アルフレッドはデスクからシガレットケースを取り出し、葉巻を咥えた。葉巻の先端をギロチンカッターで切って火をつけた。大場先生が吸うようなタバコとは違う濃厚な香りが立ちこめ、簪が軽く咳き込んだ。
「すまないな。私も禁煙しようとしていたが……どうも苛立ちにはこの芳醇なキューバの香りが特効薬でな」
「貴方をキレさせるなんて大した女じゃないですか?」
「その通りだ。ヴィンセント」
ヴィンセントのやや挑発的な問いかけにアルフレッドは答え、ヴィンセントの顔に煙を吐いた。白く強い香りを有する煙にヴィンセントだけでなく皆が顔をしかめた。喫煙者でもない俺達には葉巻の香りはあまりに強すぎた。紫煙が漂いPMC達を含んだ大人たちがその香りを楽しむ中、アルフレッドは苦々しい笑顔を浮かべた。
「あの忌々しいレズビアンは正に悪魔だ。織斑千冬と愉快な仲間達に協力してISの在り方を変える事件を起こす一因となった。烏合の衆に過ぎなかった旧亡国の裏切り者たちをまとめ、資金とあらゆる策謀を可能にするスタッフを用意したのだ」
「今の亡国たちですね?」
「そうだアカネ。君たちからのデータから見てあの頃よりは仲間が増えているが、当時から彼女の元にはオータムやトカレフと言った連中はいたのだ」
彼の話す英語はアクセントこそ上流階級のものだったが言葉遣いは荒かった。“オータム”、“トカレフ”、“スコール”といった亡国のメンバーの名前の前には必ずと言っていいほど汚いFワードが付いていた。
「どうして、そんな連中が?」
俺には疑問だった。確かに技術者のお守りや機密保持のための実行部隊とやらは必要かもしれない。実際、Rインダストリー社のPMCがそうであるように大いなる企みには武力が必要となることぐらいは俺でも理解できる。だが、今の亡国連中たちを見ると彼らは度が過ぎた外道の集団にしか見えないのだ。それだけではない、旧亡国のお守りにスレートというテロリストすらいたのだ。わざわざ彼らのような頭のネジが飛んでしまった人物を受け入れていたことがにわかに信じがたかった。
「簡単に言うと頭角を現していなかった。スレートはまだアフリカ生まれの傭兵程度の認知でしかなかった。オータム、トカレフと言った連中も同じだ。どこかの腕利きという程度だ。それに彼らのような人種は金と快楽の場さえ与えれば従順だと当時の私は思い込んでいたしな。兵士ではない“戦争の犬”この世で最も最低な人種だ」
「……お前のような男が言う事なのか?」
「大勢に給料と誇りを与えている私だから、言えるのだ。」
箒の睨みに彼はおどけて答えた。正々堂々としないで裏で暗躍する彼を彼女は卑怯者と罵ったが、アルフレッドには痛くもかゆくもない。彼にとって箒の“武士道”などは弱者の言い訳や自分も守れぬ者の中身のない精神論でしかないのかもしれない。だが、今はそんなことどうだっていい。これで聞くべき問題は一つになったということだ。
――ならば、スコールとは何者か、という問いである。
「ならスコールは何者なんです? あの女は一体……」
「あの女はな、五反田君。元米軍の兵士なのだよ。経歴ではな……ま、それも偽物で気に入った名前を使っているだけという事だがね」
アルフレッドはもう一度深く葉巻の味を楽しんだ。彼の言うストレスの特効薬を思い切り吸い込んで胸の奥底に燻る憎悪を抑えつけあくまでも冷静に、客観的に述べようと努めているようだった。
「あの女はただの傭兵だった。それこそスレート同じような存在だ。アウトローの屑、だが神の手違いで妙なカリスマと知性を会得してしまった稀有で厄介な存在だ。そして、飛び切りの幸運の持ち主でもあった」
