転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない 作:負け狐
「依頼を受けたいんですけど」
「帰れ」
冒険者ギルドにズカズカとやって来た少女を一瞥し、キースは短くそう返した。勿論少女は諦めない。というか、何だとコラとばかりに彼を締め上げた。
「大体、なんでキースくんが決めるんですか? 別に管理者でもないでしょう?」
「お前が来た時の対処係にされてんだよオレは! てか離せ! 絞まってるっつの!」
むぅ、と最後に一際キュっとやってから開放する。鶏を絞めたような声を上げて、キースはそのままドサリと倒れた。
コノヤロー、と即座に復活した彼は、恨みがましげな目を向けながら改めてリリアに問い掛ける。それで一体何の用だ、と。
「だから依頼を受けに」
「その理由を聞いてんだよ。お前の冒険者証は保証人がお嬢だろ? だからやたらめったら冒険者としての活動はしないようにしてる」
親友であるラケルに迷惑を掛けないように、である。それを指摘されたリリアはうぐぅと呻き、それは分かってますよと唇を尖らせた。そうしながら、視線をちらりと後ろに向ける。
キースもそんな彼女の視線を追った。そして、見たことのない美少女が立っているのを見て動きを止めた。
「え? あ? え、っと?」
「キースくん?」
突如ギシギシと立て付けの悪いドアのような動きをし始めたキースに視線を戻し、リリアが怪訝な表情を浮かべる。何かあっただろうか、ともう一度視線を後ろに向けても、ほえー、とこちらの様子を見守っているルシアがいるのみ。
一目惚れか。ムダ知識が答えを弾き出した。リリアはそのムダ知識由来の結論を暫し宙に浮かせ、そしてゆっくりと染み込ませる。
「え?」
ちょっと理解の範疇外であった。そして彼女は思った。
わたしもヒロインなんですけど、と。彼女の個人的意見であり、この世界における正しい立ち位置がそうとは限らない。
「キースくん」
「な、なんだ?」
「わたしの時と反応違いすぎませんか?」
「お前の初対面空から降ってきてオレ殺そうとしてたじゃねぇか!」
「失礼な。命を奪う予定はありませんでしたよ」
嘘をつけ、とキースは叫ぶ。そうしながらも息を整え、大体だなと指を立てた。そっちの可憐な美少女と、暴走イノシシを同列に扱う方が無理だ。彼はハッキリ言い切った。
「……わたしだって、可愛くないわけじゃないもん……」
「見た目はそりゃそうだろうけど……というかマジ凹みはやめろ。オレ悪者じゃねぇかよ」
「どっからどー見やがってもてめーが悪者です」
「ぐ、確かにちょっと言い過ぎたかもしれねぇな、悪かった。って、ん?」
今言ったの誰だ。リリアに謝りながら視線を動かすが、近くには先程の美少女が立っているのみ。腰に手を当てて、憤懣やるかたない表情をしているところを見ると、恐らく友人であろうリリアの様子を見て怒ったのだろう。
というわけで、今のセリフは目の前の彼女ということになる。
「えっと、そこの彼女」
「なんですか。リリアさんのこと悪く言いやがるヤローと話すことなんかねーですよ」
「……あ、はい」
合ってた。何かすげぇ言葉遣いだった、とキースはルシアを見て思う。こういう時に説明してくれるリリアは自分自身で凹ましてしまったし、ラケルがいたらここぞとばかりに煽られる。詰みだ。
「あーもう! リリア、オレが悪かったから機嫌直せ」
「依頼、受けたい……」
「分かったから。だから――は?」
「約束しましたからね!」
「お前嘘泣きか!?」
「凹んだのは本当ですけど」
ぐ、とキースが唸る。嘘をついているわけではないので、彼としてはそうなるともうどうしようもない。
まあやっぱり詰みであったのだ。諦めるのが吉である。
分かったと言ってしまった以上、断ることも出来ない。ああもうとガリガリ頭を掻きながら、キースはルシアへと視線を動かした。当然この娘も参加するんだよな。そう問い掛けると、当たり前じゃないですかとリリアの言葉が返ってくる。
「依頼を受ける許可は?」
