病室に変えられた部屋の一角でアタシはいつのまにか寝てしまったらしく、まだ空も暗い
うちに起きてしまった。普通なら、もう一度寝ようとするところだ。綺麗なシーツの上で、
布団をかぶって、朝陽が差し込む、その時まで寝ているのが普段のアタシだった。
しかし、この時は違った。目の前のベッドで寝ていたはずのヴィンセントがいないのだ。
残っていた眠気が丸々吹き飛び、病室から飛び出すと、自販機近くのベンチで座り込んで
いるヴィンセントの姿があった。上着すら着ないで、火傷と裂傷のために包帯に包まれた
上半身のまま、彼は息を荒げてそこにいた。
「何してんのよ!?」
けが人だというのに、勝手に出歩いていることに憤慨し、声を荒げて彼に叫んだ。
ヴィンセントはゆっくりと振り返って私の名をつぶやいた。そして、決して健康的ではな
い笑顔を見せて、普段の自分を演出して見せている。
「やあ、こんばんは。 のどが渇いてね、コーラを買いに来たところでね・・」
そういうヴィンセントの表情に微かな変化がある。目が戦闘時に見せるような、輝きを発
していた。アタシの考えは想像から確信へと変化した。
「嘘つかないでよ!・・・アンタ、格納庫代わりにしている駐車場に向かうつもりだったでしょ?」
彼はまだ、戦うつもりなのだと確信したアタシは彼にそう問いかけた。ヴィンセントはもう一度戦場に出るつもりなのだ。体も機体もボロボロだというのに。
アタシの考えた通り、彼は一つため息をついて、観念したかのように自分の考えを述べ始めた。
「・・・・・僕って嘘が下手なのかな? その通りさ、もう一度戦場へ戻る。イーグルの搭乗員は僕しかいない。戦力は一機でも多うがいい。常識だろ?」
「でも、それはアンタが無事のときの話よ。 アンタは機体も体も限界なのよ。おとなしく、退いておきなさい。それが、アンタの言う合理的な思考ってやつでしょ?!」
立ち上がろうとしたヴィンセントがよろめいて、倒れ掛かるのをアタシは手をつかんで、肩に担ぐ。明らかに疲労と傷によって健康な状態にない。それでも、彼はアタシを振りほどいていこうとする。アタシのことなど見えてないかのように。
「行くなって言ってるでしょ! これ以上は死ぬのよ! アンタ、どうして、そう自分を大事にしないの?!」
アタシは声を大にして、ヴィンセントを行かせまいと、腕をつかんで止めた。汗で整えられたオールバックが乱れ、前髪が垂れているヴィンセントはアタシを見て、足を止め、床に座り込んだ。天井を見上げて、彼は一つ深呼吸をして自身を落ち着かせた。
「ジャックポットはただでは出ない。当てたきゃ、オールインしないと出ないんだよ。弾が・・・・アイツがこれから、全部出そうっていうんだ・・・・僕が出ないわけにはいかないだろう?」
狂気が宿された目のまま、彼は話す。時々、精神のバランスが崩れたかのように思わせる笑い声すらあげる。
「前に、僕らは皆そろってピースって弾が言ったんだ。僕は素直にその一言がうれしかった・・・・あこぎな事しかやってこなかった僕を彼は友と言ってくれたんだ。家族関係を利用して、引き込ませた僕ですらね・・・・・これだけは譲れない、失わせるものか。冗談じゃない、たかがISに僕のモノを奪わせてなるものか、全部僕のモノだ。 」
彼の言うことはわかる。親友がこれから戦いに行くというのに、自分はベッドの上。そんなの耐えられるはずがない。友人が傷つくのも、死ぬのも、責められるのも、全て蚊帳の外で見なくてはならなくなる。そんな、自分の無力さばかりに、苛まれていいはずはない。
だとしても、アタシは今のヴィンセントを生かせるわけにはいかなかった。
弾が傷つくのは嫌だ。でも、それ以上にヴィンセントが死ぬのが嫌だ。
アタシは彼をつかむ手にさらに力を込めた。行かせまいと、必死にすがった。
「ダメよ。ヴィンセント。行かないで。 アンタの代わりにアタシが行く。」
「それこそ、ダメだ。僕が行かなきゃ・・」
