IS to family   作:ハナのTV

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獣はケダモノ、と読みます


兎と獣

お早う、ただいま、お帰り、お休み、とか色々。これらの言葉は日常でよく使われる言葉だ。

親しい友人や、家族に近所の誰かに言うのが普通だろう。それが人と人をつなげる簡単な呪文の一つだと理解したのはいつからだろう。

 

思えば、物心ついた時から私は変な子供だと言われていた。あまり、人との付き合い方もわからず、何処に行っても一人だった気がする。

 

まだ五歳の時、漫画や洋服、新しい靴を欲しがるような年頃の時、私が欲しがったのは数学や物理の教科書だった。

 

最初は両親も背伸びしたい年頃なのだろうと思い、入門用の物を買って来た。

きっと、すぐに諦めてしまう、そうすれば他の子供と遊ぶようになるだろう、そう思ったのだろう。

 

でも、私はそれをすぐに理解し、さらに次へ、もっと高いレベルへと、求め続けた。

最初は喜んだ両親だが、やがてそれは恐れへと変わっていった。

 

単純に言って、気味が悪かったのだろう。でも私には何故なのか、全く理解できなかった。

1と1を足せば2になるように、物理も数学も数式とイコールで全てが理解できるはずなのに、彼らはそれをわからないという。

 

物事には過程があって、それに沿った結果がある。それだけなのに、皆はわからないという。その癖、どんな方程式でも解けない人の心とか思いやりがわからないでいると、どうしてわからないのか、と彼らは責めてくる。

 

お互いにわからないことがあり、相手が何故それをわからないのかが、意味不明で、そんな行き違いが多くなって、私は私を否定しない者以外を理解するのをやめた。

 

簡単な話、馬鹿とは付き合いきれない。人と猿が意思疎通をすることは不可能だ。私は人間で彼らは似ているが、猿の仲間のような者だ。

 

私の道端に転がる石ころたちだ、と石ころなんて見ても仕方ないと思った。

 

そして、私は小学六年にして、私を理解するもの達の輪の中に入っていった。

 

誰かの言葉だったか、「選ばれた非凡人は新たな世の中の成長のためなら現行秩序を超える権利を持つ」、そんな言葉を本気で信じるほど、純粋で愚かだった。

 

 

 

 

 

 

 

布団から跳ね起きて、目を開けて周りを見る。いつものラボで、大したものは置かれてない私の部屋だった。眠るためだけの部屋、スー君曰く、殺風景な部屋を見て、安堵の息を吐いた。

 

「なんで……あんな夢を」

 

極力思い出さないようにしていた記憶が夢となって、再現されたことに激しい不快感を覚えた。最近着るようになった寝間着が汗で湿り、さらに不快感が込み上げてくるのに悪態をつきたくもなった。

 

寝間着を脱ぎ捨てて、洗面台へと走り水で顔を洗う。冷たい水が顔面に当たることで、眠気と心地悪さが吹き飛んで、ようやく解放された気がした。

 

しかし、顔を上げて鏡を見た時にソレは変わった。自分でも自信を持って言えるほどの整った顔、それは妹である箒ちゃんとよく似ていた。

 

最愛の妹、でもコッチはそう思っても向うはそう思うことはない。私はどこまで行っても、妹一人の幸せすらわからない大天才束さんなのだから。

 

ゴーレムのコアと研究所から持ち出したパーツで組んだ第四世代ISは私と箒ちゃんの愛の架橋になることはなく、道具はどこまでも道具でしかないのだと再認識せざるを得なかった。

 

IS、インフィニットストラトスは宇宙への扉を開ける夢の鍵だったはずだ。

これがあれば、人類はいつしか地球以外の居住可能な惑星を見つけ、人類の行動範囲はちっぽけな地球から飛び出て銀河をまたにかけるだろうと、確信をしていた。

そんなSFのような話を皆でしていた。

 

