明かりが消えた。あのRインダストリーの発表がされて、一週間が経った。何の訓練も受けていない、と言われていたはずのバルドイーグルと名付けられた機体に織斑君たちは敗北した。
傍目から見て、あの動きは訓練をかなり積んできたものだと私達はハッキリと理解したが、世間のお茶の間では、誇大化されたニュースが飛び交い、世界は揺れに揺れた。
バルドイーグルの製造数は現時点で800を超えるらしく、世界中の国々は我先にと交渉を行おうとRインダストリーに詰めかけている。
誰でも使え、スペック的な差もなく、数もそろえられる。ISと違うのは絶対防御が無く、搭乗員のサバイバリティと単純なかけっこでは負けているが、兵器としての素質は圧倒的に向うが上だった。
IS、女尊男卑の終焉を望む声と望まぬ声の対立が切って落とされて、TVから流されるニュースに私は目を覆いたくなった。
今まで、ISに傾倒していた世界中の人たちがまるで、ISという存在を忘れたかのように、イーグルに集中しだした。
昨日まで、呆れかえるような女性特集、IS特集はなりを潜め、画面に映るのは不気味なカメラアイに堅牢な装甲、それでいてスマートさを維持した機体だ。
この一週間という短い期間の内に流れた報道は世界の鏡のように、混乱の渦を私たちに見せていた。
つい今朝に起こった事件によると、都内の電車内で女子高生のグループが重傷を負ったというのが流れた。二、三人でいたらしく、全身をくまなく殴打されて、意識不明とのことだ。
この事件で信じられないのが、誰も犯人を知らない、と口をそろえて言っていることだ。画面の中でインタビューを受ける人々の中では狭い電車の中での蛮行を認める者すら現れて、と聞いて私はゾッとした。
別にかつての女性の栄光、女尊男卑で正しい世の流れという物に未練があるわけではない。今まで、周りの期待に応えるように委員長として、しっかり者として生きて来た私には関係のない事だ。
周囲がそう言った態度を望むようなところではなかった事が幸いだった。
ただ怖いのは、少し前までの女性がそうだったように、一部の男性が見境なく、女性を敵視するようになる、と思うと背筋が凍り付く。その報道に皆が暗い顔をしていた。
でも、いやな雰囲気を感じ取っているのはTVのせいではなく、学園の中の空気のせいだった。皆、怒ったり、泣いたり、呆然としたりしている。
「静寐、おはよう」
「おはよう、神楽」
団子状にまとめた髪の毛に簪を刺し、神楽は手を振って挨拶をした。彼女は変わり映えが無いように見えた。
「大変なことになったね」
私は笑顔を作って彼女に言うと、神楽は何てことなさそうに答えた。
「気にすることは無いよ。私達はISで向うはイーグル。それだけだ」
「強いんだね。神楽は」
「矛盾しているけど、兵器が嫌なだけだ。武具とは違ってね」
あくまでスポーツ、試合としての道具としたい、と考えている神楽にとって、ISによく似た兵器のイーグルは好きではないらしく、ISとは別物で分けているらしい。
クールな外見から放たれる頼もしい言葉に私は少し心が軽くなった。
廊下を歩いて行き、教室へと歩を進めていくと、ナギにさやか、癒子たちが四組の教室の扉近くで、中の様子を伺っていた。
「どうしたの?」
気になって彼女たちに訊いてみると、三人は困ったような顔を見せた後、中を見るように指を指した。彼女たちに従って中を見てみると、そこにはいつも以上に服装がだらしない大場先生が居た。
スーツには皺がくっきりと出ており、Yシャツのボタンも第二ボタンから上を外していた。何より、目元にクマが浮かんでおり、不健康そうな顔に、目が荒んでいた。
「大場先生どうしたの?」
