IS to family   作:ハナのTV

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北国より

「……отец」

 

一言つぶやいた彼の言葉は私の耳にしっかりと届いていた。彼の乾いた口調によって述べられたその単語の意味を知っていた。

 

誰もが当たり前のように持つ存在の一つ。彼にとって、スパルタクと言う男はそう言う存在であったのだろう。

 

マーダーオブクロウはゆっくりと下降し、スパルタクの傍へと降り立った。赤い血潮の様なオイルの中で伏せる彼のもとに着いた彼はマーダーを解除した。

すると、スパルタクにまとわれていた機体が消えて、腹部から血を流し、血の泡を口の端から出していた老兵が姿を現した。

 

「気分は……どうだ?」

 

ユーリが尋ねると、スパルタクは顔を彼の方へと向けて、応えた。口元は笑っていて、大量の出血にも関わらず、平然としているようだった。

 

「悪くはない、だが最後の言葉は不満だ。この私にそんなものを求めるとは……」

「愚かしいと笑うか?」

 

ユーリの問いにスパルタクは口角を吊り上げる。戦闘の最中に見せたものと比べるといささか弱々しい声で笑い声を上げた。

 

「全くだな。求める相手を間違えている……とち狂っていると言えんよ お笑い種だ」

 

そのスパルタクの言葉にユーリは表情を変えることなく、黙って見ているだけだった。怒っているのか、悲しんでいるのか、いつもならわかるのに、今は分からなかった。

 

「だが、その力で私を倒せたと言うのなら、私はそれを歓迎しよう」

 

スパルタクの微笑みを見て、ユーリは拳を強く握り、訊いた。

 

「想いが力になる……そんな事を何故信じた?」

「始まりはアフガンだが、それ以外にも例はいくつかあった……君たちがソレをなしていたではないか?」

 

スパルタクは語った。私達の軌跡に映るその力の発揮というものを彼は一人づつ述べて言った。

 

無人機襲来時のヴィンセント君。半身を焼け爛れせながら、敵機を見事撃墜せしめた。ボーデヴィッヒさんの暴走時のアカネ。意識を回復したばかりで劣化コピーとはいえ、ブリュンヒルデの四肢を正確に狙撃した。

 

福音事件の五反田君。扱い慣れていない新型機で福音の足止めから、暴走機の撃破、その後でオータムという敵を相手に粘ったなど、どうして知っているのか、と疑問にも思う出来事を、尋常ならざる力を発揮した例を挙げて、彼はその力の本質を語った。

 

「その力は……人間にしか出せない。人は選び、戦う。絶対服従機械のごとき人モドキでは絶対にでない。だから、私はお前をまず当たり前の人間にしたかったのだ」

「だから俺を放ったのか?」

「そうだ」

 

スパルタクは迷いも見せずに言い切った。その様子をユーリは黙って見つめていた。まるで、スパルタクに迷って欲しかったと願っているようだった。

 

「ユーリ」

 

私は名前を呼んだ。彼は振り返らなかったけど、代わりに隣にいる本音が反応した。彼女は私を覆っているシールドを解除して彼のいる場所を指さした。

 

「行ってあげて、かんちゃん」

「本音?」

「助けたいんでしょ~?」

 

彼女は私の心を見透かしていた。長年の付き合いのせいか、彼女は私がどうしたいかを正確に読み取っていた。正直な話、私は彼女が何を考えているのか、何をしたいのかわからない。

 

得体のしれない恐怖を感じていると言えば、その通りだ。だけど、この時の優しさは間違いなく私の知っている彼女だ。私は少し小走りで向かった。

 

「頑張ってね、かんちゃん。想いは伝わるから」

 

何を言っていいのかもわからない。もしかしたら、口を出さない方が正解なのかもしれない。彼らの世界に私と言う異物が入り込むことは許されないのでは、とも思う。

 

でも、せめて隣に居たい。それだけが私を突き動かした。走っていって彼の隣に着くと、ユーリはチラリと横目で私を見た。

 

その様子を見てか、スパルタクはユーリに語り掛けた。

 

「……簪だったか? 彼女の名は?」

 

スパルタクは咳き込んで、血を吐いた。もう残されている時間は多くはない事がわかった。

彼の命のともしびは最後の輝きを見せているのだろう。

 

「そうだ」

 