これで、人は国と言う枠組みを超えて手を取り合えるかも、と希望に満ち溢れた目で見ていた。世界はより身近になって、私をわかってくれる人も増えるだろうし、距離が縮まれば、もしかしたら、私の中で解けなかった心の方程式が解けるかもしれないと。

 

「でも、夢は夢だったね……」

 

だが、実際はどうだろうか。ISを宇宙開発に使うものなどいない。どの国の人間も戦略兵器にするために躍起になって、望んでもいない開発を繰り返すだけだ。

 

この地球と言うゆりかごから出ようと考える者もおらず、互いに争うことにしか使わない。

 

いつしか、ISは兵器に、権威の道具へと姿を変えていき、傷ついた人々は憎悪の目でISを見る。

 

どうして、そうなってしまったか。そんなことは今思えば簡単な話だった。

私の願いを込めて作ったものが、決して私の夢を叶えてはくれなかった、箒ちゃんは結局、紅椿を受け取り、それだけだった。

 

あの時、もう少し何か言えばよかったのだ。たった一言、今までの事を謝るなり、すれば結果は違ったはずだ。

 

いっくんが傷つき、箒ちゃんは泣き叫んで、言った。

 

『貴方は自分のわがままでまた、私から何かを奪うのか?! 答えろ、束ぇ!』

 

道具は道具、最後は人だ。私はそこを勘違いしていたのだ。

 

言われても仕方ない、今まで好き勝手やって来たのだから。姉と呼ばれる日はもう来ない、そんなことはわかりきったことだ。

 

それらは過去の話と言えばそうだろう。これからが肝心だと言う人もいるだろう。

なら、これからのクーちゃんとは私はどうすればいいのか。

 

こんな無責任な私が果たして、このままクーちゃんと一緒にいていいのだろうか。

確かにクーちゃんは普通の人じゃない。いわゆる、人のエゴで作られた道具の一種だ。

 

普通の日常に置き、彼女が何者か知られれば、たちどころに彼女は危険にさらされる。

あの純粋な、まだ幼さ残る少女をこんな優しくない世界に任せるのは私としては避けたい。

 

だからといって、私たちと一緒にいるのが、クーちゃんにとっての優しい世界になるのだろうか。

 

テロリスト二人の世界だけがあの子の世界になってしまうのはいいこととは思えない。

そんなのは昔の私と同じだ。狭い世界が起こすのは悲劇しかない。

 

それをこの前の箒ちゃんで知って、その後のスー君を見て、より強くこの目に刻み込まれた事実ではないか。

 

「どうしたらいいかな……?」

 

鏡に映る自分に訊いた。

 

「ねえ、教えてよ。 天災にして天才の私……解けない方程式も問題もない、そうでしょ?」

 

でも、鏡の私が答えることなんてない。所詮は鏡、映ったものを反射する程度にしか使えない。魔法の鏡なんてどこにもないのだから。

 

私は天災だ。でも、妹との仲直りも、夢の続きも、たった一人の女の子さえ、望むとおりにできない。

そこに映った天才はただの一人ぼっちな可哀想なウサギでしかなかった。

 

 

 

 

白骨都市と呼ばれている、街を一人ぶらぶらと行く当てもなく、歩く。肌身を晒している服のせいか、道行く人々がギョッとした顔で見たり、嫌悪感を込めた目で見る者がいる。

 

少し前まで、気にも留めなかった人目というのを意識すると、あまりいい気分ではない、と思いつつも気にしてしまう。

 

これも、スー君やクーちゃんと接して来た賜物と言えばそうだが、恩恵ばかりではない。

人の視線も気にしだすと鬱陶しい。

 

「何だかなぁ」

 

散歩でもすれば、少しは気が晴れると思ったけど、そうでもないことに失望感を覚える。

やはり、私が人と接するというのは不可能とまではいかなくとも、困難なのではないか。

 

益々もって、クーちゃんとは一緒にいてはいけない気がしてきた。

些細なことまで、私を責めているような気がしてならない、完全に神経質となってしまい、

イライラや不安で押しつぶされる。

 