「わからないけど、昨日の夜自室でものすごい大声出して、暴れたって話だよ」
私が訊くと、ナギが答えた。大場先生の顔を見ると、ひっかき傷が頬に見え、首もとに絆創膏を張り付けていた。
頬杖をつく先生の表情には怒りと悲しみが混ざり合って、目の前で着席している生徒たちにまるで注意を払っていないようだった。どうでもいい、赤の他人、例えるなら駅や町ですれ違う人々を窓越しに見つめている、そんな風に見ていた。
「もう時間だし、一組に行かないと」
癒子がそう言って、私は頷いて一組へと向かった。廊下を数十歩歩いて行く途中で、私は彼女らに訊いた。
「ねえ、イーグルの事なんだけど」
「ああ、アレ?」
癒子がそう言うと、さやかが自分の考えを述べた。
「正直言うと嫌いかな……ISとは違っても、あのせいでISが消えるかもしれない。私は兵器じゃないISまでも消してしまうアレが嫌だな」
さやかにとっては、ISの教師としての夢を壊しかねないイーグルは否定したいようだ。争いが苦手な彼女にとって、それは至極当然と言えた。
それを聞いて癒子が気まずそうに頬を掻いて答えた。
「さやかには悪いけど、私は賛成かな」
「どうして?」
「イーグルはISと似ている。しかも量産ができる。なら、私にも機体が使えるんじゃないなってさ。ISじゃ、数が少ないし……」
癒子は大場先生のような防人が志望だと言っていた。成程、機会を掴めるかもしれない、という点ではイーグルは確かに魅力的だ。
限られていた椅子の数が増えるのだから。彼女の様な自衛隊のパイロット志望にはうってつけかもしれない。
「ナギは?」
私が問うと、ナギは微妙な顔をした。
「パフォーマンスには使えるだろうけど……今のところ、兵器だから、微妙かな。どっちつかずよ」
「そっか」
あのライブの演出は確かに見せられたが、所詮は兵器という強調でしかなかった。だから、ナギは渋い顔をする以外ないという事だ。
イーグルは風だと思った。私達を助ける追い風となるか、それとも向かい風となるか。判断のつかない風だと思えた。
果たして、私達はどうなるのだろうか?
この場に居ない理子やティナにも聞かなくてはならないだろう。
自分たちの教室の扉が見えて中へと入ると、そこには項垂れるセシリアにラウラ、箒、そして大勢の生徒と一夏に囲まれたアカネと五反田君の姿があった。
「……何よコレ?」
一人つぶやき、学級裁判の場とかした中央で二人に周りは罵声を浴びせかけ続けている。嘘つき、裏切り者、数多の言葉が彼ら二人に集中した。
五反田君とアカネは呆れかえりつつも、背中合わせになって、周りに対して警戒心を抱いているのか、アカネは利き腕を背中に隠しているのを見て、もしもの事態に対応できるようにしている。
五反田君は流石にそこまではしていないようだった。アカネがアメリカ生まれで、五反田君が日本生まれという違いから来ているのだろう。とにかく、好ましい状況ではない。
「弾、どういうことか説明しろよ!」
織斑君に詰め寄られて、五反田君は無表情のまま、手を両手に挙げて言った。お手上げ、のポーズだった。
「どうもこうも、俺達の使っていた機体が違うってだけで、後はあの場での説明の通りだ。ISに代わる兵器ってだけだ」
「そういう事じゃない! どうして、兵器の開発なんかに……それに、そんなものだしたら戦争とか起こるかもしれないだろう!?」
織斑君の叫びに五反田君は首を横に振った。
「何だよ? 俺が悪者みたいに言うなよ」
「実際そうだろ! 力は守るためにあるもんだ! それなのに! 皆の想いを否定して、こんなことして! 最低だろ!」
そこで五反田君は深くため息を吐いた。