喉から出る最大の音量でアタシは叫ぶ。
「行くなって言ってるでしょ!」
知らぬ間に流れてた涙すら拭わず、アタシはヴィンセントを制止させる。
「なんで、アンタこんな時は察しが悪いのよ?! いつもみたいに手品じみたこと使って、察しなさいよ! アタシの気持ちぐらいわかってよ! 行くなって言ってるでしょ!アタシはアンタが死ぬことが嫌だって言ってんの!」
いつも、アタシの大事な人はアタシを置いて好き勝手にどこかへと行ってしまう。母は中国に戻ってから、人が変わった。代表候補生になったアタシの給金をくすねるようになって、愛情は消えうせ、その後、姿すら消した。
ずっと想ってきた一夏はガラリと変わってしまった。人の話を聞かないで、自分しか見えなくなっていた。アタシの好きだった一夏は消失していた。自分理想像たる一夏は蜃気楼のごとく目の前から消えた。
そして、ようやく見つけたと思った男もまた、どこかへ行こうとしている。天国にでも行くつもりなのか、死に体の機体を駆って出撃しようというのだ。自分のしたいことをするために、たったそれだけのために戦おうという。
彼が死ぬのは嫌だ。もう、置いてかれるのは御免だった。
そんなアタシの想いに反応したのか、それともしつこい自分に怒ったのか、
ヴィンセントも、ついに叫んだ。ぶちりと血管の切れる音すら聞こえた気がした。
「君こそ何故僕の考えがわからない?! 弾を援護する、福音を止める・・・・・君を行かせたくないって言ってるのがわからないのか?!」
その一言にアタシは思考停止した。彼はアタシを見ていた。見てくれていたことに頭が一瞬ボウッとした。生まれて初めて、言われたセリフだった。
気づけばヴィンセントも少し戸惑いを見せていた。生の感情で、ストレートにいっつぃ待ったのだろう。
自分の手を掴んでいた腕から、彼の手に移していた。熱いぐらいに温かい手に触れた。
自然と彼との距離が近づいていった。
「僕は全部手に入れる。功績も、富も、夢もだ。 ・・・だから」
「その体でか?」
突然の第三者の声がした。無機質な機会にも似た男の声。ユーリのものだった。とっさにヴィンセントから距離を置いて、ユーリの顔を見つめる。
「何のようだい?」
「お前たちに召集を掛けに来た。」
ユーリは淡々と語った。どうやら、アタシだけでなく、ヴィンセントも参加させる気らしい。
「アンタね、ヴィンセントがどんな状態か・・・!」
「それは考慮している。だから、今は従ってくれ。作戦はある。」
未だに、回りきらない頭をフル回転させてアタシはユーリの言葉の意味を考えるが、k多恵は出ない。だが、何にせよヴィンセントをこの場で止めることはできた。
そのことに素直に安堵し、アタシはヴィンセントを連れて、彼に従った。
唯一の心残りである彼が何を言おうとしたことをとりあえず頭から切り離して。
ラファールと打鉄。この旅館に残っている最後の教員用の機体。私と大場先生のこの二つの機体は最後の作戦に向けて調整に入っている。戦闘不能になったグレイイーグルの拡張領域に入っていた武装を装備し、足りない火力をカバーし、それに合わせた重量バランスや、スラスターのノズル方向の修正などが終了するまで、私たちはISスーツのまま、マイクさんたちの作業を見つめていた。
自分のISスーツを見る。肌に密着し、水着のようなデザインのスーツ。初めて着たときははしゃいでいたものだった。自分はIS乗りになったのだと、普段はコンプレックスでしかない、他人より大きい胸も自分の魅力な点にすら見えるほど自信を感じることができた。
しかし、今は頼りない物しか見えない。こんな薄く、手足が露出したもので、戦うというのだから酷く不安に思う。パワードスーツのような見た目なら、安心できたか、といわれれば素直にうなずけないだろうが、これよりは良く思えた。
