アリーナ、この学園で最も広い空間であるこの場所に向かって俺達は歩かされていた。両手を上げて、愛機ストライクラプターを奪われて、後頭部には口径20mmクラスの突撃銃を突きつけられている。
後ろに立っているISを部分展開させた女性は俺を親の仇でも見るかのように眼光を鋭くし、トリガーに駆けている指に力が込められている。もし、彼女の銃器のセレクターがセイフティの位置でなければ、今頃胸から上あたりは消え去っていることだろう。
「力こめすぎだっての」
一人そう愚痴ったが、女性は訊く耳持たず。銃口を後頭部にぶつけて、黙って歩けと無言の内に告げる。後ろのアカネなどはもっと酷く、彼女の愛銃m14を使って彼女を歩かせているのだ。
ISに経験はあっても、重たいライフルに縁は無いのか、構えは腰だめのままで、重くて構えを維持できないのだろう。m14は4キロほど、重さ自体は特別重くはないが、長い銃身を持ったライフルで、曲銃床の古めの設計が災いして、構えを維持するのは中々に難しい
アカネにとって、素人の持つライフルほどストレスに感じるものは無いだろう。それも自分の愛銃を手荒く使われるのは立腹するに違いない。
だが、一番腹を立ててるのはそこではない。俺もアカネも恐らく同じく事を考えているはずだ。最も苛立たしいのはこの状況の他にない。IS乗りの決起、こんな事態が起こると言うのは普通に考えて、信じられない、の一言だ。
まるで、俺が知らぬ間に薬物中毒になり、幻覚や幻聴の渦の中に叩き込まれていしまったかのようだ。それが本当だったと言われれば、俺はきっと信じてしまうだろう。
確かにイーグルは彼女らに害になるのは疑いの様のない事実で、亡国の狂騒は世界を混乱にもたらしている。イーグルの変化は恐ろしいほど早く進行した、世界はISを飽きてしまった玩具のように扱い、捨て去った。
兵器としてみれば、イーグルの方が優れているのは言うまでもない。ISは元は宇宙開発のための物、対してイーグルは最初から兵器として産み落とされた機械だ。例えるなら、斧と剣だ。斧は材木を作るための道具であり、使い方次第で人を叩き切れる。だが、剣のように突く、切る、殴る、など殺す為に特化した道具だ。斧よりもその殺しのための業は多く、そのためのノウハウも充実している。
だからこそ、軍事的に採用するならイーグルの方が優れている。しかし、ここまでの変化のスピードは異常だ。IS乗りに対する何の保証もないまま、捨て去るだけの世界。
ソレは予想できた展開のはずだった。ちょうど十年前、俺の知っている男達が捨てられたのと同じように。怒らないと誰が断言したことだろうか。どこかの誰かのように愚かな人類と言うつもりはないが、こんな未来を選択するなど誰が予言できるだろうか。ありえないはずの未来、それが今の俺達の世界だ。
それに対してIS乗りが反発するのは分からないでもないが、憤慨する以外に俺は生み出す感情を知らない。
「イーグル乗りも大したことないわね。無抵抗なまま捕まるなんて」
「……セイフティをかっけぱなしの素人に言われれば、世話無いですね」
アカネが皮肉な口調で挑発に返した。彼女の言う通り、m14のトリガーガードを見れば、セイフテイが掛かったままだった。俺も彼女につられて、口角を吊り上げた。
「言うなよ、アカネ」
「素人は嫌いです。特に図に乗ったルーキーほど」
アカネは鼻で彼女らを嗤ったが、彼女らがソレを気に入るはずなく、アカネの背中に無様にも一瞬ライフルに振り回されつつ、銃床を叩きつけ出した。苦痛に顔を歪ませた彼女を見て、俺は心配したが、その心配は無く、まだ余裕があった。
「乙女の白い綺麗な手じゃ、力不足ですね」
「黙れ!」
アカネでは脅しに乗らない、と思ったのか俺を突き飛ばして見せた。俺は少しよろけたが、別に屈する必要もなく、俺は睨み返した。だが気が付けばもう既にアリーナの入り口までついており、俺達に陽の光が差した。
