次回から、本筋の鈴の来校編です。
四組には一つの噂が流れている。噂と言っても、巨大な陰謀論や、陰湿ないじめに繋がるような物でもない。思春期の男子、女子問わず聞けばだれもが食いつく他愛のない話、答えは他人の恋愛話だ。誰と誰が付き合っている、や もう大人の階段を上ったのか、などで様々な作り話と言うか下種の勘繰りと言うべき話が飛び交い、聞く側なら喜んでその話題に飛びつくだろう。
最も言われている側からすれば、たまったものではないが。
事の発端は一組のクラス代表決定戦の一日前から始まる。
朝のホームルーム五分前に教壇に着いたアタシは大きな欠伸をして、時間まで体を楽な姿勢にして待っていた。大きく手と足を伸ばしながらクラスを見渡す。
四組の生徒たちは一組より落ち着きがあり、二組より個性が強い奴が少なく、三組より自己主張が激しくない、といった理想的なクラスだった。
アタシがこの学園に移されて2年経つが、前のクラスは最悪だった。初仕事のクラスの連中は女尊男卑思考ばかり、私が自衛隊にいたと話したとき何故劣る男どもと仕事をしたのか? という質問を嘲笑付きで平然とされたものだ。
それでも彼女らの夢をサポートしようと思い、自衛隊時代の訓練より遥かにレベルを落としたものを授業で実践してみたが、誰も付いていけず、職員室に直訴しにきた。
彼女たちは所謂IS適正と学力とコネはあるが、それ以外何もない世間知らずのお嬢様だったにすぎなかったのだ。そして、ある日の夜中に自室にいると三人の生徒が恨みを持って復讐しに来た。
それを追い払って退学処分にしたが、その後の職員室の連中ときたら、非難轟々でウンザリしたものだ。
それを考えるとここにいる奴は天使と言ってもいい。あのムッツリ丸刈りロシア人を除いて。
そうこう頭の中でグルグルと思考している内にチャイムが鳴った。
日直に起立と礼をさせて連絡事項等を伝える。伝えるのは消灯時間に友達の部屋へ遊びに行くことの禁止や、備品の扱いが雑である等の注意などを伝える。
それらに関する質問に答え終わり、今日の本題を出す。
「さて、今日がクラス代表を決める最終日となる。今までのお互いを見て誰がクラス代表になるべきか、決めてほしいと言って一週間になる。誰か立候補か推薦の意見はないか?」
静かなクラスを見渡すと誰も手を上げずにいた、と思いきや2つの手が上がった。クラス1のじゃじゃ馬娘の草薙恵美と問題児のユーリだ。
「ハイ、私はユーリ君を推薦します」
「ユーリか。ではお前はどうだ?」
「他薦をします、先生。俺は更識簪を推薦します」
それまでタッチパネルの端末に目を落としていた簪が面を上げて驚きの顔を見せ、周りのクラスメイト達がざわめく。それを手で抑え、静かにさせる。
「理由を聞かせてもらおうか?」
一回ユーリが頷くとその理由を口にする。
「まず、実力面では彼女は日本代表候補生であり、専用機を与えられるほどの優秀さをこの国が認めています。経験、実力共に十分と思われます」
それを聞いて一人の女子が手を上げ意見を申し出たので、発言を許可する。
「実力面では簪さんが問題ないのはわかるけど、それを言うならユーリ君もじゃない?一応、企業代表で専用機もあるって話だし。簪さんの専用機は確か一組の織班君のせいで」
そこまで言った草薙は口を抑え、話を一旦止めた。チラリと簪を見やると傷ついた顔をしてうつむいている。それ以上彼女は言わずに、男性で珍しく実力のあるユーリがすべきでは、結論付けた。
「確かに俺には専用機はある、だが俺はなるべきではなく、彼女こそがふさわしい。まず第一に俺が男性という事だ。俺がクラス代表になった場合、話題性があると言うが敵視される可能性が無いわけではない。この学園は女性にしか使えないはずのISを学ぶための場所だ。故に女尊男卑な思考の者も他と比べて多くなる。特に大場先生が去年担当したクラスはひどいモノだったという事を山田先生から聞いている。放課後のISの自主練時や食堂での食事中に{男性なんて選んだ私たちの足を引っ張る後輩}と高学年に目をつけられて嫌がらせを受ける可能性がある。」
