去のデータですけど、かなりブラックでした。ただ、今の容疑に直接関係するものは無いです」

「そいつはよかった」

 

心底安心した。少なくとも、決定的な証拠がないという事はチャンスがまだそん坐しているという事になる。そう感じながら、私は彼女を少し遠ざけた。彼女の性分なのか、必要以上に体を寄せてくるのだ。胸が腕に当たって、何とも落ち着かなくなる。

 

「先生、イヴァナ先生に大場先生」

 

さらにそこへ、山田先生がやって来て、私たちに話しかけた。

 

「ユーリ君の方はどうですか?」

「情報は集められましたよ、山田先生、そっちは?」

「一応、何人かは考えてくれている様子でした」

 

山田先生のユーリの件について、異議を唱えさせてもらった策が効果を発揮してきているようで、数少ない味方が増えていることに私達は喜んだ。これで、一気に解決に向かうと言い、と願う。

 

「ところで、先生。自衛隊の方は?」

 

山田先生が問うと、私はその答えを述べた。確かに自衛隊のあの二尉は参加を拒否しなかった。むしろ積極的で怖いくらいだった。彼が言うには特殊作戦群の準備すらできると言うのだ。

 

ただの二尉にそんなことが可能か、と疑問に思い、私は不信感を抱いたが、この際協力者を選り好みしている暇は無く、要請するほかなかった。いかな背後関係があるにせよ、彼らに増援を頼んだ、と伝えた。

 

「特殊作戦群?」

 

イヴァナ先生が疑問符をつけてその名を口にした。彼女の疑問に対して山田先生が捕捉した。

 

「自衛隊の特殊部隊のような物です。ただ、そんな部隊をどうして?」

「多分だが、更識そのものを潰す気だろうな」

 

かつてのFBI長官フーヴァーは組織を私物化し、政治界の大物のスキャンダルを揺さぶていたという。自衛隊からすれば公に認められてもない組織にデカい顔をされるのも嫌であり、こうした事態を避けたいのだろう。

 

自衛隊、教師、生徒、更識、と複雑に入り組む戦場はたった一人の生徒の拘束によっておこされたものだ。誰が仕組んだ戦いやら、突飛すぎる展開の連続に頭を抱えるほかない。

 

すると、そこへ誰かの携帯が鳴りだした。メールの着信を教える電子音が鳴って、イヴァナ先生が携帯をどこからか取り出して開いた。

 

「毎回思いますけど、どこから取り出しているんですか?」

「貴女も持っているでしょ。自慢のモノからよ」

 

山田先生が少し赤面している中、彼女がメールを読み進めると、顔色が少し悪くなった。そして、私達の方へと視線を移して、メールを見せた。

 

ソレを見て私は一言つぶやいた。

 

「嵐が来るな」

 

そのメールをみてインダストリー社も本気であると認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

エレベーターから出ると頭にかぶせられていた袋を外されて、埃のカビが永い間熟成された、不快な匂いと湿気が俺を迎えた。

 

エアコンもなく、ただ不潔で暗い地下室である、この場所は何週間もいれば、確実に病気になると、確信が持てるほどの不潔さだった。

 

そんな暗い学園地下の部屋へと案内され、前にを見ると、久々のユーリの姿があった。

口元には髭が短く生えており、坊主の髪の毛も伸びている彼の姿はやつれた獣のように見えた。

 

明らかな体力の消耗が目に見えて、彼の目は前見た時よりも輝きが失せていた。

俺が用意された椅子に座ると、後ろの更識の者だろうか、男が時計を見て、時間は15分のみだと口うるさく言った。

俺は手で払って、男を退場させて、ユーリを向き合った。

 

「よお、久しぶりだな。ユーリ」

 

俺がそう最初に口を開くとユーリは俺を見て問いかけた。

 

「何故ここに来れた?」

「……特別にな。上での事情が少し変わったとだけしか言えないが、許可を得られたんだよ」

 

その事情は簪の暴走を止めたという事だ。そのことを鑑みて、特別に許可をもらったのだ。もちろん、彼に不審な事を話せば、即中止となる。今でもマジックミラー越しに誰かが見てることは間違いない。

