「じゃあ、少しお店の方よろしくね。ヴィンセント」
「任せろ。看板娘がいなくても、売って見せるよ」
中華服を着たヴィンセントがそう告げて、アタシに遊びに行く許可を出した。
店が開いて、二時間は経って、入ってくるお客の数がようやく落ち着いてきたから、この機に学園めぐりをしようとしたのだ。
それが叶ったのはよかったが、ヴィンセントが手が離せず、一緒に行くことが叶わないのが残念だった。
二組の中華喫茶の目玉がアタシと彼だから仕方ないと言えば、そうなのだが、それでも一緒に歩いてみたかったな、と思わざるを得ない。
仕方なく、中華喫茶のチャイナドレスのまま一人で学園を歩き回っていく。道行く生徒にその家族らしき大人たちに子供。中にはスーツ姿でお固くまとまっている者もいる。
この学園祭は一般公開もしている。故に大勢の人たちが来るわけだ。また、大学のオープンキャンパスの様なものも兼ねているので、中学生の女子たちが制服姿で歩いているのもちらほら見る。
この学園に入ってもISに触れる機会は思ったほど多くないのだが、一縷の望みをかけて、国家代表になることを夢見ているのかもしれない女の子にそんな話をするのは気が引ける。
なにより、夢を見れないアタシがそんな女の子の夢を壊すのは間違いだ。アタシは自分と同じ人間を作って喜ぶような人間じゃない。
それに、夢のない話ばかりじゃないのも知っている。
今の格納庫レジスタンス達がもしかしたら、そんな状況を変えるかもしれない。
来年には、彼女たちの様な女の子がもっと増えて、一般からの国家代表が生まれるかもしれないのだ。
アタシはまだ、夢見る女の子たちを見て、心の中で応援した。
どうか幸あれと。
そんな、気分のいい時だった。見覚えのある姿が見えた。
赤毛の女の子だった。中学の頃、弾の家に遊びに行っては会って、一夏を取り合っていたあの子がそこにいたのだ。
アタシは体が固くなるのを感じた。まるで、石像になったかのように動かなくなった。
必死に体に動けと命じてもピクリとも動こうとしない。
どうして、彼女がここにいるのか、全く分からなかった。嫌な汗が流れだした。
そこで、向うがアタシに気付いて、近づいてきた。アタシは心の中で来るな、と念じたが伝わるわけもなく、弾の妹 蘭がアタシの目の前に立った。
「お久しぶりです、鈴さん」
「あ…ええ、久しぶりね」
アタシは震える拳を見えないように後ろに回して、握りしめた。無意識にそうしていた。
「一夏さんから聞きましたよ。代表候補生なんですよね? いいな~専用機もあって…」
蘭はそんなアタシに気付いてないのか、昔のように話しかけてくる。アタシは拳を必死に抑えていて、話にあまり集中できず、頷くなどの反応しかできなかった。
気を抜けば、自分が何をするかわからない。まるでアタシの体が誰かに遠隔操作でもされてるようだ。
「ところで、鈴さんは…その一夏さんと…鈴さん?」
アタシの様子が変だと思ったのか、欄が怪訝な顔をする。顔に出ていたのか、と思い、笑顔を取り繕い誤魔化そうとする。
「な、何?」
「あの…どうかしました?」
「いや、別に…何でもないわ」
アタシはここから逃げ出したい気持ちだった。彼女を見て、思ってしまったのだ。どうして今、ここに来たのだ、と。怒りの感情を込めて思ったのだ。
ダチの弾が会えば、どんな会話をするにせよ、傷つくことに変わりはない。彼にとっては捨てた家族、もしくは自分を捨てた家族の一人と出会うなんてことになれば、弾の心は大きく揺れるだろう。
もし、会いに来たとしたら、何故もっと早く来るなりしなかったのか。今着ても手遅れだ。
今更、どんな謝罪の言葉も無意味だ。それどころか、上辺だけの謝罪にしか見えず、怒りや悲しみを作るだけだ。
しかも、それらの感情の行きつく先は弾自身だ。怒りを覚えても、かつての家族相手に拳を振れるものなど、中々いない。その怒りは行き場を失って虚しさになる。
悲しんでも、以前のようになることは決してない。一緒にいれば、猜疑心と恐怖心で押しつぶされるからだ。
