IS to family   作:ハナのTV

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勝手なお友達

幾多ものエレベーターを登り、階段を上がっていく。床から響いてくる爆発の衝撃が今もなお、彼らが戦争をしていることの証で、同時にまだ生きている証でもあった。先頭を行く大場先生の指示に従い、地上へと走ること早二十分。ようやく、見えた地上の光に私は一瞬目を覆った。

 

勢いよく大場先生たちが飛び出てライフルを構えて全周警戒を行う。額に汗をにじませた先生たちが一切の遅れも油断も無く、索敵をした後に絞り出すような声でイヴァナ先生が言った。

 

「クリア、この場に敵影はいないわ」

 

そう言うと、大場先生がハンドサインでこっちに来るように指示し、レジスタンス達が呼吸を少し乱らせながら、力の入りすぎた肩で同じように構えて出て行く。彼女たちは呼吸を一つするたびに神経を摩耗させているように見えた。

 

息をするだけで詰まりそうな緊張と死への恐怖、それはボクも同じでラファール・リヴァイブⅡ、ISという強力な鎧を纏っても減ることなどない気がする。いや、もしも今ボクが普通の兵士のように銃とプレートアーマーしか持っていなければ、発狂しているかもしれない。

 

出てきた場はアリーナの中央、こんな障害物のない場をISなしで行くのは無謀にも等しい。とはいえ、ISなしでいる整備課の人たちや、束博士、そしてスレートがいる以上、ISを持っているボクがソレを口にするのは明らかな禁止行為だろう。

 

施設内へと入ろうと歩を進め、呼吸を荒くさせる中、一人の男の声がよく響いた。

 

「落着け。肩に力が入りすぎている」

 

スレートがボクやレジスタンス達にそう言った、彼がISを何故か展開しないのは置いておいても何故こうも落ち着いていられるのだろうか。

 

ごく自然と過ごす彼の姿を見て、そのまま煙草をふかして、お茶の一杯を頂こうとするかのような態度にすら感じる。余裕、ボクらにない物を彼は今持ち得ているのだ。

 

「どうして、そんなに落ち着いているの?」

 

ボクが彼に尋ねると、スレートは皮肉そうに笑って応えた。

 

「俺の日常だったからさ。昔から、女と公園を散歩するより、コッチが多かったのさ。。ところで、束?ラビットはどうだ?」

 

束博士はぼう、としていたのか、すぐには答えなかった。目元には涙の流れた跡が出来ており、ショックが大きいのだとわかった。

 

その彼女を心配そうに見つめるラウラと似た瞳を持つクロエを一瞥しつつも、スレートは束に近づいて、肩を揺らし、意識を現実の方へと引きずり戻した。首もとを掴まないのは彼なりの優しさなのだろうか。

 

「しっかりしな。今働かないと、全員死ぬぞ。どうなんだ?」

「おい、貴様!」

 

箒がスレートにそう怒鳴ろうとしたが、スレートはIS紅椿を纏っている箒に対して、何の装備も持たずに睨み付けて黙らせた。戦場を歩き続けた痩せ犬の瞳はボク達、子供を黙らせるには強すぎるほどだった。

 

鼻を一回啜って束博士がスレートの問いに答えた。

 

「……動かせる、けど。出力は60%程度が限界だよ。いつもより、パワーも出ないし荷電粒子砲と子ウサギが使えない……現状のフル出力の連続稼働で5時間。戦力としては……」

「無いよりはいいな」

 

スレートはそれだけ言って、大場先生の方へと顔を向け、彼女と話をしだした。

 

「アンタ、これからどうする気だ?」

 

スレートの痩せ犬の瞳に対し、大場先生も似たような瞳で睨み返した。テロリストとして最悪の存在である彼に信頼を置いてはいない彼女はさり気なくライフルのセレクターをフルに切り替えて、彼と話す。

 

「残った生徒を見つけて、此処から脱出させる。あれだけの事件があったとは全員が全員、女王様に加担してるわけじゃないはずだ。彼女らを一人でも多く……」

「無茶な話だ」

 

スレートは一言でピシャリと言い放ち、大場先生にその行為の無意味さを説いた。

 

