医務室から出ることを許されたというもの、朝早くに起きるのがつらくなってしまい、すっかり、寝坊してしまった。時計を見ると、朝ご飯を食べに食堂に行くには遅すぎるということを瞬時に理解して、ひとまずシャワーを浴びて、眠気を覚ますことにした。
モデルと言う仕事でも時間は厳守しなくてはならない事を考えると、失敗したと思わざるを得ないが、身だしなみと、化粧だけはこの仕事に着いてからは絶やしてはならないものだ。
大きな雑誌に載る手前、パパラッチにだらしない格好やみすぼらしい姿を見せれば、格好の餌食だ。
その考えから、できる限り最速に動き、紙を整えて、薄くナチュラルメイクを施して、黒のブラウスにワインレッドのスーツを身に着ける。
同僚からは受けは悪いが、こればかりは譲れない。肌の艶まで確認を取って、意気揚々と部屋を出た。格調を意識した教師用の学園寮はホテル並みと言うが、私からすれば、もう少しグレードが高ければ、と思いつつも、職員室へと小走りに行く。
最近になって教師と言う仕事も少しは気になりだしたのだから、頑張りも見せないといけないだろう。
それに、先の学園祭襲撃でショックを受けたレジスタンスの子もいるはずなのだから、今日は山田先生辺りにそう言った心身のケアの仕方と言うのをご教授願おうと思っていた。
そうして、職員室の扉の前に着き、小走りして来たことで少し上がった息を抑えて、落ち着かせて、笑顔を作って扉を開けて、挨拶をした。
「すいません、遅れて。朝の職員会議はもう……」
しかし、謝罪の言葉も交え、仕事柄で鍛えられた完ぺきなスマイルを作った私に飛び込んで来た光景は仰天の物だった。
「ふざけるなぁ!!」
ハスキーボイスで奏でられた怒声が聞こえて、怒髪天をつく勢いの大場先生が水色の髪の女子生徒、更識楯無とかいう、生徒会長の胸元を掴み、持ち上げていた。
脚が床から完全に浮いており、縛り首のごとく、首もとを絞められて、楯無もいつもの余裕そうな顔を歪めている。
山田先生が悲鳴のような声を上げて、大場先生を止めようと動くが、目が血走った闘牛のような大場先生相手には非力なものだった。
全く状況が掴めない私を置いて、楯無相手に大場先生は楯無に問い詰める。
「生徒相手にこんなことするだなんて、大人気ないですよ?」
「そんなことはどうでもいい! 貴様、私がいない間に随分と好き勝手にやってくれたな?! ユーリをテロ容疑で逮捕だぁ? 何の権限でそんなことしてやがる?!」
荒々しい口調で攻め立てて、彼女を揺さぶる。山田先生以外の教師も止めに入ろうとするが、大場先生の一睨みで蛇に睨まれたカエルのようになる。
誰にも大場先生は止められない、そう思えた時、織斑先生がやって来て大場先生の腕を掴んで万力のような握力で大場先生を締め上げた。
「今すぐ、下ろせ」
「……うるさい」
獣のにらみ合いのように二人が眼光を鋭くした。大場先生が唸り、織斑先生を威嚇して、織斑先生はそれに対して、腕にかける握力をさらに強めることで答える。
「下ろせ!」
しばしのにらみ合い、一分どころか、三十秒も経っていないはずなのに、永遠のように感じられた、張りつめた空気は、大場先生が殺気を鎮めて楯無を下して、それは終わった。
それでも大場先生には人を目で殺そうとする程の迫力を残していた。
冷静さを取り戻すために、鋭く息を吐いて、もう一度楯無を睨んで、訊いた。
「ユーリの戦闘記録は見たはずだ、あれだけ敵機との戦闘をこなし、本人も負傷していた、なら、お前の言う敵との密通とは何だ? まさか、敵との会話だけで判断とか言わないよな?」
「それはありません。いくら、非公式の私達でも証拠がなければ、動くことは叶いません。
後、我々は逮捕したのではありません、一時隔離という事で彼を拘束しているだけです」
その答えに対して、今度は山田先生が訊いた。
「一時隔離? さっきもそう言いましたが、詭弁じゃないですか! 彼はまだ怪我が癒えてないんですよ!? それに証拠は私たちに見せてくれない以上、白か黒かもわからないじゃないですか!」
楯無は鼻で笑った。鼻を鳴らして、少し憐れみを込めた目で山田先生を見た。随分と偉そうに、気に食わない笑い方をする小娘だ、そう思った。
