転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない 作:負け狐
王国の中心部とも言える王城。そこのすぐ近くにある建物は、よく知らない者にとっては何とも奇妙なものである。一見すると教会に近いが、礼拝堂らしき部分以外は普通の屋敷だ。放置された教会を居住に建て替えたのだろうか、そんなことを思わせるその入口の前に、一人の少年が二人の少女を伴ってやってきていた。
「そういえば、中に入るのは初めてですね」
「そうなんですか?」
「はい。まあ、そもそも用事がないですしね」
「王国の貴族様って神獣さまと関わりねーんです?」
ルシアの言葉に、扉を開けようとしていたカイルが振り返る。表情は変わらず笑顔で、そういうわけじゃないよ、と口にする。
風の神獣が、ただ単に面倒くさがりなだけなんだ。続けてそう述べると、彼は再び前を向き扉に手をかけた。
「……んん?」
「どうしたんですか? ルシアさん」
「めんでーから会わねーって、やっぱりここの神獣さまも変人なんだなーって思っただけですよ」
「わたしは他の神獣や悪魔を知らないから何とも言えませんけど。……でも、そうなるとまた変人と関わることになるんですね」
「あはは。リリア嬢も特別な変人だから大丈夫だよ」
「そんな慰めいりま――いや違う、慰めてない! 貶してる!」
振り向かずそんなことを抜かしていたカイルは、リリアの罵倒を気にすることなく開いた扉から中に入る。入り口は外観が教会の礼拝堂に近い部分なこともあり、規模は小さいものの内部もそれに準じているようであった。設置されている椅子はよくある木製ではなく、何故か座り心地の良さそうなソファーであったが。
そしてそんなソファーに寝転がっている人影が一つ。扉の音と足音で気が付いたのか、体を起こすとこちらへと振り向いた。
「ん~? 何ですかいきなり」
「こんにちはベルフェルス様。今日は少し用事があって来ました」
「えぇ~。カイル君の用事って絶対面倒くさいやつでしょぉ~?」
胡散臭いカイルの笑みを見ながら、ベルフェルスと呼ばれた男はあからさまに顔を顰める。そうしながら、ゆっくりと寝転んでいたソファーから立ち上がった。ガリガリと深い海のような色をした髪を掻きながら、カイルとは別ベクトルで胡散臭い視線をこちらに向ける。
見た目は二十代だろうか、場所に合わせたようなカソックらしきロングコートを羽織っているものの、白い色やそのまま寝ていてヨレヨレになっていることもあり、どちらかというと怪しい研究員の白衣にも見える。首に巻いている、というより掛けている金の刺繍の入った緑のマフラーが、より一層アンバランスさと怪しさを増していた。
「それで? 私に何をしろって?」
カイルより背の高いベルフェルスは、そのまま皆を見下ろす体勢になる。声も、表情も、そして先程の発言も。それら全てが、そちらの用事など面倒であると伝えていた。
が、カイルは気にしない。調査をお願いしたいのです、とカバンに入れていた魔道具を取り出し彼へと見せた。勿論ベルフェルスは顔を顰める。
「カイル君、聞いてました? 私はねぇ、嫌だって言ったんですよ?」
「嫌だとは言っていませんでしたよ」
「ああ言えばこう言う。あぁ~、嫌だ嫌だ。可愛げのない子供はこれだから」
大げさに肩を竦め頭を振ったベルフェルスは、そこで視線を彼から後ろの二人へと向けた。それで、そちらの二人は何の用事なんですか。そう尋ね、どかりとソファーに座る。
「あ、いえ。わたし達はそちらにいるバカ王子の付き添いです」
「何かいきなり凄いこと言い出したぞこの娘」
おぉ、と目を見開いたベルフェルスは、思わずカイルへと視線を移す。相変わらず笑みを消していないのを見て、ああそういうことかと頷いた。
「あれ? じゃあそっちの娘は? カイル君とどういう関係?」
「あたしですか? ……えっと、そういえばあたしとカイル王子ってどういう関係です? 友達じゃねーですよね?」
「いや、そこは友達で大丈夫だよ。嫌ならば無理にとは言わないけれど」
「分かりました。じゃあ今んとこは友達じゃねーです」
ベルフェルスが吹いた。そのまま大声で笑い出し、思わずソファーから転げ落ちる。ヒーヒーと若干呼吸困難になりながら、どうやら自分の予想とは違ったようだと子供のような笑みを浮かべた。
「でも一応答え合わせしておきますかぁ。二人共、カイル君の婚約者ではないですよね?」
「絶対に嫌です」
「全然ちげーですよ」