「え?」
「それならラケルさんから貰ってるですよ。これを見せやがれって言われたです」
「……というわけです!」
「はいはい」
リリアを流しながらルシアから手紙を受け取る。これ職権乱用だろと思わないでもなかったが、元々ギルドでの許可は出す人間の判断で決めていいことになっているので別段間違ってもいない。責任は出した人間も取ることと厳格に定められている以上、ホイホイと出しては自分の首を絞めるだけだ。
「お嬢が許可を出すってことは、問題はない、でいいのか……?」
それでも、言葉遣いはともかくどう見ても可憐な美少女が冒険者ギルドで依頼を受けるのはかなり無理があるのではなかろうか。そんなことを考えつつ、彼は視線をリリアへと動かした。少なくともこいつなら知っているだろうという判断である。
「大丈夫ですよ」
「本当か?」
「……大丈夫ですよね?」
「なんで今本人に確認取ってんだよ」
ダメかもしれない。ジト目で自身を見ているキースのそんな気配を察したリリアは、いやでもだってと口を開く。開いて、そして閉じた。聖女なんだから、それを言いかけて飲み込んだ。これ自分が言っちゃアカンやつだと踏み止まったのだ。
ちなみにムダ知識由来だと、聖女の肩書持ってるやつが役立たずだったとしたら多分そいつヒロインじゃない、である。逆説的に、ルシアはヒロイン(リリア独自調べ)なので何の問題もないと言えるわけだ。
勿論言えるわけがない。結論的な意味でも、キースへの説明としてもである。
「田舎の村で暮らしてた頃なら、飯の調達に狩りとかもしてたんで問題ねーですよ」
そんなわけで本人に確認取ったところ、返ってきた言葉がこれである。キースも一瞬脳が理解を拒んだらしく、え? と間抜けな顔を晒していた。
「あれ? じゃあひょっとしてルシアさんヒーラーじゃないんですか?」
「応急処置で初級回復術は村でも使ってたですけど、本格的なやつは大神殿連れてこられてから奴らが叩き込みやがったですね」
「そうなんですね」
「なあ、そういうすり合わせは事前にやっといてくんない?」
これ本当に大丈夫なのか、と頭痛がしてきたキースは思わず頭を押さえたが、ラケルが許可を出している以上依頼を受けることに問題ないのは確かなはずなのだ。それ以外が大問題であったり、キースの胃にダイレクトアタックをかましてきたりするのだろうが。
「あ、てかお嬢は何でいねぇんだ?」
「ラケルなら何か調べ物があるとか言ってましたよ」
「調べ物? また悪巧みでもしてんじゃないだろうな……」
「あたしが見た感じ、そーゆー感じは全然しなかったですよ」
ルシアがそんなことを述べる。その辺を隠して行動するのがラケルという少女なので、彼としてはそこまで付き合いが長くないであろう彼女の言葉は信用出来ない。はずなのだが、何故か妙な説得力があった。否定し辛い何かがあった。
まあそれならいいや、と彼は話を戻す。とりあえず大丈夫そうだということは分かったので、仮登録の用紙に記入をしてから適当に依頼を決めればいい。そんな説明をしながら、キースはルシアに用紙を渡した。
「ここに名前を書くですね。……これで、いいですか?」
「えっと……ルシアーネさん、でいいんだよな?」
「父ちゃんも母ちゃんも村の人も基本ルシアって呼んでやがったですけどね」
「わたしもルシアさんって呼んでますよ」
「……えーっと?」
これどういう流れ? とキースは怪訝な表情を浮かべる。とりあえず自分も彼女のことはルシア呼びでいいんだろうか。そうは思ったが、自分からそれを尋ねるのは色々とまずいわけで。否定されたら大ダメージだし、聞かずに呼んで引かれたら致命傷だ。
「リリアさんとラケルさんの友達なら、あたしも友達ってことでいいです?」
「え? ま、まあ、そっちがいいのなら」
「じゃあ、よろしくお願いしやがれですよ」
「……よろしく、ルシア、ちゃん?」
若干疑問形だったが、ルシアは気にしなかったらしい。笑顔でキースの手を掴んでブンブンと振っていた。柔らかくていい匂いがする。そんな感想が頭に浮かび、変態じゃねぇかと彼はそれを慌てて打ち消した。