アルフレッドはいくつかの書類をデスクから引っ張り出し俺達の前に放り投げた。書類は古く褐変した物から比較的新しい物から様々であった。俺はその中から一番古そうな物を拾い上げて、その内容に目を通した。内容は反革命傭兵軍所属と書かれており、歴史に疎い俺はそれが何のことかは分からなかったが、年号が1960年代であることが俺を驚かせた。スコールの見た目はどう見ても二十代のレディだ。三流のSF小説にも劣る時代の跳躍でもして来たと言うのか。
「これはジョークグッズの類か何かですか? JFKの時代なんて僕等の何年前の話だと思っているんですか?」
「いや、本当だともヴィンセント。私も目を疑ったよ……だが事実だ。あの女は60年代から戦い続けた戦士なのだよ。しかも、彼女の経歴はそこから続き、ベトナムに中国、パナマに旧ローデシアと転々としている強者だ。それがどういう事か旧亡国で拾われてしまい、ある施術を受ける実験台となった」
「施術とは?」
ユーリの質問に対しアルフレッドはニヤリと笑って見せた。ちょうど悪戯をした子供が大人の困る顔を期待するかのような。
「一種のサイボーグとナノマシンの複合施術。肉体年齢を人間にとって最も充実していると言われている25歳に戻し、とどめる為に本来老化していく臓器の交換とナノマシンによるミトコンドリアの強化を行うというものだ。被験者は120名ほどいたそうだが適合したのは彼女だけで他は発火したとの報告が乗っていたな。いや、実に惜しい。彼女も燃えてくれれば暖炉にくべて暖を取ることもできたのに」
俺達はその資料を一つずつ読んでいった。特に気になったのがユーリが思わず声をあげた個所だった。資料の204p目、アフガニスタンにおけるソ連軍との交戦記録が記されており、その中で交戦部隊の中で空挺部隊のとある小隊の構成員の名簿に興味深い名前が載っていた。スパルタク・アレンスキー少尉、あの単身学園に野戦を仕掛けたユーリの育て親の名前が書いてあったのだ。
「スパルタク……奴はこの時から彼女を知っていたのか?」
「さあ、知らんね。君のお父上や“あの金髪のレズビアン”の考えなど善良なる一般人の私ごときには想像もつかんね。とにもかくにも、だ。彼女は現存する兵隊の中で最もベテランで麗しの婆さんということだ。奴を解析すれば不老不死も夢ではないかもな」
アルフレッドはつまらない物騒な言葉を放って俺達を一望した。俺もソレに倣って皆を見ると誰もが険しい表情を浮かべていた。それはこの非常時に敢えて場違いな発言を繰り返し続けるアルフレッドに対してか、この最悪な状況を作り出した化け物を世に誕生させた経緯を聞いたためなのか、俺には判断しかねた。
その二つで言うなら俺は後者に属していた。本気で殺したい人間、消えればいいと願う人間は誰の中にも存在すると言うが、まさにソレがスコールだからだ。俺の日常を奪い去り、俺達の夢を奪った張本人……しかし、その一方で身勝手な矛盾も抱えていることに俺は気づいた――彼女の存在なくして今の俺も存在しないこと、ある意味で“恩”ともいえるものを、だ。確かにスコールが居なければ世は平和だ。俺も人を殺すこともなく俺の家族が家族のままでいてくれたかもしれない。だが俺は今目の前にいる彼らの方が好きだ。特にアカネとの関係はきっと平時では手に入らない。きっともう彼女以外では満足できないだろう――そう思うと俺は自分を恐ろしく感じた。
――これでは本当にスコールに感謝しているようではないか、と。
「実際――」
そこへアルフレッドの声が響き、俺は再び現実の海へと戻った。
