IS to family   作:ハナのTV

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※今回は簪視点のみ。
楯無がどうしているのか、どう思っているのかはまだ伏せますので、悪しからず。

後、短めですいません


姉の影

朝のバターと砂糖がオーブンで焼かれて、甘くビターな香りを感じることはその日は無かった。

 

たった一人目覚めた私の目の前に広がったのは、現実だ。ベッドから体を起こして、洗面台へと歩いて行き、顔を洗う。水を顔に着けて洗うがゆえに当然顔は濡れるのだが、鏡に映る自分の頬をつたう水は果たしてそれだけであるのか、私には判別がつかない。

 

薄く笑って見せるが、鏡に映る自分とは違い、内側に私がほほ笑むことはない。

誰かに見せるわけでもないので、髪の毛をセットすることすらせずに私は洗面所から出た。

 

誰かいるわけでもないので、一言も言葉を発することも無く教科書を鞄に突っ込んで、制服を着る。クリーニングに出して帰って来たばかりの制服の袖を通して、扉を開けた。

 

「……行ってきます」

 

誰に言ったのかもわからない言葉を口にして、扉を閉めた。返事は帰ってくるわけもなく、聞こえたのは、私物が少ないがらんどうとした部屋に響くドアの閉めた音だけだった。

 

ドアから出て、廊下へ出ると同じ階の女子たちが友達と一緒に歩きながら話している。

特に目の前の二人は仲がよさそうで、今週の学食の期間限定メニューについて話しているようだ。

 

相棒、パートーナーや親友、そういう親密な仲であることは間違いなかった。

私は視界にソレを入れないように視線を下げて、早歩きで彼女たちの隣をすり抜けていく。

 

すると、通り過ぎた私を見た生徒たちがヒソヒソと何かを話しているようだった。

 

「ねえ、今のって、簪さんだよね?」

「うん、何でもルームメイトのユーリだかが何かやったみたいで……」

 

向けられるのは様々な視線だった。好奇心、憎悪、嫌悪、軽蔑、憐れみ、ありとあらゆる感情がこもった視線が向けられて、私を射抜く。

 

「デキてたんじゃない? だから会長様に目つけられたんでしょ?」

「見かけによらず、ヤル事やるんだ」

 

誰かが、下種の勘繰りをして、意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「騙されたって話でしょ?」

「嫌だ、嫌だ」

 

私ではなく、彼を中傷する言葉が私の耳に入ってくる。

 

「親友二人そろって人殺しだってさ」

「……類は友を呼ぶっていうけど、あの子もそうなんじゃない?」

「あんな娘が?」

 

聞きたくない言葉の羅列が棘となって、私の心を刺す。まるで茨が私のハートを絞めつけているようだった。

 

どれほど、情報規制をしても、集団の女と言うのは未確認の噂を信じ、それを真実のように語り、悦に浸るのだ。

 

一年生なら、専用機持ちへの不満が積もっているだろうし、二年生では姉さんに対する不満をぶつけられないから、代わりに私を選ぶのだ。

 

何せ、私はか弱そうで、臆病で、劣っていて、しかも格好の口実があるからだ。

いっそのこと、怒りに身を任せてISを起動して、彼女らを畏怖させてやりたいとすら思った。

 

私の大切な二人を何も知らずに非難している彼女らの考えをこの手で修正できれば、どれほど爽快な気分だろう。

 

でも私がそうしないのは、自らを縛る理性が皮肉にも事の原因である姉によって強化された理性が私をギリギリのところで抑えていたからだ。

 

「簪」

 

二人の女性の声が聞こえた。どちらもよく聞く声で、私のこの学園での友達だった。

振り返ると、アカネと鈴がいた。二人は私に対する中傷も気にせずに話しかけてきた。

 

「おはよう」

彼女たちは朝の挨拶を述べて、私に手を振った。

私はそれに対して、言葉を返さずに小さく頷いて、応えた。

 

それを見て、周りの生徒たちは急に言葉をひっこめた。こそこそと逃げるよう視界から遠のいていくのがわかる。流石に専用機持ちが三人もそろったため、これ以上は刺激してはならないと判断したのだろう。

 

もっと言えば、アカネは人殺しの称号を持っており、鈴は鈴でヴィンセント達とよくつるんでいるためか、一部の生徒から敬遠されている。

 

「……気にしなくていいわよ。何も知らないだけだから」

「そうです。ユーリもすぐに取り返しますから……」

 