どの道、不幸しかないだろう。この女はそれを知ってここに来たのだろうか。
たとえ、知らないにせよ弾への配慮がまるで感じられない。
アタシはさらに力の入る自分の腕を必死で抑え込む。抑え込まなければ、彼女を殴ってしまうような気がしたからだ。
湧き上がる負の感情を飲み込んで彼女に訊いた。
「ところで…どうしてここに?」
蘭は長い髪の毛をサラリとかき分けて答えた。
ため息を吐いて、心底イラついたような態度へと変わっていくのをこの目で見た。
「…馬鹿兄と話に来たんです。これ以上、迷惑をかけないように…」
「…迷惑?」
アタシは訊き返した。
弾がどんな迷惑なことをしたのか、本気でわからなかった。
心臓が跳ね上がるのを感じた。押さえていたものが噴出しようとしている。
「一夏さんから聞きましたよ…Rインダストリーに入ってからアイツと来たら、ロクでもないことばかりやるどころか…人殺しをしたって……」
何故、福音事件の一部の情報を一夏が漏らしたのか、どうして、そこまで悪く伝わっているのか、と聞きたかったが、この際無視してアタシは蘭の発言を黙って聞いていた。
「何で、そんなことになったかは知りませんが、これ以上は私たちに大きな損害を与えます。私、来年ここに受験するんですよ? 馬鹿兄のせいで・・・どんな目で見られるか・・・・
」
聞こえてきたのは兄を思っての言葉でもなければ、道徳に基づいたものでもない。
保身。自己中心的な言葉の数々だった。
反省や、謝罪の言葉など、微塵もない言葉の羅列だ。
もっというべき言葉があるはずなのに、彼女はそれを言わない。
頑張れ、と一言いう事もしない。
そこで唐突にフラッシュバックが起こった。
古いアパートの中にアタシと母がいる。
中国の国家代表候補生に選ばれて、大量の紙幣を目にした母の姿がアタシの網膜に映った。
紙幣の束を数えて、ほくそ笑む母。
試合で怪我をして包帯を巻かれたアタシに何の言葉もかけずに、アタッシュケースの中身を我が子を見るように見つめている母だ。
薬物も摂取していないのに、妙なリアルさがある。
母に言いたい言葉がいくつか頭に浮かんできた。
お前みたいなやつがいたから、アタシは血に汚れた。お前の身勝手な愛情のせいでアタシは普通の女の子でいられなくなった。
そんなどす黒さに染まっていると、ふと鏡が見えた。
紙幣を数える母の後ろにあった鏡をアタシはじっと見る。そこに映るのはアタシの姿で、一秒後には弾の姿だった。
交互に入れ替わるように二つの姿が映る。
二人して、憎悪に歪んだ目に見えた。
同じだ。全く持って同じだ。
そんな、幻覚と現実の区別がつかなくなっていくような、落ちていく感覚の中、アタシは突然、現実に帰って来た。
乾いた音が聞こえたのだ。パシン、と言う音が聞こえていた。自分でも何が起こったのかわからなかった。
蘭に顔を向けると、彼女の右頬が赤くなっていて、彼女はあっけにとられたような顔をしていた。
そこまで来て、アタシがはたいたのだと、気づいた。
蘭は右頬を手で押さえて痛がっていた。周りの人たちも何事かと視線をこちらに向けていた。
だが、やってしまった後悔は不思議と浮かばなかった。
「何よ…何も言わなかったくせに・・何も知らないくせ、いや知ろうともしなかったくせに! アンタなんか・・・」
右手に付けた黒のブレスレットに手を伸ばした。目の前の彼女がアタシの母なのか、蘭なのか、わからなくなっていた。
でも、もうどっちでもいい。お前たちはどちらにせよ一緒だ。
アタシたちを食い物にする獣だ。獣なら、いなくなってしまえ。
待機状態の甲龍を呼び出そうとした、その時アタシの手は掴まれていた。
そして、視界が正常に戻った。
正気に返って、振り返るとそこにいたのは、ヴィンセントと弾の二人だった。
「鈴…それだけはダメだ。 それだけは・・・」
「ヴィンセント・・それに弾・・・何で・・?」
自分が今何をしようとしていたのか、ショックを受けたためか、体が糸の切れたマリオネットのようになったアタシをヴィンセントが支えてくれた。
