決戦日、朝の食堂にて二人の人間が目から火花を散らしていた。いわゆるメンチを切るというヤツだ。俺の目の前でヴィンセントとアカネが相対し、互いに箸で一本のアジフライを掴みあってる。
「離してください、ヴィンセント。これは私のです!」
「嫌だね。これは、中華娘に僕の禁句を教えた罰としてイタダく」
歯を食いしばっての攻防。たった一本のアジフライを争う、巨大企業の社員とその会社の御曹司。みっともない事この上ない。
「大体、御曹司のエリートの癖に妙なところで器が小さいんですよ」
「君って本当に可愛げのないヤツだよな」
「今なんて言った?!」
さらに箸に力が入る。これで判明したのは、アカネの禁句は「可愛くない」、ヴィンセントの場合は「坊ちゃん」だ。互いに子供だ、子供だ、と罵り合うが特定の言葉でキレる所は似た者同士だと思う。
この二人、ユーリも含めて三人だが三年間は一緒に過ごしてきたという。これだけ似ているなら仲良くなるのも早かったろう、と思う。二人を眺めていると、唐突にこの戦いの決着がついた。二人とも力を入れすぎ、アジフライが宙を舞った。アジフライを掴もうと二人の箸が伸びるが、第三者の箸によってそれは叶わなかった。
「修業が足らん」
ユーリの一言がその場に響き、サクリと揚げ物を口に放り込んだ。二人は声を上げて非難し、次々と言葉による攻撃を行う。
曰く、でくの坊、ノッポ、レオンもどき、ロシアの田舎者、時代錯誤野郎。様々な悪口が飛び交うがユーリは涼しい顔だ。彼には禁句もしくは地雷に相当するモノがないらしい、
そんなユーリに二人は歯噛みする。
一つため息をつき、ユーリがヴィンセントに問う。
「本当に中国の代表候補生と争うのか?」
「当たり前だ。コケにされて黙ってるのは僕の性に合わない。僕はあの言葉を言った奴を一人だって許したことは無いんだ」
小さい、何て小さい器なんだと アカネは言う。
「それに、ここらで弾に先輩としての実力を見せなきゃいけないからね」
俺は思わず身を乗り出した。
ヴィンセントの戦闘。そういえば一度も見たことが無かった。だが、雰囲気から相当の手練れではないかと感じたことはある。なにより、この余裕だ。俺のセシリア戦の時のような焦りや緊張感を全く感じない。
「期待していいんだな?」
だからこそ楽しみである、彼の実力をみる、この機会が
「任せろよ、弾。僕はブルースやトニー並なんだ。その気になればスーパーマンだって越えられる」
自信か傲慢か判断つかない発言を俺は頼もしく感じた。
この試合を見るために俺を含むRインダストリー組はピットで観戦する許可をもらい、薄暗く、冷房の効いたピットに入ると先客がいた。一夏に箒、セシリアだ。
「よお、弾。お前も鈴の試合見に来たのか?」
「ちょっと違うな。俺はヴィンセントを見に来たんだ」
一夏が話しかけ、俺も応答する。一夏の後ろの二人は何やら仏頂面だ。
「冷たいこと言うなよ。中学の仲間だろ?」
「それはわかるけど、先輩の戦いは見ておかないとな。鈴に呼ばれて来たんだろ?」
「ああ、理由がよくわからないけど誘われたわけだし」
理由がわからない、と言う言葉を聞いてため息が出る。朴念仁め、と思わざるを得ない。鈴はお前が好きでいいところを見せたいから、だというのに本人は全く気付いていない。
あの二人も、一夏に誘われて来てみれば実は恋敵の誘いから来たものだったと知って不機嫌になったのだろう。本人は気づかず頭の上に?マークが浮かんでいるだけの様子だ。
「観戦しないなら出て行って構わんぞガキども」