早い所、ラボに戻った方が身のためだ、とそう決めかけた、その時だった。

私の服を誰かが引っ張って来た。

 

誰かは知らないが、この私の服を引っ張って止めようとするとは、よほど肝が据わっているらしい。エタノールをビーカーで加熱するのを楽しむような人間だろうか。

 

そう思って振り返ると、十歳くらいの白骨都市の子供がいた。子供はアラビア語で話しかけてきた。

 

「ねえ、あなた束博士でしょ?凄い人だって、クロエ先生が言ってたんだけど、お願いがあるんだけど、聞いてくれないかな?」

 

私はどうするか、迷ったがクーちゃんの教え子で、私を凄い人だと言っていた等を聞いて少し気分が乗って、話を聞いてあげることにした。

 

「何かな? 手短にね?」

 

すると、子どもは喜んでポケットから時代錯誤というか、化石並みに古いテープレコーダーを取り出して見せた。

 

「これ、直せないかな? 何回も試したけどダメで……」

 

しゅん、と項垂れる子供からテープレコーダーを受け取り、ポケットに入れていた工具で中身を空けてみてみた。

 

欠伸が出そうなほどの単純な機構だった。三歳児かそこらの子供向けパズルのような単純さで、調べるとただの接触不良と、回路を逆につけているだけだという事がわかり、すぐに手直しして、再生ボタンを押してみると、古めかしいジャズミュージックな歌が流れてきた。

 

「直った! ありがとう ハカセ!」

「簡単なことだから、いいよ 別に。」

 

レコーダーからパパ、早く帰って来て、という英語の歌詞が流れるのを聞いて、この子は意味が分かっているのだろうか、とも思ったが、クーちゃんの授業の成果のおかげで、

正しい発音と共に歌ってすらいた。

 

子供はもう一度お礼を言って去って行った。

その子供に手を振って見送っていると、なんだか、少し心が軽くなった気がした。

 

去って行く子供のレコーダーから流れる歌を聞いて、周りの大人たちは敵の歌だと言って叱ることはなく、ノリのいいリズムに合わせて踊る子供を見て微笑んですらいた。

 

古いせいかノイズ交じりの酷い音質だったけど、彼らは喜んでいた。

 

「子供か……」

 

自分の手のひらを見た。簡単な小さな機械を直した手にはいつもより、良い心地があった。

温かく感じられて、なんだかウキウキとした気分にすらなった。

 

今さっきやったことはほんの小さなことだった。でも、その小さなことで私は今まで手にしてこなかった何かを得た気がした。

 

「何だろ、コレ」

 

不思議な満足感に疑問を口にこぼしながら、私はラボへの道を歩く。

さっきまで流れていた歌を口ずさみながら、軽快なステップを交えて、踊って帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠の夜は寒い。凍てつくような空気に街をともすのは僅かな電灯と月明かりだけで、暗く余計に寒さを感じる。

 

「今日は良く冷えるな」

 

陶器の器に入った一杯の湯を口にして、ウダイは言った。テロリスト、反米組織のリーダーである彼だが、大学では助教授をするほどのインテリで、彼は雰囲気からして教養を持った知識人らしさを見せつける人間で、アウトローの頭にはとても見えない。

 

今こうして会話しているときですら、そうは思えないのだ。

 

「そうだな。だが、コイツがあれば、俺の心は何時だって夏さ」

 

そう言って、ポケット瓶に入れたウィスキーを頂く。一目が少ない時にしか飲めず、しかも束製のナノマシンのせいでアルコールによる酔いも得られないが、味わいだけは楽しめる。

 

ウダイは咎めることはしないが、あまりいい顔はしない。彼らにとって酒は堕落の品に映るのだろう。

 

「そうやって、酒を飲むのだけは相変わらずだなスレート。だが、昔と変わったな、お前も」

「俺が変わった?」

 

ウダイの言に首をかしげると彼は小さく頷いて、その理由を述べた。

 

