空き倉庫を部屋に改造された部屋、それが僕の部屋だ。金属片が転がっていた薄暗い倉庫は今では巨大なテレビにサウンドスピーカー、簡易キッチンまで置かれ明るくリフォームされた部屋はもはや倉庫ではなくスイートルームと言えた。
その室内でソファに座りながら、資料をめくる。昨日来た一組の転校生ラウラ・ボーデヴィッヒについての物だ。ドイツ軍、極秘IS部隊シュヴァルツェ・ハーゼ部隊隊長。階級は少佐。高校生程度の年齢でこの階級なのだから、恐れ入る。
「別名、ドイツの冷氷・・か」
鼻で笑い、呆れる。年端のいかぬ小娘に少佐と言う階級、ほんの十年前なら異常と言われたろう。恐らく、精神が階級に追いついていないだろうことを予想し、一人頭を掻く。
――――まずいよなあ
一組には我らが同胞が二人いる。そのうちの一人、メガネを掛けた方を思い、彼女のチームにいる理由と動機を思い出す。
そこから、導き出される答えは一つだ。冗談半分でイメージして指で鉄砲の形を作り、資料のラウラの写真に目がけて指鉄砲を撃つ構えをする。
「バン」
写真のラウラを撃つ。決して、ありえないと言えない事態を想像して、思考の海へと潜った。
開放的な空間とは空が見える場所の事を言う。この学園においては、それはアリーナに他ならない。新鮮な空気を肺にいっぱい吸って吐き出す。 抽選に受かり、打鉄を貸し出すことに成功した俺は武者鎧のような機体を纏い、周りを見渡す。
俺と同じように借りることができた一年生達と専用機持ちの集いが視界に写る。
一夏に対して色々とコーチをしている鈴にセシリア、それに箒たちだ。しかし、一夏は混乱しているように見える。恐らく、彼女たちの教え方が独特なのだろう。名選手と名コーチはイコールではないというが、まさにそうなのだろう。
「あっちを見てないで、訓練しますよ?」
頭上から、くぐもった声が聞こえる。
長いライフルを持ったハヤブサだ。相も変わらず、悪趣味なモノアイを光らせている。
「悪いな、今銃を出すよ。」
打鉄に仕舞っておいた軽機関銃を取り出す。馴染みのあるグリップが手に握られる。
「それでは始めましょう。ランダムに表示されるデジタルの的を時間内にできるだけ撃ち落とす事。セミオートの単射のみです。 構え!」
バイポットを掴み、構える。スラスターも温め、合図で一気に吹かせるように待機する。
「始め!」
右斜め上に一つ。真ん中を打ち抜く、続いて真後ろに来て同様に撃つ。高度を上げて、自身の死角となる場所に的が来る。撃つごとに薬莢と撃ち抜かれた的が生産され、順調に進んでいく。しかし、最後に後方とばかり思っていたため、突然正面に来た標的に戸惑い、ミス。訓練終了のブザーが鳴る。
外した的の事でブルーになりながら、地に降りる。アカネが近寄り、結果を表示する。
「真ん中への命中率75%。動かない標的相手ですが、上出来です。反応も構えも速度が上がっています。」
「最後を外しちまった」
アカネはフルフェイス内で少し笑って、答える。
「最後もあててくれたら、ご褒美を上げてもよかったんですけどね」
「先に言えよ、そういうの」
ハイタッチして、アカネのお手本を見せようと言うとき、新たなIS反応が出た。
その方向へと目をやると、黒いISを纏ったボーデヴィッヒがいた。
「ドイツの第三世代・・・」
誰かが言った言葉を打鉄が聞き取り、知覚する。
ごつい上半身の装備に反して脚部が華奢な機体で、カラーリングの関係か、威圧的なデザインに見えた。
凝視すると、一夏達と何やら揉めているように見える。
打鉄のハイパーセンサーの感度を上げて状況を見る。
「織班一夏・・・貴様も専用機持ちなのだな・・・ならば話が早い・・私と戦え」
穏やかではない雰囲気だ。会ってそうそうに平手打ちをかましたことから、何か恨みがあるとは思ったが、ここで戦闘をしろというのだ。
「嫌だ。理由がねえよ」
当然、一夏は拒否する。だが、ボーデヴィッヒはそれでも尚食い下がり、戦えと迫る。
俺はここで彼女が引き下がるとは思えなくなった。無理にでも戦うつもりだ。
直感でしかないが、俺の本能がそう囁いている。
「なら・・」
ボーデヴィッヒは肩の大型の砲を一夏に向けて、放った。まわりにはISを纏っていない者もいると言う中で巨大な弾丸を打ち出したのだ。俺は驚愕し、唖然とするが状況はさらに驚くべき物だった。大型のカノンが撃ち出されると同時に、シャルルが一夏の前に出てかばい、防いだが、二発目が放たれ、被弾の衝撃でガードが上がったシャルルに直撃すると思われた。しかし、その未来図はハズレて砲弾は命中する前に空中で勢いを止め、失速した。迎撃されたからだ。