織班先生の声が聞こえ、皆モニターに注目したアリーナ中央に二機は集う。一機は中国の第三世代甲龍。 赤を基調としたカラーで浮遊ユニットの二つのスパイクアーマーに巨大な二つの青龍刀が特徴的な機体だ。もう一機はヴィンセントのグレイイーグル。タンカラーの全身装甲。戦車を連想させる重厚な外見だ。
しかし、その手には何も握られていなく、無手であった。二機の対峙する光景は例えるならヒーローと悪役。搭乗者である鈴が見える甲龍が正義の味方でヴィンセントの姿が一かけらも見えないグレイイーグルが悪役だ。
「全身装甲なんて時代遅れな物、よく使うわね?」
鈴が通信でヴィンセントに対し軽いジャブをする。
「古き良きものを愛せよってね、僕の祖父からの教えでね、クラシックなのさ僕は。君のような、節操なしならそう言うだろうけどね」
対するヴィンセントは余裕の応対だ。装甲の中で顔は見えないが、その表情は容易に予想がつく。
「一つ聞くが、君は一体何しにここに来たんだ?」
ヴィンセントが突如、声音を変えて質問をした。鈴は突然のことに驚いて反応できず、目を丸くしている。
「ああ、答えなくていい。大方、大好きな彼にいいところ見せたいか、彼と戦いたいか、どっちかなんだろう? だから君と戦いたくなかったんだよ、鳳 鈴音。僕たちはそんな理由で来たわけじゃないのというのに……お前みたいに遊び半分のヤツと真剣勝負しなくちゃならなくなった僕の身にもなってくれよ。」
「遊びですって?」
グレイーグルのターレットレンズが無機質な輝きを発し、鈴の表情は八重歯をむき出しにして険しくなる。どちらも同じ顔をしてるかは分からないが双方の声音は低く、何と言えない雰囲気を醸し出している。
「そうさ、君等は遊びに来たようなものだ。君たちIS乗りはどいつコイツも自分勝手な奴ばかりさ。人の目的は笑う癖にISをくだらない目的に使用したりするんだ。それを分からせてやる。求愛行動しにノコノコやって来た君にね」
「……口だけは回るのね! 上等じゃない!!容赦なんかしないで叩きつぶしてやる!」
試合開始のブザーが鳴る。両機は直線的な加速をして激突する。鷲と龍の戦いはこの時を持って火ぶたを切って落とされた。
グレイイーグルの装甲内でも僕は笑みを絶やさない。絶やす必要もなければ、理由もない。
僕にとって鈴は危険視する相手でもないからだ。彼女は機体を浮かせ、真っ直ぐこちらに来る。対する僕も直線的な加速をする。まるで、チキンレースのようにお互いに一切の減速をせず直進する。いわゆる意思表明だ。
これから戦いの覚悟を測るかのように僕と彼女は止まらない。そして激突した。装甲同士がぶつかり合い、金属が悲鳴を上げる様な甲高い音を発する。その時、彼女は笑った。僕も恐らくは同じ顔だろう。
「マチェット。挌闘戦に入る」
AIに指示を出し、グレイーグルの剛腕でマチェットを振りかぶる。対する甲龍は青龍刀の全重量を掛けてグレイイーグルを叩き割ろうとする。双方の武器がぶつかり合い、弾かれる。甲龍はもう一本の青龍刀をバトンの様に宙に上げながら、上から振り下ろす連撃を行う。
二撃、三撃とマチェットで弾き、そらす。時々カウンターを入れての攻防。互いに相手の上を取ろうと高度が上昇し空中戦に入る。グレイイーグルも甲龍も互いにパワータイプの機体。
甲龍は近接戦の為に、グレイイーグルは大火力の保持の為にと目的は違うが両機のパワーは拮抗していた。グレイイーグルで足払いをするようにローキックを放ちバランスを崩そうとするが、後方への宙返りで甲龍は回避し、高度差を取ったことを利用して青龍等を振り下ろす、マチェットで逸らしたが、刃全体にひびが入りだす。