「彼が癒えて、もし危害がでたら? 貴女は一体誰に詫びる気なのですか? それに白か黒か、それは貴女方が決めることじゃない。貴女の役割はあくまで教師、私は学園の守護者としての役割がある」
扇子で口元を覆い、悪戯っぽく笑いすらした。山田先生と大場先生がその顔を見て苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。
会話を聞く限りで判断できたのは、あのユーリと言うロシア人の男の子がテロ容疑で拘束されて、それに対して彼女たちが二人が反対しているという所だろう。
しかも、証拠はあるらしいが、我々には見せられない、と向うは主張する。いわゆる、need to know と言うモノだろう。
それに怒りを見せるのは当然だろう。何の根拠があるのかもわからない、というのに我々に従って、戦闘して負傷した男子生徒を拘束するなど言われれば誰も納得などはしない。
だが、同時に本当に彼が白か、と聞かれれば、答えられないのも事実だ。故に二人は効果的な反論ができず、さらに腹を立てているのだ。
私はしばし考え込むふりをして、楯無に言った。
「信用しろと言うのは難しいわね」
私がそう言葉を発すると、楯無はこちらに振り返った。
「イヴァナ・ハート先生ですね……どういう意味でしょう?」
「そのままよ、そもそも今回の事件のスパイとやらは布仏本音。そう結論が出てるじゃない? 貴女の更識とやらが優秀な組織なら、何故、彼女を看破できなかったのかしら?」
楯無の目が鋭くなったのを見逃さなかった。しかも、かなり強く思っていたのか、扇子で口元を隠しきれてないのも見えた。
そこで一気に畳みかけようとしたが、山田先生が私の服の淵を引っ張った。彼女を見ると、目じりに涙が貯まった目で首を横に振っていた。
言わないでほしい、そう無言で訴えていた。私はそこで、山田先生が布仏本音のクラスを担当していたことを思いだして、言葉に詰まった。
ここで、本音の事を言えば、彼女の教師としての矜持を壊してしまうことになる。一人の生徒を救うために誰かを謗るようなマネは教師ではない。
たとえ、それが裏切り者と言われ、姿をくらませた生徒でも、山田先生にとっては大切な生徒の一人なのだと、理解した。
私は黙り、一つ息を吐いて今の場所から一歩引いた位置に戻った。
そこへ、楯無が言葉を伝える。
「とにかく、彼は一時拘束させていただきます。容疑が晴れれば、拘束は解除しますし、面会ならいつでもできます。私も鬼ではありませんから」
扇子を広げて、この場での勝利宣言をした。その姿に大場先生がもう一度掴みかかりに行きそうだったのを織斑先生が抑えていた。
「では、職員会議は終わりとする。以後は普通に授業をこなすように」
それに対して、山田先生が訊いた。
「生徒さんが一人欠けているのが普通なのですか?」
その問いに誰も答えなかった。代わりに、唐突になりだした電話が、クイズ番組の間違いの時のようなコール音を鳴らしていた。
波乱の職員会議も終えて、午前中最後の授業であるIS概論Ⅱの授業を四組で行うことになった私は不愉快な感情を内包したまま、四組の教室へと足を踏み入れた。
教室の扉が開き、中へと入ると生徒たちは既に着席しており、授業を受ける姿勢をすでに整えていた。いつも通り、優等生な生徒たちに見えたが、一人例外がいたことに気付いた。
更識簪、あの生徒会長の妹であり、ユーリと同室で親友以上の関係を持っていたように見えた子だった。
頭をたれて、机の一点のみを見ているのだが、その頭部は振り子のようにふらふらと左右に揺れていた。水色で変わった髪色だが、艶のあった髪の毛を整えていないのが見え、跳ねている。
髪の毛をまとめていないせいで、不健康なロングヘアのようだった。じっと見ると目から光が消えており、赤い目は淀んでいた。
透き通った透明な川が汚泥で黒く濁った、そんな印象の目をしていた。
「……授業始めるわね」
教室内に思い雰囲気は無かったが、私はそれが気になって仕方がなかった。
クラスにあんな存在があれば、多かれ少なかれ、何か影響するのでは、と思ったからだ。
そこにあったのは、クラスメイトに同情する空気も無いわけではなさそうだが、どちらかというと、好奇心のような物が見て取れた。
