毎朝の習慣であるシャワーを浴び終えて、タオルで髪の毛をぬぐう。
ホテル桃源郷のスイートは伊達ではなく、カーテンを開けて下を見渡せば、街が一通り見渡せる。髪をドライヤーで乾かしてその絶景を見ながら、衣服を身に着けていく。
Yシャツにジーンズという簡単な服装にして、待機上でもあり、腕時計でもあるグレイイーグルを忘れずに装着する。
いつもなら、ビジネスマンの様なスーツにして、本社でプランの重要性を説いて、いわゆる守銭奴の皆さまに予算を増やしていただくように説得するのが、シンシテイに戻った時の僕のすることなのだが、それも早めに終わり休暇にありつけている。
おかげで、今日は私服でいられる。初日にいくらか金も飛んでしまったが、僕の口座の金の多さは伊達ではない。まだまだ、余裕があるのだ。
せっかくの休暇を楽しまなくては損だ。
学園事態が休暇みたいなものではないか、と役員にお叱りも受けたが、ISが暴走してくるリゾートで休暇をしたいならぜひとも代わってやると言ってもいい。
要するに学園ではどっしりと腰を落ち着かせることができないのだ。
残り1週間程度の休暇ぐらいは許してほしい。
どう休暇を過ごすかを考えて、とりあえず頭に浮かんだのは鈴だ。そういえば、彼女に随分とひどい扱いをしてしまったなと考えて、彼女と街を歩こうかと考えた。
思えば、不思議なものだ。出会った当時の第一印象はお互いに最悪の一言だった。
僕から見れば、彼女は盛った雌猫だった。
自分の恋する相手の気を引くためだけに、僕にISを使った勝負を挑み、挙句嘗めた呼び方をする彼女はあの時の僕にとってまさしく大嫌いなタイプの女だった。
勝手すぎる理由で、戦って、今までの犠牲となった人のとこも顧みずに来た典型的な馬鹿なIS女だと思っていた。
だが、それは誤りだった。
彼女は境遇が境遇だけに任務を果たすと共に自分が理想とした人間に振り向いてほしかっただけだった。
彼女は母に消えられて、生きる手段としてISを駆って来た。
故に彼女は強かった。自分が誰なんかを知ってるからこそ、IS乗りとして矜持があったからこそ、一夏の助けを払いのけて自らを撃つように言ったのだ。
あの行為は惚れたはれたでは、出てこない。
そして、無人機が来たときに彼女は援軍として来た。
彼女には気高さがあった。それを確信するのには十分だった。
それからと言うもの、タッグマッチでは、背中を任せて戦い、悪態を言い合う仲にはなった。
だが疑問もある。福音戦で流した涙と共に言った言葉の数々だ。
あれは友達を放っておけないという意味なのだろうか。
確かに彼女の性格なら、見捨てるという選択肢を選んだりはしない。たとえ、僕のような人間だろうと、友達なら助ける、そういう女性のはずだ。
もう一つの可能性を考えた。
だが。それは僕の妄想に過ぎないだろう。それにこんなことを考えるのは僕らしくない気がする。
だが、彼女を意識しているのは事実だろう。だからこそ、福音戦の時にアンナ事を口走ったのかもしれない。
まるで、普通の思春期のハイスクールの学生だ。
だが、僕は普通じゃない。兵器を操って、大勢の人間を間接的に地獄に送ってきた僕は普通ではない。
この疑問を解消するのは感嘆の用で難しい。単純な話で彼女に一言聞くだけで終わるからだ。
しかし、聞くタイミングも逃してずるずると時ばかりが過ぎ去ってしまい今の今まで来てしまった。
「ホントに・・・わかんないもんだな・・」
一人つぶやいて、隣の部屋の鈴を呼びに行こうとした。
その時、携帯の着信が鳴った。手に取って画面を除くと、アルフレッドからの着信だった。
僕は嫌な予感を覚えつつも、電話をつなげた。
「もしもし?」
『おはよう、ヴィンセント。朝早くからすまないね。』
アルフレッドは朝早くの電話について軽く謝罪をしたのに僕は短く応える。
アルフレッドは今後のピースに対する決定を伝えに来たのだ。