「昔より、目が濁ってない。かつてのお前は逃避者で英雄だったが、今のお前はしっかりと人間だ」

 

あまりに抽象的な言い方に俺は苦笑を漏らして、もう一口ウィスキーを飲んで、口元を拭う。 

 

「意味が分からん言い方をするな。要するに変わったと言いたいんだろうが、何がどう変わったと言うんだ?」

 

ウダイは微笑みを浮かべて、器を地面に置いて懐から一枚の写真を取り出してきた。

それを受け取って見ると、そこには今より若いウダイと顔だけを見せた同年代の女性に五歳くらいの子供が映っていた。

それを見て、少し羨ましく思いつつも、俺は聞いた。

 

「……家族か?」

「そうだ、今のお前は家族を持ったばかりの父親によく似ている。それが人のあるべき姿だと思わんかね?」

 

俺はウダイの顔をマジマジと見つめて、おどけすら見せて、それを否定する。

俺が父親というのは悪い冗談だった。このような無責任な父親などいてたまるものか。

 

そんな親は俺の両親だけで充分だ。

 

「俺が父親だと? 酔っているのか、ウダイ? そんな言葉は冗談を通り越して、悪口にすら聞こえるぞ」

「だが、私にはそう見える。迷っているのだろう?あの白い髪の娘について、責任がつきものだ、それに迷うことはよくある。」

 

ウダイは一流のスナイパーのごとく、俺の心中にある悩みを正確に狙い当てた。

それほどまでに、俺の悩む姿はわかりやすかったのだろうか。

 

それとも、俺よりは長生きをしていることによる、年の功というモノのためだろうか。

どちらにせよ、この男にこうも見抜かれた以上は抵抗も諦める他なかった。

 

「俺が悩むなんて、滑稽か?」

「いや、むしろ微笑ましいくらいだ。それは大切なことだ。とてもな」

 

ウダイはそっと写真を撫でた。愛おしそうに撫でる彼の顔は街があまり明るくないせいでよく見なかったが、どんな表情をしているのか、俺には想像できた。

 

「富、権力、神よりも、人類に必要なのはこういうモノだ。思いやりや優しさだ。これだけは失ったが最後、どこまでも破滅の道しか歩けなくなる。だが、お前は違う。お前はあるべき道に戻ろうとしている」

 

あるべき道、それがウダイの言う家族なのだろう。確かに世界の人類が家族愛やら博愛に目覚めれば、戦争も下らないものへとなるだろう。

 

「夢物語だな。それを知ってるからお前はここにいるんだろ?汚れた大人が多すぎるんだよ、どこもかしくも」

 

俺はそうウダイに言い放った。我ながら意地の悪い言い方だ。

 

ウダイの理想のようにはならない。俺は親の仇を子に、さらに子の仇を取らせるために孫に、時には他人の子供も使いって戦う人を俺は腐るほど見てきた。

 

真っ赤に染まった子を抱いて、よくやったと褒めるような大人はあまりに多い。

 

それは何も、内戦が起こっている国や戦争中の者達だけの話ではない。

俺からすれば、先進国の文明人をやらも大した差がないのだ。

 

ただ、染まるのが自分たちではなく、他国の人々という点では同じにしか見えない。

 

そう見て行けば、子供を健やかに育てることが唯一の正義なのだろう。

だが、それが正義とするとなら、俺は余計に悪となるのだ。

 

俺の汚れちまった心はいつかきっと、クロエをも汚す。だからこそ、俺は彼女を手放すべきではないか。

 

「俺はそんな薄汚い大人の一人なのさ。いや、その中でも更に底の住人だ。お前のように人の世を良く見ることもできない、ひねたガキさ。少し前まで殺しまで一時の快楽代わりにした俺がクロエの親代わり? ハッ……笑えねえぞ」

 

俺はそれだけ言って、立ち上がり、「今日はもう寝る」とだけ言って去ろうとした。

ウィスキーを呷るように飲み、喉と心の渇きを潤そうとするが、片方が潤うことはなかった。

後ろでウダイが立ち上がって、俺の背中に向かって彼は言った。

 

