牢獄、もしくは隔離施設と化した地下の部屋はしんと静まり返っていた。看守である更識の者も分厚いドアの向こうにいるためか、話し声程度の声の大きさなど聞こえるわけもない。
手錠をはめられたまま、俺は椅子に座り僅かな時間の睡眠をとっていた。どんな人間でも睡眠だけはとらなければ、たちまち衰弱する。
幾夜取ったかわからない浅い睡眠は俺に僅かな量の体力を与え、同時に瞼をつむるたびに日々の記憶をよみがえらせた。
走馬灯のように映る記憶の数々は今の俺にとって、残酷だった。より今の現実が虚しくなるだけだ。せめて、今よりも辛い過去ならまだ救いになったことだろう。
だが、俺をあざ笑うかのように、悪くは無かった日々が夢となって現れるのだ。夢が人の心の写し鏡だと言うのなら、俺はそれらを求めているという事になる。
アカネとヴィンセントとの出会いから始まって、長いようで短い時間が過ぎた。戯れで、食事の主菜を取り合いもした。弾と言う素人に己の技を教えることで、成長する彼に喜びも感じた。
時に起こった戦闘の数々はどれもが破壊的で、印象的だった。人間の感情がむき出しになって、戦う彼らの姿は悲しくもあり、気高くもあった。
生徒を守りたいと、何度も劣った性能の機体で戦う教師、再びを宇宙を、と願うヴィンセント、いつかの憧れの兵士に栄光を、とアカネが戦い、ただ戦友の為に走る弾。
現実から逃げない鈴に、守るため、という織斑。彼の為に戦う候補生達、せめて、抵抗を、と立つレジスタンス達。そして立ち向かう簪。誰もが戦った。
恐らく、それがスパルタクの理想の一つなのだろう。感情を力に変えた人間なのだろう。兵士ではない事を除けば、彼の理想と合致する。
「屑だな」
俺は結局、何もできずじまいだ。無力なまま腐り、簪を無意味な戦いに引き込ませた愚かな無能者だ。自分をそう評価する以外にない
仮に彼女の行動が成功したとすれば、それは姉妹同士の殺し合いの末に掴みとられた幸せだ。俺は彼女の心を壊さぬために、彼女を否定することもなく共に過ごさなくてはならないだろう。
そんな生き方のどこに正しさなんてあるだろうか。俺はそんな未来を彼女に見せてしまった。彼女は一時の誤りとはいえ、それを選択しかけた。
愛情などいと言う言葉が免罪符となることはない。俺は最初から彼女と関わるべきでなかった。そうすれば、彼女も歪むことは無かったろう。
俺が彼女を歪ませてしまった。白い花の美しさに見惚れて、握りしめて潰してしまったのだ。
俺はたった一つつけられた蛍光灯の明かりを仰ぎ見た。光に連れられて羽虫が飛んでいた。
じっと見つめていると、明かりが点滅した。電源が不安定と言うわけでもない、この学園で明かりが不安定になるのはおかしなことだった。
「何だ?」
次に、壁の向こうから振動が突き抜けてきた。次に聞こえたのは悲鳴と銃声の二重奏、慣れ親しんだ音を俺の聴覚は確実にとらえた。
聞こえる銃声は45径の拳銃弾の物のみだった。訓練されているであろう更識の者達が撃つにしてはデタラメで、乱射しているようだ。
対する相手は銃も使わずに彼らを攻撃しているようだ。銃声が片側でしか聞こえてないように感じたため、そう判断した。一瞬スパルタクの顔が浮かんだが、あの男がやるにしては非効率な殺しだ。
地下の閉鎖空間なら、手りゅう弾を使うことが有効的だ。この学園の建築の頑強さを考えれば、榴弾を使っても崩れることはない。
だが、敵はそうせず銃を使わずに相手を殺害している。不可解な行動だった。そンな疑問を抱いていると、次の瞬間には何事も無かったかのように静まり返った。
