授業も終わり、我らがメカ二ストにして、整備チーフのマイクの根城とも言える第五格納庫に来ると、他の格納庫と違って、いつも油と鉄の匂いで溢れ、溶接工のような火花がパチパチと鳴っている。
これもピースの機体が全身装甲であるがための光景で、もう見慣れた光景となっていた。
そして、今日もここで機体の整備やチェックが行われている。
今、整備を行われているのは、一時的に主人を失ったマーダーオブクロウの黒いボデイだった。
俺とアカネは台車に乗せられたDMR9やラプターのパルスライフルをまたいで、マイクの元へとたどり着いた。
いつも通り、キャップにサングラスをかけて、中年太りと言える樽のような腹をさすり、パイプいすに座っている。
だが、誰かとチャットをしているらしく、ヘッドセットをつけて話しているのか、こちらに気付いていない様子だった。
「マイクさん!」
周りの騒音に負けない大声で呼びかけると、マイクはヘッドセットを外して、視線をパソコンからこちらへと移した。
「何だ?二人して。何か用か?」
マイクは机の下に置かれた小さな冷蔵庫から三本の瓶コーラを取り出して、手渡してきた。
俺達はソレを受け取って彼に話をする。
「一つ聞きたいことがあって……マイクさん、ハッキングとかってできますか?」
「ハッキングだぁ?」
彼は怪訝そうな顔をして俺を見た。その話の後を継ぐようにアカネが続けた。
「そうです、ハッキングです。ユーリ奪還の際に相手の通信をずたずたにしたり、偽情報掴ませたりって出来ませんか?」
「できねえよ」
答えは即座に返され、その答えは非情なものだった。マイクはコーラ瓶の蓋を歯で開けて一口飲み込んで話した。
「お前たちの考えはわかるさ。確かにXデーでそれができれば、有利だろうよ。相手の更識はISは一機けだしな。だが、俺はそっちは不得手だ。悪いけどな」
彼はそう謝罪を入れた。俺たちは頭を掻いて、残念に思うほかなかった。ISは独自のコアネットワークがあり、IS同士の通信を今の所妨害するのは難しい。しかし、相手となる更識はたった一機しかISを所持していない。代表候補生が皆向うに協力する可能性も考えたが、それを封鎖できないことはない。
Xデーはキャノンボールファストであり、他国との機動性を試すまたとない機会だ。いかに彼女たちが義に燃えたとしても、国家からの頼みにはさかえらえないだろうし、何より、専用機持ちはイベントのメインだ。
対するコチラは世間的に見れば、今時、第二世代型相当の全身装甲の機体という時代遅れのISを作り出したぽっと出の企業だ。誰も注目などしないし、仮に参加するにしても三人の内、一人だけで済むという訳だ。
だが、それだけでは不安だ。戦力差は今の所二対一、上手くいけば、三対一だが、相手は国家代表で学園最強の更識楯無だ。
俺達だけで勝てるとは言い切ることはできない。そこで、通信などを邪魔し、少しでもアドバンテージを取ろうと考えたが、そううまくはいかないようだ。
「一日中、パソコン弄っているのにハッキングできないものなんですね~」
アカネがマイクのパソコンを覗き込みながら言った。皮肉ではなく、感心したという様子だった。
「一日中、AV見たって、本番は上手くいかないのと同じだ。俺は教科書の内容は知ってても経験がないんだよ」
「女の子に向かって酷い例えですね」
アカネがげんなりとした顔で言ったが、マイクは少し笑って答えた。
「フルメタルジャケットの人物を女に置き換えたような者だからな、お前は」
「マイクさん、それ以上は俺も許しませんよ」
アカネが額に青筋を浮かばせてのを見つつ、そう話し合って、俺も画面を何となく見ると、そこにはリストが表示されており、奇妙な文字列を見つけた。そこにはFバッテリーと書かれていた。
「何ですか、コレ」
気になったアカネが訊くと、マイクはため息を一つ吐いてその質問に答えた。
「補給品のリストだよ。お前らは弾薬を次から次へと使うから、俺はこうして補給品の管理もしているのさ。そんでもって、今回の補給が酷くてな、頼んだ覚えのないファットマンのバッテリーが20個に、小型UAVだの発送ミスがあったんだよ」