二人の口調は優しかった。暗い闇の中を照らす一筋の光のように感じた。

私の氷結した心をほんの少し溶かしてくれる、熱のこもった温かな感情の波が私の中で起こった。

 

「……ありがとう」

 

それだけを述べた。他に言葉は思いつかず、簡単な言葉で小さく告げた。二人は私の横について、三人並んで朝の食堂へと向かった。

 

ただ隣に居てくれるだけで温かく、満ち足りる。そんな簡単な事なのに、それが成されないのは私のせいなのだろうか。

 

いつまでも、無力なままだから、あの二人がいないのだろうか。

 

隣の二人が羨ましく思えた。自分で人生を決めて、切り開くだけの力と心があって、強い女だと思う。

 

私なんて、たった一人の姉に大好きな人を貶されても反論できないでいたのに。

 

 

 

 

 

 

授業が全て終わり、一人で寮の部屋へと戻ろうと帰路に着いた。窓辺には夕焼けの明るい陽光が差しており、オレンジの光が私を照らした。

 

太陽は何時だって、変わらない姿で皆を照らしており、皆の心を照らしているのに、私の深い暗闇はそれでは打ち消せなかったようで未だに私は暗く沈んだままだった。

 

「ねえ、ちょっと」

 

その沈んだ私に誰かが話しかけてきた。知らない声だった。振り返ってみてみると軽蔑や憎悪を目に宿した見知らぬ女子たちがそこに居た。

 

リボンを見ると、二年生の人も混じっており全員で六人くらいだろうか徒党を組んで私を取り囲むように歩み寄る。

 

「……何か?」

 

小さく応えると、派手な舌打ちを立てて、こちらを見やった。怯んだり、怯えたりしていないのが癪に障ったらしい。

 

「何か? じゃないわ。二年生相手に随分と失礼な態度取るわね……まあ、いいや。とりあえずさ、アンタの姉さんの事で聞きたいんだけどさ」

 

姉と言われて、私は少しだけ眉を動かした。なぜ、本人ではなく、私に訊くのか理解ができなかった。

 

「アンタの姉、楯無だけどさ、どうなってんのよ?」

「どうって?」

 

聞き返すとリーダー格の二年生は声を少し荒げて訊いた。

 

「聞き返さないでよ。こっちは意味わかんないことだらけなのよ! アンタのボーイフレンドをスパイだとか言って拘束しただけだと思ったら、噂じゃアイツンとこの変な部隊だかを警護に置くとかって言われてんのよ」

 

不健康な笑いを彼女は漏らした。その様子から、相当ストレスとなっていることが伺いしれた。

 

「唯の噂では?」

 

私はそう答えた。それが理性的な物の見方だ。噂だけで行動したりすれば、混乱を大きくする、ユーリはいつもそうで、その背中を見てきた私もソレを学んでいた。

 

しかし、そう言った意見が通じるのは冷静さを持っている者同士だけだという事を私は忘れていた。

 

相手の徒党の中の一人が堪忍袋の緒を切らしてしまい、掴みかかって来た。

学内の混乱は予想をはるかに超えて大きいことを実感した。

 

「何よ!?関係ないみたいな顔して! 専用機持ってりゃ、そりゃ安全でしょうよ。でも、コッチは意味わかんないことだらけで頭おかしくなりそうなのよ!」

 

その二年生の目じりには涙が貯まっており、興奮と怒りで顔が赤くなっていた。私は掴みかけられて、苦しいはずなのに何故か、そのことが自分には関係のない、そ他人事のようにすら感じた。

 

「高い学費払って、馬鹿みたいに勉強して、ようやく入れたと思ったらコレよ! 何もかもがアンタの姉が学園の守護者みたいな面して、結局は能無しのせいよ!だから、あんなスパイとか、アンタの親友のなんかも……」

 

そこで、私は心が跳ね起きるのを感じて、今度は逆に掴みかかった。

 

「ユーリと本音はそんなのじゃない!」

 

その反応に対して相手の女子生徒は面食らった顔をした。私が反撃するようなマネをするとはつゆとも思ってなかったようだ。

 

さっきまでの倦怠感が嘘のように抜けて、私は現実に戻ってきた気がした。そして、相手の私を侮るような態度が癪に障った。

 

「さっきから、私に好き放題言って……そんなに言いたかったら本人に言ってよ! 私は本音にユーリと居なくなっているのに、どうして皆は……」

 