まだ冬でもないのに体が震えだして、寒気がした。そんな姿を見てか、彼はアタシの耳にささやいた。
「大丈夫だ。大丈夫だから…」
アタシはそのまま、ヴィンセントにすがるようにした。
激しい自己嫌悪と、フラッシュバックによる気持ち悪さで、体が思うように動かなかった。
自分の過去と決別したはずだったのに、弾の話を聞いて、そして蘭と会って消したはずの記憶が蘇ってしまった。
思い出すだけのアタシでこの様だ。弾はどうなっているだろう。
込み上げてくる吐き気を抑えて、アタシは弾をみた。
彼は蘭に向き合って言った。
「俺に話があるんだろう?」
「ええ。」
「……少し歩くぞ、ここじゃマズイ。」
そう言って、二人は廊下を歩いて行く。アタシは声を上げようとした。行くな、と弾に言おうとした。話したところで傷つくだけだ、と。
でも、ヴィンセントがアタシを抑えてそうはさせなかった。
身体に力が入らないために簡単に抑えられてしまっている
彼は弾の方に振り返らずに、明後日の方向を見ていた。
「ヴィンセント…離して……」
「……ダメだ、鈴。 これはアイツが決めたことなんだ。僕たちが手出しをしたらダメだ。」
「…でも」
ヴィンセントの双ぼうには光が宿っていた。それは友達の意地を支えようとする男の目だった。それは、綺麗で力強く、この状況では悲しくも思えた。
IS学園には当然だが、警備室が存在する。普段はほとんど無人で、自動で防犯カメラを動かしているだけのホコリの被った場所だ。精々、週に二度センサーの管理をする程度の場所だ。
元々、学園に来る来客が少なく人の出入りと言っても生徒か教師の二種類だけで、交通手段も特殊なものを使わない限り、モノレールのみ。
たとえ、ダイバー用のスーツを着用して、海から侵入しようにも海岸付近はセンサーによる防壁が厚く、それを乗り越えて学内に侵入しても、同じようにセンサーが存在し、さらに教師などの人員が目を光らせていると、侵入するにはリスクが高いのだ。
より根本的な話をすると、ISと言う最強クラスの機動兵器を多数所持する場所にテロを行おうとする者は皆無だからだ。
学園の内情を知らない者にとっては学園内のすべての者はISを操縦できる予備の戦闘員に見えるのだ。
普通のテロリストが所持する携帯ロケット兵器や自動小銃ではどうしようもない相手で、しかも治外法権はあるが、日本国内。つまり、下手をすれば正規軍が援軍として来ることだってありうるのだ。
このように、侵攻も脱出も困難で、世界最強の機動兵器がある場所にテロをしようと考える者はいないのだ。
学園祭では一般の者も来るという事で、更識の者である我々が来ているが、ハッキリ言って杞憂に終わることだろう。
我々の出番はない。そう思うのが自然だ。
「全く、ご当主様も心配性だ。こんな所に誰が来るというのだ」
「同感だな。駆り出されるこちらの身にもなってほしいな」
先輩たちは口々に文句を言う。まだ下っ端の私ですら思うのだから当然だ。
「こんな仕事は自衛隊などに任せればいいのだ。彼らにこそ地味な仕事が目立つ」
先輩の一人が意地悪く言って周りも笑う。ここ最近の口癖になっていた。自衛隊に代わって、それが我々の言い分だった。
自衛隊などは所詮、何ら激しい訓練を受けたわけでないぬるま湯の軍隊と言うのが私たちの共通認識。しかし、公権力を持ち、表舞台に日本の盾として確固とした立場を持っているのは裏にいるしかない我々には妬ましくもある。
古来より、日本の暗部として、盾となって来たのは我々であるという意地があるのだ。
そう、先輩たちと駄弁っていると、扉が乱暴に開かれた。皆が視線をそこに集中させると布仏 正義と布仏本音がいた。
「報告しろ? 異常はないか?」
神経質そうな外見に見合った声で皆が表情には出さないものの、皆が心中で深いため息を吐いていることだろう。
人望のない彼をみて、喜ぶものなどいない。
「何もありませぬ」
一人が肩に着いたホコリを払って言った。
「そうか、しばらく私は席を外す。しっかりと職務を果たせよ」