アリーナに入ってみれば、そこはまるで処刑台の如き光景を見せていた。中央にはマイクやヴィンセント、ユーリが居て、大場先生、山田先生、イヴァナ先生まで見えている。鈴や簪、果ては楯無会長まで、拘束されていた。
そして、俺達に関わる者すべてに鉄槌を下す気でもあるのだろうか、観客席に連ねるIS乗り達の熱気は明らかに異常だった。ほとんどの女が憎悪と軽蔑の感情を込めて、俺達を見ていた。
中央のユーリ達のいる場に放り込められると、ヴィンセントがまず、口を開いた。
「やあ、弾。美女に囲まれた気分は?」
「……銃とISが無ければ、喜んでたよ」
「……同感だね」
現実から目を背けているのか、または苦しい現実を茶化して空気を和ませようとしているのか、ヴィンセントは軽口を叩いて見せた。額に光る汗を見れば、少なくとも普段通りではないのは分かった。
「無駄口を叩くな」
大場先生の鋭い声が俺達の耳に届き、俺とヴィンセントは彼女を見た。格好こそ、いつも以上に荒れており、右頬が腫れてはいるものの、何時ぞやのように沈んだ瞳ではなく、戦場に立った戦士の魂を瞳に宿していた。
「映画じゃないんだ。軽口を叩くより思考を研ぎ澄ませ続けることに集中しろ」
「……了解」
ハスキーボイスの一言はこの場では心強いの一言だった。同じ低さの声を聞いてはいるが、戦場に立ち続けた兵である彼女に比べれば、雲泥の差だ。
そして、そのもう一方の声が俺達に浴びせられた。
「状況は理解したようだな」
この騒動の元凶にして、親玉である初代ブリュンヒルデが姿を現した。その姿はいつものスーツ姿ではなく、髪を後ろでまとめ、ISスーツに、腰に四本のIS用のブレードを小型化した黒染めの日本刀を指していた。
戦闘を意識し、日本の侍の様なただずまいを醸し出した彼女は雄々しくもあったが、滑稽にも思えた。あまりにも目を疑うような行動、その卑怯さには武士道なるものは全くと言って存在しないからだ。
「これがアンタの望みか?」
俺が織斑千冬に尋ねると、彼女は冷たい目で一瞥しただけで、答える気が無いのか鼻を鳴らすのみだった。
「何とか言ったらどうなんだ? なあ、何か言えよ! 織斑千冬!」
叫んで見せたが、返答は周りの銃器を構える音のみだ。こんな時ですら、この先生は何も答えないと言うのだろうか。普段の授業ならともかくゆうに百万を超える歩数を譲って。戦場での沈黙も許したとしよう。だが、こんな事件を起こしておいて何も話さないのはどういった事情があるにせよ、許せるわけはない。だから、俺は叫び続けた。
「目的も何も話す能すらないのか?! 恨んでるだの、許せないだの、何かあるだろうが!」
「うるさいぞ」
千冬は俺を一睨みして見せた。ようやく開いた口から聞けたのはそれだけのように思えたが、彼女は歩み寄り、俺の髪の毛を掴んで、持ち上げた。体重がかかって頭部に痛みが走るが、俺は目を閉じなかった。
「そんなに言って欲しければ言ってやる。お前たちは世界を変えすぎた。世界はISを捨て去り、私達を捨て去ろうとしている。それに反抗するのが不自然とでも?」
「そうだ、不自然だ。こんな事はテロでしかない」
「では、奴らはどうなる?」
千冬は俺の頭を持って、ある方向へと顔を向けさせた。そこには黒いIS、シュヴァルツェア・レーゲンを身に着けたラウラがいた。彼女は機体を解除し、その顔をよく見せた。彼女の顔は涙のせいか、赤くはれ上がっていた。
「ラウラは……アイツの部隊、シュヴァルツェ・ハーゼは解体された。この三週間の内にごみのように捨てられ、階級も凍結。全てを失った、その彼女に反抗する機会はないと言うのか?」
聞かされたのは、転落劇。十代かそこらで、少佐でIS配備特殊部隊の隊長という栄誉を授かった人工の少女の末路だった。その時、俺の頭にフラッシュバックで蘇ったのは、アカネの憧れの人々の話だった。IS乗りがかつて、落ちて行った兵士達を嗤っていたことがソックリそのまま帰ったと言えたが、ラウラの場合は一種の同情がわいた、なぜなら、彼女は軍で使われることを前提とした人間だ。軍に捨てられるという事はすなわち、彼女の存在否定でもあるからだ。