聞いていて、良く調べてきたな、と感心してしまった。あのクラスに関する事はかなりタブーだったはずだが、この男はどんな手品を使ったのか、聞き出してきたと言うのだ。
生徒たちは顔を見合わせながら、思考する。一通り見てユーリは二つ目の理由に移った。
「第二に近々行われるクラス代表戦において有利になれるという事だ。誰もが専用機相手では勝てない、と言う偏見を持っている。これは一概には言えない。例えば一組のセシリア・オルコットの機体は遠距離戦向けでアリーナの試合に使われるような機体ではなく、近接戦に入れば優位に立てるのはこちらだ。そのために相応な実力が必要だが、その点において簪なら問題は無い。技量なら、同等か、それ以上だろう。使えるのは訓練機という事を隠れ蓑にして相手を油断させることが可能で,かなり有利に立てる」
クラスから驚嘆の声が上がる。段々と賛成するような声が大きくなっていく。
「じゃあ、二組のクラス代表は?」
そう聞いたのは四条エリカだ。彼女なりに調べたらしく、二組のヴィンセントのデータが見つからなかったため、ユーリの言う情報戦の優位性、と ヴィンセントが代表になっている事を見て男性が代表になるリスクがあるのか?と疑問を持ったようだ。
「確かにヤツの技術は非凡のモノだ。だが、奴のデータは俺が持っている。この点は問題ない。また奴がクラス代表になったのは自分の利益を優先しただけだという事を伝えておく。」
おおっ と感嘆の声が上がり、クラスメイト達の顔が楽観的になる。
「では、皆は簪でいいと思うか?」
問いかけると、満場一致で手が上がる。全員賛成のようだ。
「簪、お前がクラス代表で構わないか?」
「でも わ、私には打鉄二式が」
そのセリフを聞いてクラスメイト達が後押しする。
「大丈夫だよ、簡単な仕事くらいなら私がやるよ!」
「そうそう、簪さんがどっちにも集中できるようサポートするって!」
「アンタ達、そんなにスイートのフリーパス欲しいの?」
「美香ほどじゃないよ~」
「ち、違う!!」
やり取りを見て、皆がどっと笑う。温かい笑みだ。簪もさっきとは打って変わって少し微笑みだした。それを見て。あと一押しだな と判断したアタシは手を叩いて注目させる。
「静かに。 簪、とりあえずクラス代表は出てくれないか? 後の事はアタシやクラスメイトがやろう。お前はとりあえずクラス代表戦に出てくれないか?とりあえず、それで手を打たないか?」
しばし思考した後、簪は了承してくれた。クラス代表は簪に決定した。
ホームルームが終わった後、生徒たちは簪にエールを送ったりユーリにお礼を言ったりしながら授業の準備を始めている。
そんな生徒たちを見て頬杖を突きながら眺めていたら、アタシもいつの間にか笑ってた。
クラスで何となく存在が浮いていた簪をどうするか、と悩んでいたが、ユーリの思わぬ助けによってそれも解決するだろう。何より、ここのクラスメイト達は本当にいい子たちだ。すぐに受け入れてくれている。
教師も捨てたモノでもないかもしれない。そんな考えまで浮かんできた。
もっとも職員室に戻るまでの話だったが。
「どうして私を推薦したの?」
いつもどおりの鍛錬を終え、自室に着いた俺を待っていた彼女の第一声がそれだった。ルームメイトの更識簪はこちらの真意を読み取ろうと険しい目をメガネの内側から発していた。
簪は疑心暗鬼に駆られている、その理由も大よそ見当がついていた。俺が運動場にいる間、周りの高学年達が話している内容をいくつも聞き、記憶している。
その中で彼女に関するモノもいくつか聞いたのだ。この学園の現生徒会長は簪の姉らしく、簪と比べて快活で人気者。さらにロシアの国家代表と言うのだ。
そんな姉と彼女を比べる様な発言も耳に聞こえていた、曰く 暗い子だ あんな姉がいたら可哀想、劣った妹 好き勝手な意見ばかりだ。これらを言う連中に彼女より優秀なのか 聞きたくなるほどだ。
