転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない 作:負け狐
まずそもそも大前提として、中庭に出現した魔物は巨大で強大である。大きさも放つ威圧感も、見る限りではその辺で見るような十把一絡げの魔物とは違う。それが本当かどうはともかく、精霊がヒルデを守るために喚び出したというだけはある。
それを齢十三歳の公爵令嬢が一人で足止めしていた。おかしい。
「キース」
「いや手助けいるか? あいつ一人でなんとかなってんじゃねぇか」
「何とかなっている、は事を済ませられるとは違うのよ」
まあ出来ないことはないでしょうけれど。そんなことを付け加えながら、ラケルはキースへ手助けを命じた。へいへい、と彼は着ていた執事服のネクタイを緩めると中庭へと駆けていく。
「あ~もう! 重いんですよ!」
その最中、リリアはこちらを押し潰そうとしている魔物にキレた。腕を受け止めている大斧に力を込め、足を踏ん張り、地面がその勢いで陥没し。
そのまま魔物の巨体を押し返した。常識に真っ向からケンカを売っている。
「……やっぱオレいらねぇじゃん」
「あ、キースくん遅いですよ! 大変だったんですからね」
「ああそうかい。んで? オレ何すりゃいい?」
「あれをぶっ飛ばす手伝いに来てくれたんじゃないんですか?」
「具体的な手助けを言えっつってんだよ」
「…………?」
「好きにやるからな! 文句言うんじゃねぇぞ!」
こてん、と首を傾げたリリアに向かって叫びながら指を突きつけたキースは、押し返されたことで倒れていた体を起こした魔物に向かい突進した。傍から見ていると少女一人にふっ飛ばされる程度にしか見えないそれが、一体全体どのくらいのものなのか。それを確認するためだ。
「っだぁ! やっぱりじゃねぇか!」
手を抜く気はないので武術を使って腕、というより前足に近いその部分へと蹴りを叩き込んだキースは、そこで悪態をついた。太いそれを蹴り飛ばしたところで、魔物はびくともしない。ノーダメージではないだろうが、少なくとも先程のリリアのように相手が驚異に思うことはないだろう。
「あんの馬鹿力、どんだけだよ……」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味だそのままの。体の構造どうなってんだよお前」
「身体強化の魔法と魔術と武術を重ねがけしてるからです。そうじゃなければか弱い美少女令嬢ですよ」
「その三つの重ねがけに平然と耐える時点でか弱くねぇよ。あと自分で美少女言うな」
「何でですか!? わたし可愛いですよ!」
「うるせぇ!」
バフをマシマシマシ状態のままキースを締め上げようとしたリリアに、当の本人はツッコミを入れつつ距離を取る。そんなことしてる場合じゃねぇだろ、と追加で彼女に文句を述べた。
「その通りだリリア嬢。喧嘩はあの魔物を倒してからやってくれ」
「グレイくんも来たんですね。いけます?」
「無論だ。俺はお前の好敵手を務めているのだぞ」
剣と盾を生み出し、構える。一足飛びで魔物へと接近すると、先程キースが蹴りを叩き込んだ場所に剣を振るった。ギャリギャリとおおよそ生物と剣がぶつかったのとは思えない音が鳴り響き、しかし弾かれることなく振り抜かれる。断ち切ることこそ出来なかったが、その斬撃はしっかりと魔物の腕を切り裂いた。
「こちらは通用する。ということは、打撃より斬撃の方が有効ということか」
「マジかよ。んじゃオレはサポートに回っとくか」
「そういうわけでも、ないみたいですよ」
あれ、とリリアが指差した先には、切り裂かれた傷が音を立てて繋がっていく光景が。どうやら、どちらにせよ細かくダメージを蓄積させていく方法では倒せないらしい。少なくとも、決定打となる強烈な一撃が必要となる。
「ということは」
「だな」
「はい?」
グレイも、キースも。そう結論付けたのならばもうやることは一つとばかりに彼女を見た。強烈な一撃担当になるであろう少女を見た。
「……グレイくん、さっきあんなこと言ったのに即わたしに担当させるのはかっこ悪いですよ、もー。あ、そうだ、ざぁこざぁこ」
「ぐはぁ!」
「お前言い方加減しろよバカぁ!」
前衛組が騒いでいるのを横目に、ラケルは魔物をゆっくりと眺める。獅子のような姿をしたそれは、しかしその足は鱗のような硬い皮膚で覆われ、巨体を飛行させるであろう狂人な翼が生えている。尾はまるで牙を持つ蛇のような形をしており、その反対側、獅子の体躯の先端には、イメージに合った獅子の頭部と、ねじ曲がった角が生えた山羊のような頭部がそれぞれ備わっていた。
