転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない   作:負け狐

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ちょっとした実験作的な感じ


第一話

 目が覚めた時、彼女の思考はやけにはっきりとしていた。グルグルと見たことも聞いたこともない景色や単語が渦巻いているにも拘らず、それを当たり前のように受け止めていた。

 

「お嬢様……。どうなさいましたか?」

「……大丈夫です。気にしないで」

「え?」

 

 傍らのメイドが声をかけてきたが、彼女はそれを流すように言葉を返す。が、当のメイドはそれを聞いて動きを止めた。そして、何故かオロオロとし始めた。

 そこで彼女は気付く。あ、そういえばついこないだまで自分傍若無人だったわ、と。

 

「倒れて、気付いたんです。わたしが今までどれだけ迷惑をかけていたか」

「……え?」

「何言ってんだこいつみたいな目で見るのやめてくれません?」

 

 失礼だなこのメイド。そんなことを思いはしたが、正直そのくらい図々しくないと自分のメイドなどやってられなかったのだろう。入れ代わり立ち代わり、日替わりかってくらいの頻度で入れ替わる周りのお世話係のことを思い出すと、さもありなんと一人頷く。

 

「それで、エル」

「はい?」

 

 失礼なメイドの名を呼ぶ。流石に名前すら知らないレベルの傍若無人さは発揮してなかっただろうと思ったが、何故か疑問形で返されたのでちょっと自信がなくなった。おかしいな、変な知識が刻まれはしたが、これまでの自分の記憶はハッキリしているはずなのだが。

 

「わたしは今、どういう状態なんです?」

「原因不明、とまではいきませんが、非常に珍しい症状の魔力障を患って三日ほど寝込んでおりました」

「非常に珍しい、ですか」

「具体的には、膨大な知識を無理矢理刻み込まれた際に起こる拒絶反応と似通っていたらしいです」

「……そうですか」

 

 似通っていたというかそのものずばりだ。犯罪者や狂人が他人を無理矢理実験として、あるいは精霊などの存在の力の奔流によって。元々持っていたものではない何かを刻み込まれることはままある。だから対処法自体は存在していたし、彼女もこうして回復した。

 問題はそれそのものの原因は不明ということだ。何故そのような症例を患ったのか、は分からぬまま。

 

「倒れる直前に精霊なり悪魔なり、あるいは神獣なりがいたのでしょうか」

「いたら多分この付近大騒ぎになっていると思います」

「それもそうですね」

 

 となると『これ』はもっと上位の存在の力の奔流なのだろうか。エルの口振りからすると、自身に刻み込まれた知識は、同様の症例を参考にした医者が調べたはずなのに見付けられていない。精霊などから流れ込んだものですら分かるこの時代においても、だ。

 あるいはただ、突然の衝撃で自身が正気を失っただけなのかもしれない。

 

「考えていても仕方ありませんね」

「どうしました? リリアお嬢様」

「原因を考えていても仕方ない、と言ったんです。とりあえず目も覚めたので、何か軽く口にしたいんですが」

「かしこまりました」

 

 一礼して部屋を出るエルを見ながら、彼女は――リリア・ノシュテッドは改めてこの知識について思考を巡らせた。ここに刻まれているのは知識であり、記憶はない。だから彼女の精神が何かに塗り潰されるようなこともない。

 だが、齢七歳にして性格以外はアホみたいに高いスペックを持て余していた彼女には、その正体を察することが出来た。幸いというべきか、答えとなる丁度いい単語が知識の中に転がっていたことも拍車をかける。

 

「異世界転生」

 

 生まれてこの方世界はこの自分の世界一つだけなので異世界というものにピンとこないが、ともあれそういうことなのだろう。この知識は前世の、こことは異なる世界にまつわるものだ。大半が娯楽やムダ知識なのはご愛嬌だが、それはきっと今の自分になる前の存在がそういう遊び人だったからなのだろう。