「勇気づけるのも結構だが、無理な話は帰って虚しいだけだ」

「……現実だけでは生き残れない」

「だが、夢は人を殺す。アンタは戦いを知ってても戦場をよく知らない」

 

自衛隊と傭兵、同じ戦争のための人員なら、この場は経験が物を言うのは当然だった。

スレートの冷たい言葉に山田先生が顔を引き締めた。その言葉にボクは反論を述べるためにリヴァイブを動かして彼の前に立つ。

 

「でも、助けないといけないよ! ボク達だけで逃げるなんて!」

「お荷物が多すぎるんだよ。シャルロット」

 

スレートは視線を移して、一夏の方を見た。ISを展開しているだけの一夏はいつもの優しさも強そうな瞳も消えうせていた。魂の抜けた抜け殻、命短し、丈の短い蝋燭のように、弱々しいものだった。

 

セシリアと箒に抱えられて、どうにか地に伏せずに済んでいる、それだけだ。ボクも何かしてあげたかったけど、隣のラウラのようすも一夏と似ていて、放っておけず、どうしようもなかった。

 

とは言え、スレートの言い方は一切オブラートに包まない言い方で、真実であっても、癪に障るのは当然だった。

 

「他にも生身の連中だって大勢いる。これ以上、守る対象とやらを増やすのは俺は反対だ」

「……助けるのが面倒だから、じゃないの?」

 

ボクは冷たく訊いた。スレートは乾いた目でボクを見つめた。ニコリとも笑わないその顔を見て、ボクは内心、彼が図星であることに気付いた。とはいえ、自分に何ができると言うのか、自問してみれば結局、彼の事を責められるような資格がない。

 

歯噛みして、状況の困難さとこれまでの自分たちがいかに楽館的だったのかを実感した。今までは運が良かっただけに過ぎないのかもしれない。ただ、ほんの少しの違い、たったそれだけで無力な自分が表面化する。今まで敵対していたインダストリーの者達が表情を曇らせ、胸に抱いてたのはこれだったのかもしれない。

 

「方法なら……ないわけじゃないでしょ!」

 

その中で今まで声を上げなかった者が声を上げた。それは鈴音だった。ツインテールの長い髪を揺らし、八重歯を光らせてスレートと大場先生に言葉を放る

 

「例えば、アリーナとか! 一番海に近いアリーナに皆移して、救助が来るまで持ちこたえれば行けるかもしれないじゃない!」

 

鈴の意見は確かに可能性のあるものだった。シールドである程度攻撃に耐えることは可能、収容人数だって、少なくはない。それだけ聞けば、可能な話に思えた。しかし、大場先生は首を横に振って否定した。

 

「無理だ、鈴。そこまで生徒を移動させるのだって、どれ程時間がかかるか。仮に移せても防衛に出せる機体が少なすぎる。それまで持つことが出来ない」

 

施設内に入り、一息つける。少なくとも見晴らしの良すぎる場所を抜けたと言う実感が訪れて、いつか感じた姿の見えない敵に狙われると言う恐怖をため息と一緒に吐き出した。

ブルバップ方式のライフルの銃口を下げて、大場先生たちの方を見ると、益のない議論ばかりが続き、今が好転するような意見も出ないことに不安を覚えるしかない。

 

でも、そのとき思いついた人が一人いた。見えない敵、学園でのスナイプ、マドカと言う友達の事を場違いにも心に思った。

 

織斑先生とうり二つの顔を持つ、ボクとは違って、 似ているような気がする女の子。流れに流れたボクと復讐に身を焦がす彼女、一見アウトローの道に身を堕とした哀れな少女だろうけど、彼女には優しさがあった。

 

復讐が足かせになって、今ままで、そう言う風に生きてきて自分に正直になれない彼女も今この学園に来ているのだろうか。来ているのだとしたら、やはりボクらに銃をむけてくるのだろうか。もし、そうだとしたら、ボクは何を話して何をすればいいのか。

 

「シャルロット……」

 

擦り切れた精神の中をさまようラウラがボクの名前を呼ぶ、ボクはそんな彼女を抱きしめながら、どうすれば切り抜けられるのかを考えていた。

 

