転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない   作:負け狐

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シリアスとは無縁系


第十九話

 一人の少年が頭を抱えている。その横では、銀髪の少女がクスクスと微笑み、薄い茶髪の少年が突っ伏して肩を震わせていた。

 そんな三人を見ながら、その状況を作った張本人であるリリアは不機嫌そうに頬を膨らませていた。誠に遺憾であるとその表情が述べているが、横のルシアは妥当ですよと苦笑している。

 

「なあ、リリア嬢」

「なんですか」

「お前は馬鹿なのか?」

「なんでですか!?」

「いやこの状況でその反応できるお嬢様こそなんでなんですか」

 

 グレイの問い掛けに何だとコラと返したリリアは、エルの呆れたような声でぐぐぬと唸る。言ってはみたものの、一応薄々と感じてはいたらしい。耐えきれなくなったのか、突っ伏していたカイルが吹いた。

 

「バカイル様、笑いすぎです」

「ぷっふふふふ、いや、だって、はははは、しょうがない、ふふふ、じゃないか」

「ぶん殴ろうかなぁ……」

「お嬢さま、ステイ」

 

 普段は一緒になって煽る立場のエルが止める。どうやらリリアの表情がマジものだったので、これ以上はマズいと判断したようだ。カイルはその辺りブレーキが若干壊れているきらいがあるので、こういう時は役に立たない。

 

「ふふ。それでリリア、その侯爵令息はどうなったの?」

「どうもこうも。ぶっ飛ばしたらそれで終わりですよ。突っかかっても来なくなって、わたしを見たら逃げるようになりました」

「あらあら。御大層な信念を持っていたはずなのに、結局折れてしまったの? 最初の眼光で怯んだ人達と大差ない、いえ、それ以下ね」

 

 カップの紅茶に口を付け、ラケルはリリアにボコされた少年をそう評する。そもそもがリリアの提案はあの流れからすれば実に唐突で言ってしまえば馬鹿らしいものだ。いくら公爵令嬢が述べたものだとしても、素直に頷く道理はない。無理矢理その土俵に上げたのだとしたら、非難されるべきはリリアだ。

 が、侯爵令息の少年はその提案に乗った。自分の力を過大評価していたのか、あるいは取り巻きを使って嫌がらせをするような公爵令嬢だと思い込んでいたものが、タイマンで真正面からぶん殴ってくる脳筋だったなどと考えもしなかったのか。どちらにせよ、ラケルにとっては評価に値しない。使える駒ですらないレベルだ。

 

「ん? いや待った」

「どうしたんですか? グレイくん」

「その生徒はクラスメイトだったのか?」

「え? 違いますよ。クラスメイトはわたしとルシアさんのやり取りのこと、そこまで深く考えていないですし」

「それはそれでいいのか? これまでの作戦に支障とか」

「ラケルが大丈夫って思っているなら大丈夫です」

 

 あっけらかんと言い放つ。彼はそんな彼女の言葉を聞き、はぁ、と小さく溜息を吐いた。傍から聞けば何も考えていない発言であるし、グレイも少しはそう思う。が、それ以上にラケルに、親友に対する信頼から出た言葉だということも理解したので、そこはもう何も言うまいと諦めた。

 それはそれとして、である。彼の本来の質問はそれではない。

 

「全く関係のない生徒、でいいのか? 魔法学の実技の合同にも重なっていない」

「……どうなんでしょう。流石にそこまではわたしは分かりませんね」

 

 ならば、とルシアを見るが、知らねーですと即答された。そんな彼を見て、ラケルが問う。何か気になることがあったのか、と。

 わざわざ聞かずとも分かっているだろうに。そんな表情を浮かべたグレイは、彼女へと向き直ると口を開いた。その相手は、リリアの実力を知らなかったのだろうか。回りくどいことを言わず、簡潔にそのことだけを問い掛けた。

 

「勿論、知らないからリリアの提案を受けたんでしょう? 逆に聞きたいのだけれど、貴方は何を気にしているのかしら?」

「……実技の授業でリリア嬢がやらかしたのは俺の耳にも入ってきた。知らないはずがないと思うのだが」

「ええ。『リリアのことを知っている』私達はそう判断するでしょうね」

「は?」

 