「旧亡国ではスコールやスレートのような人間が旧亡国には必要だった。当時の亡国の理念は国家に縛られない科学的秘密結社。それを維持するための荒事専門の連中は不可欠だったのだ。もっとも結果論で言えば酷い人選だったがね。彼らは兵士ではなく機械でも雇うべきだったんだ。彼らは兵士を選んだから滅んだ。生きた人間である兵士には名誉と誇りがある。信念や信仰――それこそが彼らの源であり、だからこそ人には英雄と虐殺者が戦場で名をはせてきたのだ」
一夏がアルフレッドの持論に反論しようとしたがそれをユーリが制する。彼は黙って聞けと無言の圧力を一夏に掛けた。
「旧亡国はあくまでも科学者と奇特なパトロンの集まり。故に数字でしか物事を判断しない。誇りや名誉などという飯の種にもデータでもない物を評価することなどできなかった。そう言う意味でISは真に理想的な兵器だった。ただ一人の兵士に今までの兵站や積載量を遥かに超えた物資と兵器を与えてしまうからだ、それも誰にも気づかれることなく……兵器を運用するために国家や組織のバックアップは必要だ。そこに国家が、社会が関与する以上暴走を食い止めるための措置、ぺナルティを設けることができ、戦場を、兵士をコントロールできる。だが、それは最初からテロリストの息がかかっている兵器以外の話だ。現に世界はISを管理するには技術も精神も追いついておらず、亡国にいいようにされてしまっている。この時一体何が彼らを止めるのか――それは彼らの信念以外にない」
一拍置いてアルフレッドは続けた。
「そう。彼らを数値や理論で制御しようと言うのが鼻から間違いだった。旧亡国は彼らに全てを与えてしまったのだ。やってくれたことは聖書の蛇や、人に火を与えたルシフェル以下だ。余計な物をよりによって奴らのような最低野郎どもに。全く無知な大衆やIS乗り以上に厄介だよ。知性を得たケダモノどもめ」
「アナタが言いますか?」
「ほう?」
アルフレドの咥えた葉巻に火の赤い光が灯る。黒ずんだ灰の中から覗かせるソレは彼を糾弾しに来たセシリアに威圧しているようだった。アルフレッドは年季の入った太い指には冷めた葉巻を灰皿に押し付けて彼女に問いかけた。
「私がケダモノとご同類とでも?」
「違うと言いますの? 貴方だって私達を貶めてあの騒動を起こしたではありませんか! あのキャノンボールファストに貴方があんな性急なマネをしたから!」
「知ったことではないな」
「貴方と言うヒトは!」
セシリアがデスクを叩くがアルフレッドは小ばかにしたような顔で彼女を見るだけだ。銃口を覗いても動じない彼に俺達のような十代の少年少女の凄みなど薄いものでしかないのだろう。
「いいかね? 英国のお嬢様。仮に私が五反田少年の言うように望んで騒動を起こしたとしても、それがどうしたのかね? 私は“善”だ。私は自分の関心のある範囲では善を働く。君の国のように“貴族の誇り”だのは鼻っから持っていない。何故なら、私がアメリカ人だからだ」
怒りに震えるセシリアに彼は重い腰を上げた。Rインダストリーという巨大な組織に属する巨人が立ち上がった時空気が重苦しいものへと変わった。横目で見るとヴィンセントが一瞬身体を震わせていた。彼ほどの男でも震えることがあるものか。
「そう……生まれついての性だ。殴られたのなら殴り返すのではなく銃を向けるのが私だ。気品よりも実を取る。私は偉大な俗物なのだよ、オルコット嬢。だが気品というのは人によって違う。スコールがそうであるように」
「彼女の言うエンターテイナーと言う奴か」
「そうだとも、ユーリ。歴史を作る“兵士”。記憶に残る“兵士”そのどれもが遠い未来に語られる事、そこに感じることが出来る意志――彼女の高貴さとは戦う意志そのものだ。彼女の言う歴史を作る、エンターテイナーとは“真に純粋な兵士の意志による戦争の保存”だ。」
