転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない   作:負け狐

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暗躍フェイズ


第二十七話

 待たせてしまった謝罪を行ったカイルであったが、そのまま話を進めることなく少々雑談と言い訳の混じったようなものを並べ始めた。わざわざ学院に来てもらったのにとか、悪いことが重なってしまったとか、野良猫の乱入でパーティーの会場が少々汚れてしまったから片付けも頼んでいてだとか。そんな話を引き伸ばすようなことをしながら、彼はそういえばと指を立てる。

 

「野良猫がいた場所に、侯爵のご息女もいたんだった」

 

 ぴくりとアードラー侯爵が反応する。横のエルはそんな彼を見ることなく、それよりも少し後ろ、本来ならば護衛の一人でもいそうな空間を見詰めていた。

 

「まあ所詮野良猫だからね。特に彼女にも被害はなかったそうだよ」

 

 言葉を続けながら、カイルはアードラー侯爵を見て、エルと同じように視線をずらす。侯爵はそれならよかったと安堵したように述べていたが、彼からすれば本心にはまるで見えない態度で。口ではそう言っているが、どうでもいいと言わんばかりに感じられた。

 カイルの横で控えているエルがへぇ、と小さく声を上げる。そちらに向き直ると、彼女がどこか楽しそうに口角を上げているのが見えた。

 

「さて、と。まあ世間話はこのくらいにして」

 

 再度対面の侯爵を見る。相変わらず笑みを浮かべたまま、胡散臭い表情とリリアが称するそれを貼り付けたまま、カイルは本題に入ろうかと言葉を紡ぐ。この部屋は学院で用意された応接室の一つだが、少々特別な話をする時に使われる。外部に音が漏れないように設計されているのだ。情報漏洩を警戒した仕様であり、そのためここを使うには特別な許可がいる。逆に言えば、情報自体は分からずとも、何かがあるということそのものは筒抜けというわけだ。

 結局有名無実化しているその仕様をわざわざ説明したカイルは、何かあっても外に助けは呼べないのが難点だよねと軽い調子で述べていた。

 

「カイル殿下、何故そのようなお話を?」

「いや、ひょっとしたら侯爵が知らないかもしれないな、と思ってね」

「……冗談がお好きですな。そのようなこと、知らぬはずがありません」

「そう? それは失礼した」

 

 そう言ってカイルはテーブルの紅茶を口にする。少し貴方のことを見くびっていたかもしれないと謝罪の言葉を述べた。

 

「最近成り代わったのだから、その辺りに疎いと思っていたよ」

「は?」

「ああごめん。いきなりそんなことを言っても分からないよね」

 

 涼しい顔のまま、彼は不審な表情を浮かべる侯爵を見る。紅茶を飲み、喉を湿らせ、貼り付けたままの胡散臭い笑みを更に強くさせて。

 これまでのアードラー侯爵と違うよね。さらっと、なんてことのない様子で、カイルは目の前の男にそう言ってのけた。

 

「おっと、これだとさっきと同じか。まあ何を言ってもしらばっくれるところから入るだろうし、別に何でもいいんだろうけれど」

「カイル殿下、先程から何を」

「とりあえず、目の前の貴方が僕の知っているアードラー侯爵ではないことは間違いない。そう、断言しておくよ」

 

 

 

 

 

 

 何をおかしなことを。そう言ってアードラー侯爵は笑う。そんな彼の笑みを見ながら、冗談に聞こえたかなとカイルも返した。

 

「ははは、冗談でないとすれば、一体何が」

「本気の話さ。ああ、もしかして誤解があったかな? 今のアードラー侯爵を知っている人は殆どいない、の方が正しいよね」

「やれやれ……先程からどうされたのですか?」

「あれ? 違ったかい? ……ああ、そうか。今のアードラー侯爵だと語弊があるんだね。――本来のアードラ侯爵、が正解か」

「だから、何を」

 

 怪訝な表情でアードラー侯爵はカイルに述べる。が、その眉がピクリと動いたのをカイルもエルも気が付いた。そんな侯爵の反応を見ながら、思い付くパターンを適当に口にしただけなのにね、と彼は心中でほくそ笑む。どうやらそこそこの考えなしであるようだ。とカイルは結論付けていた。

