転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない   作:負け狐

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口撃フェイズ


第二十四話

「ごきげんよう、アードラーさん」

「え? ご、ごきげんよう」

 

 唐突に話しかけられたことで、ヒルデ・アードラーは一瞬反応が遅れた。どうして彼女が、という驚きによるものだ。なにせ目の前にいるのはリリア・ノシュテッド、ヒルデが内心嫌っている『悪役令嬢』その人なのだから。

 一体何がどうなっているのか。そんなことを思いながら、ヒルデは目の前の公爵令嬢を見る。人に威圧感を与えるようなつり上がった目は、こちらを真っ直ぐに見詰めていた。臆病な令嬢は、否、男女関係なく、初めから逆らおうと思っている人間でもない限りそれだけで竦み上がってしまうような力を持ち合わせているその瞳を、ヒルデは臆すことなく見詰め返す。王子様とヒロインの少女の恋物語を邪魔するような悪役に、決して負けてなるものか。そんな覚悟も決めていた。

 それに対し、彼女の周囲にいた生徒達は明らかに及び腰になった。リリアが近付いてくるにつれて身構え、ここで止まったことで波が引くように距離を取る。結果としてヒルデだけが取り残される形になった。が、彼女はそれを責めない。それならば仕方ないと思うのみだ。

 

「何だか他の人達離れていっちゃいましたけれど、いいんですか?」

 

 一方そう思わないのはリリアである。自分が避けられているのはまあこれまでのカイル達の暗躍の結果なので重々承知だが、しかし目の前の連中はそれでも逆らう奴らじゃなかったのか。そんなことを思いながら、ムダ知識のざぁこざぁこという謎の煽りを払い除けつつ思ったことを口にする。ちなみにその煽りはそれはそれで良さそうなのでどこかで使おうと彼女は思った。アホである。

 

「……私の友人を侮辱するのですか?」

「え?」

 

 ともあれ。リリアのその言葉は当然ながら向こうに対する悪意の言葉だと認識された。お前の周りは臆病者だらけで、情けない奴しかいないのか。そう言ったように聞こえたのだ。

 勿論言った。誤解でもなんでもない。

 

「別に侮辱はしていませんよ? 弱虫だなぁとは思いましたけど」

「侮辱しているではないですか」

 

 その通りである。リリアの後方、少し離れた場所ではラケルが楽しそうにクスクス笑っていた。キースとルシアは面白いと呆れが半々、グレイは呆れ百パーセントだ。

 

「そういう貴女はどうなのですかノシュテッドさん。見たところお一人で、ご友人の姿が見えないようですが」

「わたしのお友達のみんなは向こうで待ってもらっています。一人で話したかったので」

 

 そう言いながら視線を後ろへ動かした。取り繕うことなく先程の状態のままの四人が見えて若干気にはなかったが、まあいいやと流しながらほらあそこに、とヒルデに向き直る。

 そんなリリアの視線を目で追ったヒルデは、彼女のいう『お友達』の中にルシアが含まれていることを確認して目を見開いた。自分が虐めを行っている相手を友人だと抜かしたのを聞いて、そのまま見開いた目を即座に睨みつけるものへと変えた。

 

「無理矢理近くに置いている、の間違いでは?」

「…………言われてみれば、そうかもしれませんね」

 

 認めるの!? と思わずヒルデはたじろぐ。ここは普通反論するなり何なりする場面ではないのか。そんなことを思いながら、しかし表情は変わらずリリアを睨みつける。

 別段睨まれていることを気にしていないリリアは、そのまま少し悩むように首を回した。あの面々が友人なのは間違いないが、こと今回の状況でついてきてもらうのは確かに無理矢理だったのではないか、と。勿論そんな発言をした場合、何やらかすか分からないから無理矢理でもついてきたと返すのが少なくとも三人いる。残り一人の、言わない方の親友は好きだから同行したと迷うことなく言うので、結果的に何も変わらないのだが。

 

「まあ、それはそれとして。少し聞きたいことがあるんですけど」

「……何でしょうか」

 

 とりあえず流すことにしたリリアは、脱線した会話を元に戻すべく咳払いを一つ。そうしながら、ヒルデに向かって言葉を紡いだ。その態度に相手を見下すものや傲慢なものは見受けられなかったので、彼女もリリアのその問いを聞く素振りは見せる。