兵士の意志、エンターテイナー、そんな単語に俺はわずかだが共感を覚えた。記憶されなかった戦い、俺達の戦いを無にされる虚しさと怒りを俺は知っていたからだ。結果が出ていたとしても、その手柄が誰かにすり替わられ、俺と苦楽を共にした仲間が記憶されない。認められない、それが屈辱以外の何物でもないのだ。たとえ、自信の身勝手な意志だとしても。
「スコールの目的はソレだ。国家が存在しない兵士による蹶起……歴史の闇に葬られた兵士達が戦いを持って意志を示す、という訳だ。自分たちが“意志”を持って戦っている、とね」
「そんな事で千冬姉が! 皆が酷い目にあったていうのか!」
食って掛かる一夏にアルフレッドは灰色の双ぼうでツマラなそうに見つめ、彼の問いに答えた。
「そうだな。だが、彼女のプランを成功させたのは彼女によるものだけではない」
「どういう意味だ?!」
箒が訳が分からん、と続けその先を求めた。
「簡単だ。この世界の全ての者が彼女に手助けしているのだよ。言ってしまえば、世の大勢がISを拒絶するなりすべきだった。こんな社会は間違っていて正すべきだと言うべきだった――だが大衆はそうしない、何故か? 流れに任せるだけだからだ」
アルフレッドの語気が強くなっているのを感じた。やはり、この男は大衆を嫌悪している事は間違いない様だ。
「その癖、不平を言ってイーグルが出れば今度はISを貶める。どうしようもない、と思わんかね? いや、それだけならまだしも善人ぶりたい一心でパフォーマンスを繰り返し、自分たちのあらゆる行動を美辞麗句で塗り固める。社会が、国家が間違っているから、絶対的正義の僕等が何をしてもいいの、だと声高に叫ぶのだ。こんなことはベトナム戦争からずっとだ」
戦う者への非難というものだろうか。あの学園では普通の出来事だった。人殺しが肯定されることはないと分かっていても理不尽に思える罵倒と軽蔑の数々……彼らに対する反論があるとすれば、奴らが同じものを見て、体験し、その上で何か理解していることでもあるのか、ということだ。銃口をちらつかされるどころか、一発当たれば必死の30mm弾が自分の頭をかすめた時にそんな良心を持ったまま話し合えるのか、と。それが戦う者の傲慢でもあるのは理解していても必死に学園に被害が出ないように戦った俺達に罵声を浴びせる彼女らに不満を抱かなかった時はない。
「無論、それを動かす政府にもだろう。彼らの言葉一つで誘導され、自らの戦いを歴史から抹消される。作曲家とソレに踊る愚か者どもをあの女は嫌悪している。だからこそ、消せない大規模な戦闘を起こし、全ての物の目に焼き付ける気なのだよ、自分たちの存在をね。ある意味で我々と似ているが、逆の存在だ。法に従うか、従わないか。我々の違いはそこにある。どちらも自分たちの存在を世に示そうとしている点は変わらんがね」
「なら、さしずめ俺達は法に則った悪党ですか? 俺達だってイーグルを世に出して大勢の人たちの人生を動かしてるじゃないですか?」
俺はそう訊くとアルフレッドは舌を鳴らしながら人差指を左右に振った。表情は悪戯っぽい笑顔で稚気すら感じられた。
「善だとも。法に従う者は善だよ、五反田君。少なくとも我々は一般市民を殺害してはいないのだ。我々は確かに社会に絶望した者達の集まりだ。絶望した者の行く衝く先は二つ、世を変えるか、自分を変えるか、我々と亡国は後者を選んだが決定的に違う。“我々”は十年待ち“革命”を望んだ。その矛先が違うだけだ」
「でもラウラは……!」
「その過程で幾人かが不幸を見るだけだ。ちょうど十年前の彼らのようにな」
