転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない 作:負け狐
「あははははは!」
「笑い事では……いや、まあ、あるかもしれませんが」
楽しそうに笑うカイルを、グレイは少しだけ呆れたように見やる。立場こそ第二王子と公爵令息ではあるが、とある人物関係で付き合いも長い。公的な場以外では口調はともかく態度は大分くだけている。
だからそんな彼の態度をカイルは咎めることもせず、だってしょうがないじゃないかと笑いながら言葉を返した。
「リリア嬢が悪逆令嬢か……うん、丁度いい具合に纏まってくれたね」
「生憎と、俺は詳細を知らされていないので同意できません」
「ああ、そうだったね。ふむ……どうしようか」
ちらりと二人の背後で佇むメイドを見る。長い髪を首辺りで二つにまとめているそのメイドは、まあ別にいいんじゃないですかと軽い調子でカイルに述べた。じゃあ遠慮なく、と彼はグレイにぼかしていた部分を、ラケルやルシアと共有していた話を伝える。当然というかなんというか、彼の返事は溜息であった。
「それは上手くいくんですか?」
「上手く行かせるのさ。そのためにリリア嬢には伏せてあるし、グレイにも最初は話さなかった」
「……彼女と同レベル扱いは少々思うところがありますけど」
「あはは。流石に彼女と同じとは思っていないよ。ただ、君は分かりやすくてお人好しだからね。リリア嬢に絆されてうっかり口にしかねなかった」
ぐ、とグレイは押し黙る。カイルの言葉に反論をしたいところであるが、実際この内容を聞いていた状態でしょんぼりとしているリリアと出会ったら、ポロッと言ってしまった可能性は否めない。というか既に自分の持っていた部分は言った後だ。それ込みで与えられた情報なので行動としては正しいのかもしれないが、手の平で踊らされているのを改めて説明されても面白いわけがない。
「リリア嬢、完全に遠ざけられていると思っていますよ」
「それは良かった。その状態でこの噂なら狙い通りだよ」
グレイのおかげだね、とカイルに笑顔で言われる。当然追い打ちである。口にはしないが、こいつ本当に性格悪いな、と彼は思った。リリアではないので、決して口にはしないが。
それで、とカイルは会話の相手をグレイからメイドへと切り替える。何ですかね、とやはり軽い調子で返す彼女に向かい、彼は表情を変えずに言葉を紡いだ。
「今回の心当たり、見付かったのかい?」
「そりゃ、まあ。それっぽいのがうろついてるのは発見しましたけどさ」
それっぽい、だけで排除は無理だ。メイド――エルはそう言って肩を竦めた。それはそうだ、と彼女の言葉にカイルも同意する。
「ベルフェルスはそこら辺くっそめんどくさがりですからね。後から余計な調査や手続きをするのは絶対無理です」
「そうだね。ベルフェルス様の性格上、もっと大規模に国を揺るがすものでなければ、事が起きるか決定的な証拠を握るかしない限りこちらの行動には異を唱えるだろう」
「そそ。ってわけで、あの野郎が乗り気にならない現状では、そっちに手は出せませんねー」
ならばやはりこの噂が浸透するのを待ってからか。そう続けるカイルを見ながら、グレイは怪訝な表情を浮かべた。というか、なにか不思議なものを見るような顔をした。この二人は一体何の会話をしているのか。それがどうにも理解できなかったのだ。
ベルフェルス。それはここ王国所属の神獣、風属性の最高峰の名前だ。当然王族も彼を敬うし、彼は王族を対等の友人として接する、王国にとってはもう一つの長とも言える存在。
だから、本来ならば王族や高位貴族の前で、風の神獣をそんな扱いにするのは決して許されないことのはずなのだが。
「……グレイ。残念だけど、君の疑問の答えはまだ教えられないよ」
「それは、いえ、承知しています」
「いや、てかカイル王子。わざと気になるようにここで話しましたよね。分かって乗った私も私ですけど」
「そうだけど?」
この野郎。そう思ったけれどもグレイは勿論口には出さない。が、表情には少し出たらしい。そういうところ似ているよね、とカイルに笑われた。誰に似ているかは言わずもがなである。
「大体、そこら辺の話お嬢さまにもしてないんですけどねー、私」
「だ、そうだよ。よかったね、グレイ」
「理解しかねます」
「ははは。まあ、エル嬢。こればかりはベルフェルス様と接する機会が多い王族のアドバンテージだと思って欲しい。ラケル嬢に勝てる数少ない部分だからね」
「へーへー。つっても、ラケルさまもそこら辺察してません?」
「気にはなっているし考察もしているだろうけれど、僕のように答えには辿り着いていないさ」
カイルの言葉に、まあ暫くお嬢さまに黙っといてくれるならどっちでもいいんですけどね、とエルは軽い調子で告げた。ついでに、グレイにも一応念のため、と釘を差した。