気にせずに授業を再開しようと、教科書を片手にペンライトを持って、需要な部分を示して、時々質問する、と淡々にこなしていく。たったそれだけの仕事と言えば、そうなのだが、私は何かを知覚していた。それは予感と言ってもいいだろう。
教科書のページを捲った、その時それが的中した。
生徒の一人が挙手をして立ち上がり、私に質問をぶつけてきたのだ。
「イヴァナ先生、質問があります」
「授業に関すること?」
違う、と思いつつも念のために確認を取った。生徒に一人は首を横に振って否定して、口を開いた。
「どうして、ユーリ君がいないんですか?」
私は頭を抱えたくなった。よりによって、一番聞かれたくない言葉が飛んできたからだ。
何と言えばいいのかわからない私はその生徒の顔を見た。
その顔には嘲笑や笑い、嬉々としたものは無かった。不信故に単純に事実を知りたがっていると私は踏んだ。
作り笑いを浮かべて、私は適当な答えで済ませようとした。
「悪いけど、担任でもない私に言われても……」
「大場先生は」
生徒は強調するために、そこで区切って、その後を口にした。
「大けがをしたから、って言ってましたけど私には信じられません。何か隠していませんか?」
「いいえ」
渾身の出来の演技をして、私は即答した。しかし、生徒の顔から不信感は消えることはない、むしろ更に大きくなってすらいる。
眉間にしわを寄せて、目は疑惑以外の感情を示さない。
「最近の学園はおかしいですよ、先生。変なのが襲って来たり、人が、死んだり、なのに私たちは何も知らない。こんなのってアリですか?」
そうだ、と他の生徒も立ち上がった。次第に声は大きくなっていき、どこからか、聞いてきたのかわからないような噂話すら言って、私に問い詰めに来ていた。
「噂じゃ、ユーリ君は今回の襲撃犯を手引きしたって……」
「男が入って来たから、こんなことに……」
「教師は事情を言うべきじゃないの?!」
徐々に炎が大きなっていって、教室全体を巻き込んだ。大きなものへと変貌した。半ば暴徒のように落ち着きを失った生徒たちが一斉に押しかけて来た。
口々に発せられる批判や非難を聞いて、私は良く通る声で彼女たちに言った。
「いい加減にしなさい、知る権利って言うけどね……私も教えられてないわ。授業に集中して……」
そこまで言うと、埒が明かないと思ったのか、今度は矛先を変えだした。
「簪さん、貴方何か知らない?」
現実から逃げるように虚空を見ていた簪の肩がビクリと震えた。私はマズイ、と本能で警告が発せられたのを感じた。
止めなくてはならない、彼女の今の精神状態を鑑みると、どう反応するか予想できたものではない。
「ねえ、ユーリ君に一体何があったの?」
「やめなさい!」
制止しようとするが、大人数の生徒相手に丸腰の私ができることはない。人の波に押されて、簪のそばに行くことも叶わない。
生徒たちの質問、中には罵倒も混じった言葉が簪の周りに展開された。ユーリを重罪人のように決めつけ、中傷するものから、何も答えず耳をふさぐ簪を非難する者と言葉の暴風が彼女を襲った。
「やめて……彼は悪くない」
消えるような声が聞こえた。簪が言葉を発した瞬間に周りが一斉に静まり返ったのだ。
彼女の声を聞くためではなく、彼女の見せた目が皆を黙らせたのだ。
黒い血液のように濁りきって、瞳孔の開いた紅い目は最早、人間の物ではなかった。
地獄の底に住まう悪魔ですらたじろぐであろう目と彼女のIS打鉄弐式の待機状態である指輪が主人の意をくみ取ったのか、重々しい光を見せつけて皆を威嚇した。
「何も知らないくせに……勝手な事ばかり言って……」
ギロリ、と周りを見渡した。そこに気弱気な可憐な少女の姿は無かった。あったのは怒り心頭の簪唯一人だった。
そこへ、救いのための福音か。授業終了のチャイムが鳴った。そのチャイムを聞いて、簪は周りを一瞥したのちに教室から出て行った。
「ユーリはそんな人じゃない」
そう呟かれた言葉は彼を信じ、案じての物だと思いたいが、私には脅しのように聞こえた。
彼への誹謗中傷は許さない、と言う脅しのように。
その日の授業も終わり、私はスーツの上着だけを脱いで、くたびれた体をベッドに押し付けてため息を一つ吐いた。
