マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜 作:鳥居神棚
「殿下、発言よろしいでしょうか」
「良かろう。申してみよ」
日輪殿下の言葉に反射的に声を上げようとした水上先輩の口元を手で押さえつつ、空いた手を小さく上げて店長は尋ねる。
日輪殿下は伸ばした手を引いて、鷹揚に頷く。
「うちの娘も漱も素人であり、戦闘経験も皆無です。こちら側に関わらせるのは荷が重いかと」
店長の口からはそんな言葉。忠言とも取れ、苦言とも取れるような発言だった。
実際、先輩はあの事件までズブの素人であり、自分自身も知っているだけ、でろくに戦闘経験なんてない。
日輪殿下が言う『仕事』をこなすだけの能力はこちらにはない。
けれど、それは日輪殿下からすれば問題にはならない様子で、くくくと意地悪く笑って見せる。
「梢、妾はお主が娘に稽古をつけておるのは知っておる。でなければ鬼の血に娘が呑まれかねぬからのう。それに、そこの妖刀憑きも1匹、雑魚とは言え化け物を殺しておる。最低限、生き残る実力があるならば使わぬ手はない。
それに、じゃ。徒に適性持ちを増やせぬのはお主も理解しておろう?」
その言葉に少し眉根を顰め、けれど何かを言い返す様子はない。
「なぁに、お主が娘の事を心配するのも分かる。故に、別に此奴らだけに任せると言うわけでもない」
店長の様子に気を悪くすることもなく、日輪殿下は言葉を続ける。元より、作中でも余程のことがない限りは無理な事は言わない人物である事が語られていた。
だから、彼女から見て出来る、と判断したからの発言なのだろう。
「奏、それに咲耶。お主らが付いてやれば十分であろう?」
「殿下、任務の内容をお伺いしても?」
「何、簡単な調査よ。少なくとも、基本的にはそこの2人だけでも達成可能であろうの」
おずおずと尋ねた咲耶への返答は、はっきりとはしないものだった。
簡単、基本的に、と言われても何が起こるのかがわからないのが現実だ。虚の庭と言う常識の埒外にある代物に関わる事なら尚更、楽観視はできない。
既にそれは身を持って体感したことでもある。
「自分達の役目は2人の護衛兼監視役、ということですか」
「ま、そんなところじゃのう」
奏の言葉に頷けば、日輪殿下は改めてこちらを見る。俺と、水上先輩を交互に見て、問い掛ける。
「どうじゃ、頼まれてはくれんか?」
この頼み自体は強制ではないだろう。だから断る選択肢もある。つまり、今なら逃げれるのだ。
平和な筈の世界の裏、命を賭けなければならない世界に飛び込む事なく、穏やかに過ごせるかもしれない。監視は付くだろうが、無理に命を張る必要はない筈だ。
ちらりと、視線を掌の上のヤツカに視線を向ける。視線に気付いた彼女は、こちらを見つめ返して、ただ微笑む。
決めたのだ。温かな光景を守りたいと願ったのだ。ささやかな幸せを手放したくないと思ったのだ。
だから、知らなきゃならない。目は反らせないし、弱いままでもいれない。
逃げ出すことは、やってはならないのだ、きっと。
「やります」
「私に出来ることなら」
俺は頷いて、よく考えたのかどうかは分からないが、水上先輩もこくりと小さく頷く。
そんな俺たちの姿を見て、満足げに頷くと、柔らかな微笑みを浮かべる。
「うむ、では遠慮なく任せよう」
そう言うと、キリリとその表情を引き締める。場を支配していた重圧のようなものがより強くなるような、そんな錯覚すら覚え、日輪殿下から目を逸らせなくなる。
それは正しく、皇族らしい、人を惹きつけ、人を率いる者の姿。
「これから妾が語るは神の言葉と心得よ。
妖刀憑きの八束漱、鬼神の先祖返りである水上葵、お主ら両名に
調査内容はおって、九十九奏、木暮咲耶両名に通達する故、それまで双方研鑽に励むが良い」
幼い容姿など問題にならないほど、威厳に満ち溢れた様子で、日輪殿下は俺たちに命を下す。
受けるといい、こうして命じられた以上、逃げる選択肢は完全に消失する。
「期待しておるぞ?」
そう言って、にんまりと笑った後、彼女は柘榴と咲耶に視線を向ける。
手招き1つして踵を返すと、柘榴と咲耶は、教室から去っていくその小さな背中に追従するように、その場から去っていった。
***
「殿下、よろしかったので?」
姿を偽り、気配を隠した3名は堂々と廊下を歩いていた。
柘榴は、囁くような声音で日輪へと尋ねた。ぴくぴくと、柔らかそうな狐耳を動かして、日輪はその声を拾う。
「良いに決まっておろう。あれは面白い、家守の一族に好かれ、妖刀を屈服させた、再現者。ここまで詰め込んだ者は早々見つからぬであろうし、水上の娘も打てば伸びる」
機嫌が良さそうに口元を緩めたまま、くくくと笑いを噛み殺したような声を漏らす。
少し離れたところを歩いている咲耶には聞こえないであろう声量で言葉を返しているのだろう、咲耶は怪訝そうに目を細め、柘榴を見るが特に何かを言う様子はない。
「ですが、未熟なのも事実。『神隠し』の調査は荷が重いのでは?」
「ほう、妾の采配に異を唱えるか?」
意地悪い笑みを浮かべる日輪に、滅相もない、と淡々と返す柘榴に、つまらん奴よの、と唇を尖らせてみせれば、まあ良い、と呟いた。
「何、奴は面白いものを見せてくれるであろうよ。それこそ、期待している以上のものをな。
伊達に見てきてはおらんよ、妾が見た
ウキウキと、見た目相応に楽しげに笑って、目を輝かせて言えば、ポツリと、誰にも聞こえぬような声音で付け足した。
「ずぅぅっと、見てきたしの」
爛々と、赤い瞳を輝かせながら。
「あるじさま、よろしいのですか?」
「うん。逃げてばかりじゃいけないだろうしな。付き合わせて悪いな、ヤツカ」
「いえ、あるじさまにおつかえするのが、わたくしのよろこびですから。むりはなさらず、いくらでも、どのようなことでも、おもうしつけください」