その日は私にとって忘れらない日かもしれない。月夜の光が天窓から差し込んで、二人の人物をスポットライトのように照らしている。ラボの中で珍しく、束様とスレートさんの二人がダイニングテーブルに突っ伏して寝ていた。
長い事何かを話していたらしく、ラボの外から戻ってきて束様は甘い炭酸飲料を飲み、スレートさんはウィスキーを楽しんでいたようで、空き瓶がテーブルに転がっていた。
アルコールはナノマシンに分解されて効くはずもなく、束様に至ってはアルコールそのものが無いというのに、二人は酔ったかのように、眠りについてしまっていた。
「楽しかったのですね」
自然と二人を見てそう思えた。行儀は良くはないけど、二人がお互いに同じ場所に居ながら眠ったという事は互いに信頼し合っていることの証だった。
寝込みは最大の弱点だともいう。だが、二人は互いに得物となるものを外して話していたとわかった。
スレートさんはいつも腰にさしている拳銃を自室に置いたままで、束様は兎耳を外していたからだ。
当初は主従関係に近く、反発しあっていた二人が今はこうして、互いに寝顔を晒せるまでになっていたことにほほえましく思った。
しかし、そうしてばかりもいられなかった。ラボの中とはいえ、衣服のみで、夜を眠るのは体に毒だ。
風を引いてはいけないと、手ごろな毛布を持ってきて二人にかけて上げ、私は部屋へと戻ろうとした。
「クーちゃん……」
甘えるような声が聞こえて、私は振り返ってみた。
束様がすやすやと寝息を立てて、口元に笑みを浮かべて寝ている。いつも笑った顔が多い彼女だが、この時の顔は優しくて、言ってみれば母性を感じた。
同時に疑問もわいた。そんな彼女は眠りながら、私の何を見ているのだろうか。
きっと、夢を見ているに違いない、彼女が何を見ているのか気になった。
好奇心と恐怖心が入り混じり、人の夢に入るというのは悪いことではないのか、と自分に問いしたが、この場は好奇心が勝った。
私は束様の手を起こさないように、そっと取ってスレートさんの手の上に置いた。
これで、束様とスレートさんは繋がった状態となるはずだ。
今から行うのは、いわゆるISコアを使った仮想世界の創造だ。本人の望みをダイレクトに投影すれば、もしかすると束様とスレートさんの夢が見れるのでは、と思考した。
普通はISコアを複数、行う人間それぞれに持たせなくてはできないが、今は私の中とスレートさんのジャンクラビットしか、この場にはない。
だから、二人をつなげる必要がある。手を添えるだけで済むので、それは簡単だ。問題は私のこの能力で二人の夢が正確に再現されるかどうか、という事と二人の夢がもし私の望むもので無かったら、という事だ。
例えば、私がただのお人形だったとしたら、と。
確かに見ない方がいいというモノもある。だけど、私は一つでも彼らの事を知りたい。
それが、例え二人の見られたくないものだったとしても、私は二人を見たい。
意を決して、二人の手に私も触れて、深呼吸をする。儀式の用意は整った。
「パージ……開始」
一人そう小さくつぶやき、意識を現実から飛ばした。そして、私は二人の夢が入り混じった世界へと踏み込んだ。
目が覚めると、目の前には広がったのは湖だった。よく整備が行き届いた船着きがあって手漕ぎボートが縄でつなぎとめられている。木々の緑に、花で鮮やかに彩られた庭園、自然の恵みの美しさが目の前にあった。
ふとそこへ、鼻孔を微かに刺激するものがあった。食べ物の匂いで、肉と野菜を焼くにおいがした。
バーベキューだ、そう思った。
「クロエ、何してる?」
スレートさんの声が聞こえた。振り返るとそこには確かに彼の姿があったが、違和感を覚えるものだった。
いつもの無精ひげもなく、野戦服でもない。いつか見たホームドラマの父のように、半そでのシャツに短めのズボンにサンダル。
何より、全体的に若く見えた。二十代の若々しさを持って、あの疲れた印象のあった彼ではなかった。
「……スレートさん?」