 クスクスと笑うラケルを見ながら、グレイが怪訝な表情を浮かべる。リリアを知っているかいないかで、魔法の実技で初級呪文をとんでもない威力でぶっ放した事実がどう変わるのだ。理解できないと首を傾げる彼の横で、グレイは素直な性格だからね、とカイルが笑っていた。

 

「どういうことですか?」

「どうも何も、君が最初にリリア嬢と戦った時の反応と同じだよ。彼女のことを知らない人達は、その一件だけでは実力者と判断しないのさ。何より伝聞の、噂だからね。話半分に聞いている者も多い」

「その後、ノーラ先生の指導が的確であったことも合わせて、『公爵令嬢が強力な魔法を放った』というよりも、『素晴らしい実力を持った指導者が現れた』という話の方を大抵の生徒達は重視していたわ」

 

 なので、実際に見ていない侯爵令息などは、リリアの実力を完全に誤解していたというわけだ。彼女の噂で大きいのは取り巻きを使って平民の留学生を虐めているという方だ。魔法の実力も、他人の手柄を自分の手柄のように宣伝していると思われても不思議ではないのだろう。ある意味、彼ら彼女らの作戦が成功した結果とも言える。

 

「だから、私としてはむしろ好都合なの」

「え? じゃあ何でカイル様は笑っているんですか?」

「いやまさか本当にそんなことをやらかすとは思ってなくて」

「……バカイル……」

 

 心底楽しそうに微笑むカイルを見て、リリアはぐぬぬと非常に悔しそうな顔をしながら、しかし何も言えずに唸るのみであった。

 

 

 

 

 

 

 若干不機嫌そうにノシノシと廊下を歩くその姿は、間違いなく公爵令嬢としてどうなのだとツッコミが入ること受け合いなのだが、いかんせんそれが出来るのは学院でも限られた者のみだ。

 

「いくらなんでもその歩き方はないでしょ」

「うぐ」

 

 勿論隣を歩くエルはその限られた者に該当するので遠慮なく言い放った。リリアもリリアで言われて気付いたのか、ピタリと動きを止めるとそそくさと歩き方をおしとやかなものに変えた。まあ今更何やろうと手遅れですけどね、というエルの追撃には睨みを返していたが。

 

「それにしても、エル」

「なんです?」

「あの話、やっぱり細かいところは内緒にしていますよね?」

「ん? 内緒っていうか、わざわざ言わなかったとかそういう感じだと思いますけどね」

 

 別に信用されていないとか、伝えないほうが進行がスムーズになるとか、そういう考えがあるわけではない。そんなようなことを隣で述べながら人差し指を立てたエルは、それをくるくる回しながら口角を上げた。回した指をリリアに向けると、だから気にすることはないですよと笑った。

 

「どっちみちお嬢さま、確かこないだそういう詳しいことは聞く必要がないって言ってたじゃないですか」

「あの時はそうでしたけれど。これで状況に変化なし、は流石に気になるんですよ」

 

 ラケルとカイルによって作られた噂は、留学生の平民の少女をとある公爵令嬢が敵視しているというものだ。それを骨子にして、やれ公爵令嬢は取り巻きを使って虐めているだの、令嬢の想い人が少女を好いているから八つ当たりをしているだの、令嬢は取り巻きを使って自分の手柄も捏造しているだの、癇癪持ちの我儘で侍従もすぐに辞めていくかボロボロになるかの二択であるだの、悪役令嬢の評判はボロクソである。

 そんな中、噂の該当者とされているリリアが、腕にある程度自信があったであろう侯爵令息をタイマンでボコしてしまったことは、少なからず影響を及ぼしてもおかしくはないと思われるのだが。先程の二人の口ぶりだとそんなことはなく、むしろいい方向に進んでいるかのようで。

 

「噂の悪役? 令嬢だとかいうのにわたし該当しなくなりません?」

 