 

だが、俺がその理由を彼に直接いう事は出来ないのはそのためではなかった。恐らく彼は気づいているだろうが、わざわざ口にすることが憚られたのだ。

この男が傷つくとは考えにくかったが、そう思った。

 

「……そうか」

 

短く沈んだ声でユーリは答えた。表情こそ、たいして変わってなかったが、どこか悲しげだった。そんな男が俺をしばし見つめ出した。何を見ようとしているかは分からないが、とにかく、彼は俺を見ていた。

 

「大丈夫か? ここ随分と空気悪いだろ。いくらお前でも此処に長くいたら病気になる」

「そんなことはどうでもいい」

 

ユーリは吐き捨てるように言って、一つため息を吐いた。

 

「一応聞いておくが、上で簪が何かしたのだな? そうだな?」

 

尋問する口調で彼は俺を問い詰めた。俺は最初否定しようとしたが、ユーリの持つ迫力に圧されて、俺は小さく頷いた。それを見たユーリは更に沈み込んだ。

 

「やはり、な」

 

俺はそんなユーリにせめてものフォローを入れた。

 

「ユーリ、彼女は確かに動いた。だが誰かが死んだわけでもない。俺達がどうにか止めた。だから、お前が心配するようなことにはならないはずだ」

 

そう言った俺の言を無視して、ユーリは一言言った。

 

「……馬鹿なマネを」

 

ユーリは顔をうつむき、たったそれだけを言った。俺はその一言を聞いて、憤りを感じざるを得なかった。確かに、彼女にしたことは褒められることではない。だが、彼女がそうしようとしたのは、他でもないユーリのためだ。もう少し言い方と言うものがあるのではないか。

 

「ユーリ、その言い方は感心しないぞ」

「これ以外に何と言えばいい?」

 

ユーリは俺にそんな問いかけをした。

 

「俺の顔を見ろ、弾。俺は他人のように表情を上手く切り替えることができない。そして、未来永劫、自信の罪を理屈でしか悪とみなせない。その始まりが何から来ているかわかるか?」

 

ユーリの目を俺はまっずぐ見据えた。相も変わらない鉄仮面の顔に二つある目は今は虚無的なものに見えた。

 

それは簪が戦った時に見せたものとよく似ていた。絶望的な状況に立たされた者の目に違いなかった。

 

「何から来てるってんだよ?」

 

俺は聞き返した。ユーリは少しだけ体を俺に近づけて述べた。

 

「愛情だ……俺はな、弾。スパルタクの姿に父を見ていたのだ」

「……お前を殺そうとした男を父だと?」

 

俺は驚きを顔には表さないで言ったが、言葉にはハッキリと動揺の色が出てしまった。

しばらく間を置いて、ユーリは静かに「そうだ」と答えて、その訳を述べた。

 

「俺は奴に認められたかったのだ。だから逃げずに、奴の元で戦い続けた。どんな形であれ俺はそう言った物を求めていた節があった。そして、それと今回の件はよく似ている」

 

ユーリの過去は一夏経由で聞いていた。聞いた通りなら、確かにユーリはスパルタクと言う男に対して、何ら恨み言も言っていない。

 

ユーリにとって過去は変えようがない残虐な過去であると同時に、唯一の家族と過ごした思い出でもあるのかもしれない。

 

だが、簪の事を見て、自身がどんな目をしていて、それが過去の自分と似ていると気づいてしまったのだろう。

 

いわば、彼は彼女に自分と同じ過ちを犯してほしくなかった、という事だ。それも叶わず、簪が自らの手を汚しかけたことに強い衝撃を受けているのだ。

 

俺は無意識に奥歯を少し噛みしめた。奴の言おうとしていることが少しずつだが、わかって来たからだ。

 

「かつての俺も今の簪も、誤った相手に依存しているだけだ……俺もスパルタクと同類だな」

「どういう意味だ?」

 

頭に上った血を冷やして、沈静化させようと努めて聞き返した。

 