 では次だ。再度紅茶を口にして、カップを音もなく置く。椅子の背もたれに体を預けながら、交差させるように足を組んだ。

 

「最近、僕の友人が虐めにあっているようなんだ」

「……はあ」

 

 唐突な話題転換。そう感じた侯爵は怪訝な表情を浮かべたまま、曖昧な相槌を打つ。そうしながらも、そんな話をするためにここに呼んだのかと眼の前の第二王子に対して不信感を顕にしていた。

 

「困った話だよね。でも、その友人はそれをものともしない。彼女には心強い味方もいたしね」

「それは、よかったですな」

「そうだね。まあ、侯爵には既知の話だったかな。アードラー侯爵令嬢もこの話は知っていただろうし、彼女は正義感の強い人だしね」

「そうでしょう、我が自慢の娘ですから」

 

 エルが侯爵の背後を見ながら目を細める。こりゃぁ、黒じゃなさそうだ。そんなことを思いながら、彼女はカイルの肩をトントンと軽く叩いた。それにあえて反応を示さなかったカイルは、視線を侯爵に向けたまま会話を続けた。そうだね、と言いながら、彼に向かって言葉を紡ぐ。

 

「ということは、勿論侯爵はその虐められていた僕の友人のことも知っているわけだ」

「はあ、まあ。話は聞いていますので」

「ああやっぱり。……でもまさか、あんな地位の人間に嫌がらせをするなんて、知らないってことは恐ろしいよね」

「いやまったく。その通りですな」

 

 ははは、と愛想笑いなのか侯爵はそう言うと紅茶に口を付けた。本当にね、とカイルも同じように笑うと紅茶のおかわりを注いだ。

 

「ところで、そちらは一体誰の話をしているんだい?」

「は?」

「あれ? ひょっとして碌に話を聞かずに頷いたの?」

「まさか。殿下が急に奇妙な問い掛けをするものですから」

「ああそうか、それは申し訳ない。それで、貴方は誰のことだと思って聞いていたの?」

「誰も何も……聖女様のことでしょう?」

「へぇ、おかしいな。僕はノシュテッド公爵令嬢のつもりだったんだけど」

「は? ご冗談を。彼女は聖女様に嫌がらせをしていた犯人ではないですか、だから娘も――ん?」

 

 侯爵の背後が揺らめく。それに反応した侯爵が、何だ一体と眉を顰めた。そうした後、何かに気付いたように目を見開く。

 カイルは笑顔のままだ。エルはそんなカイルを気にせずに、侯爵の背後で揺らめいた存在を眺めている。

 

「さて、と。エル嬢、そろそろ説明を始めようか?」

「んー。そうですね。っていっても、まあもうなんとなく察しましたけど」

「だろうね」

 

 注いだ紅茶を一口。そうしながら、カイルは侯爵に告げた。ヒルデ・アードラー侯爵令嬢は、ルシアーネのことを平民の留学生としか認識していなかった、と。

 

「知っていたのに、娘にはそれを伝えなかったの? 侯爵ともあろう人が、まるで娘が粗相をするのを望んでいるような行動を?」

「何を仰ることやら。聖女様はその地位をひけらかすことを良しとしないお淑やかで奥ゆかしい人物でしょう。なので娘には先入観を持たせずに味方になってもらおうと、聖女という地位は伏せておいたのです」

「その情報が既に先入観持たせまくってるんだよなぁ……」

「ははは。まあまあエル嬢、そこは仕方ないよ。多分、『アードラー侯爵の知識』だろうからね」

 

 実際問題、ルシアの口調と性格が想像上のヒロイン像とかけ離れていたのでヒルデの何かがぷっつりと切れていたりするのだが、この場には特に関係がない。

 ともあれ。これで確定だとカイルは口角を上げる。実際と異なる知識を元に行動をした、それそのものが、目の前の彼がこれまでの侯爵ではない何よりの証拠となる。

 