「お困りのようだな」

 

その時、ボクが思っていた女の子の声が聞こえた。瞬時に全周防御に回る先生に、止むを得ずISを装着するスレート、そして姿を見せたのは、やはり思っていた通りの人間だった。素顔を隠すこともしないで見せた、その顔にセシリア達が驚き、ボクはその名をを呼んだ。

 

「マドカ!」

 

その声は重なった。スレートと同じタイミングで呼んだ。ボクとスレートはお互いに顔を見合い、そしてセシリア達がボクを見開いた目で見つめた。

 

「シャルロットさん? どういう……?」

「私が用があるのはそこの二人だけだ」

 

セシリアの問いの前にマドカが遮って、強引に話を進めていく、レジスタンス達がライフルを構え、銃口を向ける中、もう一つの声がして彼女たちの間に一人割って入って来た。

 

「ダメダメだよ~。 お話し中は銃を下ろさないと~」

「本音!」

簪の叫ぶ声がして、ボクはハッとしてその方向を見た。

ISを纏わない姿で現れた本音はニコニコと相も変らぬ笑顔をしたまま、彼女達の間に入って来た。神楽が鍔のないブレードを引き抜いて背中に向けたがその顔には自信がなかった。果たしてこの行為にどれだけの有効があるのか、と。

 

ハイパーセンサーやソナー、サーマル、あらゆる索敵どころか、斬撃すら無効にする彼女の体質に戦慄を覚える中、彼女だけが昔と変わらないまま口を開く。

 

「かんちゃん、ごめんね。驚かせて、でも必要なことだから、言わないといけないんだ。私はせんせー達に伝えることがあるの、もちろん、かんちゃん達にも」

「何ですって?」

 

楯無さんが形のいい瞳を疑心暗鬼に光らせて、本音を警戒する。それに対して本音は猫でも相手にするかのように「怖くないよ~」と茶化してすらいる。楯無さんは非常時にふざけた態度の本音に表情を固くしたが、一息吐いて、聞いた。

 

「言いたいことって?」

「まず、一つ。ダンダンが負けそうだから今教える道を使って助けに行ってあげて。先生たちが信頼おくのもわかるけど、ダンダン達じゃあ、スコールには勝てないよ」

「五反田君達が?!」

 

山田先生が驚き、そのデータが送られる。それはあの地下施設へ通じる資材の搬入路。ISが通るには十分すぎるスペースがあるのを確認し、山田先生は大場先生の方を見る。

 

「大場先生!」

 

しかし、大場先生はすぐにGOサインを出さずに、本音の方を睨み付けた。今、彼女の脳内で考えていることは、恐らく他の誰もが疑うに違いない事だった。

 

「本音、嘘は言っていないだろうな?」

「言う必要あるかな?」

「各個撃破と偽情報は戦いの基本だからな。いかにお前たちが優位とは言え、悪趣味な所が多いお前らをハイ、そうですかと信用はできんよ」

 

確かに亡国の優位性は圧倒的だ。今の今まで攻めてこないのは偶然なだけか、それとも想像もつかない方法で戦闘を仕掛けてくるかのどちらかだろう。数、質に置いて劣るところなどない以上、本音の言う通り嘘をばら撒く必要などどこにもない。

 

だけど、本音は亡国だ。そして、亡国の目的は聞いた通り、 利益で動くわけではなく、悦びに動く組織。希望を持って這い出てきたボク達を嬲るのを心待ちにしていないなど保証できるはずもない。

 

「信じるのはせんせーの勝手だよ。でも、信じないなら彼らは死んじゃうし、信じれば救えるかも、だよ? どうせ八方塞がり、黙ってたら皆で天国へと……まあ一部は地獄かもしれないけど、ジェットコースターだよ?」

 

動かなければ、死。動けば、万が一の確率で生還、そんな相手に選択の自由を与えているかのように見えるだけの強制を彼女は行い、大場先生は半秒の間彼女を口を閉じたまま、視線で射殺しにかかっていた。

 

だが、こうしている間に状況は変化することを大場先生は今までの経験と訓練で培われていた脳髄で判断し、その決定を下した。

 