そして、再び扉が閉められた。その様子を見て先輩たちが煙草を吹かした。
「……お楽しみか…」
「身内相手とは、趣味の悪い」
それは噂の話だった。布仏正義は色々とよくない噂の発信源であり、下っ端の我々には酒の肴にちょうどよいのだ。
その噂の一つが先ほどの布仏本音だ。彼女と、よく「お楽しみ」をしている噂が流れており、まさかとは思ったが、もしかしたら本当かもしれない。
「まあ、本音は中々の美貌の持ち主だ。わからんでもない」
下品な笑いが警備実に溢れた。これもISによる恩恵を受けれなかった下っ端の数少ない楽しみである。
「新米、コーヒーを淹れてくれ」
「はい」
先輩が指示して、それに従い後ろにある缶を開けて、インスタントコーヒーを手早く6つ作っていく。
この作業は最初中々時間がかかってしまい、先輩たちから何度か尻を蹴りあげられたこともあったが、今は手慣れたもので二分とかからない。
各先輩方の好みに合わせて、砂糖を入れたり、ミルクを入れたりと面倒な作業もこなして、ちょうど出来上がった。
時間にして、一分と三十秒。先輩のご機嫌も損なわずに済むことだろう。
先輩たちも心待ちにしてるらしく、さっきから無言で待っている。
喉が渇いて仕方ないのだろう。
早く、持っていこうと思い、振り返った。
「すいません、今できたので…」
だが、私の目に映ったのは先輩たちではなかった。正確には先輩だったものだ。
いつの間にか、スーツ姿の見知らぬ男女が先輩たちのいたテーブルに腰かけていた。
先輩たちは宙ぶらりんと首に括り付けられたピアノ線の様な意図に首を絞められて死んでいる。
私は頭が回らなかった。彼らがどこから来たのか、どうやって音もなくいるのかもまるで、わからなかった。
彼らは皆訓練を受けてきた更識の精鋭だったはずだ。その彼らが何の抵抗もできずに殺されている。
私は知らぬ間に股間を濡らして、声にならないを悲鳴を上げた。
「おい、新米。とりあえずコーヒーを置けよ」
男が楽しげだった。敵である私を目の前にして、喫茶店の店員を呼びつける気軽さで彼は言った。普通なら断るだろうが、手に持ったサプレッサーのついた45口径の拳銃からレーザーサイトの光が走っており、ちょうど私の眉間に合わされていた。
私は指示に従ってコーヒーをテーブルに置いた。恐怖で震える手のまま、万が一コーヒーを零して彼らにかけてしまったらという事にも恐怖しながらも、置くことに成功し、男はコーヒーを一口すすった。
「うむ、インスタントで安い味だが、俺は好きだ。行けよ」
男は拳銃で扉を差して出て行くことを許可した。私は逃げるように扉を開けて出た。
先輩の死んだ部屋から脱出して、逃げてご当主に報告を入れようとした時、後ろから間延びした女の声がした。
「あれれ~、どうしたんですか~?」
「き、君は…!」
正義の後ろにいた女だった。布仏本音だ。味方だと安堵しかけたが、彼女の姿を見てそれも単なるぬか喜びとなった。
彼女は下着姿で体を真っ赤に染めていたのだ。
その姿のせいで、グラマラスな体型に興奮することもできない。
私は恐怖心で腰が抜けて、ついに立てなくなった。逃げたくても逃げれず、彼女がゆっくりと近づいてきた。
「ど…どうして…?」
「訳が知りたい~? そうだね、簡単に言うと……みんな幸せにしたいからかな…私も含めて…」
訳を聞いたが、彼女はまるで天使の様な無垢な笑みを浮かべてそう答えるのみだった。
本能からして恐怖を感じた。彼女は狂っていると全身が感じ取った。
「正義君も気持ちよくなりたがってたから……出会うたびにお薬をあげて、私と楽しむ夢を見せてあげてたんだけどね、物足りなさそうだから、首をギュってして、ついでに少し切ってあげたの~。そしたら逝っちゃったんだ~」
彼女は一歩ずつ歩きながら、聞いてもないことを話しだす。私には信じられなかった。コレがいつも笑っているだけのあの本音なのかわからなかった。
だが、恐ろしいことに彼女は正気の沙汰ではない姿で、ペラペラと饒舌に話している。たまに彼女が簪お嬢様と話しているのをみたことがあったが、それと変わらない。平時と同じ話し方をする。