疑心暗鬼の目にさらされて、その場限りの言い訳をすること、十回以上。
想像を絶する気苦労だった。
確かに彼女たちの不安もよくわかる。誰だって訳の分からないまま、死地にいるなんてことは避けたい。私だって、それは嫌だと思う。
いや、もっと言えば、事情を知っていても御免こうむることだ。以前戦闘した際程恐怖を覚えたことはなかった。
敵と言うべき、蜘蛛を模したISに乗っていた女が恐ろしかった。思い出すだけでも震えが止まらなくなる時がある。
圧倒的な実力差と女の笑い声。明らかに戦場を楽しんでいた声音に私は唯必死に抵抗するのみだった。
被弾の度に装甲がはじけ飛んで、命が削れていくのがわかった。トリガーを引き絞り、初めて勝つためではなく、生き残るために戦った、あの時の感覚は一生忘れられそうにない。
事情を知り、身を守る兵器ISを纏っていようと恐怖は軽減されない。そして、自分にISがなく、何の事情も分からない彼女たちが不安になり、怒ったり、嘆いたりするのは仕方ないことだ。
「ああ、もう」
そう吐き捨てるように声を出して、服を脱ごうと思いスカートに手を伸ばした時だった。
私一人しかいないはずの部屋で何故か視線を感じた。
その視線は私のよく知っている感覚だった。肉眼で見るのとは違う、同性の私に対する蔑みや嫉妬、男の桃色の妄想のダシに使われるようなものでもない、無機質で、機械的なソレを感じ取った。
まさか、と思い、勘に任せて、部屋の一角によりかかって携帯電話を開き、山田先生に電話をつなげた。
電波を飛ばし、コール音を鳴らすこと数回。山田先生が電話に出た。その時に混じった微かな雑音を聞いて私は全てに合点がいった。
「もしもし? 山田先生?」
『イヴァナ先生? どうしたんですか、いきなり電話なんて、話なら直接……』
私は彼女がまだ気づいていないのを確認して、誰に見せているのか、自然に笑みを作って彼女に提案する。
「ねえ、この後暇じゃないですか? ちょっと飲みに行かない?」
『イヴァナ先生! 今はそんなことしてる暇はないですよ!』
真面目で真摯な彼女は私の発言を不謹慎と捉えたのか、声を少し張り上げて抗議した。それに対して私は普段と変わらない態度で話す。
「そう言わずに、学園じゃ離せない大人の乙女の話もできないわ。ねえ、行きましょう?」
『……イヴァナ先生?』
彼女が私の微妙なニュアンスを感じ取ったのか、口調が変化した。流石、教師として人の機微に敏感なだけはある。
切っ掛けさえあれば、彼女は人の深い部分まで理解できるのは私の時で実証済みだ。
「大場先生も呼んで、仕事の愚痴とか肴にどうです? もしくは男漁りとか?」
『冗談がすぎますよ! もうッ……一応声はかけますね、お店は?』
「ちゃんと、準備しますって。なるべく、派手な格好で来てくださいね。それでは」
私は電話を切って、一息ついて、クローゼットを開ける。タイトスカートに網タイツ、赤いレザージャケットと、遊び着一式をそろえて、着替える。
女は何時だって勝負用の服を持っているのだ。もっとも、今回は少し意味が違うがこれも仕方のない事だ。
口紅を取り出して、唇を染め上げる。
「お楽しみね」
そう呟いて、鏡に反射される自分の顔を見ていた。
緑や赤のレーザー光が視覚を強烈に刺激していく。
若い男女の喧騒と歓声であふれ、リミックスされた音楽が場内いっぱいに響き渡り、近くいなければ、話すことすら叶わないだろう。
ナイトクラブ、「ピーチ・テイスト」でひとしきり踊り、少しの休憩と本題のためにボックス席へと汗を流しながら戻ってくると、大場先生と山田先生の二人が不機嫌そうに眉をひそめて、山田先生はオレンジベースのカクテルを大場先生はバーボンを飲んでいた。
周りの音楽と声がうるさく、聞こえにくいため大きな声で二人に訊いた。
「少しは楽しまないんですか?!」
それに対する大場先生の回答は苛立ちも含んだものだった。
「この忙しい中、よく楽しめますね?」
「まあね、少しは楽しみたいじゃないですか?」
山田先生がカクテルの入ったグラスを乱暴にテーブルに置いて、鞄を持って出ようとする。
それを私は慌てて、引きとめる。
「ちょっと、どこ行くの?」