「……イヴァナ先生! 山田先生のフォローを」

「ホントにいい訳? たとえ、正しくても此処がどうなるか……」

 

イヴァナ先生がこの場の護衛戦力の減少を気に掛けたが、大場先生はスレートと楯無の方へ親指を向け、心配するなとジェスチャーを送る。頼る戦力が片方がテロ屋であることはこの際、彼女は黙ることにしたようだ。四の五の言う余裕すらない、苦しい決断だった。それを確認したうえで、二人は頷き合って、その搬入路へと急いだ。

 

銃火器を満載したラファール山田先生機と重く、細長いチャレンジャーライフルを抱えるイヴァナ機が最高速度まで一気に加速し、飛んでいった。尾を引いて音速にまで達した二人を見送って楯無会長が振り返る。

 

「亡国は貴女のお仲間じゃないのかしら?」

 

赤い瞳を猜疑に染め、楯無会長のISミステリアスレイディのガトリング付きのランスの切っ先が本音の喉元に添えられる。簪が止めるように言うが、会長はその言葉に従わず、そのまま話を続ける。

 

「貴女はどちらの側にいるの?本音ちゃん。お姉さん、正直言って理解が及ばなくてイライラが止まらないわ」

「聞きたい? お嬢様」

 

切っ先を指先で撫でて、クスクスと笑う。

自分が死ぬわけがない、いつも眠たそうな半開きの目を開いて、そんな確信を持った瞳を見せつける。殺してみろ、と挑発さえしているような彼女の笑顔は恐ろしいほど可愛らしく、勇ましかった。

 

「皆の幸せ、叶えるために私は行動を開始したの。といってもこの言葉に語弊があったかな~。ねえお嬢様、皆って一体どこまで指す言葉だと思う?」

「貴女の言う{皆}なんてわかるわけが……」

 

だが、その一瞬で楯無会長は瞳を大きく揺らした。何かに気付き、彼女の言う意味を理解したのか、ランスを持つマニュピレータ―を少し緩みかけた。

「皆」その言葉の含む意味など分かるはずがなかった。何故なら、人によってその意味は変わるのだから。

 

「……自分の友達だけって事?」

 

簪が答え、鈴やレジスタンス達、ボク達も含めて彼女の答えに正解と感じた。そして、本音は「ピンポーン」と大きな声で簪の答えを正解とした。

 

「さっすが~! かんちゃんは頭がいいね~。そうだよ、皆なんて私の中の数少ない人たちの事でしかない。全人類とか、そんな物を指すことはないよ~」

「この学園の生徒もか?」

 

大場先生の問いに彼女は「うん」と答えた。彼女は大多数の為に動かない、より少数の限られた人間の為に動いてると言うのだ。

 

「何人死んだって私の世界の話じゃないもん。TVゲームの向こうでの話みたいなものだよ~。私の世界の住人が死んだわけじゃないし~」

「そんなのって!」

 

さやかが反発したが、本音はその反応に首を傾げて、反論を返す。

 

「おかしいかな~? 人は世界なんて言葉を使うけど、大体は自分の周りの数人程度しか刺さないと思うよ~? だから、織斑先生があんな行動をするし、篠ノ之束博士もISをすぐに止められなかった」

 

そこで篠ノ之博士の名前が出てきて、疑問に思ったが博士は傷ついたような顔をして、本音の方を見た。

 

「ハカセ~。福音の時のウイルス……数年もかけて作り上げたアレ、途中で改変したでしょ? 一機だけ、{クロエ・クロニクル}を効果範囲から除外するようにしたでしょ~? そのせいで時間が更にかかって、ISの軍事的封じ込めに失敗した、そうでしょ?」

 

博士は唇をかみしめて、顔を背ける。その様子をラビットと呼ばれたISとクロエという少女が見つめる。ウィルス、ということは博士はISの軍事利用を防ごうとしていたのだろうか。もし、本音のいう事が本当なら、ボク達にまつわる全てのISによる出来事がなかったかもしれない。

 

ソレが正しいかはわからない。ISが無ければ、苦しむことも無かったが、一夏や箒たち、マドカとも会うことは無かったのだから。だけど、博士にとっては責任を感じざるを得なく、また割り切れる問題ではなかったようだ。

