転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない 作:負け狐
幼い頃から物語が好きだった。両親にはあまりいい顔をされなかったけれども、恋愛ものが特に好きだった。
そんな自分に、侯爵家にたびたびやってきた妖精は君が好きそうだからと物語を聞かせてくれた。家では読むことが出来ない、様々な恋物語を教えてくれた。
その中でも特にお気に入りだったのが、王子様と身分の低い少女の恋物語。妖精は様々な設定で、王子と少女の話を語ってくれた。国や舞台は違えども、大好きなそこだけは変わらない。王子様は少女と恋をする。
そして、それらに毎回といっていいほど出てくるのが、王子の婚約者。時には婚約者ですらなく、身分が釣り合うからそうに決まっていると自称するだけの令嬢もいた。どちらにせよ、結局は王子とは結ばれないし、彼が恋した少女に嫉妬し、様々な嫌がらせをしたことで断罪されるのだけれど。
何度も何度も。何十通りの物語を聞かされたことで、自分もいつかこんな物語が起きればいいのに、と思うようになった。主役でなくともいい、王子と少女の恋物語を、近くで見ることが出来るだけでいい。そんな風に考えていた。
だから、魔導学院で彼女を見た時は、夢かと思った。他国から来た、平民の留学生。とても可愛らしくて、誰もが恋に落ちそうな少女。そしてその横には、王国の王子と、公爵令息である騎士の少年。何度も何度も聞いた、あの物語と重なる光景がそこにあった。
その時の自分の心は、まさに歓喜に打ち震えていただろう。ああ、これから本当の恋物語が見られるのだ。そう信じて疑わなかった。だってそうだろう、王子と平民の少女がそこにいて、交流をしているのだから。
でも、物語通りだということは、当然そこには悪役もいる。あの留学生の少女と王子の間には、いつも邪魔な公爵令嬢がいた。物語と同じ、王子の婚約者でもないくせに、身分が近しいという理由だけで彼の近くにいる女。そしてきっとこれから、あの少女を虐める女。
案の定というべきか、物語の通りと言うべきか。公爵令嬢を調べてみると、少女に酷いことをしているのが分かった。あんな可愛らしくか弱い少女を、あの公爵令嬢は人目のつかないところで思い切り殴り飛ばしたのだ。それだけでは飽き足らず、冒険者ギルドなどという少女に似つかわしくない場所へと連れて行き、あまつさえ魔物の討伐依頼まで請けさせて、疲れている彼女を噴水へと突き落としていた。物語の悪役令嬢と同じようなその行動に、自分は思わず歯噛みした。
思えばあの公爵令嬢は昔から評判が悪かった。父親である公爵に溺愛されたからなのか、我儘で癇癪持ち、自分の気に入らないことが大嫌い。おおよそ淑女としては失格で、物語のヒロインの器ではない。最近は少し大人しくなったと言われていたが、何のことはない、ただ表立って行動しないことを覚えただけなのだ。
だから決めた。自分はヒロインを助けようと。あの悪辣な公爵令嬢を断罪し、王子と少女の恋物語を成就させてあげようと。物語が紡がれるのを、目の前で堪能しようと。
侯爵家にやってきた妖精にそのことを話すと、彼は笑顔を見せてくれた。それはとても素晴らしいことだ、と言ってくれた。彼はずっと自分に物語を聞かせてくれた善良な妖精だ。そんな彼がこう言ってくれたのだから、もう自分は迷うことはない。同じように少女を心配し、あの悪辣な令嬢を嫌っている生徒たちを集め、少女の味方を作ろうと奮起した。