私は半ば疑問を含めて訊いた。すると、スレートさんは目を丸くして、少し笑った。おかしなことに笑う、彼の仕草は間違いなくいつものスレートさんだった。
「おかしなこと言うな……お前も。せっかくの束の休暇だし、バーベキューだ。楽しまないと損だぞ。それとも、湖を眺めるほうが好きか?」
小さなコテージを背にして、穏やかに言った。網の上の肉をひっくり返して、肉の焼けるいい音がする。
「いえ、その……少し見とれてしまって……」
「そうか?」
「ええ……」
曖昧だが、返答して私は改めて、彼の望む世界の一片を見た気がした。
これがスレートさんの夢なのだろう、穏やかな場所に、静けさと美しさの両方が同居した場所で、ゆっくりと楽しんでいるようだ。
そこに、私と束様の二人が存在しているという事は私たち二人の影響を他所受けている結果だろうか、それとも束様の望みも一緒にしたためにできた混沌ゆえの結果かもしれない。
「ところで、束様の休暇とは?」
違和感の残る答えをしてしまったのを誤魔化すため、先ほどの話の質問をする。相変わらず、この手の事は苦手なため誤魔化せていない気がした。
人の心の動きに敏感に察知してくれるスレートさん相手には通用しないかもと思ったが、スレートさんは困ったような顔をしただけだ。
「今日はアイツが宇宙から帰って来た祝いするって言ったろう? はしゃぎすぎて、忘れたか? 昨日はお前にしては珍しく飛んだり跳ねたりしてたもんな」
束様が宇宙へ行ったと聞いて、私はやはり、この空間は二人の夢の混合した空間なのだと確信した。
どちらか、片方の夢に出なければ、納得のいかないことが多いからだ。例えば、束様が宇宙から帰って来たお祝いと彼は言ったことだ。
宇宙は当然地球とは環境が違い、会話から察するに、長い間宇宙にいたはずの束様がすぐ帰って来れるわけがない。
無重力の空間にいたことで、普通は、地上では立つのも辛いはずだ。これは恐らく、束様が宇宙へ行きたいという夢とスレートさんの宇宙に関する知識不足から来ているのではないか、と予想できる。
そして、今はスレートさんの夢が大半を占めている。
現実よりも若い年齢に、埃もないような綺麗な場所での生活。そこには、私と束様がいて、コテージで皆と休暇を過ごして、楽しむという平穏そのもの。
これがきっと、スレートさんの望む世界なのだろう。
銃火と悲鳴が飛び交い、砂塵に包まれた世界で育った、戦災孤児のほんの小さな、ささやかな夢なのだろう。
私はスレートさんの近くの席に座って、彼の手を見た。銃の引き金を引き続けたことでできる人差指のタコもなく、グローブと見間違えるほどの厚い皮膚ではない、柔らかそうな手のひらだった。
そんな手が私の頭に置かれて、撫でられた。優しい手つきなのはいつもと変わらないが、スレートさんの幸せそうな顔を見て、私は嬉しいような、そうでないような、複雑な気分になってしまった。
彼の幸せが現実にはないような気がしてならなかった、
その時、コテージの裏と言うべきか、私達のいる場所とは反対の所から自動車が猛スピードを出していたのか、けたましいブレーキ音を鳴らしながら、停止した音がした。
扉が開けられたというより、蹴破られた破壊音が続いて、コテージの中をドタドタと駆けまわってくる人物が一人。そして、私たちの目の前に彼女が来た。
「ただいまー! ラブリーチャーミングな束さん! ただいま宇宙から帰還して来たよ~!」
弾丸のごとき速度で飛び出た束様が私にハグヲしようとしてきたのを私は横へステップして回避すると、束様はそのままの勢いで湖に飛び込んでしまった。
水しぶきが勢いよく上がって、私たちにシャワーのように降りかかった。
バーベキューの火は消火され、私たち二人はずぶ濡れになった。
「……冷たい」
冷たい湖の水は気持ちよくもあったけど、寒くも感じた。
それを見て、スレートさんが私にタオルを渡してくれたので、それを受け取って髪を拭く。
先ほどの束様が湖に飛び込んだというのに、スレートは慣れた様子で私に言った。
「風邪ひくといかんから、コテージに入れ、暖炉つけてやるから」