心配してくれている人、助けようとしている人がいるのはわかっている。彼らもまた、私の友達であることも。

 

でも、この時、誰もが攻撃してくるような錯覚にとらわれた。

悪いことは重なる。今まで、忘れようとしてきた記憶が一気に流れ込んで来た。噴き出してきたのは、姉と比べられた日々、お人形のような毎日、クスクスと意地の悪い笑みを浮かべた同年代の女の子たちの顔。

 

突然のフラッシュバックに私はその場にうずくまるようにして、涙を流した。

 

「もう、嫌だ。どうして私は姉さんにこうも苦しめられなきゃ……」

 

呼吸が激しくなったせいか、過呼吸のようになって私は意識を手放してしまった。

 

「ちょっと!?」

 

二年生が心配するように私の体を支えようとした。手を掴まれる感触を最後に、最後に私の耳に届いたのは声だった。

 

「簪ちゃん!」

 

その声は私にとって救いの声だったのか、はたまた仇敵の声だったかはわからなかった。

 

 

 

 

 

月明かりだけが差し込む部屋の中で私は自分の体をベッドに沈めた。羽毛布団の優しい感触とお日様の匂いがして心地いいはずなのに、一向に眠れる気がしない。

 

チラリと、もう一つのしきりで区分けされていた方のベッドを見る。そこには仕切りもなく、そこで生活をしていた男の姿だけでなく、男の私物から教科書に至るところまで、何もかも無くなっており、無人で枕すらおかれていないベッドがそこにあるだけだった。

 

二人で生活していた部屋には私しかいなくて、部屋が広く感じられた、二人用の部屋を一人で過ごせば当然と言えば、当然だろう。

 

それが余計に私の寂しさを増幅させた。

 

少し前までの日常が崩壊した、とそれを見るたびに思い知らされた。

初めは戸惑い、怖くもあった、あの奇妙な日常がもう帰ってこないような気がして、私は寂しく一人の体で枕を抱いた。

 

枕を抱くことで、孤独な自分を紛らわせようとした。枕に自分の体温が伝われば、疑似的にではあるが、人肌を演出できるのではないかと思ったが、虚しい愛撫が私の心を癒すことはない。

 

そこで私は一つの事を思いついて、ベッドから起き上がった。無力感から来る倦怠がのしかかる身体に力を入れて、起き上がって隣のベッドへと転がった。

 

今はいない、あの人が寝ていたベッドに自分が横たわることで、彼を感じられるのではないか、少しでもいいから彼の残り香が欲しかった。

 

だけど、無情にもシーツは真新しい物へと交換されていたのか、微かな洗剤の匂いが鼻孔をくすぐるだけで、私は感じることができなかった。

 

ほんの少し前まで、ユーリがいたはずなのに、今はいない。朝、私よりも早く起きてランニングをする彼がいない。休日の暇な時に作った小さなカップケーキをそっと彼のサイドテーブルに置く、いつの間にか無くなったケーキを見て微笑み、感想を聞くと彼なりに毎度工夫して答えてくれるのが嬉しかった、あの喜びに浸ることができない。

 

『今日のはどうだった?』

 

不意にフラッシュバックが起こった。エプロンをしたままの私が制服の上着のボタンを外してタンクトップを見せている彼に訊いているのが映っている。

 

自分の記憶なのに、まるでカメラからの視点のような第三者視点で自分の姿が見える。

不思議だったけど、特に気にしなかった。そのまま、見たかったからだ。

 

『今日のはいつもより、甘めに感じたな、それから……シナモンの香りがした気がした……と思うが』

『わかるんだね、ほんの少ししか入れなかったのに』

 

驚きと喜びをあらわにした私にユーリがほんの少しだけ微笑を口元に浮かべていた。

よく観察しないと見えないほど小さかったけど、私は気づいていた。

 

『ああ、いつもと違ったからな。良ければ、また頼む』

『……うん』

 

そのフラッシュバックの私が憎らしく思えた。過去の私の何と満たされた顔か、かわりに自分の今の顔を想像すると、似てもつかないことだろう。

 

目から輝きは消えうせ、髪の毛はセットもされてなくてぼさぼさだ。肌も潤いこそ保っているだろうが、生気は消えうせている。

 

生きた人形、そう形容するのが妥当だろう。それはIS学園に来るまでの私だった。あのフラッシュバックの中の生きた人間ではなく、誰かに動かされて、愛でられるだけのお人形だ。

 