私は何をそんなに自信をもってISは安全、死なない、と言っていたのだろう。所詮は道具でしかない、つけたところで、本人の弱さは隠せもしないというのに、少し工夫をすれば簡単に命が奪われるというのに。
まるで「裸の王様」のような気分だ。本当は自分の思っているような王様の服はなく、裸のまま、威張り散らしていた愚か者のように思えた。結局、ISを使っても、私は弱い。生徒を戦場に送らせまい、生徒の代わりに戦うといって、何もできていない。私は無力だった。
「・・・・私、何もできないんでしょうか?」
いつの間にかつぶやいてしまっていた。その言葉に大場先生は答えた。
「・・勝負はまだついちゃいない。 山田先生、まだ私たちは戦えるのです」
「でも! 結局生徒の皆さんが戦うことになったんですよ?!」
涙交じりの自分でも、情けない声だと自覚していたが、私は目の前の防人たる自衛官である大場先生に叫んだ。
「必死になって、戦って、倒しても 結果的にこうなったんですよ!ISに乗って、皆を守るといって、何一つできていない・・! 私はどこまで・・・・・無力なんですか?」
大場先生に縋り付いて、 私は自分の力の無さを憎み、嘆いた。昔から何をするにも、人より上手で、でも誰かに負ける人でしかない私、二番手にはなれても一番手にはなれない私。織班先生にくっついているしかできない私。いつだって私は望みうる結果を手にできないでいた。今もそうだ。何もできない。惨めで、弱くて、そんな私がたまらなく嫌だ。
その時、大場先生がハンカチを手に私の顔を拭いた。その手はやさしい手つきだった。
「先生、私一つ昔から思っていたことがあったんです。」
「・・・・何ですか?」
「あなたはアタシの憧れだ。」
「えっ・・・」
大場先生が唐突に言った言葉は信じがたいものだった。力を尽くし、結果が出ない現状にも絶望せず、まだ戦うつもりの烈女が私を憧れといった。
「突然、何ですか?」
「アタシはあなたが羨ましかった。生徒になめられた態度をとられても笑顔で生徒のために努力できるあなたが、職員室で孤立していたアタシに接して、こんなアタシに向かって可愛いと言ってくれる貴女が・・・自分の理想のために、ひたむきに努力しているあなたが眩しかった。」
大場先生の告白は続いた。
「生徒のために、たったそれだけで、人殺しの汚名すらかぶろうとする貴女を無力だ、何だなんて言えませんよ。それにアタシたちの行動は無駄じゃない。一夏を救えたのは間違いなく、貴方がアタシの勝手に付き合ってくれたからだ。」
大場先生が私を見つめる。彼女の眼はうるんでいた。鋼のような彼女が初めて私に涙を見せて、訴えていた。それは真実で、嘘なんて言葉は一つも見えなかった。
「もう一度、それでも、もう一度戦いましょう。お願いします。」
ほんの数分前まで迷っていた私の回答は決まった。それでも、もう一度。私は涙をぬぐって立ち上がった。
「・・・・・はい。もう一度、もう一度戦いましょう! 今度こそやり遂げて見せます!」
駐車場の片隅で、私たちは月からの光を浴びていた。曇りが晴れて、光がこぼれたのだった。
「まだ、戦うつもりなの?」
私は目の前で、修復の終わったマーダーの待機状態の腕時計をつけて、制服を着なおすユーリに訊いた。
「ああ、俺の仕事だからな。」
まるで、学園で宿題をするとでも言うのと変わらないように答えるユーリに少し恐ろしさを感じた。あれほど苦痛を味わって、人を殺すという重荷すら背負うのを少しも恐怖しない彼は傍から見て異常にも思えた。私と同じ人間かと疑うほどに、迷いの無さだった。
更識という私の家系はいわゆる暗部というもので、私もそれなりに、暗いところというのは見てきたつもりだった。それでも、人を殺すという行為は怖かった。見るのと、するのでは一と兆の違い程あった。だが、この男にとって、殺しという行為は一でしかない。そ
れがたまらなく怖かった。
「どうして?・・・・怖くないの? 殺されるかもしれない・・・殺すのだって・・・!」
「だが、誰かがしなくてはならない。なら、俺がする。それだけだ。」