再度大笑い。再び床で笑い転げてから、ああ面白かった、と彼は体を起こした。そうしながら、彼はカイルへと少し悔しそうな視線を送る。
「まったく。ずるいですねぇ~。こんな面白いものを見せられたら、断ると私悪者になるじゃないですか」
「あはは。では、ベルフェルス様、こちらの用事を受けてもらえますか?」
「まったく。ちょっとだけですよ」
渋々ではあるが、そう言うとベルフェルスはカイルから魔道具を受け取った。それで一体何を調査すればいいんですか。そう尋ねると、カイルは調べられるものを片っ端に、と返す。当然彼は物凄く嫌そうな顔をした。
「カイル君。私はこれでも風の神獣なんですよ? そういうのは王城でその辺の魔道士にやらせておいてください」
「王城を巻き込むと面倒なことになるので」
「神獣巻き込む方がもっと面倒になると思うんですけどね。まったく、カイル君といいバエルゼブといい、どうして面倒事が嫌いな私に頼み事するかなぁ」
はぁ、と溜息を吐いたベルフェルスであったが、その言葉にカイル以外の二人が反応した。ルシアは薄々感じていた雷の悪魔の気配の正体はこれか、という意味合いで。そしてリリアは、唐突に出てきた最強クラスキャラの名前にムダ知識が反応したからだ。あれこれ伏線? それとも今回の黒幕の名前がポロッと出た系? サブカル系のあるあるパターンがぐるぐると彼女の頭を回り続ける。
鬱陶しい、と無理矢理思考の回転を止めた。
「バエルゼブさまもここにいるですか?」
「今ここにはいませんよ。あいつに何か用事ですか?」
「あ、いえ。そーゆーわけじゃねーですけど、ルシフェリアさまが時々名前を出しやがってましたから」
「んん? あれ、ルシアーネ君あの天上天下自分大好き女と知り合いなんですか?」
そんな彼女の前に、ルシアがとりあえず言葉を紡ぐ。教国の聖女である、という話を聞いて、ああそういえばそのイベント面倒だからサボってたんでした、とベルフェルスが笑っていた。
「それで、そっちのリリア君はどうかしたんですか?」
「え? あ、いえ、別にそう大した理由もないというか」
ムダ知識が湧いて出たから反応しただけです。などと言ってしまえば即狂人の仲間入りである。とっくの昔に狂人カテゴリなのだが、本人はその辺認めていないのでノーカンである。
そんなわけで、当たり障りのない言葉を紡いだ。こちらで調べている事件の手がかりを探しているタイミングで、ここ十数年姿を現していないとされる雷の悪魔の名前が出てきたのだから、反応しても仕方がない。事件に何かしら関係しているのではないかと疑っても当然だ、と。正直、当たり障りがありまくる。
「成程。つまり、バエルゼブを疑っているわけですねぇ」
「そこまでではないですけど」
「成程成程。リリア君、あなたは思ったよりも聡明なんですね。ビックリしました」
「あれ? わたし今ケンカ売られました?」
「沸点低っ!? ちょっとカイル君、何なんですかこの娘、ノシュテッド公爵は火薬庫の精霊でも呼び出したんですか?」
「正真正銘、公爵の溺愛している愛娘ですよ」
笑顔のままそう述べるカイルを見て、ベルフェルスは溜息を吐いた。私これでも神獣なんですけどねぇ、と零すと、もう一度リリアに視線を向ける。
「ん?」
「どうしました?」
「いやどうしたもこうしたも。……あー、はいはい。――いや、それだと私の扱いがぞんざいな理由が」
「どうしたんですか?」
「――ああごめんなさい。リリア君、ひょっとしなくても何か特別な力を持っていますよね?」
ビクリと震える。特別な力、神獣がそう自分に告げるということは、つまりそういうことなのだろう。ムダ知識も言っている。あ、これ転生バレのイベントだ、と。
ベルフェルスは彼女のその態度でどうやら納得がいったらしい。自覚しているからこその態度というわけか、と一人納得したようにうんうんと頷いた。
「だから、バエルゼブを探しているんですね」
「え?」
「え?」
キメ顔でそう述べたベルフェルスが素っ頓狂な声を上げる。あれ違うの? そんなことを頭に浮かべながら、特別な力持っているんですよね、と彼女に問い掛ける。リリアはリリアで、転生ツンデレお嬢様チョロインだという自覚を持っているので、彼の言葉にはいと答えた。
「へ? リリアさん、特別な力って何持ってやがるです?」
横合いから声。二人の会話を聞いていたルシアが、目をパチクリとさせながらこちらに一歩近付いていた。最初は驚き、だが、徐々にその表情は真剣さを増していき、リリアの目を真っ直ぐに見詰めている。誤魔化すことは出来ない、と確信させるものであった。