 だが、そんな知識でも有用なものはある。それは、それら娯楽の中にあった、この世界のような場所を、剣と魔法のファンタジー世界を舞台にした小説やゲームという嗜好品の存在だ。全く同じでなくとも、それらはある意味先人の知恵となってこれからの自分の助けになってくれる可能性がある。

 

「一週間前のわたしでは絶対に出さない答えですね」

 

 思わず笑ってしまう。何も知らない無邪気な子供だったからこそ傍若無人に振る舞えた。が、無駄に無駄を重ねた壮大なムダ知識を頭に刻み込まれた今、彼女はその振る舞いをする気が急激に失せていた。そういう意味では影響が大きいが、恐らく放っておいても知識を増やす過程でどの道なっていたであろう状態だ。早いか遅いかの違いしかない。

 それよりも問題は。

 

「この知識によると、わたしのこの立ち位置は」

 

 ノシュテッドはこの王国で四大貴族と呼ばれる地位だ。その娘であるリリアは、思い切り恩恵を受けることが出来る。身も蓋もないことを言うならば、何やっても割と許される存在だ。

 だからこそ、今までの彼女は傍若無人に振る舞っていたし、だからこそ、この知識を手に入れた彼女はその気が失せた。

 

「あのまま育った場合、間違いなくワガママ令嬢になってました」

 

 そうして、ムダに高いプライドを守るために権力を振りかざし、見た目だけはいい嫌味なキャラの出来上がりだ。物語ならば無様に退場する役目を与えられるのが関の山。

 奇しくも、彼女のその予想は半ば当たっていた。あのまま成長をしていたならば、リリアは間違いなくそういう存在となり、王子と知り合った一人の少女を気に入らないからといじめ抜いて、最終的には婚約者から婚約破棄を突きつけられた挙げ句に家からも見捨てられるという結末が待っていた。俗に言う悪役令嬢という立場が約束されていた。

 だが、彼女は手に入れた。本来ならば存在しないその知識を刻み込まれたことによって、そういう物語を、悪役令嬢ものを知ることで別の道を。

 

「つまり……この知識によると、わたしは俗に言うチョロイン」

 

 盛大に脱線したらしい。本来の道とも別の道とも違う、山の急斜面を滑り落ちるような進路の変え方をし始めた。

 

「刻み込まれた知識を総合し、かつ真実だと仮定した場合。わたしの立ち位置は沢山いるヒロインの一人で、主人公を最初は見下しているものの、彼の魅力にあっさりと陥落し、それでも中々素直になれないタイプのツンデレお嬢様」

 

 思考の汚染が甚だしい。あくまで仮定の話だとしても、自分を評するのがそれでいいのかと心配になるほどである。そもそも、その場合間違いなく彼女は当て馬タイプの負けヒロインなのだがそれでいいのだろうか。

 

「うん、うん。どうしましょう、何か楽しくなってきました」

 

 いいらしい。ワクワクを隠せない表情で、ベッドから降りると部屋にある机に向かう。手近にあった紙に先程口にしていた自身の立ち位置(仮)をガリガリと記入し始めた。

 そうしながら、ふと手を止め考える。刻み込まれた知識ではなく、己自身のこれまでの知識を、だ。

 

「……勉強、しないといけませんね」

 

 極々当たり前の知識や一般教養は当然持っていたが、己の才能だけでゴリ押してきた彼女は土台となる勉強が足りていない。剣と魔法、武術と魔術、魔物や精霊、悪魔や神獣。あるいは世界の、国家の情勢。それらについての認識が圧倒的に足りていないのだ。

 刻まれた知識を元にするのならば、彼女の立ち位置(仮)はバトルありラブコメありの所謂ハーレムもののヒロインの一人だ。もし仮定が現実に近付いた場合、間違いなく戦闘を伴う事件が起きる。その時にわめくだけの能無しお嬢様で満足できるのか。

 

「どうせなら、戦力として好位置にいたいですからね」

 