一夏が言いかけた時、アルフレッドは俺達の後ろに立つPMC達を指さした。振り返れば、壁に寄り掛かって退屈そうにして「やあ、どうも」とアルフレッドの紹介にあたり陽気な挨拶をしてきた。タクティカルパンツにポロシャツの上にプレートキャリアを装備し手にはM4カービン、自分たちの首の太さはある腕に分厚い胸板と屈強な肉体を持った“時代遅れの兵士”だったはずの彼らを見て箒やラウラは歯噛みをしていた。
「そんなの唯の意趣返しじゃないか!」
「違うな。仕返しをするなら私も世の馬鹿どもに拳を叩きつけている。ここまでサービスをしている私達を外道呼ばわりは失礼だと思わんかね?」
「何を?!」
「私はね、織斑君。何度も言うが大衆に危害は与えていないし、選択の機会も与えた。彼らがイーグルを拒否することだって出来たろう? その時点で私に不義はない」
アルフレッドはそう強弁した。だが、俺はそこにズルさを発見した。先ほどからこの男が何度も口にしていた言葉を俺はそのままソックリ帰した。
「大衆は流れに乗るばかり……アンタの言葉でしょう? そうだと分かっていながらその言い分は通らないんじゃないのか?」
「ああ、そうだ。だが、だからと言って強制させるのは民主主義の冒涜でもある。亡国とは違い、私は民主主義には従っているということだ」
「減らず口じゃない。それが大人の言い方って訳? 八百長や出来レースみたいな物じゃない」
鈴の吐き捨てるような口調にアルフレッドはニコリとしつつ、彼女を一睨みするだけだ。
「中国人は礼儀を重んじる、と聞いたがね。不躾な嬢さんだ」
「私は半分日本よ」
「なら、さらにがっかりだ」
「オイ!」
鈴とアルフレッドの不毛な口争いを前に一夏が割って入る。鈴は鼻を鳴らして一歩下がりアルフレッドがうんざりしたような顔で高そうなオフィスチェアに体を預け、ひじ掛けの上に頬杖をついた。先ほどまで礼節について言及した男とは思えない行儀の悪さだった。
「何だね?」
「ラウラ達の事についてなんか言えよ! 謝れよ! お前たちは俺の仲間を!」
「だから言っているだろう、知らんと。そこのドイツ人は半ば自爆したような物だろう?まあ、どうしてもと言うなら、ちゃんとした理由を言おう。私はドイツ人と英国人が嫌いだからだ。WWⅡ時、祖父の仇だからな」
一夏の頭の血管が切れた音が聞こえた。掴みかかろうとする一夏を俺とユーリが止め、もがく一夏を必死に抑えようとする。ここで一夏を止めなければ後ろのpmcたちがM4カービンを構え出すか知れたものではない。そうしている間に胸に広がるもやが広がっていくのに俺は内心で悪態をついた。
「離せよ! 弾!」
「悪いが、そうはいかないんだ」
「お前、悔しくないのかよ?! お前だって利用されてたんだぞ!」
「ああ、分かってるとも」
利用されていた、確かに俺達は結局はアルフレッドの手のひらの上で踊っていた子供かもしれない。だが、それだけで済ませられる程俺は単純に考えることが出来なかった。
「だが俺は……それだけで今までの自分を否定したくないんだ! 悔しくても、コイツが俺の選んだ道だから」
「さすがはうちの社員だ」
「アンタは少し黙ってくれ!」
これ以上余計なひと言を繰り返されれば俺も堪忍袋の緒が切れる。今でさえ俺の頭には血管がはち切れんばかりになっているのを自分でも感じる。アルフレッドには謝罪する気など一切ない。俺達の言い分は彼にとっては幼子の駄々でしかない。彼の理屈が通用しない相手に一々構う事などしないのだろう。その傲慢さが俺をどこまでも苛立たせる。会話で殺意を覚えたのはこの男が始めてだ。