舌打ちをしながら、開いている左手でわき腹を打ち、甲龍との距離を離すが、第三世代の機動性は伊達ではなく瞬く間に距離を詰められ、またも刃の打ち合いに戻る。
その後三十は数えた打ち合いを行い、三十五度目で変化が訪れた。
「いつまでも、そんなモノで!」
鈴が歯噛みする。一気にケリを着けようと、二本同時の攻撃。圧倒的な質量がマチェットにかかり、負荷の限界に達し、割れて砕け散った。歯が止まったほんの瞬間に機体を右にずらし、左肘で甲龍の左手を打ち、青龍刀を叩き落とした。背面スラスターを吹かして左足を軸にしてその場で高速の旋回を行って胴体をぶつける。全身装甲の重量を生かしたヘビーアタックに甲龍は怯む。
鈴は舌打ちをし、バックステップの要領で機体をさらに上空へと飛ばす。グレイイーグルは落下する青龍刀を拾い上げ追撃するが、速度面でのスペックに差があるため、距離がちぢまらない。
「遅い!!」
こちらの機動性に難ありと見たのか、後退していた甲龍は突如として、グレイイーグルに向かって加速する。甲龍は高度をガクッと落とし、下に潜り込む形となり、まるでサマーソルトの様に回転しグレイーグルの背面を切りつけようとする。
「小賢しいな!」
振り返りながら持っていた青龍刀で受け止めるが、旋回能力に劣るグレイイーグルでは加速の乗った一撃を刃の側面で受けるのが精一杯だった。もろい部分に当たったためか、青龍刀の刃は真っ二つに裂けた。刃の裂け目から甲龍のスパイクアーマーが開いたのを僕は見た。
見えたのは砲口だ。しかし砲身はない。グレイイーグルのAIが敵機周辺の気圧変化に警告を鳴らす。
―――――衝撃砲か!
空間に圧力をかけ砲弾として撃つ武器。Rインダストリーが製作コストに匙を投げたものだ。甲龍は中国の第三世代機。何か特殊兵器があると思っていたが、衝撃砲とは予想しなかった。
放たれた二つの不可視の砲弾はグレイイーグルに直撃し、地面にキスする形となる。
「容赦しないって言わなかった!?」
次々と砲が倒れこんだグレイイーグルに連射される。
「嘗めるなと言ったろう?!」
機体を立ち上がらせ、銃器をコールする。呼び出したのは重機関砲。大昔のM1919機関銃を二つ合わせたような外見の砲だ。
銃を右に振りかぶるように腕を動かし、遠心力で機体を無理やり方向転換させて、さらにスラスターを最大限にほんの一瞬だけ吹かす方法で高速のスピンと繰り返し回避する。
ホバーのような移動とスピンを交えたダンス。鈍重な見た目とは打って変わった軽快なリズムで踊るヒップホップのダンサーのような回避行動はもくろみ通り、一発掠めただけで甲龍の猛攻をやり過ごすことに成功し、最後の一撃を宙返りの要領で飛び上がって回避して見せると鈴は驚嘆の声を上げる。
「嘘!?」
ダンスの披露の後にお返しとして機関砲の咆哮を上げる。反撃を加えてもなお、甲龍は回避しながら、衝撃砲を放つ。しかし、ここで機体特性の差が出た。
元々グレイイーグルは射撃特化の機体だ。挌闘重視の甲龍と違い、射撃性能は安定しており、足を地面につけていることも相乗して命中率が高い。
対する甲龍は姿勢を崩されて有効な射撃が望めないでいたため、二次元的な回避を行うグレイイーグルに命中させるのも困難だった。徐々に弾丸が鈴を捉えはじめ、遂に甲龍を襲う35mmの砲弾がシールドを貫通し、左のスパイクアーマーと椀部、鈴の小さな体に命中する。
苦痛に顔を歪めせながら残った衝撃砲をさらに撃ちこむ。だが被弾しながらの射撃は逸れ大地が煙立つのみだった。さらに放たれた砲弾が甲龍のスラスターの一基を破壊し、爆発する。
