マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜 作:鳥居神棚
そよそよと吹く風が草葉を優しく揺らす。さわさわと、心地よい音が耳に届く。
月明かりが照らす田舎町のこじんまりとした一軒家の前で、
短く切り揃えられた黒い髪の、これと言った特筆すべき特徴がない、どこにでもいそうな顔立ちに、学校指定の赤いジャージを着た姿は、部活帰りの高校生、と言った様子ではあるが、八月上旬、夏休みの最中かつ帰宅部である彼は別に部活帰りというわけでもなく、また立ち尽くしている理由にも関係ない。
「ええと……、どちら様?」
ややあって、絞り出すように口から溢れでたのは、そんな疑問の声であり、その言葉を向けられた相手は、何故か家の玄関口、扉を開けたその"内側"で佇んでいる。
そよ風に揺れるのは、おかっぱにされた、烏の濡羽のような、綺麗な黒の髪。それに赤が基調の、桜模様の着物の袖。
小柄な人影は真っ直ぐ前を見ている。その瞳は、黄金色に爛々と輝いていて、慈しむように漱の方を見つめていた。
「あや、もうしわけございません、あるじさま」
端正な愛らしい顔つきの、随分幼く見える少女は、鈴の音のような透き通った声音で、浮かべていた微笑みを、どこか申し訳なさそうなものに変えれば、ペコリと頭を下げる。
「なを、もうしあげて、おりませんでしたね、わたくしはヤツカ。やもりのいちぞく……ええと、ざしきわらし、ともうせば、わかりやすいでしょうか」
どこか辿々しく、舌足らずな印象を受ける少女の言葉に、ずきりとした頭痛を感じる。痛む頭を抑えながら、己を座敷童子、つまるところ人間ではないと、そう語る少女を見ると、漱は小さく息を漏らす。
「……とりあえず家の中に入って話しようか。このままじゃ俺の社会的立場がやばそうだし」
そう言って、やたらと重い足取りで、自分の住居であるはずのその玄関へと足を踏み入れた。
***
ズキズキと痛む頭を抑えながら、漱は12畳ほどの居間で、ちゃぶ台を挟んでヤツカと名乗った少女と向かい合わせで座っていた。
「んで、ヤツカちゃん、だっけ」
痛む頭に雪崩れ込む情報を整理するように、漱はゆっくりと言葉を吐き出す。
眼前の少女はにこにこと柔らかな笑みを浮かべたままだ。
「あるじさま、ってどういうこと?俺はそもそも、君のことを知らないんだけども」
「あるじさまは、あるじさまでございます。つくものかみ、やもりのいちぞくが、つかえるにたる、いだいなるおひとです」
つくものかみ、という言葉に漱は目を丸くする。頭痛はいつしか引いていて、『記憶』という名の情報の激流は止まり、だからこそその言葉に反応した。
「付喪神……座敷童……ヤツカ……」
ぶつくさと呟きながら、記憶を辿る。目の前で自分を慈愛に満ちた笑顔で見つめ続ける少女と邂逅してから新しく雪崩れ込んだ、或いは思い出した記憶と、元から持つ自分の記憶を照らし合わせて、そして。
(これ、前世の記憶、ってやつか。……にしても、よりにもよってこれ、『マガツキノウタ』の世界じゃねえか)
内心で悪態をついて、深々とため息を付いた。
***
『マガツキノウタ』とは、ビジュアルノベル、と称されるノベルゲームの一種である。
内容としては平穏を愛する少年が行き倒れていたとある少女を助けたことで、空想だったはずの妖怪や神が絡む様々な問題ごとに巻き込まれていく、現代風の世界が舞台の伝奇風味の異能ファンタジー。
成人向け、俗にいうエロゲーと呼ばれる類の代物で、個性的なヒロインとの恋模様も描かれていた。
漱が得た『前世と思しき記憶』では、その作品の根強いファンだったのか、隅から隅まで、全ルート、あらゆる分岐までやり尽くしていたようだが、だからこそ、漱はこの世界がそうであることを喜べない。
なんせこのゲーム、鬱ゲーなのだ。各ヒロイン毎のルートにおいても正解の道筋は一つのみ。選択肢を一つでもミスればバッドエンドかデッドエンドに辿り着くし、そうでなくてもシナリオ中の鬱度は高い。
軽率に知り合いが異形化したり肉団子になったり街一つ人間牧場になったりするのだ。地獄絵図としか言えない。
まあ、その分攻略終えた時の達成感や爽快感は段違いだったようだが。
記憶を整理すればする程に、気分が沈んでいく。
「あるじさま?」
不思議そうな声音でヤツカが問い掛ければ、漱の意識は記憶の海から引き摺り出される。
「ああ、いやごめん」
申し訳なさを表情に浮かべながら、漱は眼前の少女へと意識を戻す。
九十九の神、家守の一族、座敷童。
『マガツキノウタ』の世界に置いて、付喪神は妖の類ではなく、弱小とは言え正真正銘の神様である。
故に目の前の少女は神の端くれ、『家の守護』と『幸い』を司る土地神のようなものに分類される。
ただし、付喪神というのは一朝一夕で生まれるものでは無い。人の思念、物の思念、それが積み重なり、変じるもの、あるいは宿る物である。
だからこそ、なぜ彼女が己を主と仰ぐのかと、そう考えて。
「……ヤツカちゃん、この家に憑いてたり?」
「ヤツカ、でかまいませぬ、あるじさま。さすが、ごけいがんで、ございますね」
せいかいです、とふにゃりと笑うヤツカ。愛らしいその様子に漱は小さく苦笑を浮かべる。
考えてみれば単純なことで、家主である自分を彼女は主人と、そう仰いでいるだけに過ぎない。
それに思い至らなかったあたり、突然のことでまだ、余裕が取り戻せていないのを漱は自覚する。
「あはは、それじゃあ暫く、もしくは俺が死ぬまでかもしれないけど、宜しく」
気をとりなおすように、そう笑いかければ、それに対して笑顔のまま、ヤツカは言葉を返した。
「ええ、すえながく、おそばに」
柔らかく、慈愛に満ちていて、けれど狂気を、或いは狂喜と言えるような感情が滲むその言葉に、漱は薄寒いものを感じ取った。
(……え?)
言葉のチョイスが悪かったのだろうかと、真面目に後悔したのだった。
ようじょと出会って前世を知った(主)