「それで、千冬に協力した、という訳か?」
ユーリが納得の言ったように言葉を述べ、ラウラを見た。
「これで、お前は二度と祖国の地は踏めない。それでも、お前は」
「お前に何がわかるのだ?」
ラウラは酷く衰弱したような声を出した。その姿は自分の存在を誇張して止まない赤子の叫びにも似ていた。
「渡り鳥同然のお前には分からないだろ、師を自身の手で殺したお前に……!もう私の居場所はここ以外に、どこにもないんだ! 軍も国すらも私を否定されて、どこに戻れと?!」
プライド、栄誉、居場所、全てを一瞬で失った彼女に残っているのは一夏と千冬、この学園のみという事だった。つまり、此処にいるのは多かれ少なかれ、立場を失った者か、失いつつある者という事だろうか。
「そのまま、軍に居座り、価値を変えればいい、貴女ならソレが出来たはずよ、ラウラちゃん!」
「黙れ! 貴様のように何でもかんでも上手くいくと思うなぁ!」
楯無会長が説得を試みたが、ラウラの発言に傷ついた顔をして黙り込んでしまった。その言葉にかつて自分が簪に感じさせていたことを思いだしのだろう。
「これが俺達の咎だとでも言いたいのか?」
俺は千冬に問うた。確かに世界を変化させたのは俺達と言ってもいい。バラ色の未来ばかり妄想して、俺はこういった事態を想定しきれてなかったかもしれない。そう考えれば、俺達のせいで、という言い分も理がある。しかし、それを述べていいのは、ラウラの様な人であって、織斑千冬ではない。
「そうだ」
「そのために、ISを集合させて世界中に反抗っていう訳か?」
「イーグルも亡国も、この世界を変えすぎた、そして私はこの一連の事件が偶然とは思ってはいない」
心外なセリフを吐かれ、俺は眉を吊り上げた。この女は一体何を言って、何をしようとしているのか、段々と理解して来たからだ。織斑千冬はRインダストリーすらも滅ぼす気でいるのだ。
「僕らが亡国とつながって、一連の事態を起こした、亡国の機体もイーグル系列で、資金も僕らが出していた……そう言う話ですか? 織斑先生」
千冬は無言を貫き通したが、その様子から正解と見て良いようだ。フレームアップ、でっち上げによるカバーストーリ―を作り、自らが成功した暁には世界を救ったヒーローとしての座を頂こうと言うのか。
確かにおぞましいほど、上手くできた話だ。亡国が何故あれ程までの戦力を有しているのか、イーグルの発表から流れるようなISの転落、そしてハワイ事変。全てを繋げるにはまさに相応しいと言えるだろう。
だからこその恐ろしさがあった。目を疑うしかない、邪気がそこにあった。
「で、その英雄の座に誰が座る? アンタか、それとも織斑か?」
「そこまで言うならわかっているだろう?大場先生」
大場先生の問いに、彼女はそう答えた。大場先生はその場で地面に向かって唾を吐いた。拘束されながらの彼女の最大限の蔑みだった。
「絶句ね。ブラコン過ぎて、何も言えないわ」
「先輩!」
イヴァナ先生が毒を吐き、山田先生が叫びをあげた。その顔は怒り心頭そのものだった。
「こんなのが教師のすることですか?! ラウラさんをこんな事に巻き込むのが、正しいとでも?! 道を失ったのなら、探してあげればいい! なのに貴女は傷ついた彼女を利用して、その手に自分好みの果実を手にしようと言うんですか?!」
「真耶、私は世界を……」
「そんなものはすべきことじゃないです! 生徒さん達を煽ってテロ行為をさせるなんて、あってはならないことだ!」
山田先生の剣幕はとどまることを知らず、食らいついた。そのあまりの姿に千冬は明らかな動揺の色を見せていた。最初こそは腰巾着とまで陰口を叩かれていた彼女がここまでの怒りを見せるのは、教師としての義憤から来るものだ。
