転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない   作:負け狐

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お嬢様と脳筋バカを反復横飛びするタイプ


第十八話

 そういうわけで。そろそろ噂も浸透しただろうと判断したカイルとラケルは、リリアに情報開示を行った。正確には許可を出した。

 

「……何ですかそれ」

「え? まさかお嬢さま本気で察してなかったんですか?」

「エルはわたしのこと何だと思ってるんですか」

 

 ジト目で傍らのメイドを見る。言っても給料減らしませんか? などと非常になめ腐ったことを尋ねてきたので、もういいと彼女は打ち切った。勿論給料は減らす。

 それで、とリリアはエルに述べる。今回の目的が教国のチート聖女型主人公ルシアではなく、自称ツンデレ美少女公爵令嬢リリアであるということは承知した。というかこれまでの流れでそれを承知していないはずがない。その辺をダメイドに語って聞かせながら、彼女は小さく溜息を吐く。

 

「わたしが気になっているのは、目的と犯人の候補のことです」

「多分公爵家に汚名被せて地位を落とそうとしてるってことと、犯人の一味は精霊だってことですか?」

「そこですよ、特に後半」

「まあ前半は予想の範囲内ですしね」

 

 元が傍若無人の我儘令嬢、しかも父親であるノシュテッド公爵が娘を溺愛し容認をしているというその噂は、四大貴族の座を新たに狙うかあるいは三大貴族となって更に力を蓄えるかと野心を抱くには丁度いいきっかけだ。教国が関与していないのならば、王国内の事件ならば。まず間違いなく真っ先に予想してしかるべきもの。

 

「……ねえ、エル」

「どうしました?」

「後半が問題と今言ったけれど。前半部分も少し引っ掛かるんです」

「へー」

 

 エルは気のない返事をする。が、それを聞いたリリアは怒るでも気分を害して話を打ち切るでもなく、そのまま言葉を紡いだ。

 黒幕の目的がそれだとしても、学院での犯人は違う理由でやってはいないか、と。

 

「何でそう思ったんですか?」

「狙いがわたしだったもの。公爵家を落とすのなら、わたし自身は目的じゃなくきっかけにしなければいけない。けど、この騒ぎは最終的にわたしが悪者になるだけで、公爵家はそれほどなんですよ。お父さまがわたしを切り捨てれば被害は少なくなりますし」

「旦那様がお嬢さま切り捨てるわけないじゃないですか」

 

 娘にダダ甘のノシュテッド公爵がリリアを切り捨てる場面があるとしたら、それはもはや公爵が公爵でなくなった時だ。爵位の話ではなく、人格的な意味で。

 そんなエルの反論に、リリアは首を横に振る。子供の頃ならいざしらず、今の状態ならばもし本当に何かやらかしたらきちんと罰する。そう述べて、まあ確かに切り捨てはしないかもしれませんけどと苦笑した。

 

「でも、きちんと罪を罰するということさえ示せば、公爵家そのものには大して傷は付きませんよ。今までだってやらかす大貴族のバカ息子が掃いて捨てるほどいたことも知ってますから」

「……やっぽりなぁ。お嬢さまに言ったら駄目なんですよねぇ。普段何にも考えてないくせにこういう時は普通に頭回るんだもの」

「流れるようにわたしを馬鹿にするのやめてくれません?」

 

 あーあ、とお手上げのポーズをするエルに向かってリリアは再度ジト目を向ける。向けられた方はごめんなさいと素直に謝り、少し困ったように頭を掻いた。というかこれでいいなら最初から伏せとく意味ないじゃん、とぼやいた。

 

「で? お嬢さま、そこら辺全部聞きます?」

「いや、聞きませんけど。その辺わたしが知っていても特にやることなさそうですし」

「ほんと、お嬢さまって、頭の回転をちゃんと有効活用すればあの二人にも負けないと思うんですよね。まあ出来ないでしょうけど」

「ラケルみたいに色々考えるのはわたしには無理ですよ。あとカイル様ほど性格ひねくれるのも無理です」

 

 自分は確かに才能でゴリ押し出来るし、秀才優等生キャラとか天才キャラとかそういうタイプに分類されるとムダ知識も太鼓判を押しているが、しかしそれは周囲の人間より突出して優れているという意味ではないのだ。そうリリアは確信を持って言える。決して勝てない部分が間違いなく一つはある。

 

「だからわたしはわたしでやれることをやります。余計なことをやって皆の足を引っ張るとか絶対やったら駄目なやつですし」

 

 ヒロインの一人がそういうことをやると、よくて賛否両論、最悪大バッシングでそのままフェードアウトだ。ムダ知識による忠告を胸に刻みながら、リリアははっきりとそう述べた。