わざわざ、役員の一人からの電話を受け取るのに、妙な感覚にとらわれながらも、僕はその報告を受ける
ピースに対する予算は以前までの予算の15%上乗せする形となり、大幅に予算が増えることとなった。
このことによって、更なる新装備を全機分に用意することも決定したそうだ。
以前より構想されてきたイーグル用の【メテオパック】と呼ばれる装備と、マーダー用の【リーパーパック】がまず学園に戻ると同時に装備されるそうだ。
どちらも、機体にかける予算で実現できないと言われた装備だ。本社曰く、予算はこの際気にしないから、思う存分使ってほしいとのことだ。
おそらく、代表候補生たちの新装備等に対抗意識を燃やした結果だろう。
ブルーティーアーズのストライクガンナーやシュヴァルツェア・レーゲンのパンツァー・カノニーアなど彼女らにも新装備が出ているのだ。
我々が遅れるわけにはいかないだろう。
さらに言えば、最近になって製造されてきたバルドイーグルがさらに性能を向上させている。
近いうちに、グレイイーグルやマーダーのように、ピースの中でも最初期に作られた機体は本当に旧式になるのではないかと言われている。
開発コンセプトからして、イーグルは対施設や戦車の攻撃機の延長線上の機体であるし、
マーダーは閉所での戦闘とステルスを意識した機体だ。
本格的に対ISを想定されたハヤブサやラプターとは違う。
本来は最初から対ISに作る予定だったのだが、これには理由がある。
社の役員を説得させるには、目に見えるデータが必要だった。
疑似ISを作ることを決定させるために、機密保持のためにIS学園の様な場所でない限り、国内のISと模擬戦をするには、厳しい審査等が義務付けられている。その審査の中には対戦相手となる機体の精密な調査、開発者の身辺調査が含まれている以上、役員にISとの戦闘を見せるのは不可能だった。
それゆえに通常兵器等を圧倒するデータを作る必要に迫られてイーグルとマーダーが誕生したというわけだ。
そのハンデを補うパックだ。ありがたいと思わなくてはならないだろう。
アルフレッドとロイには頭が下がるばかりだ。
「君たちプランの機体については以上だ。それともう一つ、わが社について重要なことを言わなくてはな。」
アルフレッドは前置きとして言葉を置き、僕が訊く。
「重要なこととは?」
「決起の決行日だよ」
アルフレッドが愉快そうな声を上げて、詳細を話す。
『ピースの発表は11月を予定している。その時は君たちだけでない皆が奮闘しなくてはならんから、そのつもりでいてくれ。』
僕は高ぶる感情を抑えながら、言った。
「延期はしないんですよね?」
『今のところはな・・・最近妙なニュースが流れている。何者かがゴミクズを30機ほど強奪したらしくてな』
僕は怪訝な顔をして、説明を求める。何のことを言っているのかわからなかったからだ。
「ゴミクズとは?」
『EOS Extended Operation Seekerのことだ。噂程度には聞いたことはあるだろう?
ISもどきだよ。我々のピースには比べる対象にもならん粗大ごみの一種だよ。』
EOS、その単語は聞いたことがあった。
国連が開発中の物で、本当にISもどきだ。稼働時間も短く、パワーアシストも銃の反動をまともに抑えられないほど虚弱。撃っただけで転ぶようでは開発者がどんな顔をして作ったのかを見てみたいと思うレベルだ。
マイク曰く、できの悪いコスプレイヤーを見ている気分、だとか。
「そんなものを30機も?」
『奪われる方もそうだが、奪う方も何のために奪ったのかわからん。一応頭の隅には置いておいてくれ。』
「わかりました。」
『仕事の話は終わりだ。ところで…』
アルフレッドは話題を変えて話すつもりらしい。珍しく長く電話することに違和感を覚えた。教訓をいう事は多いが、今回は僕に思い当たる節はなく、疑問に思っていると彼はその話の正体を口にした。
