IS to family   作:ハナのTV

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砂の黙示録

「束様! ウダイさん!」

 

二人の男女が痛みにうめき声を上げる。ウダイさんは腰を撃ち抜かれ、束様は脇腹から鮮血を流している。

 

スコープの反射した光と人を見て、立ちふさがったまではよかったが、まさか、二人が私を庇おうとするだなんて思わなかった。

 

「どうして……?! 私なら死ななかったのに!」

 

ISコアを内包している体なら耐えられる、と私は思っていたため、そう叫んだ。束様の近くに寄り添って、出血部分を手で抑える。

 

束様は呼吸するのも苦しそうにして、私を見る

 

「痛い……痛いよ、クーちゃん。銃で撃たれるのってこんなに痛いんだね……」

「馬鹿な事を!」

 

合理性を考えても、私が盾になった方が良かったはずだ。私ならいくらでも、傷の修復ができる。なのに、束様はわざわざ前に出た。

 

非合理にもほどがある。科学者なら、理論を優先して、結果を導き出すのではないのか、そう考えた私の顔に血まみれの手で束様が触れた。

 

「こんな、痛いのは、クーちゃんには辛すぎるから、さ……大丈夫だよ、束さんは死なないんだよ、絶対に」

「束様!」

 

薄れゆく意識の中にいるのか、今にも、彼女の目が閉じられそうだ。そして、目を閉じたら、二度と起き上がってこれない気がして、私は名前を叫ぶ。

 

すると、声に気付いたのか。ウダイさんの組織「赤い半月刀」のメンバーが何名か、入って来た。

 

「どうした?!」

 

ターバンを巻いた男たちがG36アサルトライフルを片手にやって来て私たちを交互に見た。

 

「撃たれたのか?!」

「助けてください! このままでは。束様が!」

 

男たちの二人がすぐさま駆けつけて、ターバンを包帯代わりに束様の胴体に巻き付けて止血するが、血が止まる気配がない。

もしかしたら、内臓が損傷しているのかもしれない。

 

自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。目の前で束様が死ぬという、最悪の事態になりかけていることに大きな恐怖を抱く。

 

「君は隠れていろ! 俺たちが博士を……」

 

そこで男の一人が糸の切れた人形のようにその場に倒れた。頭部から赤黒い血液を流しているのを見て、死んだとすぐにわかった。

 

「そん、な」

 

顔を覆って、恐怖に震える。激しい嘔吐感が襲い掛かって、ストレスが最高潮にまで達する。

 

他に来た三名のうち二名が束様を遮蔽物の陰に移して、一人が狙撃手目がけて、銃を撃つが、次の瞬間には倒れていた。

 

「死んだ……また死んだ! どうして……?」

 

寒くもないのに全身が震えて、止まらなくなる。次々と命が消え去っていき、人がモノに成り果てていく。

 

昨日まで会話していた人、子供の事を自慢していた優しい誰かのお父さんが、もう立ち上がることはない死体に変貌していく。

 

そして、束様もさきほどから、酷く呼吸を荒くして苦しそうにしている。

隣を見れば、銃で撃たれたはずのウダイさんが必死に防戦のための指揮をしている。

私はその場で束様の手を握って呼びかけることしかできなかった。

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

束様がうわ言のように繰り返しつぶやき続ける。苦痛のせいで汗が流れ、びしょ濡れの顔のまま、私に向かって言っているようだった。

 

「スー君が来てくれるからね、大丈夫だから……」

「束様!」

 

何度も叫んで意識を遠のかせないように努める。その甲斐あって、束様は意識を辛うじて保っているようにも見えた。

 

焦点が合わない目が虚空を眺め、力ない言葉で話す。

 

「慣れないことするものじゃないね……でも、クーちゃんは心配しなくていいよ。クーちゃんは私たちがちゃんと守る、から」

 

それだけ言って、彼女は瞳を閉じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「走れ!走れ!」

 

アラビア語でそう怒号を発して幾人かの戦士たちと束達のいるラボに向けて全力で駆ける。

古ぼけた町にのぼる黒煙と鳴りやまない銃声に爆音、完全に戦場となってしまった白骨都市には日常の面影はなりを潜めており、目にする家屋の壁には弾痕が必ず残っていた。

 