 そしてそんな彼女をエルは見やる。まあ多分余計なことを考えてはいるだろうけど。そう心中で前置きをしたが、しかしその姿勢は好ましいもので。

 

「だからお嬢さまを気に入ってるんですよねー、私」

「いまいち信用できません」

「ですよねー」

 

 はっはっは、とエルは疑いの目で自身を見るリリアを見ながら、楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 ある意味吹っ切れたというべきだろうか。こうしてそれなりに道筋を確認したリリアは、以前までのモヤモヤを振り払っていた。隣の席のルシアにも無駄に突っかかっていく素振りを見せる。わざとらしさがやべーです、と被害者の方の少女は少々呆れ気味だったが。

 そうしているうちに入学して一ヶ月も過ぎた。授業も座学一辺倒から実践が混じる頃である。魔導学院の名の通り、魔法の知識は基本的なものはほぼ全て叩き込まれ、それらを使用できるように指導される。本来ならば試験を受けなければならない魔道士としてのランクを、下級とはいえ卒業時には必ず手に入れているというのがここで学ぶ強みとも言えるだろう。

 

「では、実践魔法の授業を行います」

 

 ノーラはそう言って演習場に集まっている生徒を眺める。学院は六年制、まだ具体的な道筋が出来ていないであろう一年生のうちは、数クラス合同で実践授業は行われる。

 もちろん最初なので基本の基本から始めていくのだが。いかんせん生徒の大半は入学前の家庭教師などで既に履修済み、真剣に聞いているのはごく一部だ。

 そのごく一部であるリリアは、ノーラの説明と注意をしっかりと聞きながら、今日の授業で行う内容を筋道立てた。座学で学んだ基本属性の魔法を使用すること、それが今日の授業での目的だ。

 

「では、まずは」

 

 ノーラは緊張感のない生徒達を見ながら、あははと頬を掻き苦笑した。まあそうだろうな、と心中で頷いていた。でもしょうがないんです、授業だから。そんなことを思いながら、お手本でも見せてもらおうかと自分の中で一番声の掛けやすい相手の名前を呼ぶ。

 

「リリアさん」

「はい。どうしました?」

 

 え、と生徒達がざわついた。公爵令嬢で、最近の評判は悪逆令嬢とも呼ばれるリリア・ノシュテッドの名前を実に気安く呼んだのだ。何という命知らずだ、と新任の頼りなさげな眼鏡の女性に注目し。そして、再び表情を変えた。ノーラの顔は、何も知らない哀れな新任教師などではなく。

 

「ちょっとお手本見せてもらえますか?」

「分かりました」

 

 あの公爵令嬢を完全に生徒として御している、紛れもない教師の顔だったからだ。文句一つ言わずに、こんなくだらない今更の授業のお手本を素直にやろうとするリリアの姿がそれに拍車をかけていた。

 勿論ノーラはこれまでの関係でいつものノリで話し掛けたに過ぎないし、リリアもそれに応えたに過ぎない。その辺の事情を知らない生徒達の勘違いである。が、一概に勘違いと言ってしまうのも少し違うかもしれない。実際あのリリアと師弟関係を築けているだけでも割と頭がおかしい部類になるからだ。

 

「先生」

「はいはい」

「どのくらいやればいいんですか?」

「え? いつも通りでいいですよ」

 

 それはともあれ。ノーラはリリアの質問に、いつものノリが残っていたのでそう答えてしまった。最初の授業で、ちょっとしたお手本をやってもらって、あとは何となく決められた授業で進める。そういう流れの一環としてやってもらっていることをサクッと忘れていたのだ。

 

「では遠慮なく」

 

 演習場に設置された的に向かい、リリアは呪文を唱える。魔法は魔術と違って知識さえあれば発動が出来る。だが、その魔法の威力自体は術者によっていくらでも変化する。本を見ながら、ただその呪文を文字の羅列としてしか認識していない術者と、理解し噛み砕き、自分の知識の一つとして解釈・吸収している術者では天と地ほども差が出てくるのだ。

 まあつまり何が言いたいかといえば。

 

「相変わらず凄いですねぇ」

「先生の教えの賜物ですよ」

 

 そう言って軽い調子でノーラが褒め、リリアも笑みを浮かべながらそれを受け取る。

 などというやり取りを聞いていた人物が数えるほどしかいないくらい、的にぶつけられた火の呪文に驚愕していた。上級魔法かと見紛うほどの威力の炎が、ごくごく軽い調子の初級の詠唱で放たれたのだ。まだ自身の世界が狭い一年生の生徒達が理解できるはずもなし。ここにラケルなりカイルなりがいれば別だろうが、いかんせん授業での合同クラスに彼ら彼女らのクラスは含まれていなかった。グレイは理解を諦めた側なので除外である。