 

「だって……だって、仕方なかった! クーちゃんはISのコアが無ければ恒常性が維持できない。体温の調節どころか呼吸だって出来ない、死んじゃうんだよ?! だから!」

「別に責めていないよ~。それが普通だって事を言いたいだけ。まあ、ウイルスももうないし、ハカセの権限じゃ、そもそも無理だったんだけどね」

 

本音は自身を量子分解し、クロエの目の前に飛んだ。一瞬で姿形を5m先に出現させる彼女の非人間的な業に恐れる中、彼女の言葉は続く。

 

「正直な話をすると、私は世界が好きじゃないの~。皆、争って、自分を強いように見せかけて、誰かの、何かの威にすがらないといけない。だから、誰かを利用する……生きたISである私、ISのコアへ干渉できるクロエ……今のままの世界じゃあ、私達の様なヒトは

普通にすることすらムリ!」

 

その心境は分かる気がした。都合のよい存在はいつだって誰かに勝手に扱われる。本人の望みなど完全に無視して、マリオネットにする。

 

IS主体の世界で二人はあまりに魅力的すぎる材料だった。コアネットワークの掌握が出来るカギとなるクロエ、不死者と化した本音。どちらも特異な存在であるが故、その素性がばれれば、どんなことになるか容易に想像がついた。

 

ただ、デュノア社の隠し子であると言うだけで使われたボクよりももっと酷い現実しか用意されない。彼女には真黒な未来図しか見ることが出来ない。

 

「かんちゃんと友達のままでいられない、美味しいお菓子もいつかは食べれなくなっちゃう。だから」

「だから世界を一度ぶっこわそうって?」

 

鈴の低い声が響き、甲龍の手に握られた青龍刀が揺れる。怒りのあまりマニュピレータ―に力が入りすぎている証拠だった。

 

「ふざけないでよ、本音。アンタの苦しみもわからないでもないけど、これは違う!違うわよ! どんなにアンタが……!」

「だって、リンリン。私、鼓動が無いんだよ~?」

 

鈴の反論の前に本音の声が通った。さっきのようにジャンプして鈴の前に立って彼女の手を取り、胸に当てさせた。

 

「ね? 何も聞こえないでしょ~。物心ついた頃から私は一度も自分の血を見たことが無いの~。息を吸って吐いてるのに、なんにもないの~」

 

鈴の顔と対照的に笑い続ける本音。そして彼女は結論付けた。

 

「だから私は世界を壊すんじゃない、世界から大切な人を守りたいの~。ISの世界は終わってくれた。千冬先生もマドっちが倒しに行く、そして最後に、ぜんぶ纏めてゴミ箱にポイッ!」

 

本音は語った。今までの行動の理由を、あまり付き合いがあった友達ではない。でも、その言葉の通り、彼女は全てを清算する気でいることを聞き、ボクはその世界への反抗に戦慄を覚えた。

 

「千冬の夢を終わらせ、ISにまつわる全ての呪縛を壊す、お前はそう言うのか?」

「大場先生も分かってるでしょ~? レジスタンス達だって、この先行きつくのは夢の果てじゃないことくらい。それに裏切りは女の子のアクセサリ~だって言うでしょ~?」

 

ふざけた口調だったが、本音はそれこそ目的だと述べた。皆を幸せに、それはIS中心の世界の呪縛からの解放。ボクの様な人間、簪、レジスタンス、皆が苦しんだ世界からの脱却。

そのために彼女はたった一人学園から脱したのだ。

 

頭からねじが飛んでると言うレベルじゃない。思いたったら一直線。誰が頼んだわけでもないのに行動し、その過程で何人死のうと自身の世界の外の話と言って、誰も死んでいないと言う。

 

「……どうして?」

 

簪の声が聞こえた。涙ぐんだ声だった。透き通った涙を流す彼女は本音を見て泣いていた。それを見て、本音の笑顔が一瞬だけ止まったような気がした

 

「だから、助けたいからだよっ。かんちゃん」

 