「何のために?」
ユーリは一つ息を吸って答えた。振り返って見せたその顔には曇りひとつなかった。
「職務のため・・・・だが、今はあえて言うなら、俺のためにだ。」
意味がつかめず、どういう意味なのか、と問う。私の理解の範疇を超える回答であったら、と恐れた。もし、彼が猟奇的な趣味の持ち主だったらとすら一瞬恐れた。でも、それでも
私は聞いた。
「どういう意味なの?」
「簪、俺は君に言ったことがあるだろう。俺は空っぽだと。だが、今は違う。俺の中の何かが強く戦うことを望んでいる。俺は自分の職務も知っている、これが任務だということも、だが それ以上に俺はこの感情を知りたい。そのためにも行かなくてはならない。」
答えが知りたい、自分がここにいる理由が知りたい、そう言ってきた。ユーリの望みがこの場で叶うと言うのだろうか。目の前の今のユーリは戦いの中で自分を見つけようとする狂人のようにすら見えた。戦いの中で、自分を探すなど、普通は言えない。
殺すのにも、殺されるのにも恐怖もしない、いつもと同じように行動している、それが日常のように。でも、彼の望みがそれだと分かったとき、私は自分の役割がわかった気がし
た。
私は彼の袖をつかみ、歩こうとする彼を止めた。
「なぜ、止める?」
「・・・・私も行く。」
「君は戦闘には向かない。」
「戦闘以外でも戦える」
私の弐式は幸い、電子装備は無事で、以前のような役割は可能のはずだ。私には人を殺すというのは無理かもしれない。でも、私は戦場に立つことができる。私にできることはこれだけだ。でも、それでも私には役目がある。情報を操り、皆を救うことができるはずだ。
戦場に立つのは怖いけど、それ以上に何もできない自分でいるのがたまらなく嫌だ。
私はユーリに夢を探すのを助けるといった。なら、私も戦場に立つしかない。たったこれだけのために戦いに行く私もおかしいのかもしれない。だが、これが私の役割、望みだった。
「私にはまだ力がある・・・・だからお願い、ここにいろなんて言わないで。 私はあな
たを助けたい、そう約束したよね?私はそれだけのために立つ。あなたが戦場で見つけることができるのなら、私もそこに行く。地獄で見つかるのなら、私も地獄に堕ちる。これが私の望みよ」
ユーリは一拍間をおいて答えた。その表情には少し、喜びが見えた気がした。
「君も俺も、普通ではないかもしれないな。だが、言わせてもらおう。 すまない。」
「謝らなくていい。 私もあなたも、したいことをするだけだから。」
ユーリの口元がわずかにほほ笑んだ。あまり、表情を変えることのない。彼が笑った。
それは私にしか見せなかった表情に思えて、うれしかった。ほほが紅潮したのを、顔を背けて隠して、私は一人笑った。
たしかに私たちはおかしい。望み、しかも正義などではない完全に自分勝手な欲に動く。
今まで、私たちが自分を押し殺してきた反動かもしれない。私の場合は言い訳をして逃げていただけだろうけど、今は逃げたくない。私もユーリも今は誰かのためという言葉は使わなかった。誰かのためという言葉を使った欲だからだ。今度こそ、死ぬかもしれない。十五歳、死ぬには早すぎる年齢だし、私はまだ自殺願望はもっていない。
それでも、私は立つと決めた。
これだけは譲るわけにはいかない。
私たちは二人そろって、目的地まで歩いて行った。
「弓子先輩、交代です。」
一年生の一人が私に言った。時計を見ると確かに仮眠をとる時間になっていた。
緊急時の整備のため、皆が交代を繰り返して、仮眠をとり整備にいそしんでいた。
インダストリーから来たマイクさんたちはコーヒーを飲んで、一睡もせずにやっているが、
まだ整備士として経験も浅い私たちにはできないものだ。
「ありがとう、えっと・・・」
「岸原 理子です。簡単な組み立て程度ですけど、手伝わせてもらってます。」
「そう・・」