その過程で、わざと取り入って公爵令嬢の立場を引きずり下ろしてやろうと画策する連中の存在を知ったけれど、丁度いいと放置した。公爵令嬢のおこぼれをもらおうと考える連中との区別もつかなかったし、元より助けてやる義理もない。ある日の廊下でのやり取り――権力を笠に着る伯爵令息には大した注意をせず、令息が責め立てていた平民には不快感を表し罵倒した、という場面を見る限りでも、公爵令嬢本人も本質は変わらないようだし、お似合いだろう。
こちらは違う、淑女として、貴族として。きちんと正しい信念を持っている。だから、あんな悪辣な悪役に、悪役令嬢などに負けるはずがない。
だって。妖精も、応援してくれているのだから。
「あれがそいつです?」
ひょこ、と隠れた場所から顔を出しながらルシアが問い掛ける。問われた方は同じくこっそりと覗き込みながらそうらしいですねと返答した。ちなみにその情報を用意した張本人であるカイルはこの場におらず、証拠品を解析したベルフェルスも当然同行していないし加護などの協力もしていない。
「ヒルデ・アードラー。アードラー侯爵家の長女で、兄が二人。貴族の威光を振りかざさないタイプで、評判は悪くないですね」
「めっちゃ受け売りですね」
手元のメモを見ながらそう述べるリリアに、ルシアはあははと苦笑する。まあその手の調査は向こうの連中の専売特許、こちらがそれを気にする必要はない。そんなことを思いながら、じゃあリリアさんとしてはどういう感想持ちやがりますかと問い掛けた。
聞かれたリリアは、向こうにいる少女を、程よく手入れされた金髪や可愛らしく整えられたかんばせを眺める。少なくとも性格が捻くれた形跡は見当たらない。場合によってはヒロインも務められるビジュアルだろう。
あれ? ひょっとしてあの娘がヒロインじゃない? 突如浮かび上がったムダ知識由来のそれに、リリアは目を見開いた。
「いや、でもハーレムものならば複数いてもおかしくないんですよね……」
「いきなりどうしやがったです?」
「あ、ごめんなさいルシアさん。こっちの話なので気にしないでください」
自分の考えが正しければ、これでヒロインは自分、ラケル、ルシア、そして向こうのヒルデで四人。場合によってはヒロインが二桁いるのも普通らしいので、この程度ならば全然許容範囲である。まあその分一人一人の描写が減る可能性が高いから、彼女としてはこのくらいで留めておいて欲しいのが本音であるが。
そんな脱線した、と本人は微塵も思っていない余計な思考をしつつ、先程のルシアの問い掛けに答えを出す。悪い人ではなさそうですよね。そんな誰でも言えるような答えを口にして、ムダ知識が語彙力ゼロかよと脳内でツッコミを入れていた。
「でも、リリアさん悪役にしやがったやろーですよ?」
「その辺はちゃんとぶっ飛ばすんで大丈夫です」
バシン、と掌に向かって拳を打ち付ける。確かに調査を見る限り、自分で観察した限り悪人ではなさそうだという結論は出した。が、それはそれとしてムカつくのでぶん殴る、というのは彼女の中では何ら矛盾していない。自分が気に入らなければ王族に喧嘩を売る少女である、葛藤とか迷いとかそういう王国に住まう人としての常識はこれっぽっちも持ち合わせていないのだ。
そんなリリアの発言を聞いたルシアは、なら問題ないとばかりに笑みを浮かべた。大有りである。これでゴーサインを出したら最後、じゃあ遠慮なくとリリアは喜々として向こうの令嬢に喧嘩を売ってぶん殴る。予想ではなく、確定だ。
「はいはーい。ストップストップ」
「あ、エル」
後ろから声。振り向くと、呆れたような顔でこちらを見ているエルの姿があった。ハイ撤収撤収、とリリアの襟首を掴むとずるずると引きずっていく。ルシアはそんな二人を見て、そしてもう一度後ろを振り向いた。アードラー侯爵令嬢ヒルデ。どうやら自分を守ってくれようとしているらしい少女。それだけならば、この学院で出来た友人と同じともいえる存在。