撃った側と撃たれた側が理解できないような顔をしたが、一瞬で判断し、お互いに相対する。売り言葉に買い言葉。お互いに挑発しあい、今度は彼女らが戦闘を開始するように思えたが、教師の声がアリーナに響き噴火寸前だった両者が武器を下ろし、この場は収まった。ボーデヴィッヒがISを解除して去るのを見て安堵した。しかし、深呼吸をした時、隣から舌打ちが聞こえた。
構えを解除し、銃身から陽炎のような熱気を出しながら、ハヤブサがピットへと去って行った。
俺はその背中を見て、本当に危なかったのが誰だったのかを理解した。
自室に戻り、チラリとアカネを見やると、じっと虚空を見つめて、目を血走らせている。
危険な眼。その視線の先には何もないはずなのに、アカネはまるで見えているかのように見つめる。今の彼女は俺の知っている彼女ではなかった。映画のチケットを持ってはしゃぐような子供のような彼女でもなければ、いつか俺を慈しんでくれた優しい彼女でもない。
飢えた獣などと陳腐な表現で表せない恐ろしい怪物だ。
俺は彼女に声を掛けようとしたが、こんな時に限って携帯が鳴る。
彼女はこちらを見やり、低い声音で言った。
「携帯鳴ってますよ。」
うるさい、黙れ と陰に言っているようだった。短く応えて、俺は部屋を出て携帯に出る。
「・・もしもし」
「弾か? 悪いんだけど来てくれ」
掛けてきたのは一夏だった。こんな時に何の用だ、と内心舌打ちしながら、彼の言う通りに従う。本当は彼女に寄り添いたかったが、俺は一夏の元へと行った。何故なら俺は彼女を心配する反面、彼女とをどうしていいか分からなかったからだ。彼女は何を思って、あんな目をしているのか、それがわからない。長いこと一緒に過ごしたと言うのに俺は気づくことができないでいる。そして、それを聞き出す勇気もなかったことに気づかされた。
「クソ」
壁に拳を打ち付け、自らの臆病さを恨みながら歩く。
一夏の部屋に入ると、ジャージを着たシャルルと部屋着の一夏がいた。シャルルは一夏の腕に自分の腕を抱きつけていた。
それを視界に入れて俺は訊いた。
「で、何のようだよ?」
聞くと、シャルルが話し出した。彼、いや彼女は自分が女で一夏達の機体のデータを取るためのスパイだと言った。だが、俺は彼女の話にあまり意識を割いていなかった。目線を彼女に向け、顔を見ると、いかにも自分が不幸だと言いたげな顔を見せる。その顔を見ても俺に同情心はわかなかった。
「なあ、弾 シャルのために協力してくれないか?」
一夏が俺に彼女を助けるための協力を求める。彼の事だ、本心から助けたいと思っているのだろう。前の俺なら普通に協力したかもしれない。
だが、ここで一つの閃きが起こる。脳裏に一人の人影が写る。ヴィンセントだ。
彼の態度を見る限り、シャルルを何かに利用しようと言う考えを持っていると思えた。
彼に言えば、何とかなるのでは、と一人思考する。
目の前の彼女を見る。一夏にすがって助かることを望む少女。だが、目の前にいる彼女の姿が本当という確証はどこにもない。演技として一夏をだましていることだって考えられる。そう思うのはアカネとのことでいらだつ自分がそのことに何の非もない彼女に八つ当たりしているようにも思えたが、この際ソレを考えるのをやめた。
――――使わない手は無いか
俺はその悪魔のささやきか、神の啓示か、わからないが、俺は自分の直感に従う。
「なあ、一夏・・・少し二人だけで話していいか? 俺も話が聞きたい。」
口元を歪ませることなく、むしろ微笑みさえ浮かべて俺は親友に頼んだ。
学園内で一際うるさい場所、発砲音が立て続けに聞こえ、金属に弾丸がぶつかる音が発砲音に続く。コンクリートむき出しの壁の広い部屋で一人的に目を向け、アカネがM14ライフルの引き金を引く。毎日行われている練習、しかし、この時はいつもと違った。
「クソッ」
アカネがつぶやき、呪詛によって彩られた瞳はもはや、狂気ともいえた。
弾が切れたことに、引き金を何度か引いて気づき、14つ目の弾倉を銃に差し込む。
再び、射撃姿勢に入ったアカネの肩に触れた。狂気を宿した目で一瞬こちらを睨むが、俺だと認識して、少し、穏やかな目になる。
「・・・何か?」
何の感情も浮かんでない表情で話すアカネを俺は不気味に思った。
「少し、休めよ。そんなに集中してたら、もたないぞ。」