「あれはキマイラ……この辺りでは見ない魔物ね」
「キマイラってことは、本気で魔物じゃねーですか」
俗称、通称。そういう意味合いで精霊に達していないモンスターを魔物呼びすることが多いのだが、本当に『魔物』扱いとなるのは上澄みだ。そして今目の前にいる魔物は、正しく『魔物』である。ラケルの出した結論が正しいのならば、そういうことになる。
ヒルデはそんなラケルとルシアの会話を聞いて短く悲鳴を上げた。貴族とはいえ、正しくあろうと鍛錬をしているとはいえ、自分の実力はまだまだひよっ子に毛が生えた程度。魔獣と分類される中でも、野生動物が強化されたくらいのレベルのモンスター相手に人を守りながら戦う、それくらいが精一杯だ。こんな上澄みの魔物に太刀打ちは出来ない。
「どうして貴女が怯えるの?」
「え?」
「あれは貴女の感情に反応して喚び出されたのでしょう? お守りが本当に『お守り』ならば、貴女にとって嫌なものを排除すればどこかに消えていくのではなくて?」
「……だって、知らないもの。お守りの効果のことも、あれが本当にお守りだったのかも」
チャリ、と自身の耳に触れる。ペンダントと同じデザインのイヤリングが、彼女の手の中に感じられた。
これは、どうなのだろう。あのペンダントのように魔物を喚び出す効果を持ったお守りなのか、それとも。
「そっちは別に淀んでねーですよ」
「そ、そうなの?」
「です。んんー……これ多分向こうだけ後から何かしやがった感じですね。乗せられて調子こきやがった、みたいな」
「の、のせ? 調子こ、き?」
ヒルデの思考にルシアの言葉が交じる。多分本来はあんな惨状を起こすようなものではなかったのだろう。彼女の口調があまりにもなので何だかんだ普通の淑女として生活してきたヒルデは反応が若干怪しかったが、一応言っていることは理解が出来た。
妖精さんの意思か、はたまた別の誰かの介入か。いずれにせよ、あのペンダントは真っ当なお守りではなくなっていたということだ。
「あれほど酷くはなくとも、ひょっとしたら騒ぎを起こす程度には何かが発動した可能性もあるけれど」
好かれているのね、とラケルが微笑む。その微笑みがどういう意味合いなのか分からず、ヒルデは苦い顔を浮かべた。
そんな彼女の表情を見て笑みを強くさせたラケルは、ふう、と小さく息を吐く。この様子だと、黒幕側は予想していた悪意とは違う理由で動いている可能性もある。そこから即座に別の結論を導き出すと、踵を返し避難誘導を行っていた兵士の一人を呼び止めた。伝言とメモをそれぞれ兵士に渡すと、どこか気の抜けたように溜息を吐いた。
「ラケルさん? どうしやがったですか?」
「いえ、少し。……ここまでやっておいたのに黒幕の規模が小さい可能性に行き着いて、少しがっかりしているところよ」
「そこがっかりするの違くねーです?」
国が乱れるの望んでいるんだろうかこの人。そんなことを一瞬だけ考えて、そんなわけはないかと頭を振った。何だかんだ多分、ルシアの周りの面々の中で一番平和のことを考えているのは彼女だ。ギルド管理局局長、辺境伯である父を誇りに思っている彼女が、迷惑を掛けるようなことをするはずがない。こともないが、極力しない。
そういう意味ではただただ性格が悪いカイルの方がたちが悪いとも言える。
「ま、そこら辺は置いとくです。あたしも向こうの援護に行くですよ」
「あら、なら私も参加しようかしら」
「え!? ちょ、ちょっと貴女たち!? あんな魔物に近付くなんて正気なの!?」
よーし、と腕をぐるぐるさせながら歩みを進めようとするルシアと、笑みを浮かべながらそれに続こうとするラケル。そんな二人を見ながら、ヒルデは思わず叫んでしまった。つい先程まで散々に自分を凹ませた相手だというのに、心配の声を掛けてしまった。
「……なんというか、貴女リリアとは別の意味で馬鹿なのね」
「どういう意味よ」
「普通、敵対していた相手の、それも自分をやり込めた相手の心配などしないものよ」
「たとえ嫌な人間でも、眼の前で危険に遭いそうならば止めるでしょう」
「ふふっ。うん、そうね。貴女はきっとリリアとは仲良くなれないわ」
「ここふつー仲良くなれるって抜かしやがる場面じゃねーです?」
若干呆れたような表情のルシアであったが、しかし否定はしない。リリアは多分、そういう正しさを基準にするヒルデとはウマが合わない、と彼女も思ったからだ。
「まあでも、あたしは嫌いじゃねーですよ」
「ルシアさんがそう言うならば、私も、及第点に基準を変更しておこうかしら」
「何を言って……って、だから危ない――」