しかし人間は見下したがる生き物だ。適当な難癖をつけて本来自分より優秀なものを見下すのは悦なのだろう。彼女も恐らくそう言った謂れのない陰口を聞いてきたのだろう。
「答えて!」
少し語気が荒くなってきたのを聞いて俺は口を開いた。
「理由はホームルームで言ったはずだ。」
「本当にそれだけ? それとも私が{更識}だから?」
「何を言っているかは知らないが、少なくとも家の名前で選ぶような事はしない」
素直に思っただけの事を彼女に表明する。簪は近づいてきて、背の高さの関係上から大柄なおれを見上げる形で俺の目をのぞき込む。
一分もしないであろう沈黙はどういう訳か一時間近くに感じられた。
すると、簪の眉間からしわが消える。
「……なら、いい」
そう言ってベットに腰掛けた。すると、ベットにリモコンが紛れていたらしく簪が座った拍子にTVがついてしまった。TVに映し出されたのは赤い仮面とコスチュームを纏った男とナチスの武装親衛隊のような服を着た異形の怪物と、一人の少女だった。
『そこまでだ!!』
とTVの中で赤い仮面の男は怪物に言い放ち、少女に向かって安心するように言って怪物と取っ組み合いを始めた。
簪は非常に慌てた様子でリモコンを探し、TVを消そうとする。まるで恥ずかしいモノでも見られたかのような様子だ。例えるなら、かつてヴィンセントがアカネに「おいでませ、メイド館vol2」を見つけられた時のような反応だ。
簪はようやくリモコンを見つけ、TVを消そうするのを俺は無言で止めた。
すると簪は一瞬思考が止まり、固まったままこちらを凝視するが俺は構わずTVに食い入った。見てみると勧善懲悪な明確なストーリーだった。ヒーローが現れ、怪物を倒し平和を守る、そんな単純な話だ。
「面白いな。」
短く感想を呟いた、その時簪の顔が一瞬呆気にとられ、やがて喜びに満ちた顔になったのを見て俺は首を傾げた。
――――――そんなに面白いことを言ったのか?
「成程、つまり主人公は必ずしも望んで戦っていたわけでは無いという事か」
「そう、シュナイザーはハイパーイミュル線を浴びてああなっただけで本来、怪人となるはずが何故か意志は支配されなかったから、ヒーロとして皆を守っているの。」
気づけば、3時間近く{正義剣狼シュナイザー}の第一話から見て、簪の説明に聞き入っていた。こういった物を見たことの少ない俺にとって新鮮そのものだった。
簪の談義は驚ぎと新鮮さに満ちていた。シュナイザーと言うアニメの事もあるが、どちらかと言うと彼女のはしゃいでる様子に、だ。それまで同室となってからというもの、お互いに好き勝手にして挨拶だけをする関係でしかなかった。真の意味で{部屋が同じ}なだけだった。
奇妙なことに生活リズムが絶妙な具合で違うため、お互いにとって自由で相手を気にする必要性が全くなかったのだ。俺が鍛錬しているときに彼女がシャワー等を済ませ、彼女がまだ寝ている早朝にランニングとシャワーを済ませる。
唯一掃除だけはお互いに協力したが喋ることは一切なかった。今こうして彼女の琴線に触れて、話せているのも俺にとって奇跡に近い現象で彼女の意外な一面を見れて面白く感じていた。
「あ……ごめんなさい。いきなり馴れ馴れしくして」
自分のしてきたことに急に我に返り途端にしおらしくなった。
「いや、構わない。むしろ続けてくれ。」
「ほ、本当に?」
「ああ、実に面白い。 今度機会があればまた見せてほしい。それに俺もああいうのに憧れが無いわけじゃない」
少し彼女に微笑んで見せる、そんな俺を見て簪は大きく頷いた。いつのまにか彼女のメガネの奥の瞳は柔らかさを感じる様な温かいものに変わっていた。
時計を見てみると12時半で、夜遅くになっているのに気付き、そろそろ寝るように言う。彼女は少し物足りない感じを見せたが了承した。明かりを消し、厚手のカーテンの仕切りを閉じた。