 知識の中にある、最初は主人公のライバルキャラとして勝負を挑んで圧倒するが、覚醒した主人公によって追い詰められ、その強さにキュンと来ちゃうタイプのやつだ。あるいはそこで暫く認めないとツンツンして、敵との戦闘で一緒に戦ったり助けられたりしてドキドキしちゃうやつ。

 これだ、とリリアは拳を握った。何がこれなのかさっぱりである。

 

「そうと決まれば」

 

 立ち上がる。丁度よかったと言うべきか、エルが軽食を持ってきたので、それをもらいながら彼女に自分の考えを告げた。当たり前だが、これからツンデレお嬢様チョロインになるなどという頭の沸いた宣言をしたわけではない。

 全力で勉強し、全力で能力を向上させること、である。

 

「……頭でも打って、あ、病気になったんでしたね」

「わたしとしてはあなたのその変わり身の方が気になりますけど」

「いや、今のお嬢さまならこっちでも許されるかな、と」

「まあ、以前と比べれば怒りませんが……給料は減らすようお父さまに言いますよ」

「何でですか!?」

「むしろ何でならないと思ったんです?」

 

 ご無体なぁ、と崩れ落ちるエルを見ながら、とりあえず言われたことをこなせば見逃すと告げた。瞬時に復活した彼女は、お任せあれと一礼する。

 調子のいい人ですね。そんなことを思いながら、しかし彼女のその軽さが今の自分にはどこか心地いいのに気付き、リリアは少しだけ不満げに唇を尖らせた。

 

 

 

 

 

 

 生贄だ、とノーラは思った。ノシュテッド公爵令嬢の教育係に抜擢された時に最初に彼女が抱いた感想である。リリア・ノシュテッドの傍若無人は既に有名で、今まで何度も教育係が公爵家に雇われ、そして散っていったのは割と周知の事実だ。公爵自身はきちんとした人物なので、彼ら彼女らには手厚いアフターケアを行っていたが、こと娘にはダダ甘だったので被害が改善することはなかった。散っていった教育係も、正直才能だけで何とかなりそうなのが逆に怖いと遠い目で語っていたのもリリアの恐怖を伝染させるのに一役買っていた。

 そんなリリアの教育係にノーラは選ばれた。ここのところは飽きたのか新たな犠牲者も出ずに平和を過ごしていた魔導学院所属の研究員は、生贄となった彼女をどこか気の毒そうな顔で見送っている。代わる気はさらさらない。

 

「金が、足りないのだろう?」

「うぐぅ……」

 

 痛いところを突かれた。そもそも彼女がこの魔導学院を卒業してからもどこかに所属することなく研究員を続けているのは、単純にお金がなかったからだ。新たな道を進むにはどうしたって金がいる。だが、伯爵家とはいえど田舎貴族の三女であるノーラは最低限の仕送り以上の支援を受けられず、魔道士としての昇格試験を受ける資金すら捻出できない有様。そんな下位ランクの魔道士に碌な仕事などあるはずもなく。

 そんなわけで、お情けでここに置いてもらって細々と生活をしてる彼女にとって、公爵令嬢の教育係という仕事は非常に魅力的ではあるのだ。お金の面だけで言えば。

 

「で、でも……私みたいな下級魔道士で大丈夫でしょうか」

「誰が行っても結果は同じだからな」

「やっぱり生贄じゃないですか!」

 

 叫ぶ。が、この空間にいる全員が神妙に頷いたのでノーラは涙目になった。覚えてろ、絶対に化けて出てやるからな。そんな捨て台詞を吐きながら、彼女は沈んだ表情のまま準備を初めた。たとえ初日で心折られて散っていくとしても、教育係として選ばれたのだからそこの道理は通さねばならない。

 そうして訪れた公爵家。そして対面する公爵令嬢。ガッチガチに緊張していたノーラがそこで見たのは。

 