「あの……束様が……」
全く意にも介さない彼の態度を見て私が湖を指さして訊くと、スレートさんは答えた。
「アイツの温まった頭を冷やすにはちょうどいいさ、どうせ、あと五秒もすれば這い上がってくる」
すると、本当に五秒たって束様が湖から姿を現した。
Yシャツとタイトスカートに、白衣という世間的には常識的と言えるが、彼女にとっては非常識な格好でいたことに驚いた。
「スー君、毎度思うけど……君には湖の水のように冷え切った心を温めるべきだと思うんだ、束さんもしまいには泣いちゃうよ?」
「おお、泣け、泣け。どこへでも飛んで行っちまう癖をついでに直してくれれば、俺達は万歳三唱で、お前を迎えるさ」
そう憎まれ口を言いつつも、スレートさんは束様の手を取って、引き上げた。二人とも二カッと笑って楽しそうだった。
「お帰り、束」
「ただいま、スー君、クーちゃん」
手を取り合った二人はそう、絆を確かめるように目線を合わせた後に私を見た。
この目の前に広がった光景を見て、私は純粋に嬉しく思えた。
夢の中でも彼ら二人の信頼は健在で、彼ら二人の双方がきっと互いに互いを求めている。
恋愛や親愛ではない感情を互いに秘めている。悪友同士と言うものだろうか。
憎まれ口を言いあう二人は現実でも変わらない。
その二人の姿に嘘偽りはないのだと、確信が持てた。
「ごめんね、クーちゃん。びしょびしょにしちゃって、コテージに入ろう! 二人でお風呂に入ろーね」
束様は私の手を握って、コテージの中へと誘った。少し強引に感じたけど私の顔は赤くなっていた。
少し気恥ずかしい気もしたからかもしれない。
そして、これは夢の中だというのに、私はいつの間にか夢ではなく現実なら、と思うようになっていた。
別に私が現実の二人に不満を抱いているわけではない。むしろ、言葉では言い表せないほどに感謝しているし、二人と一緒にずっと居たいと思う。
けど、スレートさんは何時か言っていた現実は辛いことが多いと。束様は言っていた、夢は理想、叶わないから願うものだと。
その二人の言葉の通り、現実での二人はいつも何かに悩んだり、戸惑い、怒り、時には涙すら見せる。
スレートさんは涙こそ見せないが、その背中に漂う雰囲気は何とも言い難いものがあったし、束様は大泣きするときもあるけど、本当はいつも泣きたいのではないかと思うほど、可哀想なことが多い。
そんな二人がずっと笑っていられるのなら、こんな世界でもいいような気がした。
星々と月が闇夜で暗い湖面に反射されて、地上と空と二つの場所から優しい光が溢れていた。
電灯もないこの場所にできた地上の星は今までの旅でも見たことがなかったほど幻想的だった。夢だからこそできる景色なのか、それとも二人のどちらかが見た記憶から作られているのか、わからなかったが、美しかった。
そんな湖の近くで私と束様は日本のユカタという、伝統衣装に身を包んで、小さな花火を楽しんでいた。
線香花火と言うらしく小さな火の玉から、火花が散って私の知っている火花とは違うけども綺麗に思えた。
「随分と小さな花火だな。日本ではこいつが主流なのか?」
スレートさんが束様に問うと束様はまるで自分の事のように自慢げに話した。
「違うよ~。これは線香花火。私の認めるニッポンの伝統の品なのだ。こんな小さくても楽しめる花火は中々ないよ~、スー君もどう? 箒ちゃんもコレ好きだったんだよ」
箒、束様の妹さんの名前だとすぐにわかった。福音事件の後、彼女の名前を口にしなくなった束様だったが、ここでは普通に口にしている。
ここではきっと、あんな事は無かったのだろう。もしかしたら、普通の姉妹となっているのかもしれない。
そう思って私は束様に訊いた。
「箒さんも好きだったんですか? なら、彼女もここに……」
そう言うと、束様は少し唸るような声を出して、言った。
「そうしたいけど、箒ちゃんも学校が忙しくて来れないんだよね~。ISについての勉強大変そうだし」
「そう言えば、シャルロットもそう言ってたな。宇宙はそんなに難しいのか?」