「侯爵。確か侯爵は以前、刻まれた知識と実際の出来事に差異があったために失敗をした、という話をしていたね」

「それが何か?」

「その時に侯爵は、同じ間違いを犯さぬよう知識の裏付けをきちんと取るようにした、とも言っていた」

「そう、でしたか?」

「うん。だから、些細な事ならともかく、他国の聖女についてなんか間違えるはずがないんだ」

 

 話を戻そう。そう言ってカイルはアードラー侯爵を見た。これまでの侯爵とは違うよね。もう一度、彼はそう言い放った。

 

「まあ元から割と物語脳なところはあったけれど、そういう部分では慎重だった侯爵がいきなりここまでやらかせば、疑うなっていう方がおかしい」

「あー。だから最初は精霊が侯爵を操ってる方向で考えてたんですね」

「そうだね」

 

 侯爵の背後が揺らめく。姿を隠している理由も無くなったとばかりに、ローブを纏った緑の髪の青年が現れた。苦い顔を浮かべている彼は、しかし何も言わずにただそこに佇む。

 動けないのか、動かないのか。どちらでも構わないし、結果は同じ。エルはカイルに軽口を叩きながらそんなことを思う。

 

「さて。アードラー侯爵。いい加減返事をもらいたいんだけれど」

「……だとしたら、どうだというのです?」

「別に何も。同じだろうが、違っていようが、処罰をするのには変わらないし」

 

 処罰、という言葉でアードラー侯爵の表情が歪んだ。何を処罰するというのか。そんなことをカイルに問い掛け、彼を真っ直ぐに睨む。こちらは処罰されるような罪など犯してはいない、そう言い切った。

 

「娘が学院の行事を滅茶苦茶にしたのはいいんだ?」

「それは娘が責任を取るべきでしょう」

「貴様っ、何をぬけぬけと――」

 

 後ろの精霊が思わず叫びかけたが、ギシリときしむような音がして彼の動きが止まる。歯ぎしりをしながらも、精霊はその憤怒の表情を隠すことなく動きを止めた。

 ああこりゃ決定だ。ふむふむと頷きながら、エルは精霊を眺め、どこか意地の悪そうな笑みを浮かべた。王子王子、と彼の肩を叩き、持ってますねこれと耳打ちする。

 

「この間、学院に精霊を操るための魔道具が持ち込まれた。使用目的は同系統の魔道具の邪魔をして使役を無効化させるためだったみたいだけれど。これ、侯爵家で用意したものらしいね」

 

 エルの持っていたカバンからそれを取り出し、置く。ここにあるのは一つだけだけれども、どうやら複数入手した記録もあった。そこまでを説明した後、カイルは一枚の紙を机に置いた魔道具の横に添える。

 

「アードラー侯爵が改造した形跡もちゃんと残っていたよ。風の神獣のお墨付きだ」

「……」

「一連の手助けをしていたのは事実。ならば、責任を娘だけに押し付けるのはいささか薄情じゃあないかな?」

 

 カイルは笑う。事態を大きくした責任は取ってもらう、と微笑む。

 そして、そんな彼を見た侯爵もまた、口角を上げた。責任を取る、と大層なことを言っているが、結局のところ被害などたかがしれている。認めたからといって死ぬわけでもない。そう結論付け、どうすればよろしいのですかと問い掛けた。問い掛けてしまった。

 

「大したことはないよ。貴方を元のアードラー侯爵に戻すだけだ」

「は?」

 

 カイルは笑う。当然だろう、と微笑む。アードラー侯爵が普段のアードラー侯爵だったのならば起きなかった騒動なのだから、当たり前だと述べる。今この場にいるアードラー侯爵にはいなくなってもらう、と告げる。

 

「何を」

「何が原因かはよく分からないけれど、これまでのアードラー侯爵に戻す方法は分かるから、何も心配いらないよ」

「何、を」

「一連の騒動はそのせいで起きたことになるから、勿論アードラー侯爵の評判も下がりすぎることはない。ちょっとした病気だった、で終わりかな?」

「何を!」

「アードラー侯爵の家族にもちゃんと説明するよ、安心して」

「ふざけるなっ!」

 

