SPYシネマズ~憧れの先輩にハニートラップ仕掛けられたけど好きなのでこのまま騙されます~ 作:那珂テクス
ゴッドシネマ白笹から少し離れた関内駅まで徒歩で移動し、京急根岸線に乗り込んでから石川町駅で降りる。商店街を抜けて坂道を登ると、10分ほどで横浜外国人墓地だ。
昨夜と同じくジーンズにTシャツ、劇場の腕章という代わり映えしない格好で墓地外周を歩いていた俺は、人目がつかない場所でこっそりと敷地内に忍び込んだ。
開館時間が過ぎているから仕方ないとはいえ、かなり罰当たりなことをしてないか?
あの後、俺は美空さんお手製の激辛カレーをかきこみつつ、討伐対象の特徴と今回の作戦について聞かされた。
まずは依頼人の桑乃によってもたらされた情報だ。
ただしその足はムカデのような節足で、全身に泣き叫ぶような人間の顔が浮かび上がっているとのことだ。公安が以前討伐隊を送り込んだ際、生存者の目の前で犠牲になった隊員の顔が浮かび上がってきたことから、それらは全て食い殺された犠牲者だと推測されている。
『千の
ここで気になるのは、千貌があまりに強すぎることだ。
異精絡みの事件が発生した際、公安は異精の特徴や土地柄に合わせ、業務委託という形で人を集め討伐隊を結成する。白笹美空というニュータイプのせいで勘違いしがちだが、彼らだって数々の修羅場をくぐり抜けてきた実力者だ。決して弱いわけではない。
それなのに、これまで数度に渡って決行された討伐作戦は全て失敗。一般人は当然ながら、隊員にも少なくない数の犠牲者が出ている。
現時点で報告されている特徴は「巨体に見合わない素早さ」「体組織を一瞬で崩壊させる猛毒」「地面に潜航しての不意打ち」といったものだが、他に未知の特殊能力を持っている可能性が高い。
幸い、見当はついている。
『庵くん、聞こえる? 準備できた?』
左耳にはめたインカムから美空さんの声がする。俺は声を出さず、プレスボタンを短く1回だけ押した。これであちらには短いノイズが聞こえたはずだ。
『大丈夫みたいだね。じゃあ手はず通り、
心配そうな呼びかけにも、先ほどと同じようにボタンを短く押し返す。俺は手によく馴染むカランビットナイフを構え、なるべく音を立てずに敷地内を歩き始めた。
──作戦内容は至ってシンプル。
美空さんが囮となり、単独で千貌を撃破。その飼い主を俺が探し出し、拘束して公安に引き渡す。以上だ。
一晩の調査の結果、今回の事件が
桑乃が八鹿家残党の関与を伏せているのも、公安の不始末のせいで連中が生き残っていることを明言したくないからに違いない。わざわざそんなことを言わなくても、美空さんなら自力で気づいて勝手に手を貸してくれるだろうという魂胆も透けて見える。本当に腹が立つ連中だ。
わずかな情報を基にここまで推理した上で、美空さんは自分1人で千貌を倒すと言った。
激辛カレーに舌鼓を打ちながら、明日の夕飯を決めるような気楽さで。
未確認の下手人がいる(可能性が高い)とはいえ、千貌はこの業界の手練が何度束になっても勝てなかった異精だ。そんな奴に単独で挑むなんて、間違いなく自殺行為だろう。
だが、白笹美空は別だ。
美空さんならどんなに強力で醜悪な異精が相手でも、またたく間に殲滅してしまう。
何故ならこの人は、『最強』という陳腐な言葉の体現者なのだから。
(むしろ危ないのは俺の方だな)
周囲を隈なく見渡しながら、自信の役割を整理する。
俺は美空さんが千貌の相手をしている内に、この墓地のどこかにいるはずの飼い主を探し出し、拘束しなければならない。
口にするのは簡単だが、こちらは飼い主についての情報を何も知らない。その性別も、見た目も、実力も。
もしも飼い主が実在するなら──美空さんの推測なので確実にいるのだろうが──その道のプロを何人も屠る化物を操るくらいだ。その実力は折り紙付きだろう。
少しでも厄介そうなら、さっさと美空さんと合流しよう。
そう決意した時、俺の頭上が天蓋に閉ざされた。
いや、正確には俺の頭上だけでなく『外国人墓地の上空全体が』だ。
約18,000平米──半径100mを催眠下に置く玉川には及ばないが、美空さんはこの範囲内で発生する事象を外部から観測不可能にできる。
人であってもカメラであっても、普段通りの外国人墓地しか見えないのだ。
美空さんがこれを発動したということは──
【ギィィイイイイィィイイイイイイイイイイイィィィイイイイイイイイ!!】
金属が擦れるような、それでいて生物的な音が木霊する。
次の瞬間、俺の約50m先に、立ち並ぶ木々よりも遥かに巨大な芋虫が現れた。
その肉体は皮を剥いだ生物のように赤黒い筋繊維が剥き出しになっていて、よく見ると無数の人間の顔で覆われている。
間違いなく、あれが千貌だ。
『やっば!! こいつマジでキモいよ庵くん!!』
そう言う割には楽しそうですね美空さん。
異精と人間最強の戦闘が始まったことを正しく認識しつつ、俺は思考を巡らせる。
──俺が奴の飼い主なら、美空さんと千貌の戦闘をほったらかしにはしない。
せっかく育て上げた手駒を守るため、美空さんの一挙手一投足を視認できる位置に陣取るはずだ。そして今回、美空さんは敢えて、周囲に木々が鬱蒼と生い茂る位置で千貌を待ち伏せした。
木々や建造物に邪魔されず正確に戦況を把握し、かつ姿を潜められる場所はかなり限られる──!
そうしてあらかじめアタリをつけていた潜伏候補地をいくつか確認してみると……
(いた……!)
美空さんたちから10数mほど離れた林の中。気配を殺した俺の約5m先で、熱帯夜であるにも関わらず、真っ黒なローブに身を包んだ不審者が。
性別は……分からない。フードを被った後ろ姿であることに加え、男でも女でもおかしくない線の細さだ。どうにかしてあのローブを剥ぎ取らなくては。
音を立てず、かつ出来るだけ早く謎の人物の背後に忍び寄ろうとした──その瞬間。
(──!?)
不審者の背後の茂みから
「──ッ!」
その直後、俺はわざと音が出るようにして大地を蹴り、一息に距離を詰めつつカランビットを振るった。
ギィン! という金属同士の鈍い衝突音が響く。女は俺に背を向けたまま、大鎌の長い柄でカランビットを受け止めていた。
前を見据えていた女がわずかに振り向き、ショートカットの向こうの横顔が見える……見えてしまった。
「何やってるんですか、二階堂先輩……!」
「──こんばんは、庵くん」
突如現れた先輩の目は、ぞっとするほど冷たかった。
次回は9日(木)投稿予定です
(9日追記)うっかり風邪を引いてしまったので13日までに更新します
(13日追記)進捗50%。今しばらくお待ちを……。