転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない 作:負け狐
……バトル回?
「それで」
エルがノーラへと問い掛ける。ぶっちゃけお嬢さまの強さってどうなんです、と。
それを聞いたノーラは少し考えたあと、きっぱりはっきりとこう言った。
「分かりません」
「……旦那様に言ってクビにしようかなぁ」
「いや実際分からないんですよ。リリアさんの素質は高いです、ものすっごく。でもそれはあくまで机上の空論。知識も実践も適当に資料集めた無茶な理論だろうと教えれば教えるだけ身に付けてくれるからこっちとしては毎日が楽しいんですけど」
「どさくさ紛れで凄いこと言ったぞこの人」
エルのツッコミを聞くことなく、彼女はそれでもと眉尻を下げた。最初に言ったように、所詮は机上の空論で、ただの練習でしかない。本当に相手がいる状態で、模擬戦とはいえ戦闘を行った場合にどうなるかは未知数なのだ。
「んー。それって、持っている実力としては問題ないってことです?」
「まあ実際、それらが発揮された場合今の私だったら秒殺されますね」
あっはっは、と笑うノーラをジト目で見やる。リリアではないが、どうにも信用できなかったのだ。本当にガチバトルになったらこいつ何かやらかすぞ、という意味でである。
そんなエルの思考をよそに、彼女はどちらにせよ見守るしかないですと視線を向こうに戻した。グレイがリリアに向かって何かを宣言し、そして右手に魔力を集めている場面を見た。
「アルデンを嘗めるなよ。まだ未熟だが、このくらいなら」
まるで空間から武器を取り出したように、何もない場所から剣を生み出したグレイは、その切っ先をリリアに向けながらふんと鼻で笑った。実力の差を思い知ったかとばかりに口角を上げた。
「魔装術。魔術の中では一般にも知られているものですね」
「ふん。認知が広かろうが、誰にでも扱えるような技術ではない。それだけの鍛錬をしているという証拠でもある」
それは確かにそうだろう、とリリアも頷く。知識として、ただ知るだけでもある程度発動する魔法とは違い、魔術はそれ相応の理解と技術を要する。習得難易度はピンキリとはいえ、言い方は悪いが、センスが無ければたとえ知識を持っていても使えないのが魔術なのだ。
勿論、ノーラがその辺を教えないはずがない。魔術の中には一子相伝・門外不出の技術もあり、失われてしまったものも数多くあるが、広く出回っているものも当然数多くある。そして出回っているものの半分くらいは既に彼女はリリアに教えていた。その中にはグレイが使用している魔装術もあった。だからこそリリアは魔術の何たるかも知っていた。
そんなわけで、センスが無ければ魔術は扱えないとされているわけなのだが。前世系ムダ知識を刻まれた結果ベクトルがねじ曲がって残念さに磨きがかかったこのご令嬢は、そうなる前から性格以外は才能の塊と評されたほどの高スペックである。
「言っておきますけど。わたしだってしっかりと鍛錬したんですからね」
ふん、と右手を一回転させる。それに合わせるように、魔力で生み出された彼女の背丈ほどもある両刃の戦斧が顕現した。ズドン、と地面を抉るような音を立て、リリアの真横にそれが突き立てられる。ビジュアル的にとてつもなくアンバランスであった。
どう考えてもパワー系。そしてテンプレ的に考えるとパワー系斧使いは紛うことなきカマセ。前世のムダ知識の判定はそれであり割と渋い感じではあったが、リリア本人は割とこれを気に入っていた。ツンデレお嬢様チョロインという立ち位置を考えると、このくらいはむしろプラスだ。大体そんな感じである。
そんな彼女の内心など知る由もない。グレイは目の前の公爵令嬢が自身と同じように魔術を扱ったことに目を見開いて固まっていた。騎士としての訓練を行っていた自分と同等かそれ以上のものを見せられ、驚愕で動きを止めてしまった。
カイルですらそれは予想外だったのか、目をパチクリとさせてリリアの戦斧を見詰めている。冷静さを取り戻すと、成程成程と頷き視線を向こうにいるノーラに向けた。案外彼女の言っていたことも嘘ではないのかもしれない。そんなことを少しだけ思った。
「さて、と。じゃあ、戦いましょうか」
「え? はっ、そ、そうだ。少しくらい魔術を扱えるからといって、騎士の訓練を受けているこの俺が負けるはずが」
「何だかもうわざとやっているのかっていうくらいグレイが小物だなぁ」
カイルの辛辣な感想は、幸いにして二人には聞こえていないようである。
さてどうしようか。リリアは力任せにぶん殴ったグレイを見下ろしながらそんなことを思った。一応動いてはいるから死んではいないだろう。そう判断した矢先にこちらを射殺さんばかりに睨んできたので、それどころかまだやる気満々であるらしい。