銃声も悲鳴も、怒号も止んだ。代わりにやって来たのは鉄の扉を突き破った、金属の絶叫だった。
見覚えのある巨大なかぎ爪が姿を現し、力任せに扉を折り曲げて、自分が入れるスペースを作って入って来た。
「ハロ~? それともこんばんわ? 久しぶりだねユーリ~」
現れたのは布仏本音。スリットの入った破廉恥なISスーツから、学園の制服姿へと変えて俺の目の前に立った。ニコニコと笑い、眠たげな眼で俺を見た。
「何の用だ?」
「ヒーローしに来たの~? どう、似合ってるかな?」
何処からか取り出したTV番組のヒーローのお面を顔に取り付けて見せびらかす。そのお面の下には決して正義に燃える者の顔は存在しないのは明白だ。
無言で通していると、彼女は小さくため息を吐いてお面を捨てて、俺の後ろに回り込んで手錠をかぎ爪に引っ掻けて切断した。
「ノリが悪いとかんちゃんに嫌われちゃうよ~? ああ見えて、かんちゃんもノル時はノルよ~?」
そう楽しそうに語り、踊って回る彼女の背中に俺は言った。
「……俺は彼女ともう関わる気はない」
その一言に反応し、ピタリと足を止めた。長くスラリと美しい脚が動くのをやめて、振り向いた愛らしいはずの彼女の顔は陰を持っていた。
目は半開きだが、深淵じみた暗闇をやどし、長い睫毛が片方吊り上がっていた。それでも口元の形が変化しないのは流石と言うべきか、はたまた狂っていると言えばいいのか迷った。
「……それは困るな~ 何でかな~?」
踵を返した彼女は一歩づつ歩み寄る。名称不明のISのかぎ爪を舌でなめ、艶がかった貌を見せる。雰囲気はスパルタクの殺しの時とよく似ている。これが彼女の仕事の時の姿なのだ、と俺は知った。
ISスーツを纏う姿へと変貌し、スリットから覗かせる白い肌に、着やせしていたために、普段は見ることができなかった発育の良い肢体を披露しつつ、白い肌に点々と付着している赤い血潮が映えて、残酷さをより強調させていた。
俺はそんな本音を睨み付け、彼女の問いに答えた。
「俺は結局、化け物でしかない。他人からの感情さえ、歪ませてしまう。簪はもう少しで実の姉を手にかけるところだと聞いた。俺などのためにだ」
本音は俺に手が届く範囲にまで近づいた。だが、彼女は何もせず、俺の答えを最後まで聞こうとしているようだ。俺は彼女の反応に甘えて、答えを述べ続ける。
「俺は簪にとって、好意の対象なのかもしれない。だが、それは依存しているだけだ! ほんの少しでいい……彼女が周りに心を開けば、すぐに誤りだと気づく。俺は彼女にとって都合のいい悪夢でしかない」
俺は悪夢と言ったが、正しくは悪魔なのかもしれない。人は誰しも肯定されたい、と願う。自分を認めてくれる誰かを欲する。簪にはそれが今までいなかった。
本音と言う存在がしたとしても、彼女と簪の関係はどう足掻こうが、主従だ。普段、友達として過ごすことはご法度であるに違いない。
だからこそ、彼女は主従でもない、更識でもない俺が認めたのに歓喜したのだ。そして、ソレに固執している。本当は世界は広く、そんな人間は周りに大勢いるというのに、彼女がここまで、俺に固執するのは姉への劣等感から来ているのかもしれない。
俺は甘い毒を差し入れる悪魔同然という訳だ。
他の友人ができても、今は良くても、いつか姉の方へ行くのでは、と恐れるのだ。赤の他人からすれば、なんてことのない他愛のないことでも簪にとっては恐ろしいのだ。
彼女は以前、姉に俺と歩くのをやめるよう言った時、震えて反論できないでいた。それほどまでにトラウマなのだ。
