SPYシネマズ~憧れの先輩にハニートラップ仕掛けられたけど好きなのでこのまま騙されます~   作:那珂テクス

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特異撮影班篇
第1話 特異撮影


 7月初旬の夜なのに、うだるような暑さの横浜赤レンガパーク。

 俺──白笹庵(しらささ いおり)と、その相棒の玉川(たまがわ)クリストファーは、とある映画撮影の準備をしていた。周囲にいるのは甘い雰囲気を垂れ流すカップルばかりで、その大半が物珍しそうにこちらの様子を窺っている。

 ……まあ、ジロジロ見られるのはいつものことだ。今さら気にしたって仕方ない。

 衆目を無視しつつカメラをセッティングしていると、地毛の金髪を弄りながらボーッと海を眺めていた相棒が、急に話を振ってきた。

「なぁイオ。今日俺の代わりに出演してくんね?」 

「……嫌だよ。お前先週も撮影だったじゃねえか」

「まぁ聞けって。今日の主役は半魚人なんだろ? ちょっと試してみたい画角があるんだよ」

 そう言ってカメラを奪い取る玉川。俺が進めていた設定をわざわざ初期化するあたり、仕事をサボりたいが故の方便ではないらしい。

 だが、その行為には何の意味もない。何故なら──

「画角なんて気にしてどうすんだよ。うちの映画はガワだけなのに」

 そう指摘してやっても、我が相棒は「知ってる」と返すだけで、頑なにカメラを手離そうとしない。こうなると何を言っても無駄だろう。

 どこから呼び出したのかも分からない設定画面を慣れた手つきで操作し、喜々として三脚の設置場所を探し始めた玉川を見送りつつ、俺は『ゴッドシネマ白笹(しらささ)』のロゴが入った腕章を取り付けた。

 

 ──そう。この腕章も、ごついカメラも、たいそうな照明も、所詮は映画撮影という体裁を整える為のハリボテに過ぎない。

 『()()()()()()』という本来の目的を達成するため、俺は眼前に広がる東京湾を睨みつつ、腰に差していたカランビット・ナイフを抜き取った。

 

「よっしゃ! 始めるぜ!」

 

 カメラの設置場所をようやく決めた玉川が、気合十分に指笛を鳴らす。

 その直後、周囲にいた人間が1()()()()()()()()()()()()()

 虚ろな目で微動だにしなくなった彼らに対して、玉川は心底愉快そうに命じる。

 

『はーいみなさん。これから映画撮影をしますからねー。今から起きることは全て演出ですからねー。あと危ないので近寄っちゃいけませんよー』

 

 そう言い終えるや否や、催眠下の人間がふらふらと海岸から離れていく。このあまりにも異様な光景を作り出した張本人は、まるで何事も無かったかのようにカメラを回し始めた。

 本当に何なんだ、こいつ。いくらなんでも滅茶苦茶すぎる。

 まず、他人を意のままに操るなんて能力自体が馬鹿げている。しかもこの玉川クリストファーという男は、周囲100mという条件下であれば、いくらでも他人を操ってしまうのだ。

 初めてこいつと出会った時は1000人弱の虚無顔人間に取り囲まれたしな。危うく漏らしかけた。

 おまけにこいつの催眠術は、本来予備動作を必要としない。先ほどは調子に乗って指笛なんかを鳴らしていたが、実際はその気になっただけで周囲の人間が丸ごと操り人形と化すわけだ。チートか?

 相変わらず得体が知れない相棒にドン引いていると、目の前の海面がぶくぶくと泡立ち始めた。どうやら主役のご登場らしい。

 

【ゴァアアアアアアアアアアアアア!!】

 

 勢いよく海面を飛び出して石畳に着地してきたのは、筋骨隆々のヒト型生命体。ただしその体躯は2mを優に超え、肌は暗緑色、首にはエラ、背面には魚の鱗と立派な背ビレがついている。

 うん。どこからどう見ても半魚人だ。分かりやすい見た目で助かる。

「……0オア1D6ってところか」

 見た目がとあるTRPGの敵キャラそっくりだったのでつい独り言ちると、遠くでカメラを構えていた玉川が反応した。

「イオにまだ減るようなSAN値が残ってるとはびっくりだわ!」

「全くな。お前のおかげでとっくに0だと思ってた」

「お? 喧嘩か?」

 そんな軽口を叩きあっていると、牙を剥き出しにした半魚人が唸り声を上げて突進してきた。鈍重そうな見た目に似つかわしくない素早さで、10mほどの距離を一瞬で詰めてくる。

 鋭いかぎ爪が左右から同時に振るわれた瞬間──俺は奴の懐に入り込み、左手で筋肉質な右手首を抑えつつ、右手に握ったカランビットを首筋に引っ掛けた。

 そのまま突進の勢いを利用して奴の体を持ち上げ──バンッ!! 