途中、腹の音が鳴ってしまい自分の体を恨めしく思いながら意識を眠りに集中させた。
その翌日、俺が鍛錬から部屋に戻るとカップケーキが二個置かれていた。
クラス代表決定戦後
鍛錬をしようとしたところ、不幸なことに運動場のマシンなどの一斉点検がはいってしまい、鍛錬を仕方なく断念することになった。
そこで趣旨を変えて、機体の調整に入ることにした。日本に来てから一度も稼働していなかったからだ。IS格納庫に着くと、キーボートを叩く電子音が聞こえた。音からして、かなり速いスピードでキーボードを打っているようだ。何となく、気になって音のする方へ行くと周りと違ってその区画だけ妙に空いていた。
自分の機体の整備にちょうどいいと思い、中に入ると一心不乱にキーボードを打つ簪と多くのコードに繋がられたIS、「打鉄二式」があった。
時々聞こえるモーター音や本人が集中しているせいか、こちらには気づいていないようだ。
「失礼する」
声を掛けると、ハッとした顔でこちらに振り向いた。髪が乱れ、長時間画面と向き合っていたせいか目が充血している。
「どうして、ここに?」
以前、録画していたヒーロー物を見せてくれた時と違い、敵意に近いものを感じる。
「一番近い格納庫がここというだけだ。隣で作業をさせてもらう」
「そう」
そう答えた簪は、俺の機体が気になったのかこちらを注視する。まるで敵情視察のように鋭い目だ。
専用スーツを着ずに機体「マーダー・オブ・クロウ」を起動させる。
簪の目は驚きに満ち、立ち上がって「マーダー」を見る。無理もない、この機体はかなり異質なものだ。外見はマットブラックの全身装甲。固い皮膜の上に小さな装甲が蛇腹状に張り付けられ、頭部のシャッター上のカメラアイが特徴だが、この機体の特筆すべき点はそこではない。通常のISは2m半程度の大きさで、大型のでグレイイーグルの3.1mというものだ。
しかし、「マーダー」の大きさは約1.99mというサイズで、ISの様に「履く」ようなものではなく「着る」と言う風な世界最小の機体となる。
これは、施設内での稼働等も想定されたために開発されている。通常のISは部分展開と言って腕だけを展開するなどで室内でも扱えるようになっているが、Rインダストリーの機体の腕や脚はある程度の装甲とパワーアシストの為のモーターなどが複合したパワーユニットの塊を内蔵したモノで非常に重く、人が持てる重量ではない。
さらに、重量等を軽減するPICなどは機体が完全に展開した状態にならなければ作動しないので部分展開そのものが存在しない。
ハッキリ言うとRインダストリー製の機体はコアが動力源の飛べる強化外骨格やパワードスーツと言うのが正しく、全身を纏った上での戦闘以外は考えられていない。
そこで、パワードスーツの原点としての機体が提案されたという訳だ。心理的にも、装甲越しに戦闘することで現実感を薄れさせるという点もあるが、歩兵としてはいかにも屈強な装甲に身を包まれた見方がいれば安心して戦闘できるという事も考慮されている。
狭い屋内でも完全展開した状態で戦闘が行える機体、それが「マーダー・オブ・クロウ」だ。敵基地への強襲後、歩兵と共に基地内の制圧、掃討が行えるクリーナーとしての役割を持つ機体だ。
俺は展開したマーダーのデータを細かくチェックする。出力調整から始まり、マニュピレーターの固さの具合、反応速度等を確認する。最後にカービンライフルをコールして機体を待機状態に戻す。コールしたライフルを
自身の手で分解して手入れをする。
そんな俺を呆気とした顔で簪が見つめる。
「どうかしたか?」
一拍おいて、かぶりを振って簪は答えた。
「何でもない、少し気になっただけだから」
「そうか」
それぞれが作業に戻る。俺はカービンの中身を掃除し、彼女はプログラミングをする。何の会話もなく黙々と作業している内にカービンの整備が終わり、マーダーの中にしまった。一方で簪は作業をいまだに続けている。