「トーゼン! 下手したらあの世への特急便になるよ!」
二人はそう談笑した。私も二人につれられる形で笑った。この世界ではISは本来の宇宙開発用になっているらしい。
束様の夢の一つが叶っているのだと、私は理解し、夢の中だとわかっていても束様を祝福していた。
さっきまでのスーツ姿と言い、今のサマードレスといい、きっと束様は普通の格好をして普通の幸せを送りたかったのかもしれない。
それはスレートさんも同じで、きっと銃を握ることのなかった世界を望んでいたのだろう。
「クロエ、どうした?」
スレートさんが私をふと見て、聞いてきた。
「いえ、星が綺麗に思えて……」
「星か……」
とっさの誤魔化しにしては前よりも上手くできた。束様とスレートさんの二人は空を見上げて、私に言った。
「綺麗だろ? クロエ。ここから見る星々はいつも惹かれる。あんな小さな光の粒が集まって、俺たちを照らすんだ。どれだけ人が進歩しようが変わらない物はあるもんだ、コイツを無くしたら人はお終いさ」
スレートさんは小さな星々を見てそう言った。
「そうだよ、クーちゃん。でも、進歩しだいでは、もっといい物が手に入る。例えば、アレだよ!」
束様はひときわ大きく光る星を指さして言った。
「ISでもし、あそこまで飛んでいければ、もっと、もっと、綺麗な星々が見れるかもしれない。こことは違う、天の川も見れるかもしれない、そう思わない?」
そう問いかける束様を私は見た。いつも夢を語る束様は子供みたいで、純粋で、だからこそ綺麗だった。
私の大好きな人の大好きな顔だった。スレートさんが静かにほほ笑んで、束様が笑う。
この二人の顔が私にとっての幸せだ。
だから、私は応えた。
「そうですね。でも、私は変わる景色や、変わらない景色よりも、変わらない二人の顔
が一番です」
そう言うと二人は驚いたような顔を一瞬見せた後に、二人はもう一度笑ってくれた。
そして、私の頭を撫でてくれた。
「……」
聞き取ることができず、二人が何と言ったかはわからなかった。そこで、古いTVのように視界にノイズが混じり、次の瞬間には砂嵐のようになって、遂には真っ暗悩みへと変化してその世界での私の意識は途絶えた。
視界が開けると、ラボの中だった。散らばった部屋の中で目覚めた私は確認のために周りを見渡し、ついでに意味はないけど少しだけ頬をつねってみた。
現実に戻ったのだと思い、私が立ち上がると二人も起きたのか、眠たそうな声を出して私に朝の挨拶をする。
「お早う、クロエ」
「お早う、クーちゃん。朝から、どうしたの?」
「お早うございます……いえ、なんでも」
「そう? それはそうと、聞いてよクーちゃん」
束様は私に頼み込んで、話を始めた。
「変わった夢を見てね、なんだか、凄い優しい世界だったんだ、でね、そこでクーちゃんがさ、私達の笑顔が一番好きだって言ってくれたんだけど……」
さっきまでの夢の話だとすぐに分かった。そして、これから束様は何を聞こうとしているのか、少し不安に思った。
「そいつなら、俺も似たようなのを見た……残酷にも思えたが、良い夢だった」
「スー君も?」
「ああ、そして俺もお前と同じことを聞くところだ」
スレートさんは頭を掻いて、一つ深呼吸をした。朝の空気を吸うためだろう、そうすると煙草が美味しく感じられるからと言っていた。
私は別の目的で深呼吸をしたかった。この胸の不安を取り除きたかった。もしかしたら、私のしたことがばれているような気がして、怒られるのでは、と思った。
我ながら、子供っぽいとも思うが、それが少し怖く思えた。
しかし、束様が訊いたのはそんな事ではなかった。
ただ一言、簡単な問いだった。
「クーちゃんはそう思う?」
雨露に濡れる子犬のような顔をした束様が訊いた言葉はただそれだけだった。
二人は夢だと信じているようだった。本当は私のしたことであるのだが、今はそんな事を一旦置いて、私は応えた。それが大切な事だからだ。
「はい、もちろんです」
そう答えると、二人は大好きな顔になってくれた。
作るの遅れて申し訳ありません