目の前を飛ぶ一機のIS{打鉄}。日本製の防御能力に優れたベーシックなISはエメラルドグリーンの粒子を吐き出して、加速し亡国のISモドキ――EOS{ハスタティ}と凄まじい近接戦を繰り広げる。大場の打鉄はカタログスペックを完ぺきに無視した速度を叩き出し、機体のパワー、そもそもの戦力差で負けているはずの戦場を一人で支えていた。
「……オオ!」
電光石火の如く突撃を繰り返し、ブレードを振るい、オイルと血にまみれて戦場を跋扈する姿はかつての戦(ブリュン)乙女(ヒルデ)のように見えたが、気高さや美しさなどを感じさせることはなかった。むしろ、縄張りを守るために複数の獣と対峙する狼のようで、歯向かう敵全てに牙を剥き、吠え、四肢を戦いに投じていた。
無数の銀細工を次々に斬り、奪った銃器で撃ち落とし、ハスタティと踊り合うような機動戦で圧倒して見せる。
――――どうして、あの人たちはこうも戦うことを選び続けるのだろう。
私は{自分}を駆り、大場の元へと跳びつつ、そんな事を頭の中に思い浮かべた。ISである私とは違う人間。撃たれれば死んでしまうし、どこまでも誰かを利用し、誰かに利用されてしまうという存在――世界という仕組みが変わらなければ、どんな友情も愛情も想いも値踏みされ、使い捨てられてしまうのに。
大場先生はそのいい例のはずだ。駒として扱われ、学園では弾かれ、ついには自衛隊に戻ることも教師として教鞭をとり続ける道も閉ざされた悲しいヒト。普通なら首をくくっても不思議ではない理不尽の連続にもかかわらず、彼女はかつての職務とレジスタンス、静寐達のためにリミッター解除と薬物とナノマシンの混合物の投入という禁忌ともいえる手段にも手を伸ばして戦っている。
そして、大場の向うで今も戦い続けているダンダン達。彼らもまた同じだ。結局は彼らだって誰かの駒なのに、戦い続けている。どうして、戦うのだろう。こんな世界の為に戦うことはない、いっそ亡国に入れば楽だったはずなのに。
こんな世界が好きなの?
自分の存在をもう一度考えても、この世界は酷くきたない。いつ、誰に弄られたかもわからず、ISになってしまった私。いや、そもそも最初から人間だったのかもわからない。かんちゃんとの思い出が始まったころからの私は私。でも、それ以前は全く分からない
姉が居るはずなのに他人にしか思えないし、いくら調べても私の過去はない。周りから浮いた存在、フワフワと宙を漂うシャボン玉のように私はこの世界に足をつけていることが出来ず、それ故に周囲と同じ考えをすることが出来ず、また理解できず、私は世界が嫌になっていった。周りの人達がかんちゃんと同じ人に見えなかった。
IS適性だけで左右される人生、貧困の家庭がIS適性優遇措置をもとめて子供を作っては捨てを繰り返し、ちやほやされ過ぎた誰かがIS適性という魔法を解かれた後に自分の能力の無さに苦しみ、世の中を恨んで集団化し、それを大人たちが利用する。子供はいつだって悲惨であり、適性の高い女の子の誘拐から実験、特異な存在である私はそれを知って、いつ自分がそうなるか不安だった。
世間ですらこの有様で、日常に救いを求めることも許されなかった。泣いているかんちゃんに刀奈お嬢様の名前を出して、本来勝つことが出来ないかんちゃんを罵倒して苦しめて、優越感に浸ろうとする候補生や更識の人たち、涙を流す女の子一人にも辛い日常しか私の目には映らない。そして次に私に襲い掛かって来たのは時々聞こえてくる「声」だった。
自分がISのせいなのか、コアごしに誰かの心が聞こえてくる。聞きたくもないのに頭の中でガンガン響いてうるさくて仕方ない。自分のベッドの周りに無数の目覚まし時計があって、それが次々と鳴りだして、やがて四六時中続くような苦痛。誰かより上に立ちたい、あの子が気に食わない、嫌い、私こそが優れている――そんな暗い感情の残滓が私の頭に響く。
聞きたくない!