俺は一旦その場を離れて、自販機の前に立ち、缶コーヒーを二つ買って、彼女に一つ渡すためにまた、戻った。彼女の作業している隣に缶コーヒーを置くと彼女は怪訝な顔をする。
「少し、休むといい。働きづめはよくない。」
何か言おうと口を開きかけるが、何か思う所があったのか言葉を発さず缶コーヒーを手に取る。
「……ケーキの礼も兼ねている。良ければ受け取ってくれ」
「……ありがとう」
「それと、一つ聞いていいか?」
缶コーヒーのプルタブを引き、口に近づける。コーヒーの香りが鼻孔に心地よく入り込み、安らぐ。コーヒーを喉に流し込んで渇きを癒しつつ、以前思った疑問を聞く事にした。
「何故、機体を一人で組み上げているんだ?」
キーボードを打ち込む音が止まり、帰って来たのは無言の睨みだった。馬鹿にしている?、とそんな押し殺しきれない感情を感じた。だが、俺は構わずに思ったことを口にする。
「普通なら機体のプログラミングなどは専門家が行うものだ。君は日本の代表候補生であるのだから、そのための人員を呼ぶなどは造作もないはずだ。しかし現実では君はそうしていない。自分一人で組み上げている。何か理由がなければこんな事はしないだろう?」
「こんな事?」
俺のセリフの一つのワードに簪は反応した。怒りのボルテージが上がった彼女は立ち上がって、俺の方へツカツカト足音を立てながら近づく。
「あなたに、こんな事 なんて言われる筋合いはない」
「だが、ハッキリ言って理解に苦しむ。素人が一人で組み上げられるわけはない」
「私は作った人を一人知っているわ」
「君の姉のことか?」
目を伏せて奥歯を噛みしめだす。彼女の様子から見て、当たりだな、と決めつける。彼女にお構いなしに言葉をつづける。
「要するに姉に勝つ、ただそれだけの為に一人で組み上げている訳だ。だが、君が今やっていることは姉への対抗心で自分を危険にさらしているも同然だ。素人の、それも自尊心と対抗心によって組みあがった機体が果たしてどこまで信頼が置けるもの」
次の瞬間に俺は頭から何かの液体を被った。匂いからそれが缶コーヒーのモノだと即気が付いた。彼女が手に持った缶コーヒーを俺にぶちまけたのだ。
「何もわかってないのに勝手な事言わないで! 少し仲が良くなったと思ったからってアナタに好き放題言う資格なんてない! ほっといて!」
明確な拒絶と共に彼女は部屋から去っていた。
一人残った俺は部屋の電源を切り、簪のいる部屋でなくマイク達開発班の元へ向かう事にした。誰もいなくなった部屋で未完成の機体が寂しく、その場に取り残されていた。
職員室で饅頭をかじりながら、目の前の生徒が出した申請書を見る。それはアリーナの使用許可書であるが、すぐに許可はだせなかった。
「簪、アタシは思うんだけど、危ないと思うんだよ。今の段階だと」
「基礎は出来ています。飛行試験を成功することができれば、一歩前に進めるんです、だから」
唸るような声を出して、思考の海へ飛び込む。
簪の機体 打鉄二式は元々倉持技研が作るはずだった機体なのだが、織班一夏の白式に研究員が皆行ってしまい、開発は中断。残ったのは見かけだけの鉄くずのみで謝罪の一言もなく彼女に残された。
この機体は荷電粒子砲やマルチロックミサイルなどの世界初の発明品をたんまり載せて高火力を持ち、且つ高機動を実現しようという何ともお粗末な小学生の発想が具現化したような機体だ。
倉持技研はそんな無茶なシステムを途中で投げ出して候補生に託すと言う責任感ゼロの事をやってのけた。
OS等は従来とは比べ物にならない程複雑で専門家がやっても苦戦する内容だ。それをとりあえず飛行できるところまで、やってのけた簪はとびぬけて優秀と言える。
しかし、所詮は学生の作った物、信頼性は無きに等しい。さらに悪いことに打鉄二式に使われているスラスターなどの推進器は新規設計された物、途中で開発を放棄したという事は当然、テストも行われている訳がない。
倉持は機体をプラモデルか何かと勘違いしているのだろうか?
