転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない 作:負け狐
そういえば、主人公って誰だ? ノーラを教師として勉強を行っていたリリアは、大体三ヶ月後辺りでその疑問にぶちあたった。遅すぎやしないだろうかと思わないでもないが、そこら辺は大体ノーラのせいである。
何が問題かといえば巡り合わせが悪かったのだが。傍若無人で噂の公爵令嬢リリアが何をトチ狂ったのか下級魔道士であるノーラの言うことをメチャクチャ素直に聞くのだ。そりゃもう調子に乗ってもおかしくない。しかも教えたら教えた分だけグングン成長するというおまけ付き。
ここでもう一つの問題が浮上してきた。一般的に、年端も行かない少女の教育係を任されたら自分が苦労して身に付けた知識や技術をあっという間にその少女に習得されてしまった、などという状況に陥ると、自信を無くすなり何なりという何かしら後ろ向きな感情が芽生えてくるものである。
彼女は意外とアレだった。自分の持っている知識が物凄い勢いで吸収されていくのを見て楽しくなるタイプの変人であった。自分が苦労して身に付けた知識や技術があっという間に習得されてはしゃぐ奴であった。
「あの、先生」
「どうしました?」
「これは明らかに子供に教えるものではないですよね?」
「……嫌でしたか?」
「大歓迎です!」
変人が二人である。片方は実力を隠すタイプのお助けキャラに教えてもらっているというテンションダダ上がり状態で、もう片方はこの子もう何教えても身に付けるんじゃねと片っ端から自分でも実践してない理論や知識をぶち込んでいる状態だ。傍らで見ているエルは何やってんだろこの人達と最近ドン引きしている。
ともあれ。そんな日常を過ごしていたリリアは、少しだけ落ち着いたことで原点に立ち返ったのである。そもそもの原点が既に間違っているのだが、修正はもう不可能だ。
今日の授業も終わり、ノーラがホクホク顔をしているそんなタイミングで。リリアは先生と彼女に声を掛けた。授業とは関係ない話になるのですけれどと続けた。
「はいはい。何かありました?」
「いえ、ほんのちょっとした雑談程度に聞いてくれればいいんですけれど」
この世界で主人公になりそうな人に心当たりはないか。はっきりとそれだけを述べると確実に頭を疑われるので、リリアは少しぼかすように言葉を紡いだ。物語の主人公のモデルになりそうな方に心当たりはありませんか、と。
「物語の主人公、ですか」
「出来れば、わたしと同年代ぐらいが望ましいんですけど」
「リリアさんと同年代……ううむ」
ちなみに、この数ヶ月のアレな授業の結果、呼び方も大分砕けていた。リリアも当然実力隠しのゲストキャラから好かれるのは望ましいので是非もなく了承している。
「やっぱり、王族の方々でしょうか」
この国、この大陸。もっと言えばこの世界。そこに存在する大国のほぼ全てが、かつての英雄の血筋を持っていると言われている。遠い昔の、まだ種族間の確執が大きかった、大きすぎた時代の英雄の血を。
「英雄……勇者と魔王、ですか」
「人族の英雄と、魔族の英雄ですね」
お互いの種族は互いに譲らず、ついに戦争となった。人族と呼ばれる武芸に優れる種族、魔族と呼ばれる魔法に優れる種族。そのどちらも、相手を滅ぼさん勢いで戦いを続けていった。
そんな中、お互いの種族の象徴ともいえる存在が、ついに激突した。その戦いは有象無象とは比べ物にならぬほどで、どちらもが戦争を忘れその姿を見ていることしか出来ないほどで。
そうして五日間戦い続けたお互いの頂点は、それがあまりにも不毛であったことに気が付いた。見ていた者達も、そこでようやく冷静になった。互いの頂点はそこで相手の顔をようやく見たという。そして、自分達と変わらないのだと自覚した。
それからはあっという間であった。人族も魔族も互いに尊重しあうべきだと、融和に舵をとったのだ。かくして現在の世界の礎は築かれ、それぞれが混ざり合って生活している今がある。
「一週間の成り立ちですよね」
「それくらい有名で世間に浸透している話ということですよ」
そして、だからこそ王族はそれだけでも十分の尊敬を受けることが出来るのだ。今も続く歴史の生きた体現者としての存在が大きいのだ。
「存在そのものが物語の延長線上みたいな方々ですからね」
「成程。……ということは、この国でいうならば」
リリアと同年代の王族は第二王子のカイルだ。直接会ったことはないが、聞くところによると良く言えば優しく物静か、悪く言えば弱気で情けないというタイプらしい。ノーラも同じような情報網らしく、七つ年上の第一王子のスヴェンが次期国王であることは揺らがないだろうと言われていることも口にした。