「愛情ほど、人を惑わす物は無いという事だ。俺は彼女を戦いに巻き込んだ……俺には誰かに救ってもらうほどの価値は無い。むしろ、このまま消え去った方が有益と言うことだ」

 

俺は頭の血管がぷつりと切れる音を聞いて、奴の襟元を掴んで持ち上げた。椅子に縛られているとはいえ、無抵抗のままでいるユーリに余計腹を立てて、俺は怒鳴った。

 

「ふざけんな。 今更、罪悪感に駆られてブルーになりやがって、間違った相手だと? 冗談も大概にしろよ、俺達のも簪のも皆の思いをフイにしようってか?!」

「では、聞くが簪はどんな目をしていた? 俺と同じ目をしていただろう?」

 

ユーリの問いを聞いても、俺は手を離さず、「そうだ」と肯定して、更に声を張り上げて奴を揺さぶった。

 

「だがな、それがどうした? 簪がお前のせいでそうなったのなら、お前が元に戻してやればいい、そうだろ?」

「……理想論でしかないな」

 

熱くなる俺とは対照的にユーリは冷めた声で吐き捨てた。自嘲の笑みも零さないが、その口調にはハッキリとそれが現れていた。

 

「損切をしろと俺言ってるんだ、弾。俺を救うことで、インダストリーの夢も潰えてしまう可能性がある。それに……俺は簪にとって毒にしかなりえない」

 

無意識的に手に入る力が増していく。この男の言っていることは理屈で言えば、間違っていないように聞こえた。だが、その自分を捨てさせるために、吐き捨てるような口調が癪に障った。

 

また、俺達の誰もが、ユーリを失うことこそ、大きい損失だと考え、行動している中でこの発言は彼らの侮辱とも言えた。

 

「なるほど、お前は毒か? じゃあ、簪は? 誰をお前や本音の代わりにするよ?」

「……織斑となら、似合いだろう」

 

俺は拳を思い切り、ユーリの顔に撃ちつけた。あまりの発言に俺も堪忍袋の緒を切らして一発殴りつけた。

 

椅子に手錠されているユーリは受け身も取れずに床に転がった。その姿は普段のユーリとは想像もできない程無様だった。

 

「俺や仲間だけでなく、よりによってお前が……簪まで馬鹿にすんじゃねえ!」

 

倒れたユーリは口から血の混じった唾を吐き出した。こうも荒んだ彼を見るとは思わず、もう一度殴りたい衝動に駆られたが、俺はその寸前で止まって、一つ大きく深呼吸をした。

 

奴をちゃんとした姿勢で椅子に座らせ、俺は自分が座っていた椅子を蹴飛ばした。立ち上がった俺が奴を見下ろし、座るヤツが俺を見上げる形となった。

 

あれだけ大きく見えた男が今は小さく見える中、ユーリが先に言葉を述べた。

 

「理屈ぬきで怒鳴り、暴力に走るか……まるで織斑だな」

「そうか、なら今日のお前は何だ? よく喋るじゃないか?」

 

俺が肩で息をしながら言うと、ユーリは僅かに表情をこわばらせた。動揺したのだろう。普段無口な男がよく喋ると、わかりやすいと俺は頭の片隅で思った。

 

よほど、簪の事がショックと見えた。涙も感情の動きも滅多に見せない男が初めて感情的になっているようだった。いかなる戦いでも、決して態度を崩さなかった鉄の男は今、感情を動かされているのだ。

 

「お前の方こそ、感情的だぜ、ユーリ。今回お前が拘束されている理由抜きにして、簪の為に此処に居ようとしてやがる。その為に過去の事を話して俺達を諦めさせようとしている、違うか?」

 

ユーリは何も答えなかった。ただ、俺を睨むだけで何も言い返してこない。大抵は理屈で動くユーリの見せる行動にしては嫌に感情的に思えたが、それが今の彼のとれる唯一の抵抗だろうと予測した。

 

「悪いが、今回はお前の望みは聞けねえよ。俺はお前を助ける。あの姉妹にそう宣言したからな」

 

姉には宣戦布告として、妹には約束として俺は宣言した。負け続けの俺でも、この二つの言葉は嘘にしたくはない。

 