そして、その近くには必ずと言っていいほど、組織のメンバーの死骸が横たわっていた。

相手は特殊部隊、それもアンネイムドのような兵器に頼る軟弱者たちでない。

 

古いやり方だ。今時、光学迷彩ではなくただの迷彩服とプレートキャリを身に着けて、自動小銃で武装する。

こんなやり方で、この強さ、相手は米特殊部隊のデルタやSEALSと見れた。

 

SEALSやデルタ。不要と言われている者達だが、確かな実力と経験を有した猛者たちだ。

練度では、こちらに勝てる点は全くない。

 

光学迷彩や最新機器に頼らないが故の勘の鋭さと、状況判断はアンネイムドには無くて、俺達にはあり、彼らには俺たち以上に優れているモノがある。

 

そんな連中が今まで静観していただけのはずが、ISを一つ犠牲にしてまで、この町に侵攻して来た。

 

その本腰の入れように俺は焦りを感じざるを得なかった。彼らは間違いなく本気でウダイや束を討つ気でいる。

 

この俺もターゲットに入っているが、今の状況では束たちの元へ行き、まとまった方がいい。

 

だから、走るしかない。そして、狭い路地裏のような道を抜けた瞬間、殺気を感じて、通りに身を乗り出すのをやめて、止まった。

 

アメリカのカービン銃の銃声が二つ聞こえて、5.56mm弾のお出迎えが俺の隠れる障害物に降り注いだ。

 

 

石でできた家屋の壁はどんどん削られていくのを横目に、落ちていたガラスの破片で位置を確認する。ここから、100mもない露店に二人を見つけて、組織の二人に援護射撃をするように指示を出す。

 

指示を聞いた二人が自分たちの得物、MG42と56式歩兵小銃で制圧射撃を開始する。

頭をひっこめた敵二人を見て、俺は飛び出して、連中の真横に入り込んだ。それに気づいた二人が構えようとするが、その前にカスタムAKで単射し、撃たれる前に仕留めた。

 

さらに自分の今いる建物の天井に誰かいると、感じてライフルではなく、拳銃のグロックを抜いて、その場に転がりあおむけの状態で連射する。

 

命中して、隠れていた一人が落ちてきた。危ういところで、もう少し遅れていたら死んでいたところだ。さっきまでいた場所に地面に当たってへこんだ弾丸が転がっていた。

 

冷汗を拭いながら、メンバーに前進するようにサインを出す。立ち上がった俺はグロックの弾倉を新しい物に替えながらつぶやいた。

 

「結局は戦場か……俺は死神か? 疫病神か?」

 

それを聞いた一人が求めてもいないのに、答えを言った。

 

「お前は英雄だ、スレート」

 

英雄、欲しくもない称号だ、と思った。だが、今はこの称号があるから、ウダイたちが協力してくれている。そのことだけは感謝している。

 

だが、英雄は戦場にしか現れないという事を考えると、やはり素直に受け入られないものがある。

 

今は少しでも人手が必要だ。束たちの救出にはそれが必要だ。質で勝てない以上は数で圧倒する以外、敵を撃退することはできない。

 

だが、戦場は優しくはない。

 

一発のRPGが飛来して、俺の近くに居たメンバー二人が吹き飛ばされた。男の絶命に至った短い叫びが聞こえて、次に銃声が轟く。

 

すぐさま、手近な建物に逃げ込んで、窓から敵を狙撃していく。レティクルに合わせて、撃ち、シルエットや動きが見えたところを撃つ。

 

3カラーデザートの迷彩服に身を包んだ敵兵士達が俺と言う個人に向けて、全火力を集中してくる。ウダイの部下たちは俺を撃たせまいと、必死で応戦し雑多な小火器で追い払おうと動き、やってはやり返すの繰り返し。

 

『お前さえいなければ』

 

殺したばかりの女の言葉が頭によぎった。その通りだ。連中の目的も俺やウダイの排除にある。

 

生きるために戦って多くの人間を地獄へ叩き落とした俺に、米軍、民主主義の行動で妻と息子を失い、国の再建、自立と言う目的以外に生きる目的を失ったウダイ、どちらも害虫だろう。

 