「そう考えると、カイル様はそういう物語の主人公のモデルにはならないかもしれませんね」
「え?」
「え?」
ノーラの言葉にリリアは思わず顔を上げた。こいつ何言ってんのみたいな目を一瞬してしまった。
そういうタイプが覚醒するから主人公なんじゃないか。リリアの思考はおおよそこれである。情けない落ちこぼれの第二王子は、実は他の誰よりも強く英雄の力を受け継いでいた。心優しい彼だからこそ、その力を間違えることなく振るうことが出来るのだ。だからこそ、彼の周りには沢山のヒロインが集まるのだ。勿論妄想である。
だが、余分に過分な前世知識とやらが刻まれているリリアにとって、これは真実に近い仮定なのだ。実際に会ってみたらあっさりと仮定がひっくり返される可能性は無きにしもあらずなのだが、現状暫定の主人公枠は彼に決まったのだ。
つまりはリリアが倒されたり助けられたり庇われたりしてチョロっと惚れてしまう相手というわけである。
「人となりが知りたいところですね」
「……直接会って確かめればいいのでは?」
暫定とはいえ自分がチョロインする相手だ。もう少ししっかり知っておきたい。そんなことを思いながら呟いた彼女のそれに、ノーラが不思議そうに首を傾げて言葉を返す。どういうことだとリリアも同じように首を傾げたが、対面の彼女がだってそうでしょうと顎に手を当て前を見た。
「リリアさん、カイル様の婚約者候補ですよ?」
「……え?」
いくら単純なお嬢さまでもそれ忘れますか? と後ろで話を聞いていたエルが盛大に溜息を吐いていたので、彼女の夕食のおかずを一品減らすよう料理長に言ってやるとリリアは決めた。
カイル第二王子との面会を取り付けて欲しいと父親に頼んだところ、えらくあっさりと許可が出た。ノシュテッド公爵が娘にダダ甘だということも勿論あるのだが、ノーラの言ったように元々リリアは婚約者候補である。他の令嬢も同じように何度か面会もしているので、今更少しお茶する程度で渋られるような理由もない。
そんなわけで。リリアは現在の王宮の中庭を歩いていた。こういう時は流石のエルも静かにしている。素を出してからのエルは言動以外は別段問題なく、むしろ色々出来るメイドなので彼女は重宝しているのだが、それでも時々以前みたいになってくれないかなと思う時もあったりする。こんな風に静かな時は特に。
「エル」
「何でしょうかお嬢さま」
「帰ってからも暫くそうやっていてくれます?」
「別料金です」
「……ということは、今のエルは以前よりもお給料を減らしておかないといけませんね」
「お嬢さまって、頭やられる前と比べると落ち着いて酷いこと言うようになりましたよね」
「夕飯抜きで」
げぇ、と顔を顰めるエルを尻目に、リリアは目的の東屋へと足を進めていく。既に第二王子はそこにいるらしく、こちらが後から到着した形だ。とはいっても、時間に間に合わなかったわけではなく、ただ単にこちらが招待されたからというだけだろう。
東屋に辿り着く。名を名乗り、挨拶を交わし、こちらにどうぞと促されたことで彼女は席についた。その対面には、自身と同い年の少年が同じように座っている。
「カイル様。お会いできて光栄ですわ」
「こちらこそ」
リリアの笑みに、カイルも微笑を浮かべながら返す。そんな彼を見て、彼女はふむふむと脳内の知識を広げ始めた。薄い茶髪のまだ幼さの残る少年は、成程確かに噂されるような雰囲気を纏ってはいた。だが、噂などそれほど当てにならないのは他でもない自分がやらかしているのでよく知っている。加えて言うならば、刻み込まれた知識が囁いているのだ。こいつは覚醒するタイプだ、と。
勿論口には出すことなく、そのまま暫し談笑に興じる。そうしている中で、カイルはほんの少しだけ安堵したように眉尻を下げた。
「よかった」
「どうかされましたか?」
「あ、いや、ごめん。実は、その、聞いていた君の噂が、あまり良くないものだったから」
こうして出会って、会話をして。所詮噂だったのだと結論付けたのだろう。彼はそんなことを言って、疑ってごめんと謝罪の言葉を口にした。
「そういうカイル様は、噂通りの方なんですね」
「え?」
カイルの動きが止まる。後ろでまた何かやらかすぞこの人とこっそり距離を取るエルなど気にせずに、そんな彼に向かってリリアは言葉を続けた。第二王子の評判を、市井でも噂されるそれを思い切り口にした。
「先程から、どこかわたしの顔色を窺うような行動を取ってらっしゃいますね。確かにわたしは公爵令嬢ですが、カイル様は王族でしょう?」
「あ、それは。噂通りの人だったら、って思ったらつい」