子供を利用して利を会得する。それは俺達のRインダストリーも変わらないが、企業と教師では訳が違う。企業は利を収穫し、教師は利を与えるものだ。織斑千冬のしていることは言ってしまえば、子供に爆弾を抱えさせて、神の戦いを代理させる者達と変わらないのだ。
「山田君、貴女の気持ちはわかるが、此処は……」
「黙りなさいよ。学園祭の襲撃の際だって出撃しなかった貴女が生徒のためとか、世界のためとか、何を言おうと説得力ゼロよ。肝心な時に居ないブリュンヒルデ、そして、テロリスト織斑千冬、ロクでもないわね」
「黙れ!」
ラウラが彼女に怒鳴った。
山田先生とは反対に個人的な感情、思考から批判するのがイヴァナ先生だった。敵のエースと真っ向から戦闘した彼女は恐怖を感じ、同時にそれでも参加したレジスタンスや俺達を評価し、その一方で戦わない千冬を嫌悪しているのだ。そして、今回の様を見て、彼女は自分なりに切れたという訳だ。
「貴様こそなんだ。あっさりと代表の資格を捨てて好き勝手に生きる貴様が私達を否定するな! ISに誇りもないお前が!」
「ならやることが違うだろうが」
俺はラウラに言葉を放った。だが、そのとき、俺の後ろから声がした。男の物だった。
「……なら、どうしたらいい? 弾」
振り返ってみると、それは一夏だった。酷く弱々しい声で、傍らに箒とセシリアがついてなければ、立つことすらできないようにも見えた。息は短いリズムの内に行われており、過呼吸気味だ。
「一夏……」
「千冬姉、俺もう訳がわからないよ」
一夏は縋り付くように千冬に語りかけた。少し前までの彼とは想像つかない弱い彼の姿は俺の胸にグサリと来る物があった。これも俺達の犠牲者だというのだろうか。
「一夏」
「確かにわかるさ。ラウラもセシリアも、皆、酷いことになっていて、それをどうにかしなくちゃいけない、守らないといけない。でも、これは違う!」
一夏の叫びがアリーナに響いた。一夏の持つ正義か、思想に反した千冬に反発しているのだ。
「何でこんな事を……何でこんなことしたんだよ!? 力は守るために、あるはずだろ!千冬姉はそう言ったじゃないか! こんなのは俺の守る力とは違う!これじゃ、イーグルに乗った男達と同じじゃないか!」
アカネが一夏の言葉を聞いて、小さく舌打ちをした。同じに扱われたことに感情を害されたのだ。一緒にするな、と彼女の顔からはそう無言の圧が飛んでいた。
その反対に俺は一夏を直視できないでいた。俺の行ったことが彼を此処まで追い詰めたのだろうか。イーグルの出現でISという力を否定され、それに苦しむ彼の友達も救う術がなく、自らの憧れの姉が起こした行動は彼の理想とはかけ離れている。
誰かを守るために、泥を被るのは簡単じゃない。時にはいわれのない中傷や、受け入れるには耐えがたい苦痛すら飛んでくる。そして、守るために汚れ仕事すら必要となる。TV画面のヒーローのように、誰かが賛美してくれるとも限らず、また完全な悪と言うのは多いようで少ない。
戦争で相手国を悪魔と呼ぶのは常套で、その裏で何をしているかなど、当人たちしか知らないのだ。一夏はその現実とのギャップに際悩まされている。俺達が産み落としたイーグルによって、彼の目の前に現れることのなかった「非現実的な現実」がソレを起こしている。
「なら、一夏。お前はどうアイツらを守るつもりだ?」
「……それは」
「守るならば、今は剣を握るしかない。このまま亡国をのさばらせるのか? ISという力を無くせば、それはできなくなる。そして、ISを無くせば、セシリアやラウラは? どうなる?」
「だからって……!」
守ると言いつつ、法を破る。穏便に、と言いつつ、ISという力を捨てることもできない。何故なら、ISを捨てるという事はすなわち、この学園で出会ったほとんどの人間の関係を断ち切ることになる。
「嫁……いや、一夏……」