だが、そんな彼女を救うとすれば、俺を俺を忘れ、俺以外の普通な誰かが彼女の理解者となることだ。俺はどこまでいっても、殺人鬼。彼女と結ばれることも無ければ、そもそも、会うべきでなかったはずの存在だ。
「以前、お前は簪や皆の幸せのため、と言ったな?」
俺がとうと本音は頷いた。それを見て俺はその場に座り込んで彼女を仰ぎ見た。
そして、自分がどうすべきなのかを実行する気でいた。
ちょうど、姫を攫う龍が姫からも愛されず、王子によって首を斬られるように、俺も首を斬られなければならない。
「俺は簪の前から消えるべきだ。ならば」
俺は一拍置いて本音に言い放った。
「簪の幸せのために俺を殺せ。化け物には似合いの結末だ」
本音の目に赤い光が灯った。絶対零度を超えた冷ややかな視線が俺へと突き刺さり、かぎ爪が互いにこすれ合って、刃がこすれ合う刀の鳴き声が響いた。
願いを聞き入れたのか、彼女は巨大なかぎ爪を天高く振り上げ始めた。ISの巨大なパワーと武装の質量をもってすれば、俺はたちどころに押しつぶされて絶命するだろう。
何のことは無い、15年と言う長い年月を生きただけの一人の暗殺者がこの世から消えるだけだ。あの暗がりで5歳程度で死ぬはずだった俺が同じような場所で人生の幕を下ろす。
最期に簪のために行動できたことは胸を張れるだろう。それが天国への切符となることは無くとも、俺には十分だ。
心残りなのは弾達だ。救うと言われた中で死ねば、奴らも俺の死骸に向かって罵倒するに違いない。彼らの望みを叶えることができなかったことは謝罪すべきだろう。
「簪……ありがとう」
ただ一言、辞世の句を述べて、俺を終わらせるギロチンが振り下ろされた。
だが、振り下ろされたはずのギロチンは俺ではなく、俺の据わっていた椅子を破壊したのみだった。すぐ隣に会った無機物が代わりに破壊されて金属片が飛び散って、俺の頬を薄く切った。
「よく狙え。俺はここだ」
本音に顔を向けて言った。自分の人差指で頭頂部を指し、もう一度狙えと動きで伝えた。すると、彼女はISを解除し、あろうことか俺の顔に向けて拳をぶつけた。
体格の小さい女性とは思えない力で殴られた俺は床に転がって、折れた奥歯を吐き出した。
靴音を鳴らして、近づいてきた彼女は変わらぬ笑顔で、瞳孔の開いた目のまま俺の襟首を掴んで持ち上げた。
「ダメだよ~! そんなんじゃあ、かんちゃんが不幸になっちゃうよ~。格好良く死ねるなんて思ってるの? ユーリ~?」
俺は彼女の腕をつかみ、力を込めた。だが、30cmほどの身長差、体格も圧倒的に俺が優っているはずだというのに、微動だにしない。
それどころか、力を込められて俺は苦悶の声を出した。
「お前の……望みは何だ? 簪の幸せを望むなら、何故彼女から離れた?……何故、俺を殺さない?」
「まだ、わかんないの~?」
一種の嘲笑すら含んで、彼女は呆れた口調で言った。
「かんちゃんが、一体何年耐えてきたと思う? その気になれば、いつだって反抗できたけど、それをしなかった。けど、今回はじめてかんちゃんはユーリ―の為に動いたんだよ~? 言わないと分かんないかな~?」
そういう本音に向かって、俺は渾身の力を込めて、腕をもう一度掴んだ。彼女の言っていることに対し、反論があったからだ。
「愛だの優しさだけで幸せになどなるものか! 俺を殺せと言っている!」
「それが答え」
本音の顔がずいと近づいた。笑う彼女に睨む俺と先ほどと構造は変わらない。
だが、本音の出す気迫には感情がこもっていた。怒りではなく、喜び。純粋な喜びがそこにあった。
「ユーリーも分かってるんだ。かんちゃんはユーリーを好いている。逆もまた然り。なら、応えてあげて。