 バン、と机を叩き、アードラー侯爵は立ち上がる。今の自分に消えろと言われて、はいそうですかと納得するはずもない。たとえ相手が王族であろうとも、首を縦に振れるはずもない。

 何より。

 

「私が、私が本物のアードラーだ! これまでのあれは人を乗っ取った偽物で、ようやくこうして体を取り返したというのに」

「ああ、ごめん、僕の言い方が悪かったね。本物とか偽物とか関係なく、今のアードラー侯爵がいらないんだよ。ただ単に変な騒動を起こすだけならまだしも、それを取っ掛かりにノシュテッド公爵家を落としてのし上がろうとしたでしょ? アードラー侯爵家にそういうの望んでいないから、困るんだよね」

「滅茶苦茶自分勝手な理由ですね王子」

「ダメかな? リリア嬢を辱めようとしたから、とかの方が良かった?」

「お嬢さま滅茶苦茶嫌がりそうだなぁ……」

 

 でしょ、と笑うカイルにはいはいと返したエルは、さて向こうの次の一手はどうするのかと視線を前に向けた。アードラー侯爵はその意見を聞いて一瞬呆けている。精霊はそんな彼を冷めた目で見ていて動かない。

 

「……殿下。その判断は誰が?」

「ん? 僕の独断だけれど」

「ならば、ここで殿下の口を封じてしまえば――!」

「この場所でそんなことをしたら一発で侯爵が犯人だってバレるけれど、いいの?」

 

 ふん、と侯爵は鼻で笑う。命を奪うわけではないと口を歪める。隠し持っていたのだろう、精霊を操る魔道具を使い、控えていた精霊に命令を飛ばす。

 

「カイル殿下を拘束し、記憶を改編しろ!」

「貴様、正気か!?」

「出来るだろう、私にやったように!」

 

 ギリ、と精霊は歯噛みする。そうしながら、改造された魔道具に逆らえないのか侯爵の前に出た。殺さないように手加減はするだろうが、精霊の攻撃を食らって平気でいられるとは限らない。さてどうするか、とそんな状況で思考を巡らせているカイルの前に、呆れたようにエルが立つ。

 

「いや同行させたんですから、使いましょうよ私を」

「リリア嬢が怒らないかな?」

「流石にこの場面では怒らないんじゃないですか? 知らないですけど」

 

 そんな無責任なメイドの言葉に、カイルは楽しそうに笑い、じゃあお願いと返した。エルはエルで、任されましたとカイルを後ろに下がらせる。

 そうして立ち塞がった彼女を見て動きを止めた精霊に向かい、アードラー侯爵は声を張り上げた。そんなメイドの一人や二人気にすることはない、と。いいからさっさとやってしまえ、と。

 

「いやだからここで被害あったらバレバレなんだってば。あの人馬鹿なの?」

「馬鹿なんだろうな……」

 

 半ば諦めたように、精霊はそう呟くと両手に魔力を込める。出来るだけ死なないように努力はする、と彼は続け、エルへとその拳を突き出した。

 その一撃を、エルはひょい、と難なく躱す。アードラー侯爵は呆気にとられ、精霊自身も一瞬状況が飲み込めずに動きを止めた。

 

「心配しなくても、私は別に封印されてたりとかそういう事情があるわけじゃないんで」

「――っ!? は!? お前、いや、貴女は!」

「手加減しないといけないのは私の方なんですよねぇ」

 

 背中に手を回す。背負っている何かを掴むような仕草を取ったエルは、そのままそれを振り抜いた。雷光が迸り、咄嗟に防御した精霊はそのもろとも吹き飛ばされる。完全防音仕様になっている部屋の壁が、その衝撃でひび割れた。

 

「あ、やっべ」

「エル嬢。いや、バエルゼブ様。だから聞いたんだよ僕は、リリア嬢が怒らないかって」

「これのことなんですか!? ……あー、そっかこれお嬢さまが弁償するんだ……」

 

 うげぇ、と項垂れるメイド服の少女エル――雷の悪魔バエルゼブは、まあいいやと手に持っていた先端が砕けた大剣をくるりと回し、呆然としているアードラー侯爵へと突き付けた。

 

「そんなわけで。諦めてもらいましょうかね」

 

 




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