「ま、まだだっ!」
立ち上がり剣を構える。魔術で作り上げた武器は使用者の意志で強さが決まる。未だ顕現しているということは、彼はまだ折れておらず、それが強がりでもないということだ。
上等、とリリアは一歩踏み出す。両手で握った戦斧を思い切り振り上げると、そのまま勢いに任せて振り下ろした。練兵場の地面が盛大に吹き飛ぶ。その衝撃でたたらを踏んだグレイに向かい、彼女はそのまま追撃を叩き込んだ。お嬢様らしからぬヤクザキックを土手っ腹に食らったグレイはゴロゴロと転がり、しかしすぐさま起き上がると今度はこちらの番だと剣を。
「せー、の!」
「ぐ、うぅ……!」
反撃だとか、仕切り直しだとか。そういうタイミングなど知らんとばかりに、リリアは更に攻撃を繰り出してくる。初撃こそクリーンヒットしたものの、それからの攻撃はグレイも防御が間に合い決定打にはなっていないが、しかし。
このままでは間違いなく押し切られる。彼の出した結論はこれであった。チャンスを待っていたら、永遠に待ち続けることになる。そう判断したグレイは即座に剣を引き、横に飛んだ。急に対象を失ったリリアが体勢を崩したのを確認するよりも早く、彼はそこに向かって剣を薙ぐ。
「危ないっ!」
「なんっ!?」
ギャリギャリと音を立てながら地面に刺さったままの戦斧を動かし、剣を防ぐ。当然ながら抉れた地面からは土や砂が舞い上がりグレイの視界の邪魔をした。が、問題は別段そこではない。
そのままリリアは振り抜いた。独楽のように回転した彼女はグレイを跳ね飛ばしそこで止まる。あら、と少し揺れる視界を戻すように頭を振ったリリアは、戦斧を構えると相手に視線を向けた。やったか、は間違いなくやってないのできちんと確認しましょう。前世系ムダ知識からのアドバイスである。
「……」
「あれ?」
どうやらいい感じに先程の回転が顎を捉えたらしい。脳を揺らされたグレイが仰向けに倒れたまま目を回していた。勝負ありだね、とカイルが楽しそうに笑っているが、当の本人であるリリアはどうにも納得できていないようであった。なんだかたまたま勝っただけな気がする。大体そんな気持ちである。
「まあ確かに実戦慣れしていないリリア嬢では、現状グレイを叩きのめすことは難しかったかもしれないけれど」
恐らくあのまま続いていても問題なくリリアが勝っただろう。カイルは半ばそう確信を持っていた。だからこそ、このタイミングで勝負が決まったことは彼にとっては喜ばしかった。
もしこのまま勝負が長引いていた場合、彼女が実戦に適応した可能性がある。この後勝負をするという約束になっている以上、出来ることなら自身の勝率は下げたくなかった。
「さて、どうだいグレイ? 気分は」
「……最悪です」
フラフラ状態から復帰したものの倒れたままであるグレイを覗き込む。正直泣きそうな顔をしているが、何とか我慢しているのは同い年の少女がそこにいるからなのだろう。別に七歳の子供なんだから泣けばいいのに。自分のことは棚に上げてそんなことを思いはしたが、子供なりに男の意地というものがあるのも当然彼は分かっている。
「よし、じゃあ僕が君の雪辱を晴らそうかな」
「そうやって言ってられるのも今のうちですからね! 今ので何となく空気も掴めましたし、カイル様をぶっ飛ばす準備は万端です」
「威勢だけは立派だね」
そう言ってヘラリと笑ったカイルは、グレイを練兵場の野次馬のいる位置まで従者に命じて下がらせると、わざとらしく思い出したように声を上げた。そういえば、魔術が使えるのは今のそれで分かったけれど、と指を立てクルクルと回した。
「魔法は、どうなのかな?」
「身に付けているに決まってるじゃないですか」
「へぇ。どのくらい?」
「勝負が始まったらいくらでも見せてあげますよ」
「そんなことを言いながら、さっきみたいに力押しだったりしてね。ああ、勿論僕は咎めないよ。そういうブラフも勝負の駆け引きだからね」
なんだと、とリリアの額に十字が浮かぶ。自分の理解力が間違っていなければ、今こいつはあからさまに挑発してきた。どうせ魔法使えないんだろう、と抜かしてきた。
そんな安い挑発になど乗るはずがない。と、言い切れないのがリリア・ノシュテッドという少女である。前世系ムダ知識は彼女の人格を前世のものと置き換えたり書き加えたりなどはしていないので、本質は数ヶ月前までの傍若無人なクソガキのままなのだ。
「だったら見せてあげますよ。わたしが万能お嬢様キャラだって」
というわけであっさり乗ったリリアは初級魔法を一つずつ唱えた。基本四属性である火・水・風・土。そして応用属性と呼ばれる雷・氷・空・木の計八つ。わざわざ全部を見せた彼女は、どうだと言わんばかりにカイルを見た。