『君が中国の代表候補生に首ったけと言う話を聞いてね・・・本当かね?』
話題に上がったのは鈴のことだった。予想外にもほどがある言葉に僕は驚きつつも応対する。
「首ったけ・・というのがどういう意味かは知りませんが付き合いがあるのは確かです。」
『なるほど、少なくとも友達ではあるという事か・・?』
「そうです。」
穏やかそうな口調ではあるものの、その節々に粘着質さすら感じる圧力が確かに存在していた。まるで、望んでいない状況のように彼は言葉を放ってくる。
『そうか・・・ヴィンセント、こんなことを言うのは心が痛むが、彼女との付き合いは少し考えた方がいい。』
その言葉を脳裏に反響させながら僕は訊く。
「・・どういう意味です?」
アルフレッドは最初と変わらぬ口調で話す。
『彼女は中国の代表候補生。そして君はわが社の御曹司だ。これだけでも単純な図式が成り立つというものだよ。中国が君を利用していないとなぜ言い切れる?』
「そのことは」
僕は生唾を飲み込みながらも反論する。
「そのことは彼女の口からも聞いています。ですが、彼女にはその意志はないと・・」
しかし、アルフレッドは底冷えするような笑みと共に僕の話を途切れさせた。
『ほお、そうかね? それがどうした?』
その怪物めいた圧力に僕は気圧されてしまい、黙ってしまった。
Rインダストリーで十数年もその椅子を守り、自信の権力を拡大させてきた本物の
モンスターの迫力がそこにあった。
蛇睨まれたカエル同然となる僕を見て、彼は一つため息を吐く
僕が自分の立場を理解したのを確認したのか、アルフレッドはできの悪い生徒を諭すような口調で話す。
『教えたはずだぞ、ヴィンセント。 その程度の策は誰でも使うものだ。最も信頼できるのは己と紙幣だけだ。彼女の属している国が今まで、どれほどの諜報活動をしてきたと思う? 』
「・・・わかってはいるつもりです」
僕は空いた手を握りしめて、その講釈を聞く。
立場でも経験でも、この場では相手が換算に格上である以上、反論するのも難しい。
実際、彼のいう事は間違ってはいない。
『なら、それに見合った行動をするべきだ。君はIS学園の生徒である前にプランの実行者であることを忘れるな。 お父様に夢を見せるのだろう?』
「ハイ・・・そのつもりです。しかし、彼女は・・・」
アルフレッドは鼻を鳴らして、僕の反論を許さない。
『何度も言わせるな。それが危険なのだ。君が彼女を信頼する根拠は何だ? まさか、愛情とは言わんだろうな? それこそが相手の思う壺と言うものだ。たとえ、彼女にその意図はなかったとして、バックの人間たちが何をが策するかを想像すべきだろう?
私は間違ったことを言ってるかね?』
固唾を呑んで僕は答える。
「・・・いいえ」
『ならば、彼女との付き合いは考えておけ。福音の時のウサギと違って利益もみえないのだろう? ここまで来て失敗したとなれば、私は君をそれ相応の罰を下さなくてはならなくなる。 私としても、それは避けたいな、ヴィンセント。』
僕はアルフレッドのいう事を理解しつつも、納得しきれないものもあった。
そして、彼の意地悪さにもいらだちを覚える。
ハッキリと言わないで僕を試すいつものやり口に明確ないらだちを覚える。
「命令はしないのですね・・・一言付き合いを断てと」
『人聞きの悪い言い方だな。 私はやさしいつもりだよ、ヴィンセント。判断は君に任せる。 朝からすまなかったな。では失礼』
その言葉を最後に電話は切られた。
彼の言う通り、確かに鈴との付き合いを考えるべきなのだろう。
だが、僕の心の中ではそれはできそうにない。
なら、どうすればいい。
プランを危険にさらすのを覚悟してまで、彼女との関係を維持していくのか、それともあきらめるべきなのか。
だが、これでは僕が否定した人間と変わらない。
自信の正義で他人に犠牲を強いらせるあの男と何ら変わらないではないか。
僕も結局は身勝手なIS乗りと変わらないのか?