杜撰すぎて笑いも出てこない。大方ISには絶対防御があるから死なない、絶対に安全 と盲信しているから平然とこんなものを生徒に渡すのだろう。それとも何か貸しでも作るつもりだったのだろうか
「あの、先生……?」
簪の声を聴いて現実に戻る。そして思いついた結論を言う。
「簪、本当にテストをするつもりなのか? 正直すべきではないと思う」
「でも。必要なんです!アレには私しかいないんです」
必死の表情で懇願する簪。気持ちはわかるが、万が一を思うと肯定はできない。
「許可してあげてはどうですか?」
机の向こう側から声が上がった。山田先生が簪に同情したのか、生徒を助ける使命感に燃えたのか、は分からないが口を出す。
「ISには絶対防御もありますし、万が一は起きないはずです。それに簪さんが組み立てのですからきっと大丈夫ですよ」
呆れるほどの楽観的な意見。その声に呼応するかのように周りの教師たちが揃って許可を出すように言う。しかし、アタシは自分の意見を変えなかった。
「申し訳ないが、許可は出せない。出して欲しければ専門家のチェックを
受けてからだ」
その一言を聞いて、簪は何も言わずに立ち去って行った。
その背中を見て、罪悪感が浮かばないでもなかったが、私はそれ以上何も言わなかった。
教師たちの非難する視線がアタシに突き刺さる。しかし、毎度のことなので気にせずアタシは書類仕事に没頭する事にした。
―――教師は難しいな
一人そんなことを思いながら
宙に浮く黒一色の人型、無機質なデザインのマーダーの機体の中で一人夕日を眺めていた。他人から見れば黄昏れているように見えることだろう。
スラスターの感触が注文どおりなのを確認して高度を下げていると、HMDに新たな機体が表示された。未完成のはずの打鉄二式がカタパルトから射出されていた。
―――――何故そこにいる?
疑問に思った俺は通信を開いて、問う。
「何をしている? 許可は出ていないと聞いたが、何故ソレを纏ってここにいる?」
帰って来た返答は小さく弱弱しいモノだった。
「うるさい」
「すぐに戻れ。未完成の機体で試験飛行など自殺行為だ。」
「うるさい!」
二度目の回答は激しい怒りと共に発せられた。
声を発すると同時にスラスターを吹かし飛び立とうとする。光る粒子がスラスター内に充満し、その全エネルギーを噴出しようとした時、光は突如として輝きを失い、間の抜けた音がこだました。
打鉄二式は主人の意志とは裏腹に飛び立つことは無く、それどころか 機体そのものが停止した。指先一つ動か動かず、コンソールも何お表示も出せない。恐ろしいスペックを持つ超兵器はただのガラクタにへとなり下がった。
システムエラーか。
耳に響く女の声。屈辱と怒り、情けなさに震えた声が切れ切れに届く。
「どうして、どうしてなの!?」
コンソールを動かし、簪は再起動を試みるが何の反応もない。
「あなたまで、私を馬鹿にするの? 打鉄二式……どうして?」
ISは何も答えない。主人の意志に反抗しているか、嘲笑っているかのように指一つ動かさない。
次に耳に届いたのは呪詛の詞。何一つ報われないことに対する不満、大きすぎる姉の存在、動かない愛機、今の簪の中の黒い部分全てが彼女の目の前に広がっていた。出来損ない。その言葉が簪の中で反響していた。様々な声音で。
俺は一つの光景を思い出した。少し小太りの同い年の男の事を。ヤツも今の彼女の様にブツブツと呟いていた。
俺はマーダーを地面に降ろし彼女の元に向かった。
「あなたも私を馬鹿にするの?」
何の言葉もかけずに彼女に近づく。
「そうだよね、滑稽だよね。たかが、自尊心と対抗心なんかで機体を組み上げようとして、助言も無視して格好つけて飛ばしてみようとしたら、何もできていなかったなんて……笑われて当然、馬鹿にされて当然。何で私ばかり!」
どうして私が、何度と聞いたセリフだった。教室だろうと自室だろうと口にしていた言葉。その言葉を聞いた時、不意に懐かしい男の話を思い出した。そして俺は何かに取りつかれた様に行動していた。
「何故、そう不幸だと嘆く?」
涙交じりの彼女の声を遮って俺は目の前の彼女に向き合う。自分に疑問すら浮かぶ、俺は何をやっているのか?、と。