たとえ、ユーリが自分を原因に簪が傷つくことになったことに責任を感じたとしても、俺は彼を救わなくてはならない。

 

誰もが不幸になる結果より、誰かが幸せになる方がより良き話と言えるからだ。それに、ユーリが責任を果たすというのなら、それは自身が消えてなくなることではなく、簪に再会し、彼女をもう一度助けることだと思うのだ。

 

「……化け物を助けても得はしないぞ」

 

立ち去ろうとする俺の背中にユーリはそう一言言い放った。その言葉は虚しくモノだったが俺はその言葉に対して、明確な反論はしないで一人の女の子の話だけを彼に聞かせた。

 

「……簪はお前を一人の男と見ていたぞ」

 

ドアを閉めると、更識の者がやって来て、袋をかぶせようとするのを、俺は袋を男から強引に取り上げて、自分で被ると言った。

 

「畜生」

 

俺はユーリのあんな姿は見たくなかった。できることなら、強い鋼の男でいてほしかった。だが、それも身勝手な話だ。彼は俺と同い年の男だ。

 

俺とは少し感覚が違うだけでしかないのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室に戻ると、体の力が一気に抜けていくのがわかった。誰かがいるのにも気にせずに、自分のベッドに体を押し付けて、重力に逆らわずに突っ伏した。

 

羽毛布団の柔らかさが心地よく、ゆっくりと息を吐いて疲れを癒そうとする。

そうしていると布団の腰の近くが重みで沈んだ。誰かが腰かけていた。その人物が誰かは考えるまでもなかった。

 

「ユーリは……どうでした?」

 

アカネと俺は視線を合わせずに話した。雰囲気で何となく彼女もその会話の結果が芳しくないことに気付いたのだろう。

 

「……見りゃわかるだろ」

 

そう一言彼女に返した。彼女は無言のまま、返答はしなかった。予想していたわけではなさそうだった。予想していたとしたら、彼女は何か言葉を発するに違いなかった。

 

「あの男でも沈む時があるのですね」

「……そうなのか?」

 

「ええ」とアカネは答えた。俺は視線をアカネに移した。彼女はベッドに腰掛けて後ろ姿だけを見せていた。背筋をピン、と伸ばした姿勢の良い彼女の背中からは哀愁を感じた。

 

「三年間……私達は共に訓練しました。三年も、一緒にいたのに、私はユーリが沈んだ所なんて見たことなかった。鋼鉄の男、そう思ってました」

 

アカネの口調は明るくなかった。彼女のいう話は思い出話という雰囲気ではなかった。三年いたというのに、彼を知ることができなかった自分への後悔を醸し出していた。

 

「何が戦友だ……何も私は知らなかったじゃないですか」

 

皮肉そうにつぶやいたアカネは悪態をついて、拳をベッドに打ちつけた。行き場のない怒りを物言わぬ物に八つ当たりする以外、彼女に怒りを鎮める方法が無かった。

 

俺はユーリとは半年程度だが、やはり知らなかった。もしかしたら、ヤツが人生で初めて見せた顔かも知れない。奴が過去を語るときの顔に後悔や苦悩の顔は無かったという。

 

なら、俺達が知らなかったのは当然なのかもしれない。それが、言い訳になるわけではないが。

 

そう沈み込んだ俺はそっぽを向いて、枕に顔をうずめようとした。

アカネは一つ深呼吸をして、立ち上がった。そして、俺の手を取って立ち上がらせた。

 

「アカネ?」

 

俺が彼女の名前を呼ぶと、彼女はメガネを外して、戦うための貌へと変化させた。そして、鷹のような猛禽類の鋭い目を見せて、彼女は言った。

 

「……いや、違う。まだ三年でした」

 

アカネはそう言いなおした。三年間も過ごした、ではなく、まだ三年と言った。それはまだこれからも続く、続かせるという彼女の気持ちの表れだった。

 

「沈んでいる暇はないですよ、弾」

 

彼女は短く言い放った。ただ一人のユーリの戦友として見せる彼女の顔は気高く、美しかった。俺は沈みかけた心を奮起させて、自分の力で立ち上がった。

 