利益か、夢か。
全てを手に入れて見せると言ったことはあったが、僕にとって彼女との関係と僕の夢は同時に叶えられない物なのだろうか。
言ってみれば、何故こんな簡単なことに頭が回らなかったのか。少し考えれば出てくるはずだろうに。
こんなことで迷うとは思ってもみなかった。
こんなことでショックを受けるとは・・・
僕は心に残った濁りに不快感を覚えながら、髪もセットせず部屋から出て行った
「起きるのが遅かったな?・・・・どうした?」
朝のランニングから帰ったユーリにも声を掛けずに。
朝起きて、シャワーを浴びて買ったばかりの洋服を着て、髪型のセットも普段とは同じだが、細心の注意を払って部屋を訪ねた。
部屋に行くまでの短い数歩の間、アタシの心は満開の桜のようにきらきらとしたものだった。心待ちにしていた夏休みのひと時があと三歩で叶うと思えばこそだった。
中国での身を擦切るような思いにも駆られることなく、脂ぎった笑みを浮かべる制服を着た豚と会話することも無い。
ただ純粋にアタシが一人の女の子として、楽しむことができるというのはまさに夢のような日々と言うものだろう。
なにより、アイツといられるというのが、一番大切なことかもしれない。
第一印象は最悪だったヴィンセント。
一夏とは正反対な人間で、利口ぶって、人も裏切る。でも優しいのだ。
理屈こそ並べるが、友達思いなのは確かだ。
でなければ、福音戦の時の様な無茶はしないだろう。
完ぺきではない人間で矛盾している奴だ。非難するところの方が多いのも承知の上だ。だけど、アタシの心の中の中心にいつの間にか存在している。
そんな彼との一日が過ごせる。
ついでに疲れる日々も今日でリセットし、思い切り楽しもうとした時だった。
しかし、部屋に来ればヴィンセントの姿はなかった。
いたのはユーリ一人だった。
「ヴィンセントは?」
そう訊くと、ユーリは一言わからないと答えた。
「どういうことよ?」
「理由は知らんが・・・・訳があったのは確かだな」
アタシは問い詰めるように言った。
「じゃあ、何で連絡もないのよ」
ユーリは答えなかった。
「何よそれ・・」
アタシは心が急速に冷めて、悲しさすら感じた。せっかくおめかしして来たのに、中国から日本、飛んでここまでやって来たというのに、アイツはまたどこかへ行った。
一人ではしゃいで馬鹿みたいだった。
まるで、手のひらで踊らされた気分だ。ここまで会いに来て、わざわざ隣の部屋に泊まらせておいて、肝心な時にはいません、なんてアタシを馬鹿にしているのかとすら思った。
腹立たしくもあったし、悲しくもあった。
どうして、あの男はいつも勝手なんだろう。好きなように戦って、好きなように笑っているくせに、いつも勘が鋭いくせに。
皆、そうだ。アタシ一人置いてどこかへ行ってしまう。どいつもこいつも身勝手に生きてアタシをないがしろにして・・・
母は金を持って逃げ出した。中国政府にアタシをおしつけて、さよならと言うことも無く消えた。
一夏は変わりすぎた。少なくとも、アタシの思っていた彼ではなくなっていたし、
アタシの気持ちはどうでもいいのだな、と悟ってしまった。
ここまで我慢してきたというのに、アイツまで裏切ろうというの?
アタシはユーリに作り笑いをして帰ろうとした。その時、、ユーリは腕を伸ばして、アタシの腕をつかんで止めた。
「・・・何よ? 離しなさいよ」
自分でも思ってもみなかった声が出た。しかし、ユーリは全く動じずに端末を取り出してマップを見せた。
マップにはある場所が赤く光っており、何らかのポイントを示していたのが見て取れた。
「何よこれ?」
「奴なら、おそらく此処にいる。」
ユーリは短く応えた。
「・・・勝手にどっか行くような奴をアタシが探しに行くと思うの?」
アタシは皮肉口調で言って、ユーリの提案を馬鹿にするかのように言う。
間違っていることは言ってはいないはずだ。誰だって、期待していたのを裏切られたと思えば、こう思うはずだ。アタシは間違ってはない。
ユーリは頭を横に振って、静かに言った。
「そんなことは知らない。だが、ヤツがもし傷心しているなら、大体ここにいるだろうことと、お前がそんな人間ではないと俺は知っている。」
彼の意見にアタシはため息交じりに聞いた。
「アタシ、アンタとあまり話したことないのよ?」
それは紛れもない事実だ。アタシは彼とあまり話したことはない。
そんな彼がアタシの何を知って、何を言うのだろうか?
「だが簪はお前のことが好きだ。なら、問題はない。」
聞いてみると大した自信のありようだった。そして、根拠は簪の言葉だと言う。この男は彼女がそうだ、と言えば何でも信じるのだろうか?