私にとって彼女たち、レジスタンスと名乗る少女たちは変わり者の集団だった。自分から機密に頭を突っ込み、武装や機体の整備を手伝おうという。それ以前から、訓練機で専用機に勝とうとする気概などを持っていて私たち整備課にとって大きな話題となったものだ。
「整備課じゃないのに、どうして手伝う気に?」
何気なく、聞いてみた。単純な興味で聞いたに過ぎなかった。
「みんなが戦っているんです。私たちには専用機もないし、腕も未熟ですけど、何か手助けにはなりたいんです。おかしいですか?」
帰ってきたのは青臭いせりふだったかもしれない。人によってはただの自己満足だ、と言い切っただろう。でも、私にとって彼女たちのガッツは尊敬するに値した。
かつての私にも、これぐらいの気概があれば、未来は変わっていたのかもしれないと思わせるほど。
「いや、おかしくないよ・・・なら、私にもコーヒーをくれない? あと十分だけ見直しておきたいから。」
「ハイ!」
元気よく挨拶を返してきた一年生は旅禍案へと戻り、コーヒーを取りにいった。
私は甲龍のマニュアルを読みながら、今回で使う機構の再チェックを急いだ。チェックするのは脚部と腕部だけなのだが、細心の注意を払って、その状態を完ぺきに近づける
自分にできること・・・か
一人思考し、私はタッチパネルの端末を操作する。今の私にできる最大限のことがこれだ。
私たちの仕事には命がかかっている。マイク先生の教えられた言葉を思い出して、二重三重に見直しを繰り返す。たとえ、ISに自己修復機能があろうと、私たちは必要とされる。
最後は人の手でやらなくては、誰も信頼など置けないからだ。それに今はそんな修復を待っている暇はない。
私は自身の最善を尽くすだけだ。それが整備員としてなった私の意地だ。望んで入ったわけではなくとも、今このときは最善を尽くし、戦いに行くすべての人のために体を動かす。
「コーヒーをどうぞ。」
先ほどの一年生が帰って来て、コーヒーの入った紙コップを手渡してくれた。
私は礼を言いつつ、受け取り一口すすった。いつも飲むインスタントとは違い、より芳醇な香りがして、美味しかった。
「美味しい・・・誰が淹れたの?」
「私です。 コーヒーを美味しく入れるにはコツがありまして、豆を程よい大きさに挽かないとダメなんですよ。私にできることはこんなことぐらいですから。」
もう一口すすって、その香りを楽しんだ。
彼女たちは自分たちをよく知っている。そして、それをうまく扱っている。
私もやらなくては・・
そう決意して、もう十分延長して、マイクさんたちの所へと向かった。
勤めを果たす。その思いはここにいる一年生も、整備課も、マイクさんたちも変わらない。私たちはこのようにして戦っているのだ。
「作業を一端中断しろ! 一時本部にて作戦の説明がある、仮眠をとるものは、そのまま仮眠をとって構わない。残りは集合しろ!」
マイク先生の野太い言葉が拡声器で伝わり、私たちは集まるよう言われた。
私たちは皆、作業を中断し、その言葉に従った。
アカネと共に、行くとそこには専用機持ちだけでなく、整備班や整備課の先輩たち。レジスタンスの面々、教師に束博士に、スレートとありとあらゆる人間が勢ぞろいしていた。
指令室に所狭しと座り込んだ皆の前に、束博士とスレートが前に出てきた。
「ハイハイ、皆注目! これから、第二次福音討伐作戦をお伝えしま~す! 進行は束さんとスー君だよ。拍手!」
「なぜお前たちが指揮しているのだ?」
織班先生が問うとスレートが渇いた笑みを浮かべる。くだらないコメデイを見せられた観客のように、失笑していた。
「指揮ができるなら、代わってやってもいいぞ・・・さぞ高等な指揮をしてくださるのなら、歓迎だ。」
「何?」
スレートの嘲りは止まることを知らず、織班先生に全くひるむことなく、それどころか、煽るのを楽しんですら見える。
「別に大場や、山田とやらでもよかったんだが、発案者が言ったほうが内容が正確に伝わるって言われちまったからな・・・・どうする? やるか?」