スポーツドリンクとタオルを渡して休憩を促すが、彼女は息を一つ吸って
返答する。
「・・・気にしないでください。 今は邪魔されたくないので・・」
俺はまた射撃姿勢に入ろうとするアカネの姿を見て、無理やり引き留める。
「いいから、休めって。今日は大分無理してるだろ。」
俺は彼女に休むよう強く言ったが、帰って来たのは強い拒否だった。
「ほっといてください! 私が何しようがいいでしょう!?」
「アカネ!」
アカネの態度に業を煮やし、俺も声を張り上げる。
「何ですか?」
「落ち着けよ。ドイツの転校生が来てから、ずっとそれだ。部屋にいる時も教室にいる時もギラギラとした目だし、昨日にいたってはボーデヴィッヒに殺気立って銃を向けるし、何がお前をそうさせるんだよ?」
アカネが俺を睨みつけ、口を開いた。
「質問の多い人ですね、相変わらず。私の過去でも知りたいんですか?」
「ああ、知りたい。お前の過去が・・・・そうさせているんじゃないのかって思っているからな」
本心からの答えを言う。ヴィンセントのように、彼女も何かISに思う所がある。だが、ヴィンセントと違う。もし、ヴィンセントと同じなら、もっと前から、こうなるはずだからだ。彼女は軍人気質のボーデヴィッヒに対して、何か思っている、否 憎んでいる。
何故そうなのか、わからない。本来なら、もっと早く聞くべきだった理由を今ここで聞く必要がある。その理由が彼女を苦しめているに違いないのだ。
「仮にそうだとして、そんなこと話して何になるっていうんですか?」
拳を握りしめ、精一杯の心をぶつける。
「お前を助ける。」
一言だけの言葉にアカネは口を開きかけ、閉じた。
「前に俺はお前に助けられた・・・だから」
「恩返しのつもりですか? やめてください。」
明確な拒絶。アカネが顔を下に向け表情を見せないで言う。
「言ったところで・・・・」
ライフルを置き、脱兎のごとく、走り去っていった。
俺は引き留めることもできずに、その場で彼女の後姿を眺めるだけだった。
俺はうなだれて、視線を下げる。 すると、コンクリートの床に水が落ちたようなシミを見つけた。己の無力さを痛感して俺は力なく座り込んだ。その音が部屋に反響していた。
自室に戻った私はベットに体を載せ、拳をベットに叩きつける。柔らかい感触で衝撃が拡散する。
流した涙を枕に押し付けて、自分は泣いていないと偽る。
誰をいつわるのか?と言われれば答えは自分だ。私の思い、私の願い、それはいい。だがあの時の私は引き金に指を掛けて、照準を合わせたのだ。無意識に行ったモノだったが、それが言い訳になることは無い。私はどうありたいのかすら分からなくなっていた。
私はどうしようもなく感情に囚われている。
これでは自らが否定したい存在と全く一緒ではないか。
ふと誰かが、アタシの頭に手を載せたのを感じ、顔を上げた。
「ヤッホゥ」
手の主は鈴だった。朗らかな笑顔を見せて私に話しかけた。
「何よ、廊下ですれ違ったのに気付かないで、一人泣いてたりして・・・どうしたの?」
「何でもないです・・」
私の答えに不満を持ったのか、少し不機嫌そうな子になった。
「アンタねエ・・泣いてるくせにそのセリフはないでしょ?ほら言ってみなさい」
胸を張って鈴は得意げに言う。いつぞやのお返しのつもりなのだろうか。
「前のお返しだからじゃないわ。あなたが友達だから聞いてるのよ。」
手を握り瞳を除く鈴。猫のような綺麗な目で私をのぞき込む彼女は今の自分と違って可愛らしかった。
「・・・・全部は言えませんが、少しだけ・・」
「何よ素直じゃないわね。」
まあ、いいわと答え、彼女は私に寄り添う。
温かい体温が私の肌に伝わり、氷が少しずつ解け始めるような錯覚を覚える。
「憧れって・・あるじゃないですか。こうありたいとか、あの人のようになりたいとか。
私にもあるんです。そういうのが。その人たちは私を助けてくれたんです、家も友達も、技術も何もかも与えてくれたんです。」
一拍おいて話す。フラッシュバックが起こり、視界に彼らが映った。少し下品だったが、私の頭を撫でてくれた人たち。
「私も彼らのようにありたい。そう思ったんです。・・・・でも昨日の私は自分でそれを壊す所だったんです。いや、もう壊したと言っていい。しかも、一番嫌いなものになりかけていた。
そして・・・」