ユーリは一言だけ答えた。そして、スパルタクは視線をユーリから私に移した。彼の目を見た時、私は驚くしかなかった。その目はギラすく欲望に燃えた暗殺者の物というにはあまりに穏やかだった。

 

「簪とやら……礼を言うぞ。君のおかげでユーリは理想の形となった。彼を機械ではなく人間にしてくれた君には感謝しきれないほどだ……厚かましくて申し訳ないが、頼みがある」

 

スパルタクの目を見て私はしゃがんで老兵の手を握って頷いた。

 

「どうか、奴を想って欲しい。奴をこのまま、私の理想のままに留めてほしい……頼めるか?」

その一言を聞いて、私は大声で聞き返した。その一言は身勝手で、そして今まで散々酷いことをしてきた男が言うには優しすぎた。

 

「貴方は……! どうしてそんな事を言えるの?! 優しくできるのなら、最初からすればいい! 愛で強くなるって言うのなら……自分がそうすればいい! なのに……どうして?」

 

スパルタクはそれを聞いて、上半身だけを起こし、私の手を握りしめた。それを見て、後ろでハヤブサを解除していたアカネがとっさにライフルを構えたが、五反田君がソレを制した。

 

「勘違いをしてくれるな……私は奴に最高の兵士でいて欲しいだけだ。その為に君が必要なだけだ。そして、私では愛情だのは生まれんよ」

 

スパルタクは私にそう強く言った。自虐や自嘲の感情は見られなかった。この老人の最後の意地だったのかもしれない。

 

「私は奴を最高の兵士にする以外に見たことは無い。道徳や倫理も、戦闘技術も全てがそうだ。私と奴はそれだけの関係だ」

 

確かに彼にとってはそうかもしれない。ユーリの過去は終始徹底して戦いの連続だった。時には安らぎの話もあったかもしれないけど、それは僅かだった。酷い話ばかりだったはずだ。

 

普通の家族のように過ごした風にはとても見えない。でも、それだけで終わらないと思った。人は他人の想いには鈍感だ。事実、私がそうだった。

 

私は姉を憎んだり、遠ざけてばかりしていた。姉は私のことなど歯牙にもかけていなくて、いてもいなくてもどうでもいい者だと思っていた。

 

それは間違いだった。姉は叫んで戦った。私を遠ざけるのは大切な者だったからで、だからこそ、ユーリの過去の一端を知り、ユーリから私を守ろうとした。

 

なら、それはスパルタクとユーリにも当てはまるのだろう。ユーリは三年、アカネ達と過ごし、その後私に出会った。

 

そして、彼は体と言う自分で私を助けた。それはアカネ達と接することで生まれた優しさかもしれない。でも、その優しさにはルーツがある。あの不器用な優しさはヴィンセント君やアカネだけでは生まれない。

 

根本的な優しさから来るもので、それを作り上げたのは、まぎれもなく目の前の一人の老人だ。

 

「それでも……」

 

私は言葉を続けた。たった一つの抵抗だった。

 

「それでもユーリは貴方を父と言った。彼の優しさは貴方が元になっている。それは真実だと思うから」

 

一拍開けて、彼に言い放った。

 

「無下にしないでください」

 

懇願だった。せめて、彼の想いを知ってほしい。それを否定しないでほしいと、狂人ともいえる老兵に願った。もうじき死ぬ人間に何を願おうと、言うのか。酔狂な事だとも思ったけど、私は頼んだ。

 

スパルタクは笑みを浮かべて、ユーリの方へ再び顔を向けた。

 

「……良い女だな、ユーリ」

「スパルタク……俺は」

 

何かを言おうとするユーリをスパルタクは制し、表情を柔らかいものから、キリッと引き締めて、口を開いた。

 

「さて、もう時間だ……ユーリ、わかっているな?」

 

スパルタクはどこから取り出したのか、ステッキをユーリの方へと転がした。それをユーリは拾い上げて、柄の部分を引っ張った。すると、銀に輝く白刃が姿を現した。

 

「お前が理想の兵なら私を殺せ、容赦などするな。それが兵の、敵を倒すという務めだ。……私を父と思うのなら殺せ。私に理想の姿を見せろ」

 

それは介錯を願っていた。最後に夢を見たままで終わらせようとする。最高の兵士は二人と要らないと言うことだろうか、私には理解が及ばないことだけど、ユーリとスパルタク、二人の世界ではそれは当たり前なのだろう。

 