勿論彼は分かっていないが、もし分かってもこれは絶対に言えないなと深く頷いた。それだけ、彼女の目は本気だったからだ。
隣の、留学してから初めて出来た友人と距離を取ってから一週間。理由は聞いているし、納得もしてはいるものの、時折死んだ目になるリリアを見ていると正直ものすごく心が痛む。出来ることならば全部ぶっちゃけて作戦を変更させたい。ルシアはそんなことまで考えていた。
だが、実行には移さない、移せない。それをした場合、状況が厄介になるだろうというのはラケルやカイルの説明で分かっている。それも、厄介になるのは自分ではなく、大事な大事な隣の席の友人だ。多分何だかんだ最終的には何とかしそうではあるが、余計な労力や、ましてや怪我など好き好んでさせたくはない。
それをするくらいならば、自分がひっかぶるぐらいはなんてことないのだ。
「あー……やらかしてきやがったですね」
取り出した教科書はボロボロである。この一週間で学校に広まってきた噂、その結果ともいえるものであった。曰く、留学生の平民ルシアは、第二王子カイルや公爵令息グレイに色目を使っている。学院内では身分の差が緩くなること利用し、見目麗しい高位貴族の男子生徒に取り入っている。
そして、公爵令嬢リリアはそれが気に入らず、彼女を嫌っている。
「ルシアさ――」
立ち上がりかけたリリアが、ルシアの目を見て踏みとどまる。傍から見るとこの光景はどう映っただろう。嫌がらせをしようとした悪逆令嬢を、健気な平民が撃退した姿だろうか。それとも、めげていないその姿を見て、もっと嫌がらせを苛烈にしようと顔を顰める悪役令嬢の姿だろうか。
「別にどっちでもいいですけど。解決さえしてくれれば」
ぶへー、とやる気のない溜息を吐いたルシアは、先程のリリアに目で返答したように、心配ないから大丈夫だと笑みを浮かべた。これは向こうの想定通りなのだから、と。
教科書を持ったまま、そこに魔法陣を浮かび上がらせる。は? とリリアが思わずこちらを見ていたが、だから大丈夫だっつってるですよと言わんばかりに彼女は口角を上げた。
「よし」
ボロボロの教科書がピカピカに戻った。隣で目を丸くしているリリアを他所に、ルシアは残りのボロボロにされた教科書や勉強道具も同じ要領で修復していく。嫌がらせの証拠であったそれらは、あっという間に何もなかったことにされた。
「ルシアさん」
「どうしやがったですか? 別にこの程度なんてこと」
「何今の?」
「何って、修復呪文じゃねーです?」
距離を取っているように見せていたのをあっさり捨てて、リリアはルシアへと詰め寄った。周りからすれば噂の影響もあり平民留学生に難癖つける公爵令嬢に見えるかもしれない。
ともあれ、彼女の質問にさらりとルシアが答えたので、聞きたいことはそうじゃないと眉を顰めた。傍から見ると完全にガン飛ばしている状態だ。
「……後から叩き込まれたって言ってませんでした?」
「ですよ。でもその辺のは難しいしめんでーしで結局昔から使ってる方法で誤魔化してるですけど」
何かおかしかっただろうかと首を傾げるルシア。そしてリリアはそんな彼女を見て、こいつ何言ってんだという目になった。回復呪文というのは通常は生物のダメージを癒すものであり、魔法で傷を塞いだり欠損部分を補ったりするのが主だ。そうして肉体と馴染ませ完治に至る。だから魔法で補ったところで自然治癒しない物質にそれを施すのは基本的に無駄であり、物資の補給ができない際の一時的な応急処置としてでしか使われない。
だというのに、目の前の聖女は完全修復しやがったのだ。物質がこれならば、恐らく生物相手は馴染ませるとかそういうレベルじゃなく瞬間全回復になる。ひょっとしたら死にたてホヤホヤならば復活するかもしれない。
「これが……メインヒロイン……」
「いきなり何言ってるです?」
脳内のムダ知識がやべーよこいつチートだよとやかましい。やかましいが、しかしほんの少しだけ耳を傾ければ、これは間違いなくメインヒロインの器だという単語が拾えた。成程言い得て妙だ。これほどまでの力を持っているのならば、主人公の横に立っているポジションとしては合格点だろう。調子に乗って主人公に敗れた後コロッと靡くようなチョロインとは格が違う。しかもルシアはいわゆる守ってあげたくなる系の小動物ヒロインだ。見た目だけは。いかにもなツインテールにいかにもなツリ目のツンデレお嬢様チョロインとは比べるべくもない。
リリアは一人でそんな結論を出しているが、再度述べよう。ルシアが守ってあげたくなる小動物系なのは見た目だけである。中身もそうならばそもそも教科書を鼻歌交じりに修復しないし、この事態を織り込み済みで生活もしない。
「負けませんからね!」
「だから何言ってるです?」
傍から見ていると一方的に喧嘩ふっかけて負けた小物令嬢だ。というかルシアから見ても捨て台詞がそれとしか思えなかった。何なら言った本人もちょっと思った。