「そうだな、そうする以外に……」

 

そう言った時、不意に風が流れてきた。さっきまで窓が開いてなかったはずの部屋に秋の冷たい風が流れてきた。

 

それは不可解な事だった。この部屋にはアカネと俺しかいないはずで、俺達は互いに同じ場所に居るというのに、誰が窓を開けられると言うのか。

 

俺達は窓の方を見た。すると、第三者の声が後ろからした。

 

「呼ばれて飛び出て、こんにちは~」

 

その間の抜けた声が後ろからした時、俺は拡張領域からm9自動拳銃を抜き出し、アカネは近くに立てかけていたライフルケースからm14を取り出して、声のした方へと発砲した。

 

コンクリートを穿つ音が響き、家具が損傷して木片が飛び散った。そこに銃弾に撃たれて倒れる敵の姿は無かった。

 

「本音! どこだ?!」

「鬼さん、こちら~」

 

俺が叫ぶと、彼女の声がして、その方向へ顔を向けるとアカネの首もとに鉤爪が添えられていた。彼女はアカネを人質にとった

 

「アカネを離せ!」

「弾!」

「どうしよう~?」

 

本音がかぎ爪を傾けた、その時、俺はm9を発砲して、かぎ爪を上へと弾かせた。

 

「あれ?」

 

本音の声が聞こえたと同時にアカネが彼女を蹴飛ばして、m14のセレクターをセミオートからフルオートへと変換させて、腰だめに構えて弾倉すべての弾丸を彼女へと放った。

 

7.62mmNATO弾のやかましい発砲音が狭い部屋の中で鳴り出した。強烈な破壊力が彼女にぶつかり、十五歳の少女の体は文字通り穴だらけになったはずだった。

 

しかし、俺達が見た光景は血みどろの光景ではなかった。血こそ出ていないグロテスクな光景を目の前に絶句した。

 

「痛いなあ~アカッリン~。構成するのも意外と面倒なんだよ?」

 

穴こそ開いているが、そこから鮮血の一滴もこぼれていない。緑色の粒子が纏まっているだけで、穿たれた穴はすぐに塞がれて何事も無かったように消えた。

 

「量子変換……本当に貴女何者なんですか?」

「ただのメイドだよ? どこにでもいるメイドさん~」

 

そんなフザケタ台詞を言い放って、彼女は普段通りの笑顔を見せた。本当の狂気は自身が自覚していない狂気なのかもしれない。彼女にとって、この程度は普通なのだ。

 

「どうして、ここに? 第一、どうやって来た?!」

 

俺は無駄だと分かっていながら、m9を向けて訊いた。疑問は至極当然の物で、彼女が何故来て、どうやって来たのかが全く理解ができなかった。

 

「私の目的のためもあるけど、今回はお手伝いかな~? ソレに自在に量子変換で移動ができる私に既存のセキュリテイは無意味だよ~? コアの反応も生身の時は消せるもんね~」

 

本音はそう言いながら、手元にスイッチを取り出して、ボタンを押した。そこで起こったのは連続した爆発音と地震のような揺れが発生し、次に警報が鳴り響いた。

 

「何をした?!」

「格納庫をちょっと爆破♪ これで教員は来れない、大場先生や山田先生は達は厄介だし、レジスタンス達も戦えない。ステージ作りだよ~ダンダン」

 

先ほどから、理解ができない言葉の連続で、俺は苛立った。また、状況の急激な変化もソレを助長した。

 

「何のためにだ?! わかるように言え!」

「ならちゃんと言うよ~」

 

本音は子供のように口をすぼめて一拍溜めて言った。

 

「スパ爺のお手伝いだよ~ じゃあね~、私も忙しいから」

 

そう言って彼女はどこかへと消えた。俺達に絶望的な状況を伝えて彼女は消えた。

なぜ絶望的か、聞かれれば、答えは簡単だ。

 

何せ今の俺達には一発の弾薬も残っていないのだから。

 




話を進めるのは大変ですね。
何だか、最近一話投稿するたびに緊張します

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