「帰らせてもらいます! こんなことしてる場合じゃないでしょう! 話があるからっていうから来たのに……!」
酒で酔っているようには見えなかったが、私は頭を少し抱えながらも、本題の一端を話すことで彼女を引きとめた。
「向うで話なんかしても無駄よ! 盗聴されているんですもの!」
それを聞いて、二人は驚きの顔を見せた。信じられない、そんな顔だった。
「カメラもよ。まだ新任の域を出てない私にも仕掛けられているし、貴方方なら十中八九仕掛けられているわ」
無機質な視線、あれは間違いなくカメラの類だと確信を持って言えた。モデルとして働いて有名になって、あの手の視線はずっと体に浴びてきて慣れきっていた。
悪質なパパラッチなら、宿泊先にカメラを仕掛けることもある。待ち伏せをするのが大体ではあるが、最近は男へのチェックが厳しいため、隠しカメラを使うことが多い。
私の人生の経験がまさか、こんな所で生かされるとは思わなかった。
「何故、わかった?」
大場先生が疑問を口にした。私はそれに素直に答えた。
「盗聴は携帯で、私のはそういうのに敏感な物な仕様なの。カメラは視感情が無かった視線だからわかったんです」
「感情?」
大場先生が怪訝そうな顔で訊いた。
「男なら、胸や尻、時には太もも、とかボデイラインをなめるように見たり、女なら顔とか体の線とか服装に、前者はエロ、後者は嫉妬とか羨望ね。そう言う視線を感じられんです」
今までの経験から、私が多少自慢げに語ると、大場先生はどんよりとした顔を見せ、山田先生は周囲の目を気にしたのか、胸元が見える服装だったので、慌てて隠しだした。
女は視線に敏感だが、私はそれ以上に敏感だと自負していた。
盗聴器は確認済み、カメラも私の勘では確実にある、と判断している以上、それは真実と言っていいだろう。
私は席に寄り掛かり、頼んだスコッチウィスキーを一口嘗めて、二人に話す。
「とにかく、監視されています。このままじゃ、不味いでしょうから、こういう場所で話そうと思ったんです」
「こんなクラブで……大丈夫なんですか?」
山田先生が胸元を隠しながら、訊いた。私は何故こういった場所を選んだのかを一つずつ述べていく。
第一に学園以外で話す必要がある、コレは絶対だ。盗聴、盗撮されている中で話などできるはずがない。
そして、クラブと言う場所の特殊性だ。このクラブは行列がよくでき、事前の予約か、相当なvipか、ドアマンに顔が知れていなければ、まず入れない
その辺は私でカバーできる。少し色気を漂わせて、ドアマンとお近づきになり、後は雑誌の、あのイヴァナ・ハートだと分からせれば、こうも簡単に入れる。
だが、尾行者などは簡単には入れない。最も入れたとしても奥のボックス席、この喧騒と大音量の音楽の前では、よほど大きな高性能の集音マイクでも持ってこない限り、話を盗み聞きすることはできない。
そして、そんな客はまず、お断りだ。尾行者も撒けて、相談ができる。ついでにお酒も踊りも楽しめる、そう言う意味でここを指定したのだ。
「私だって少しは頭使うわ、それに尾行者なら、軍経験者の大場先生よりも経験豊富ですよ」
「軍じゃない、自衛隊だ。平隊員なんか追い回す奴はいないですから。ま、確かに貴女の方が専門ですね」
大場先生はそう抗議して、私をほめたたえた。悪い気はしなかった。
いっそのこと、もう少し褒めてもいいと思った。
「しかし、こうも監視されているのは不気味ですね。更識さんは何をそんなに警戒しているのでしょう?」
「……わからないな」
「同じくです」
山田先生の疑問は最もだった。もし仮にユーリが本当に有罪で、確かな証拠があるなら、それを突きつければ、終わりのはずだ。
そして、監視するなら私達ではなく、仲間のインダストリー組だけで充分ともいえるはずだ。
私たちは確かに彼らに協力的に見えるのは否定できないそうだが、それでも、この監視体制は行き過ぎに見えた。
「そもそも、私たちはユーリに関して、よく知らないことが多い。考えてみれば、おかしな点はいくつもあった」
「確かに」
山田先生が頷いて答えた。
「同じ出身のアカネさんやヴィンセント君と比べると、妙に落ち着いていますしね。福音事件の時も戦闘が終わったと思われる中で、一人とどめを刺そうと動いてましたし」
「そうなんですか?」