「なら、俺の想いは何だ? お前らにハイハイ言えって事か?」
「……じゃあ、これが望みだってのか?」
五反田君が「ああ」と答えた。周りのクラスメイトは口々に非難していく。IS学園に入った異物に自分たちの望みが壊されると想って怒っているのだ。
此処に来るまでに、馬鹿にならないくらいに高い学費に、並大抵ではない勉強、そして、天に与えられた高いIS適性。それら全てが無になろうとしているのに、彼女たちは混乱しているのだ。
だけど、私は何故かそれに対しては冷静だった。何故か、と言われたらソレは自信ではないかと思う。
今まで身に着けた技能、できないはずの事が出来たという達成感。それらが私を不安にさせなかった。
だから、目の前の彼女らをどこか冷めた目で見ていた。そして、五反田君は口を開いた。
「俺の望みはコレだよ。アカネも、ヴィンセントも、ユーリも知っていてやったことだ。発表するのは早かったけどな……にしても何が気に入らないんだ?」
織斑君は一歩踏み出して、詰め寄った。すると、アカネの右手に何かが握られた。
アカネは親指で突起を引き、背中合わせのまま見えないように隠した。
「イーグルは聞いての通り、軍用の物だ。それ以外の事は出来ない。指は三つしかないし、持つものと言えば、銃かナイフか、だ。ISとは違う」
「だけど!」
「ISが兵器に携わらなくて済む。これからは別の道を見つければいい、それでお前の言う兵器じゃないってのも叶うだろ?」
言い方自体は皮肉な感じもして、あまり褒められたものではないけど、言っている事は間違ってはいない。元々、宇宙開発用に作られたとされるIS、それが軍事の目的に使われているのは明らかだった。
イーグルが軍事的価値を主眼に置き、兵器として使われるのなら、それは本懐を砥げていると言える。
つまり、ISとイーグルで棲み分けをする、という話だ。ISは軍事以外、イーグルが軍事、と分けられば、確かに互いにとって最良の結果と言える。
最も、上手くできれば、の話だが、現状はそうは行っていないと言う認識を持っているのは私だけじゃないだろう。
「詭弁よ! そんなの!」
「復讐なんかで私達の人生がオジャンになるなんて冗談じゃない!」
誰かが人生という言葉を使った時、それに反応したのはアカネだった。
「なら、今までISで苦しめられた人々の人生はどうなるのですか?」
アカネの強い口調に皆が一瞬押し黙った。その言葉は良心に訴えかけるものだった。これまで苦しんだ人々は救われなくてよいのか、アカネの戦いの理由を私は初めてそこで聞いた気がした。
「こんな社会になって、戦って来た男も、それどころか適性が無いだけで迫害されたり、逆に適性があるだけで利用される子供が出る、その被害者達にまだ苦しめ、と貴方方は言うのですか?」
弾が小さく、アカネに「落着け」と耳打ちしたが、アカネの熱が冷めることは無かった。
「実際私達は訓練もした、計画も練って来た。そして、その計画はISを完全に廃するものではありません。ここまで貴方達の様な人に配慮し、罵倒に耐え、戦って来た私達にその結果を無に帰せ、とそう言いたいんですか?」
怒気が含められていた口調に反論を上げたのはさっきまで机に項垂れていたセシリアだった。怒髪天を衝く、綺麗なブロンドの金髪が逆立つのではないかというほど、顔を真っ赤にしてアカネに反論した。
「では、私達の努力は?! 代表候補生にまでなって、家を守るためにここまで来た私の努力は消えても構わないと?!」
「無くならない、と言ったはずです! 極論ばかり、言わないでください! 何故、貴方はいつも……」
その時、ピシャン、とはじけるような音が響いて、教室の床にメガネが転がった。