「なら直接来やがれって思っちまいます」
それならば、友達になれただろうに。そんなことを思いながら、ルシアは拘束から抜け出したリリアがエルとギャーギャー言い争っている方向に視線を戻した。可憐な少女らしからぬ、わははと思いきり口を開けて笑いながら、彼女はそちらへと駆けていく。
「あ、来た。ルシアさんはお嬢さまみたいに何にも考えずに飛び出そうとしちゃダメですからね」
「そういうわたしが常に何も考えてなさそうな言い方はやめてくれませんか?」
「別に常にとは言ってませんよ、カイル王子じゃあるまいし」
言外にカイルならばお前のことを常に何も考えてない扱いしてるぞと抜かしつつ、エルは追いついてきたルシアに向き直る。確認は終わりましたか? そう尋ねると、彼女はコクリと頷いた。
「わたしには聞かないんですか?」
「聞く必要あります?」
「わたしは! 公爵令嬢! 会ったことくらいあります!」
嘗めんな、と吠える。ふーん、とそれを流したエルは、まあそんなことは置いておいてとジェスチャーをした。リリアが一歩踏み出し握り込んだ拳を振り上げる。
「じゃあ聞きますけど、そんな事前情報を持っていたお嬢さまの出した感想は悪い人じゃなさそう以外だったんですよね?」
「…………」
「完全に読まれてやがりますね」
ほら聞く必要なかった、と握り込んだ拳を下ろしてプルプルしているリリアに追い打ちをかけたエルは、もう一度同じ問い掛けをルシアに述べる。
それ自体は先程自身がリリアに向かって言ったことをほぼ同じ。そして、自分としてもパッと思いつく感想はそんな彼女と同じものだ。この国で出来た自身の大切な友人を悪人だと思い込んでいなければ、であるが。
「ん~……。あ、何か騙されやすそうって感じはしたですね」
「お嬢さまみたいな?」
「ぶん殴りますよ」
「リリアさんとはちげーやつです。なんてゆーか、純粋っていうか」
「……あれ? 今わたし純粋じゃないって言われた?」
「お嬢さまは単純に頭のいいバカですしね。そりゃ純粋培養のお花畑とは格が違いますよ」
「フォローになってない! ……じゃない、これそもそも普通に馬鹿にしてる!?」
「半々じゃねーです?」
「それはそれで酷いんですよ!?」
一ヶ月半くらいなのに、既にルシアが自分に容赦ない。そんなことを思いながら、リリアは気を取り直すように咳払いをした。話を元に戻しましょうよ、と二人に述べた。
エルはそんな彼女の言葉を聞いても、元に戻すとはどこに戻すのだと首を傾げている。思い切り自分を馬鹿にする方向に舵を切っておいて何を抜かすのかと睨みつけたが、勿論そんなことで怯むメイドではないわけで。
「騙されやすそうって話ですよね? なら別に話ズレてませんよ? お嬢さまの場合は考えるのは苦手じゃないのに面倒くさがるから騙されたり言いくるめられる時があるタイプで、こっちの令嬢とは違う」
「あっちの人はそうじゃねーです。この間の侯爵令息の人にちけー感じですね」
「成程。言われてみればそうかもしれませんね」
ふむふむ、と二人の言葉を聞いて頷く。そういうところですよ、とエルが口角を上げ、うんうんとルシアが苦笑していた。
そんなことを言っているうちに、学院内のカフェテラスの片隅にある人のあまり来ない場所、皆で集まるそこまで秘密じゃない基地へと辿り着く。最近は第二王子と悪逆令嬢が訪れる空間ということで本気で人がいなくなりつつあるが、ともあれそこにあるテーブル席へとついた二人は、先にやってきて紅茶を飲んでいる三人に目を向けた。二人は澄まし顔、一人はなんとも言えない苦い顔だ。
「グレイくんだけコーヒーですか?」
「違う」