テロリストが指揮を執るというのは体裁上マズイのだが、彼らのほかに具体的な策が提案されることもなく、この場は彼らに従うこととなった。
「・・・・・話を進めろ、束。どうするというのだ?」
織班先生が苛立った声で博士に訊いた。一夏が意識不明でピリピリしているようだ。
一つため息をついて束博士は語りだす。
「しょうがないな~ちーちゃんは・・ま、いいや。じゃあ、現状の説明から、スー君。」
「はいはい」
疲れ切ったようにも見える中年のスレートは現状を説明する。現在、まともに戦闘できるのはシャルロットのラファールカスタム。 篠ノ之の紅椿 大場先生の打鉄、山田先生のラファール。ユーリのマーダーに、俺のラプターだ。簪の弐式は機動自体はできるが、武器がない。
一見、数としては、まずまず。だが、福音にはウィルスがあり、これと警戒しながらの戦闘になる。さらに、機体の速度にばらつきがひどく、互いに足を引っ張り合うことになりかねない。
そして、搭乗者の問題だ。箒は自失状態らしく、戦闘に耐えうるかどうか定かでない。これで、一機戦力が減り、最高のスペックを持つ機体が選択肢から消える。
そして、弐式は引き続き電子戦の支援機として参加するので、やはり戦闘要員としての選択肢から消える。
結局、火力も機動もない、数もいないメンバーということだ。さらに前回、教師たちはフル装備で出撃したが、大場先生の発注した分は品切れになり、強装弾ではなく通常弾になり、使用できるのは、通常のライフルばかりで、以前のような高火力は期待できない。
つまり、攻めには向かない。なら、どうするかという話になる。
「俺たちのカードはアンブッシュになる。」
スレートが結論付けたのは待ち伏せによる奇襲だった。
全員がどよめいた。
「アンブッシュと言っても、最初から相手にご足労いただくわけじゃない。おびき寄せて、最大火力で一撃で粉砕する。」
「さっき、火力がないって言ったじゃない。」
鈴がそう問うと、束博士が答えた。
「それについては、束さんが説明しちゃうよ~。居残りの機体で急造品だけど、コイツを作ったんだ。」
そういってディスプレイに表示されたのは、大規模な武器プランだった。束博士のもとで使われた荷電粒子砲をもとに作られた、全長、10mに及ぶ大型のライフルである。
既に戦闘不能になったブルーティアーズのスターライトmk3をもとに、ラファールや打鉄のスラスターを冷却装置等を機関部、砲身に取り付け、動力にグレイイーグルそのものを使うという。使用者はアカネだ。ハヤブサとグレイイーグルをエネルギーパイプでつなぎ、その巨大な熱量をすべてライフルに回す。ハヤブサとグレイイーグルは同じインダストリーせいなので、規格における問題は発生しない。そして、飛べない甲龍をバイポットの代わりにして、この巨大な重心を支えて、方向転換させるのだ。
まさにありあわせの急造品だった。
つまり、一人が囮となって、敵を引きつけ、狙撃によって福音を撃破するというのだ。
しかし、この作戦というより、この狙撃ライフルには欠点がある。この収束荷電粒子砲はグレイイーグルの全エネルギーを使うことになるので、恐ろしい威力を発揮するが、あまりに強すぎるエネルギーは空気中で不安定となり、弾道が安定しないし、空気そのものがバリアになり、全てのエネルギーをぶつけることは普通にやると無理になる。
そこで、博士は、シールドそのものを発射して、一種のトンネルを作り、そこの中に撃とうという方法で解決した。故に発射にラグがあり、急な射線の変更が難しい。
普通なら、こんな作戦は使わないだろうが、今はそんな贅沢すらいえないほど、俺たちは切羽詰っている。
全体の流れとしては、囮が福音を引きつける。その間、他の動ける機体は敵の邪魔な機体を引きつけて、狙撃役と囮の邪魔を排除ないし、足止めする。
アンブッシュで一気に片づけて、全てを解決というものだ。