「よろしくおねがいします」

「え? あ、はい! こちらこそ!」

 

 極々普通にこちらを教育係として扱う少女の姿であった。美しい金色の髪を左右リボンで結んだその髪型は、つり目気味のリリアには非常に似合っている。素敵な髪型ですね、と多少のおべっかも込めてノーラが述べると、彼女はありがとうございますと笑顔を見せた。

 あれ? 思ってたのと違う。ノーラはそんなことを考え、しかしいやいやと頭を振った。きっとここからが問題なのだ。自分に言い聞かせながら、覚悟を決めて出来るだけダメージを減らすように身構え。

 

「ところでノーラ先生は、魔道士のランクはどのくらいなのですか」

「うぐっ!」

 

 致命傷をボディに叩き込まれた。ほらやっぱり下級魔道士じゃ駄目じゃん。自身を生贄にした同僚と教授へ心中で呪詛を吐きながら、ノーラは諦めて素直に述べた。下級です、と。ランクで言うならばDですと。

 

「理由を聞いても?」

「え? り、理由?」

 

 こちらをじっと見ながらそう問うリリアに、ノーラは思い切りテンパった。何か気に入らない部分でもあったのか。そう自問自答しても結論など出てこない。というか下級の理由なんか弱いからに決まってんじゃん。そうは思ったのだが、しかし。

 

「……昇給試験を受けるための、資金がないので」

 

 なけなしのプライドが、弱いからと述べるのを嫌がった。お金ないからのどっちがプライド捨ててんのかと言われれば割とどっちもどっちなのだが、それでも彼女は真実を口にすることを選んだのだ。勿論彼女基準である。試験を受ければ多分中級くらいはいけるはずだという、そういう見栄である。

 

「つまり。……試験を受けていないからランクが低い、と」

「そ、そう、なります」

 

 一方のリリアである。その答えを聞いて、彼女の中の刻まれた知識がグルグル回っていた。思えば最初からこの人怪しかったのだ。オドオドしている割には準備はきちんとしてあるし、こちらを真っ直ぐ見て怯んでもいない。これまでの自分の噂を聞いていてもその態度を取る彼女が気になって問い掛けたら答えがこれだ。

 間違いない。この人は、『試験を受けていないから低ランクなだけで実は最高ランク』のサブヒロインだ。まさかその立ち位置をここで見られるとは。ちょっぴりワクワクしながら、リリアは笑顔でノーラの手を取った。ではこれからご指導ご鞭撻のほどよろしくおねがいします。改めてそう述べ、早速今日の授業をと促す。

 この手のタイプは今の実力では敵わない系の強敵との戦闘で助けてくれるゲスト枠だ。まさか、あの人がこんなに強かったなんて、となるやつだ。そんな人からの指導ならば、きっと自分は強キャラになれるに違いない。

 

「は、はい。では……基礎の基礎からでも、いいでしょうか」

「――っ!」

「あ、いえ。勿論当然、リリア様ならば身に付けているとは思っていますが」

「是非!」

「え?」

 

 この立ち位置のキャラが基礎から始めさせるということは、これは間違いなく強くなれるようにする前フリ。半ば確信を持ちながら、リリアは全力で基礎から取り組み始めた。そこに手を抜く気配は一切ない。

 そしてそんな彼女を見てノーラは目をパチクリとさせていた。え? どういうこと? 何でこの人こんなに真面目で勉強熱心なの? 噂になってた才能だけでゴリ押す傍若無人な悪魔の令嬢どこいったの? そんな頭にハテナマークを飛ばし続ける始末である。

 

「先生」

「は、はい?」

「わたし、頑張ります。先生の期待に添えるように」

「……はい」

 

 どうしよう、向けられる眼差しが重い。そうは思ったが、しかし。

 これまで頼られる経験が皆無だったノーラにとって、この状況は非常に心地よかった。絶対にこの子を一人前にしてみせる。そう決意を固めてしまうほどに。

 

 

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