 まあそもそも自分はツンデレヒロインなので該当しなくて当たり前なのだが。口には出さず頭の沸いたことを考えながら、リリアはそう言ってエルの答えを待った。何だかんだこのメイドは、自分が学院生活をしている間、今回の悪巧みの仕掛けを色々と担当しているはずなのだ。

 知らないはずがないだろうといわんばかりの彼女の表情に、エルはやれやれと肩を竦めた。いやまあそりゃ知ってますけどね。そう呟くと、何から話したもんかと顎に手を当てる。以前のリリアの言によれば、彼女が知りたいのは真相や答えではなく、知っておいた方がいい情報だ。だからここでエルが追加情報は必要ないと言ってしまえば、多少は訝しんでも最終的には頷いてくれる。

 

「まあ、それが狙いだと思いますよ」

 

 だからエルは考えて、必要ない情報――今回の真相を放り投げて現状を伝える。結果がまだ未確定の真相や答えは不要と捨てる。

 

「ルシアさんを虐めてるのがお嬢さま、っていうのが噂の中心だったんですけど、今回のでそれにくっついてたあれやこれの噂に信憑性なくなってきたんですよね。それらが嘘だった場合、中心の噂はどうなるか」

「それも嘘なのか、と思うってこと? それよりは噂の中に嘘が混じっていると思うほうが多いんじゃ」

 

 足を止める。自身の目的地は学生寮、自室へと戻る途中だ。話が長くなっていたので学舎からもいつの間にか出ていたリリアは、彼女達から離れたベンチで何やら話をしている二人組みを見付けたのだ。ただそれだけならば別段気にすることではなかったのだが、そこにいた相手が問題である。

 片方が、今も先程も話題に出ていた、噂を大して調査もせず真に受け正義感でリリアに口を出した挙げ句ボコされた侯爵令息だ。

 

「どうしたんですかお嬢さま? ……んん?」

 

 向こうに気付かれないように視界から隠れたリリアに、エルが怪訝な表情を浮かべる。が、ちょいちょいとリリアが向こうを指差したことで彼女も察した。同じように隠れると、何か気になることありましたかと隣に尋ねる。

 

「え、いや、別にそういうわけじゃなかったんですけど」

「じゃあ何で隠れたんですか? 馬鹿なんですか?」

「違います。……違うもん」

 

 ムダ知識由来のピンとくるやつだったのだ。割とはっきりと浮かんできたのだが、いかんせんそれを口にすると間違いなく頭のおかしいやつだと思われるので言えないのだ。

 とはいえ、エルとしては既にリリアのこれには慣れっこなので、はいはい分かりましたと流しながら向こうに再び視線を向けた。

 

「というかよくあれ見えましたね……。ぶっちゃけ隠れなくても向こう気付かないと思いますよ」

「エルだって見えてるじゃないですか」

「私はいいんですよ。一応分類的には普通の人間のはずのお嬢さまが見えるのが問題なんであって」

「だってわたし天才ですから」

「へー」

 

 めちゃくちゃ流された。そんなエルの態度に思い切り頬を膨らませたリリアであったが、ムダ知識のちょっと待ったコールで我に返る。今こいつ自分は普通の人間の分類から除外してたぞ、と。

 あ、と思わずエルを見たが、しかしリリアはすぐに向こうへと意識を戻した。一瞬驚きかけたが、その発想もうやったんだったと思い出したのだ。ついでに言えば、もう二回やっているのでこれで三回目、いい加減このネタ引っ張らなくてもいいだろうと流したわけである。頭がおかしいが、彼女の中では別段普通なのでどうしようもない。

 

「ちなみにお嬢さま。会話聞こえます?」

「流石にここからでは魔法を使わないと聞こえませんよ」

「視力の方は使ってないみたいな言い方」

 

 ちょちょいと呪文を構成し、向こうの会話を風に乗せてこちらに届ける。聞き覚えのある少年の声が流れてきて、よしよしとリリアは頷いた。

 

『それで、本当に彼女の実力は不正なのか?』

『ああ、彼女の話によると、どうやら精霊を使役しているらしい』

『精霊を!? それは本当なのか……?』

『そうでなければ、あんな人間離れした動きを一介の公爵令嬢が出来るはずがない』

「言われてますねお嬢さま」

「そこまで酷くないもん……。というか、これ、わたしのことなんですか?」

 