龍は天上から落とされて大地に堕ちた。アリーナが土煙に覆われ、観客からは肉眼で両機の存在が確認しずらくなったが、一つの不気味な眼光がその中を動いていた。硝煙と舞い上がる砂の粒子の中で灰色の鷲は己の存在を誇示するようにカメラアイの眼光を強く発する。
「やるじゃないか?」
皮肉交じりの通信。賞賛と嘲りが半分ずつ混じった言葉。それに対する返答は青龍刀の投擲だった。機関砲で迎撃し失速させ、腕で弾き無力化させる。
それと同時に接近警報が鳴る。いつの間にか、回り込んだらしく、後方上空から甲龍は近づき衝撃砲を放とうとする。
瞬時加速で回り込んだ、と僕は判断しながら、機関砲で咄嗟に3発射撃
し、衝撃砲をそらすことに成功したが、甲龍は懐に入り込みグレイイーグルと比べて華奢な足で回し蹴りを胴体に直撃させ、さらに宙を舞いスピードを乗せた、かかと落としを行い、襲い掛かって来た。左腕で受け止めたが、シールドエネルギーは削られる。予想外のダメージだ。
「やるじゃない」
さっきの僕と同じ口調、同じセリフだ。仕返しのつもりなのだろう。
―――――――だが、隙を見せたな!
腕で受け止めたことによって止まった甲龍を掴み、腕からワイヤーアンカーを射出して絡ませ、力任せに地面に叩きつける。一回二回と乱暴に地面に激突させ、力任せにアリーナの壁に投げつける。
その様子はさながら相手を振り回し、叩きつける闘牛のようだったろう。鈴も投げ飛ばされながら機体の姿勢を立て直し、衝撃砲を発射する、狙いこそ僕の左を通り過ぎて外したものの、その技量に僕は舌を巻く。
地に足を着けて踏ん張り鈴は飛ばされた勢いを止めようとするのに対し僕はグレイイーグルの両肩を横にスライドさせて開き、中のミサイルハッチを開放し、頭部のターレットを回す。
「敵機にノンロックで直接照準。全弾ファイア!」
Rインダストリー社の中で最も小型の対地ミサイル。IS用につくられたマイクロミサイル12発は体勢を持ち直した甲龍に放たれ、無誘導のロケット弾のように直進し6発直撃し、残りは付近の地面に命中する形でダメージを与える。鈴の悲鳴が耳に響く。少女の甲高い悲痛な叫び、その声の艶に少しだけ気持ちが昂る。
アリーナの壁に激突した龍は無残な姿をさらけ出した。装甲の所々が焦げ、左のスパイクアーマーは穴だらけ。近接戦闘に使うべき青龍刀はその手には無く、事実上武器が無いも同然だった。
片方の衝撃砲も残っているが、こちらも被弾しており、一発撃てるかどうかすら怪しい。しかし試合終了のブザーは鳴らない。勝負は相手が降伏するか、シールドエネルギーが切れない限り、終わらないのだ。
まだシールドエネルギーが残っているので彼女は敗北していない。僕はミサイルハッチを閉じ、空いていた左手に右手にあるものと同じものをコールする。片手で大口径の機関砲を扱えるコイツだからできる両手持ち。二つの巨大で無骨な銃器を甲龍に向ける。そして最後の余興として彼女に通信を開いた。
「大当たり、ジャックポットってね。君の事を侮って悪かった。正直嘗めてたよ。謝罪しよう。君の実力は確かなものだし、君の戦いの覚悟は本物だった。ところで最後に聞きたいんだが、最初から君は俺に対して厳しい態度だったな?どうして僕の事が気に入らないんだ?」
混じりけのない賞賛と純粋な好奇心からの疑問。初対面から何かとつかかって来た理由を場違いながら今聞こうと思った。
「アンタのそういう態度が気に入らないのよ!!」
せめてもの反撃と言わんばかりに衝撃砲を最大チャージで撃ちこもうとするの見て、機関砲を無感動に撃つ。チャージしていたエネルギーが拡散され、衝撃砲は完全に沈黙し彼女の抵抗手段は全て潰えた。