 そうして断られなかったのならば遠慮なく。とリリアは彼女の首元を指差した。ヒルデの身に着けているペンダントを指し示した。

 

「何でそんなもの付けているんですか?」

「なんですって……!」

 

 喧嘩を売っている、そう取られかねない発言であった。というか誤解でもなんでもなく、普通に、間違いなく、喧嘩を売った。

 

 

 

 

 

 

 リリアの面倒はラケルに任せ、周囲の根回しを行っていたカイルは、会場で一際注目されているそこを見ながら笑みを浮かべていた。会場の面々が興味より恐れの割合が多いのに対し、彼は純粋に興味が十割。それはそうだろう、なにせそうなるように仕向けている張本人の一人なのだから。

 とはいえ、もし想定外だったとしても彼は笑っていそうなのだが。

 

「ん? ああ、大丈夫、気にしなくてもいいよ」

 

 部下達にそう述べていから、カイルは再び指示を行う。既にほぼ終わってはいるが、詰めを甘くする訳にはいかない。彼のその声に皆が我に返り動きを再開したことを確認すると、視線を再びリリアの方へと戻した。

 

「いくら公爵令嬢とはいえ、言って良いことと悪いことがあります」

「そうですね」

「そうやって見下すことで、ご自身の権力が高いことを誇りたかったのですか? それしかないのだと露呈するだけなのに」

「ちゃんと権力以外もありますよ」

「どうでしょうか? 事実こうやって、家格が上だからと私の装飾を辱め、私の友人達を馬鹿にして、大して繋がりもない高位貴族を連れて仲が良いとでたらめを言っているではないですか。一体どこにそんなものが?」

 

 キッと睨みつけたヒルデを見て、リリアは口を噤む。勿論言い返せないとか気迫に圧されたとか、そういうのではまったくなく。

 口より先に手が出るだけだ。一歩踏み出し、何だとコラと思わず胸ぐらを掴みそうになったリリアは、その直前で我に返った。いや別にやっても何も問題はないのだが、一応段取りが合ったような気がしないでもなかったので踏み止まったのだ。お前の中ではそうなんだろう、とムダ知識による脳内ツッコミが入っていたが、具体的な部分を指し示していなかったので彼女は無視をした。

 

「……次は暴力ですか? 何をしても許される立場というものは何とも身勝手なのですね」

「はい」

 

 ダメだった。スナップを効かせたビンタをヒルデに叩き込んだリリアは、背後でキースとグレイが吹いているのを気にすることなく、よろけた彼女の胸ぐらを今度こそ掴む。

 

「わたしは身勝手ですよ。好きな人には優しくするし、嫌いな人は冷たくします。正しいとか正しくないかより、好きか嫌いかで判断します。だから、お友達が悪巧みをしていたら協力しますし、全然知らない人が正義でも邪魔するならぶっ飛ばします」

「あ、ぐ……」

 

 ぐい、と胸ぐらを掴む手に力が籠もる。それでもヒルデは睨むことをやめないし、謝らない。自分が正しいのだから、こんな悪役には負けてなるものかと前を見る。

 

「だからあなたはぶっ飛ばしますし、それを悪いことだと反省もしません」

「こ……のっ」

 

 どうしてこんな女が、王子とヒロインの近くにいるのだ。こんな、身勝手で傍若無人な、悪意の塊のような女が、何故。悪役だから、といってしまえばその通りなのだろう。最後に打倒されるべき相手だからなのだろう。そうは思っても、納得はできない。こんな不快な存在は、いくら物語を盛り上げるものだとしても見逃せない。

 

「大体あなたは、ちっともわたしのお友達のこと見てないじゃないですか。わたしが言えたことじゃないんですけど、大事にしたいならせめてもうちょっと――聞いてます?」

 

 自分はただ、物語のような仲睦まじい二人が見たかっただけなのに。どうして邪魔をするのか。どうして想い合っている二人の仲を引き裂くような真似をするのか。こんなものがいなくとも、二人は結ばれ幸せになるはずなのに。

 ザワリ、と何か力が湧き上がっていく感覚がした。妖精さんから貰ったペンダントが、光り輝くような気がした。自分を守るために、自分を貫くために。力を貸してくれるような気がした。

 

「リリア!」

「リリアさん!」

「へ? あ、これですか? えい!」

 