 石畳に思いきり叩きつけてやる。間髪入れずに奴の左手首を右足で抑えつけ、頸動脈を掻き切る──つもりだったが、噛みつかれそうになったのでひとまず距離を取った。

 うん。こいつはまだ戦いやすいな。

 図体はデカいが肉体の可動域が人間並みだし、恐らく内部の構造も大差ないだろう。

 注意点は牙、爪、硬い筋肉くらいだろうか。とはいえ、爪も牙も避けづらい形状ではないし、筋肉だって全く切れないわけじゃない。今だって傷口から真っ黒い血が滲んでいるし、もう少し力を籠めれば深く抉れるはずだ。

 背後から聞こえてきた軽薄な口笛を無視しつつ、俺はカランビットを構え直す。

「来いよ、さかなクン。少し遊んでやる」

 

  ◇

 

 それからの展開はあっけないものだった。

 かぎ爪や噛みつきを避けてはカウンターで腱を切り、距離を取っては突進されを繰り返していると、あの半魚人が赤レンガ倉庫の外壁に激突したのだ。そのまま仰向けに倒れてピクリともしなくなったので、俺は若干の哀れみを抱きつつ奴を介錯した。

 成り行きを見守っていたカメラマンが「こんなB級以下の幕引きあるかよぉ!」とかなんとか宣っていたが、思い切り無視して撮影機材を押しつけてやった。恨めしそうな顔で見られたが、こっちは半魚人との戦闘をワンオペでこなしたのだ。文句を言われる筋合いはないだろう。

 そんなこんなで地下鉄に乗り、雇用先がある伊勢佐木町に戻ってくる頃には、時刻は午後11時になっていた。

「おっもい疲れた……何で俺がこんな目に……」

 後ろを歩いていた玉川が苦しそうに呻く。振り返ってみると、奴は撮影機材を心底辛そうに抱きかかえていた。助けを乞うような目を向けられるが、それに対して俺はただ肩をすくめる。

「裏方が機材運搬をするのは当然だろ、カメラマンの玉川クン」

「へいへい分かったよ、俺が悪うござんした! 次はお前に押しつけてやるからなチクショウ」

「それはつまりお前1人で出演(せんとう)するということでよろしいか?」

「鬼か!」

 くだらないやり取りをしつつ、2人揃ってとある路地で立ち止まる。

 ── 『ゴッドシネマ白笹(しらささ)』。

 このセンスのかけらもない名前。そして聞いたこともないC級映画のポスターに彩られた古臭いミニシアターが、俺たちのバイト先だ。とはいえ、その主な業務内容は一般的な映画館とは大きく異なる。1日に1人客が入れば御の字のゴッドシネマ(笑)では、上映の売上が万年大赤字なのだ。

 では、どのようにして稼ぐのか。

 その答えこそが、先ほどまで実施していた『特異撮影』という業務だ。

 ゴッドシネマ白笹には、人間でも動物でもない未知の怪異──俺たちは異精(いせい)と呼ぶ──に悩まされた依頼人が、様々な依頼を持ち込んでくる。俺たち『撮影班』──現場で異精に対応する班のことだ──はその依頼を受注し、映画撮影という体で異精の安全評価・封印・討伐といった業務をこなす。何故そのような体裁を整えるのかというと、近頃は一般人に業務を目撃される機会が増えすぎたせいだ。

 

 隠し通すのが無理なら、最初から明け透けにすればいい。

 「これは映画撮影だ」という暗示をかけることで、本来は目撃者を発狂させかねない体験を、ちょっとした良い思い出に留める事ができる。

 

 我らが劇場の支配人は、そういった理由でゴッドシネマ白笹を開業したのだと言う。

 ちなみに昔、「それなら別に映画館にしなくても、映画スタジオにすれば良かったんじゃないですか」と尋ねたところ、「劇場経営が長年の夢だったから」という身も蓋もない答えが返ってきた。結局のところ、劇場経営は支配人のエゴということだ。

 劇場さえ無ければ、うちの稼ぎも随分マシになるんだけどな……。

 表に出された『本日営業終了』の看板を横目に、エントランスのすぐ先にある階段を上る。そうして2階に辿り着くと、受付に座るセミロングの若い女性が見えた。

 全くこちらに気づかない様子から察するに、いつも通り手元で流れる映画に釘づけらしい。

「今日は何観てるの、美空さん」

「……ふぇ? お、おかえり庵くん、玉川くん! お勤めご苦労様」

 分かりやすく慌てた様子で顔を上げたのは、当映画館の支配人、白笹美空(しらささ みそら)その人だ。ヘアバンドでおでこを丸出しにしていて、まん丸のガリ勉眼鏡の下から人懐っこそうな瞳が覗いている。