耳を塞いでも聞こえてくるコアの悲鳴。生の人間の感情は大抵の負の物ばかりでISコアが近くにあると、私はいつも心を安らかにできずにいた。日に日にすり減っていく精神、その一方で私の体は進化していった。よりISに近くなっていく。機械が私を飲み込んでいく。体からスラスターや武器を生やすことからPICによる飛行、展開せずのハイパーセンサーの使用……遂には量子変換による空間の跳躍まで可能になってしまった。
人どころか、ISとしても一歩先を行ってしまったのを理解した時私の心は仄暗い沼に沈んでいくように沈んでいく。鏡に映る自分は機械と生身の混合体であり、さらに言えば光の粒子で構成された以上、私は自分の体を機械とも肉体とも言えなくなっており、もう人の痕跡なんか無かった。
耐えて、耐えて、一生懸命笑って何でもないように過ごす。そうしないとかんちゃんが悲しむ。笑うことで、彼女がほほ笑み返してくれて、他にも色んな友達が出来たりした。それが僅かな救いだったと思う。少ないけど、砕けたガラスを集めて作ったガラス細工のようなものだったけど、まだ絶望する程世界は暗くないって思えた。でも、残滓の中で見つけてしまった世界の真実でついに私は限界を迎えた。ガラス細工は粉々になった。
白騎士事件。IS学園に入学して、あのタグマッチトーナメントの後におりむーのIS{白式}のコアから偶然聞こえた声。織斑千冬の声が聞こえた時、私は何もかもが茶番にされることを理解してしまった。
同時にどうしようもない怒りが沸いた。こんな茶番のせいで、この世界のせいで、誰かのせいで、私はこんな存在として生きていき、一生何かに怯えて笑ってごまかす人生を歩むしかないのか、と。いや根本の話だけじゃない、それを受け入れて流れるまま生きている全ての大人達に怒りを覚えた。
誰かが止めてくれれば――こんな事にはならなかったのに!
だから、私は世界が嫌いだ。こんな下らないことばかりに頭を回してばかりいる世界が大嫌いだ。でも文句を言ったり泣いてばかりじゃ、何も変わらない。このまま、私がISなのも、かんちゃん達が報われないのも見過ごしてなんかいられない。彼ら、私の世界の住人達が泣いて不幸になるのは許せるわけない。
今度は私が世界を作る番だ。外の世界を壊して、私の世界を守ろう。私というイレギュラー一人受け入れられないだろう世界を一旦壊してあげればいい。そうだ、世界が私を人間と見られないなら、作り変えればいい。
世界はきっと{生きたIS}なんて受け入れない。たとえ、かんちゃん達が受け入れても世界は私達を引き裂き、ズタズタにして偉そうな顔をして正しいことをしたと世に堂々と伝えるだろう。学園の為に戦ったダンダンすら拒否する人たちの事だ。正しく潔白(ホワイト)な世界のため、とか言うに決まってる。
そうすれば、きっと皆は幸せだ。化け物、弾かれ者が主役の世界――そうすればかんちゃんは好きな人と一緒に居られる。大場先生たちは居場所を手に入れられる。兵士達には戦いと名誉を。イレギュラーな私達にも花束を、幸せを。
だから、私は世界を変える。欺瞞な白より心地の良い黒がいい。
だけど、目の前の彼らは戦う。亡国に恭順せずに彼らは戦い続けている。
「ああ、言葉は不要だ。アタシの意志は決まっている。お前の意志も知っている。なら、後はぶち殺すだけだ。アタシ達の為に死ね」
「御免こうむるわ。舞台も役者も揃ったのに、エンデイングなんて御免だわ」
唐突に現実に戻ってみれば、目の前で大場とスコールが切り結んでいる。黄金のマシンテイルが超高温に赤熱されたヒートブレードをいなし、二人の大人の女性が顔を向け合って
笑いあう。一方は優雅に王者さながらに、一方は一匹の獣のように。
私はその片割れに怒った。いっそ亡国についてくれれば良かったのにソレを選択せず、あの娘たちを悲しませる結果しか生まれない安易な自己犠牲に走る彼女に。死んじゃダメだ、あの子たちが悲しむ、どうしてソレを分からないの!