「そ、それで? 何受けるんだ?」
「グリズリーベアーとか討伐しません?」
吹いた。誤魔化すように口にしたその問い掛けの答えが魔獣討伐である。ランクこそそこまで高くはないが、それは決して弱いという意味ではなく、むしろシンプルに強い。搦め手や特殊能力などを持ち合わせていないタイプで、バニラなどと呼ばれるカテゴリーでも知名度の高い魔獣だ。
勿論その辺の令嬢が物見遊山で討伐する相手ではない。ないのだが。
「……いけるのか?」
「キースくんもいますし、問題ないと思いますけど」
「一応聞いとくけど、戦闘はオレ任せって意味じゃないよな?」
「そこをキースくんに任せるんだったらわたし達行く意味ないじゃないですか」
迷いない返答であった。一応念の為、とルシアに視線を向けたが、怖がる様子も心配そうな様子もなく、むしろ楽しんでそうにすら見えるほどだ。
はぁ、と溜息を一つ。該当の依頼を依頼掲示板から取ると、受付に提出しに向かった。我儘お嬢様のお守りは大変だな、と受付の職員が笑うが、彼はその言葉に曖昧な笑顔を浮かべるのみだ。
実は案外自分でもこの関係を気に入っているのかもしれない。そんなことを思いはするのだが、口にはしたくないし認めたくない。そういうわけである。
「ほれ、依頼受けたぞ」
「はい。じゃあ早速行きましょう」
「腕が鳴るですよ」
依頼書を収めた腕輪をリリアに渡し、キースはそのままギルドを出る。準備は出来てるか、と追いかけてくる二人に尋ねると、日帰りならば問題ないという答えが来た。一応野営の準備だけするかと荷物を用意し、三人は揃って街を出る。依頼の場所はここから馬車で二時間ほど。季節柄人里付近まで魔獣が降りてくることがあるので、追い払うなり退治するなりが今回の依頼である。
「ほえー、結構年上だったですか」
「まあな」
ガタゴトと進む馬車の上で、暇潰しも兼ねての雑談。ルシアはキースの年齢を聞き、そうなると呼び方を考えた方がいいかと一人悩んでいた。リリアはキースくん呼びで、ラケルはキース呼び。二人のどちらかに続くか、あるいは。
「んー。キースさんにしとくのがいいですかね」
「オレは別に何でも。冒険者は基本年齢より実力で上下決まるしな」
何だか仲よさげな雰囲気、とリリアはそんな二人を見て思う。そういえば主人公探しはいつのまにか頓挫していたのですっかり忘れていたが、今こうして新たなるヒロインが現れた以上、やっぱり主人公は身近な誰かなのかもしれない。前世系ムダ知識から発せられる情報を都合のいいものだけ拾い上げて好きなように解釈しているお嬢様は、うんうんと一人そんな結論を出した。さしあたってキース主人公説を再浮上させるべきかもしれない、と結論付けた。
「キースくん」
「ん?」
「最近何か事件に巻き込まれたりとかしてませんか?」
「はぁ? ……お嬢の無茶振りはあるが、まあいつものことだしなぁ」
これは、どうだ? 判定をムダ知識に委ねようかと一人唸っていたリリアは、そこで気が付いた。違う、そうじゃない。今までじゃない、これからだ、と。
メインヒロイン(リリアの個人的意見)であるルシアとこうして関わったのだから、きっとこれから何か事件が始まるのだ。ムダ知識判定も彼女の結論にそれある、と肯定を示している。
「リリア」
「どうしました?」
「お前今、じゃあこれから事件に巻き込みますよって顔してたぞ」
「失礼な。わたしは何もしませんよ」
そう言って彼女が頬を膨らませるのと同時。突如馬車が盛大に揺れた。何だ何だ、と外を覗き込むと、そこには人型をした、しかし明らかに人ではない何かがこちらへと近付いてくるところで。
「ゴブリン!? 何でこんな場所に」
舌打ちを一つ。馬車から飛び降りたキースは、馬車を襲撃しようとしているゴブリン達へとすぐさま距離を詰めた。
そんな彼を見て、リリアも同じように飛び降りる。ルシアもそれに続いて、見た目とは正反対な動きで豪快に馬車を降りた。
「キースくん! 敵は目の前のこいつらだけですか!?」