アタシは改めて彼の顔を見て思い直した。
いや、違う。簪に信頼を置いているからこそだ。この男はお世辞にも冗談を言うような男ではないからだ。
「お前はヴィンセントを見捨てなかった。福音戦の時も彼を止めようとしたのを見たとき、俺は聞いた。俺はお前とヴィンセントは繋がっているとみている。
・・・・すまないが、彼を見捨てないで貰えるか?」
ユーリはアタシに頭を下げた。
見たことも無かった彼の頼みだった。
もし、これが別の人間なら、こうも驚くことはなかったろう。
だが、彼だから驚くのだ。
堅物で、ムッツリな刃物男。だが、鉄のような男と言うのは信頼するという面では最高の素質だろう。
そういえば、いつもこの男はヴィンセントに反論されたことがなかった。あの理論武装である意味ひねくれたヴィンセントが何も言わずに話をきくのだから、相当なのではないだろうか。
得体こそ知れないが、そんな男の信頼する簪のいう事なら確かに信頼できるかもしれない。
それに、簪は私の友達でもあるのだから。簪が言うのなら、それは正しいのかもしれない。
「信頼してるのね。」
少しほほ笑んで言う。相変わらず表情はあまり変わらないが、満更でもなさそうだ。
なるほど、簪が言っていた雰囲気でわかるというのはこの事だったのかと理解した。
「それ程でもない。ヴィンセントのことは任せる。君の方が俺よりも適任だろう。」
「同感ね」
アタシが即答してみせると、少しむすっとさせた気がした。
「・・・・憎まれ口が言えるなら、心配ないな。追いかけるといい、満足するまで」
そう言って、アタシは甲龍にそのポイントをダウンロードして駆け出した。
どこかへ行くというのなら、追いかければいい。
なるほど、単純な理屈だ。
アタシは難しく考えすぎていたのだろうか、今までがそう簡単にはいかなかったから、経験から、暗い気持ちになってしまったのだろう。
「追いかける恋ってやつなのかな?」
一人そんなことを呟いて走った。
それは単なる自分を慰める言葉なのか、あるいは自身の本心からの言葉なのか
今のアタシには判断がつかなかった。
アタシは前者ではなく後者であることを祈ってエレベーターに乗り込んだ。
示されたポイントは随分と遠くにあった。街を大きく離れてバスに揺られて二時間と言ったところか、ここまで来るのに、大分時間がかかり夕方になっていて荒野の様な風景のなかアタシは目の前にある 古びた、いや、寂れて朽ちた小さなファミリーレストランのような店の前に来ていた。
壁は塗装がはがれてコンクリ―トむき出しで貯水タンクは赤錆だらけになっている。
店の中に入ると、ほこりが積もった椅子にテーブルとが永い眠りについたかのように、
横たわっており、この無人の場所に彼がいるのか、と本気で疑った。
しかし、よく見ると、ほこりの積もった床に足跡が残っていた。
誰かがいることは確からしい。
足跡をたどっていき、二階へ、さらに上がっていくと屋上の扉までついた。
その扉に手を掛けようとしたとき、声が聞こえた。
ヴィンセントの物だった。
「ここから見える。ロケットの噴射炎はよく映えるって言ってたよな? 祖父さん」
祖父さんと言う単語に疑問符を作った。ここにあった足跡は一種類だけだったからだ。
そこから、推察できることは一つだった。
「僕も見てみたかったよ。ロケットが飛び立つ瞬間を・・・この目で。父もそうだったよ、
貴方のことを嫌っていたらしいけど、根っこは同じだったんだね。」
割れた窓の隙間からヴィンセントを見ると、彼は一人、床に座って空を眺めているだけだ。
「貴方ならきっと墓にいるよりこっちにいる気がしてね・・・・もし、いるなら聞いてくれ。
僕には欲しいものがたくさんある・・・・・昔から欲張りでね・・・・でも、それは全部いっぺんに手に入れるのは無理かな?」
彼がそう言っても答える人間はいない。いたとしても、おそらくはアタシにも彼に姿が見えるはずがないだろう。
所謂交信と言うやつだ。
「初めてなんだ。夢以外でこんなにも欲したことがあるのは・・・彼女・・・鈴っていうんだけどさ・・だけど、それは仲間を裏切ることにつながるかもしれない」
ヴィンセントの問いかけをアタシは何も言わずに訊いた。飛び出していきたい気持ちを抑えて、拳を握りしめ、目をつむって堪える。
「僕は酷い人間だ。自分の夢どころか、大勢の人の思いが入った夢と彼女を天秤にかけるようなことをしてる。なあ、教えてくれ。どうすればいいんだ、僕は? どうすれば・・」