そんな人形が人間でいさせてくれたもう一人の人間を思い出し、またも過去の私が目の前に現れた。

 

『本音はどうして、私についてきてくれるの?』

 

弐式を受け取った日、倉敷技研の人々に媚を売るために着飾らされた私が本音に訊いていた。自分を自分として見てくれる彼女に私がどんな風に見られているのかを遠回しに聞いていた。

 

彼女は満面の笑みを浮かべて、私の手を取った。

 

『かんちゃんだから! 私が好きなかんちゃんで私を好いてくれるかんちゃんだからだよ~』

 

いつだって、私と居てくれた彼女もいない。

私を人間してくれていた二人がいない、だから私は今人形なのだ。

 

だけど、一つ人形と違うと言えば、私の瞳から流れる熱い涙だ。流れた涙がシーツを濡らした。この涙を止めたい、そう願っても止まることは決してなかった。

 

「どうして……どうして……!?」

 

ベッドに握り拳を打ちつけて、嗚咽を漏らす。どうして、私が。そんな怒りと憎しみの混ざり合った感情が私を塗りつぶしていく。

 

本音もユーリも大事な人たちなのに、私の手元から消えていく。私はそんなにも罪深い事をしただろうか?自分の意志に従って生きようとしたからか、それとも姉の敷いたレールから外れようとしたからか。

 

その時、私に電流が走った。姉、その単語にはっとしたのだ。

いつだって、私を苦しめてきたのは誰だったか。私の努力を全て否定するかのように立ちふさがり、人形でいるように強いてきたのは彼女ではないか。

 

本音の事を知らないように見えたが、それは本当なのか、ユーリに何らかの恨みがあるように見えた、もしかして私のためという事を口実にしているだけではないか。

 

だけど、そんなことより、大切な事実が一つ。全ては姉によっておこった。私の大切な二人が姉、更識と言う呪いのような名前を持つ家によって起こっているということだ。

 

「姉さん」

 

そのつぶやきに自分でも驚いた。そこにはよく磨かれた刃物のような響きがあったからだ。

本音のISのかぎ爪や、ユーリーのナイフのように死神を思わせる冷たさがそこにあった。

 

私は腕に力を込めてベットから起き上がった。今度はしっかりと力が入り、すぐに立ち上がれた。

ゆっくりと歩み始めて、バスルームへと入り、鏡の前へと歩を進める。大きな鏡に反射された髪の毛を下した私を見た。濁りきった目が捉えたのは姉とうり二つに見えた私の姿だった。

 

水色の髪、赤い目、顔の輪郭から指の細さまで姉によく似ていた。

違う、と自分の心の中で強く念じた。私はあの人ではない。姉ではない、私は私であり、自分の二本足でしっかりと立っている。

 

「私は貴方とは違う」

 

誰に言っているかわからなかった。自分か、ここにいない誰かか、それとも鏡に映る姉か。

その時、鏡に映った姉が私を嘲笑した。幻覚か、どうかはどうでもよかった。

 

私は手のひらを思い切り鏡に打ちつけた。鏡はわれて、やかましい音を立て、崩れた。

そうすると、あの嘲笑を浮かべた姉は消えた。

 

そして、小さい鏡の破片に私が映った。

自分を勝ち取った。そんな錯覚が生まれた。

そして、これが仕組みだ、と理解した。私は今まで一体何を見てきたのだろう。

 

レジスタンスの女の子たちも、五反田君もヴィンセント君もアカネも皆、自分で勝ち取ろうとしていたではないか。

 

無論、自分だってそうして来た。けど、肝心なことを忘れていたのだ。

姉、それこそが答えだ。初心に帰るとはよく言ったものだ。

 

ヒーローはいない、自分がヒーローになるしかない、そう、かつての自分は言った。

その通りだ、自分がヒーローになればいい。

 

あの二人を自分で取り戻す。それが私がヒーローになるという事だ。そして、そこには、その道には姉が立ちふさがっている。

 

なら、それを打ち倒す。たとえ、どんな手を使っても。

 

「見てなさい、私がヒーローになって見せる。無能なままでいるなんて耐えられない。人形なんて耐えられない。助けられてきてばかりだったけど、今度は違う。今度こそ」

私は指輪にした弐式をかざして宣言した。

 

「私が勝つ」

 

 

 

 

 




今後の展開を考えての上での話ですが、不快に思われた場合はこの場を借りて謝罪いたします。

更新遅れて申し訳ありません
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