周りを見ると、五反田君もヴィンセント君もアカネも黙っていた。見届け人として徹しているかのように何も言わなかった。鈴は何か言いたげにしていたが、ヴィンセント君が彼女の腕をつかみ、必死にこらえさせていた。

 

セシリアやシャルロット達は絶句していた。何をしようとしているのかがまるで分らないでいた。

 

これがユーリの親への想いなのだろう。彼は仕込み刀を手に持ち、スパルタクの顔をしばし見つめていた。

 

「やれ」

 

次の瞬間、スパルタクの心臓に刀が突き立てられた。鮮血が飛び散って、スパルタクの口から派手に血が吐き出された。ユーリはさらに深く刀を差し込み、前かがみとなった。

 

スパルタクは自身に刺さった刀身を握りしめた。手から血がにじんでいたが、気にせずに握っていた。ユーリも刀の柄の部分を震えるほど力を込めて握っていた。

 

二人は互いの呼吸や鼓動を刀越しで知ろうしているようだ。それをより感じさせるために二人は力を入れ続けた。力が深ければ、深いほど、二人の男は深く繋がっていたと確かめるように。

 

そして、スパルタクの手が刀身から離れ、最後に息を安らかに吐いて瞳は光を失った。

もう二度と立ち上がることは無い事を見て、私は何も言えずにいた。

 

ユーリは刀を引き抜いて、血を払い杖の中にしまった。刀がしまわれて、小さく鈴の音のような音がした。

 

彼はスパルタクの傍に座り込んだ。開いたままの目を閉じさせて、父の死を看取った。乾いた顔からは悲しみは見えなかった。

 

「……終わったようだね~」

 

本音が口を開き、スパルタク目がけて、指鉄砲を作ったと思うと、彼女はそれを撃った。

 

「ばーん」と本音が言うと、死骸が青い炎を上げた。たちまちスパルタクの体を包み、何もかも燃やし尽くしていった。残った灰とユーリの握る刀剣のみが彼の形見となってしまった。

 

「じゃあね、スパ爺。結構楽しかったよ」

 

そう言って踵を返して去ろうとする彼女に五反田君が訊いた。

 

「待てよ! お前、本当に何がしたいんだ?」

「キューピッドかな~?」

 

本音はISを纏う。巨大なかぎ爪に大胆なスリットが入ったISスーツの姿はキューピッドとはほど遠い姿だった。どちらかと言うと、悪魔の部類だろう。

 

「じゃあね、皆頑張ってね~。これから来る嵐に備えてね~? ね、ロックゥ~?」

 

彼女は瞬きをする間に消えた。残ったのは本音がいた場所を吹くそよ風と私の寂しさ、そして大勢の心に残った疑問だった。

 

最期に言われたヴィンセント君は堅牢な装甲を持つグレイイーグルの中で表情は伺えないけど、押し黙ったまま何も話さずに空を見上げていた。

 

アカネと鈴は滝のように流れる汗に不快感を感じながら、座り込んだ。五反田君も同様に地面に座って、ただ一点を見つめていた。

 

その一点は私の横で遺灰の傍にいるユーリだ。彼はスパルタクの灰をすくいあげて、じっと見つめていた。燃え尽きた炭素の塊である灰は風に吹かれて、彼の手の隙間から空へと飛んで消えて行く。

 

彼の手に残ることは無い、と嘲笑っているように。灰は消え去っていき、刀だけが残った。

不思議なことに、その時の彼は孤独だった。大勢の仲間に囲まれて見つめられているはずなのに、彼の背中には孤独が見えていた。

 

どうしようもない寂しさ、埋められない隙間、そんなものが彼にあった。

 

「ユーリ」

 

私はたまらず、声をかけた。せめて、寂しさの一端だけでも背負ってあげたかった。お節介と言われれば、そうかもしれない。彼とスパルタクの二人の世界に私が入り込むことは禁忌ではないか、とも思う。

 

それでも、私は彼に言葉をかけた。その背中に背負ったものをせめて軽くしてあげたかった。

 

彼は振り向いた。ゆっくりと、顔を動かして私の方を見た。その時、私は手を口に当てた。驚いてしまって一瞬理解が遅れた。

 

「……泣いてるの? ユーリ」

 

彼は表情こそ変わらなかったが、頬にうっすらと水滴を零していたのだった。初めて彼の涙を見て私は驚くほかなかった。

 

