マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜   作:鳥居神棚

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今まで三人称もどきで書いていましたが今話より一人称を実装します。場合により使い分けられたらいいなぁ、とは思っておりますが、至らぬところも多いので寛大な心でお付き合いくださいませ。


猫と童と秋の昼

残暑も過ぎ、青々と茂っていた木の葉もその色を鮮やかな紅や黄色へと染めていく。

日中あれだけ騒ぎ立てていた蝉の声ももはや聴こえず、陽が沈む頃には心地よい虫の音が聞こえるようになって来た。

 

涼しい風が吹き付ける10月も終わりの頃、奏に前世について語ってから一月半ほど経ったものの、あれから奏からの、裏に関わる呼び出しも特になく、平穏な日々を過ごしていた。

 

変わったことといえば、ひとつだけ。

 

「にゃぁん……」

 

あの日拾った黒猫が、ただの猫ではなかった、ということくらいであった。

 

 

***

 

 

にゃあ、と可愛らしくなく黒猫は甘えるように床につけていた手に顔を擦り寄せてくる。

そのまま手を浮かして、体を捩り、猫の体を抱き上げてやれば、胡座をかいた、足の上に乗せてやる。

そうして頭を撫でれば、機嫌良さそうにゆらゆらと2本ある尻尾を揺らす。

 

そう、2本の尾を持つ猫、つまるところ猫又、と言うのがこの黒猫の正体だった。

 

拾った当初……、というよりはつい最近までは尻尾は一つしかなかったので気付かなかったのだが、怪我が完全に治った時点でもう一本尾が生えてきた。あるいは見えるようになったのかもしれないが、ともかく、2本目の尻尾が現れ、その正体が明らかになった。

 

作中でもこちら側の世界、裏に関わる人々が言うには現世に妖、怪物がそのまま流れ付くケース、と言うのはゼロではない。

能動的に来ることが不可能、と言うだけであり、本当に、ごく稀に虚の庭と現世、隔離された二つの世界が繋がる時がある。

 

二つの世界を隔てるのは『神仏、妖怪、怪物の類は空想である』という認識だ。

 

神はいない、妖はいない、怪物はいない。オカルトはない、怪奇現象は物理、あるいは科学的な現象だ、そういった認識によって二つの世界は隔てられている。

 

それがごく稀に、何らかの要因で繋がる事がある。

 

それが認識の壁が消えたことだったり、あるいは突発的に起きる揺らぎのようなものかは不明であるが、二つの世界は局所的につながり、あるいは重なり、現世から虚の庭へ、またはその逆へと人や怪物が流れ込むことがあるのだ。

 

そういったケースであれば、怪物の類はそのまま、『人に取り憑く』という工程を踏む必要がない。

 

「エンカウント率おかしいよなこれ」

 

わしゃわしゃと撫でるたびに心地良さそうに、甘えるようににゃあ、と鳴き、手を止めるたびにもっと撫でろと言わんばかりに頭を掌に押し付けてくる。

 

猫又の相手をしながら、ポツリと呟く。

 

まず初めにヤツカに出会った。それからこの黒猫、そのすぐ後に妖刀の禍ツ人。原作において『怪異に関わると怪異に惹かれやすくなる』と言う事実は特にない筈なのだが、短いスパンで遭遇している。

 

まあ、同居してる時点で今更なのかもしれないが、不思議なことだと思う。

 

「この世界にいること自体がそも、そうかぁ……」

 

あの日ヤツカに告げた事もあり、この世界について知らなければならないと、そう思う。

原作通りに進むのか、進まないのか、それすらわからないが、判断を間違えると即座に地獄へと転落していくのがこの世界だ。

 

ほっといても平和に終わるかもしれないが、ひょんな事で不幸に叩き落とされるのがこの世界なのだから、油断ならない。

 

「で、ヤツカどうしたんだ?」

 

思考に耽っていたところ、じっと見つめる視線の方へと目を向ける。

マガツキ、となった為か、視線やら気配やらにやたらと敏感になったような気がする。

 

前までならここまでヒシヒシとは感じなかったので、妙な感覚を覚える。

 

「い、いえ。その……」

 

ヤツカの目線は自分……もっといえばその膝の上に乗せている猫又へと向けられていた。

問い掛けにどこか答えにくそうにモジモジと言い淀むヤツカは何処か羨ましそうな、妬ましげな様子だった。

 

……猫又を足の上に乗せてるのが羨ましいのだろう。ひょい、と猫又を持ち上げてみせる。

 

「ほら」

 

「あの、その……、それでは、おことばに、あまえさせていただきます」

 

どこか恐縮そうに言えば、ヤツカは猫又へと手を伸ばす、ことはせず、ススッと身を寄せて、足の隙間の中、俺の体を背もたれにするようにぽふんと座り込むと、満足そうにむふーと、息を吐く。

 

どうやら猫又の方を羨んでいたらしく、腕の中でのんびりとする猫又をそのまま床に下ろすと、空いた手でヤツカの頭をゆっくりと撫でてやる。

 

撫でられるのは好きなようで、幸せそうにふにゃりと表情を緩めるヤツカと、もっと構えと頭を体に擦り付けてくる猫又に思わず笑みが溢れてしまう。

 

温かく、幸せな光景だと、何となく思う。

 

(だから、この世界を知らないとなぁ。ありふれた幸せすら壊れかねないんだから)

 

より強く、そう思う。

 

だから、だから、と、めぐりはじめる、あるいは焦り始める思考は、ヤツカの呼びかけですんと止まる。

 

「あるじさま?」

 

「いや、なんでもない」

 

笑いかければ、笑い返してくる。平和で、穏やかな秋の休日の昼間のひと時であった。


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