「だから、そんなのダメなんだってば!」
スコールの背後に、向かってかぎ爪を振り下ろす。表面にシールドを張り、一種のエネルギーブレードとなった大型の格闘兵装なら大抵のシールドや装甲は無視できる。ゴールデンドーンのテイルは今は大場のブレードに相手している今、絶交の機会のはずだった。
「ハッ!」
スコールの小馬鹿にしたような声と共に訪れたのは豪快な金属音と火花の輝き。アームクロ―の一撃をスコールは後ろ向きのまま、左手に握った片刃のブレードで防いでいた。完ぺきなタイミングに絶妙な力加減だった。一歩間違えれば体勢を崩してしまい、大場のヒートブレードの熱き洗礼を受けるところを彼女は恐れもせずにやってのけた。
「何しに来た!?」
大場が強引にスコールを押しやり、距離を離した。私とスコールの間に割って入るように位置取り、神速の刺突をスコールへと繰り出す。対するスコールも指でっぽうを作り、火球を猛進してくる打鉄に向けて七発撃ちこみ、目くらましにした。超高温の熱球が発する光で視界を奪われてるにも関わらず、僅かなロールで回避した打鉄の平突きをスコールは長い脚で蹴り上げ、大場のガードを上げさせた。
「ガードが甘いわね」
「マダだァ!」
スコールが自身のブレードを機体の回転と共に横に振り抜こうとするのを大場は反射的に背中に刀を回して左手に持ち替えて間一髪でコレを防ぎ、二機は絡み合うようにして時速二千キロを優に超えた殺陣を演じ合う。刺突、斬撃、体術、ありとあらゆる技術をぶつけ
二人の女性が舞い続ける。だが、その様は決して華麗な物ではなく、言ってしまえば美女と野獣の殺し合いだ。地球上で最も危険なテクノロジーを積んだドレスを着た二人のダンスだ。
瞬き一つすれば自分が斬られてしまう――そんな事を双方感じ取っているのか、相手より早く、早くと斬り合うごとに加速していく。笑みを浮かべるスコールに機体性能でも身体的にも限界に達しようとする大場は雄たけびをあげて追撃を繰り返す。
「駄目なのに! どうして戦うの?!皆笑っていられたのに! 馬鹿みたいに自己犠牲なんかしなくたって!」
ジャンプしてスコールと大場を追撃する。音をも超えた光の速度で接近し、スコールと大場の間に割って入りスコールに跳躍を利用したオールレンジアタックを行う。正面、下、上方、側面と繰り返し、ジャンプをしたかく乱と攻撃、一撃、二撃とマシンテイルとガントレットに阻まれ、四回目の突撃時にスコールの指から熱線が走った。
分断される私の体。体を二つに分けられたと感じたけど、関係ない。そんな事で私は死にはしない。いくらでも繰り返せばいい。私は不死の機械(I)人間(S)だ
粒子となって弾けた私はスコールの続く二撃目の熱線から大場機を庇う。かぎ爪にシールドを集中させてピンポイントで防御力を飛躍的に向上させた甲斐あって、高出力の熱線の赤い暴力の光を空中で炸裂させて、その膨大なエネルギーを散らした。
風に吹かれて舞う花びらのようなエネルギーの欠片が空を照らし、神々しいまでの黄金の輝きを一瞬見せて消えて行った。
「一発! たった一発で死んじゃう人間なんだから逃げてくれればいい! 私が居るんだから脇目もふらずに逃げてよ! 戦ってばかりいるから、皆泣いてばかりいることになるんだっていい加減気付いてよ! 馬鹿!」
彼女が死ぬことはない。戦うのは私だけだ。もう理想だとか、何だとかを捨てて逃げて欲しい。VTシステム、福音、学園襲撃……あらゆる場で戦い続けて傷だらけになって帰って来た貴方をいつも迎えてくれた彼女達の元に居てくれればいい。
「戦わないでどこかへ行けばいい! 諦めて別の道を探せばいい! どうせ、今のままの世界でイレギュラーに居場所はないのに!」
大声をあげるたびに私はスコールに斬りかかった。アームクロ―を振るうたびに私は感情を吐き出した。正面からの横薙ぎにクローを振り、スコールは瞬時に体をかがめ刃を振り上げて左クローを斬り飛ばす。飛ばされる寸前にブレードを掴むことでスコールの動きが一瞬止まり、ジャンプ。背後から本命の右手を突き出すがスコールはブレードを手放し両手の指全てから熱線を放たれ、十本の紅炎が私を貫き、粉みじんにした。