 

「はい。では皆さん、まずは一通り――あれ?」

 

 生徒達の顔色が悪い。こんな基本の授業で一体何を躊躇しているのだろうかと首を傾げたノーラは、あ、と間抜けな声を上げた。しまった、リリアがいつも通りぶっ放したら駄目だった、とそこでようやく気が付いた。

 そしてリリアはリリアで、ムダ知識が無自覚系だのカマセの前フリだのと煩いので現在の状況をある程度理解した。理解し、まあそれはそれでいいのではないかと結論付けた。

 

「ふっふっふ、凄いでしょうわたし!」

 

 ドヤ顔である。ムダ知識がないわー、とダメ出し判定しているのを脳内の奥に押し込みながら、驚愕している生徒達に向かって思い切り胸を張ったのだ。ちなみに、そのおかげで彼女の年齢にそぐわない豊満な部分が思い切り強調されて一部の生徒は赤面しながら顔を逸らしていた。

 

「リリアさん?」

「え? 駄目でした? 先生の指導で高められた成果を自慢するなら今、って思ってたんですけど」

 

 ざわ、と生徒達がどよめく。どういうことだ、と彼女の言葉が疑問として残り、そして目の前の新任教師が育てたのだという答えに変わり。

 ノーラは突如として急激に上がったハードルに涙目になった。

 

「待って!? 待ってください! リリアさんの才能が九割ですからね! 私の指導とかあの威力の指先の爪くらいの割合でしか貢献してませんからね!?」

「先生、あまり謙遜しすぎると嫌味ですよ」

「リリアさんも煽らないで!? 授業であそこまでにはなりませんから! だから期待の眼差しはやめて!? 普通の! 普通の授業しますから!」

 

 希望という名の砂糖に群がるアリが如く。生徒達はノーラの授業を一字一句逃さず聞くようになった。教師としては嬉しい限りであろうが、その天元突破した期待はまったくもって叶えられないので彼女の胃はキリキリと痛むばかりである。

 ちなみにリリアはムダ知識によるお約束のパターン、力を隠していた伝説級の魔道士が弟子によってその一端をバラされあっという間に好感度爆上がり、を体験できたのでご満悦である。本人が無自覚で困るという追加要素もあったので、成程そっちだったかと彼女は師匠の新たなる一面を知って自身も好感度を上げていた。

 

「えっと、呪文の詠唱が少し遅いですね。その一節はもう少しテンポよくすると弾速が上がりますよ。その部分はよりはっきりと口にしてください。そっちは――」

 

 ちなみに。リリアというスペックお化けの家庭教師をし続けていたせいか、ノーラの基本の指導力は実際とんでもなく高くなっている。教え切った完成形が彼女の中に刻み込まれているので、比較検討がしやすいのだ。

 

「割とリリアさんの言いやがったことも間違っちゃいねーっぽいですね」

「でしょう?」

 

 ルシアのぼやきにリリアが嬉しそうに返す。そんな力を隠した伝説級魔道士の一番弟子の自分も勿論凄い。お約束のようなやられ役のテンプレートをなぞるような思考をしながら、学院の実践授業初日は終わっていく。

 

 

 

 

 

 

「ノシュテッド公爵令嬢。あなたは一体どう思っているのですか?」

「はい?」

 

 勿論そのまま平和に学園生活が進むわけがない。唐突に掛けられた声にリリアが顔を上げると、数人の少年少女がこちらを真っ直ぐに見詰めていた。否、見詰めているというよりは睨んでいるという方が正しいだろう。そんな視線を受けながら、リリアはしかしその視線の意味が分からず首を傾げた。

 その態度が向こうにはこちらを見下しているとでも思ったのか、中心にいた少年はその表情を歪める。やはりそうなのですね、と分かったようなことまで言い出した。

 

「それだから彼女があんな」

「さっきから具体的な部分がないんですけど、何の話をしてるんですか?」

 

 ああもう面倒くさい。そんなことを内心思いながら、リリアは少年の言葉を遮った。別段強い口調で言ったつもりはなかったが、しかし彼はその一言で口を噤んでしまう。いやだから何の話なのか言えよ。そう言えるほど彼女は口も育ちも悪くない。暫しそのまま、相手が何を言ってくれるのかを待った。

 

「……」

「……」

 