そう言って、マイクは格納庫の隅に置かれたコンテナを指さした。ファットマンとはRインダストリ―社のおひざ元シンシティ警察や、軍隊で使われているパワードスーツの事で、コレを動かすための大型バッテリーと福音事件の時使用したUAVが何故か、ここに来たというのだ。
「本社の怠慢だぜ? しかも、向うは身に覚えがありませんとか、言い訳言うんだから……頭来るよな?」
「返さないんですか?」
マイクの愚痴を聞いて、アカネはそう問いかけたが、マイクは頭を横に振った。
「そんな暇はない。お前達のことを助けなきゃならんしな。コイツの持ち主と連れに申し訳が立たない」
「マイク……」
アカネが彼の名前を言うと、マイクはキャップを深くかぶって表情を少しかくして言った。
「俺もよ……ロイの野郎から聞いたんだよ。ユーリの過去ってやつをな……。アイツの傍にまともな大人が一人ぐらいいた方がいいだろう?」
それがマイクがユーリを助ける理由だった。彼は俺に生き方の手本をみせてくれたように、ユーリにもそれを見せたいと願っているのだ。大人に振り回されてばかりの俺たちを助ける大人として、彼なりに動くつもりなのだろう。
「俺はダメな大人だが、努力はする。それにな、本音の嬢ちゃんが言ってたんだよ。簪の幸せってな」
「本音が?」
俺が聞き返すと、彼は小さく頷いて答える。
「だけど、今の簪は可哀想な顔をしてる。ここに偶に来るが、魂が抜けたような顔だし、ユーリもどっかに拘束されている……子供の経験するようなことじゃねえよ。こんなのは」
ソレは俺達にも言えたことだったが、今はそんな事を言っている場合ではない。
そして、マイクは何時だって俺たちの力になってくれたのを知っているため、俺は水を差すような発言を控えた。
「だからよ、俺にできることはコイツを調整して、その日に備えることだ……欲しい物があったら言ってくれ。大抵の者は揃えてやる」
「ありがとうございます」
マイクの言に俺とアカネは礼を言った。子供だけでは太刀打ちできない、それを俺たちは知っているし、そんな俺たちを助けてくれる彼らのような大人は嬉しい存在だった。
山田先生たちも動いてくれている。俺達も動かなくてはならない。目の前で静かに鎮座しているマーダーは漆黒のボデイを煌めかせている。
ソレは来るべき日に備えて、英気を養う甲冑を纏った騎士か、はたまた主人の帰りを待つ一羽の義理堅いカラスのように思えた。
輝きを失ったカメラアイが無言のまま俺たちを睨んでいた。
「これで協力者も大勢できたという訳ですね」
「そうだ。だけど、結局は俺達次第だ」
マイクの格納庫から帰っている途中の俺たちは話しながら、廊下を進む。日も暮れて暗くなった外の景色を一瞥した。夜の暗さがユーリを思い起こさせたからだ。
「考えれば、ユーリが武器の扱いを知っていたのは、人一倍酷い事を見てきたからなんだよな……」
俺が一言つぶやくと、アカネも窓の向こうの夜の闇を見た。
「普通なら、その非道な連中に染まるところですが、彼はそれを教訓として、人生の光とかって物の大切さをよく知っていたのかもしれませんね」
「簪は」
アカネの言を聞いて、俺は一拍呼吸を入れて言った。
「ユーリのそういう所を誰よりも知って、だから好いていたのかもな」
「……そうかもしれませんね」
俺達は暗闇を知っているつもりでいたが、それは間違いだった。たとえ、俺が福音事件でISパイロットの命を奪っても、アカネが既にライフルで誰かを撃ったことがあるとしても、鈴が中国で戦ったとしても、ユーリ一人の闇に比べれば、明るい夕焼けのようなものだ。
そして、その彼の闇を簪はきっと敏感に感じていたのではないかと思う。自分より暗い所の住人であるがゆえに明るさを知っていたユーリに助けられて、そして助けたいと願ったのだろうと俺は思う。
ソレはもしかしたら、本音でも言えるのかもしれない。話によると本音自身がISと化しているという。本音も同じように深い暗闇を抱えていたが、それを簪への優しさの原動力の一つとして使っていたのかもしれない。