かんちゃんは、化け物も人も愛せる……私やユーリーのように。かんちゃんの幸せはもう貴方といることなんだ。なら、ユーリーが行かなきゃダメじゃない~」
「しかし……!」
本音は左のかぎ爪で俺の頬を引っ掻いた、薄く敗れた皮膚から血が一滴流れた。そして今度は刃のない甲の部分で撫でた。
「かんちゃんを思うのなら、心に従って、ね~? じゃ、これを置いて行くね~」
彼女はそう言って、二つの物を置いて行った。一つは無線機の一種だろうか。太いアンテナが伸びた大型のトランシーバーだった。もう一つは見覚えのあるタグ。マーダーオブクロウの待機状態だった。
「……最後に聞かせろ。幸せとは何だ?」
「笑顔だよ。笑えば、皆幸せ~だよ? でもって、苦しんだ後の笑顔が最高に幸せじゃない~?」
そう言って彼女は蜃気楼のように消えて行った。
俺は一人残された。手元に残された愛機と通信機を手に持ち、俺はマーダーを展開し自刃しようと手を動かした。
だが、行動に移す直前、トランシーバーから音声が流れてきた。誰からの通信かと思い、耳に当てて聞くと、それは誰から、と言うものではなく、ただ戦場の音声を拾っているだけだった。
そこから聞こえてくるのは戦友たちの声と爆発音。今まさに戦闘している者達の生の声だった。
『セシリアがダウン! あの野郎、狙撃もできるのかよ!』
最初に聞こえたのはヴィンセントの悪態だった。スパルタクの射撃はアカネやセシリアほど正確ではないが、一流の部類だ。そして、精神面では二人に負けることは無い。
『先に行きます! 弾、貴方は後に!』
『了解だ!』
次に刀と刀が触れ合い、次に異音が響きアカネが短く悲鳴を上げた。
『アカネ?! 畜生が!』
弾の叫びと共に高エネルギーの刃が振るわれたであろう、粒子の塊が大気を焼く音を響かせ、次にスパルタクが息を吐き出す。
僅かな数の銃声、レーザーソード、マチェットが振るわれ、いがみ合っていたはずの織斑の取り巻きまでもが、スパルタク一人に戦闘を続ける。
『これだけの数で勝てないなんて……!』
セシリアのつぶやきが聞こえ、次にラウラの勝ったという確信の元で生まれた声がしたが、次の瞬間には苦痛に声を出した。
『ダメ! 速すぎる!』
『たかが、一機で……調子に乗るなよ、老害が!』
そこへ、グレイイーグルの装甲が貫通されたのか、固い複合装甲が絶叫を上げた。何度か聞いたその音の後に、鈴がヴィンセントの名を叫んでいた。
『何で……こんなに、速いの……? これじゃあ……』
『デタラメな剣術一つに勝てんとは……』
シャルロット、箒がそんな弱音を吐いていた。それは当然の反応と言えた。スパルタクの剣術はデタラメと言えば、そうだろう。元はナイフ術の流用。いかに早く敵を無力化するかに重点を置いた我流だ。
何も構えていないように見せて、一瞬で相手の急所をつく。刃の短い、体のどこかに隠せるナイフでの基本アクションを長い刀剣で再現している。
それこそ、無茶な発想だが、そこを彼は持ち前の技量で見事に成功させている。
故に、初見もしくは彼の技を知っていなければ、見極めるのは非常に困難だ。俺は奴の元で数年共にしていた分、どうにか持ちこたえられたにすぎないのだ。
そして、経験であの老兵に勝ることは決してない。あのISもどきの兵器の奴の動きは洗練され、熟練した物の動きだった。
下手をすれば、俺やアカネ、ヴィンセント以上に機体を扱っている可能性が高い。
『歳には勝てんな、諸君。さて、まだ戦いを望むのなら、続けてもいいが私の技を知らず、まして得意の得物が使えん君らでどこまで持つかな? 数時間か? 数十分か、それとも数秒か?』