彼は手を目元に置いて拭いたが、それでも目元が渇くことは無く、彼自身も初めての経験のように戸惑っていた。

 

「違う」

 

何と言っていいか分からず、彼は困惑していた。その彼に私は訊いた。

 

「あの人の事で泣いているの?」

 

そう訊くと、ユーリは首を横に振ろうとしたが、考え直したのか、縦に振って、肯定の意を示した。

 

「自分でも馬鹿げていると思う……自分で殺しておいて、涙を流すなど、間違っているのも分かる」

 

ユーリは深い息を吐いて、その言葉の続きを言った。

 

「俺は……奴との絆を果たしたはずだ。奴の望みを叶え、安らかに死なせたはずだ」

 

ユーリはスパルタクの仕込み刀を握りしめた。力強く、名残惜しそうにそれを見て言った。

たった一つの刀がスパルタクとの繋がりを示すものだ。師か、父か、ともかく大切な人から受け取った刀をユーリは手放さなかった。

 

「だが、今でも思うのだ。せめて、違う場所で会っていれば、と。俺も奴も普通ではなかったが、俺は奴に父でいて欲しかったのかもしれん」

 

出会いさえ違うのなら、過去にIFはない。彼はそう語っていた。彼が過去を話す時も否定も肯定もしなかったはずだ。幼い子供の身で銃を持ちナイフを持って戦って、酷い環境の中を生き抜いて彼は泣くことはなかったろう。

 

もし泣けば、スパルタクの言っていた理想と言うのに外れていただろう。そうなれば、彼なら、きっと処分してしまうだろう。

 

戦場では感情さえ力に変えて、生き抜く兵士で、日常では普通に誰かを愛する人間、そんな矛盾に見える存在を求めていた彼に戦場で泣く兵士などは必要なかったはずだ。

 

だけど、その戦場も今終焉を迎えた。ユーリとスパルタクの果てしない戦争は終わりを告げたのだ。だから、ユーロは泣いているのだろう。

 

彼が息絶える瞬間まで彼は理想の兵士を見せつけようとしていた。たった一人の父の願いのために。

 

私は彼の背中をそっと抱きしめた。何を言っていいのかはわからない。けど、せめてもの慰めにはなって欲しいと願いを込めた。

 

「……すまない」

 

鉄仮面に浮かぶ涙は透き通っていた。鬼でも泣くときはあるのか、と笑う者もいるかもしれない。だけど、彼は鬼や機械ではない。スパルタクも言った通り、彼は人間だ。

 

ピースや私、多くの人を支えて、支えられた一人の等身大の人間だ。理想の兵士も涙を流す、私はスパルタクに言われた通りにしているわけではない、彼が私の好きな人だから、こうしている。

 

その時、誰もがこの世で最も危険な男の後継者を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いの傷をいやす暇もなく、私は仕事に追われた。今回も起こってしまった襲撃に最早学園の安全は底の更に底まで落ちた、と言ってよく。連日、問い合わせが殺到し、私も生徒会会長として対応を迫られた。

 

でも、私は一つ思う所があった。

 

「不思議な物ね」

 

一人つぶやいて、思考の海を彷徨った。私が危険だと感じ、幽閉した男の存在が皮肉にも今回の事件を終息させた。

 

そして、その彼によって私と簪ちゃんの関係に少し改善がみられた。廊下ですれ違った時、言葉こそ発しなかったのが常の以前と違い、簪ちゃんが一言言ってくれたのだ。

 

「……ありがとう」

 

小さな声だったが、それは私の凍てついた心を少しだけ、溶かした。あの男がきっかけとなり、私たち姉妹の溝は少しだけ埋まった。

 

自分がまるで道化になった気分だった。まるで、見えない幽霊相手に一人踊っていた気分だった。確かにユーリの罪がそれで全て清算されるわけではない。

 

彼が私の部下を殺し、攫われた子供を死に追いやったのは間違いなく、今回でそれが全てが消え去るなんてことは無い。私の憎しみもまだ燻ったままだ。

 

でも、彼のあの夜見せた姿が、その憎しみを和らげた。そこには感情もない殺人鬼の姿は無かった。自分の父替わりを殺したことを悔い、涙していた一人の人間がそこに居ただけだった。

 