「スレート、ならこれだけは言っておく。 その悩みと責任は捨てるな。それを捨てた時、今度こそお前は本当に獣になるぞ」

「そいつは経験か?」

 

俺は振り返らずにウダイに訊いた。しばしの静粛が起きて、ウダイは答えた。

 

「……私の妻も息子もアッラーの元へと逝ってしまった。神の元へ行くのは彼らの幸せだろうが、私の幸せは最早現世には存在しない。せめて、国と神のために戦って、いつか来る幸せの時を待つだけとなった……」

 

それは復讐か聖戦か、俺には判断がつかなかった。ただの一回のインテリをここまで変貌させたのは、彼の言うモノを捨てた結果なのだろうか。

 

「心に従え、スレート。きっとお前が思っている以上にあの子も束博士も答えてくれる。

私の様にはなるな、友よ」

 

「もう手遅れさ」

 

それだけ言い合って、俺たちは互いの場所へと帰っていった。拠り所を求める俺に、拠り所を失ったウダイ。

 

そんな二人の帰る場所が本当は一体どこなのか、と疑問に思いながら。

 

 

 

 

 

白骨都市で朝日を迎えること、数十回となったことを思い出しつつ、半ば住居と化したラボから出て外の空気を吸う。

砂やほこりが多くても、朝に起きたばかりの空気は美味く感じるものだ。

 

まだ子供の頃は朝日を迎えられるだけでも感涙ものだった。昨日を生き残れた、ただそれだけが嬉しくて、泣いたものだった。

 

最も、その時の色は今のように優しい物ではなく、幾人もの血で染まりきった邪悪な色であったのは苦い思い出だが

 

今ではそれもなくなり、こうして一人煙草をふかして紫煙を存分に楽しむことができる時としている。煙草を吸い、そして空気を吸えば、空気がよりおいしく感じられるものだ。

 

昨日のウダイの話であまり寝つきが良くなかったとはいえ、この時間だけはすがすがしい

 

そんな風に、ニコチンの補給をしているとラボの方に二人の気配がしたのを感じた。

 

「おはようございます、スレートさん」

 

振り返ると、そこには一人、クロエしかおらず、勘が鈍ったかもしれないと危惧した。

寝不足のため、というのもあるかもしれないが、現に俺の目の前には彼女だけしかいなかった。

 

そして、彼女の顔を見て、珍しく感じた。

 

いつもなら、彼女は後三十分ほどは睡眠しているはずなのだが、今日は違った。

俺はまだ火のついている煙草を地面に落として、靴で踏むことで火を消して振り返った。

 

目に入った彼女はいつも通り微笑みを浮かべて俺に接する。それは嬉しくもあったが、同時に自分が咎められているような感覚にもなった。

 

「ああ、おはよう。 今日は早いな」

 

朝陽に照らされた髪の毛を煌めかせて、彼女は「はい」、と相槌をうって、俺に話しかける。

 

「いつもより、早く起きてみたんですけど、この時間の朝陽はキレイですね。今まで、知らなかったです」

 

外見の年齢が十五かそこらの彼女はまるで、初めての物を喜ぶ無邪気な幼子のようにも見えた。純粋無垢というのだろうか。

自然の美しさに素直に喜ぶことができる彼女を見て俺は少し頬が緩んだ。ついこの間まで、多くの事を知らなかった彼女が成長している、と感じられたからだ。

 

最初は見知らぬ人と話す時は俺や束の服を掴み、怯えていた節にあった。人の微妙な心の動きがつかめず困った顔をしていた彼女も今ではこの町の子供に簡単な算数に語学、理科を教え、ウダイの部下と普通に会話できている。

 

この豊かな感受性がそうさせているのだろう。実際、彼女に触れれば、どんな人間も悪い顔はしないだろう。

 

「スレートさん?」

 

いつまでも、顔を見ていたことを気にしたのか、クロエが小首を傾げた。

 