「よく言った。フィナーレだよ」
トリガーを引き計四門の機関砲を甲龍に斉射する。
何の慈悲も、尊厳もない弾丸の雨。カーテンコールと言わんばかりに盛大に撃ちこむ。
残り少ないシールドと煤と埃にまみれた装甲に弾丸がぶつかって激しい火花を散らす。例え、悲鳴を上げようが、その銃声にかき消されるであろう、暴力の嵐。アリーナの壁に寄りかかった甲龍に被弾する音が聞こえ、装甲の欠片が宙を舞う。僕は彼女の姿を捉えながら、最大限の敬意を持ってトリガーを引き続けた。
これにて終幕のはずだった。
しかし、予想とはよく裏切られるものだ。そのことをグレイイーグルの耳に届けられ
た声が証明した。
「やめろおおおぉぉぉ!!」
男の声がアリーナに響き渡った。この学園には僕以外に三人の男子がいるが、ユーリでなければ弾の物でもない声で誰かはすぐに判別できた。どこからか、入って来たその機体は一本の刀で銃弾を受け止める。
乱入者は真っ白な機体「白式」だ。目の前に現れた純白の鎧に身を包んだ少年がこちらを睨みつける。
トリガーから指を離し、射撃を中断し、乱入者に真意を問いただす。
「何のつもりだ?織班君?君は関係ないはずだろうに」
「黙って見てれば何だよコレ!こんなのただの弱い者いじめじゃないか?!」
決闘に横やりを指した上に説教をするつもりなのか、刀一本でグレイイーグルの目の前に立った彼は、か弱き姫を救わんとする騎士の様だった。だが彼は気づいていない。
自分が守っているのはか弱き姫でなく勇猛な戦乙女だということに。その行動が彼女の心にどのような影響を及ばすのかわかっているのだろうか。この男は目の前の気に入らない現状に腹を立てて乱入しただけだ。自己満足だらけな男は真っ直ぐな瞳でこちらを見据えている。
「もう決着はついたのに! そんなに鈴を、俺の仲間を傷つけたいのかって聞いてるんだよ!」
「成程、君はか弱い乙女を守りに来たナイト様ってわけだ。いやいや気高いことで。手がふさがってなければ拍手を送りたいよ」
「ふざけてんのか?!」
織班の咆哮。理由はわからないがその叫びに何も感じなかった。さっきの鈴の様に決して屈さないという様な強い意思を感じさせる訳でもなかったことに失望を感じた。
「ふざけてるのは君の方だ、織班君。君は決闘に水を差すばかりか、彼女を侮辱しているんだぞ、わかってるのかい?なんなら彼女を見たらどうなんだ?」
織班が振り返って鈴を見る。そこには何の言葉も発さず、目に涙をためた一人の気の強い女の子がいた。助けに来た織班に何の言葉も掛けず、顔を真っ直ぐ織班ではなくグレイイーグルに向けていた。僕はその姿に満足感に似たような感情を抱いていた。
実のところ、僕が発砲した際に彼女は目を閉じなかった。顔をそらさなかったのだ。あの弾雨の中を。ただの強がりではない、自分の敗北と相手の強さに目を背けず弱さを決して見せなかった。
か弱いと言うには余りに苛烈な姿だった。僕が今まで見ることのなかったタイプのIS乗り。それは洗練された美しさだった。それを見つけることができただけで、この試合は意義のある物として僕は記憶しただろう。
しかし、それは突然の乱入者によって台無しにされた。彼女は負ける覚悟も決めて立ち向かったというのに、急な横やりを入れられ、弱いと言われたのだ。
僕は最大限の敬意を持って終幕としたかったが、それももう叶わない。僕の感じた感情や感銘だけでなく、彼はこの場における彼女の思い全てを滅茶苦茶にしたのだ。同情すら覚えるほど気の毒だった。
「……大丈夫か鈴?」