僅かに上ずった声がした。本音に訊いた簪は首を横に振って、そういうことを聞いているのではない、と体の動きで表した。目じりに涙をためて訊く彼女にも本音はやはり笑顔を絶やさない。

 

「そんな事を聞いているんじゃないの! 世界なんてどうでもいい! 皆、本音がISだって知らなかった! だったら一緒に居れたんじゃないの!? お姉ちゃんと仲直りして、ユーリもいて、そこに本音が居れば、それだけで良かったのに!」

「でも、私は……」

 

その時、簪が本音を抱いた。本音の頬が赤くなって、簪の涙が彼女の胸元を伝った。

 

「友達だって言ったじゃない!」

 

大声での告白。それは簪自身の環境から得られた母性にも似た許容さかもしれない。ユーリと言う元暗殺者、楯無会長と言う暗部の姉。二人の様な特殊な人間すら愛せる彼女にとって、生きたISなど関係なかった。

 

叶うことない望み。そう知りつつも、それでも簪は言わずにいられなかった。

 

まるで、ボクがマドカを亡国だと知っても友達とするのによく似ていた本音にその言葉が届いたのか、わからない。でも、本音の顔はさっきよりは人間らしかった。笑顔を張り付けて恐ろしい発想をペラペラと話す怪物はそこに居なかった。

 

ただ一人の年相応の女の子がそこに居る、それだけだった。生きたISなどという、怪物じみた数秒前までの彼女が消え、そしてまた戻って来た。

 

「……わかってるよ、かんちゃん」

 

その姿を見て、ボクはマドカの方へと振り向いた。彼女はずっと本音を見ていて、その瞳に一瞬の憐憫を感じさせた。そして、僕の視線に気づいたのかボクの方を見て口を開いた。

 

「……久しぶりに会えたな」

「……そうだね」

 

短く交わされた言葉、本音と簪の姿を思い起こしつつ、ボクは彼女んに訊いた。

 

「復讐って、織斑先生に対してのモノだったんだね」

「ああ、止めるか?」

「できれば」

 

ボクは一旦間を置いて、マドカに言った。

 

「殺してほしくない。先生は一夏のお姉さんで、君はボクの友達だもの」

「無理な話だな」

 

マドカは簡潔に答えた。それもそのはずだろうと納得していた。彼女の望みそのものを、ボクがどうこう出来るわけはない。それでも、ボクの望みは伝えた。友達だからだ。

 

「私も本音と同じだ。自分の思ったことばかりで動く人間だ。どうしようもない人間、だから」

 

マドカはマントのようなコートのポケットからUSBメモリを取り出し、ボクに手渡した。それを受け取って、中身を見ると中には通信データが入っていた。

内容を聞く限り、軍関係者のものらしく、この学園に救援のための強襲揚陸艇をこちらに寄越すと言う。

 

「勝手に増援を呼ばせてもらった。それで、お前たちの望みも命もどうにかなるだろう」

「でも、こんなことしたら!」

 

明らかな裏切り行為、見つかればすぐにでも粛清の憂き目にあうのは確実だ。だが、マドカはフッと笑って応えた。彼女は初めてボクに笑って見せた。

 

「心配するな。織斑千冬が生きている間は生かされる。それと、お前たちにヒントをやる」

「……ヒントって?」

「これから、亡国を足止めするなら、できるだけ奴らを楽しませることだ。連中にとって、この学園の生徒などどうでもいい存在だ、必ず奴らはそっちに食いつくはずだ」

 

マドカの笑顔は織斑先生の物とは違った。柔らかな微笑みに狂気も威厳も無かった。ただ、彼女だけのものだった。そこに織斑先生はいない。その笑顔は彼女だけのものだった。

 

ボクは口を開こうとした。もう君は君で、望みはとっくに叶っていると。その顔は遺伝子が同じあの人と同じじゃない、と。でも言えなかった。

 

「私は望みを果たす……お前が何と言おうとな。短くて薄い付き合いだったが、悪くは無かった」

 

そう言って彼女は一つの物を私に手渡してきた。それは一枚のハンカチ、あの最後に会ったときに渡したハンカチだった。アイロンがかかってなくて皺だらけだったけど、ほのかに石鹸の香りがした。

 