「死なないって言った!」
「そうね、なら」
「シね!」
スコールの簡潔な感想の後に大場がすぐさま飛びかかった。ヒートブレードがスコールを襲い、黄金の機体を上方から狙いすました必殺の兜割をお見舞いし、胸部装甲を掠めた。
その間に量子変換と再構成。そこに居ないはずの空間に「私」を創り出す。
そこに居るのかも曖昧な私、コレがIS{布仏本音}だ。
そうだ、居場所はない。異端は除け者にされるのが普通の世の中、他人に優しくしようと言う者が同じ口でその排斥を求める。それに私達は唯の異端ではなく、利用する価値のある異端者だ。そんな世界でいつまでも意固地を張って戦うことなど、意味のないことだ。
「もう、いい加減抗うのなんてやめてよ!」
「いい加減うるさいわね」
スコールが指をパチン、と鳴らした時、再構成した私の体を何かが大量に突き抜けた。数千の砲弾が私の体を貫通し、再び光の粒に散らされる。横目で睨み付けた先に居るのはISモドキ――EOS{ハスタテイ}。 ローマ軍の戦列歩兵の名を冠した人型兵器がいつの間にか戻って来ていたのに、今気づいた。
そんな物じゃ痛みだって感じない。どれ程撃とうと、私にはあらゆる攻撃が無意味だ。弾丸、斬撃、あらゆるものがこの世の物に通用したとしても幽霊のような私に効きはしない。おとぎ話の化け物には特別な銀の武器が必要なように。
6機のハスタテイが視界に入った途端に散開し、火器を捨てて黒いコンバットナイフを取り出す。
「無駄だよ! 私がISである限り、そんな物で傷を負わせることなんか!」
正面から一機、バレルロールと共に刺突を行うのをサイドステップで躱し、跳躍で二機目の上方を位置取り、かぎ爪の振り下ろしを行うが三機目のカバーによって斬撃は防がれ、左マニュピレータ―に仕込まれた小口径の仕込み中が私のクローを穿った。
「効かないよ!」
武器を潰されて瞬時に再構成を行う。粒子を集めて武器の再生を待ったその時、三機のハスタティが三方向から私を斬りつけた。青い流星のように駆け、不気味に光る青いブレードを握りしめつつ、私の方をじっと見つめていた。
「そんなもの……!」
言葉を放った時、私はズキリと何かを、いや痛みを感じた。ガクンと体が重みを感じ出して体が一瞬コントロールが出来なくなった。何が起こったのか、まるで頭が追いつかない。急いで自分の体に自己診断プログラムを走らせると、そこにはクラスBの損傷とあり、私の体が損傷していたことを示していた。
「……何で?」
ハイパーセンサーを作動させ、ハスタティの手元を見つめる。すると、そこには類似データが存在し、そのデータの名前は白式の兵装、雪片弐型の名前が挙がった。
「悪いなバケモン。対お前用の切り札は準備済みなんでな。スパルタクの爺もそうだったろ? え?」
輝きを失ったナイフを手で一通り弄び、二本目の刀を取り出して見せる。刃渡り20cm程の光刃は確かに私に有効な兵器だった。絶対防御やシールド、あらゆるエネルギー的防御を無効化する兵装は言ってしまえばエネルギー体そのものに絶大な効果を有する。
もし、相手が完全に装甲に覆われたイーグル系列の機体なら唯のナマクラ刀かもしれない。あの小さな刃で零落白夜の効果を真似するとなると、格闘兵装として機能するためのヒート化も不可能だし、あのサイズではつばぜり合いはおろか装甲そのものに刃が立たない。だが、シールドに頼り切ったISや私のような粒子構成の存在には相性最悪の兵装、まさしく対IS用の懐刀だ。
「信頼無かったわけなんだね~?」
「余裕ぶるなよ。目が震えているぞ?」
「でも……怖くなんかない」
私は傷口の再生を済ませ、禍々しいEOSの群れを一瞥する。脇腹に伝わる痛み、久々に感じる痛みが憎らしいほど私の意識を奪おうと働きかけ、懐かしさに酔うこともできない。
今はまだダメ、眠ったらかんちゃん達が逃げ切れないかもしれない! と脳に命令し踏みとどまる。
「私は……死なないから」
いつも通りの笑顔を作って返して見せたが、亡国員は狼狽えるどころか嬉しそうに笑いだした。
「ハッ! そう言うの好きだぜ。人間らしい化け物退治も乙なもんだ。その綺麗な光を飛び散らして死ねよ」