本音とユーリは根の方では似ているのだろうか。簪への思いやり方が違っただけなのだろうか。答えは二人に聞かなければ、わからないが、俺はそう思った。
「それが何だと言うの?」
物思いにふけっている俺達に第三者の女性の声が聞こえた。聞き覚えのある声であった。
LEDライトの明かりで明るい廊下の先に誰かいると、気配で察知し、アカネも察知したらしく、俺の前に出ようとするのを俺は抑えて、俺が彼女の一歩前に出た。
廊下の陰から姿を現したのは、思った通りの人物、更識楯無であった。余裕そうな笑みに扇子を自分に仰ぐことで、自身の余裕や優雅さをさらに際立たせている。
楯無はゆっくりとこちらに歩み寄りながら、言葉を続けた。
「簪ちゃんにとっての光? そんなのはありえないわ。彼は所詮、可哀想な環境下で生まれた気の毒な化け物よ。スパルタクの都合のいい道具でしかない」
「たったあれだけの証拠でふざけんなよ」
俺は一言帰すが、彼女が怯むことはない。学園最強と書かれた扇子を広げて、挑発をしてくる。彼女にとって、俺たちは歯牙にかける者ではないと、言葉を使わずに示した。
「貴方達は感情的になっているのよ。今までの事件で冷静な判断を下していることもあったし、少しは期待したのだけれど、見込み違いかしら?」
楯無の挑発にアカネが答えた。
「貴方の職務は理解しているつもりですよ、会長、殿。学園を守るために動く貴方の責任はわかりますし、妹の簪に悪い虫がつくのもご立腹するのも理解しているつもりです」
アカネは会長殿という単語を強調して言った。あくまで、会長と言う職務には敬意を表しているが、彼女本人には何の敬意もない事を示しているようだった。
「しかし、ユーリの件は横暴すぎます。あれだけの証拠で納得しろと言われても……」
「するのよ」
楯無はアカネの言葉を遮って言った。その顔には笑みが浮かんでいなかったが、脅しという訳でもなかった。
「貴方達も話は聞いたでしょ?相手を信じすぎれば、身を滅ぼすのよ。あの時、あの施設で私達は子供を助けるために行った。そして子供を助けようと安心させるために銃口を下げたのが運のツキだった」
出てきたのは、ユーリの過去の更識との交戦の話だった。言われてみれば、彼女たちは
救うべき対象の中にいるユーリに気付かず、全滅した。
「彼は集団に溶け込めるのよ。殺気を隠して、周りと同じ顔をして、まるで虫も殺したことのないような顔をすることができる。でも、隙あれば喉を掻っ切りに来る。あの男はそう言う男よ」
楯無にとって、ユーリを敵対視する理由が見れた。彼女は過去のユーリの行動によって部隊を全滅させられ、その理由が彼が集団に隠れて奇襲したことから来ているのだと分かった。
彼女は恐れているのだ。IS学園と言う集団に溶け込んで、いつ自分たちに牙を剥くかわからない男を恐れた。かつての事件の実行者である以上、それは当然と言えたかもしれない。
さらに、この男は敵組織と繋がりがあって、さらに言うと、自分の妹を懐柔さえしているのだ。
そして、本音の行動も悪いことにコレと重なったのだ。本音もまた、集団の中で本性を隠し、学園祭の時にそれを露わにして見せたのだ。
ソレを見破ることができなかったという事が彼女の恐れを増大させた。自分の感覚も信じられなくなった彼女は更識と言う暗部を活用し、かつての過ちのように、部隊員が全滅するという事が標的が生徒に変わり、百倍以上の惨劇を出す前に防ごうと動いているのだ。
そこでアカネは食って掛かった。楯無に向かって、視線で射殺さんばかりの目を向けた。
「知った風な口を言いますね。そうやって、他人を判断して裁く、簪の言った通りですね。
高い所から偉そうな口を言って……」
「でも、ユーリの事は事実よ」
「事実ですって?!」
楯無の言葉にアカネが激昂した。
「証言のテープと交戦記録だけで私の戦友を計るな!お前の物差しなんかで測れるほど単純じゃないんですよ!」
俺は楯無に手を伸ばしかけたアカネを抑えた。その力は強く、怒気を発する彼女の目は眼鏡越しでもわかるほど、感情に支配されていた。
そこへ楯無は一つ問いかけた。
「貴方達は何を持って彼を信用しているの?」
