転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない 作:負け狐
「よ、っと」
ズモモモ、とボロボロになった中庭と滅茶苦茶になった学院のホールが修復されていく。まるで時間が戻っていくかのような光景に、一行はなんだこれと言葉をなくした。特にヒルデは現実逃避レベルまで驚愕している。
「修復、終わったですよ」
「え、ええ。ありがとう」
先程の罠修復永久機関を見た時点で分かってはいたことだが、やった張本人であるルシアがあまりにもケロッとしているのでラケルですら勘違いしてしまいそうになる。確かに話は聞いていたし、今回の作戦を練る際に頼んでもいた。大丈夫ですよと言っていたので、信じてはいた。
まさかこんな鼻歌交じりで、ちょっと掃除でもするかのように完全修復するとは。
「……随分と簡単にとんでもないことをするのね」
「簡単ってわけじゃねーですよ。何も考えずにこれだけの範囲修復やらかすと、さっきぶっ倒したキマイラも一緒に修復されちまう可能性がありやがりましたし」
「教国が貴女を積極的に排除しようとしない理由が良く分かったわ……」
これを魔族の血が強いという理由で聖女の座からどうにかしようとすると、ほぼ間違いなく国が揺らぐレベルの失態になる。共感することは恐らく永遠にないだろうが、向こうの心情を理解することは出来た。以前話を聞きに行った随伴の神官と聖騎士には、今度少し優しくしても良いかもしれない。そんなことをラケルは思う。
「あ、そうだ。えっと」
そんな彼女を尻目に、ルシアは修復が終わった中庭の茂みをガサガサと漁る。あったったと見付けた何かを掲げながら、未だ呆然としているヒルデの方へと歩みを進めた。
「アードラーさん、はい」
「……はっ!? って、え?」
「ペンダントの部分だけ修復したんで、もうつけても問題ねーですよ」
「……あ、ありがとう」
何の気なしにやっているところを見るに、恐らく前々からこういうことをしていたのだろう。顎に手を当てながらその光景を眺めていたラケルは、あの随伴の神官と聖騎士には差し入れを送ろうと決めた。胃に優しいやつ。
「それでラケル。彼女はどうするんですか?」
そのタイミングで、ひょこりと隣に立ったリリアがそう問い掛ける。彼女、とはルシアに修復されたペンダントを渡され、感動していいのか驚愕すればいいのか分からなくなっているヒルデ・アードラー侯爵令嬢のことだ。あそこまで話についていけないと逆に楽だろうな、とラケルはほんの少しだけ思いながら、その問い掛けの答えを口にする。当初のままならば目眩ましにされた被害者ということも考慮しつつ、リリアを貶めようとした罪を償ってもらうつもりではあったが、しかし。
どうやら彼女は目眩ましですらない、というのが現在の認識だ。目眩ましであったのはむしろ。
「そうね。精霊に騙された哀れな被害者ですもの、罪を問うのは酷でしょう」
向こうに届くように口にした。まるでそれが決定だと言わんばかりに、はっきりと告げた。
だから。そんな言葉を続けるよりも早く、思考が若干宇宙に向かっていたヒルデが我に返った。状況を確認するよりも、これまでの自分の立ち回りで悪くなった立場を鑑みるよりも。
「違うわ! 妖精さんは悪くないの!」
何よりも早く、それだけを訴えた。
「それで、どうするんですかカイル王子」
「そうだね。どうしようか」
騒動の最中に用意したラケルのメモと伝言を受け取ったカイルは、暫し考えてから一人で結論を出さずに相談することにした。そんな相談相手に選ばれた公爵令嬢のメイドは、揃って悩む方向に舵取りしている。カイルとしてもそれを望んでいたので、別段問題ないのだが。
「流石に予定を大幅に変更は出来ないから、この後の予定はそのままなんだけれど」
「話聞く限り、微妙っぽいですもんねぇ」
ひらひらとメモをさせながら、メイド――いわずもがなのエルが肩を竦める。これから会う相手をどうにかしたところで、はたして解決めでたしめでたしとなるであろうか。その辺りが若干怪しい。
