転生悪役令嬢は、自分をハーレムもののツンデレお嬢様チョロインだと信じて疑わない   作:負け狐

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順調に絆を深めていく(大嘘)


第五話

 グレイ・アルデンは今日も今日とて訓練を行っていた。あの屈辱的な敗北から、彼は前以上に自分を鍛えようとがむしゃらになった。父であるアルデン公爵はそんな息子をどことなく微笑ましく見ていたが、しかし無茶を続けるようならば止めようとも思っていた。

 実際、ここのところはオーバーワーク気味である。あれでは能力を伸ばすどころか、怪我を誘発し成長の妨げになりかねない。

 

「で、ですが」

 

 そんなこともあり彼は息子に忠告したのだが、グレイは素直に聞き入れなかった。どうしても、あれに勝ちたいのだと拳を握った。

 あれ、というのが誰なのかは聞いている。ノシュテッド公爵令嬢リリア。ついこの間まで碌な噂がなかった、評判もアレな少女である。彼女の父親であるノシュテッド公爵は同じ四大公爵家、当然交流もあるし、別に仲も悪くはない。だからこそ彼の親バカぶりは知っていたし、あれは将来苦労するなと考えてもいた。

 そんな彼女が、いつのまにやら更生し、しかもグレイを倒すほどの実力を身に付けていたとなれば流石のアルデン公爵も驚きを隠せないわけで。

 

「しかし、何でまた戦闘術を」

「その辺りは分かりませんが、あの性格からして碌な理由ではないでしょう」

 

 ううむと首を捻っていた公爵に、グレイが溜息混じりで返す。が、それを聞いた公爵は更に怪訝な表情を浮かべた。何か認識に齟齬があるぞ、と。

 リリア嬢はこれまでの噂を払拭したのだろう。そう尋ねると、グレイは心底嫌そうな顔をした。確かにこれまでの噂とは違いました。そう前置きして、視線を落とす。

 

「前の噂より酷かったです」

「……そうか」

 

 短いその一言に色々詰まっていて、公爵はそう頷くしかなかった。一回ノシュテッド公爵と話をしたほうがいいかもしれない、と割と本気で考え始めた。

 が、ああでも、とグレイが思い出したように付け加えるのを聞いて彼は思考を戻す。一応、一応ですけれどと彼が言葉を紡ぐのを見ていた。何で俺がフォローみたいなことを、とぼやいているのを聞きながら、息子の顔を眺めていた。

 

「悪い評判のように、理不尽に誰かを傷付けるような感じではなかった、と思います」

「……ほう」

「いや性格は酷かったですし、カイル王子に喧嘩を売りに行っていたくらいの考えなしの馬鹿でしたし、頭にすぐ血が上る単純なやつでしたけれど」

 

 どうしよう、息子が知り合いの娘をボロクソ言い始めた。そんなことを一瞬思ったが、いやこれは違うかと公爵の表情が生暖かいものに変わる。これはあれだ、自身が若かった頃に経験したやつだ。そんなことを内心で思う。

 

「……悪人では、ないはずです」

「成程」

 

 気に入ったのか、彼女を。事の次第を聞く限りきっかけがよく分からないのが難点ではあるが、ともあれ我が息子は彼女のことをある程度好意的に思っているらしい。そう公爵は結論付けた。案外いい友人になれるのかもしれないな、と一人頷いた。

 ただ、叩きのめされたから気に入ったとかそういう理由ではありませんように。それだけは心の底から願った。

 

 

 

 

 

 

 リリアにとって屈辱的であったカイルに敗北した挙げ句パンツ見られた事件から、早いもので半年以上が経った。あれからグレイとは何かの集まりで顔を合わせると軽く話をする程度の仲にはなったし、何度か手合わせもした。

 ノーラからの無茶振りというか実験というか、そういう授業も前世系ムダ知識による無駄に余分なサブカル経験のおかげで、別段疑問に思うこと無く次々吸収し続けている。最近は古書店で怪しい書物を笑いながら買い漁る女性が街の噂になっているが、リリアは預かり知らぬことであろう。

 そうしてカイルとの関係であるが。これがすこぶる悪い。一方的にリリアがそう思っているだけである。カイル自身は別に何とも思っていないし、むしろ好意的ですらあるくらいだ。ただ単に彼女が毛嫌いしているだけだ。お前なんか主人公が現れたらあっという間に倒されて出番が無くなるんだからな。何かあるたびにリリアは壁の柱に向かってこっそりとそんな呪詛を振りまいているほどだ。

 

「気付けばあっという間でした」

「何がです?」

「わたしが倒れてから、もうすぐ一年です」

「あー。お嬢さまが変になってからもう一年ですかぁ」

「エルが失礼な性格になってからもう一年ですよ」

 

 あははは、と笑いながらいつものように紅茶を淹れる。それをいつものように飲みながら、まあもう慣れたからいいんですけど、と諦めたようにリリアは述べた。

 それよりも、と彼女は顔を上げる。あ、また変なこと考えてるこの人、というエルの表情を無視しながら、リリアは拳を握りしめた。

 