「ええ」
私が訊いて、山田先生が答えた。確かに冷静すぎる行動と言える。戦闘が終わったと誰もが思う中で、動けば、そう見られるかもしれない。
このことから、もし仮にユーリが黒であるという証拠があるなら、彼の過去に起因しているはずだ。
「鍵は彼の過去という事ですか?」
「恐らくな、学園にいる間は彼は白だと言える。奴と行動をほぼ共にしていた簪やインダストリーの連中がソレを保証するだろう。だが、これは仲間を庇っているだけ、と言われれば証言としては信用性を失う」
大場先生が青いカクテルを注文して、それを呷る。彼女の言う通りだ。裁判所で家族の者の証言が使われないのと、同じだ。
更に山田先生が付け加える。
「しかも、もし仮に無罪を立証する証拠を見つけても、一体誰に向かってそれを証明するかが問題ですね」
「どういうこと?」
私がそう尋ねると、山田先生はメガネを指で押さえて、答えた。
「今回の場合、相手は更識、非公式の組織相手にしているわけです。こちらは持ち札を見せなくてはならない、だけど、向うは持ち札を機密と称して隠して、いわゆるハッタリが利かせられる。裁判ならそれはNGですけど、このままでは裁判長がいないから、相手はそれができる。相手がソレは間違いの一点張りをされた場合、責めることができなくなるのです」
つまり、今回の場合裁定者がいないというのが問題になっている。相手に証拠を見せろと命令できる誰かがいない限り、向うはハッタリで乗り切ることができる。
だが、こちらは無罪を立証するためには証拠を提示しなくてはならない。このままでは唯の後出しジャンケンにしかならないという訳だ。
でっち上げでも、かさ増しでも、いくらでもできる。
「要に、彼の過去から証拠をつかみ、尚且つ公平な場でそれを立証しなくてはならない、そう言うことですか?」
「そうだ」
要点をかいつまんで言うと、大場先生が肯定する。
そして、大場先生が私と山田先生を同時に見て、言葉を発する。
「さて、お二方。方針は決まったわけだ。ここからは役割を分担して、情報がそろい次第、ここで話す、それでいいか?」
私たちは大場先生の言葉に頷いて見せる。それを確認した彼女はまず、山田先生を見た。
「山田先生、できる限り、ユーリに関してのことで周りに呼びかけを行ってほしい。貴女の人徳なら、有効だと思います」
「わかりました。 任せてください」
次に私を見て言った。
「イヴァナ先生は確かインダストリーのモデルもしてましたよね? 撮影と称して、向うで情報を得ていただけますか?」
「全力を……いや、成功させるわ」
大場先生がその場で頭を下げて礼を言う。そこへ山田先生が問うた。
「大場先生は?」
彼女は携帯電話を取り出して、ある番号を見せた。
「覚えていますか? 山田先生。医務室に来た自衛官を。奴の台詞には明らかに自衛隊を中傷する者への皮肉が混じっていた。もしかしたら、使えるやもしれん。更識を調べれば、何か糸口の一つもつかめるかもしれない」
とにかく、今は情報集めが最優先事項だ。何はともあれ、戦場へ行くための武器と道具がなければ、始まらない。
これで、三人のすることは決まった。呼びかけと、事件の忘却を防ぐ山田先生に、ユーリの過去を調べる私、そして、更識を調べる大場先生、三人の役割が今決まった。
コレを見ると、実に私たちは棲み分けができている。カラーで表すのなら、山田先生が白。
純白、清廉さを示し、私が灰、清濁織り交ぜで、大場先生が黒、自ら泥を被る役を選ぶ。
「成功させましょう」
私たち三人は盃を交わして、互いにグラスを軽くぶつけた、誓いの儀だった。白か黒かもわからない、たった一人の生徒のために誓った。
ほんの少し前の私なら拒否したであろう仕事を今はこうして受け入れている。
ソレは、二人の姿を見たためなのか、それとも暗く沈んだ彼女を見たためなのか、どちらかはわからないが、その時の私は心に従った。
とりあえず、教師から始めました。
この後の話ですが、都合のため、更新が二月中旬まで遅くなる可能性があります。
最近、話の展開をどうすか悩んでおり、更新が遅れて申し訳ありません
ようやく教師の身の上設定を使えた気がします。
感想、ご意見、批評ありましたら、自由にお書きください。