セシリアが一歩踏みよって、アカネの頬に平手打ちをしたのだ。右頬を赤くして、叩かれた部分をアカネは手で覆った。
「セシリア!」
織斑君が叫んだが、セシリアの激昂は止まらない。
「極論ばかりなのは貴方達ですわ! いつもいつも、殺すか、そうでないかばかり言って……! そんなあなた方が共存をご提案? 人殺しで嘘つきの貴方達を信じられるとでも?!」
セシリアの言い分には一理あった。過去に彼らのしたことは状況や命令があったとはいえ、受け入れがたいものなのかもしれない。
「全ての技術を守るためでもなければ、殺すことにしか使わない、貴女は一体何なのですの?! 敵とした者を全て排除して、それにしか能を使わない貴女達などが!」
「あなたたち」という単語に強い響きがあった。私達と貴女達、その二つの関係に大きな違いがあって、自分たちが不当な扱いを受けていると言っているようだった。
二回目の平手打ちをもらって、私はアカネの元に駆け寄った。すると、弾がアカネの前に出てセシリアの前に立ちはだかった。楯となるべく前に出た彼の姿は初めて見た時の頼りなさは最早なかった。
そのせいで、三発目を彼が引き受け、五反田君はセシリアの象牙細工のような細く繊細な腕を掴んだ。
「な、何を?! 離しなさい!」
それに対して、五反田君は何も言わずに、掴んだままだった。そこへ、机を蹴飛ばして入って来たものがいた。大股で歩き、荒々しい口調で怒鳴る彼女の姿は織斑先生ではなかった。
「やかましい!」
姿を現したのは大場先生だった。その後ろには遅れてやって来たのか、山田先生と織斑先生が入り、何事かと思ったのか、イヴァナ先生も入って来た。
「ぎゃあぎゃあ喚いてうるさいんだよ! たかが、進路の一つが消えたぐらいで何だ?! お前らのやることと言ったら騒ぐか文句つけるだけか?!」
「な、何よ?! その言い方?!」
教師からの暴言に面食らったのか、誰かがそう叫び返した。実際私達も驚きを隠せず、恩師の姿を視界に納めたまま、動けないでいた。
「ハッ! いつもだろうが。 教えに行けば、文句。努力する奴が居りゃ嘲笑し、結果を出せば嫉妬する。たかが戦闘兵器に乗れるぐらいで調子づいたのがお前らだ」
大場先生の目つきは悪く、口調も皮肉を通り越して、罵倒だった。今までの不満が全て解き放たれた。何かがきっかけで大爆発をしたと言った風だった。
「ISは兵器じゃない!」
「またお前か……そりゃ幻想だ」
織斑君の反論に大場先生は答えた。
「兵器じゃない? 守る力だ? お前はそんなもの望んでいない」
皮肉な大場先生の言葉に織斑君は顔を赤くして、否定しようとしたが、大場先生の言葉がソレを許さなかった。
「誰かを守るのなら、ISに理想とやらがあるなら、イーグルはむしろ好都合だ。汚れ役を全部引き受けてくれるからな。だが、お前は喜ばない。何故だがわかるか?」
「やめろ」
織斑先生が大場先生の腕をつかみ、制しようとしたが、大場先生はあろうことか、振り払い胸ぐらをつかみ、壁に押し付けた。
「千冬姉! やめろよ!」
織斑君が駆け寄り、大場先生に掴みかかったが、ほんの半秒の間に組み伏せられてしまった。
「お前も私と同じだ。自分が守る存在じゃないと嫌なんだよ。誰かに任せればいいのに、聞かないで自分でやりたがる。 要はでしゃばりなんだよ」
吐き捨てるように言う大場先生の表情は自嘲と諦めを見せていた。一体何が先生をああまで追い詰めたのか、分からないけど普段とは全く違う顔を見せている。
「違う! 俺は……」
「だから、イーグルが気に食わないんだろ? 白式で皆を守る自分が不必要だと言われるのがたまらなく嫌なんだ」