成程、本当に全部覚えているんだね。そう言って口角を上げた彼は、これはひょっとしたら負けるかもしれないと視線を落とす。演技か本気か、それを判断することはリリアには出来なかったが、どちらでも構わないと思っているのでそこまで気にしない。
「よし、じゃあ勝負を始めようか」
「はい。カイル様をぶっ飛ばします!」
「女の子に面と向かってそこまではっきり宣言されたのは生まれて初めてだ」
そりゃそうだろう、と顎をさすりながらグレイは思う。普通、第二王子に向かってそう言い切るのは色々なしがらみの関係上無理だ。そもそもしがらみがなくとも、貴族令嬢の大半はそんなこと言わない。
では、とカイルの従者の一人が戦闘開始の宣言をする。それに合わせカイルは後方に下がり、リリアは逃さんとばかりに一気に踏み込んだ。
確かに先程の会話は彼の挑発だったのだろう。が、彼女の行動が思い切りその通りだったと裏付けていた。こいつ魔法使わずにそのままぶん殴るぞ、と。
「あ、リリアさん!?」
「あっちゃー……」
だからこそ、完全なる野次馬になっていたノーラとエルは頭を押さえた。片方は驚きで、もう片方はやっぱりかぁ、と。
お互いの距離をゼロにしようと駆け出したリリアの、初期位置から数歩先で踏みしめた地面が淡く光る。へ、と彼女が気付いた時にはもう遅い。光は輪となり、彼女の足首に絡みついた。
「え!? な、何ですかこれ!?」
「本当に気付いていなかったんだね。単純というか、真っ直ぐというか」
やれやれ、と肩を竦めるカイルがリリアの目の前で反転する。否、カイルが上下逆になったのではなく、彼女自身がひっくり返されたのだ。獣でも捕らえるかのごとく、両足首を縛られたリリアはそのまま逆さ宙吊りにされた。ぶらんぶらんと揺れる姿は何とも間抜けである。
「罠の魔術っ!?」
「御名答。それにしてもまさか引っかかるとは」
「ど、どういうことですか!?」
「君が魔法を使っている間に堂々と設置したんだよ、それ」
「…………え!?」
ぶらんぶらんと揺れたまま視線を動かす。ノーラが気まずそうに視線を逸らすのを見て本当なのだと確信した。エルはなんというか表情が死んだままこっちを見ていたので、むしろ彼女の方から視線を逸らした。
「安い挑発に乗った上に周囲が見えなくなるほどとはね。実力は評価するけれど、もう少し冷静さを身に着けたほうがいいのでは?」
「……う、うるさいうるさいうるさぁぁぁい!」
振り子のように揺れながらリリアが叫ぶ。普段の彼女らしからぬ癇癪の起こし方に、カイルは少しだけ目を見開き、次いでニコリと笑顔を浮かべた。
「そうやって叫んだところで君が僕に負けたことは変わらないよ」
「うるさいって言ってるじゃないですか! ああもう、これ解いてよ! 解け!」
「あはは。今解除したら殴り飛ばされそうだからね、もう少し後で」
「あぁぁぁぁもう! バカ! バカ王子! バカイル! 解きなさいよ!」
「嫌だ」
満面の笑みでそう返したカイルは、じゃあ帰ろうかと従者に告げる。え、と一瞬面食らったが、分かりましたと彼らはそれに従った。グレイもそれは同様で、何故か途中からリリアの方を一切見なくなったまま、ぎこちない動きで練兵場を後にした。
そうして最後に去ろうとしていたカイルがふと立ち止まる。ゆっくりと彼女の方を振り向きながら、ああそうそう、と笑顔を浮かべていた。
「その薄いピンクの下着、可愛いね」
「…………え」
それだけ言ってひらひら手を振りながら去っていったカイルの背中を見たまま固まっていたリリアは、ゆっくりと視線を上に向けた。現在逆さになっているので、自分の足元へと動かした。
ベロン、といった擬音が相応しいくらい、思い切りスカートが捲れてパンツ丸出しであった。そのことに気付いたリリアは、たっぷりしっかりその事実を確認し、噛み締め。
その辺りでカイルの罠が解除され、べしゃりと彼女は地面に落ちる。こてんと仰向けになったまま、小さく小刻みに震えていた。
戦う美少女がスカートなのはお約束である。前世系ムダ知識の熱い思いを汲み取ってこの装いにしていたが、それはつまり同時にラッキースケベを誘発させるための下準備でもあるわけで。ナイスパンモロ、というムダ知識由来の高評価は底に沈めた。
「……うぅ……許さない……カイル様、絶対に許さない……!」
「いや割と自業自得ですからねお嬢さま」
勝負挑んだのお前やん。というエルのツッコミは虚空へと消えた。勿論届いていてもリリアは聞き入れなかったが。
「あの、そういえば。リリアさんの確認したかったことは達成できたんですか? 確かカイル王子の性格以外を調べる、でしたっけ」
「嫌な奴!」
「お、おう……」
そしてノーラの質問に即答した彼女を見て、エルはだめだこりゃと肩を竦めた。結局かよ、と内心で呟いた。