「わたしも八歳です。平民の子供ならば多少は働き始める時期でしょう」

「本格的にはやりませんよ。手習いの塾に通う方が多いんじゃないですか?」

「エルはどうだったんです?」

 

 コトリとカップを置きながら問い掛ける。以前歳を聞いた時、彼女は十三だと抜かしたのだ。そういう例に則っていたら、彼女のようにはとてもじゃないがならない。

 そう思ってつい尋ねてしまったが、あれこれ地雷じゃないの、とムダ知識からの警告が浮かんできた。この手の過去って決別フラグとかになりかねない、デンジャー・デンジャーとヤバげなメッセージが頭をよぎる。意味分からん、と彼女はそれをとりあえず蹴っ飛ばした。懇切丁寧に単語の解説を染み込ませるムダ知識に、違うそうじゃないと思わず脳内でツッコミを入れる。

 そうしながら、確かに軽率だったかもしれないと思い直した。

 

「……えっと、ごめんなさい。言いたくないなら無理には」

「あ、そうですか? じゃあ言いません」

「えぇ……」

 

 凄い軽い感じで拒否られた。そうしながら、まあどうしてもと言うなら、と手で丸を作る。金よこせ、である。別料金を払えば話すらしい。

 その態度でどっと疲れた。はぁ、と溜息を吐きながら、もういい聞かないとリリアは首を振る。はいはいと軽い感じで頷いたエルは、話戻しますかと問い掛けた。

 

「話を戻す?」

「お嬢さま、何かやりたいことあるんでしょ?」

「……ああ!」

「何でこの人頭良いのに馬鹿なのかなぁ……」

 

 ぽん、と手を叩いたリリアを見ながらエルがこっそりと呟いていたが、幸いにして彼女には聞こえなかったらしい。給料も食事も減らされることなく、そのまま話は続けられた。

 

「外に出ようと思うんです」

「はぁ!? なにいってんですかお嬢さま!?」

「そこまでの反応します?」

「いやしない理由ないでしょ。そもそも外に出て何やる気です?」

「冒険者」

「はぁ!? なにいってんですかお嬢さま!?」

「二回目!?」

 

 ツッコミを入れながら、リリアは何かおかしいだろうかと首を傾げた。一人前とはいかずとも、子供から半人前に変わる時期。そのタイミングで冒険者という名のなんでも屋に所属するのはファンタジー系の物語では定番だ。自分の身分を考慮しろ、という観点からしても、ツンデレお嬢様チョロインとしてはここで街に出ることで主人公(未定)との接点を作るというターニングポイントになるはずなのだ。ムダ知識からの判定は審議待ちだが、元々これらのアイデアは前世系ムダ知識由来なので文句を言われる筋合いはない。

 そういうわけで、自分は街に行くのだ。そう宣言した結果、エルに盛大な溜息を吐かれた。

 

「旦那様が許しませんよ」

「お父さまなら大抵のことは許してくれますよ?」

「だからその大抵のことに入ってないんですってば」

「……そうなんですか?」

「何でそういうところはお嬢様なんですかお嬢さま」

 

 ああもうちくしょう、とエルがガリガリと頭を掻く。その拍子に彼女のトレードマークでもある肩口辺りで二つに縛った髪がゆらゆらと揺れた。

 いいですか、と彼女は指を突きつける。普段と比べて明らかに真剣なエルの表情を見て、リリアも思わずコクコクと頷いた。

 

「旦那様が駄目と言ったら、駄目です」

「いいと言ったら?」

「万が一にもありませんけれど、もしそうなったら……」

 

 仕方ないから、お供します。まあ絶対にありませんけど。そんな言葉を付け加えながら、分かったらもっと他のことを考えてくださいとエルはリリアを促した。

 ムダ知識は言っている。これってフラグってやつだよ、と。

 

 

 

 

 

 

「うっそだぁ……」

「ほら、諦めて行きますよエル」

 

 王都の城下町を二人は歩く。エルもメイド服から着替え、どちらかといえば動きやすい服装に変えていた。一方のリリアは変わらずお嬢様然としたスカートである。ある程度目立たないようにはしているものの、その辺の人々と比べれば明らかに浮いているのが一目瞭然であった。

 

「というか、冒険者のギルドに行くのにその格好は絶対冷やかしですよ」

「そうですか? 案外これ動きやすいんですけど」

 

 ぴら、とスカートを少しつまむ。社交界で纏うようなものと比べると、体の動きを制限しないように誂えられた特注品だ。グレイやカイルとの最初の模擬戦以降、改良を重ねた彼女自慢の戦闘服である。ちなみに以前の失態を考慮し、あの時から彼女はタイツを穿いている。

 尚、グレイが何でそこまでスカートに拘ると問い掛けた際は、だって可愛いでしょうと即答して彼を閉口させた。それ以降は諦めて彼も何も言っていない。

 

