マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜   作:鳥居神棚

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別の世界の再現者

「つってもなぁ……」

 

漱は困ったように頬をかく。なんと言うべきか、説明に困った様子。

 

有名ではない、と言うだけなら兎も角、恐らくは世界線そのものが違う存在なのだから、『前世』の記憶を持つ存在がいるのを知っていても、別世界の人間の記憶、だなんて与太話でしかない。

 

もっとも、『再現者』なんて存在がいる時点で平行世界等も別に不思議ではないし、人ならざるものが棲まう別の世界すらあるのだから、その懸念は杞憂でしかないのだが。

 

「別に、偉人とか、英傑とかの記憶を得たって訳じゃないんだよ。ごく普通の一般人だったし」

 

そう、一般人。なんの力もない、ごく普通の人間だった。異能もない、偉業もない、何処にでもいるようなありふれた男だった。

ありふれた子供時代を過ごして、ありふれた青春を駆け抜けて、大人になり、会社に勤め、日々働く一般人。

 

この世界のように、秘匿された知られざる何かがあったのならともかく、少なくともそんなものには触れることもなく、関わることもなく生きていた、ただの人。

 

前世と思えるその記憶の持ち主は、そういう人だった。

 

「いや、それはない。一般人なら『マガツキ』も『再現者』も、オカルトと一蹴されるようなものは知らない。

 

僕が説明した時も大して驚いてなかったし、お前知ってたよな?」

 

奏は訝しむような目で、半ば睨みつけるように漱を見つめる。

実際、オカルトに関わることがなければ知ることはないし、万一関わっても只人のままであればその記憶を書き換えられる。

 

奏の疑いは正しく、けれど漱も嘘はついていない。

 

小さく苦笑を浮かべると、一つ、問いかけた。

 

「マガツキとかでもなければ知ってるのはおかしい、ってことだろ?

 

別の世界の人間の記憶があるって言ったら、お前は信じるか?」

 

漱の言葉に、奏は顔を顰める。荒唐無稽とは言わないが、この世界において、魔狩りを生業とするものが別の世界と聞いて頭に浮かぶのは一つ、『虚の庭』だ。

 

妖怪、怪物、神、それらが棲まう世界。

 

人ならざる者の庭、異形の坩堝。

 

「お前まさか」

 

苦虫を噛み潰したような表情の奏に、手をひらひらと振る。

浮かんだ苦笑と、頭を横に振る漱は、奏が言葉を言い切る前に口を再度開く。

 

「何考えてるか分かるけど『虚の庭』に流れ着いた人間の記憶、って訳じゃないぞ。一般人だって言ってるだろ」

 

「仮に並行世界ってもんがあったとしても、それなら余計お前が知ってる理由にはならなくはないか?」

 

「いや、なるんだよそれが。俺はこの世界にゲームって形で触れてたらしいんだわこれが」

 

漱が告げた言葉に、奏は文字通り目の色を変えて聴いていた。

 

本来黒いはずの瞳は翡翠の輝きを放っていて、腹の底まで見通されそうな、そんな予感すら感じられた。

 

そして、それは事実としてそうである。奏の瞳が翡翠色に染まるのは『再現者』として瞳術を使う時に限られる。

多彩な瞳術を扱える奏だが、恐らく今は心眼、心の内を見抜き嘘を見破る術を使っているのだろう。

 

「嘘……はないみたいだな。ならお前、単純に前世がメンタルが強かった、ってだけか?」

 

「なんじゃねえの?」

 

「僕そんな雑なノリで秘密見破られたのか……」

 

ショックを受けた様子の奏に、かける言葉が見当たらなかった。

 

 

***

 

 

気を取り直した奏と、この世界について情報の擦り合わせを終えた後、奏は特に話すこともなくなったのか、そのまま帰っていった。

 

去り際に念押しするように『オカルト関係の話は秘密』、『自分はこれまで通り男として扱え』と言われたこと以外、他に特筆することはない。

 

「……にしてもなぁ」

 

ぼんやりと、ため息を吐きながらぼやくように口にする。

 

やはり、奏は本当に女だった、という事実はかなり衝撃的だった。見た目は変わらないのだとしても、意識せずにいることができるかはわからない。

 

しかも何より困るのは、この先のことだ。

 

参考程度でいいだろう、と考えていた原作知識のその根幹そのものが崩れ去る。

 

漱が認識している作中での奏はまごうことなく男であり、実は女でした、みたいな話も出てこなかった。

 

そもそも、男性向けのエロゲーで、これから個性豊かな、ともすれば地雷原とも称せるヒロインを口説き落とし魅了する筈の主人公が女性なのだ。

 

「この先どうなるんだ……?シナリオ通りに進まない、あの地獄絵図にならないって信じていいものか……?」

 

ここに来て、何処か楽観的に考えていた漱は、真面目にこの先の未来について考え出した。いくら鬱ゲーの世界とはいえ、正解の道筋を知ってる自分が奏を誘導すれば酷いことにはならないだろう、なんて甘い考えはもう持てない。

 

「あるじさま?」

 

真剣な顔つきで、将来への不安を振り切るように思考を回していた漱の耳に、その身を案じるような声が届く。

 

先程まで食器を洗っていた筈のヤツカがいつの間にか隣にちょこんと座っていて、漱の顔を見つめていた。

 

「ヤツカ?」

 

「あるじさまが、なにをふあんにおもって、あんじておられるのかは、わたくしにはわかりません。ですが、あんしんしてくださいませ。なにがおきようと、こんどこそ、わたくしがあるじさまをおまもりいたします」

 

そっと、漱の頬にその小さな手を当てて、柔らかくヤツカは微笑む。

 

この世界をゲームという形で知って、知らぬ間に理不尽に晒されかねないことを知って、なおかつ、かなり甘く見ていた現実を理解して、いくら強い心を得たとしても、ごく普通の少年である漱が抱え込むにはそれは重荷でしかない。

 

だから、ヤツカの言葉は有り難く。

 

「……有難う。けど俺は大丈夫だよ」

 

男としての矜持が、それに甘えることは許さない。

いつの間にか固く握っていた拳を解いて、ヤツカの頭の上に掌を乗せ、その柔らかな髪をくしゃりと撫でる。

 

「まずは知らないとな、この世界」

 

少なくとも、目の前のこの可愛らしい付喪神には胸を張れるように、頑張らないといけないと、漱は、気持ちよさそうに目を細めながらこちらを見つめるヤツカを見て、そう感じながら、その頭を撫で続けた。

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