 胸ぐらを掴んだ手が緩められ、即座にペンダントに持ち替えられる。そのまま力任せにヒルデから引き千切られたそれは、リリアの手の中で光り輝いていた。

 光が収まらない。そう判断したリリアの行動は素早かった。事前に確認していた通り、即座にペンダントを窓に向かって全力で投擲したのだ。ガシャン、と盛大な音を立て、窓ガラスを粉砕したペンダントは中庭へと落ちていく。光輝いているそれは、数回跳ねるとそのまま茂みへと消えていった。

 

「あ、あ……」

「ふう。間一髪でした」

「何を!」

 

 一瞬のことで呆然としていたヒルデは、そこで我に返る。先程とは逆に、リリアへと掴みかかるように詰め寄った。激高し、どこか泣きそうになりながら、叫んだ。

 

「あれは、私の大切な! 大事な存在からの贈り物で! どうして、あんな……!」

「いや、しょうがないじゃないですか」

「何がしょうがないのですか! どうして!? 何で私がこんな」

「だから、しょうがないんですって、ほら」

 

 尚も詰め寄ろうとするヒルデの頭をガシリと掴む。そのまま無理矢理窓の外へと顔を向けさせたリリアは、ちょっぴりゴキリと音が鳴ったことなど気にしていないかのように言葉を続けた。

 

「あのまま付けてたら、踏み潰されてましたよ」

 

 中庭に出現した、巨大な魔物を見ながら、そう述べた。

 

 

 

 

 

 

「あれ、は……?」

 

 ヒルデは中庭に佇む魔物を見て言葉を失う。何故、どうして突然あんなものが。そう考えるのと同時に、これが自分のペンダントが引き起こしたことだという思いも湧いてくる。

 

「ええ、貴女の想像通りよ、アードラー侯爵令嬢」

 

 横合いから声。急な乱入者によりパニックになった生徒達はどういうわけかスタンバっていた兵士たちにより避難誘導されていたが、その流れに逆らうようにこの場に留まっている者達もいる。その一人が彼女、ラケル・カルネウス。彼女はヒルデが別段口にしていないのに、その思考を読んだように答えを口にした。あれはお前が身に着けていたものから生まれたものだとのたまった。

 

「何を――」

「見たところ、貴女の感情に起因して発動するタイプのものだったようね。ついさっき、思ったのでしょう? どうしてこんなやつが王子とヒロインの間にいるのか、って」

 

 ギクリとした。心の内を見透かされているようなそれに、ヒルデは思わず後ずさる。そんな彼女から中庭の魔物に視線を動かしたラケルは、まだ大丈夫そうねと再度視線をヒルデに戻した。

 

「許せなかったのよね? 王子様と、留学生の平民の身分違いのラブロマンスを邪魔する公爵令嬢が。恋物語に出てくるような悪役令嬢の存在が、我慢ならなかったのよね?」

「なに、を」

「知っているもの。貴女がやったことは全部。悪役を成敗しようと、ヒロインから遠ざけようと、随分と頑張っていたものね」

 

 クスクスと笑いながら、ラケルはヒルデを見る。その瞳はどこか彼女を値踏みするようで、少なくとも現状では『人』として認識していないようにも見えた。

 

「正義感が強いのは結構なことよ。平民を身分だけで見下すような貴族をよく思わないのは好感が持てるわ。でも、今はそれだけね」

「……さっきから聞いていれば、何を」

「評価よ、貴女の。そうね、ギリギリ落第は免れた、といったところかしら」

「ふざけないで! 貴女もあの悪役令嬢の仲間でしょう!?」

「ええ、そうよ。貴女が悪役令嬢と呼んだリリア・ノシュテッドは私の親友。言うなれば、さしずめ『腹黒令嬢』とでもしておこうかしら」

 

 悪びれることなど何もなく。むしろ誇らしげにそう返す。そうしながら、ラケルはだからどうしたとばかりに言葉を返した。それで、とヒルデに告げた。

 

「え?」

「だからどうしたの? イメージと噂で作られた『悪役令嬢』を、精霊の持たせたペンダントから呼び出した魔物で踏み潰せば満足するのかしら? 貴女がそれほどまでに強く怒りを感じたから、この惨状は仕方ないと言い切るの?」

 