だが、束は違うはずだ、と思う。奴も同じように身勝手な行動を繰り返した。しかし、それは破壊以外の選択肢を全て塗りつぶされた結果だ。

彼女を歪んでいるというのなら、それは間違いだ。誰かが彼女を歪めた。

 

 

クロエに至ってはまだ、何もしていない。罪を犯していない、と言う意味もあるが、まだ生きて何かをなしてすらいない少女がこんな戦闘に巻き込まれていい訳がない。

 

そんな二人を救うために突破しなくてはならない。だが俺たちは進めずにいる。

 

埒が明かない現状をどうにかしようと、ラビットを呼びかけるが、やはり起動しない。

部分展開すら封じ込められているようだったが、通信だけは生きていたようで、人の声が聞こえてきた。

 

ノイズが多く、非常に聞きずらいのをなんとか、直してクリアにすると、クロエの声が聞こえてきた。

 

『スレートさん?! 繋がった……!』

「クロエか、束たちは?」

 

向うでも戦闘が続けられているようで、アラビア語の怒号とAKとG36の銃声が混じった二重奏がBGMとして流れ、時折爆音が声をかき消してくる。

 

それでも、何とか聞き取っていると、クロエはいつもの彼女らしくない、酷く取り乱した感じで、涙交じりに大声で言って来た。

 

『ウダイさんと……束様が撃たれて……出血が酷いんです!』

 

衝撃すぎる事実に俺はAKを手から落としそうになった。二人が撃たれた、そのことが俺を激しく動揺させた。

頭の中に渦巻いていた思考が吹き飛びかけた。まるで、その場でロボトミー手術でもされたかのように思考能力が奪われて、動けなくなった。

 

「どこを撃たれた? 意識は?」

『束様は意識はほとんどなくて、ウダイさんは今、指揮を続けています……スレートさん、私どうしたら……私、狙撃手に気付いて、守ろうとしたのに……!』

「落着くんだクロエ、待ってろ、今行く」

 

パニックに陥りかけているクロエになるべく落ち着いた声を心がけて話すが、彼女は冷静さを欠いたままだ。

 

だが、それは俺も似たようなものだ。軽いショック状態を手甲を噛むことで、直す。

必死に思考を整理して、この状況を打破する考えを打ち出そうとする。こっちの手勢は五人。だが、敵の数はわからない上に、一人一人の腕は完全に負けている。

 

火力でも負けている。こちらはいい所、狙撃銃のみ。だが、相手はRPGの発射筒は少なくとも所持している。

 

どうすれば、突破できる? 急がなければ、手遅れになってしまう。それだけは何としても避けなくてはならない

 

「英雄!」

 

思考を巡らせる俺を呼び、誰かが俺を突き飛ばした。

どこから来たのか、無反動砲の一撃が俺たちのいる地点に放たれて、それに続いて、RPGに旧式のバズーカ砲まで俺たちを襲った。強烈な一撃を喰らった建物全体が崩れ、床が割れ、天井が思い瓦礫となって俺たちの真上に落ちてくる。

 

 

身体をあちこちにぶつけて、転がり回る。普通なら死んでいると思う所だが、不思議と生きていた。

 

耳鳴りが鳴って、とてつもない不快感が俺を覆った。うめき声を上げたくても、呼吸が上手くできず、喉から空気を吐き出すこともできない。

酸欠と苦痛によって、視界が暗くなるのを根性や気合で、耐えるが、悲鳴を上げる体は俺の事情に構うことなく痛みを発し続けるのだ。

 

「英雄……」

 

声のする方向に顔を向けた。

薄く開いた目には俺を救った組織の一人が倒れており、血を大量に流している。

あの出血量では助からない、そう俺は判断した。

 

男もそれを理解しているようで、俺の方を見て最後の言葉を残して逝った。

耳鳴りで聞こえなかったが、唇の動きから、何を言っているのかが理解できた。

 

「息子と……息子の先生に……言ってくれ、ありが、とう……」

 

深く息を吐き出した後に、男は死んだ。どこのだれか、名前はわからなかったが、俺は無言のうちに感謝を込めて、まだ痛む腕を伸ばして、光を失った目を閉じさせた。

 