 

 ちなみにこの人、同じ苗字だが血縁関係があるわけではない。美空さんは俺の養親で、俺は美空さんの養子なのだ。

 

 とはいえ、知り合ったのはつい3年前のことだし、年齢も10しか違わない。戸籍上は立派な親子関係だが、感覚的には面倒を見てくれる近所のお姉さんという方が近い。

 だからというわけではないが、俺がこの人の無防備なショートパンツ&タンクトップ姿を海馬に焼き付けるのも、年頃の男子高校生としては正常な反応だろう。そうに違いない。

「営業終了後もたまに依頼人が来るんだから、その格好はどうかと思うよ」

 何となく他の男に見られるのも癪だしね!

 内心でえらく不純なお気持ちを抱えていると、美空さんは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「えっへへ、ごめんね……ところで今回の依頼はどうだった?」

「楽だったよ。全体的にちょっと大きいだけの人間って感じ」

「俺の知ってる人間と違う」

 げんなりとした様子で割り込んでくる玉川。その体に過積載された機材を引き剝がしつつ、俺は軽口を叩く。

「動脈切って死ぬんだから似たようなもんだろ」

「お前それだとクマもライオンも一緒じゃねえか」

 うるさいなぁ。実際、全部一緒じゃないか。

 俺たち『撮影班』に舞い込んでくる依頼は、何もその全てが半魚人のような異精を討伐しろ、というようなものではない。中には物理的な弱点が存在しない──あるいは肉体そのものが存在しない、幽霊のような異精を排除しろという依頼もある。というかそんなものが大半だ。こういった連中は物理的な弱点が存在しない分、当然ながら討伐難易度も跳ね上がる。

 そんな事情があるからこそ、ぶっちゃけクマもライオンも半魚人も、「物理的に明確な弱点がある」という意味で似たようなものなのだ。

「お前もそのうち分かるようになるよ、玉川クン」

「なるか! というか『撮影班』としては俺の方が先輩だからな!」

 疲れのせいか、普段よりも語気が強めな玉川。

 美空さんは苦笑いしつつ片づけを手伝っていたが、ふとその手を止め、鋭い視線で階段の方を見つめ始めた。

 

 ──コツ、コツ、コツ──

 

 数秒後、小気味のいい音を響かせながら、1人の男が上がってきた。短髪に眼鏡、紺の柄なしスーツに黒の革靴という、いかにも役人といった風貌だ。

 彼は美空さんを見て少し驚いたような顔をした後、すぐに微笑を浮かべて話しかけてきた。

 

「こんばんは。『特異撮影』を……異精の討伐を依頼してもよろしいですか?」

 

「……」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は無意識に身構えていた。真横の玉川からも息を吞む音が聞こえた。

 ──通常、特異撮影の依頼をしてくる人間は、異精のことを何も知らない素人ばかりだ。彼らは見たこともない化物の出現に戸惑い、しかし周囲の人間からは碌に信じてもらえず、ネットで様々な情報収集をした果てにゴッドシネマ白笹に辿り着く。うちの支配人がそのようなマーケティングをしているからだ。

 しかし今、この男は化物を明確に『異精』と認識した上で、その討伐を依頼してきた。

 素人の知ったかぶりとは思えない。そもそも異精という単語は、どれだけマニアックな匿名掲示板であっても確認できない、業界人同士のやり取りでしか使用されない専門用語だからだ。

 つまり、逆説的にこいつは業界人。

 自ら異精に対処する能力があるにも関わらず、俺たちにその役を任せようとしている。

 これは、とんでもない厄介案件かもしれないぞ……!

「かしこまりました。どのような内容でしょうか?」

 俺や玉川が反応するよりも早く、美空さんがビジネススマイル全開で対応する。すると男の微笑に、わずかな申し訳なさが滲んだ。

「警戒させてしまって申し訳ありません。夜も遅いことですし、単刀直入にいきましょう」

「……公安の方ですね」

 笑顔を引っ込めた美空さんが確信めいた様子で尋ねると、男は「流石です」と言って敬礼した。

「警察庁警備局異精課の桑乃亮(くわの りょう)です。この度は千貌(センボウ)の討伐依頼で参りました」

 




次回はヒロインが登場します。
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