いつか、聞いたことのある言葉を引用すれば、人間は相手を人間と認識するから、相手を憎み切れず、殺せない、とあった。まさにその通りだった。暗部である私が言うにはあまりにも甘いけど、そういう意味で私も超人ではなく、唯の人であるという事だった。

 

「私どうするべきかな?」

 

決断に迷いが生じた。ここまで、迷ったのは簪ちゃんを遠ざけると決断するとき以来だった。更識としては、このままユーリを拘束すべきだろう。どこからか、自分の機体を手にし、脱走したのは事実なのだから。

 

そして、それを手引きしたのは恐らく布仏本音だ。彼はその手をとったことになるのだから、もう一度牢獄に入れるのが義務と言うものだ。

 

しかし、彼がスパルタクを撃退し、簪ちゃんも皆を助けたのも事実。自分の気持ち云々を除いても、彼をいたずらに拘束するのは大勢の反感を買うに違いない。

 

それに、いくら損傷が激しかったとはいえ、更識代表であり、生徒会長である私が守れなかったのも事実で、責任問題としては重大な事態になるだろう。

 

「でも、私の心は違う」

 

独り言をつぶやいて、机に頬杖を立てた。あの男を積極的に拘束などする気にはとてもなれなかった。あまりに、人間らしかったからだ。

 

想像通りに、化け物のように振る舞っていてくれれば、決断も楽だったろう。こうなったのは彼が成長したおかげだろうか。簪ちゃんと過ごすことで彼は大いに成長してと言うことだろうか。

 

恨めしいことにスパルタクの理想が成ったことで、彼を処断しづらくさせている。

私もまだまだ、女の子でしかないという事か。

 

そんな思考の海をもぐっていた時、扉の向こう側から聞こえる喧噪によって現実に引き戻された。

 

何事かと思い、立ち上がると、扉が開けられて緑の制服に身を包んだ男達が姿を現した。

その後ろでは山田先生がメガネの男に抗議をしている。

 

「こんなことが許されると思っているのですか?! 駒込二尉!ここはIS学園で……」

「知っていますとも。山田真耶さん、ですが、これは国内の問題でもあるのですよ。申し訳ないが、二人きりにさせてもらいますよ? 特命でしてね」

 

IS学園の治外法権を元に山田先生が抗議をしたが、二人の男に生徒会室から締め出されてしまう。なぜ、ここに自衛隊が来たのかは分からなかったが、ただ事ではない、とすぐさま察し、私は身構えた。

 

「お久しぶりですね? 更識楯無さん、お元気そうで何より」

 

癖のある嫌味な言い方に加えて、先日の負傷がまだ癒えてない私に皮肉を述べることで、これ以上ない嫌悪感を演出した二尉に私は笑みを作り、言い返す。

 

「あら、お会いしたことありましたか? 小物に構っている暇はないので」

「だからといって、大物を相手にできるわけでもなさそうですけどね」

 

駒込二尉はメガネを指で抑えて、鼻で笑った。私はイラつきを抑えて、用件を聞いた。

 

「で、何の御用で?」

 

二尉はニヤリと笑みを浮かべて、待っていました、と言わんばかりに黒い革の鞄から、書類の束を私の机に無礼にも放り投げた。

 

その書類を拾い上げると、そこには更識解体の文字が書かれており、私は驚きつつ、彼の顔を見た。

 

「……どういう事ですか?」

「書類の通りです。役に立たないどころか、足を引っ張る私的機関は要らないという訳ですよ」

 

勝ち誇った笑みを浮かべる二尉に私は詰め寄ったが、彼は手でソレを抑えて、続きを述べた。

 

「学園祭時の甚大な被害だけに飽き足らず、かの世界企業のテストパイロットを通知もなしに拘束、その冤罪によって、我が国の代表候補生更識簪の精神を害し、不安定にさせた。上げていけば、キリがありませんねぇ」

 

実に不快な口調だった。舐るような、ゆったりとしたテンポで口を開いて、数々の罪状を述べていく様は蛇の生殺しのようだった。明らかに彼はこの場を楽しんでいる、とハッキリ言えた。

 

「それに、内部抗争をする組織は困るのですよ、楯無さん」

「内部抗争?」

 

そこで、聞いた覚えのない言葉が飛んできたのに、私は片眉を吊り上げた。本音の事だろうか、と予測したが、彼の口から飛び出してきたのは、違った。

 