状況としては、噂を補強するのに使えなくもないので結果オーライではある。リリアはそんなことを知る由もない。カイルが後でその報告を聞いて嬉しそうにするだけだ。
事態が急変した。ようで実はしていないかもしれないが、それからリリアがルシアの様子をこっそりと窺うようになった。ある程度二人を見ていたクラスメイトならともかく、それ以外の生徒や噂を鵜呑みにしていた者達は、悪役令嬢が平民留学生に絡んで嫌がらせの隙を狙っているように見えたかもしれない。それくらいリリアの動きは怪しかった。
そしてそのタイミングを狙ったかのように、ルシアの身に何かしらの嫌がらせが舞い込むのだ。
トイレに入ったルシアを確認したリリアが、入り口近くの柱の陰に隠れていると、びしょ濡れになった彼女が出てくる。慌てて飛び出したリリアは、あ、でもこれ拭くものがないと動きを止めた。廊下を歩いている他の生徒は、びしょ濡れのルシアとその前で立つリリアを見て何となく事情を察する。どこからかやってきた別の生徒が、それを補強するようにルシアをみっともないだのみじめだのと嘲笑しリリアに媚びるので余計に、だ。
「やべーですねこれ」
そんな中、びしょ濡れのまま一人冷静であったルシアは目の前のリリアの目が凶暴さを増していくのを見て思わず呟いた。これ間違いなく周りの連中全員ボコしに行く流れだ。そう判断した彼女は、即座に足元に魔法陣を描く。
ぶわ、とまるで風が吹き抜けるように足元から頭に光が流れ、彼女の体は元に戻った。制服も髪も肌も全く濡れていない。
「は?」
嘲笑っていた生徒が固まる。目をゴシゴシと擦り、視線を彼女からトイレの入り口に戻し。濡れたまま歩いてきた跡が残っているのを確認し、もう一度間抜けな声を上げた。
ちなみに、リリアも目をパチクリとさせた後、ルシアが濡れたまま歩いてきた跡を確認して間抜けな声を上げた。傍から見ていると取り巻きと同じリアクションをする親玉である。
「さ、教室に戻るですよ」
「え、あ、はい」
コクコクと頷くことしか出来ない。そのまま何事もなかったかのように歩いて行くルシアを、ただただ呆然と見送るのだ。リリアだけは我に返ると彼女を追いかけて行ったが。
「ルシアさん」
「どうしたです?」
「今のは」
「修復魔法ですよ」
修復魔法ですよって言っとけば何でも流せると思うなよ。そんなツッコミを込めた視線をルシアに向けたが、彼女は素知らぬ顔である。正確には、よく分かっていないので首を傾げている。
リリアは預かり知らぬことだが、教国の聖女ルシアーネは田舎の村出身の平民でかつ魔族の血の濃さが多く表れていることもあって重宝されていないため、己の凄さがどの程度なのかを正確に伝えられていない。火の神獣ルシフェリアもわざわざ教える気がなかったし、彼女の村はド田舎だったので聖女の凄さが伝わっておらず、その片鱗は村一番の頑張り屋くらいの認識にされていた。
そのため教国にとっては、魔族だからさっさと失脚させたいけどくそやべー力持ってるので囲い込まないとマズい、状態だったりするわけで。今回の留学の真の目的は、そういう人族至上派の連中の胃がそろそろ限界だったからであり、口調のあれこれは突貫工事だったからという滅茶苦茶情けない理由である。ルシフェリアは承知の上だ。だからこその好きに暴れろ、である。
「無自覚系チート……ってメインヒロインとしてはありなんでしょうか……」
「リリアさんって、たまによく分からねーこと呟いてやがりますよね」
ルシアの態度を見て、あ、こいつ分かってないぞと瞬時に察したリリアであったが、いかんせんじゃあどうするかといえばどうも出来ないわけで。前世系ムダ知識のボキャブラリーでカテゴリ分けしたところで、現状何も変わらない。ただただリリアが変な人に見られるだけだし、彼女自身もぶっちゃけよく分かっていない。
ただ、現状分かることは。このままでは自分は負けヒロインであるということだけだ。絶対認めないが。というかそもそも主人公が不明のままだが。
「――うぇ?」
「ルシアさん!?」
そんなことを考えていた矢先。ドン、と何かに押されるようにルシアが階段から落ちていく。隣に立っていたリリアは突然のことに目を見開き、そして次に助けないとと足を踏み出す。鍛えられたその脚部は一足飛びに階段を降りきり、そのまま降ってくる彼女を受け止めるべく手を広げ。
「お前が助けたら意味ないだろ……」
「え? グレイくん?」
その途中でグレイがキャッチし着地した。突き飛ばされたルシアを見た生徒達の悲鳴が、華麗に助けた公爵令息への黄色い悲鳴に変わる。ふう、とお姫様抱っこをしたグレイの横で、手を広げたままポツンと佇むリリアは非常にシュールであった。
「……やはりこれは、失敗じゃないのか?」
「何ですかその可哀想なものを見る目は」