だからリリアは言葉を紡ぐ。転生ツンデレお嬢様チョロインであると告白する。
「実は、幼い頃に知識を無理矢理刻み込まれる事件と似通った症状に陥ったことがあるんです。結局、非常に似ている症状だというだけで本当の原因は分かりませんでしたが」
などということは勿論しないので、極々普通に説明する。嘘は言っていない、事実を伝えていないだけだ。リリア的にはこうだ。事実が真実かは別として。
そうだったんですね、と素直にルシアは頷く。彼女もその手の事件は知識として知っているし、回復した事例も知っている。その後の状況はあまり知らないが、その刻み込まれた知識が使えるのならば、確かに特別な力を手に入れたと言ってもいいだろう。
そして一方のベルフェルスは、その答えを聞いて怪訝な表情を浮かべていた。視線をカイルに向けるが、ほんの少しだけ笑顔を潜めていただけで変わらず様子を見守っている。
「あのぉ~。リリア君、申し訳ないんですけど」
「はい?」
「ノシュテッド公爵令嬢が幼い頃倒れた話は、私もう知ってますよ?」
「え?」
「当時の公爵が今にも死にそうでしたし、公爵夫人と二人で医者の手配やら何やらでてんやわんやしていたのも見てますから」
「え? え?」
「症状が多量知識の刻み込みに酷似していることも、勿論知ってますし。面倒くさがりの私が知ってるくらいですから、王城の主だった人は全員知ってるんじゃないですか?」
リリアは視線をカイルに向ける。こくりと頷いた彼は、グレイはどうか知らないけれど、ラケル嬢は間違いなく知っていると思うよと言葉を続ける。
というわけで、彼女は皆の知っていることを隠していた特別な力を告白するみたいなテンションで口にした奴となった。
「まあ、ルシアーネ嬢にとっての説明だったし、大丈夫じゃないかな」
「うるさい、うるさい、うるさい! ばーか! ばーか!」
じゃあ面倒だけれど調べますか。そう言ってベルフェルスは魔道具を部屋の隅においてあった机に置くと、手をかざし集中し始めた。これまでとは一変したその雰囲気に、リリアは思わず息を呑む。ああ、あんなんだけれどやっぱり最強クラスのキャラの一人なんだ。ムダ知識の感想に同意しつつ、彼女は彼のその作業を眺める。
「気になるのかい?」
「別に」
カイルの問い掛けには思い切り不機嫌そうな顔で答える。あはは、とそんな彼女を見て笑っていた彼は、そのまま近くのソファーに座るように彼女を促した。ルシアも同様にそこに座らせて、カイルはさて、と少しだけ目を真剣なものに変える。
「その様子だと、これ以上からかうとここを破壊しかねないからね。ちゃんとした話でもしようか」
「最初からしてくださいよ」
「さっきのは君の自爆だからね、僕のせいにされるのも困るな」
「うぐぐぐぐ」
「どうどう。それで、王子は何の話をしやがるんです?」
「勿論、事件の話さ」
そう言ってカイルは指を一本立てる。証拠の一つは今ああやって調査してもらっているから。そう前置きすると、彼はその立てた指を二人に向かって倒した。
「この間言った話は覚えているかい? 公爵家に汚名を被せようとしている話と、精霊が関わっているというやつさ」
「覚えてますよ。それがどうかしたんですか?」
「あの時は聞かないことを選択したけれど、今もそれは変わっていない?」
カイルは真っ直ぐにリリアを見る。以前の返答も別にふざけていたわけではない。だから、今回は真剣に答える、などと考えが変わるわけでもない。考えは変わっていない。
「聞きます」
変わらず、真剣に考えて。以前とは違う答えを出した。もう、聞いてもやることがないだろうとは言わない。余計なことをして足を引っ張ることはしない、したくない。何も知らない、知ろうとしないことは、それだけで足を引っ張りかねない。
カイルは笑みを強くさせる。分かった、と頷くと視線を彼女からルシアに向けた。
「ルシアーネ嬢には聞いたこともある話になるけれど、いいかな?」
「ぶっちゃけあたしもそこら辺正確に把握してるわけじゃねーんで、どんときやがれですよ」
もう一度分かったと頷いたカイルは、少しだけ考える素振りをする。では、まず誤解を解こうと言葉を紡いだ。
「公爵家を落とそうとしている人物と、学院での実行犯は別さ」
「は!?」
「正確には少し違うか。恐らく黒幕の大元は精霊達の方だ。そして、その関係者の一部が、リリア嬢を悪役令嬢に仕立て上げようとした」
「……単独行動、あるいは暴走。そういうことですか?」