音程の外れた楽器の様な笑い声を上げて、織斑君を見下ろす。本当にこれがあの大場先生かと思うほどの姿だった。
「ISは守る力で、アンタだって誰かを守るために!」
「だから、自己満足に過ぎないんだって言ってるんだよ! アタシもお前も、そこの女王様も、代表候補生も、騒ぐしか能のない馬鹿どももだ! 世界が自分中心に回ってないと面白くないクソガキと一緒で、手前の無力さを無視して、偉そうにして来たんだよ!」
壊れてしまった。狂乱の色がその瞳に見え隠れしていた。
「だが、そんなものは小さなもんだ。 簡単に壊される。所詮はちっぽけなんだよ。ISに踊らされて、それが終わった! ただそれだけだ!」
しかし、その後に続いた言葉にはその色は混じっていなかった。むしろ、喪失感に際悩まされた声に変わり、トーンが急激に下がった。
「そうさ……世の流れだの、組織に抗えやしないんだ。所詮は個人や、その集まりでしかないアタシ達じゃあな……」
大場先生の瞳からは輝きが無かった。その彼女の手を取って、止めたのがいた。山田先生だった。
「山田先生……!」
「大場先生、それ以上はダメです! 教師なら、生徒の夢を応援すべきであっても否定してはダメです!」
山田先生は両手で大場先生の腕をつかみ、離さなかった。力では山田先生が圧倒的に不利だが、心理的な効果もあるのか大場先生の腕が彼女に手から逃れることは無かった。
「皆に……夢を見せた貴女が、そんな姿を晒してどうするんですか?! 生徒の夢を無くして、彼らの道を作らずしてどうするんですか?!」
大場先生は自分の腕に巻きつかれた鎖を引きちぎろうとしているようだった。それは心に張り付いた呪縛からも逃げようとしているのだと確信を得ることが出来た。
その心を縛られた大場先生の喉から絞り出された声は小さく、切なかった。
「……なら夢を……進む道を失った大人はどうすればいい?」
「え……?」
私はそう一人言葉を発した。予想もしなかったセリフだった。
そう言って大場先生は背中を向けて教室を出ようとする。誰もが声をかけずに、それを見送っていた。ふれ得ざる者、アンタッチャブル。単純に大場先生の、逆鱗に触れたくなかったのか、それともさっきの姿を見て、責めることも憚れたのか。
「待ってよ! 大場先生!」
その背中を追って、私は先生を呼び止めた。止めなくてはならない。今彼女が去っているのは教室ではなく、この学園や世界そのものから、去ろうとしている。そんな気がした。
「鷹月か……」
「先生! どうして、あんな事を?!」
そう訊くと、大場先生は唇を引き締めた後、フッと微笑みを作った。その顔は見ていられない程だった。無理な笑顔ではなく、目が死んだ微笑み。全てを諦めた人の顔、それはこの女尊男卑と言われる世界で道行く男の人がしていた物によく似ていた。
「鷹月……お前は、お前たちは上手く生きろよ。私のようには決してなるなよ」
「どういう意味ですか?」
問いかけた私の後ろに皆が集まって来た。神楽、さやか、ティナ、ナギ、癒子、理子、清香と皆が揃って、事の始まりとなった人物に顔を合わせた。
レジスタンスの始まり、山田先生、イヴァナ先生を引き寄せた、いわば私達の母と言えるかもしれない人は静かに言った。
「私の役目は最早ないという事だ。此処の役目もな。短い夢を見せてくれてありがとう……礼を言うよ」
大場先生はひとさし指を床にさして言った。此処とはIS学園で、自分の役目も消えるという事だろうか。私達はその場で先生の名を呼んで、止まるように言い続けた。
「待って、大場先生!」
でも、先生は振り返ることもしないで、廊下の奥へと消えようとする。
「今更そんなこと言わないでよ! ここまで来たのなら、最後まで一緒に来てよ!」