その問いかけは彼女の際たる疑問の一つでもあり、また、俺たちに揺さぶりをかけているのだとわかった。
俺は唇を軽く締め、意を決していう事にした。言わなければならない、ここで言わなければ、昨日の一夏に対していったことさえ、嘘になる。そう強く思ったのだ。
「一緒に戦って、遺書にいた俺達と簪が笑ってた。それだけです」
楯無の余裕の笑顔がピタリと止まった。
「たったそれだけ?騙されているかもしれないのに?あの話を聞いたのに?」
「今更過去で人を決めてたら、俺達全員バラバラですよ。それにね、アンタの言うユーリより俺の思うユーリの方が信頼できる」
俺達は互いに戦ってきた。この半年で俺は様々な物を失っては、手にしてきた。気付きたくなかった事もあったもあったが、俺をここまで来させてくれたのはこの半年に出会った全ての人間だった。
そして、その最初の三人のうちの一人、それがユーリで、彼のおかげで俺は技術と力への考え方と言うものを学んだ。そして、過去を聞いて、改めて彼を見ることで、人はどうにでもなれると信じられるようになった。
過去のユーリがたとえ、悪だとしても今の彼は違う。それは彼の見せた変化と俺達と共にいたことでできた信頼から生まれる結論だった。
「楯無さん、俺はアンタの職務を知っている。アンタのしていることは間違えじゃない。でも、捕まえる人物を間違えている。俺はアンタに歯向かうよ」
楯無は勢いよく扇子を閉じて、鋭さを持った貌を見せた。茶目っ気があって悪戯が好きそうな猫のような姿はなく、獅子のような迫力を見せて俺たちに言った。
「後悔することね。貴方方がいかに大企業をバックにしていようと、勝手は許さないわ。あの男は危険で、簪ちゃんに会わせる訳にいかないの……いつの日か、今日の決断を後悔するときが来たとき、私の顔を思い出すといいわ」
一方的な宣戦布告から、わずか一日で俺達と楯無は本当の意味で互いを敵だと認識することとなった。
「なら、アンタも覚えておけ。俺達は誰一人だって欠けさせはしないってことを。俺達は勝つぞ、全員そろって夢を見るんだって決めたからな」
その日の夕飯は鈴と食べることになっていった。食堂の隅の方の席を選び、彼女は僕の目の前でラーメンをすすり、僕は炒飯を食しながら、話をしていた。
「で、そのアイドルを呼んで、隙を作ろうって訳?」
「そういうこと。表向きはキャノンボールファストを盛り上げるための一工夫っていう話にしてね」
鈴は相槌を打ち、そのアイドルに関心があったのか、それについて訊いてきた。
「そのアイドルって前の夏休みでホテルで会ったアカネの友達でしょ?意外と凄い友達いたのね」
ツインテールの髪の毛を揺らした彼女に蓮華を向けながら、僕はその答えを口にした。
「ミサキ・ホーキンスはアカネと姉妹同然なのさ。ミサキの父が今のアカネを作った理由だからさ」
「つまり、彼女の憧れって事?」
僕は「そうだ」と言って、炒飯を一口分すくって口の中に運んだ。僕がアカネに初めて会う前には亡くなっていた、その男がアカネのその後の人生を決めていた。
その祖父がアカネを家で世話をしていた、だから彼女らは仲が良い。それはもう、親友を超えて姉妹と言うレベルだ。歌や芸と言った平和的なミサキと銃や戦闘と言ったアカネ、相反する二人がこのような関係を持つというのは正直驚いた。
ソレは鈴も同じだったようで目を丸くしていた。
「わからないもんよね」
彼女はそう言った。僕はどうして、そう言うのか、と彼女に訊いた。
「ユーリと簪とか、アタシとアンタみたいに、相性最悪そうなコンビができていたりしてさ。おかげで、皆苦労してるけど」
「何だかんだ言ってピッタリって訳なんだろうさ。だから」
僕はレンゲを皿の上に静かに置いて、鈴の言に対しての答えを述べた。
「ユーリを救うのは必要なのさ。でも、正直な話をすると怖いからっていうのもある」
「何が?」
「簪だよ」
僕はコップに入った毒々しい緑色をしたメロンソーダを口に含んで口の滑りを良くした。潤滑油代わりだった。