初めてスパルタクが声を発した。音の響き具合から見て外部音声で発しており、おそらく通信の一切を遮断しているのだろう。
スパルタクの挑発。いや、勧告と言う所だろう。今までの戦闘音を聞くと、ハヤブサのパルスライフルもグレイイーグルの機関砲の音もしなかった。それどころか、シャルロットのラファールの火器も全く使われていない。
戦いに勝つ鉄則は相手より多い数を用意するか、もしくは相手の土俵に上がらずに倒すことだ。格闘戦でしか、戦闘方法がない以上、彼らに勝つ見込みはない。
『どこまでもやってやるわ! 糞爺! アンタの目的はユーリでしょうけど、やらせると思ったら……!』
鈴が吠える。簪の友人であり、その友人の事を思い、彼女は俺を守ると言う。なぜ、守ろうとするのか、俺には理解が追いつかないでいた。
『違う』
スパルタクは否定の意を発した
『必要なのは二人だ。更識簪とユーリ。 二人を連れて来るのだ。それが私の要求だ。お嬢さん』
『簪……? 何のために?!』
『落ち込んだ息子を立ち直らせなくてはな、何、そんな顔をするな。親の務めであるからして』
そう軽口をたたいたスパルタクに俺は拳を握りしめた。俺と言う男を楽しむために彼女まで利用しようと言うのだ。
何故、誰もが俺に構うのだ。敵も味方も。俺はどちらの理想に応えることは最早叶わない。
ピースとして共に戦うことも、スパルタクの理想の兵士とやらにも俺は応えられない。
まして、簪と共にいることなど、夢のまた夢だ。
俺の事を放るなり、見捨てるなりする。これが一番の合理的方法だ。それを何故わからないのか。
『お姉さんが……守るって決めたんだから!』
だが、戦闘は止まない。状況はより悪化していく。ついに簪をも戦場へと呼び出され、再び、戦いが再開された。
突撃をした楯無をはねのけたようで、すぐに楯無の声が消えた。
『コイツ!』
だが、それは楯無の隙を作らせるという戦術だったのか。隙の無いスパルタクにできた僅かな時間にヴィンセントが叫び、先ほどまで声が無かった弾の咆哮がした。外部音声のままのスパルタクの感嘆の声が漏れた。
『ほお、存外やるではないか? 五反田、ロック。いつもユーリが世話になったな』
『黙れよ! 糞爺が! あいつの親みたいな面してんじゃねえぞ!』
トランシーバーの音が割れるほどの叫びを発し、レーザーソード―が空を切る。さらに、そこへ鈴が続いた。金属のぶつかり合う不協和音を響かせた。
『子供が苦しむのを見て、何が面白いのよ?! 空っぽなままのユーリ一人放って、その上、簪まで利用して、許さない!』
唸る二人に対し、スパルタクは低い笑いを発し、一瞬で声音を変えた。
『遅い』
二人の悲鳴と、破砕音が轟いた。彼らの名前を呼ぶアカネとヴィンセントの声が続き、そしてスラスターの噴射音が続き、さらにスパルタクが攻め立ているようで、龍砲の連射による反撃とラプターのXウィングが起こす怪鳥音が混ざる。
『感情は力だが、制御できなければゴミだ。今の君たちのようにな』
マシンピストルかサブマシンガンか、小口径弾の電動のこぎりのような断続的な発砲音がして、シャルロットが被弾した。
次にブレードを振る音がして、今度はハヤブサがダメージを負ったらしく、アカネが痛みに叫んだ。
『我々は貴様の言うような人形ではない! 感情に従うのは人間だ!』
ラウラがそう言い放って、スパルタクと切り結んだようだったが、すぐにラウラの声が聞こえなくなった。
『ラウラ!』
『君が言うかね? 戦闘マシンの君が……失敗作、不良品風情が』