呻きながらも立ち上がり、AK小銃を片手に俺は歩こうとする。

舞い上がる粉塵に喉と肺を痛めて、せき込んで、爆風の熱気残る場所を抜けて、先を急ぐ。

 

弾丸の嵐の中を一人で突破し、次の道へとつながる細い街道に入った。

倒れないように、壁に寄り添いながら進んでいくが、敵に容赦はない。

 

一発の銃弾が左肩を抜けて、鋭い痛みと熱で俺はもう一度倒れる。這ってでも次の道へと、束達がいる向う側へと渡りきり、再び立ち上がって、目の前に来た敵兵二人をフルオートに切り替えたAKで薙ぐようにして撃ち殺し、ラボのある方向へと歩く。

 

走りたかったが、倒壊した時に骨を折ったのか、酷い鈍痛が左足に感じて走るのは無理だった

 

流れる赤い血潮を止めることもせずに先を急いだ。途中で壁に寄り掛かりつつも、AKの弾倉を片手で交換するが、手が地で濡れているせいもあって、いつもより時間がかかる。

 

「待ってろよ、クロエ、束……もう少しだ」

 

繋がっているのか、まだ作動しているのかもわからない通信機相手に独り言を話していた。

もしかしたら、自分に言い聞かせているだけなのかもしれない。

 

まだ、間に合うとそう信じたいだけなのかもしれない。だが、それでも俺は歩みも言葉も止めなかった。往生際の悪いような気がして、何故か頬が緩んだ。

 

俺は彼女らを救いたいのか、自分が救われたいのか、どちらなのか。

 

そんな自嘲する考えが浮かんだが、すぐに消え去った。今は足を動かし、周囲に警戒するだけに集中しなくてはならなかった。

 

もう考えるのはやめろ、そんなことは終わった後でいい。そう言い聞かせて進む。

何個目かはもうわからない街道を抜けて、大きな大通りに出た。あと少しでラボにたどり着けれる。

 

そう喜びに浸る前に、聞こえたのは当然、俺を祝福するものではない、三機のヘリのローター音と周りを囲む兵士達の気配だった。

 

周りに味方はいない、遮蔽物も無い大通りの真ん中で俺は周囲を見渡した。

こうも絶望的な状況下になった時、俺は何時だって俺はどこか他人事のように状況を冷めた目で見ていた。

 

だが、今日の俺は違った。自分の中にある生存本能が全力で俺に生きるよう、働きかけているのがわかる。

心臓の鼓動が早くなって、呼吸が浅く、回数が増えるそれは。アドレナリンが分泌されているせいだけではない、明らかに心理的な効果があると確信できた。

 

まだ、約束が果たされていない、たったそれだけが俺を動かしていた。

 

俺と言う男の生存を許さない男たちの目がスコープ越しに俺を射抜いているのがわかる。

次の瞬間にトリガーにかけられた指に力が込められて、俺の心臓を破壊することは疑いようもない。

 

俺はその時、自暴自棄になって特攻するわけでも、諦めて立ち尽くすことも選ばず、ラボに向かって歩き続けることを選択した。

 

最後の瞬間まで、俺は歩くことを選んだ。

諦めきれない女が二人、そこに居たから、だろうか。

 

「もう少しだ……」

 

 

 

 

 

もう一度呟いて、歩く。もう俺も終わる、そう確信した。だが、歩くのをやめようとはしなかった。今までのツケから逃げるよりも、戦うことを俺は選択したのだ。

 

 

 

 

その時天使のような悪魔の声が俺の通信機に入った。

 

 

 

 

 

『いえ、もう着いたわ』

 

 

その声は一人の人物を思い出させた。最高品質の絹のようなきめ細かい金髪に鮮血のような残酷で美しい瞳を持つ女、スコールのそれだった。

 

次に起こったのは猛り狂う嵐のような破壊だった。突如空から飛来した三機の人型がリトルバードを業火に包み、撃墜させて着地した。

 

曲線が多い有機的なデザインのフルスキンのISが二機と、いつか見た蜘蛛を模したISが一機俺を囲うようにして、米兵にオーバーキルともいえる火力を注ぎ込む。

 

その光景だけで勝利は確信した。

 

三機のISの増援によって、米兵は蹴散らされて、散り散りになって下がっていくのが見える。

 