「簪の状態はハッキリ言って、ラウラが来たばかりのアカネと一緒だ。大切な物を踏みにじられて、頭から水蒸気が出るほどの怒りを抱えているはずだ。しかも、彼女の姉が、だ。これが怖いんだ」
僕は簪の恐ろしさを説明した。
劣等感の源である姉、その姉が自分のため、と言って、意中の人を攫っていけば、どんな結末が待っていることか。嫉妬だとか、憎しみの力は実は強く、恐ろしいものだ。
だが、大抵の場合個人にできることと言うのは小さく、普通の家庭なら、簪と楯無が争った時、十中八九楯無が勝つだろう。
しかし、簪にはISがあり、そのIS打鉄弐式は高い電子戦の能力を持ち、並大抵の乗り手ではない簪の能力が相まって手強いことは間違いないだろう。
「そして、彼女の怒りの理由は他ならぬコンプレックスの原因たる姉だ。それに今の彼女を支える一番の人間が裏切りと来ている。最悪の状況下じゃないか」
その僕の考えを聞きながら、彼女は麺を食べ終えて、彼女はラーメンのスープを飲んで、一息つけた。
その豪快な食べっぷりには敬意すら覚えた。
「一応、私とアカネで励ましてはいるんだけどね……全く嫌になるわ。大人のわがままに付き合わされているだけじゃないの、ユーリもアタシ達も……」
ユーリの話はアカネ達を通して聞くことができた。スパルタクには悪趣味な自殺願望とでも言うのだろうか、彼の欲によって、僕達はユーリに会えたが、その結果として今彼と簪が苦しむ羽目になっている
Rインダストリー社、アルフレッドの粋な計らいによって僕たちはそれを知らなかった。
もっと早く聞いておけば何か対策でも打てたかもしれないが、過去のIFを論じたところで、出てくるのは後悔しかなく、無意味なだけだ。
結局僕らは皆が揃って、誰かの手のひらの上と言う訳なのだろうか
だが、それを一方的に批判できないのも事実だ。大人によってかき回されているのも事実で、大人によって助けられているのも、また事実だからだ。
「それでも戦わなきゃならないってことだね。嫌な人生な気がしてならないよ、僕は」
「……『人生はチョコレートの箱と一緒』ってセリフ知っている?」
鈴は唐突にそんな事を言った。僕はそれに対して、脱力しきった声で答えた。
「知ってるよ。開けてみなけりゃわからない、だろ?僕としては最高に甘いのがいいなあ」
僕はそう答えたが、鈴は首を横に振った。そして、その理由を答えた。
「まだ、中身もわかってないのに、そんな事言うなって話よ。ここまで、来たら最後までやり抜くしかない。ユーリも簪も……でなきゃ皆救われないわ。愚痴るのは終わってからにして、今はやらなきゃダメよ、ヴィンセント」
鈴はアーモンド形の形の良い目をまっすぐこちらに向けて言った。彼女のいう事は正論だった。最悪のシナリオを考えるのも、必要だが今は動くときである、ということだ。
今回は二人の人生がかかっているのかもしれない。僕らの働き次第によって、二人の人生、鈴の表現を借りるのなら、チョコレートの箱の中身を左右すると言っても過言ではない。
箱の中身が毒入りの物でした、では話にならない。
「……君がいて助かるよ。簪の事、引き続き助けてあげてくれ、僕も協力するよ」
「ありがと。アンタも、せっかく友達思いなんだから、損得ばかり考えたらダメよ?」
人差指を尽きて繰られて、僕はそう注意された。どうも、彼女には全てがお見通しされている気がしたが、悪い気はしなかった。
「ああ、ありがとう」
そう一言礼を言って、席から立ち上がって、行こうとした時だった。僕に声をかけてきた男がいた。その声は良く聞くもので、そして僕の苦手な人物の物だった。
「一夏?」
振り返って先に名前を呼んだのは鈴だった。織斑は彼女に一言挨拶を入れて、僕の方を見た。いつも、彼と話す時、彼が僕に怒りを感じている時だと、思っていたが、今日は違うようだった。
「なあ、ヴィンセント話があるんだ」
神妙な顔をする彼に僕はいつもの笑顔を見せて、冗談めかして言った。
「僕また君に殴られるようなことしたかな?」
「そんなんじゃない」
一夏はハッキリ言った。どうやら本当にふざける様な雰囲気ではない、と僕は察した。
彼の目には迷いが見えた気がした。彼は何か悩みを持っているようだった。