三度、金属を切断する音と、ラウラの絶叫が響き渡る。
誰もかれもがただ一人の男に敗れる。この戦いは何のためにあるのだ。
もういっそ、撤退してくれと願うが、彼らはなおも抵抗を続ける。
だが、そう思いつつ俺一人がこの場にいるのに疑問を感じないのは何故だろうか。
答えは行った所で何も変わりはしないからだ。
俺はこの半年、自分を変えられると淡い期待を持った。そして、変わり映えのない自分に抵抗して来た。
だが、変わらない。それどころか今のように、簪のように不幸をまき散らすだけだ。
ならば、せめて放ってくれればいいと願う。
だが、そうならない現実ばかりだ。変えられもしない、願い一つも叶うことなどありやしない。俺は疲れた。抗ったところで、何も変わらないと言うのなら、いっそ
『やめてよ!』
そこへ一人の少女の大声が響いた。物理的な響きではなく、それは心理的な響きすら持っていた。
警告を発し続けるラプターのHMDを操作し、アラームを切る。度重なる攻撃で、ラプターの左腕は糸の切れたマリオネットのようにぶら下がるだけとなり、動く気配がない。
それでも、と思い、今一度立ち上がると、簪の叫びが聞こえ、庭園の真ん中で構えていたスパルタクの機体が簪の方を見た。
球状のシールドに包まれた彼女を見て、スパルタクは声を発した。
「何かな? 簪のお嬢さん 私は忙しいのだがね?」
そう言いつつも、ブレードの切っ先は先ほど倒したラウラの元に添えられており、奇襲させるチャンスすら作らない。
先ほどのグレイイーグルの時は楯無が動いた事でできた小さなまぐれだったかもしれない事を考えると、迂闊に俺達も動けなかった。そんな停滞した戦場で簪は言った。
「ユーリを目覚めさせたいなら……そんなに彼を怒らせて戦いたいなら……!」
「簪?」
簪は手を震わせていた。そんな簪を見て、アカネと鈴が彼女の名前をつぶやいた。
何を言い出す気なのか、俺達はなんとなくだが、察し、首を横に振った。
「私に……攻撃して」
「駄目だ!」
アカネが叫んだ。損傷した機体を動かそうとしたが、ハヤブサのダメージは大きく、すでに限界に達していた。
「簪、それだけはダメ!」
鈴も叫んだが、簪は言葉を続ける。
「私のせいだよね?……私があんなことしなければ、皆こうならなかった。普段なら楽に勝てたかもしれない。でも、私がソレを壊した。責任だってあるし」
彼女はメガネを上げて涙を拭きとった。明らかに恐怖でたまらないでいる。だが、彼女は止めようとしなかった。
「本当は待つべきだったんだ。もうそれも遅いけど……だったら!」
「だったら……何だね?」
そう問うスパルタクに簪は応えた。
「皆と……彼の為に、私を攻撃して」
俺はそう言う簪から視点をずらした。すると、既にスパルタクが足を踏み込んで、彼女の元へと跳んでいた。
「なら、そうしよう」
球状のシールドへと急加速し、ブレードを突き立てようとスパルタクは動いた。そんな行動をしているにもかかわらず、本音は一歩簪の前に出た。
「やらせない!」
予想を裏切ったのは、本音の声ではなく、楯無の声だった。
彼女は本音とスパルタクの間に割り込み、先端の折れたランスで必殺の一撃を防いだ。
だが、ランスは砕け、貫通した白刃が楯無の肩に触れた。
鮮血が舞って、苦痛に顔を歪めながらも、柄の部分を棒術のように古い、スパルタクを弾いた。地面に不時着した楯無を見た瞬間に俺はスパルタクの方へと向き直り、加速してレーザーソードで切り付けた。
胴体の装甲に浅くはあったが、切れ込みが入った。スパルタクはその傷に何ら関心もむけずに、ブレードを横になぐように振り反撃し、さらに空いた左手にまたナイフを取り出し、突撃をしてきた楯無の棒術を防いだ。