それにも容赦せず、大口径の実弾とエネルギー弾の二つが音速を超えて、追いかけていく。

 

 

アラクネがエネルギーの弾幕で大気と家屋を焦がし、二機の僚機がブルバップ式のアサルトライフルで掃射する。

 

巨大な発砲音が耳を傷めたが、不快感は起きず、むしろ自分が助かって生きていることを実感できて感謝の念すら覚えた。

 

思いがけない増援はかつての古巣の忌まわしい連中だった。その忌まわしい組織の最高の戦闘員である女が俺を見た。

 

「何て顔をしてやがる」

 

アラクネの乗り手、オータムが俺を見てそう言った気がした。蜘蛛のように足が多くて悪趣味な機体のデザイン、初めてみた時は嫌悪を示した機体だったが、今は女神のように思えた。

 

そこで、俺は意識を手放して暗い闇の中へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが俺を呼ぶ声がした。だが、おかしなことにその声は数秒ごとに他人の物になり、音楽を何回もリピートするように、繰り返し俺の耳に聞こえた。

 

最初は、シャルロットの母親で飛びとめる声が、次にシャルロットの俺をなじるような声が聞こえる。

その次にはスコールが耳元に甘く囁くような声、今度は束が茶目っ気を出すようにして、最後にクロエの優しい声が聞こえて、また最初に戻る。

 

走馬灯に思え、俺は不快感を覚えた。俺を責めているのか、何が面白くて、こんな悪趣味極まりない物を俺に聞かせるのか、沸々と湧いた怒りは頂点に達し、俺は目を開けて、怒鳴った。

 

「黙れ!黙れ!」

 

視界が急に開けて、目の前に穴の開いたラボの天井が映った。背中の感触から、ソファ代わりにしている毛布を乗せた長椅子の上だと気づき、体を起こして、周囲を見ると、涙で腫れた目で、クロエが俺を見ていた。

いつもの目の閉じた状態でなく、金色の瞳を露わにして俺の目の前にいた。

 

俺はそのことにおかしさを感じていた。さっきまで戦場にいたはずだというのに、何故かラボにいる。

 

まるでさっきまで悪い夢を見ていたようだ。ここは本当に現実だろうか。

クロエに触れようと左腕を動かしてみると、肩の部分に鋭い痛みが走った、ライフル弾が抜けた傷跡を見ると、包帯が巻かれており、この痛みでさっきのも、今も夢ではないことが理解できた。

 

「スレートさん」

 

クロエが泣いていた。たった数時間前に会ったというのに、今こうしてみると、数年ぶりに会えたような感覚に陥った。

 

そして、俺はその涙の理由を知りたかった。脳裏に束が二度と動かなくなってしまったヴィジョンが浮かんでしまい、俺はクロエの無事と彼女との再会を喜ぶ前に俺は彼女に訊いた。

 

「クロエ、束は?」

 

恐る恐る訊くと、クロエは口を一瞬ギュっと結ぶようにして答えた。

 

「束様は無事です。まだ、眠っていますが……今、私たちを助けてくれた人たちが治療をしてくれています」

「助けてくれた人?」

 

俺がそう訊きなおすと、クロエは後ろの方へチラリと視点をずらした。そこへ、俺も視線を動かすと、ISスーツに野戦服のズボンだけを履いた、亡国が誇る戦闘員オータムが髪をかき上げながら、俺とクロエを見ていた。

 

「よぉ」

 

俺は返事もせずに黙って彼女の顔を見ていた。それを不満に思ったのか、舌打ちをしてオータムは俺の元に近寄ってくる。

 

「こんにちは、も言えねえのか? 怪我しても口ぐらいは動かせんだろ、スレート? 助けてやったんだし、礼くらいは言えよ」

「……ああ、ありがとうな」

 

嘲るような声を出すオータムに対して、俺は軽く礼をすると、不機嫌そうに息を吐いて俺の傷跡に人差指を立てて、血をにじませた。クロエがソレを見て引きとめようと抗議した。

 

「やめてください! 怪我をしているんですよ!」

「知っているさ、お嬢ちゃん。だが、礼儀も知らない痩せ犬にはこれぐらいがちょうどいいのさ、だろ?」

「……黙れ、スコールの雌犬が。 で、用件があるんだが、聞いていいか?」

 