またしてもフラッシュバックが起こる。最近の、昨日の私の視界が映し出された。一発目を砲弾にぶつけ無力化し、二発目をISを解除した彼女に撃とうとした。もう1コンマ我に返るのが遅ければ、取り返しがつかないことになったろう。そして隣の男に見られた。
「弾に・・・見られた・・・・そんな自分を見せてしまった。一番見せたくなかったのに・・・!」
顔を手で覆い隠し、息を切らす。動機が早くなる。取り乱す心を必死で抑えるしかできない自分が恨めしい。
あの時、自分の望みを全て打ち壊してしまった。憧れを二つも一度に壊したことに苛まれる。
「私、どうしたらいいんですか? ・・・このまま憧れを夢を追うことすら・・・」
許されない、と続けようとした時、額に痛みが走った。顔を上げてみると鈴がデコピンをしたと気づいた。
「アンタてさ真面目すぎよね。それぐらいでそんな思ってさ。」
「それぐらいって・・・」
鈴が腕を組み、真剣な表情になる。
「アタシ、自慢じゃないけどかなり外道なことしてきたわ。・・・女の身であの国でのし上がるにはそれしかなかったわ。」
あの国。彼女が言っているのは中国の事だ。中国では女は依然として道具扱いなのは有名な話だった。
「女尊男卑なんて言うけど、あそこじゃ、そんな言葉どこにもなかったわ。女は依然として産む機械程度の認識よ。しかもアタシは下賤の出、才能だけじゃ、候補生なんて無理だったわ。」
彼女は独自を続ける。励ましの一環として自分の事を話す。
「同じ候補生をひたすら倒して追い込んだわ、精神的にも肉体的にも。候補生管理官を甲龍で脅したことだってある。今思うと酷いわね・・・・それに比べれば貴女はいい方よ」
「鈴・・・」
自嘲する鈴を私は消えるような声で呼んだ。
そして私たちは見つめ合う。
「アンタには十二分に夢を追う資格があるのよ・・・弾だってそう。誰かがとやかく言ってきたら、アタシが言ってあげるわ、そんなことないって・・・・だって友達でしょ? アカネ」
辛いはずの経験すら話したはずなのに、鈴は何の曇りもない笑顔で私に微笑む。
そんな思いをして、会いたかった織班への恋心を無くしたと言うのに、彼女は依然として
笑っている。
弾がいつか言っていた言葉を思い出して、納得した。
彼女は本当に強い。
「ありがとう」
「礼はいいから、ホラ」
一枚のプリントを手渡してきた。
「ここまで言ったんだから、もう一度向き合ってみなさいな」
その紙を見てハッとした。いつぞやの私と同じ方法だった。
アカネとの一悶着の後、俺は胸にぽっかりと空いた穴をふさぐこともせず、以前シャルルと話した際にした約束を果たす事にした。
「で、どこに行くの?」
後ろを歩くシャルルが訊いてくる。俺は彼女に助けてくれそうな人を教えると言ってマイクの部屋に連れて行っている。
「もうすぐだ。」
そう言って部屋の前に着く。第五格納庫の一部屋。ここは既にRインダストリー組の牙城と化していることを知っている人は少ない。もちろん、入ったばかりのシャルルがそれを知っている訳は無い。
「じゃ、部屋に入ってくれ」
そう言って彼女は安堵すら顔に浮かべて嬉々として部屋に入った。
そして、その顔は一瞬にして陰った。彼女の前にいるのはヴィンセントだけだ。ソファに深く座り込んで部屋に入って来たシャルルを持ち前の笑顔で歓迎する。
「ようこそ、シャルロット。会わせたい人がいるんだ。」
「えっ・・・」
ヴィンセントがモニターを彼女に見せる。そのモニターには俺があったことのない人が映っていた。初老のスーツ姿の男。さわやかそうに見える顔を見せてシャルルに挨拶をした。
「やあ、君がシャルロットか・・・」
シャルルがその男の顔をみて顔を青くする。
危機を感じたのか、部屋から飛び出ようと駆けだしたが、彼女の死角にいたユーリが瞬きする間もないほどの速さで彼女の首を絞め、気絶させた。
待機状態のラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを奪うと、彼女の周りが光出して男らしかった体格が一気に消えて本来の女性らしい体格になる。
「酷いことするなあ、ユーリ。女の子だぞ?」
「関係ない。仕事だ。」
あっそ、とつまらなそうにヴィンセントがつぶやく。
俺はシャルルを彼らに任せ、この場を去った。今更になって罪悪感がわいてきたからだ。
アカネがラウラを撃とうとしたことを責めた癖に、俺はこんなところで一人の女の子を騙した。
自分のどうしようもなさに情けなさを感じながら、俺は格納庫の日陰のところを歩き続けた。不思議とそうしていたからだ。