 周囲で見ている野次馬は公爵令嬢の圧に負けて喋れないようにしか見えない。なんなら本人もそう思っている。リリアだけが、気にせず次の言葉を待っていた。

 ルシアはそれを横目で見ながら、これどーすりゃいいやつですかね、と一人悩む。リリアに向かってそのつもりはなくても圧掛かってるからと言うのは簡単だが、この状況でそれ言ってもいいものかと考えたのだ。思ったことはすぐに口に出す性格でも、それくらいの空気は読める。

 

「リリアさん」

「何ですか?」

 

 でも行くのがルシアである。このあたりがリリアとウマの合う理由なのだろうが、ともあれ彼女はさっき思ったことをそのまま口に出そうとした。向こうはリリアに怯えている、と。

 

「違う、彼女は関係ない」

「は?」

「これは僕が勝手にやったことで、彼女は関係ないんです」

「はぁ……」

 

 何がですか? とやってきた彼女を見る。さっぱり分かんねーですよ、とルシアは首を横に振った。

 少年は決意の表情でこちらを睨んでいる。一緒にいた数人は、少年ほどではなかったのか今では完全に及び腰であった。勿論話の内容から何からまるで分からないままだ。

 

「ああもう。いいから、何の話をしているのか言ってください。わたし、今の状況を全く理解出来てませんから」

「だからそれは」

「それは?」

「彼女を、ルシアーネさんをこれ以上傷付けるのは、止めてください」

「……あぁ、成程。そういうことですか」

 

 最初の会話の入りと随分捻くれているが、まああの後色々こちらに文句を言いながらそういう結論に持っていくつもりだったのだろう。だったら言い淀んでいないではっきり話を続ければよかったのに。そんなことをついでに思ったリリアは、少しだけ目を細めて眼の前の相手を見る。勝ち気なツリ目が、それによって鋭い眼光へと早変わりした。

 ひっ、と少年の後ろにいた連中が後ずさった。公爵令嬢の、悪逆令嬢リリア・ノシュテッドの怒りを買った。その視線を受けたことでそんな判断をしたのだ。一時の正義感で早まったことをしたものだと己の行動を後悔した。

 その一方で、少年はそれでも逃げ出すことはせず、彼女から視線を逸らさなかった。たとえ自分がどうなろうと、ルシアのために引くわけにはいかない。そんな決意が瞳から見て取れた。

 

「えーっと…………あなたは、彼女が平民なのを知っているんですよね?」

「平民だからという理由で、虐げたのですか? 仮にも公爵令嬢でしょう?」

「仮でもなんでもなく公爵令嬢ですし、虐げたつもりはありません。そっちこそ、仮にも侯爵子息が何なんですか?」

 

 身分を気にしない性格なのだろうということは見て取れるので、まあ悪い人間ではあるまい。そう判断はするものの、いかんせんどうにも思い込みの激しいタイプに見える。ひょっとしたら自分の世界に酔いしれるタイプなのかもしれない。勿論、お嬢さまもその辺大概ですよ、というイマジナリーエルのツッコミは黙殺した。

 それはさておき。大体にしてリリアが直接ルシアに何かする時は普通に宣言して普通に勝負する時だ。悪逆令嬢に媚びを売ろうとする輩がやらかすちょっかいは見逃せとルシアを含んだ皆に言われているので、傍から見ていれば取り巻きに命じて嫌がらせをしているように見えるかもしれないが。

 

「カイル様やラケルに会わせても碌なことにならなさそうですよねぇ……」

 

 多分いいように扱われて捨てられる。結末が容易に想像できたので、リリアは味方にすることを断念した。かませでモブだから多分名前も出ないタイプだ。そうムダ知識がばっさり切り捨てていたのも拍車をかける。

 そう決めれば、後はこの流れをどうするかだ。この手のモブは口で言っても諦めないし何なら余計な場面で余計なことをする可能性もある。そういうあるあるのアドバイスをムダ知識から受け取ったリリアは、ならばやることは一つだと頷いた。

 

「分かりました」

「それは、どういう」

「あなたの言い分を通したいのなら、わたしと勝負して勝ってください」

「え?」

 

 席から立ち上がる。腕組みし、仁王立ちしたリリアは、それによってむにゅりと胸部を強調させながらキメ顔でそんなことをのたまった。間違いない解法であると確信しているかのようなドヤ顔でそう言い切った。

 

「リリアさんって、何で肝心な部分ですっげーバカになりやがるんです……?」

 

 不正解でもないのがまた。そんなことを思いながら、当事者のはずが完全に野次馬ポジションのルシアがぼやく。

 とりあえず他の人に報告はしておこう。とそのまま即座に次の行動を開始した。

 

 


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