彼女が不器用なりに返したことの証だった。

 

「マドカ!」

「私も世界が嫌いだ。だが、お前のおかげで少しは見直せた気がする。お前の優しさを邪険にしてすまなかったな。だが」

 

マドカは少し間を置いて、震える唇でボクに訊いた。頬は桜色に染まっていた。

 

「お前が……お前さえ良ければ、また話をしよう。頷くだけでいい、それだけで私は飛べる……勝手だが、私はお前を忘れらなかった。復讐に不要なはずのお前をいつも思い出していたんだ。だから……」

 

身勝手な願い、確かにその通りだった。この後、ボクの大切な人の姉を殺しに行くのに、ボクと叶う可能性が少ない約束をしようと言うのだ。独善もいい所、普通に考えればボクが頷く必要は無かった。

 

でも、それは理論だけの話、感情では違う。彼女はボクを助けてくれて、強さを見せてくれた。優しいだけではない強さ、生きることへの意味を教えてくれた友達。そんな女の子の願いにボクは首を横に振らなかった。

 

一緒にお茶を飲む、それだけで楽しかった日々に嘘はつけなかった。ボクは彼女の身勝手な願いに頷き、手を取った。

 

 

「……また、今度話せるかな?」

「ああ。きっとな」

 

嬉しそうに喜ぶ彼女を見て、ボクも自然と笑みを浮かべた。これが最後の会話かも知れなくて、しかも友達がいる前で敵と笑いあうと言う行為をボクはした。一夏を裏切ったわけではない。ボクは一人の友達を裏切らなかっただけだ。

 

満足そうにほほ笑んだマドカは表情を引き締め、もう一人に言葉を投げかけた。

 

「スレート、 お前と会うのも久々だったな。お前にも感謝してる。だが、色々と我がままに付き合ってもらったが、最後に一ついいか?」

 

スレートはラビットを纏ったまま、彼女に「何だ」と問いかけた。

 

「シャルロットを……頼む」

 

偶然か、神の悪戯か。マドカはスレートにボクの事を頼んだ。かつて母がそうしたように彼女もまたスレートにボクの事を頼むと言った。母と親友、そろってあの男に願ったことにボクは驚いた。

 

「……俺はお前に殺しの技術を教えただけだぞ?」

「だが、お前も優しかった。だから頼む」

 

スレートの自嘲気味な答えにマドカは澱みを一切感じさせない口調で答え、頼んだ。スレート、彼にはボクの知らない何かがあるのだろうか。そして、スレートはそのマドカの願いに応えた。

 

逃げてばかりのはずの男が答えるはずのない、答えがボクの耳に届いた。

 

「……わかった」

 

彼は逃げなかった。彼もまた身勝手な人間に違いないが、彼はYESと答えた。それを見てマドカはもう一度微笑み、本音の方へと振り返った。

 

「行くぞ、本音。もう時間だ」

 

簪から離れて、本音が答える。

 

「魔法の解ける12時だね~。さ、行こっか! バイバイ、かんちゃん。お嬢様も元気にね!」

 

二人はISをまとった。マドカはミラージュマントを装備し、長銃身のライフルを担ぐサイレントゼフィルスを、本音はかぎ爪をもったISを。魔法の解ける12時、シンデレラで言うなら、アレが彼女たちの本当の姿と言うことだろう。

 

でも、本当はさっきの姿こそが本当だ。勝手すぎる二人は振り返らずに飛んでいった。最後には敵であるはずの二人に大場先生も会長も、誰も武器を向けなかった。

 

これから嵐が来る。想像もつかない戦闘があっちこっちで起きてしまうだろう。そんな中、あの二人は自分だけの戦いをするつもりだ。

 

そんな二人をボク達は、特にボクと簪は追いすがるように手を伸ばした。

 

 

残されたボクは手に握るクシャクシャのハンカチから彼女の手の温もりを探す以外に何もできなかった。そのボクをスレートは不器用そうに見つめ、隣で立ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




またしても、ストーリが進まない間話です。
身勝手な事ばかり言わせておりますが、これまでのマドカ話のため、本音の行動の意味と書きたかったので、楽しんでもらえると幸いです。

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