「黒幕側は丁度いい目眩まし程度に考えているんじゃないかな」
今の説明で、どういうことなのかと聞き返さず自身の考えを述べるリリアを、カイルはどこか嬉しそうに見やる。ルシアはある程度説明されていた部分ではあるので、もう一度それを復習しつつ考えをまとめていた。
「結局、上手くいきやがったら儲けもの程度に考えてる感じです?」
「だろうね。そして実際上手く行きかけていたから、黒幕側はもう一歩動き出した」
「それがあの魔道具ですか」
「いや、あれは目眩まし側のものだろうね」
リリアの言葉にカイルがそう返す。ただ、と彼はそのまま言葉を続けた。
目眩ましから実行犯に変化する可能性はあるだろう、と。
「精霊が黒幕の本命に絡んでいるのは把握しているからね。それが目眩ましの相手に接触したのさ」
「そこまで分かってるなら、もう捕まえればよくねーですか?」
「明確な証拠がない。怪しい止まりなんだよ。実害も結局目眩まし側の起こした学院内のいざこざだけだしね」
「ああ、黒幕に切り捨てられるんですね」
いつぞやに自分が言ったことを思い出す。学院の生徒であろうその目眩まし側の誰かを断罪したところで、その家が件の人物を罰してしまえばそれで終わりだ。ダメージを受けないわけではないだろうが、本丸に切り込めはしないだろう。
「かといって、強引に黒幕である精霊とそれに繋がっている家をどうにかすると」
「私がひっっじょぉ~に面倒なことになるんで、許可しませんよ」
解析を終えたのか、魔道具を片手で弄びながら、ベルフェルスがこちらに振り返って目を細めていた。神獣として余計な仕事をしなければいけない状況を作られるのは、彼には我慢できないらしい。
「まあ、国の一大事なら話は別ですけど、その程度なら私に仕事作らないで欲しいものですねぇ」
「場合によっては四大公爵家の一つが危ないんですけど」
「だから、その程度なんですってば。四大公爵家が三大公爵家になったところで、あるいはノシュテッドの代わりに別の家が公爵になったところで。私にとっての国の一大事にはならないんですよ。自分の身は自分で守ってください」
やれやれ、と肩を竦めたベルフェルスは、そこでニヤリと口角を上げた。別に問題なく出来るでしょう、と言葉を続けた。
「そもそもリリア君。あなたバエルゼブから加護もらってるんですし、その上で私にも協力要請とか、ちょっと贅沢すぎますよぉ」
「それは――――は?」
今なんつった。一瞬圧されかけたリリアは、彼の言葉に聞き流せないものがあったことで勢いよく顔を上げた。その反応をされた方はされた方で、何でそんな反応なのかと驚いている。
「わたしに、雷の悪魔の加護が?」
「そりゃもう、なんというか契約してますとばかりにビンビンですよ。まあ基礎能力が高すぎるせいでおまけ程度にしか役立ってなさそうですけど」
さっき言っていた特別な力というのがそれだ。そう締めたベルフェルスの表情に嘘はない。カイルを見ても何か企んでいる様子はなく、普段通りの胡散臭い顔だ。ルシアはああやっぱりと納得しているように頷いているので、分かる人には分かるのだろう。
隠された力の覚醒フラグ! ムダ知識がテンション高めにそう主張しているが、当の本人であるリリアにはいまいちピンとこない。いつのまにそんなことになったのだろう、と心当たりを探っても、可能性があるのは一つで。
「あの時倒れた原因が……?」
「そこまでは私には分からないので、後で本人に聞いておいてください」
「本人に聞けと言われても……」
会ったこともない雷の悪魔とどう話せばいいのやら。難しい顔でううむと唸るリリアを見て、ベルフェルスはやっぱりそうかと納得したように腕組みをし頷いた。そうしながら、カイルにジト目で視線を向ける。
「これ私が口滑らせたらどうするつもりだったんですか?」
「あれ? バエルゼブ様からは何も言われてなかったんですか?」
「言われてないですよぉ。そもそもあいつ飯抜きにされたから奢れってたかってきたんですし」
事件の話をする以前のことであり、最近はあまり来ていない。カイルにそう告げると、彼は何がおかしいのか胡散臭い笑みから少年らしく楽しそうな笑顔へと変わった。成程成程、と何かに納得したように頷いた。
「ベルフェルス様」
「何ですか?」
「解析も終わったみたいですし、その結果を理由に、少し動かさせてもらいますよ」
「私に面倒事は増やさないでくださいよ。あとバエルゼブには今度そっちが飯奢れって言っておいてください」
「ははは。了解しました」