その叫びも誰もない廊下に虚しく響いて消えていった。今の私達の言葉では何も届かない
。たった一つの兵器によってガラリと変わってしまう世界。それは十年前の白騎士事件以降の再現なのだろうか。
何が起これば、彼女の気持ちを粉々にできると言うのか。その回答も十分に得られないまま、私達はただ立ち尽くした。
「どうなっちゃうの? 私達」
さやかが言うと、周りはざわついた。どうするのか、そんな事を求めていた。求心力としての存在、大黒柱を失った私達が途方に暮れようとする中、一人動いた人が居た。
イヴァナ先生だった。
「イヴァナ先生、どこへ?」
「四組よ。授業があるでしょ?」
私が駆け寄って訊いて、彼女は答えた。ついで、と彼女はこう続けた。
「心配しないでいいわ。貴方達はいつも通りでいいから」
そう言って四組へと歩を進めて言った。そんな私達に山田先生が来た。
「山田先生」
助けて、と続けようとした癒子に理子に先生は力強い目で言った。
「……大丈夫ですよ。イヴァナ先生は決して嘘は言いませんから。さあ、教室へ。授業を始めますよ」
「あのクラスで?」
あの荒れた場所で授業をしようと言う山田先生に神楽が訊いた。酔狂なのか、それとも現実が見えていないのか、とすら思った。
イーグル、大場先生、五反田君たちで揉めにもめた場で授業などができるのか、それは疑問だった。
だけど、山田先生は答えた。
「どんな時でも、授業はしないといけません。それが教師と生徒の努めですよ。さあ、行きますよ。まだ、何も終わってませんから、頑張らないと」
自室にこもって、瓶を床に転がす。ひたすらその繰り返し。空になった酒瓶を片付けることも無い。
新しい瓶を持ってきてはそれを空にする。
器に注ぐのは酒。湯呑に注がれた液体が発するアルコールと果物の様な甘い香りが鼻孔を魅了する前にそれを呷るように飲み干す。
喉と胃袋に炎が注がれていると錯覚するほどの刺激が伝わり、アタシはその刺激と、酒の酔いに癒しを求め続ける。
いっそ、このまま飲み続けて忘れるか、感覚の一切合財、何もかもを捨てて、存在そのものが消えてしまえばいい、と思わなくもない。
感情や、自暴自棄になって、自らを慕った者すらにもあんな言葉を放ってしまった。自己嫌悪に苛まれて、どうしようもなくなる。
「何をやっているのかな?」
自分に問いかけたところで返答はなし、湯呑に再び注がれた酒の水面に映るのは大きなクマが出来た顔で、かつての精彩も、夢に希望を抱いていた自分もどこへやら。
『貴方は不要なのだ』
耳に聞こえるのは昨日の男の言葉だ。幾度となく、この学園で言われてきた言葉、なのにあの二尉の言葉が胸に突き刺さって、痛みも引くことが無い。
『貴方は有害なウィルスだ』
「黙れ」
そう言って、湯呑の液体を飲んで、その声すらも飲み込んでしまおうと試みた。だが、声が消えることは無い。決して逃れることがない。なぜなら、それは事実でもあったからだ。
『貴女は織斑千冬と何ら変わりがない』
「黙れぇ!!」
湯呑を力任せに床に叩きつけようとした。八つ当たり。今日の教え子たちにしてきたように、行き場のない怒りを子供のように当り散らす。
何が大人だ、と笑わせる。かっこつけていただけの子供と何ら変わらない自分に更にイラつきを覚えるしかない。
だが、振り上げた手がそのまま振り下ろされることは無かった。誰かに腕を掴まれたからだ。
誰だと思い、振り返ると、そこには赤いロングヘアが風で揺れていた。
「晩酌中、ごめんなさいね?」
「イヴァナか……手をどけろ」
「酷い顔ね。凛々しい貴女はどこへ? どこぞの負け犬のように酒を飲みほすのが貴女のすることなの?」