「それで気分を害して第二王子に喧嘩を売るようなアホでしたら、遠慮なく処罰すればいいではないですか」
「え、でも」
今まさに第二王子に喧嘩を売るようなアホがいるわけなのですが。そのことにツッコミを入れられるような勇気のある者はおらず、そして咎めることができるのも現状オロオロとしているカイルのみ。
「はぁ……やれやれ。こんな方が、この国の第二王子だなんて」
「……」
「評判通りの、気弱で情けない男ですこと」
カイルは何も言えない。ただ俯いて、目の前の紅茶の水面を見るのみだ。そして周囲も何も言えない。
皆どこかで、心の底では、彼女の言っていたことを肯定してしまったからだ。
「……ふぅ」
尚リリアはどうしようこの空気と一人内心テンパっていた。いい感じにツンデレお嬢様チョロインの前フリが出来ると意気込んでみたものの、思った以上にやらかしてしまったらしい。それに気付いたのがついさっきである。
ちらりと後ろを見る。ブンブンブンと全力で拒否るエルが視界に映ったので、仕方ないと覚悟を決めた。
何の覚悟を決めたかと言えば勿論、ツンデレの覚悟である。ちょっと何言っているか分からない。
「怒らないのですか?」
「え?」
「ここまで言われたんですから、ふざけるなって怒っていいんですよ?」
「いや……本当の、ことだから」
「何か本当のことがありましたか?」
え、とカイルが顔を上げる。勝ち気そうなツリ目の赤い瞳が真っ直ぐに見詰めているのを見て、思わずビクリと肩を震わせた。
リリアはカイルを見詰めたまま。自分の言葉を待っているのだと気付いた彼は、それに答えようと口を開いた。開いて、しかし自信なさげにそれを飲み込む。飲み込んで、ゆっくりと吐き出した。
「気弱で、情けない男なのは、本当だから」
「そうですか。でも別に本当のことを言われていようが怒ればいいでしょう?」
「はい?」
「気にしている部分をわざわざ言ってくるような無礼な輩には、遠慮なく怒っていいんですよ?」
「でも」
「わたしはやります。たとえ本当のことでも、自分が気に入らなければ怒ります」
そうですね、おかげで私は今日夕飯抜きですよ。ジト目でこちらを見ているエルに一瞬振り向いたリリアは、ひぃ、という悲鳴を聞かなかったことにしてカイルを再度見た。そうしながら、さあどうぞと促した。
「え?」
「怒ってください」
「な、何で?」
「わたしの話聞いてました?」
「聞いていたからこそなんだけど」
先程とは違う、どこか毒気の抜けたような顔。そんな表情で、カイルはポリポリと頬を掻いた。これで怒りの対象がどこかの第三者だったのならば、そういう流れだということもあり、恐らく彼は言われるままに動いただろう。あるいは、今のやり取りが別の場所で、別の人物としていたのならば、彼はリリアの態度に気分を害したような反応をしていたかもしれない。ちなみにその場合リリアは望んでいたシチュエーションだとワクワクしたであろうからあまり意味がないが。
ともあれ、リリアに言われてリリアに怒れと促されたところで、カイルとしてはどうしようもない。それでも、しいて言うのならば。
「訂正する。君は噂通りの人だ」
「馬鹿にしてるんですか!?」
即座に有言実行である。そんな彼女を見て、カイルは思わず笑ってしまった。そうしながら、うんそうだよ、と迷うことなく言葉を返す。背後にいた従者は、彼のその言動に思わず目を見開いた。人の顔色を窺って、出来るだけ不快にさせないようにと幼いながらに立ち回っていたカイル第二王子が、思い切り相手を挑発したのだ。喧嘩を売ったのだ。
「言っておきますが、わたしは相手が第二王子であろうと遠慮しません」
「言われなくても分かってるよ」
「……さっきからわたしをイライラさせるようにわざと言ってますよね?」
「勿論」
笑顔でそうのたまった。そしてそんな彼を見たリリアはといえば。勿論キレた。前世の知識とやらを刻み込まれたところで、結局根っこはそうそう変わるはずもない。リリア・ノシュテッドは短気で脳筋なのだ。高スペックを台無しにする性格なのだ。
「絶対に違う! 気弱で情けない性格が覚醒したら嫌味で腹黒になるとか、そんなの主人公じゃない!」
「何を言っているか分からないけど、こっちは言われた通りにしただけだよ」
「わたしが言ったのはそういうのじゃないです! あーもう嫌い! カイル様嫌い!」
「僕は、リリア嬢のこと割と好きだよ」
「ちっとも響きません! 決めました、わたしはあなたなんかに絶対チョロインしませんから!」
がぁ、と叫ぶリリアを見て楽しそうに笑うカイル。その光景はまさに、主人公とツンデレお嬢様ヒロインそのものなのだが、当の本人が認めていないので今回の彼女のチョロインムーブは大失敗らしい。