SPYシネマズ~憧れの先輩にハニートラップ仕掛けられたけど好きなのでこのまま騙されます~   作:那珂テクス

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閲覧ありがとうございます。ヒロイン登場回です。

少し短めですが、キリがいいので一旦区切ります。


第2話 ハニートラップ

「なぁイオ、俺の代わりにこのDVD返してくんね?」

 みなとみらいでの特異撮影の翌日。放課後の教室で、隣席の玉川が1枚のDVDを差し出してきた。見たところかなり古い洋画で、図書室から持ち出したもののようだ。

「嫌だ。自分でやれ」

「お? そんなこと言ってええのんか? 俺はお前のためにわざわざ提案してやってんねんぞ?」

 聞くに堪えない似非関西弁で、いっそう深みが増したアホ面を晒す玉川。その不穏な様子に、俺は思わず身構えてしまう。

 大抵の場合、こいつはドヤ顔を披露した直後にとんでもない馬鹿をやらかす。その結果こいつ1人が折檻されるだけならいざ知らず、何故か俺ばかりが尻拭いをする羽目になるのだ。

 トラウマの数々がフラッシュバックした俺は、玉川を睨みつつゆっくりと後ずさった。

「……何を企んでる?」

「人聞きの悪いこと言うなって。忘れたのか? ()()()()()()()

「金曜日? だから何が……あっ」

 言わんとすることを察した途端、玉川はニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべた。なんとなく腹が立ったので、差し出されたDVDを無言で受け取り、そのまま奴が座っている椅子を一息で引き抜いてやる。

 床に思いきり尻を打ちつけたアホが悶絶するのを尻目に、俺は図書室へ向かうことにした。普段は奴の頼みというだけで重い足取りも、今だけは軽やかだ。

 だって金曜放課後の図書室では、彼女に会えるのだから。

 

 

 横浜市立五列高等学校は、特にこれといった特徴がない高校だ。偏差値は中の上、運動部はたまにインターハイに出たり出なかったり。いわゆるブラック校則といったものがあるわけでもなく、教師・生徒双方が程よく学校生活を満喫している。

 だが、そんな我が校にも1つ──いや1人だけ非凡な人物がいる。

「お、庵くんじゃないか。今日はどういったご用件かな?」

 図書室の貸出カウンターで座っていた女性が、読んでいた文庫本を置いて微笑みかけてくる。ただそれだけの動作があまりにも画になっていて、俺は思わず見惚れてしまった。

 ──この人は二階堂奈津にかいどう なつ。俺の1つ上の先輩で、図書委員会に所属している。美人で優しいのはもちろん、中性的な話し方がショートカットによく似合っていて、男女問わず憧れの的となっている。

「こんにちは二階堂先輩。今日はこれの返却をお願いします」

「DVDだね? オッケー……あれ、返却期限が過ぎてるね。だめじゃないか、期限はちゃんと守らなきゃ」

「あっはは、すみません」

 玉川ァ! 貴様のせいで先輩に注意されちゃっただろうが玉川ァ!

 心中で未だ悶絶しているであろう相棒を呪っていると、業務用PCを見ていた二階堂先輩が意外そうな顔をして言った。

「あ、でもこれ、借りたのは庵くんじゃないんだね」

「そうですね。クラスメイトの分です」

「じゃあ友達の代わりに返しに来てくれたのかい? 庵くんは優しいね」

 ナイスだ玉川ァ! 今度ジュースを奢ってやろう玉川ァ!

「そんなことないですよ。たまたま図書室に用事があっただけなので」

「用事、用事ねぇ」

 切れ長の目を細め、ジッとこちらを見つめてくる二階堂先輩。その吸い込まれるような瞳を直視できず、思わず目を逸らしてしまう。

「あ、あの、先輩? ど、どうかしましたか?」

 そっぽを向いたままたじろいでいると、先輩は何かを思い出すようにして指を折り始めた。

「先週は個人的な調べもの。先々週は勉強」

「……」

「その前の週は涼みに来て、さらに前は友達の手伝いで来てくれたわけだけど……」

 二階堂先輩はそこで言葉を区切った。そのままカウンターから出てきて、俺に近づいてくる。

 そして正面で立ち止まり、いたずらっぽい笑みを浮かべて俺の顔を見上げてきた。

 

「今日はどんな用事で私に会いに来てくれたのかな? 白笹庵くん?」

 

「──」

 ──いや可愛すぎるやろがい!!

 先輩目当てで来てたことがバレた恥ずかしさよりも感動の方が勝る。美人の上目遣いと笑顔はこうもKAWAIIを演出できるのか。あな恐ろしや二階堂先輩。貴女こそが日本の誉れあるTOP OF THE KAWAIIだ。

 そんなふうに錯乱していたせいか、俺は馬鹿正直に本音を零してしまった。

「先輩に会いたくて来ました……」

 目を逸らしたまま蚊のような声で呟くと、二階堂先輩は目を丸くした。そして小さく吹き出し、くっくと愉快そうに笑い始めた。

「嬉しいな。私も庵くんに会いたかったよ」

 マジで!?