「分からんが、多分どっかに潜んでんじゃねぇか?」
「それなら、あたしがやってやるです」
よ、と腰に下げていた杖を取り出したルシアは、それで地面を軽く叩く。波紋のような何かが、周囲を探るように広がっていった。
馬車の側面と、背後。木々に遮られ見えなかったゴブリンが、その波紋によって位置を曝される。
「今んとこ近くにいやがるのはこいつらだけみてーです」
「了解。じゃあ、とりあえず」
側面に隠れていたゴブリンは弓を構えている。馬車を破壊されたら一大事なので、処理をするならばこいつらからだ。即座に斧を生み出すと、その刃に雷を纏わせ、振り上げた。障害物を躱しながら、雷の龍はゴブリンへと襲い掛かる。
「おー! すげーです!」
「それほどでもないですよ。ふふふふ」
「滅茶苦茶ドヤ顔じゃねぇか」
道を塞いでいたゴブリンを一体踏み潰しながらキースがぼやく。うるさい、と短く返したリリアは、返す刀で反対方向の弓ゴブリンを雷龍の餌食にした。攻撃を振り抜いたポーズのまま、ちらりとルシアを見る。パチパチパチと拍手をされ、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「純粋に褒められるって、こんなに嬉しいことだったんですね」
「いやいやいや。……あー、でもそうか。お前の周りそういうタイプいねぇのか……」
強いて言えばノーラなのだが、リリアの中で彼女は実力を隠した最上級クラスの魔道士なので、褒められて嬉しいのは微妙にベクトルが違う。
そんなわけで、目をキラキラさせて褒めてくれるルシアは彼女にとって非常に貴重であった。
「せー、のっ!」
残った背後のゴブリンを杖で叩き潰しながら、ルシアは先程の雷龍の魔術を思い出しすげーすげーと褒め称えていた。あんな魔術見たこと無い、と純粋な子供のようにリリアへと述べている。
「そ、そうですか? わたしには結構馴染みあるものなんですけど」
「ほえぇー……やっぱ王国の公爵令嬢ってすげーんですね」
「一応言っとくけど、こいつが特別アレなだけだからな」
「失礼な」
そうして倒し終わったゴブリンを片付けつつ会話は弾み。そんなやり取りでむくれるリリアとは違い、ルシアは特別という言葉に別の反応を見せた。普通の王国貴族とは違う、特別。そういう判断をした。
「王国って神獣さまは風ですよね? てーことは、リリアさんは違う加護とか持ってやがるです?」
「へ? ど、どうなんでしょうか?」
「持ってなさそうだな」
「んー? ……でも、何かあるような。雷といい感じの相性してやがるですし」
「雷、ですか……?」
思い当たるのは前世系ムダ知識。これを刻んだ相手のことを言っているのだろうか。そんなことを一瞬考えたが、それとは違う気がすると振って散らす。何より、これが悪魔なり神獣なりが原因なら流石に分からないはずがないのだ。
「雷の悪魔さまと出会ったりとかしてねーです?」
「雷の悪魔って、バエルゼブですか? あの悪魔ってここ十数年目撃されてないって話ですけど」
ひょっとして、と先程の意見がもう一度頭をよぎる。だから違うだろうと再度打ち消した。目撃情報もない、騒ぎにもなっていない。何より、こんなことをする意味がない。
「……こいつにそんな加護与えるとか、もしそうだったら雷の悪魔も相当な変人だな」
「基本神獣さまも悪魔さまも変人ですよ? ルシフェリアさまとか自分大好きですぐ調子乗りやがりますし」
ルシアがさらりと述べたそれを聞き、普段その手のことに無縁のキースは非常にげんなりした表情を浮かべていた。まあ悪い人ではないですけど、という彼女の謎フォローで更に何ともいえない顔になった。
そんなやり取りを聞きながら、リリアは少しだけ安堵の溜息を零す。悪意はない。現状、彼女が今の彼女になった原因ではあるが、それに悪意は感じられない。だから、誰が起こしたことであろうとも、それを悲しむ必要はないのだ。
「変人、ですか……」
それはそれとして、何か本当に変人ばかり集まっている気がする。リリアは先程とは違う溜息を吐いた