か細いラウラの声が伝わり、一夏は汗だくになった顔で彼女を見た。ラウラの瞳からこぼれる水滴、それを見せられた一夏はさらに、呼吸を荒くする。
「助けて……」
手を伸ばして、救いを求める彼女に一夏はさらに憔悴する。そう、ISを捨てることは即ち、彼女らも捨て去ることを意味する。救いを求める手を一夏が振りほどくことはない。故に助けなければ、と理想に燃えるが、その方法は千冬の言う方法以外に彼に思いつかばない。
そして、彼女たちもまさか、一夏が見捨てると考えるとは夢にも思わないだろう。今までがそうだったようにこれからも、と人は考える。
それもそのはずで、ISはこれまで兵器として見られてきた。最初に織斑千冬が言った通り、今では立派な戦術兵器だ。それ以外の使い方を知るのは、ISの生みの親か、イーグルと言う本物を知っている俺達しかいないことに俺は今更気づいた。
だが、今更宇宙開発と言ったところで、無意味だ。世界は恐るべき速度で変化し、その選択を完全に潰した。そして、千冬が動いてしまった以上、最早、後戻りできない事態になっているのだ。
「……満足かよ? 一夏に究極の選択とやらをさせて」
「何?」
だからこそ、俺は怒り以外の感情を知らなかった。
「これ以外の方法もあったかもしれないのに、もうコレで全てパーだ。アンタのエゴで全部オシャカだぞ」
「貴様らのエゴがそうしたのだろう?」
「エゴだと?」
脳裏に浮かんだインダストリーのPMC達を俺は思い出した。この十年耐え続けて来た男たちの事を。
「十年前から今になるまで、耐えて来た彼らの行動をエゴだってか? 誇りや仕事を奪われたのは彼らだって同じだった。それを彼らは十年かけて、作ったイーグルをアンタは唯のエゴだと言うのか?! こんな馬鹿げた発想を現実に起こした、アンタが!?」
それに対して、千冬も反論を返す。
「そうだ、エゴだ! 貴様らの企みによって、未来ある者達の未来は消えた。古い社会に固執する貴様たちの手によって、だ。それを防いで何が悪い?!」
「新しい社会って何だよ?! IS適性なんかで踊らされて、人生その下らない適性一つで左右される社会の何が面白いってんだよ?!」
学歴、スポーツ、化学、多種ある能力に置いて才能は確かに重要なファクターだ。だが、それらには並大抵ではない努力がついて回った。先人の知識無くして、新しい化学は生まれないし、英単語を0歳から知っているモノもまた存在しない。
そして、努力を繰り返すことで、時に才能の差を覆すことさえ可能だ。これが近代社会の姿という物だ。
だが、IS適性に翻弄される社会ではこれが通用しない。髪に選ばれた者のみが恩恵をあずかる、しかも、その恩恵は他の比ではないのだ。貴族、血統による社会によく似ていると言える。
そして、それを守るために若い者を犠牲にしているのはどちらか、という事だ。
「アンタがやっていることもそうだ。今やっている事が成功しなかった時、考えたことがあるか?! その時は全てが灰になる! そうなった時、アンタは胸を張って正義を果たしたとでも言うのか?!」
「失敗などしない」
「いい加減、超越者みたいな面するんじゃねえ! 虫唾が走るんだよ!」
アリーナの観客席に座るIS乗り、並びに賛同者が罵声を浴びせかけるが、構わず、俺は叫び続けた。
「それに、だ! 一夏のためにと言いながら、アンタは一夏を苦しめているだけだ! こんな事を奴が望むかよ!」
「黙れ!」
織斑千冬は俺の腹に一つ拳を叩きこんで来た。吹き飛ばされるのを周りが助けてくれたが、凄まじい腕力で殴られただけあって、奥歯が折れた。アカネがソレに対し、千冬を睨み付けたが、銃を突きつけられて動けないでいる。
「貴様らが現れなければ、こんな予定ではなかった! ソレを崩したのがお前達だ!」
その一瞬、空気が固まった。俺達の周りに沈黙が訪れた。凍り付いた空気がゆっくりと回答するように俺達は自分たちの思考回路をフルで回し、彼女の言の意味をくみ取ろうとした。