織班が手を伸ばし、彼女の手を掴もうとしたが払いのけられた。明確な拒絶を示す鈴に織班は戸惑いを見せる。自分の行動に一切の間違いなどないと思っていなければ見せない反応だ。
「……どいて、一夏。」
一夏は彼女を止めようとしたができなかった。鈴のまとう気配がそれを拒んだからだ。彼女は満身創痍の機体を動かし、歩き出した。時々機体から異常音が鳴る。各可動部に損傷が多い証に違いない。よろけるが歩みを止めない。一歩、二歩と近づき、僕の目の前で立ち止まった。
彼女は一言つぶやいた。
「撃ちなさいよ」
僕はその覚悟を確認するため、あえて動かなかった。鈴は拳をキュッと握って再び自らの意志を宣言した。より大きな声で叫び甲龍の腕で銃身を掴み自分に向けさせた。
「撃て!!」
自らの強固な意志を示した彼女に心中で万雷の拍手を送りつつ、引き金を引いた
銃声が一発、アリーナに轟いた。あっけない音は試合終了のブザーにかき消されて終了した。
「勝者、ヴィンセント・ロック」
アナウンスが僕の勝利を伝える。その時点を持って僕も鈴もアリーナから去る。
勝者は僕だったが、この試合の敗者よりも声援は少なかったのが心に少しだけ影を落とした。
ピットに戻ると何となく暗い雰囲気が流れていた。それもそのはずで、入った瞬間に織班に詰め寄られたからだ。
「どういうつもりなんだよ?!」
「何の話か、全く見当がつかないけど?」
「どうして撃ったんだって聞いてんだよ?!」
僕は笑顔を崩さず、言い放つ。
「彼女の望みに答えた、それだけさ。それともか弱い乙女だから、何もせずに手を繋いで上げたほうがよかったか?」
この男の顔を見る。怒りに燃え、正義に燃えている顔だ。大方、仲間の為とか、守るためとかそういうモノなのだろう。そのために、彼女を傷つけておきながら
そんな織班を止めたのは彼の実の姉である織班千冬先生だった。一夏を掴み、拳で殴り飛ばした。織班は転がって、殴られた頬を抑えながら抗議する。
「何するんだ?!千冬姉!」
「この馬鹿者が 責められるべきはお前だ織班。試合に乱入したあげく、相手選手に掴みかかるとは、何を考えている?」
織班先生の底冷えするようなハスキーボイス。普段と比べて迫力も何割か増して悪鬼のようだ。だが、織班はめげずに反論する。
「もう勝負はついていたのに、無抵抗の鈴に銃を向けて撃つのを黙って見てろって言うのかよ?!」
「スポーツならどんな結果にもなりうる。ルールに基づいていれば、一方的なワンサイドゲームになったとしても誰も文句は言わん。それが試合だ。お前はこれから仲間とやらが試合で負けそうになるたびに助けるのか?」
「違う! アイツがやったのはただの暴力だ!ISをそんな風に使われて千冬姉は何とも思わないのかよ?!」
「だからお前は餓鬼なんだ。お前がやったことは鈴のプライドを傷付けただけにすぎん、後で反省文を提出しろ。」
歯噛みをする織班を見て、内心ほくそ笑む。僕の邪魔をするからだ。叱ってくれた織班先生に感謝するために織班先生の前に立ち礼を言うことにする。
「この場を収めてもらってありがとうございます」
日本でいう所のお辞儀の様に深々と頭を下げる。その僕を冷酷そうな目で睨み、ピットから出て行った。その後に副担任の山田先生が続きながら、後で職員室に来るよう、僕に伝えた。先生たちを見送っていると後ろで鈍い音が響く。振り返ると壁を殴りつけた織班がいた。目を血走ってギラギラとさせている。
「俺は鈴をあんなにしたお前を俺は許さない。あんなのはただの暴力だ。そんなモノを俺は認めないからな!絶対にお前に勝つ!!」