そう、雰囲気から読み取っていると彼が口が開いた。
「なあ、お前はどうしてユーリを助けるんだ?」
「……どういう意味かな?」
その質問がどういった意図を含んでいるのか、僕には理解しかねた。それを尋ねると一夏は自分の手のひらを一旦見つめて、拳を作り僕の方へと視線を戻した。
「この際ハッキリ言うと、俺はお前を酷いやつだと思ってた。シャルの件も、鈴の件だって許したわけじゃない。話すことも利益とかを優先して、守ることを馬鹿のしてた」
「確かにね」
僕は否定しなかった。普段なら、こんな時、皮肉の一つでも残して立ち去るのだが、この時、僕は一夏が単に僕を否定したい訳ではない、と感じた。
「でも、お前はそう言いつつも、無人機の時に箒を助けたし、ラウラの時も動けない機体で弾を援護してた。この時のお前は損得だけで動いてない、お前はどっちなんだ?」
一夏の質問の意図は相変わらず、わからなかったが、彼が僕が何故ユーリを助けるのかを知りたいのかはわかった。彼は僕が何なのかを知りたがっているのだと。
「僕が何のかが知りたいのか? 何故今になって、訊くんだ?」
僕は目を鋭くした。出会って数か月、一度だって彼とまともに話したことはない。いつも、激昂した彼と嘲笑をする僕がいただけだった。そんな彼が今になって僕の事を聞くのか、今更友達にでもなりに来たとでも言うのだろうか
「弾が……アイツと会って、変わった所も多いけど、変わらない物もあったってわかったんだよ。弾の戦いは俺は認めない、けど弾の日常は俺の知っているまんまだった」
一夏は一呼吸を入れて、さっきより大きな声で言った。
「だから、その弾が友達っていうのなら、お前もユーリも悪い奴じゃないかもしれない、そう思ったんだよ。だから、お前がどうしてユーリを助けようとするのかが知りたいんだ!」
僕は彼の顔を見た。よく見ると目じりに少し水滴が見えた気がした。その意味は、弾が彼の思う姿を残してくれたという事に嬉しさを感じたものだ、と思えた。
特に確たる理由は無かった訳ではなかった。鈴が一夏を見つめる顔に明らかに感情のこもったものがあった。哀れみとかの負の物でもないのは明らかだった。
心の隅にほんの少し嫉妬心を覚えたが、僕は彼の問いに答えた。
「損得と言えば、そうさ。僕はそれでしか動かない」
「ヴィンセント!」
鈴が怒声を放ったのを抑えて、僕はつづけた。
「僕とアカネ、ユーリは三年共に過ごした。弾とは半年、でも皆が戦友だよ、一夏。僕らは今更、離れられない仲なんだよ。銃と兵器に囲まれた青春と言われれば、それまでだけど、僕はこれからもソレを続けたいんだ」
我ながら身勝手な理由だと思った。学園を守る生徒会長にたったこれだけの理由で楯つこうと言うのだから。いつもの食堂で、決まったメンバーで決まった定位置に座って会話と食事を楽しむ。
そして、そんな彼らとピースの行く果てを見たい、それが僕の望みだ。一夏は僕の言を聞いて、驚いた顔をしていた。
「ヴィンセント、お前……」
「あまり、格好つけるもんじゃないな。久々過ぎて、顔が赤くなったよ」
僕はそれだけ言った。鈴は僕と織斑を交互に見て、戸惑う織斑に向かって、言葉を発した。
「一夏……ありがとね、ヴィンセントに話してくれて」
「……鈴、お前は知ってたのか?」
織斑のつぶやきに近い問いかけに彼女は答えた。
「わかりづらい奴なのよ。難しい事ばかり考えてさ、ああやって自分から言霊とりださせないと自分の気持ちにも気づけないのよ。だから、ありがとうね、一夏」
彼女は織斑にそう言った。鈴の姿を見て、織斑も目に少しだけ輝きを取り戻したように見えた。
沈んだ男を奮起させる彼女は太陽のような人なのかもしれない。そう思えた。
そして、同時に簪も彼女の力で少しでも、癒しになってくれることを祈ることにした。
窓の向こうを見ると、暗かった。
しかし、それは夜明けの前の暗さのような物だ。夜が明ければ、皆照らされる。
そう信じた。
生徒同士の動きを書きました。
次回、話が結構動く風にする予定です。
話書くのはやはり難しいですね。
たまに束マジックが使いたい、と思うものです。