それは二月下旬に起きたことだった。少し肌寒く感じながら、長い赤髪をバンダナでまとめた少年、五反田弾は自宅へと足を運んでいた。だが彼の足取りは重かった。その理由は少し前にさかのぼる、彼の友人の織班一夏が高校の試験会場を間違え、ISを動かしてしまったことが原因だ。
ISとは篠ノ之束博士により開発された世界に467機しかない強力無比なパワードスーツである。10年前に日本に2000発以上のミサイルが降り注ぎ、これをたった一機のISで迎撃するという「白騎士事件」が起きて世に広まった。このISには女性しか扱えないという欠点があり、男性が操縦するのは不可能とされていた。
しかし、それを男性である織班一夏が動かしてしまい世間を騒がせた。これによって他の男性で扱える人間がいるかどうかを確かめる検査が世界中で行われた。
元々ダメもとで行われたこの検査だったが、弾は動かすことに成功してしまい、ISについての専門の国立学園 通称IS学園に強制的に通うことになった。IS学園とはIS操縦者の育成を目的とした学園であり、あらゆる面で世界でトップクラスの学園だ。
つまり弾は平凡な男子でありながら、たった一日の検査で世界で二番目の男性のIS適正保持者になり、女性だらけの花の園であり超エリート校のIS学園へのキップを手に入れた。かつてこれほどの幸運を手にした者がかつていただろうか?と思うほどのものだ。
しかし、弾はそんな世界最高レベルのラッキーを得たにも関わらず、喜んでいなかった。
弾はフウとため息をつけて、一人物思いにふける。
――なんで、オレが
普段の自分を振り返ってみる、学校に行って友達とバカなことで盛り上がり、家に帰れば優秀な妹から文句や上から目線な事をハイハイと聞き、夕食中に自分に対する小言を聞き流し、寝る。
ISが動かせるからなんだというのだろう、自分には特別な能力も何もない。身分不相応なIS学園に行っても、せいぜい恥をさらしながら、何も得ずに終わる そんな風に考えていた。
さらに自分を取り巻く状況を考えてますます悲観になる。織班一夏と違って、世界最強のIS乗り織斑千冬のような特別な人が身の回りにもいない、つまり後ろ盾がいない。
さらにIS学園と比べるとかなりレベルの下がる藍越学園に苦労して合格した弾は普通に受験すれば逆立ちしたって入れないのは自明の理、そんな自分がIS学園の授業についていける訳がない。
自分より努力したエリートに勝てるわけがないのだ。ついで、妹の蘭や同じ中学の女子、はては通りすがりの女性から敵視されるようになった。
IS学園は全国の女子の憧れであり、そんな所にラッキーだけで入学する人間がいれば確かに理不尽に聞こえるかもしれない、しかし自分とて好きで入学するわけではないのだから、恨まれるのも理不尽だ。
最近ではどこにいても人の視線を感じるようになり、誰も信用がおけない、まさに悪夢だ。先日IS研究の実験体にならないか?なんて書かれた手紙が来たときはひたすら己の不幸を嘆いた。
思い悩んでるうちに自宅の前に来ると見慣れない外車が家の前に止まっているのが見えた、いったい何だろうと思いながら家に入ると、妹の蘭がこちらに向かって駆けてきた「お兄、お客さんが来てるよ」ぶっきらぼうに言って自分の部屋に戻っていった。
未だに不機嫌のようだった。居間に行くとスーツ姿の少し髪の毛が薄い初老の外人と母がいた。外人がこちらに気づき俺に話しかけた。
「五反田弾君かな? 私はRインダストリー社の者でロイ・バッカスという。初めまして」
「弾です。よろしく」
弾は外人ながら流暢な日本語とRインダストリー社の名前に驚きながら返事をした。
Rインダストリー社はアメリカに拠点を置いている巨大企業で「ペンからミサイルをあなたの墓場まで」と言われる程な誰でも知っている巨大企業だ。その分、黒い噂も多いが。
「何でこんなところに?」というと母さんがオレの服を引っ張り、「あなたをスカウトしにきたのよ!」とはしゃぎながら言った。
スカウト? と疑問に思っているとロイが説明する。
「君のお母さんの言う通り、私たちは君をRインダストリー社の試験パイロットとして引き入れたいんだ、知っているかもしれないが、わが社はISに関してはあまり熱心ではなくてね。最近になってようやく自分たちのISを開発してIS学園に持ち込もうとしたら、学園に送れる人材が足りないことに気づいたんだ、今になってね。そこで君に注目したんだ。数少ない男性操縦者となれる君にね。」
笑顔で穏やかな口調で話してきた。
―――体のいいことを言って、結局はモルモットか
ISに乗れるとわかってから、ロクなことがなかった弾はこの手の話には全て裏があるように思え、疑心暗鬼にかられる。
「それはわかりましたけど、ハッキリ言って俺は大したことないし……」とやんわりと断ろうとすると母が横やりをさしてきた。
「何を言っているの?! こんな幸運めったにないのよ!」
それを聞いて思わず舌打ちをする。
俺の気も知らないで、と恨めしく思っていると
「保護者の方々には了承は得たから、後は君次第だが」
とロイも続き、書類を弾に渡す。一通り、見てみると、激しい訓練の内容やナノマシン注入などが書かれており、重要な内容も数多く書かれていた。
それらの内容を見て、さっさと即決した母たちに弾は怒りを覚えた。
――――結局のところ、不出来な兄に対する扱いなど、こんなものだ。本人の意志すら聞こうともしない。大方、優秀な妹に集中したいがために、自分を厄介払いするつもりなのだろう。何と身勝手な親なんだ――――
一瞬、彼女らをにらみ、自分の部屋へ戻ろうとしたがロイが弾の肩をつかんだ。引き離そうとしたが、ロイの手の力が予想以上に強くできなかった。ロイはクルッと両親のほうを見て