彼女は異常すぎる。
「ねえ、本音って大事だと思わない? 皆皆、本音を言いたいはずなのに、言えない。好きなことをしたいのにできない。皆自由が好きなのに。自由が好きだから、電車より車を、飛行機をって、作るのと同じで、人だって望み通りになりたい。でもできないんて 悲しい~と思わない? だから……」
ついに彼女が私の目の前に立った。
逃げ場もなく、私の前に立つ絶対的な絶望の塊が聳え立った。
最早、できることもなく、ただ、その瞬間を待つだけの塗擦される牛や豚と何ら変わらなくなった私に彼女は接吻をして耳元にささやいた。
「だから、私は{本音」なんだ。{虚}じゃない、{本音}でいられるんだ~。」
そして、彼女は手をゆっくりと私の首もとに這わせていった。
『警備システムを掌握完了。ドーゾ』
間の抜けた声が耳元に聞こえる。予定通りの時刻であることを腕時計で確認して、通信に応える
「よし……だが、その間の抜けた声はよせ。癇に障んだよ。」
多少のドスを利かせて話すが、我らが亡国機業の戦闘集団である連中には何の意味もない。
暖簾に腕押しだ。
連中は生まれるときに母の腹のなかに頭のねじを数本落としていったに違いない。
『姉御。今回俺裏方何すよぉ?さっき始末したのも三下だ。おまけに仲間は絞殺フェチの女だし、もう一人は下着姿でうろついている……最悪すぎて目をつむりたくなる』
私は鼻を鳴らして、通信相手のドイツ人 クラウツを笑う。いつも好き勝手やっているから、罰も当たるのだ、と心に思い、着慣れないスーツを着ている分の鬱憤を少し晴らす。
「しばらくはそこにいろよ。あと、本音には格納庫に行くように言え、スコールの指示だ。」
クラウツは安堵の息を吐いて、組織内の公用語である英語ではなく、奴の母国語のドイツ語で叫んだ。
『ありがとう、スコール! 流石は我らが姫君だ。……そういえば、今回の仕事に姫君自ら出ているとか、マジすか、オータムの姉御?』
不愉快な話題を出されて私は眉間を抑える。今回の仕事で唯一納得のいかない個所のことだ。スコールもどうして、新しいお気に入りに目が無い物かと思う。
「マジだよ。イラつくこと思い出させやがって…」
『よっぽど気にいってんですね。あの赤毛のことが』
赤毛、すなわちRインダストリー社の所属機体ストライクラプターの搭乗者の五反田弾のことだ。福音事件の観察の一件から、スコールは何かと気にかけている。
前のアイツの時と同じだ。思い出すだけで、腸が煮えくり返る。スコールからの正体も断ったフザケタあの男の時と同じで私はこの上なく不愉快だ。
確かに赤毛は凄まじい。半年ほどの訓練と修羅場で、ここまでの成長を見せているのは戦闘員として私から見ても素晴らしい素質だ。
一夏も素質あ十分だが、二人を決定的に分けている者があるために、二人の能力、スコール的言えば、魅力には隔たりがある。
それは環境だ。
例えるなら野菜の様なもので、ビニールハウス育ちか、天然ものか、と言うのに近い。
天然の野菜はあらゆる気候や虫食いにあって、いびつな形をしており、味も癖があるために万人には受けない。ビニールハウスの中の野菜とは違って、保護されてるわけでないからだ。
しかし、その味わいは一部の者には絶品なわけだ。
スコールもそうした一人であり、歪なものをわざわざ選んで、その良さを見るのが趣味なのだ。
劣悪な家庭環境で生まれ、大企業に入ったにもかかわらずに初期は打鉄で戦い続けた赤毛はスコールの鑑賞者としての性を大いに刺激した。
転んでも立ち上がって走り、壁に立ち向かっていく姿は見ていて飽きないのだそうだ。
諦める道もあった、逃げる道もあった。しかし、赤毛はそれらの道を選ばない。いつも、自分が傷つく方向に行こうとする。
愚かだか、果敢だ。私でさえ、ほんの少し興味がわく。
だが、私としては、そんな子供にそこまで執着を抱くことはないと思うわけだ。
そんなガキはどこにでもいると思うのだ。