「俺はアンタのために止めた訳じゃないし、アンタの為に今まで働いてきたわけじゃない。アンタのとこの社員なんてのは唯の手段だ。結果的にアンタの為になっただけだ」
「隣の仲間の為、かね?」
「そうだ、たとえ始まりが俺のちっぽけな承認欲求だとしても今は違う。俺は彼らと共にありたいし、彼らの未来を見たいんだ」
「だが、そこの君の親友は夢を奪われたぞ? 私と君たちの手でね」
痛いところを突かれ、俺は黙った。返す言葉も無く視線を泳がせるのみだ。アルフレッドは嫌味な笑いを薄く浮かべた後よく回る口で俺を語った。
「黙ることはない。結局の所、君の仲間に織斑君は入っていないのだよ」
「そんな事は……!」
「いや、そうだ。何故なら織斑君は君と共に戦ったわけではない。君と織斑君は同じ戦場に居ながら別々に戦っていたも同然だからだ。ドイツ人の暴走時、アカネの胸にドでかい刀が刺さったのは何故か? 福音戦の時、必死に戦った自分たちが一切評価されなかったのは何故か? 私は君を知っているぞ五反田少年。君は戦っていくうちに綺麗事を並べ、自分らの戦いや想いを無為にしようとする織斑一夏たちを遠ざけているのだ。スコールと同じように」
「俺はあの女とは違う!」
「いや、根は同じだ。あの女は戦う者こそが尊いとしている。自分の意志で戦い続ける者達をな。だから、その素晴らしき兵達を亡き者にし無駄死にと嘲笑う大勢に革命を謳っているのだ。君は自分が異常だとは気付いているが、その深さにまだ気づいていない」
アルフレッドはなおも続ける。
「意志を持ち、我こそが楯と先駆者とならんとする、そして大衆はそれを理解しないことも私は知っているのだ。この際ハッキリしよう。君たち“ピース”もスコールも私も根は同じで向きが違うだけだ」
「そうだとして」
そこへ横やりを入れたのはアカネだった。メガネを外し鋭い眼光でアルフレッドを射した。
「私達にはそれ以外に方法は無かったはずです。服従か、革命か、武装闘争か、私達は革命を願った。根が同じだから何ですか? 私達は何を言われても銃を彼らの代わりに握った。そしてスコールを拒絶した。これだけやっておきながら貴方は私達に何を望もうと言うのですか? 何のためにこんな話を?」
アカネは問う。自分たちの夢を叶える為に最善を選んだはずで、ただひたすらに戦い、自らの意志でテロリズムに走ることも無かった俺達に何を言いたいのか、と。なぜ今になってこんな問答をするのか、スコールとの話にどう繋がるのか。バラバラのパズルのようにまとまりを欠く彼の話に彼女は結論を求めた。すると、アルフレッドはチェアから立ち上がりスーツのポケットから端末を取り出し、操作した。
すると彼の後ろに立体映像が現れた。世界地図が現れたと思うと、カーソルが動き出し世界中の国々の現状を競い合うかのように映し出した。暴動に内線、テロ、混乱と英語に訳された各国のニュース映像が次々と視界に表れる。
「最終戦争の為」
「はい?」
「スコールの目的は言った通り世界中に自分たちの存在を刻み付けることだ。世界はどこも火だるまになっている今彼らは望むがままに戦える。そして彼らは君らにわざわざ期待を手渡し戦いを望んだ。つまり手袋を投げつけたのだ。意志ある兵である君らとの戦いを望むとすれば、最終目標は……此処だ」
「此処に?!」
足を動かし靴音を鳴らした。狭くはない部屋で不気味なほどその音は響いた。馬鹿げたように聞こえたが、俺はそれを否定できなかった。彼らなら此処に来ると言う根拠のない確信があった。