リリアの言葉に簡潔にツッコミを入れたグレイは、ちょっと目を離した隙にどんどん進んでいったからだと言葉を続けた。そうしながら、このままだと自分が一番知らない立場になってしまうとぼやく。
「へぇ、そうなんですね」
「リリア嬢、何だその嬉しそうな顔は」
「わたしが仲間外れになってないって素敵だなって」
「仲間はずれにした覚えはないんだけどね」
はは、とカイルが笑う。そんな彼にギロリと睨みを向けたリリアは、表情を戻すとグレイに向かって身を乗り出した。そういうことならば、わたしが教えてあげます、と彼に顔を近付けた。
「近い」
「あ、ごめんなさい。説明できるのが嬉しくてつい」
ちなみに、ずずいと乗り出したので彼女の年齢に似つかわしくないたわわなそれがゆさりとしていたが、グレイは必死にそれを見ないようにしていた。カイルはそんなグレイを見て笑っていた。
「ふふっ。じゃあ、リリア、彼に少し説明してあげて頂戴」
「分かりました」
ラケルも笑顔でそう述べるので、リリアはますます上機嫌で口を開く。まずはグレイの知っている部分を聞き、自分の情報と照らし合わせる。そして彼の見落としを確認し、それから彼の知らない情報を紐づけて口にした。それは分かりやすく、カイルとラケルが時折補足を挟むがその程度で、むしろ自体の纏めとしては非常に優秀だったりするわけで。
「エルさんが言いやがるリリアさんの感想ってすげー的確ですよね」
「これでもあの人が変になる前からお世話係してますしね」
聞き役になっていたルシアが、同じく口を出さないようにしているエルに向かってそんなことを述べる。エルはエルで、どこか自慢気にそんな言葉を返していた。変になる前、彼女がまだ悪役令嬢街道を驀進していた頃からの付き合いだ。我儘で、癇癪持ちで、自分が気に入らないことは大嫌いで。そのくせ才能だけはとんでもなくて。
まあ今も同じですけど、とエルは笑う。変になっても我儘のままだし、沸点低過ぎてすぐ癇癪を起こすし、自分が気に入らないことは大嫌いなのも変わらない。そして才能だけはとんでもなさに磨きがかかって。
「知ってますか? 昔のお嬢さま、割と他人を人と思わない感じだったんですよ」
「そうなんです? 全然イメージちげーですけど」
「いかにも身分を傘にきた嫌味な貴族感バリバリだったんですよねぇ。それがあんな、身分とか関係なく嫌いなやつはぶっ潰すタイプになっちゃって……」
少なくとも、人を人として見るようになった。身分で判断しなくなった。良いことか悪いことかで言うと半々。でも、少なくともエルにとっては、とても良いこと。
「だからあのアードラー侯爵令嬢が、目眩ましの犯人だと思います。けど、なんだか少しおかしいような」
「いや、その答えは合っているよ。ただ、君を悪役令嬢に仕立て上げた根底部分は恐らく彼女じゃない」
「そちらは黒幕側が起点でしょうね。そこに私達が介入して膨らませた結果、黒幕に目眩まし役にされたあの侯爵令嬢がリリアを断罪する側として台頭した。その理由が正義感を拗らせたのか、もしくは別の要因か、はまあ些細な事だけれど」
「な、成程……」
「グレイくん、分からないなら分からないって素直に言っていいんですよ?」
「お前に言われると何だか物凄く負けた気になる……」
「何でですか」
視線を動かすと、説明の結論に入りかけた状態で、突如議論を打ち切ってグレイの胸ぐらを掴むリリアの姿が見えた。うんうん、とそんな姿を見ながら満足そうに頷いたエルは、まあそういうわけですから、とルシアに述べる。今も昔も知っている自分が言えることとしては、と笑みを浮かべる。
「もうちょっとしたら、大舞台でお嬢さまが暴れるんだろうなぁって思うとワクワクしますね」
「何かやべーこと言ってやがるですこの人」