なのに、彼女は執着しだしている。できることなら、赤毛を完膚なきまでに叩きのめしたいが、待て、の合図が出されている以上従うほかない。
『姉御、嫉妬したらいけませんよ。せっかくのお顔が台無しですよ。アンタには一夏っていう大事なお相手がいらっしゃるんでしょうに』
「ああ、そうだったな。五秒で済ましてやる。」
『そりゃ可愛そうだ。』
「じゃあ、切るからな」
そう言って、通信をきり廊下を歩いて行く。
今回の仕事で割を食っているのは彼らでない、私もその一人だ。
よりによって、織斑一夏との接触をするのが私になるとは思わなかったが、致し方ない。
スコールの命令だ。
私などましな方で、アイツよりましだ。本人にとっては面倒以外の何物でもないことをしているだろう。そんな任務を請け負っているのがいるのを思えば、軽いものだ。
それに成功すれば、もしかしたらご褒美があるかもしれない。そう思うと思わず舌なめずりをしてしま.う
標的は専用機も持つ男だが、問題はない。
ISを持って調子に乗った雌犬の始末と何らやることはかわりないのだから。
そうと決まれば、仕事は早く、正確に終わらすに限る。
そんな風に考えをまとめながら、一組の教室へ足を踏み入れた。
入ってみると赤毛の姿はなく、標的しかいなかった。
一体どこで何をしてるのか、疑問に思ったが、すぐに作戦行動をとってしまい、そのことは頭からは完全に消え去ってしまった。
学園祭だろうと、人気のない部屋と言うのは意外と多いもので出店や出し物をやっている教室から少し離れるだけで、それは簡単に見つかった。
机も設置されていない、本当に何もないからの教室に俺と蘭は足を踏み入れて、たがいに向き合った。
何か月ぶりかにあった妹を見て動揺したのか、息がわずかにしにくく感じた。
普通なら、涙を流して再開を祝すのかもしれない。
アカネと見に行った映画ではそう言ったシーンがあったのを思い出した。戦場から帰って来て家族を抱擁する、それは見る分には感動的な場面だった。
だが、実際俺の所で起こってみると感動などできるわけもなかった。
映画のキャラと事情が違うからか、どうかはわからないが、とにかく涙は流れなかった。
代わりに虚しさが込み上げてきた。
「久しぶりね、お兄。私がどうして来たかは見当ぐらいついてるよね?」
懐かしくも感じる妹の声は相変わらず攻撃的だった。敵意すら感じるほどだった。
俺はとぼけたふりをして、彼女をあおった。
「さあ、何分不出来な兄だからな。何しに来たんだ?」
蘭に顔が険しくなった。思った通り、蘭が俺の態度は気に入らず、激しい口調で目的を告げる
「アンタに戻ってきてもらうためよ! 今すぐインダストリーをやめて、家に戻ってこいって言ってんの! 一夏さんから何もかも聞いてるのよ! この人殺し!」
人殺しと言う言葉を聞いて、俺は少し揺れた。聞きなれるような言葉でもないためだ。
それに、直接面と向かって言われたのは初めてだったというのもある。
確かに蘭の言う通り俺は人殺しだ。理由はあるにせよ、人の命を奪ったことに変わりはない。
それは咎められて仕方のないことだし、家族が人殺しをしたとなれば、責めたくなるのもわかる。
「アンタの行動で、皆迷惑するのよ? 一夏さんだって……心配してくれたのに、払いのけて、何考えてるの?!」
しかし、それは彼女たち家族が俺を思っての行動でしているなら、納得できた話だ。
当然、彼女たちにはそんな気は毛頭ないのを俺は知っている。
「自分は特別だと思ってんの? そんなの勘違いよ、アンタはただの定食屋の息子で、運だけで入れたに過ぎないってことに気づきなさいよ!」
その証拠に、今こうしているときですら、俺に浴びせるのは慰めでも、心配の言葉でもない罵倒の言葉だ。
「いったい誰のおかげで、ここまで、これたと思ってるの? 親の指示で会社に入ったのなら、親の指示で退社しなさいよ! ソレが家族のためでしょうが!」
だから、この時、俺が蘭に向けたのは軽蔑の視線だった。蘭もソレを察したのか、少しひるんだ様子で俺を見た。