「いや、なんでもない……だが、君の言う通りだ。ここからの朝陽は綺麗だ。コレを見れば、いつかの悩みなんて吹き飛ぶしな」

 

そう自分で言ったが、それは嘘だ。もし、本当ならクロエに関する悩みだって消えてくれるはずだ。だが、消えることなどない。むしろ、彼女の純粋さを見るたびに、俺や束のような人を憎むことばかりしてきた人間が彼女とこのまま過ごすべきかと、ますます悩むのだ。

 

純粋故に俺たちの黒さまで引き継いでしまってしまうのではないか、と。

白いキャンパスを黒いペンキで浸透させてしまうような、そんな感覚に陥ってしまうのだ。

 

それがどれほど罪深く、許されないことか、理解できない俺ではない。

 

そんな俺の事をわかっているのか、クロエは一歩踏み出してきた。

 

「……私の事もですか?」

 

俺は一瞬言葉が詰まったが、すぐになんともない顔を作り出し、彼女の頭を撫でて答える。

 

「オイオイ、あまり大人を困らすなよ……俺がお前の事で」

「悩んでますよね? 私と一緒にいるべきかって」

 

核心を突かれた質問に俺の表情はぎこちないものになっていく。いつもなら、対処できるはずの事柄のはずだというのに、対処できない。

 

落ち着きを取り戻そうと頭を働かせるが、それは逆効果となった。頭の回転速度を上げれば、上げるほど。益々心臓の鼓動が早くなっていくのだ。

クロエがもう一歩だけ近づいてきた。汗まで吹き出しそうになる。

 

「どうして、そう考えるのですか?」

「クロエ、俺はそんなこと思っちゃいない。思ってないんだ。俺は……」

「シャルロットさんの事が原因なのですか?」

 

守れなかった約束の少女の名前を口に出されて俺は狼狽える。

元より今更な約束だと知りながら、僅かな希望を持ってしまったことで俺は今でも悩ませられている。

 

もっと早く行けばよかった、そんな後悔に苛まれて俺は何度忘れようと努力したことか。

しかし、そんな努力も無駄だった。果たせなかった約束は影のように俺から離れようとしない。

 

『でも、やっぱり貴方はそういう人なんだね。ボクは認めないよ。お母さんが貴方を愛していたとしても、僕は・・・』

 

彼女の言葉が脳裏に蘇った。その通りだ、俺は結局は環境に流されるままに生きて、責任も道徳も放り投げて生きてきた、でかいだけの子供だ。

 

しかも、おしゃぶりが離せない赤子と一緒で、一生銃を離すことができない性質の悪いクソガキのような男だ。

 

アウトロー、鬼畜外道、悪魔、そんな言葉しか俺に似合わない。

 

財布どころか、心も空っぽな俺に宛てられた呼び名は不名誉で、的を射ていた。

 

その俺にクロエは怖がるどころか、積極的に接しようとする。それがひな鳥が親鳥に対して、鳴き声を上げるのと似ているような気がしてならない。

 

嬉しくもあるが、同時に怖くもある。

 

いっそのこと、ここで声を荒げて彼女の顔を殴りつけでもすれば、きっと彼女は俺から離れるだろうが、年端もいかない少女にそんなことはできないし、相手がクロエだからこそ、そんな真似は絶対にしたくない。

 

だから、俺は力なく項垂れて彼女のいう事を否定することしかできなかった。

 

「違う! シャルロットは関係ない、全ては俺が悪いんだ! 俺が……見ていてわかるだろ? クロエ」

 

彼女は俺の大声に一瞬肩をビクリと震わせて驚いたが、すぐにいつも通りになって俺の方へと顔を向ける。

そんな彼女に俺は懺悔でもするように、自信の事を述べた。

 

「俺はダメなんだ、クロエ。道を踏み外した人間の一人だ。最初からロクな道しかなかったと言えば、そうかもしれない、だがな……戻ろうと思えば戻れたはずなんだ」

 