正面の一機がクラウチングスタートのような姿勢を取り、スラスターに紅色の粒子をため込んだと思った次の瞬間、爆発的な加速によってEOSが急速に距離を詰めて来た。ハイパーセンサーが補助してくれなければ、反応しきれない速度に一瞬歯噛みをしたけど、すぐにジャンプ。
後ろへと回り込むが右、左から青い光が見えて二度三度と連続してジャンプしていく。周囲を取り囲むように青い残光が時に華麗に、時に荒々しく舞っている。センサーに増える光点は次々と増えていき、悪意を持った哄笑と冷笑が私をグルっと囲んでいるのだ。逃げた先にも、どこに居ても青く冷たいブレードの輝きが私を逃さない。
こういう時に射撃兵装があればいいと思うけど、私にはソレがない。量子変換による跳躍は私自身にしか作用しないために通常の火器を持ったままの跳躍ができない。拡張領域は{私}が占めており内臓すればできたかもしれないけど、それをするだけの時間も設備も無かった。普通のISとは違うための不便さだった。
もっと言えば私には本来銃火器は必要ない。零落白夜を除いて私はあらゆる武器が無効化されるし、ジャンプによって間合いや機体のスピードという概念を無視できる。音もなく気取られることなく一撃必殺のアームクロ―を叩きこむ。もしくは生身のまま潜入して暗殺すると言った方法が{私}に最もふさわしい。
でも、今はそれらが不利な状況へと導いてしまっている。近接武器しかない私は攻撃するには自ら相手に近づかなくてはならない。それは自分が斬りつけられることを意味する。
側面に回り込んで突く。亡国員は待ってました、と言わんばかりに紙一重で躱し、取り囲んでいた五機がすれ違いざまで刻み付けるヒット&アウェイで次々と飛来する。
薄皮一枚斬りつけたと思えば、次には深く背中を抉り、首筋に頬、二の腕と斬りつけられた部分から粒子が漏れ、痛みが走り出す。戦闘兵器の与えるダメージを生身で受け続けるのは耐えがたい痛みで、目を白黒させる。痛みに声をあげて、自分が消えてなくなるような思考が頭をよぎりだす。でも、怖くなんかない。
私は死にはしないから。
「怖くなんかない」
にっこりと笑え。今までそうしてきたように笑ってればいい。痛みなんて大したことなんかじゃない。大事なことをもう一度思い出して私は笑う。そうだ、大切なのは笑う事だ。皆が笑う事。だというのに、私が笑わないでどうする? 私は笑い通して見せる。
「今度こそ……笑って、生きて……!」
センサーに映る敵機の位置、背中越しに目を合わせずとも感じる殺気の数々を頼りにジャンプを連続し空の向う側へと跳んでいく。正面からの斬撃をクローで弾き、続く背後の二機の攻撃も左手をクローで払うことで避けるが、右のふくらはぎを薄く斬られる。
「痛っ!」
さらに大地に向けて仰向けになった私のお腹に二本の特殊ナイフが深々と刺さった。投げナイフのように投擲されて白を基調とした制服を貫き、私にダメージが与えられた。血の代わりに流れる粒子を見て私は息を荒くする。額に汗が伝って体温が心なしか上がって暑い。
「お前……今赤い血でも流れてくれていたら、とか思ったろ?」
跳躍を繰り返してかく乱戦術をとる私に追撃する亡国員の耳障りな声が送られた。声の主は女性で舌なめずりをしているらしく、耳元に下品な音が聞こえてくる。
「この世のどの人間より恵まれた体を持っているのにそんな顔をするなよ。ダメだろ? 嫉妬しちゃうじゃないか」
「こんな体なんか……!」
「お友達と一緒に居られないから嫌、か? どの道無理だね。俺達は生涯ここが居場所だ。お前も俺達も日常じゃ駒かゴミだ。腐臭漂う生ごみだろうが。ソイツがわからないなら……」
首もとに伝わるナイフの冷たい感触を感じ、横目でその女の機体を見た。昆虫のような複眼を妖しく光らせたハスタティがささやくように言った。
「お仕置きだよ お嬢(カリーナ)ちゃん」
背筋を凍りつかせる絶対零度の声が聞こえ、私はすぐさまジャンプをしようとした。だけど反応が遅れてしまい間に合わない。皮膚に刃が触れようとするのを理解した時、私は一瞬心に大きな穴が開いた気がした。
――これで終わり?