宣戦布告、鈴に続いて、今度はこの男か、と思うと正直やる気はでない。メインディッシュの後に生ゴミでも出されるようなものだ。期待などできない。この男の機体、白式はブレードのみの高機動の格闘専用機。織班先生のような化け物が乗るならいざ知らず、乗るのは訓練もロクにしていない新米だ。
普段なら、そんな相手は気にも留めないが、この時は違った。
今もなお、吐きつづけている彼の発言が僕の耳に聞こえているからだ。耳にするのは青臭い理想論。正義とやら。力のあり方。人を守るためのISと言う力。実力もなく、身勝手な彼のセリフ。 その言葉に反応して僕も口を開いた。
「違うだろ、織班君」
頭を掻いて、人差し指を彼に向ける。
「君は僕に勝たせてください、とお願いする立場だろ?君では僕に勝てないよ」
「てめえ!」
「あと、僕に正義の押し売りはやめてくれるかい?」
再び掴みかかろうとする織班を弾とユーリが抑える。その後ろから篠ノ之やオルコットが彼をなだめる。そんな彼を見て心底軽蔑する。結局彼は自分勝手な正義感の押し売りをしているだけだ。
典型的なIS乗りだ。そいつらは本当にたちが悪い。自分は選ばれ者みたいな顔をして、ある者は見下し、ある者は青臭い理想論を並べる。無自覚だろうが、彼もその一人だ。
現実は全て自分に優しいものだと思い込んでいる。気に食わなければご自慢のISの圧倒的な力によって修正させるのだ。まるで暴君のような振る舞いだ。自覚してない分、悪質極まりない。思考の海を彷徨いながら僕は織班たちが出て行くのを見ていた。彼の取り巻きは不愉快な物を見る様な目線で僕を睨んでいた。
決戦は5日後。この闘争が始まって二機目のISを打ち倒す機会を僕はゆっくりと待つことにする。グレイイーグルの待機状態の腕時計をさすって、愛機を愛でながら、様々な視線を浴びて僕は用のなくなった薄暗いピットを出て行った。
部屋に戻った俺はアカネとコーラとポテトチップを二つのベットの中央に置いた小さなテーブルに置いてつまみながら、今日の試合について語っていた。
「ヴィンセントってやっぱりただモノじゃなかったな、スゲーよ、鈴相手に圧倒的に勝つだなんて」
口では賞賛したものの、俺はこの時、複雑な心境だった。ヴィンセントが勝ったという事は嬉しい。彼は俺の仲間であるのだし、彼が十分な実力者であるという証明はRインダストリーが優れていることの証拠、つまり俺のあの時の人生の選択が間違っていなかったことの証ともなるからだ。しかし、ヴィンセントの相手の鈴は俺の親友である。その鈴が負けたという事実があることで素直に喜べなかった。
「……そうですね。」
目の前のアカネも自分と同様に複雑な心境を持っているように見えた。
「どうかしたのか、アカネ?」
コーラを口に含み炭酸で喉を潤しながら聞いてみる。
「鈴さんに悪いことをしたかもしれません」
「ヴィンセントとの対決を後押ししたことか?」
そうです、と少しうつむきながら答える。メガネを外し布でレンズを拭いて曇りを取り除く。
「……試合に負けるだけならまだ、よかったんですけどね」
そう言われて一夏の事を思い出す。一夏は試合内容にキレて乱入してしまった。原因は言うまでもなくヴィンセントの吐いたセリフと行動だ。前から一夏が正義感に強いのは知っていたので彼の行動は予測できたものだった。
「一夏の事か、でも乱入しただけだろ?」
「それが、問題なんです。彼女の場合今回の試合は代表としてのプライドもありましたし、主に織班とクラス代表戦で戦えるようになるためのモノ、織班と戦うことによって、彼との約束の本当の意味を教えて自身の恋を成就することが最終的な目標だったはずです。ついで、鈴さんが織班の前でヴィンセントに勝つことによっていい所を見せつつ、ISの稽古をつけるのは私がいい、などと色々切っ掛けをつくることも考えていたんだと思います」