「姉さん?、五反田君?……どうして?……私を守ったの!? そんな機体では無理だ! 逃げてよ!」
「黙りなさい!」
「黙れ!」
俺と楯無は簪に対し、叫び返してスパルタク一人に切り結ぶ。
楯無が棒術で、線の動きをする。突き、払いと、ランダムに繰り返し、スパルタクの回避場所を制限し、俺は動きを見極めてスパルタクに振るうが、かすりもしない。
「貴女は……簪ちゃんだけは守る!そう決めたのよ! 更識を継いだのは、貴女に見せびらかすためじゃない! 貴女に部下を死なせる悲しみも、自分が死ぬかもしれない恐怖も要らないのよ! そんなものは私が全部受け止めるから!」
楯無がランスの柄でスパルタクの頭部を狙い、突く。しかし、スパルタクはナイフを一瞬宙に浮かせ、柄を掴んでブレードで切断し、それを捨て去り、重力に従って落ちてきたナイフをキャッチし、楯無の脇腹に深く刺した。
絶対防御が発動し、貫通こそ免れたが、レイディは大地を転がり、吹き飛ばされた。
そこへ、俺が彼女とスパルタクの間に入り込んで、スパルタクの上段から振るわれたブレードを受け止めた。
「お前も、ユーリも、自己犠牲ばかり述べてんじゃねえよ! 自分さえ消えれば、何て言うな! それが嫌だから戦ってんだ! 俺のためを思うなら抵抗しろ! 馬鹿野郎!」
互いの刃が離れて、俺はスパルタクの懐に飛び込んだ。完ぺきなインファイトの間合い、この距離なら長いブレードはむしろ邪魔になるはずだ。
「甘い」
スパルタクはブレードを持ったまま、拳を頭部にぶち当てた。ブレードの重量で減速するどころか、質量が追加された分、威力が高まり右側のカメラアイが潰れた。
「馬鹿な!?」
右側の視界が潰されて、見えなくなったのに危機を感じ、バックステップでとっさに回避をした。すると、胴体に衝撃が走り、装甲が裂けていた。
オイルが噴き出て、機体の出力が不安定になり、膝をつく。残った左のカメラでスパルタクを見ると、今度は鈴が前に出ていた。
「やらせないって言った!」
青龍刀で叩き潰そうと、高度をとった甲龍の一撃でスパルタクのブレードがいったん手から離れた。続く龍砲の連射をバック転で回避し、ワイヤーアンカーで彼女を捕まえて引き寄せて、地面に叩きつけた後に校舎の壁へと投げ飛ばした。
そのざまを見て、スパルタクは腰に左手をやり、笑い声を上げる。
「まだよ!」
楯無は今度はスパルタクに張り付いた。羽交い絞めにして身動きをできないように拘束し、叫んだ。
「今よ! ラウラちゃん!」
損傷した機体を動かしたラウラが停止結界を作動し、更に動きを封じる。動きが止まったのを見て、俺は機会だと確信し、レーザーソードに最後のエネルギーを回し、光刃を形成する。
「箒ちゃん! 五反田君! 今ここで討ちなさい!」
「でも?!」
「さっさとやりなさい!」
躊躇った箒も意を決して刀剣を持ち、突撃する。俺も彼女に合わせて、別方向から突貫した。しかし、この肝心な時にスパルタクの左手に何かが握られているのが見えた。
「健気な奴だ!」
それを見ると、持っていたのは一本の短刀だった。しかも、唯の短刀ではなかった。それが楯無に突き刺された時、彼女のISが解除されたのだ。
瞬時に停止した俺と箒、そして、あまりの事態に停止結界をといてしまったラウラに拳銃弾の洗礼が浴びせられ、最後のエネルギーを失い、墜落した。
楯無は腹から血を流し、地に伏せて、その物体を見た。
「まさか……それは……?!」
「零落白夜……劣化コピーの一度限りの品だ。試作品をちょろまかした苦労は報われたという訳だ」