死なないはずの私に有り得るはずのない思考が生まれた。首を斬られたところで死ぬ訳ないのに、どうして心はざわつくのか。その回答を得る前に私は――
「何手を出してやがる?」
背中に伝わる熱気。低く唸るような女性の声が聞こえた時、EOSは私から離れていた。いや、正確には地面に叩き落とされていた。最大出力のヒートブレードで脇腹を串刺しにされ、回転まで加えられた上段からの振り下ろしによってEOSを一撃で撃墜したのだ。
振り返れば、そこに左腕を真黒に焦がした打鉄がいた。バチバチと機体のあちこちから火花とスパークを散らし、コードや電子部品が剥がれた装甲の下から覗かせている。侍然としていたISは甲冑を模した装甲の殆どを失い、乗り手である大場も左腕に重度の火傷を負っている。得物はひび割れ、刃が欠けたヒートブレードのみ、まさに満身創痍だ。健在なのは彼女の目の奥に宿る執念じみた気力だけでそれ以外何もなかった。
「生ごみなら燃えてしまえ。戦場(ウォー)の(・)犬(ドッグ)が偉そうに子供の生涯に口出してんじゃねえ」
「どうして……?」
「本音」
問おうとした私に間髪入れずに大場が言葉を発し、周囲に向けて刀と奪い取ったナイフを突き出して睨み付けた。ハスタティは仲間が沈んだことに警戒を露わにして、ゆっくりと間合いを測りだした。
「どうして?!」
「本音、アタシはお前の苦しみを知らない。お前が苦しんだ末でこうするしかなかった、と言った。そして、こんな世界で理不尽を受け続けるのは馬鹿だと言った……だがソイツは違う」
大場は薬物とナノマシンで頭の中がぐちゃぐちゃになっているはずなのに、妙にハッキリとした口調で話していた。
「アタシは、子供が普通の場所に居られるならソレでいいんだ。一時期は分からなくなって荒れたが、それがアタシにとっての戦いなんだ。子供が、お前たちが理不尽を受けないように戦うんだ」
「それがどう私に……」
「気づけなくてすまなかった」
簡潔な謝罪が述べられ、大場は私に傷だらけの笑顔を見せた。
「お前は本音と居るべきだ。此処で戦うべきじゃないんだ……お前は生きるべきだ」
「……今更そんなこと言われても」
「若いんだ。何度もやり直せる」
動きを見せる一機のハスタティに大場がブレードを構える。十数機へと増えたハスタティがたった一機の打鉄に意識を集中していた。こんな黒焦げの女教師一人にアウトロー達がふざけるのをピタリと止めたのだ。
いつかスパ爺が言っていたことを思い出した。意志の力、愛の力という不確かな力の源を持つ兵士こそが実際強いのだと言うロマンチックにも程がある持論を思い出した。今の大場が見せている物がそれなのだろうか。だとしても、このままでは彼女が死ぬのは目に見えている。彼女が生き残れるわけがない。大場が死ねば静寐達が悲しむ。
「貴方が死んだら、あの子たちが悲しんじゃう! それをわかっているの?」
「ああだが人柱なくして、アイツらを引きつけることはできない。お前こそ、消えたら簪たちが泣くってわかってるのか? だが、安心しろ本音」
大場は辛うじて生きているマニュピレータ―に握られた特殊ナイフを見せて、強気に言い放った。
「アイツら一人殺せばイイ玩具が手に入るんだ。四、五人殺してソイツで憎き金髪の女一人ヤる、それでハッピーエバーアフター。アイツらの卒業式も見れるさ」
大場は不敵に笑った。拡張領域に仕舞っていたのか煙草を宙に呼び出して咥え、自分の焦げた機体に押し付けて火をつけた。煙草も戦いもやめない。どうしようもないけど、頼れる大人の女性がそこにはいた。
「もう笑い続けるのはやめろ。泣いて、怒って、笑え。本音」
もう少し、もう少し彼女のような大人に会えていたら、そんな事をふと思いさえした。居や考えてみれば彼女のように抗い続けることだって出来たかもしれない。最後までかんちゃんを信じれば、そうすれば――
でも、ソレももう遅い。
ハスタティの群れが一斉に動き出した。黒い機体に握られた青い短刀の輝きと曳光弾の光が一斉にこちらに飛んで来た。そして、その向こうに一機のISゴールデンドーンが優雅に観戦している。
大場は私を突き飛ばし、黒い群れの中に突撃した。
「さて、おっぱじめようか?」
煙草を吐き出して、瞬時加速をかけていく。空に舞う煙草の火が消えていく。短い時間の内に消えていく残り火が印象に残って、私はその背中に向かって手を伸ばすだけしかできなかった。
久々の投稿で申し訳ありません。
色々と予定が立て込んだたため、投稿が出来ませんでした。
長い間書いてなかったので雰囲気も変わっていると思いますが、楽しんでもらえると嬉しいです。
ちなみに本音の機体名は{ホンネ ノホトケ }という感じです。