シャルロットの母との出会い、あの時俺はやろうと思えば、組織も全て投げ出してまっとうな道へと戻れたかもしれない。

 

それをしなかったのは、本当に彼女を巻き込まないためだけだったのか。それを公開したから、娘のシャルロットに救いを求めたのではないか、そう思う時がある。

 

本当は好き勝手に生きる俺についてくる都合のよい存在を探したのではないか、とも。

 

「だが、それをしないでずっと、逃げた。逃げることも疲れて酒におぼれたこともある。そんな俺がお前と一緒に居ていい訳ないだろ?」

 

クロエは強く反発して言う。

 

「そんなことありません、私は束様とスレートさんでなければ嫌です」

「今はそれで良くてもな、いつかお前が後悔するときがくる、それが来てからじゃ遅いんだ!」

 

俺は彼女の顎に手をやって自分の目を覗かせた。濁りきった、生まれながらにしての人殺しの目を見せることで彼女の間違いを正そうとした。

 

それに対して彼女は背伸びして俺の目に自分の顔を近づけて、普段開けられることのない目が開かれた。

 

俺はその行動にも驚いたが、もっと驚いたのは彼女の目だった。

黒くも無ければ、青くもない、金色の瞳で普通は白いはずの眼球が黒い、開かれた目はとても人間のものとは言えなかった。

 

「私の目が見えますか? これが私の正体です、貴方が道を外れたというのなら、私はそもそもの道なんて無いんです。こんな目をした女の子はどこを探してもいないでしょう。

醜い化け物と同じです」

 

黄金に輝く目に手をそっと添えて彼女は言った。普通ではない。それは年頃の少女にとっては大きな問題だ。社会に生きる人間という動物は集団から逸脱するのを恐れ、忌避するものだ。

 

人間では到底有り得ない目を持つという事を嫌い、彼女は目を閉じたままにするのだ。

それをできるようにするために他の感覚を鍛えることもしてきたはずだ。でなければ、自ら視界を閉じて生活などできるはずはない。

 

「生まれながらの化け物の私に束様もスレートさんも優しくしてくれた。束様は私に知識と世界を、スレートさんからは心と人を教えてくれた、しかも私の事で悩んでくれている。

それが私には幸せで……」

 

今、耳に聞こえた単語に俺は反応した。化け物と言う単語、彼女には最も似合わない言葉のはずだ。そんな言葉で表現されるのは俺や束だけで十分なはずだ。

 

見かけが何だと言うのか。化け物とは醜い外見の者のことではない、内側が醜い者の事を言うのだ。

 

そう思ったら、そこから眠っていた俺の頭が急に目覚め、火薬と薬物のカクテルで灰になったかのように頭が冴えてきた。

 

彼女は化け物ではない、心優しい一人の少女だ。それに彼女は気づくべきだ。だが、あの目を彼女が見るたびに自分を人間とすることはない、彼女は真面目で正直で純粋であるためにだ。

 

なら、それを変えてあげるにはどうすればいいか。答えは彼女と親しい誰かが彼女の考えを違うと否定して、彼女自身を肯定することだ。

 

だが、親しい誰かとは誰の事か、それは世界で類を見ないほど、無責任な俺と束ではないか。

 

「違う……」

 

女のか細い声が耳に届いた。それが誰の物かはわからなかった。だが、確かにその通りだ。

彼女は化け物などではない。

 

「たとえ、誰かの代わりでも私にはそれが全てなんです。だから、私を……」

 

そこで、俺の中で雷が落ちた。霧に包まれた俺の視界が急に開けた気がした。

 

「違う」

 

小さく、本当に、蚊の羽音のように小さく言った。

 

代わりとは何の話か。確かに俺は少し前まではそうしていたかもしれない。だが、ただの代わりなら、俺は悩みはしないのではないか。

 

いつだって、痩せこけた心を満足させるだけで俺は終わらせてきた。使い捨ててきた。

 

シャルロットの母親も、民兵に慰み者にされたどこかの女の子も、人間らしい行動を真似ては置いてきた。

 

