マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜 作:鳥居神棚
今回の話はちょっと三人称と二人称が入り混じってましてよ!
ずぶりと、引き抜かれる鋏は、鮮血と、夕陽によってテラテラと、不吉な輝きを放っている。
傷口からはごぽりと、多量の血が溢れ出していき、漱の足下に赤い水溜まりを作り出す。
「ケケケ、ケケケケケケケ!!!」
けたけたと、心底愉快そうにその化け物は嗤い声を上げる。溢れる血と、今にも倒れ込みそうな漱の姿を、嗤い続ける。
胸ポケットの中、ヤツカは見えずとも、その状況を知覚していた。力及ばず、主が傷付く姿を、認識していた。
ふらふらと、ぐらつき、崩れ落ちるように倒れ込みそうになる中、不甲斐なさと己の矮小さに下唇を強く噛む。
「あるじさま、もうしわけ、ございません」
傷付くことを止められなかった。それでも、ヤツカにはまだ出来ることがあった。
本体への回帰がそれだ。ほんの一部を切り取っただけのこの端末でも、1人くらいなら同伴させられる、強制転移。『家』の付喪神だからこそ開ける、帰る場所に通じる道だ。
マガツキと化して、本質的に人から外れた漱であれば、安全なところで手当てをして、休ませれば十分に助かる。
主が守ろうとしたものを見捨てることになるが、ヤツカにとって何よりも大切なのは主である。だから、主の心境を考え胸を痛めることはすれど、葵を救うことを優先しはしない。
そうして、道を作ろうとして、獣のような唸り声が耳に届く。
それはテケテケのものではなく、葵のものでもない。ヤツカにとっては聞き違えるはずもない、漱の声で発せられたものだった。
「■■■■■■■■■■!!」
怒りを示すよう、意味を成さない叫びが上がると、ごぼりごぼりと、肉が盛り上がり、傷口を塞ぐ。血溜まりは煮立つように沸き立ち始め、蠢き、柱のように真っ直ぐ上に伸びて、ドクン、ドクンと脈動する。
塞がった箇所から刃が伸びて、剥がれるように落ちると同時に、柱に無数の罅が入り、表面が崩れ落ち、血色の刀が現れた。
刀を掴もうと伸ばした手が、ぴたりと止まる。
何かに抗うように、その腕は震えていた。
その姿を見た瞬間に、テケテケは嗤う事をやめ、再度鋏を大きく振るう。
その判断は、何処までも正しいものだった。テケテケという『怪異譚』では漱……厳密には彼の肉体を再構成した妖刀には勝てない。
近代以降に語られ、その時代をベースに語られる怪異譚、都市伝説は出逢えば終わり、というものが多いが、こと同じ怪物同士になれば話は変わる。
『時代の古さ』、言い換えれば『畏れられた時代の信仰の篤さ』と言うべきだろうか。それが力の差となるのだ。だからテケテケ……学校の怪談の集合体であるその化け物では、たとえ己の領域であろうと、格上である妖刀には太刀打ちできない。
『存在しない』ものという認識が前提にある時代と、『存在する』と信じられていた時代の差は、如実に現れる、というわけだ。
それでも慢心しきって愉悦に浸れていたのは、漱がマガツキとしての力を使いこなせない……どころか引き出し方すら分からなかったからだ。だからこそ、漱のことをただ力が強く頑丈なだけの人間であると、テケテケはそう認識していた。
だがそれもつい先程までの話。
唸り声が上がった瞬間に目の前の存在は格上であると認識を改めた。妖刀の意識が表層に出て来たお陰で、と言うべきだろうか。
明確に、その脅威を感じ取ってしまったテケテケは、今度こそ確実に殺す為に動いた。
動きが止まった、という明確な隙を突いて、だ。
振るわれた鋏は、しかし今度はその肉体を抉ることはできなかった。耳障りな金属音を奏でて、弾かれる。
その間も、漱の体は変遷を遂げていく。肌が鋼のように染まり、元の色に戻る。
顔や掌などから刃が突き出したかと思えば、ぼろぼろと崩れ落ちる。
「■■■■■■■■」
その口から溢れる声は、苦し気で、刀に手を伸ばし、掴もうとした格好のまま、苦悶の声を溢して、ついに、その指先が動く。
刀の柄を強く掴むと、胸元へと引き寄せる。
「黙ってろこの
そうして、もう片方の手でその刀身を掴んだかと思えば、
***
やっとの思いで奪われた肉体の主導権を握り返した俺は、まず恐らくは俺の血で作られた刀、妖刀の核、と思しきものを叩き折ることにした。
主導権はどちらにあるか、上がどちらか、それを分からせる必要があったのだ。なんせこいつ、精神を汚染出来ないならと、意識が沈んだのを見計らって肉体を奪おうとしていたのだから。
「あるじさま!」
嬉し気に俺を呼ぶヤツカの頭を、指先で撫でてやる。ポケットの中の彼女は、気持ちよさそうに目を細めているのだろう。姿の確認は今はできないが、撫でるくらいのことはしておきたかった。
即死しなかったのはヤツカのお陰だろう。彼女が運んでくれた幸運が、時間と好機をくれた。
漸く、理解することができた。この体で妖刀が力を使ってくれたからだろう。その感覚がはっきりと残っている。
だからまず、へし折った刀を掌に突き刺す。
重要なのはイメージだったのだろう。『常識』で考えるべきではなかったのだ。既にマガツキ、つまり妖刀と化してるのだから、『肉体の一部を取り込む』事くらい出来るし、『肉体から刀を形成する』こともできる。
それが当たり前のことだと、そう、信じ込むべきだった。それが必要だった。
だから俺は腕を動かすように、足を動かして歩くように、あるいは無意識的に行う呼吸のように、吸収と生成を行う。
そうして、作り出した日本刀の柄をしっかりと握る。
鋏を拾い上げ、逃げ出そうとするテケテケに向けて、俺は勢いよく飛び掛かる。
そして、鋏ごと叩き潰すように、ただ真っ直ぐに刀を振り下ろした。
【悲報】今か今かと好機を待ち構えてた妖刀くん、出オチ芸をかます。