 具体的に名前は出ていない。出てはいないが、件の侯爵令息が話していてこの内容なのだから、まず間違いなくリリアのことだろう。そりゃそうでしょう、というエルの言葉に、彼女も反論することなく小さく溜息を吐いた。

 そうしながら、向こうがリリアの実力は本人由来ではなく精霊を介したドーピングであるということを話していくのを聞いて考え込む。精霊は幻創種でも魔物のように知性が低いものとは違う、上位の存在だ。場合によっては協力し、力を共有することも不可能ではない。ないが、それは協力関係を結べるだけの実力ないし才能を持っていることが前提となる。人と人だって立場なり利益なり信頼なりもなしに関係を結ぶことは普通ありえないのだから、精霊も同じだ。

 逆に言えば、精霊を使って能力を高く見せているのならば、それは不正でもなんでもなく。

 

「それはただの実力者なのでは?」

「精霊に命令できるだけの何かを持ってるってことですもんね」

 

 そういうわけで。リリアとエルは二人の会話を、何か頭悪い話してるなぁ、で結論付けた。やはり他者の力を使って自分を強く見せているだけのハリボテか、じゃねぇよ馬鹿だろ。ムダ知識が大分汚い言葉でツッコミを入れていたが、リリアは完全に同意するわけでもなく一応擁護らしきものを頭には浮かべていた。

 

「何かしらの道具を使った、という方向ならまあ」

「わざわざ向こうの肩持つんですね」

『――それで公爵家の力を使い、精霊を使役する道具を入手したらしい』

『ノシュテッド公爵様は娘に甘いともっぱらの噂だ、やらないとは言い切れない』

「言い切れないんですって」

「言い切れないですか……」

 

 我が父ながらその評価は、分かってはいたけれど他人に言われるとちょっと。と微妙にショックを受けたリリアは、ぶんぶんと頭を振って散らした。昔と比べればダダ甘加減もマシになっている。少なくとも今言ったように己を強く見せるための偽りに、そのような道具を渡すようなことはしない。

 

「結局お嬢さまのさっきの擁護も、あの話の公爵令嬢がお嬢さまじゃなければ、って話なんですよね」

「まあ、そもそもわたし精霊使役してませんしね。するとしても、道具は使いませんし」

「ですよね。お嬢さまなら適当に会話すれば十分ですから」

「それ褒めてます?」

「割と本気で褒めましたよ?」

 

 いつもがいつもなのでそう聞こえない。そんなことを思いながら視線を向こうに戻した。あちらでは、間違った結論のまま、それを事実だという前提でどうにかしてそれを覆そうと二人の少年が相談をしている。否、前提ではなく、既に彼らにとっては事実なのだろう。

 ふと、カイルの言葉が頭をよぎった。事実と真実は案外違う。事実は、本当かどうかは関係ない。

 

『だから、これを使えば。あの公爵令嬢の化けの皮を剥がせるはずだ』

『成程、精霊を使えなくさせれば――』

「別にわたし変わりませんけどね。……でも、あの人たちにとってはそれが事実なんですよね」

「なんか前にもそんな話しましたね。ま、そういうことですよ。さっきの話に戻りますけど、噂のあれそれが事実な人は、お嬢さまの方を嘘にするわけです。中心の噂は事実でないといけないから。くっついていた噂を、全部嘘には出来ないから」

 

 視線を遠くの二人に向ける。恐らくもう一度、今度こそと挑みかかってくるのだろう。そして再びリリアにボッコボコにされるのだ。

 

「どっちにしろ、丁度いいんじゃないですか? あの二人の言ってる道具、それこそ不正に入手してない限り調べれば出処分かるやつですから」

「どういうことですか?」

 

 ふふん、と自慢気に指を立てたエルは、この間の話で言ってたやつですよ、と続けた。リリアが結局流していた部分を述べた。

 

「犯人の一味に、近付くかもしれませんよ?」

 

 

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