グリグリとドリルのように指を回して銃創を掘ろうとした手をやめて、オータムは俺を見下ろす形で見る。

 

「何だ?」

「何故、ここに来た?」

 

大方は予想はついているが、確認のために訊いた。

 

オータムは目を鋭くした。昔と変わらない仕草に俺は少し笑った。この女は不機嫌な顔を隠すことは仕事中以外は絶対にしないのだ。すると、殺意すら湧いて出てきてるようだった。

 

「……スコールの頼み事でな。本来ならお前なんてゴミ箱に詰めて、燃やしてやりたいんだが……仕方ないから、ぼろ屋に詰めてやっているんだ」

「なぜ、スコールは俺に拘る?」

「矛盾の塊」

 

オータムはそう一言俺に言った。

 

「誰よりも残忍なくせに、良心を残そうとする。逃げる癖に温もりだとかを求める。そういう変な人間らしさがお気に入りなんだよ。私でも理解できるが、そのせいでスコールの浮気癖が発揮されるのがどれ程、腹立つかわかるか?」

 

まるで、俺の本性などお見通しなどと言わんばかりの勝ち誇った顔を見せるオータムに向かって俺は毒を持って言葉を返す。

 

「お前は俺がそんな事を言われて、どれくらい切れてるか知らないだろう? 嫉妬なんぞするんじゃねえ、変態女が」

 

売り言葉に買い言葉。 互いに罵り合って、鼻を鳴らす。オータムはスコールが俺を気に入っているという事実が気に食わない、俺はそんな嫉妬からくる態度が気に食わない。

 

そして、戦争を悦としているこの女を俺は嫌悪していた。俺とは違う、いくらでも、戦わないことを選ぶ選択肢がある環境にいたにもかかわらず、この女は戦争を好んで仕方ない戦争中毒者だ、それ以外はスコール以外に快楽を感じられない異常者。

 

好きになれる訳がなかった。

 

「相変わらず、口は減らない。気に食わないんだよ、お前は。まあいい、しばらくはお前とも付き合わなきゃならないから、我慢してやる」

 

オータムに台詞にやはり、と思った。こいつ等は俺と束、クロエを連れ去る気でいる。だが、俺達には拒否ができない。束は昏睡中、俺は負傷して、ラビットも使えない。

 

クロエはそもそも戦闘力が皆無に等しい。そんな状態ではオータムどころか、亡国の戦闘員一人すら倒せるか怪しいものだ。

 

何より、半ば束が人質も同然で手が出せない。従う以外のカードは俺達にはない。

 

「選択権はないんだろ?」

「ピストルを頭に向けるっていうのならあるぞ?」

 

俺は無言でオータムを睨んだ。いっそのこと、掴みかかりたかったが、それは叶わない、と瞬時に理解してしまい、さらに、目を鋭くさせる以外に抗議の術を思いつかなかった。

 

「ま、いいさ。それと、もう一つな。ウダイだったか、アイツもついでに治療はしといた。

インテリの割に、頑丈だな」

「ウダイが……」

「だが」

 

オータムは陽とは一拍溜めて、言葉をつづけた。

 

「脊髄に損傷を追ってる、もう自力では歩けないだろうよ。それも、そこのお嬢ちゃんと兎を庇ってな、おかげで兎の傷は浅くなっていた。もう1センチ深けりゃ死んでたぜ」

 

オータムの目から、クロエは顔を背けた。それで、ウダイは負傷したのか、と俺は合点がいき、俺はウダイに感謝をした。彼の行動によって、俺は失わずに済んだ、という訳だ。

 

それが、俺のためか、はたまた束とクロエのためか、もしくは昔に無くした妻子への罪滅ぼしのため、か分からなかったが、とにかく助かったという事実が残った。

 

「私のせいでしょうか?」

 

クロエが俺に聞いた。だが、答える前にオータムが答えた。オータムはクロエの身長に合わせて、少し屈んでクロエの額に自分の額を当てて、言った。

 

「そんな言い方はやめときな、あの男は自分で動いた。そいつにお前が責任を感じたら、台無しになる。わかるか? お前のせいで怪我したわけじゃない、自分の意志でお前を庇った。 わかったら、一生それを覚えて感謝しろ」