「な…何よ? 何なのよ、その目は?」
俺は一つ深呼吸をして、俺より背の低い彼女を見下ろす。
「お前、よくしゃべるよな蘭。まるでマシンガンだよ。 次から次へとセリフをよくもまあ、思いつくもんだ。」
俺は少し苦笑すら浮かべて彼女に一歩詰め寄った。蘭は一歩詰め寄った俺に肩をビクリと震え上げさせて、一方後ろへ下がった。
「なあ、聞いてくれよ。俺はコレでも寂しがり屋でな……入ったばかりの頃はお前達から電話が来ないかと待ってたんだよ。そりゃ不出来な兄だけど、一本くらい電話が届くんじゃないかって期待してたんだ」
訓練をやり始めて数日たった日のことを思い出して、俺は不愉快な気持ちになったが今は堪えて一歩ずつ蘭に近寄る。
次に思い出して、離したのはアカネの誘いのことだ。あの決定的な日の事だった。
「ある時、アカネ……俺の仲間が実家に顔を出したらどうだって言ってくれたんだ。彼女は優しくてな……俺のために外出の許可まで取ってくれたんだ……ここまでならイイお話だ。あとは、家族と会って再会を祝すだけでハッピーなはずだった」
蘭は顔を青ざめていく。血の気が引いて血色のいい顔が白くなっていくのが簡単にわかった。
彼女たちは俺が実家まで来たのを知らなかったのか、あるいは来るわけがないと高を括っていたのか、どちらにせよ、まだ俺をだませていると思っていたようだ。
腹の底に湧き上がる殺意を押さえつけて俺は彼女になおも語り続ける。
「ところが、来てみれば俺の部屋は無く、私物もゴミ扱いだ。そこに俺なんて最初からいなかったように俺がそこに居た痕跡は全てなくされてたんだよ……笑えるだろ?」
俺は手のひらを見せて、そこにあるものを呼び出した。それは一丁の黒光りする拳銃だ。
蘭は小さく悲鳴を上げた。しかし、追い詰められてる間に気付かなかったようで、
今、自分は逃げ場のない過度に追い詰められたのを知った。
「さて、本題だ。人殺しの俺はこんな家族に一体何をするか、だ?
迂闊だったなあ、お前は俺を怒らせた。その結果がどういうことになるのか……答えは引き金を引いた後だぜ、蘭」
彼女が恐怖で目をつぶった。悲鳴すら上げれないで頭を手で抱えて、丸くなった。
俺を捨てた家族。俺を売り払った連中に俺は別れの合図として、この道具を選択した。
俺はゆっくりと引き金を彼女に引いた。
そして、辺りに色とりどりのリボンや、国旗に紙吹雪が舞った。銃にしては間抜けな軽すぎる音が鳴ったのに、蘭は訳が分からないといった顔をした。
とても間抜けで爆笑すらしたくなるようなアホ面を彼女は見せた。
俺は小道具をくるくると指先で回して蘭に言った。
「バカめ。俺がそんな大層なことするわけないだろ? 殺人罪なんて嫌だしな。」
呆けている蘭にかまわず、俺はその場で爆笑してみせた。
彼女は屈辱を感じたのか、それとも殺されるかもしれない恐怖のためか、肩を大きく震わせた。
俺は爆笑を止めて彼女に言った。
「これでお別れだよ、蘭。俺はお前らの指図も受けない、その代り俺もお前らには何もしない。 こいつが決別の音だよ……じゃあな、蘭」
そして、一枚の髪を懐から取り出して、彼女に渡した。それは小切手だ。
いくらかの金額が書かれた小切手で、定食屋には十分すぎるほどの額が書かれている。
所謂、手切れ金だ。
「もう会わないでおこうな、蘭。 お互いのために…」
俺は妹を一人そのままにして、教室から出た。一組の教室へと戻ろうと廊下を歩いて行く。
ひとまずの決着をつけたつもりだ。俺の人生のけじめをつけてきたはずだった。
何となく窓ガラスを除くと、学園祭ににぎわっている人たちが見えた。
その中に、小さな男の子を肩車しているどこかのお父さんと仲良く隣を歩くどこかのお母さんを見た。
理想の家族の姿がそこにあった。
窓ガラスにうっすらと映る俺の顔に水のしずくが流れていたのが見えて、俺はその意味を分からないでいた。
結構長めになりましたが、今回はこんな感じです。
少し、オリジナルにも手を出したいので次回の投稿は遅れると思われます。
感想、批評お待ちしております