「此処には“兵士”が居てイーグルがある。それに欲求だけの話ではない。現状で最も対抗できる戦力を整えられるのは我々だけだ。各国は自国の火消しに追われて何もできん。奴らの行動は理に適っていないように見えてそうではない。奴らが陰謀を目的とするなら手段を択ばず我々のイーグルが完成する前に強襲すればいいし、君たちをあの場で射殺してコアを奪うことも出来たが、そうはしなかった。だが」
アルフレッドは深呼吸をして一気に持論を吐き出す。
「“戦い”が目的なら話は別だ。奴らにとってこれは武力闘争、主張のための戦争だ。だから対等の相手との戦闘を望むのだ。だから連中はハワイと学園を襲撃し太平洋における自由と予備戦力のISを獲得したのだ。途中、途中サイコロでも降るかのような危うさのある計画、一見杜撰だが実は対象者の心理を把握し確信を持っていたからできたのだ。それでも運がらみが多く見えたが、悔しいが我らが主はあの金髪の女にべたぼれして何もかも計画通りに進めて差し上げたようだ」
「スコールは此処までジャックポッドを当て続けたって訳ですか」
ヴィンセントが大きく舌打ちをして床を蹴った。スコールの計画は運に頼るところが多い、それもそうだ。もし、世界がISを拒否したら? もしイーグルがもっと早く出来ていたら? もし織斑千冬があの騒動を起こさなかったら? そうだ、確実性に欠ける。わざわざ俺達に機体を手渡して戦おうとする女だ、これはもう利益だけで彼女を測るなど不可能な事を指している。
「そうだ。その結果、スコールは国家に勝利した。最期に戦うのは自分たちと似て非なる我々だ。それらを打倒してこそ、彼らは兵士の代弁者となりえるからだ」
その上で目指すのは、兵士の在り方、だろうか。時に革命は奇跡を起こしてこそ、だ。俺達のイーグルがISを打ち倒して見せたように。彼らのような自由な兵士が最後に勝者となるには対等の相手を撃ち破って雌雄を決することだったという訳か。
「その上で君たちに言わなくてはな」
アルフレッドは俺やヴィンセント、ピース組を見た。その芽には一夏たちは映っていなかった。デスクの引き出しから何かを取り出そうとしている
「君たちには彼らと戦ってもらわなくてはならん。全てに決着をつけるためにな。だから君たちに亡国の気があると不安でね」
朗らかに笑う彼はデスクにS&Wm19を置き、俺達に言い放った。クロームメッキ処理が施され、どこかで見たことのあるエングレーブが彫られた銀色のやや悪趣味の物だ。それが何を意味しているのかは俺は察した。
「アルフレッド!」
「おおっと」
アルフレッドの名を叫んだのは一夏ではなく、ロイだった。彼は俺達の前に出て彼の前に立ちはだかったが、アルフレッドはm19のグリップに手を伸ばし、ガンスピンをすることでロイを威嚇した。
「やはり君が来たなロイ」
「当然だ! アルフレッド!これ以上はもう止さないか!彼らはもう十分に戦ったではないか! 後の決着は我々だけでつけるべきだ! もう大人が子供を巻き込むのはたくさんだ!」
「実に君らしい意見だなロイ。だが、どの道この闘争に負ければどこにいようと未来はない。今度こそが最後だ。私を信じたまえよ、わが友よ」
「どの口で!」
目の前で言いあう大人。どちらも間違ってはいないように聞こえたかもしれない。だが俺は不思議なほど落ち着いていた。自分が何をすべきか、それを考えるにはあまりに時間がなく、性急にも拘わらず。
俺は何気なく後ろを振り向いた。そこにいたPMCの一人は小さく首を振ったような気がした。
上手くできていることを願うばかりです。
次回は亡国と日本残留組、電話回と書きたいと思っていますが、しばらく忙しくなると思うので更新がかなり遅くなるかもです。
粗も多いと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。