「で、誰が囮をやるかだが・・・・」
スレートがため息をつき、周りを見渡す。俺は、口も開かず、黙って手を挙げた。
「本気か?」
「この中で、福音についていけて、損傷が少ないのは俺だろ?機体スペックも紅椿を除けば、今のところ俺が一番高い。何か異議でも?」
半分ははったりだ。機体スペックが一番高いといったが、実際はラファールより二回りほどで、速度が群を抜いて高スペックなだけだ。
使命感や正義感だけで言っているわけではない、ヒーローのなりたいわけではない。事実、俺が一番の適任なのだ、というより俺しかいない。
「粋がる子供は手に負えないからな。」
「なら、俺で問題ない。」
フン、と鼻を鳴らして小ばかにしたような態度を見せる。テロリストとは言え、歴戦の戦士であるスレートから見れば、俺はひよこ未満の存在だ。生まれてから戦闘をしてきた男の前では、ここにいる誰もがそうなるだろう。その証拠として、この男の睨みだけで俺は体が硬直するような錯覚に見舞われた。明らかに、天敵に相対した哀れな草食動物と同じだった。その目には迫力などという言葉では表現しきれない恐ろしさがあった。だが、俺はそれを理解しつつ、啖呵をきった。
「こんな状況で、泥もかぶらず行けるわけない。ここに俺がいるのは、数合わせでも、逃げるための算段をしに来たわけじゃない。泥をかぶりに来たんだよ スレートさん。
怖いのは自覚している、粋がるぐらいの気持ちでもないと震えるさ。それでも・・」
拳を固く握りしめて、俺は死神の化身じみた男に真っ向から向き合う。
「それでも、だ! 俺は仲間のために行きたいんだ! 弱かろうが、未熟だろうが、関係ない! 俺だけが泥を被らないなんてことだけは絶対にあってはいけないんだ!俺は仲間のために血だろうが何だろうが啜ってやる! だから、言ってくれ! 俺に一言行けと言え!」
会議場にしばしの沈黙が訪れた。スレートは先ほどと違い、笑みを浮かべず、じっと俺を見ている。観察しているのだろうか、俺の双ぼうをにらみつけている。
「そうか、わかった。言ったからにはやってもらう。・・・こっちに来い。」
何をする気なのか、一瞬不安に駆られたが、俺は歩いてスレートのもとまで近づいた。
後ろでは、アカネが制服のポケットに手を入れて、スレートを鷹の目で監視している。
ユーリや、鈴、大場先生も同様に動く。誰しも、スレートを信頼しているわけではなかった。俺は彼らに視線を向けて、片目でウィンクをして信頼するように無言で伝える。
近づくと、スレートは剃刀の刃を取り出して、俺の手のひらをつかみ、軽く切った。
じんわりと痛みが伝わり、血が一滴、手のひらから流れた。
「アフリカでのまじないだ。今からお前は一人の戦士だ。退くことも、敗北も許されん。
今示した勇気を戦場で示せ。」
手のひらににじみ出る血液を握りしめて、その痛みを再度確認する。いわゆる血の誓いというものだろうか。その赤い血潮は俺の戦闘意欲を向上させる効果があったらしく、多少ではあるが、恐怖が薄らいでいる。ほんの少しの効果でしかないかもしれないが、今の俺にはそれが何よりありがたい。俺に課せられた責任は重いもので、俺一人の狼狽がすべてに影響するといっていい。士気の低下はさけるべきで、必要とされるのは希望だ。
俺はその役目を買ってでた。もう後戻りはできない。
俺はその場で、皆に言った。
「俺がこの作戦を預かる。すまないが、少し皆の命を貸してくれ」
俺と共に来てくれたアカネが言った。
「貴方にならいくらでも、貸しますよ。」
ヴィンセントが傷だらけのまま宣言した。
「オールインだ、君に全部を掛ける。」
ユーリが鋭い眼光のまま、意思を伝える。
「俺でよければ」
全員がその場で解散となり、それぞれの職務に就いた。ここにいる誰もが、戦場にいた。
試しに間を作ってみました。
ホントに独自路線ばかりの話ですが、ストーリーやキャラ、書き方等の感想、批評等をお待ちしております。