予定、つまりこの流れになる前に彼女の中で計画があったという事だ。では、その計画とは何か。彼女が織斑一夏を中心に考えていることを知っていれば、それは想像が出来た。
そして、今までの不可解な行動が繋がっていく。なぜ織斑千冬は出撃しないのか、何故、彼女は俺達を異様に敵視し、あまつさえ学園の為に戦う大場先生達すらもそう見ていたのか。
今までは学園での振る舞いから、独占欲が強い、程度に思っていた。だが、それは正しいが、この場では間違いだ。
彼女は意識的に、一夏が活躍する場を作り上げようとしたのだ。思えば、ラウラの暴走時、一夏を狙っていなかった。思い出せば、福音事件の時、あのタイミングで一夏がやって来たのは果たして偶然だったのか。
そして、これらの事件のキーは一夏だった。あの白式の特異な装備によって、全ては終焉していった。ブリュンヒルデの血統である一夏の活躍、それこそが彼女が作ろうとした状況だったのだ。だから、そこに別の人物が居られると困るのは当然なのだ。
つまり、俺達はイレギュラーだった。ISで無い機体を駆り、戦闘に特化した人間はあの場には本来いなかったはずだ。そして、世界がISを見限ろうとしている状況も、また想定外の事態だ。
それだけではない、この劇場を造るためには悪役が無くては始まらない。もしかすると、彼女は亡国とすら繋がっているのだろうか。
巡る思考がはじき出す結果の数々は全てが織斑千冬を黒としていた。では、此処までの想定外の事態がありながら、彼女が自信を持って失敗しないとする根拠は何か。
答えは一つ、極めて少数で、多数を圧倒できる者の存在だ。軍事的に見てありえない、アニメや漫画にしかないワンマンアーミー。だが、そんな存在は過去にたった一つだけ存在していた。
そして、その答えはこの一連の流れが最近の出来事ではないことを示すこととなる。
「アンタは……まさか、白騎士を?」
たった一つの答え。おびただしい兵器を一掃したISの名前は、それこそ彼女の切り札なれば、納得はいく唯一の答えでもあった。
繋がる答えの先に、出来た答えは自分の口から出しているもののように感じられなかった。
まるで、夢にでもいる気分だ。そんな事があるのか、疑心にならざるを得ない。
千冬は否定しなかった。その顔を見て、アカネは激昂して彼女に叫んだ。
「貴女は……全ての元凶なら、何も言う資格なんて無いじゃないですか! 腐れアマが! 全てを壊したのは貴女の方です!貴女のエゴのせいで、何人の兵隊さんが……あの人だって!」
叫び、激怒する彼女の頭を別のIS乗りが押さえつけて銃口を突き出す。
「彼女を離せ!」
「アカネさんに手を出さないで!」
山田先生と俺が頼み、大場先生とユーリが動こうとして、地に伏せられていく。銃口の下で暴れるアカネが悪態をつき、千冬を射殺すほどの視線で刺す。
「もうやめてくれ……」
一夏が頭を抱えて、耳を塞ぐ。耐えきれない事実の連続に彼は押しつぶされそうになっていく、セシリアやラウラが千冬を見開いた目で見つめ、箒が呆然とした表情をする。
そんな俺達を一瞥し、千冬は今度はヴィンセントとマイクの前に立った。
「お前に用件がある」
「ふざけるなよ。誰が貴女みたいな人間に」
ヴィンセントがそう返したが、白人のIS乗りが鈴に銃口を向けて、有無を言わせない。鈴は首を横に振ってヴィンセントに従うな、と伝えるが、彼には有効なカードは無い。
「用件は?」
「貴様の会社にだ。要求を伝えろ、イーグルを全て破棄しろ、とな」
「イカレ女が」
マイクが反抗したが、銃の一丁すら持たない身では、何の意味もない。虚しく無視されて終わるのみだった。
「メールのみ許す、サッサと打て」
「ブリュンヒルデ!」
ヴィンセントに指示を出した時、三名ほどのIS乗りと学園の制服を来た者達がアリーナ入口から出て来た。そこに視線を移すと、彼女らは何名かの女子生徒を捉えてきたようで、見てみると、それはレジスタンスやマイクの整備課の生徒たちだった。