 

オータムはクロエの頬を少し乱暴ではあるが、撫でた。スコールのお気に入り以外にはどうやら、公平に接しているのは昔と変わらなかった。

 

オータムはクロエの肌の感触を一通り満喫したのちに俺を見て、言った

 

「いい娘だな。お前や、兎にはもったいない」

 

それだけ言って、オータムはラボから出て行く。背を見せながら、手を振って去って行った。

 

それを見送った俺は深く息を吐き出して、空気を吸い込んだ。自分の生と無くさずに済んだ、と言う安堵をより感じるために、もう一度深呼吸をした。

 

「スレートさん……一つ聞いてもいいですか?」

 

クロエが俺の近くに座り込み、聞いてきた。俺は頷いて彼女の瞳を見た。

 

「人が死ぬって、あんな簡単なんですか?……昨日まで、普通に話していたゲリラの方も、皆死んで……まだ、子供だっていたのに、もっとお話ししたかったのに」

 

クロエはシーツを握りしめた。俺の血で赤く沁みているシーツを掴み、耐えているようだった。

 

「さっきの人は責任を感じるなって言ってましたけど、こんなのって……皆、いい人だったのに、あんな、小さな金属の塊に撃たれるだけで死んで、こんなの……酷すぎます」

 

俺はそれを多く見てきた。20gの弾丸で人の命は消える。人の命の重さはたった20gにも満たないのか、と思ったこともあった。

 

そんな小さな金属の塊で男たちはクロエ達と自分たちの家族、主義主張のために死んだ。

それがクロエにとって、重荷になっていた。

 

「束様もスレートさんが生きていて嬉しいです。でも、もっと多くの、他の人たちだって生きてほしかったんです。あの特殊部隊は私を追っていたようでした……それに、私が余計な事をしなければ! これが私のせいでなくて……」

「クロエ、そいつは違う」

 

俺はせめてもの一言をクロエに送った。

 

「俺も、束も ウダイたちも、そう言う道を選んだ。ただそれだけだ。お前のせいじゃない。 お前を狙ったのは偶然だ、運が悪かっただけだ」

 

嘘をついてるような気分だった。本当はどうなのかはわからないが、俺にはそれしか言えなかった。だが、伝えなくてはならないことがある。それを思い出して、俺は口を開いた。

 

「それとな、男が言ってた。ありがとう、とな。 お前のせいでこうなったんじゃない、自分の意志で動いたんだ、それだけを覚えてくれ」

 

彼女の嗚咽は止まらず、やがて大きな涙を流した。今は動かない手が憎らしかった。

彼女の涙も拭くこともできない。

 

この先、亡国の連中にどこへ連れていかれるのかはわからない、明日という日がはるか遠くに感じたが、今日と言う日を俺たちは噛みしめていた。

 

失わずに済んだ、それだけで上々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦報告

 

白骨都市にて、ウダイ率いる組織「赤い半月刀」が大量の銃器、ならびに兵器を貯蔵している事実を突き止め、またスレート、篠ノ之束 両名の姿を確認し、デルタフォース、SEALSの両部隊合計36名、米空軍より、リトルバード7機、搭乗員14名も投入し、強襲作戦を実施。

 

敵対組織の戦力に著しいダメージを与え、ウダイ、篠ノ之束を負傷せしめるも、正体不明のIS部隊の介入によって、主目標の三名の暗殺に失敗。

 

損失、リトルバード6機撃墜。兵員、搭乗員合わせて、42名戦死。

 

されど、作戦参加者はよく任務を全うしようと奮起セリ。

 

報告者、カーク・ジェファソン 大尉

 

 

 

なおこの記録は抹消され、作戦は無かったものとされており、アンネイムドの全滅も隠ぺいされた。

この作戦の指揮官、エドワード・スプルアンス少将は現在、IS委員会立ち合いの元、査問を受け、協力者であるCIA諜報員、通称ランチもこれに同行している。

 

 

 

 




大分駆け足になりましたが、束編は大体が終わりです。
更新遅れて大変申し訳ありません。

感想、アドバイス、批評等ありましたら、ご自由にお書きください。
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