「それはどういう意味ですか……?」

 精一杯平静を装って聞いてみると、二階堂先輩はポケットの中からスマホを取り出し、何やら検索し始めた。

「ここ最近オカルト板で面白い書き込みがあってね。庵くんだったら何か知ってるんじゃないかなって……あった!」

 そう言ってスマホを見せつけてくる。画面に映し出された文字列を見た瞬間、俺は先輩の意図を察した。

 

 『横浜市内で半魚人出現か!? 目撃証言多数!!』

 

 約1週間前にそう銘打って投稿されたスレッドは、そこそこの数の書き込みで賑わっていた。横浜市内の海岸で半魚人を目撃したという証言を皮切りに、同様の化物を見たという書き込みで埋め尽くされている。つい昨日になって「これは映画撮影だった」と投稿されているが、そこはオカルト板。今度は県や政府の陰謀論が議論されているようだ。

 うん、どう見ても昨日の特異撮影のことだな、これ。

 何ならスレの初期の方で見知ったIDが質問してるし。ここで事件のことを知ったんだな、美空さん。

 

 ──さて。今日は俺からどんな情報を引き出そうとしているのだろうか、二階堂先輩は。

 

 ()()()()()()()()()()()()この人のことだ。半魚人が実在することも、その下手人が俺であることも知っているに違いない。何なら昨日だって、どこかの建物から特異撮影の現場を盗撮していたことだろう。

 根拠は複数ある。

 いつもどこかに録音機を仕込んでいること、俺のクラスに盗聴器が仕掛けられていること、俺が特異撮影をする度に探りを入れてくること、学校に知らされている先輩の住所が虚偽であること、初対面からやたらと好意を示してくること、常にスタンガンを隠し持っていること……いろいろだ。

 これだけ怪しい点だらけなので、もちろん身辺調査はしている。ところが、ゴッドシネマ白笹のコネを総動員しているにも関わらず、未だに先輩の素性は特定できていない。現時点で判明していることといえば、『二階堂奈津は何かしらの組織の支援を受け、白笹庵を監視する為に送り込まれた』ということくらいだ。つまり何も分かっていない。

 故にこちらは何もできず、ただ先輩からの追究をのらりくらりと躱すしかないのだ。

「あー、例の半魚人のスレですね。これがどうかしましたか?」

 たった今初めて見かけたが、さも既知であるかのように振る舞う。

 そんな俺の反応が意外だったのだろう。二階堂先輩は少し驚いたような顔をしてから、俺に探るような目を向けてきた。

「庵くん、実はこの件に関係あるんじゃないのか? 先週ここで調べ物をしてた時は、珍しくオカルト関係の本なんかを漁ってたし……実は半魚人のことを調べてたんじゃないか?」

 そら来た!

「調べてましたよ。ちょうどこのスレを見た直後だったんで」

「え?」

「スレを読んでるうちに『そういえば半魚人ってどんなだっけ』となりまして。だから図書室に寄って調べてたんです」

「つまり……キミ自身は事件とは無関係?」

「はい。見つけ出してコメントしてやろうとも思ったんですけど、まあ見つからなかったです」

 そう言って頬を搔くと、先輩は分かりやすく肩を落とした。

「な~んだ、私の勘違いだったのか……面白いことになったと思ったのに……」

「あはは、期待に沿えなくてすみません」

「いや、庵くんは何も悪くないさ。こちらこそ私の妄想につき合わせてしまってすまない」

 トボトボとカウンターに戻っていく二階堂先輩。その様子に若干の罪悪感を覚える一方で、俺は腹の探り合いが終わったことに安堵していた。

 さっき先輩に言ったことは、全部が全部真っ赤な嘘というわけではない。美空さんから今度の討伐対象を聞かされていた俺は、本当に半魚人について調べるために図書室を訪れていたのだ。役に立つような情報はほとんど得られなかったが、おかげでイメージを固めることだけはできた。

 

 まあ、本当のところはそれすらもついでで、二階堂先輩に会いたかったというのが最大の理由なんだけどな。

 

 ──この人は間違いなく、どこかの組織から送り込まれたスパイだ。

 探りを入れてくる理由は分からない。引き出した情報を何に利用するつもりかも分からない。

 確かなことは、俺に向けている好意が偽りであることだけ。それを知って尚、リスクを承知で関わり続けるなんて馬鹿げている。分かりきったことだ。

 それでも俺は、この人を好きになってしまった。

 だから仕方ない。仕方ないんだ。

 すっかり絆されてしまった愚かさを自覚しつつ、俺は先輩と共に過ごす時間を選ぶことにした。

「じゃあ俺は調べ物をしますね。古文の参考書ってありますか?」

「うん、あるよ! 場所は確か……」

 パッと顔を輝かせて、再び席を立つ二階堂先輩。

 前を歩いて先導してくれるおかげで、俺は先輩のとある変化に気づけなかった。

 

 弾むような声の裏で、目を細めて怪しく微笑んでいたことに──。




次回は物語が大きく動きます。

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