「すみませんが、少し彼と二人だけで話したいのですがよろしいですか?」と聞いた。
車に乗って5分ぐらいの所の喫茶店でオレはロイさんとテーブルに座った。弾はロイの提案を断ろうとしたが、母親たちの強い説得で断り切れず、ここに座る破目となった。
「何か飲み物は?」そう聞いてきたので、コーヒーを頼んだ。ロイも同じものを頼み、
少し待つと湯気が立ったコーヒーが二つテーブルに並んだ。ロイは自分の分に砂糖を入れながら話し出した。
「君は自分の取り巻く状況にウンザリしているように見えるな。」
「別にそんなことはないですよ。俺は今で満足してるから、受ける気がないだけで」
「嘘だね」
弾は適当に受け答え、すぐに帰ろうと思っていたが、ロイはそれを見抜いた。
「伊達に年はとってない、嘘はすぐにわかる。君は私たちの事を疑っているだろうが、それは誤解だ。これは双方にとって有益なチャンスなんだ。」
「チャンス……ですか?」
その通り、とロイは答えコーヒーを一口飲み、続けた。
「この書類にサインするだけですべて変わる。具体的に言うと、お互いの通帳の中の数字の桁が増え、自分の世界が全てひっくり返る。例を挙げるなら君の家族とかね。」
ピクリ と弾が家族という単語に反応する。
「君のご家族を見て思ったんだ。君は軽んじられている。理不尽なほどにね。自分が兄より優秀で価値のある人間だと信じて疑わない妹さんに、息子の将来を決める契約書をよく見ずにサインする母親、君はこんな環境にいるうちに自分を過小評価するようになったのさ」
納得しつつも、自分の家族について悪く言われ弾はむっとした。
「会って間もないのに随分とオレの家族のことを言いますね。」
不機嫌さを隠さない口調で言った
「だが、ハッキリと否定しないところを見ると思うところはあるのかな?」
悪戯っぽく言われ、さらにむっとしたが相手は話すのをやめない。
「君は自分が思っている以上の価値を持っている、特大サイズのダイアモンド原石のようにね。それに」
少し体を乗り出して懐から何かを出す。小さなジグソーパズルだった。そのパズルの隅のピースを一つ取り出して弾に見せる
「君はこれと同じさ」
「はあ?」と答えてしまった、この男が何を言っているのか理解できなかったのだ。
「私たちのような者、技術屋とか企業人の仕事とはパズルみたいなものだ。ひたすらピースを集めて正解となる組み合わせを見つけては組み立てる……それの繰り返しだ。一見すると簡単に見えるから不思議だな。しかし、そのためのピースを見つけるのは非常に困難だし、おまけに永遠に見つからないことさえある」
こんな風にね、とピースを仕舞ってみせた。
「私たちは少し前までそんな状況でね。まさに八方ふさがりだった……ところがだ、私たちは君を見つけた。足りないピースを。天啓というヤツかな? 君は例えるなら、このパズルで言うところの角のピース。つまり無くてはならないパズルの骨格だ。それが君なんだ。弾君」
静かながらも話す一人の男の語りを弾は聞いていた。最初こそ胡散臭い感じだったが、聞いているうちに胸に熱いものがこみあげてきた。しかし、一つの疑問点を聞き出す必要性を感じた。
「でも、男性適正者なら俺じゃなくてもいるじゃないですか? 例えば織斑 一夏とか」
弾が最も疑問に思ったことだった。織班千冬という後ろ盾があるにせよ、かのブリュンヒルデの弟。才覚としては十分。広告にも使えるはずだと思ったのだ。
「もちろん、彼も検証したが……彼ではダメなのだ。彼は織斑千冬の影響を大きく受けすぎている。強すぎる正義感を持っている彼はかえって邪魔になる。そう判断したんだ。」
「つまり人格面では俺のほうが適していると?」
「それだけでなく、身体能力なども君の体格なら訓練次第ですぐに理想に近くなると予測したのだ。私は嘘をつかない、私たちにとって必要なのは織斑一夏ではない……君でなくてはならないのだ」
弾はここまでのロイの回答を聞いて、満更でもなかった。一夏でなく自分。それは今までの自分に対する評価とは違うものだった。
かの織班千冬の弟。誰もが目を向ける姉弟すら彼らRインダストリーにとって弾と比べると石ころのような存在なのだ。対して自分はダイアモンドだというのに。
「それに、双方の利益と言った。君と私たちの契約によってお互いの未来を約束された確かな物にできる。君は後ろ盾と仕事場、それに力を得る。私たちは会社の最重要の人材を確保することができる。私たちは決して君に不利益な隠し事はしない事を約束しよう。」
最重要の人材 またしても心地よい単語が弾の耳に届く。
彼らは自分すら知らない自分を知っている、そう感じるようになった。
―――――確かに、何故自分の事をここまで知っているのか、と言う不気味な疑問点があるのは引っかかるが、それがどうした、と言うのだろうか。
ここに自分の事を正当に評価してくれるものがいる。
しかも、自分を必要として給料まで払うと言うのだ。どの道、断ったところで自分には何もないのはよくわかっている。このまま行けばせいぜいがホルマリン溶液に漬けられてビン詰になって終わる。何を迷う必要がある?――――
ロイが弾の様子を見て書類を取り出す。
「さて、君の返事は?」
最早、弾に断る理由などなかった。
この日、弾はRインダストリーの巨大なパズルのピースとなった
少し短いですが導入部分です。
一応セシリア戦までは書き終えているので、それまでは投稿しようと思います
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