「コソコソと動き回っていた! こいつ等も反抗者だ」
「静寐、清香、神楽、お前達!」
連れてこられて乱暴に俺達の場所に放り込まれた。短く悲鳴を上げて、うずくまりつつも、彼女らは恩師に謝罪をした。
「ごめんなさい、勝手にこんな事を」
「馬鹿野郎が……」
整備課の女子がマイクに誤って、マイクは歯噛みした。黙っていればとりあえず危害は加えられなかったろうに、と拳を握りしめていた。
「お前たちも、彼らに味方するのか?」
「アンタよりはマシよ」
神楽が精一杯の強さを込めて反論する。教師に吐くセリフにしては、看過できないものだが、神楽は言い切った。
「何をしていた?」
「言うもんですか!」
IS乗りが質問し、整備課の一人が返したが、頬を平手打ちされて、頬が赤くなる。それでも、キッと表情を固めて話そうとしない。埒が明かないと判断して、顔を険しくしたその女は銃を突き付けて安全装置を解除した。
「やめろ!」
そう叫んだマイクの声の後に、銃声は轟くことはなかった。そこで聞こえたのは一人の女子の声だった。整備課の格好をした一人が手を上げて、口を開いた。
「分かった~。私が答えるね~」
聞こえた声は間の抜けた声だった。間延びして、可愛らしくもある声を聞いた時、織斑千冬が鬼の形相をして、そちらを振り返った。
誰がこの展開を予想できたか、その声の主はまるで違う姿をしていた。俺達は聞き間違いか何かと勘違いすらした。明らかにボデイのラインからして別人、顔つきもまるで違った。
しかし、この話し方と声の持ち主は世界どこを探しても一人しかいない。
千冬が駆け出し、IS乗りがその異変に気付いた。
だが、その時にはその少女はすでに立っており、指鉄砲を作り、天に向かって突きつけて、大声で発砲音を模した。
「BANG!」
そして、その瞬間に起こったのは異常な事態だった。観客席にいたIS乗りの一人が苦しみだし、銃器を手から落とした。一人、二人と増えていき、伝播していく。そして、IS乗りを銀色の液体が包み込んでいき、周りにスパークが走る。銀一色のISがその場で動かなくなり、ただの銀細工と化していく・
生身の人間が無機物へと変貌していく様はグロテスクなもので、女性の悲鳴がアリーナにこだましていく。無機物へと体を変えていく、IS乗り達が呑み込まれていく様はまさに地獄絵図だ。動物の絶命に至る寒気が走る叫びにそして、その中央で立つ女子が光を纏って、その真の姿をさらけ出した。
「やっほ~。お久しぶり~かんちゃん! そして、ただいまIS学園!あいるびーばっくう~」
「本音!」
簪が驚きと喜びを含めて、その名を呼んだ。本音はニコリと笑って簪に手を振って見せた。
そこへ、間髪入れずに千冬の世界最強の一太刀が煌めいた。命中し、胴体が二つに泣き別れになった光景が展開された。
何人かが短い悲鳴を上げたが、本音の顔から微笑みは消えない。次の瞬間には千冬の後ろについており、かぎ爪を首もとに添えていた。
「残念だけど、それは効かないんだよね~ ゴメンね~。そして……もういいよ!」
『ご苦労様。本音』
アリーナの空中に黒い影が覆った。シールドを引き裂いて降りてきた黒い影は紛れもなく、亡国のISモドキであった。
その中で一つだけISが混じっていた。特異な赤い機体。背中にサソリを思わせる巨大な尾を持つISの姿は異質で美しかった。乗り手の美しい金髪が風にふかれて揺れており、赤い瞳はルビーのように輝かしく、気品があった。顔は高貴さも含めて、古代の彫像のような美しさを放っている。
その女性が全てを見て、口を開いた。
「さてさて、ショーゲームの時間よ。役者は全て揃った」
更新遅れてすいません。
どうにか、書きたいことを書けました。
ようやく、消化できた伏線。上手くいっていることを願うのみです。