「おや? ご存じないですか? 二日前の話ですが、お宅の本家で銃撃戦がありまして、前当主から幹部に至るまで皆殺しだそうですよ?……何ともおいたわしい話です」

「……何ですって?」

 

初耳で衝撃的な話に体が揺れた。更識が私のいない間に壊滅。それは私や虚ちゃん以外に更識の者が全滅したという事と相違なかった。

 

対暗部用暗部の更識は知らない間に消えてなくなっていたのだ。そして、その事実が唯の一介の二尉に知られているのは不自然であった。つまるところ、彼は深い何かに関わっている男になるという事だった。

 

「貴方、何をたくらんでいるの?」

「おやおや、資格を剥奪された身で職務を全うなさるおつもりとは……熱心な事で」

「ふざけないで! こんな都合のいいタイミングで物事が連続するわけない! 全部どこかで仕組んでいたのでしょう?!」

 

 

そう問い詰めたが、二尉の顔から笑みが消えることはない。なぜなら、彼はいわば、罪を裁く側で、私は裁かれる側だからだ。

 

「私は前々から貴方方が嫌いでしてね……天罰覿面、天誅が下った、ですな」

「……貴方だっていつかはそうなるのよ?」

「忠告は聞いておきましょう」

 

そう言い放った二尉に私は奥歯を噛みしめた。今の権限では何もできない。このまま、全てを失い私は地を転がり落ちていく。何もかもが失われる、とそんな想像が頭をよぎった。

簪ちゃんが巻き込まれないのは幸いと言えたが、それでも、大きな喪失感が全身を襲い、私は床に座り込んだ。

 

そんな私を見て二尉は低く笑い、ひとしきり堪能していた。人の転がる様は最大の愉悦と言わんばかりの黒い笑顔を見せつけて、一分は楽しんでいたが、唐突に笑いを止めて、私にもう一つの書類を見せた。

 

「……しかし、不愉快な事態もある」

 

その書類に視線を落とすと、その書類にはロシア政府の印が入っており、文字を読み進めていくと、代表を継続する旨が書かれていた。

 

「ロシア政府は貴女を罷免しなかったようです。何でも、死んだ更識家に全てを押し付けて、逆にわが政府に責任問題を問いかけている」

 

二尉の口調は途端に事務的な物へと変わった。私は書類を手に取って読み進め、それが事実であることを確認した。

 

「……どうして?」

 

訳が分からず、そう一人言葉をつぶやいた。普通なら国家代表の資格も剥奪するに違いないからだ。そうしていると二尉が説明した。

 

「ロシアでは貴女を悲劇の少女にしているそうですよ。更識に妹を人質に取られ、働かされていた、と。無知な国民はどこでも一緒ですな。皆が貴女を支持している」

 

不愉快な事実を口にする二尉を私は面を上げてみた。額には青筋が立っていた。

 

「要するに、貴女はこれから、ロシア政府の都合のよいアバズレという訳ですよ。良かったですね?」

 

更識と言う暗部の一端をロシア政府は脅しに使う気でいるのだ。かの政府は私にそれなりの価値を見出しているようで、更識を出汁に脅しをかけ、国民には悲劇のヒロインを演じさせて人気を作り、尚且つ政府の言いなりにならざるを得ない状況を作り上げたのだ。

 

更識と言う鎖が消えた以上、私を自由に動かせるのはかの政府のみという事になる。

 

彼らは私の技量に一目を置いている。そのことが私の命をつなぎとめたのだ。

 

「では、特命を伝え終わりましたで、失礼」

 

二尉は去って行った。一人部屋に残された私は安堵の息を漏らした。そして、自分を皮肉そうに笑った。

 

私を縛り付け、私が皆を守るために使っていた更識は消えたが、今度もまた、私は誰かに縛り付けられるようだった。

 

つくづく、私はロシアと言う北の国に縁があるようだ。そのことを恨みつつ、また感謝もしていた。

 

ここまで、私の人生を変えたたった一人の男、ユーリ。彼の存在は私の人生を二重三重にも変えていくようだった。

 

ひとまず、感謝すべきは、まだ簪ちゃんと会えるという事だろう。

 

 




楯無の扱いは此処ではこんな感じにしました。
おかしなところがなければ、よいのですが

和解フラグ作って、シリアスを終わらせて、次回はシリアス半分、コメディ半分の予定です。

最近評価が上がったり下がったりを繰り返す本作ですが、よろしければ、よろしくお願いします。

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