その俺がクロエのいう事にここまで胸の鼓動を感じさせているという事はウダイの言う、

子への責任を感じているという事ではないか、と感じ始めた。

 

ウダイは逃げるなと言った。なら、俺は今度こそ逃げるべきではない。

俺は彼女を真正面から見据えて言った。

その時、ラボの扉の陰から、もう一人の人物が飛び出て、クロエの後ろから抱き付いて言った。

 

俺も彼女も同じことを同時に叫んだ。

 

「違う!代わりでも化け物でもない!」 

 

そして、束が言った。さっきまでの俺たちの話を聞いていたらしく、目じりに涙が貯まっていた。

 

「言ったはずだよ、クーちゃんは家族だって、クーちゃんもそう言ったじゃない?!」

 

クロエは束の方を見て、言葉を紡ぐ。ゆっくりと、束に向かって一言一言確認するように。

 

「言いました。でも、束様はスレートさんがシャルロットさんの事で悩むのを見て、悩むようになりました。だから……」

 

確かに彼女の言う通りだった。俺の姿を見て、束は迷うようになった。旅館では織斑千冬相手に啖呵すら切ったと聞いていたのに、彼女は迷っていたのだ。

 

これは一種の成長と言うモノなのだろうか、きっとそうだ、と俺は思う。

 

「代わりなんて言わないよ! クーちゃんはクーちゃんだ、いつも、私やスー君のためにパンを焼いてくれるのはクーちゃんしかいないんだ! 束さん達はクーちゃんの事を本当に……!」

 

その時だった。戦場の音、榴弾の飛来する音を聞いた。そして、街の入り口辺りで爆発が起こって、黒煙を作り上げた。

 

一瞬の静けさが起こって、次に爆風がやって来て、俺たちは身をかがめた。

次に落雷の何倍もの大きな轟音と、人々の逃げ惑う悲鳴と戦う男たちの怒号が聞こえた。

 

「何だ……?」

 

俺が疑問の声をつぶやくと、束が兎の耳を模したヘッドセットから情報を得たらしく、俺に向かって叫んだ。

 

「スー君! ISの反応だよ! 襲撃だ!」

 

そう言われて、俺は拡張領域に仕舞っていたカスタムAKを取り出し、四倍の倍率スコープで爆風渦巻く場所の中心地を覗き見た。

 

そこには確かに武装されたISがあった。彼女の言う通り、本当に襲撃に来たらしい。

そして、そのISは外部スピーカーで町中に響き渡るように言った。

 

『スレートはどこだ?! 私の親友、ナターシャ・ファイルスを死に追いやったテロリストはどこだぁ?! 出てこなければ、街一つを叩き潰す! スレートはどこだ?! あの獣はどこにいる?!』

 

IS乗りは事もあろうに俺を名指しで呼んできた。

見え透いた陽動か、それとも本当に私怨で来たのか、どちらにせよ俺が行かねばならないようだ。

 

「束、クロエ。話の途中だが行ってくる。ウダイには兵隊を分散させずに警戒を差せるように言ってくれ、恐らく歩兵が侵入してくる」

「……わかったよ、スー君……気をつけてね。 後方支援はするから」

 

その言葉に少し驚きながら、俺は短く応えてジャンクラビットを身に纏おうとする。

 

「束様、スレートさん」

 

クロエが目を閉じて、俺と束を呼び止めた。俺たちは彼女の顔を立ち止まって見た。

 

「あとで、何を言おうとしたのか、教えてください……必ず」

 

俺たち二人は無言でクロエを抱きしめた後、それぞれの戦場へと走った。

 

ようやく、芽生えかけた思いを告げる前に、邪魔をする連中を一掃するために。

 

 

 

 




クリスマスを前にして、ようやく更新です。
遅くなって申し訳ありません。
それと最近ストーリーを進めているわけですが、何か書いた方がいい事や書いて欲しい事とかありますか?

クリスマスは暇なので、何かあれば聞きたいです。
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