ヒルデの声を遮るように、ラケルは左手に生み出した短剣を三本投擲する。キマイラの足元に着弾したそれは、トラバサミのようにその巨体を縫い止めた。
「――え?」
「ご心配なく。私、これでも少々腕には覚えがあるの」
その光景にポカンとするヒルデに向き直ったラケルは、立てた指を口元に添えると、そう言って微笑んだ。
咆哮と共に片足の拘束を引き千切る。その隙に前衛組へと合流した二人は、調子はどうかと三人に尋ねた。
「正直、芳しくないな。元々そういう特性なのか、あるいは特別な強化がされているのか。どちらかは分からないが、細かい攻撃では致命打にならない」
「成程。……ところで、貴方は何故そんなに顔色が悪いの?」
「お嬢、聞いてやらんどいてくれ……」
ラケルの疑問にキースがそう返す。神妙な顔で首を横に振っているが、状況からして大したことはなさそうだと彼女はその解明の優先順位を下げた。そうしながら、道理で、と先程の拘束を引き千切ったキマイラを見やる。
「となると、私の攻撃では牽制にしかならないかしら」
グレイやキースの近接攻撃が有効打にならないのならば、自身の攻撃手段は弾かれる可能性が高い。そんな算段を弾き出し、先程のように支援と牽制に回ろうと彼女は己の立ち位置を決めた。
「……あ」
そのタイミングでリリアが素っ頓狂な声を上げる。自分の本能で戦っている状況に陥っていたため、思考の大半をムダ知識が回りまくっていた彼女は、そこで導き出されたアイデアで脳天が光ったイメージを幻視したのだ。ムダ知識的には電球が頭上でピコーン、と光るらしい。なお同形状の電球はこの世界に存在しない。
「ルシアさん、修復魔法って対象が何でもいけます?」
「は? リリア嬢、お前は何を言って」
「今んとこ時間は試してねーんでわかんねーです」
「発想が物騒!? じゃなくて、さっきのラケルの足止めの魔術なら?」
「え?」
ルシアの修復魔法が普通ではないことは調査で知っている。本人がその辺り無頓着なことも承知の上だ。その上で、ラケルはリリアと同じ発想が出せなかった。というかそれを超える発想をルシアが即答した時点で、恐らくほぼ何でも可能なのだろうとこの場で即結論付けた。
それもこれもひっくるめて、つまりこいつらは何をしようとしているのか。なまじ予想が出来てしまったので彼女の表情が珍しく苦いものになる。
「やれるですけど、リリアさん大分やべーこと考えやがりますね」
「あれ? そうでした?」
無自覚系主人公ムーブ的セリフだこれ。ムダ知識が平常運転に戻ったところからして、リリアも自分の思考が明後日の方向から戻ってきたのを自覚する。こほん、と咳払いをしつつも、とりあえずやっておきましょうとラケルに声を掛けた。
「ラケル、いけます?」
「勿論よ」
両手に短剣を複数生み出し、先程と同じようにキマイラの足元に投擲する。それらが生み出した牙が魔物の足に食い込み、その場に縫い留める。ここまでは同じ、そして程なくしてそれが引き千切られるのも同じ。
「ルシアさん」
「がってんですよ!」
右手と左手で同時に魔法陣を展開させる。浮かび上がった文様がぐるぐると回ると、引き千切られたはずの罠が瞬く間に元の拘束を取り戻し、キマイラの足に食い込んだ。
拘束される、引き千切る。拘束される、引き千切る。拘束される、引き千切る。同じ行動を、ただひたすら繰り返す。ほい、と浮かべていた魔法陣から手を離したルシアは、これで問題ねーですねと笑みを浮かべた。
「……ルシア嬢、これは何故展開し続けているのだ?」
「呪文の構築を修復したです」
「いとも簡単に永久機関を作ったわねこの娘……」
流石のラケルもちょっぴり引く。リリアの脳内でも、ムダ知識がこいつチートにも程があるだろとドン引きしていた。グレイは考えることをやめている。キースだけは手放しで称賛していたが、これは彼の理解力がないというわけではなく、ただ単に惚れた弱みである。
「と、とにかく。これでもう後はひたすら攻撃するだけですね」
「それはそれで倒し方としてどうなんだ……?」
「いやまあ、楽でいいけどよ……」
「この状態ならば、私の攻撃も少しは通りそうね」
リリアが大斧を、グレイが剣と盾を構え。キースは拳を握り込み、ラケルは短剣を指で挟み込むように持つ。
行きますよー、というリリアの合図に合わせ、そのまま四人は動けなくなったキマイラをひたすらタコ殴りにした。行動を阻害したことで失った防御と、大したことのない単調な反撃しかできなくなった魔物を、ほぼ一方的にボコボコにした。
これ主人公サイドの戦い方じゃない……。アイデアを出したくせにムダ知識がそんな風に絶句していたが、当の本人は知ったこっちゃない。