「嘆いていれば、ロビンフッドでも現れるのか? それとも悲劇の主人公のつもりなのか?」
だが、口が勝手に回っていた。俺の意志すら離れているようだった。不思議と俺は湧き上がる衝動に何お抵抗もしなかった。
「貴方に何が?」
「また、そのセリフか。聞き飽きたな」
見開かれた目は悲しみから怒りへと変わっていく。それを確認して言葉を吐きつづける。
「姉さえいなければ、織班さえいなければ、更識じゃなければ。成程、君はいつも空想に逃げている訳だ。仮に君の望み通りの世界になったとして、自分は成功するとでも思っているのか?」
「黙って!」
絶対零度の言葉の槍は確実に彼女を傷つける。
「君は自分よがりの努力をして、自己満足に浸り他人を寄せ付けない、むしろ被害妄想をしだして敵意を露わにする、だから孤立する、だから暗い妹なんだ。俺の考えは間違っていたようだな。やはり君は周りの言う通りなのだろう。更識簪」
「黙れ!!」
簪が打鉄二式のマニュピレーターを強く握りしめる。拳が震え、今にも爆発しそうな怒りを抑えている。
「違うと言うのなら、殴りの一つぐらいやって見せろ! 出来損ないの打鉄!」
「うるさい!!」
振りぬかれた拳はマーダーの顔を的確に捉え、十分なパワーに乗った拳によってマーダーはダメージを負った。一歩、二歩とよろめき体勢を整える。
パワーに乗った一撃。か弱い乙女の力だけではマーダーに何の効果もないはずだが、マーダーのシールドエネルギーは削れていた。主人の意志に答え、二式は再起動をしていた。
使っている本人も気づかないうちに復活していた二式は最適化を開始しだした。主人の熱意によってつくられたプログラムを適用し、修正し打鉄二式はファーストシフトを完了した。出力、機能共に正常に稼働する。簪は肩で息をしながらそれを確認した。
「すまない」
俺は彼女に歩み寄って謝罪する。
「君達は出来損ないじゃない」
部屋に戻った俺と簪はしばらく無言のままだった。お互いに相手を罵った以上、何を話していいか分からなくなったためだ。何か話すべきなのだが、何を言えばいいのか。
照明すらつけず、夕方の薄暗い部屋の中、俺たちは黙っていた。
「あの」
先に話しかけたのは簪だった。
「さっきはありがとう。」
口にしたのは礼の言葉。しかし、俺がその言葉を素直に受け取っていいものだろうか。俺は自分の欲求にかられるままに言ったに過ぎない。過去、祖国の片田舎で共に過ごした同志達の姿を重ねたに過ぎない。俺を導いてくれた同志の詞を思い出したに過ぎない。
「ユーリ、諦めるのはまだ早いぞ。」
旧式のボルトアクション小銃を握りながら,同志は言った。
「無い物をねだるより、自分の手元にあるもので勝負する方がいいと思わないか?」
俺は同志の言う通りに従い、彼女に迫っただけだ。その時、彼女には機体もあり、ソレを動かすだけの力があった。俺は礼を言われるだけの事を{自分}でしたわけではない。
「礼はいい。 ただ気に入らなかっただけだ。・・・それに勝手な事を言ってすまなかった」
「あなたはヒーローなの?」
ヒーロー、英雄。一番似合わない言葉だなと、心の内で苦笑する。
「違うな。真面目すぎるだけだ。」
クスッと簪が笑った。彼女の微笑みに俺は首をかしげてしまった。何故笑ったのか理解できなかった。
「でも、打鉄二式を動かしてくれた、私を助けてくれた」
「それは君の力だ。いずれ機体も動いてくれただろう、ISには意志があると聞く、君の望みに機体が答えのではないか。すまないが、マイクのところに行ってくる。マーダーのカメラアイがどうなったか、気になるからな」
部屋を出ようと扉の前に立つと、引っ張られる感覚がした。簪は制服の裾を掴み、俺をその場に引き留めた。
「せめてお礼くらいはさせて」
振り返ると、彼女の姿が瞳孔に映し出される。窓から夕日の光が差し込み、簪の可憐な容姿をさらに際立たせていた。暖かな光とのコントラストに俺は一瞬何かを感じた。
その姿に見入りながら俺はしばし考えに耽った。
「カップケーキ」
出てきた答えに簪は一瞬呆気にとられていた。
「暇があれば、作ってもらいたい。アレは美味だった。」
以来、俺の昼食に週に二度ほど、リボンで彩られたカップケーキが時折顔を見せるようになった。