だとしても、まずは会って話を聞いてみないことには仕方がないのだ。状況からすると黒幕側で、それも裏で糸を引いていた感じの精霊が大分見当違いだったとしても。
「でも、エル嬢。貴女ならその辺り分かったんじゃないのかな?」
「それは買い被り過ぎですって。私はその手の調査は最底辺ですよ。下にはレーヴァくらいしかいませんし」
「帝国の氷の神獣が? 何だか意外だな」
「まあ、あれはその手のが低いというか自己評価が低すぎるというか。ほんと何であの娘神獣やってんでしょうかねぇ」
戸棚にぶつかるだけでも謝り倒していた姿を思い出し、エルはやれやれと肩を竦める。それでも野良の悪魔ではなく国所属の神獣であり続けているのだから、本人なりの理由があるのだろう。そう思い別にとやかくは言わないけれどと心中で締めつつ、彼女はまあそれはいいとして、とカイルを見た。
「私がそれっぽいの見付けたって話をしてから調査はしてたんですし、このメモに当てはまる情報の一つや二つ持ってんじゃないんですか?」
「そりゃあ、あるからこそラケル嬢もこのメモを送ってきたんだろうしね」
情報共有はしているので、二人のスタート位置は同じ。騒動の最中ではあるが当事者から話を聞いたラケルに対し、後追いではあるが時間と場所に余裕があるカイル。それを踏まえても状況は同等だろう。
すなわち、ここで答えを出せなければ彼の負けである。そしてこの男、性格が悪いだけでなくそこそこ負けず嫌いであった。
「やっぱりアードラー侯爵が問題になるかな」
「何故に?」
「侯爵は元々立場や身分を気にしない人で、侯爵夫人や子供達も同様に、まあいわゆる良い貴族としての評判が強い」
実際、跡継ぎになるであろう長男はカイルの兄である王太子スヴェンが気に入っている人物の一人だ。このままいけば次期国王との繋がりも出来、侯爵家は安泰となる。
「なんだけど。ここ最近の侯爵の様子が少しおかしいんだ」
「隠居が決まってはっちゃけましたか?」
「そうやって軽く言える方向ならばよかったんだけどね」
どうも、これまでの侯爵を演じているような行動が見受けられるようになったらしい。彼が直接確認こそしていないが、調査の結果としてそう出てくるところからほぼ間違いなくこれまでの侯爵とは違うのだろう。
とはいえ。演じているように見えるとしても、それそのものはこれまでの侯爵と変わらないので、わざわざ指摘する必要もないと流されてきたのだが。
「そこへ来て今回の騒動、ですか」
「うん。表面上は良い貴族を続けながら、裏では悪事を行っている。なんて、物語にはありふれているからね。勿論、物語がそうだからといって、実際そうだとは限らない。王子の僕は留学生の平民の女の子と恋に落ちていないし、二人の邪魔をする悪役の公爵令嬢もいないしね」
「……何かそう考えると親子揃って物語脳だったってオチになるんですかこれ?」
「そうだね。『だった』んだと思うよ」
どこか含みのある言い方をする。カイルのそれを聞いたエルは、少しだけ怪訝な表情を浮かべた。そうしながら、まあこれから分かるかと疑問を流す。
対するカイルは、流しちゃうんだ、と少しだけ残念そうな顔をした。
「説明長くなりそうだったから、直接見ながら聞こうかなぁって」
「あはは。まあ確かに少し長くなるかもしれないけれど。でも、これだけは聞いておいた方がいいかな」
「ん?」
「侯爵は幼少時に知識の強制刻印症状を受けている。リリア嬢と同じようにね」
精霊が侯爵家と繋がりを持っているのもそのせいだ。直接的な原因ではないとされたが、可能性の一端だと考えた精霊本人が、その家を見守ることにしたらしい。
そして侯爵は既にある程度確立されていた治療によって回復し、その年齢にそぐわぬ知識を身に付けたことで人柄も見違えるほど落ち着いた。彼の良い貴族のイメージはここで形作られたと思っていいだろう。
「それまでの侯爵は、言ってはなんだけどあまり褒められた人格をしていなかったらしい。状況としては似ていると思わないかい?」