 パーティー会場として用意されていた学院のホールとそこに繋がる中庭は酷い有様だ。生徒達にとっては掛け替えの無いイベントであったパーティーも台無し。そしてそれらを引き起こしたのは自分の持っていた精霊のペンダント。

 

「あ、あなた達がそれを言うの!? この状態が私のお守りが起動したからだったとして、元はといえばあなた達がこちらに嫌がらせをしたからでしょう? 問題にならないように耐えておけばよかったとでも言うつもり?」

「この状況を見て後悔するのならば、そうでしょうね。こんなことを望んでいなかった、というのならば、そうならないように手を尽くせばよかったのよ。知らなかったで済ませるのならば構わないわ。貴女にとっての責任は、所詮その程度」

「そんなこと、言えるわけが……!」

 

 ヒルデはラケルを睨む。リリア相手のものとはまた別の、じっとりとした憤りが己の中を巡っていく。こいつもそうなのだ。悪役令嬢の仲間など、結局は。

 

「あらあら。そうやって負の感情を高めるものではないわよ」

 

 静かに佇んでいた魔物に目に光が灯る。息をしていないかのように大人しかったそれは、低い唸り声を上げながら己の体を震わせた。幸いにして避難は完了していたので、今この場にいるのは当事者のみ。物好きの野次馬がもしいたとしても、こちらは認識していないので知ったことではない。

 

「怖いわね。まるで娘を守ろうとする守護獣みたい」

「……っ!? やっぱり、妖精さんが……」

 

 ラケルの言葉にヒルデは目を見開く。そうして、自分のために精霊がこんな力を用意してくれていたなんてと顔を綻ばせた。自分のことをこんなに想ってくれて、守ってくれようとしたのだと嬉しくなった。

 

「だとすると、貴女のことを随分と軽んじているのね」

「――は?」

 

 だというのに、目の前の腹黒女は笑顔でそんなことをのたまう。大切にしてくれている証を前にして、ぞれを踏みにじるようなことを言い放つ。

 

「だってそうでしょう? 貴女はこんな惨状を起こしたくなかったのに、ペンダントの送り主のせいでこんな騒ぎになってしまったわ。貴女のことを良く知っているのなら、そんなことはしないはずよ」

「それは」

「守るべき人のこと見もせずに、ただ己の力を誇示しておけば守ることが出来るのだと思っているようでは、軽んじているのと同義でしょう?」

「っ!?」

 

 それは今の惨状に向けて言っているのではない。否、それだけについて述べているわけではないのだ。ヒルデはその事に気付き、よろめいた。それに当てはまる存在を、彼女は知っていたからだ。王子様とヒロインの恋物語が見たいから。ルシアのことをきちんと見もせずに、可愛らしくか弱い存在だと決めつけて。

 ただ、自分の正しいと信じたことを示しさえあればそれでいいと思っていたのは他でもない。

 

「……私は、迷惑、だったのですか?」

「ぶっちゃけそーです」

 

 ば、と振り向く。話を聞いていたらしいルシアが、あははと苦笑しながらそこに立っていた。確かに嫌がらせを受けることはあったが、それで誰かに守られないと泣いてしまうほど彼女はか弱くも可愛らしくもない。ましてや、全然関係ない人が嫌がらせと全く関係ない人に突っかかっていったのならば言わずもがな。

 

「心配してくれるのは嬉しいですけど、だったらちゃんとあたしの話聞きやがれって思いますよね」

「う…………ん?」

「そうすりゃちったぁあたしだって信用しやがったですよ。相談できやがる人が増えたり、友達増えたりとかは歓迎するですし」

「え? ……あれ?」

「そういうことよ、アードラー侯爵令嬢。貴女がまずすることは、彼女に、ルシアさんに話しかけることだったの」

「……ラケルさん、今あたしのことバカにしやがったです?」

「違うわよ。リリアみたいなこと言わないで」

 

 ジト目でラケルを見るルシア。そんな彼女を見て笑うラケル。そして、思い描いていた恋物語のヒロイン像が音を立てて崩れていくヒルデ。

 そんな三者三様を見ながら、グレイはやれやれと溜息を。

 

「ちょっとちょっと! 話が終わったならこっちに来てくれませんか!? わたし一人でこれを押し留めるのはいい加減キツいんですけど!」

『あ』

 

 魔物の腕を受け止めたまま踏ん張っているリリアが叫んだのが、丁度そのタイミングである。

 

 

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