アタシは死者との交信を試みるヴィンセントを黙ってみていた。TVで見れば、こんな場面は笑い飛ばしていただろう。だが、こんなものを目の当たりにされて笑えるわけなかった。
彼には悩みを言える相手が死者しかいないのだろうか、いや違うはずだ。
アカネもユーリも、弾も簪も皆聞いてくれるに違いない。笑うものだっていない。
だが、そうしないのは立場によるものもあるだろうが、彼のプライドもあるのだろう。
弱さを見せるわけにはいかない。士気に関わるからだ、と彼なら言うだろう。
アタシは奥歯を噛みしめて堪える。
自分の感情の爆発を。
「彼女は中国の代表候補生だ、だから陰謀があるかもしれない、付き合いを考えろってさ・・・したくないな、そんな事」
ヴィンセントの言葉は続く。
「意地悪だよな、アルフレッドも。命令でもしてくれれば、いっそ」
噛みしめていた唇から血が出て、舌に化学反応によって鉄の味がした。そして、アタシは我慢の限界に達したのを感じて扉を蹴飛ばして入った。
「ふざけんな!」
扉が壊れて悲鳴を上げるように金属音を上げて屋上の床に転がった。
その音に気付いたヴィンセントの顔は見れば見るほど頭にくるほどの間抜けな顔だった。髪もいつものオールバックでないのも癇に障った。
「なんで、君がここに・・?」
アタシはツカツカトと足音を立てて胸ぐらをつかみ、大声でどなった。
「アンタねぇ、人を嘗めるのも大概にしなさいよ! 自分以外の人間は無能だとか思ってんの! アタシにだってできることはあるのよ!」
「な、なにを?」
戸惑うヴィンセントにかまわずにひたすらに叫び続ける。
「アタシがスパイか何かと思うのなら、そう訊きなさい! 包み隠さず答えてやるわ!
悩みがあるなら言いなさいよ! 聞いてあげるから! 死んだやつよりアタシを頼りなさいよ!」
ヴィンセントはようやく意識をはっきりさせたのか、反論を口にしだした。
「君がスパイならなおさら言えないだろう、それに話を聞いてたなら、わかるだろう? ここから見えるはずの景色をもう一度作るのが僕の夢だ。 大勢の夢が詰まっているんだぞ。 割り切らなきゃならないだろう?」
彼は自分の足で立って、アタシに食って掛かった。彼もまた、感情を吐き出したのだ。
「なら、アタシと天秤にかけたのはどうして?」
彼は言葉に詰まったらしく、苦い顔をする。
いつもニコニコ笑っている彼だが珍しく今日は表情を見せる。
「ホラ、見なさいよ。何だかんだ言って自分には逆らえきれない。アンタもアタシと同じなのよ・・・・・・ちょっとぐらいわがまま言ってもいいじゃない」
ヴィンセントは黙って聞いていた。
「前にも言ったじゃない。アンタ、カッコつけすぎなのよ。自分はこうあるべきだ、とか思ってさ。言っておくけど、アタシはスパイじゃないわ。たとえ政府がその気でも、アタシはしないわよ。それだけは言っておくわ。だから、もう一度言うわ、ヴィンセント。」
アタシは掴んでいた胸ぐらを離して、ヴィンセントを真正面から見据える。嘘偽りのない真っ直ぐな目でアタシは宣言した。
「アタシを嘗めるな! 見くびるな! アンタ同様に政府も何もかも相手にしてアタシだって欲しいもの全部手に入れて見せるわ. アンタもそうして。そしてお互いの欲しい物を手に入れてみせるのよ」
いつだってそうだ。それでも、とアタシたちは奮闘してきた。嘲られながらも、弱点を研究し、腕を磨いたレジスタンス達を見れば、わかる。
逆境に勝つにはそれしかない。あがかなければ、何も得られない。
走り続けて足がもげるまで、走るしかないのだ。
アタシたちの様な子供にはそれしかない。それがアタシたちに許された大人たちの世界への対抗種だ。
ヴィンセントは顔を伏せていた。その顔には笑みが浮かびだされていた。いつもの笑みになってきているのをアタシは確認する。
「簡単に言うなぁ 君は」
「ええ、でも、アンタだってそう思わない」
ヴィンセントは顔を上げて、手を髪にあてて、まとめて、いつものオールバックにした。
そこには不敵な笑みを浮かべた小さな策謀家がいた。
「ああ、ありがとう。おかげで目覚めたよ。」
「礼なら、ナイフ男に言いなさい」
「いや、君に言うさ。」
彼は立ち上がって見せた。それはかつて、ここから見えたであろうロケットのように自らが目指す空へと飛び立とうとしていた。
アタシはそんな彼が見たかったのだ。
急展開すぎて申し訳ありませんが、これが自分の限界かもです。
各陣営の話をして、再び学園に戻る予定です。
感想、批評 話の関する指摘等お待ちしております