「まあ、案外それだから旦那様も許可を出したのかもしれないし……」

「何か言いましたか?」

「冒険者ギルドに行っても多分門前払いされますよって言ったんですよ」

「どうして?」

 

 だから服装だよ服装。今の会話覚えてないのか。そんなことをオブラートに包みながらリリアに解説したが、当の本人はそんなことはないでしょうと鼻で笑う。そもそも、そんな風に見た目や年齢で判断するような冒険者ギルドなど三流だ。この街にはそんなくだらないものなどあるはずがない。

 そう言って冒険者ギルドの扉を開けたリリアは。

 

「お父さまに言って冒険者ギルド潰してもらいましょう」

「だから言ったでしょうが」

 

 見事に門前払いされた。あなたのような身なりのお嬢様が来るような場所ではないので、こんな危険な仕事もあるなんでも屋などに関わるのはやめたほうがいい。わざわざそれなりの立場の人がやって来て、彼女を馬鹿にするでもなく、そう言って諭されたのだ。顔の割にいい人だったなぁ、というのがエルの感想だったのだが、リリアはそうではないらしく、憤懣やるかたない表情で冒険者ギルドの入り口を睨んでいる。

 

「というかお嬢さま。間違いなく向こうの言い分が正しいですよ。見た目もともかく、まだお嬢さま小さいんですから」

「見た目しか言ってないじゃないの!」

 

 がぁ、とエルに食って掛かったリリアは、小さく溜息を吐くと近くのベンチに腰を下ろした。やる気が一気に無くなったらしい。ぶらぶらと足を揺らしながら、空を見上げどうしようかと呟く。言葉の割には、何もする気がないようだ。

 そんな彼女を見て、エルはやれやれと肩を竦めた。それも含めて旦那様の思惑通りだったりするのだろうか。などと邪推しつつ、予定がなくなったのならばと隣のリリアに言葉を掛ける。

 

「魔導学院、行きません?」

「え?」

「先生さんの働いている場所ですし、案外新しい発見とかあるかもしれませんよ」

「魔導学院……」

 

 エルの言葉にハッとした表情になる。そうだ、そうじゃないかと思い立つ。この手のお約束はもう一つあるじゃないかと目を見開く。

 剣と魔法のファンタジー、そして多数のヒロイン。それを叶える舞台こそ、学園モノだ。そうだ何故失念していた、と彼女は勢いよく立ち上がった。どっちかというと自分のポジション的に居場所はここだろうと拳を握った。

 年齢の問題だよ、とムダ知識のツッコミが入ったが、彼女は意図的に無視した。どうせそのうち入学するのだから、今行く意味はそこまでない。だから冒険者ギルドを選んだのだ。そこに至るまでの仮定をまるっと綺麗サッパリ頭から消し去って、その通りじゃないかとエルの手を握った。

 

「……わーいうちのお嬢さまチョローい」

 

 自分で提案しておいてなんだが、変わり身早すぎないだろうか。あははと苦笑しながらそんなことを思いはしたが、よくよく考えれば目の前の少女はまだ子供。普段が普段なので割と忘れがちではあるが、まだまだ身も心も幼いのだ。

 

「ま、私も年齢はそう変わらないんだけど。なんてね」

 

 行きますよ、と勢いよくベンチから立ち上がって歩き出すリリアを見ながら、エルはやれやれと腰を上げる。そう急がなくても学院は逃げませんよ。そんなことを言いながら、彼女は自身の主を追いかけて。

 

「あれ?」

 

 腰のポケットに手を添えた。ポンポン、と軽く叩いてみると、そこがスカスカなのが感じ取れる。

 間違いなく財布が入っていたにも拘らず、である。

 

「エル? どうしまし――」

「財布スられた!?」

「え?」

 

 振り向いたリリアに短く簡潔に状況を説明すると、彼女は即座に周囲を見渡した。あれは違う、あいつも違う、こいつじゃない、あそこでもない。

 そうしてぐるりと一周すると、一人の人物で動きを止めた。小柄で、どうやら見た目通りの年齢。つまりは子供。

 

「あのクソガキ! 私の大事なお金を、返せぇ!」

「エル!? って、嘘、速い!?」

 

 即座にトップスピードになったエルが、人混みをすり抜けながら逃げていく子供を追いかけ走る。本当に万能なんですねあの人、とどこか斜め上の感想を抱きながら、我に返ったリリアも彼女を追いかけて走り出す。

 

「くっ、あー、もう! 走り辛い!」

 

 急ぎたくとも、人が多くて中々加速できない。一体どうやったらエルのように動けるのだろうか。そんなことを思いはしたが、今はそれよりも思い通りに進めないこのイライラをどうにかするのが先であった。

 

「鬱陶しい!」

 

 跳んだ。近くにあった家の壁を蹴り飛ばし、その勢いで跳躍した。そうして屋根に掴まるとそのまま乗り上がる。これで動きやすい、とリリアは満足そうに笑みを浮かべ、エルを追いかけるべく屋根を駆けていく。

 空を飛ぶタイツ越しのパンツが暫く噂になった。

 

 

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