「でも負けた」
アカネは大きく頷き、話の続きをする。
「そうです。彼女は負けた。しかも一方的に。代表としてのプライドにひびが入ったことでしょう。その後織班が乱入してこう言いました、弱い奴と。大好きな人にいい所を見せるどころか、弱いと言われ、候補生としてのプライドが潰されたはずです、また彼は仲間と言いました、決して彼女とかではないのです。その前の日に約束を勘違いされたことも相まって彼女がどう感じたか。胸が痛くなります」
両手を胸に当て鈴の現在を推し量って、何とも言えない表情をする。
「約束って? というか何でそんなに鈴に詳しいんだ?」
そう聞かれ、一息ついたアカネは前の日のことについて語った。
鈴が告白していたことにまず驚く、えらく遠回しだがプロポーズに聞こえないでもない告白をあの鈴が言ったのだ。普段の鈴を考えると、恐らく相当の勇気を持って言ったのだろう。
しかし、そんな告白も一夏は見当はずれな解釈をしてしまったのだ。食堂であった時、鈴は一夏に会えて本当に嬉しそうな顔をしていた。そんな寂しかった彼女が二度も大好きな一夏に傷つけられたという事になる。
「私、謝ったほうがいいでしょうか?」
「しない方がいいと思うぞ、下手な同情だと思われたくないだろう、アイツも。正直言って俺はどう言っていいかわからないよ。恋愛経験も無いし、スポーツも熱中するほどやったって訳じゃないから、その辺のプライドとか心境とかはよくわからない。でも一つ言えることはある。」
「何です?」
「鈴は強い。だから大丈夫だ」
アカネを安心させるためだけに言ったわけではない。実際に鈴は強いのだ。初めてこっちに来た時、片言な日本語を理由にからかわれても、反撃した。両親の離婚で別れることになるのを一人で耐えてきた。そして中国に渡り国家代表候補生に上り詰めた彼女だ。
俺はそんな彼女がか弱いなんて思えなかった。だから、今度も立ち直ると信じている。
可哀想だなんて言葉が世界一に会わない女だ。
鈴はそう信じている。だが、問題は一夏達の方だ。
「俺にとって心配なのは一夏とヴィンセントだ」
「織班君はわかりますが、ヴィンセントとは?」
アカネが首を傾げて聞く。俺は一拍おき、口を開く。
「アイツの戦いを見たとき、何か強い感情を感じたんだ……上手くは言えないけど、普段のアイツを見て思ったんだ。冷静なら、あんな非効率な戦いをしないんじゃないかって」
今日の彼の戦い方はハッキリ言って不可解なところが多い。大きな機関砲など重火力の物を最初から使えば、もっと楽に勝てたはずだ。彼の普段の言動、マイクと知り合いだったことから、彼の戦い方は効率的に絶対に無理せずに、と言ったスマートなものだと思っていた。
最初はパフォーマンスも兼ねているのだろうかと、思ったが、わざわざ相手の得意分野に突っ込み打ち勝つと言うのを見て彼に何か思う所があった違いないとに思った。
そのことをアカネに聞いたが、彼女は答えず、顔を気まずそうに逸らした。
「何かあるんだな?」
彼女は何も言わなかった。
俺はその沈黙に不安を抱きつつ、コーラを飲んだ。部屋は照明で明るく菓子に飲み物もあるはずなのに、俺達二人は笑う事もせずお互いに悩んだまま、石像のように黙り込んでしまった。時計の針の音がいつもより大きく聞こえた。
VS鈴 前篇です。
話の流れが自然なのか、最近疑問です。
それと、最近、忙しくなったので
更新がいつもより遅れるかもしれません。