「お嬢さまは言うほど変わってませんよ。ぶっちゃけあれがなくても二・三年経ったら同じような感じになってたと思いますし」
「へぇ。普通なら聞き流すところだけど、エル嬢がそう言うなら、リリア嬢はまた少し違うのかもね」
そう言いながらカイルは歩みを少し緩める。そろそろ目的地。当初の予定では、ここで侯爵と黒幕を――精霊か何かであろうものを捕縛し事情を聞き出すつもりであったが、しかし。
「やあ、待たせて申し訳ないね、アードラー侯爵」
一見しただけでは、現在のカイルはメイドをお供にこの場にやってきたようにしか見えない。護衛の騎士もおらず、彼を守るような存在は見当たらない。
「学院のパーティー会場に野良猫が乱入してしまってね。捕まえるよう護衛に頼んでいたら遅れてしまったよ」
表情を変えることなくそう述べるカイルに、アードラー侯爵はお気になさらずと返す。初老に差し掛かる頃であろうその顔には、いかにもな人の良さというべきか、そういうものが外から滲み出ていて。
これまでは本当にそうであった、と感じさせるものであった。
「妖精さんは私の望みを叶えようとしてくれただけ。今回の責任は私にあります」
真っ直ぐ、迷うことなくそう述べたヒルデを見て、ラケルはあらそうなのと軽く返事をした。頬に手を当てながら、何も予想外な事柄が起こっていないかのように、平然と答えた。
「それは、リリアを――ノシュテッド公爵令嬢を陥れようとしたことを認める、ということでいいのね?」
「ええ。それでかまわないわ」
下手な言い訳をしても意味がない。今必要なのは、妖精さんが元凶ではないということを伝えるだけ。そう覚悟を決めたヒルデにとって、余計な罪などおまけでしかない。だから彼女はラケルのそれに頷いた。どちらにせよ間違ってはいないのだ、何の問題もない。そう判断した。
「気に入らないですね」
「え?」
そんな彼女に駄目出しをしたのはリリアである。何だかカッコつけてるぞこいつ、というムダ知識の判定に彼女自身も否定することなく、そのまま一歩踏み出しヒルデを睨んだ。
「あらリリア、貴女は今の返答に不満があるの?」
「もちろん。だってこの人本気で言ってませんもん」
「何を言うの? 私は本気で言ってるわ、今回の騒動の犯人は」
「アードラーさんだけじゃないですよね? なのに何だか全部の罪を被って気持ちよくなってる感じがするんですよ。だから気に入らない」
「だからさぁ、お前もう少し言い方をさぁ……」
野次馬していたキースが溜息を吐く。彼のそれを知るかと無視ったリリアは、視線をヒルデからラケルに向けた。ラケルも同じ意見じゃないんですか、とその視線が物語っている。
彼女の視線を受けたラケルは、同じ意見ではないわねと首を横に振った。そうしながら、キマイラと接敵する前にルシアとした会話を思い出して思わず笑みが溢れる。
「でも、貴女の言いたいことは分かるわ。彼女は確かに貴女を陥れようとしたけれど、それはあくまで『悪役令嬢』の撃退の部分だけだものね」
「……便乗したのは確かだもの。広がるってことは、そうなるだけの理由があるって、そう思っていたし」
リリアが悪者である、という大前提を作り出したのはひょっとしたら彼女の行動かもしれない。だが、そこから学院に広めていったのはまた別の存在。目眩ましが目眩ましに使っていた、地位にこだわって媚びへつらうか引きずり下ろすかを考えている連中だ。少なくともヒルデはそう思っているし、だからそんなことを言われても意見が変わることはない。
問題はそこに彼女の知らない思惑が混じることである。
「あれは私達が広めたのよ」
「は?」
「ああ、勘違いしないで頂戴。貴女が予想している連中はそれに踊らされた働きアリよ。巣穴に辿り着いた以上、後できっちり駆除もしておくわ、安心して」