負け犬、その言葉は今の私に似合いの言葉だった。彼女の言う通り、私は負け犬だ。最早、夢の欠片も消え去って、残ったのは自己満足と自己陶酔にの末の残骸の様な自分だ。
イヴァナは私をどこか軽蔑すかのように見ていた。いや、この場合は失望と言うのかもしれない。
「そうさ、私は負け犬さ。お前と違って、違った生き方を知らない故に消え去る以外道が無いんだ。わかるか?」
「わからないわ」
「だろうな」
イヴァナは湯呑を私から奪い去って、代わりにその中身を飲みほした。そして、弱冠の紅潮を見せた顔に言った。
「お前ほど恵まれている女はいないだろうさ。美貌、スキル、世渡りのうまさ。私にはないものさ。お前ならどこへだって生きていけるだろ? ISなんぞ無くてもな」
「……本気で言ってる?」
「敬語を使えよ、後輩。私の時代は終わったんだ」
そう、ISの終焉ではなく、終わるのは私ということだ。いや、きっと私と同じような人間はこれから大勢出るだろう。
いつだって、終わるのは物ではなく、人だ。ISが出ても、銃や、戦車は消えない。さらに遡っても剣や弓だってこの世に残っている。だが、今の時代に侍や騎士などいやしない。
そう、人、役目は消えるのだ。IS乗りという役目は消える。同時に私と言う、元自衛隊の女教師も消えてなくなる。
「アタシは消えるのさ。最後にいい夢を見せてもらった分幸せかもな?」
そう言うと、イヴァナは目を鋭くし、拳を握りしめたかと思うと、私の頬を殴った。女がてらに言い拳が入って渡しはその場に無様に倒れこんだ。
「ふざけんじゃないわよ! 理由もよくわからないまま消えられたら、こっちが悪夢になるくらいわかんないの?!」
殴られた部分を手で抑えつつ、彼女を見た。イヴァナの顔は興奮からか、酒からか、赤くなっていた。
「そうよ! 私はIS何て無くたって良い! 私なら生きていけるわ! でも、それに夢を見た女の子がいるでしょう?! 彼女らに夢を見せたのは貴女でしょう!」
「責任を取れとでも?」
「決まってるじゃない! 貴女以外にどうとると言うのかしら?」
その言葉に私は静かに反論した。
「ハッ! 教師兼業のお前がいう事か?」
兼業を強調して言った。
自分でも最低な言葉を発していることに自覚はあった。しかし、今は情けない自分を守るのに精いっぱいだった。
「言うわよ。もう、無関係なんかでいられないもの。私はね、貴女達のボロボロなざまになっても守ろうとする姿に惚れたのよ」
イヴァナは確かな口調で言った。軽口でも冗談でもない。本気の言葉だった。
「こうしている間に山田先生もあの子たちだって動こうとしているわ。私だって、やるわ。
好きなように生きて来た私だって、やってやるわ……後は貴女だけよ」
呆気にとられた私の顔を一瞥した後、舌打ちを一回シテ踵を返した。足元に転がる酒瓶を蹴飛ばしつつ、去り際に一言言った。
「でも、負け犬の貴女は要らないわ。わかったのなら……顔を洗ってから来てくださいね。大場先生」
扉が閉められて、部屋に沈黙が戻った。アタシは顔を覆い、瞳から熱いものを零した。その正体はかつて私が流したものと一緒だった。
「すまない」
思い出すのは悪夢のような昨日の話。全てが空しくされたあの言葉だった。
『貴女は自衛隊だろうと、IS学園だろうと、どこだろうと害なのですよ』
嗚咽をだして、泣く私に浴びせかけられたのはフラッシュバックによる心の傷だった。
更新遅れて申し訳ありません。
久々の投稿で空気を忘れつつあるかもしれませんが、続きます。
とりあえず、レジスタンスと教師回を通して、世の流れや、思いとか描写するつもりです。
コンセプトはイーグルを決して御旗にはしない です。