どこまでも用意周到。俺達の行動の二手も三手も先を読み、業と経験でねじ伏せる。
高笑いを上げるスパルタクに誰もが歯噛みをした。この男一人にもう抵抗できるものはいない。敗北、その二文字が脳裏に浮かんだ。
「姉さん! 鈴、アカネ!……皆ぁ……」
簪が絶望のあまり、涙を流す。俺はラプターを無理やり立ち上がらせて、立ちはだかろうとする。
すると、スパルタクは嬉しそうに声を漏らす。
「意志の力だな。ユーリのそれを見たいのだよ私は……さて、後いくら君らを痛みつければ、彼rが来るのだろうか? それとも、一人、彼女を殺した方が効率的かね? あまり親子の再会を邪魔せんでくれ? 諸君」
スパルタクはワイヤーを引っかけて回収したブレードの切っ先を簪の方へと向けた。
流石に疲労を感じているのか、息が少し上がっていた。俺達は肩で息をしているのに対して、この状況。確かに絶望的だった。
武器もない、エネルギーもない。あるのは意地だけだ。
「黙れって言ってるんだ! それだけはさせねえ!簪もユーリもどちらもやらせねえ!」
「何故、そうまで戦う?」
「親友だからだ!」
俺の言にスパルタクは首を傾げたが、すぐに理解したのか感心したように息を吐いた。
「不器用でも、殺人鬼だろうが、親友だ!ソイツの為に動いて何が悪い!?」
学園に、戦場に生の感情むき出しの声が木霊した。言っているのは負けている俺で、その力は酷くか弱いものだ。対するは圧倒的な強者。ここまで少なからず消耗はさせても、その力は衰えを見せない。
俺の言っていることは負け犬の遠吠えだった。奴からすれば、これから死ぬ人間の戯言だ。だが、戯言に付き合おうとする酔狂な奴は多かった。
「弾、付き合うぜ」
グレイイーグルがマチェットを杖代わりにして起き上がった。モーターが灼けて、おびただしい蒸気を発しながら立ち上がった。
「皆……酔狂ですね」
その後ろから甲龍に肩を貸してもらったハヤブサが姿を現した。両機とも二人三脚でないと立ち上がれないようだった。
だが、スパルタクは動じない。楯無を掴み降伏するように言いつける。
「いい加減にウンザリだな。では、好きにするといい。一人残らず、首をはねれば済むことだ。ではな、楯無」
「姉さん!」
両手に握られたブレードが楯無の首に振り下ろされた。いくら足掻こうが、間に合わない。今までの経験とラプターの警告がソレを無情に教えてくれていた。
楯無が澄んだ目で簪を見た。口を開いて述べたのは
「さよなら、簪ちゃん」
たった一言の別れの言葉だった。
「いや、まだ早い」
聞こえたのは奇跡か、幻聴か。あの男の声がして、地面から漆黒の機体が姿を現し、スパルタクのブレードを弾いた。
「何?!」
初めて、驚愕の声を漏らしたスパルタクの機体の頭部に強烈な回し蹴りが命中し、校舎へと叩きつけられた。
その黒く、小さく、スマートな外見の機体は間違いなく、マーダーオブクロウだった。
そして、その機体を使えるのはこの世でただ一人しかいない。
「……俺としたことが散々迷い、いじけていた。許してもらおうとは思わない」
だが、その男はいつもの感情のこもっていないような声を発しつつも、呆けた表情を見せる楯無の前に立ってスパルタクのいる方向へと構えをとった。
「待たせたな。戦線に復帰する」
たった一言頼もしい限りの言葉を述べて、黒いカラスは舞い戻って来た。
復活回?
とりあえず、展開頑張って書いて、頭が沸騰しそうです。
話の展開は相変わらず、スローですが楽しんでもらえると嬉しいです。
感想、批評等お待ちしております。