話を理解するのに時間が掛かってしまう。先程よりは浅めの宇宙に飛びながら、ヒルデはラケルの言ったことを染み込ませていった。つまりは、発端は自身の勘違いで、それを聞きつけた誰かが――この流れだと自分と共にいた友人の一人だろう――が噂を作る。そしてそれを風で吹くような噂からしっかりとした土台付きに変えたのが、撒き餌として使ったラケル達。巡り巡って撒き餌に引っ掛かったのが本人を遠巻きに見ていて噂だけを鵜呑みにした自分達だ、とそういうわけだ。
「……結局私が悪い、で問題ないじゃないの……」
「貴女は悪くない、なんて一言も言っていないわよ。余計な部分まで背負う必要がない、と言っているだけよ、リリアはね。私はどちらでもかまわないわ」
これから問題にするのはここではないのだから。そう言ってラケルは腕組みをする。この騒ぎはあくまで予想の範囲内で、疑問になっていくのはそれ以外。ヒルデが話題にしたくない部分、あるいは、予想もしていない箇所だ。
「貴女の言う妖精さんというのは、どういう精霊なのかしら」
「どういうって……別に何か特別なものはないわ。アードラー侯爵家と昔から繋がりがあって、私にたくさんの物語を聞かせてくれた、もう一人の兄みたいな存在よ」
「貴女の勘違いのルーツはそこなのね」
成程、と頷いたラケルは、彼女に続きを促す。が、そう言われてもとヒルデは眉を顰めた。妖精さんは彼女にとってそういう存在なので、今回のお守りだって少し過保護にしすぎた結果かもしれないと思ってしまうほどだ。眼の前の腹黒令嬢が求めているような、自分を使って何か悪事を企んでいるなどという考えが湧いてくるはずもない。
「昔はそうでも、今は違う、ということはないのか?」
野次馬になっていたグレイが会話に割り込む。少なくとも、人は案外変わるものだ。精霊だってそうでないとは言い切れない。何より、ヒルデは思い込みで立ち止まらなかった結果今回の騒動を引き起こした人物だ。見落としがあってしかるべき。
そこまで言われたわけではないが、彼のその言葉に苦い顔を浮かべたヒルデは、深呼吸をすると改めて深く考え込んだ。先入観を捨て去ることは出来ないが、何一つ疑わないなどということはないように。それは本当なのか、と自分に問い掛けるように。
「何か実感こもってやがりましたね」
「……俺が最初はそうだったのでな」
「ああ、出会った時のグレイくんって、物凄い噛ませ役っぽかったですからね」
「そこは変わってなくねーです?」
「…………」
「ルシアちゃん、あのさ、ちょっとそいつさっきので凹んでっから、もうちょい手加減してやって……」
周囲がうるさい。余計な雑念が混ざるのに若干集中を乱されながらも、ヒルデは気付いたことを、思考の中で引っ掛かったことを口にする。正確には妖精さんのことではないが、それでも。
「そういえば……妖精さんが言っていたわ。お父様の調子が悪そうだって」
あの言い方は、病気というよりもまた違う何かで。具体的な名称が出てこないそれは、これまで通りが出来なくなっているかのような、同じ車でも乗り手が変わってしまったかのような。
「だから妖精さんは、お父様と一緒に行動することが増えて。この間も、何かに悩んでいるようだったわ……」
パーティー用のアクセサリーをくれた時もそうだ。いつもならば物語が現実になるように、と笑って話してくれるはずの彼は、少しだけ不安げな表情であった。あの時はこれからの作戦が上手くいくかどうか心配なのだろうと思っていたが、ひょっとしたら本当は。
「このお守りは、無理矢理作らされたのかも……」
「だとすると、指示をしたのはアードラー侯爵でしょうね」
「あ、やっぱり黒幕は侯爵なんですね」
「そうね、それ自体は変わらないわ」
問題は、どういう立ち位置か、だ。精霊も、侯爵も。
今の話を聞いてカイルに渡した修正案に間違いがないのも確認出来た。ならば、こちらでやることはもう殆どないと言っていいだろう。これ以上中止になった会場に留まっていても意味はない。
「さて。聞きたいことも聞き終わったし、帰りましょうか」
パンパンと手を叩く。はぁ? と目を見開いたヒルデを見て、心配せずとも、と彼女は笑う。
「後始末には、もう担当者が向かっているのよ」