マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜 作:鳥居神棚
皇女殿下「ずっとみてるよ♡」
真夜中。広々とした日本庭園の中、その大部分を占める池を、日輪は見つめていた。まんまるとした月が映る、波紋ひとつ立たない、静かな水面を、立ち尽くしたまま眺めていた。
風一つないからか、やけに静かなその場所に、かさり、と小さな物音がするだけで、妙に響くような気すらしてくる。
すん、と日輪は鼻を鳴らすと、ゆったりと振り向いた。
一瞬だけ、茜色に染まった瞳が、直ぐに元の赤に戻る。
「珍しいの、放浪癖のあるお主が態々顔を見せるとは思わんかったのぅ」
「あら、失礼しちゃうわね。アタシのことを災厄か何かだと思ってないかしら?」
日輪の言葉に答えるように、甘ったるくて、引き込まれそうで、どこまでも優しくて、だからこそ恐ろしい声がした。
赤い瞳の先には、目を惹くような、金の髪。可愛らしい花柄のシュシュで長いその髪をツインテールにした、日輪とそう大して変わらない背丈の少女。
真っ黒なセーラー服を着た色白の肌をもつ彼女は、その琥珀の瞳を日輪に向けていた。
「さして変わらぬであろうよ。妖刀憑きから臭うと思えば、やはり主か」
「ふふ、どうでしょう?」
日輪の言葉に、金の少女ははぐらかすように笑う。訝しむように目を細めた日輪であったが、諦めたようにため息をついた。
「よい、理解した。……全く、相変わらずじゃのう」
「そういう貴女も相変わらずね。覗き趣味は感心しないわよ?」
「お主が介入しておらんのならば、妾もそんなことはせずに済んだかもしれんがのう?」
「大人しく見つめていただけなのに戦犯扱いは心外ね」
お互いに笑みを浮かべて、けれどその目は、どちらも笑ってなどいない。
表面上穏やかで、麗しいはずの光景は、ピリピリと張り詰めた空気のせいで、それを見るものに、楽しむ余裕を一切与えないであろう。
およよ、と態とらしく泣き真似をする金の少女。
「白々しいのう。八束漱を再現者にしたのはお主じゃろうに、のう、
問い詰める言葉に、空想から生まれた信仰によって生まれた、妖の『神様』は、答えぬままに、にんまりと笑って、その姿を闇に溶かすようにして消えた。
後に残された日輪は、また小さくため息をつくと、一瞬だけ池に視線を向けた後、そのまま屋敷へと戻っていった。
***
時は遡り夕暮れ時。日輪殿下が居なくなったことで、緊張が解けて腰を抜かした水上先輩は店長に担いで連れて行かれ、俺はそのまま帰宅した。
「で、頼み、ってのはなんだよ」
何処か呆れたような表情の奏同伴で、である。
自宅の居間、ちゃぶ台を挟むようにお互い向かい合って座っていた。
「俺を鍛えてほしい」
告げた言葉は単純なもの。頬杖をついた奏に対して、俺はちゃぶ台に手を置いて頭を下げる。
呼び出しされたかと思えば顔合わせにとんでもないのがいた、とか、日取りと場所はどうにかならなかったのか、とか、先程までの会合のようなものに対する不満をぶつけたい気持ちはあったが、そんな瑣末なことを端に置いて、彼女に頼み込む。
俺の行動に奏は目を丸くする。
「構わない。というか、そのつもりではあったけど、漱の方から言い出すとは思わなかった」
「俺の事なんだから俺から言い出さなきゃいけないだろ。鍛えてもらう側だしな……って、いいのか?」
「お前が言い出したんだろ……。まあ、こちら側に踏み込むなら強くならないとやってられないのは事実だからな」
気にするなと、ひらひらと右手を振る奏。
良かった、断られれば他に当てなど特に存在しない俺である。筋トレや、或いは妖刀を引き摺り出して殴り合うことになっていたのは想像に難くない。
明確な指導者が居なくなる、という時点で効率は宜しくはないだろう。こと剣術に限れば、妖刀を頼る方がいいのかもしれないが、まだ、いまいちあの鈍を信用する気にはなれない。
使い潰しはするのだが。
「悪い、助かる」
「ははは、厳しくやるから覚悟してろよ?」
心の底から有難いと、そう感じる。頼れるものはやはり信用できる友人である。
***
安易に頼んだのは間違いだったのかもしれない。自分のほんの10分ほど前の発言を少しばかり後悔しながらも、だだっ広い空間を走り回っていた。
土を均しただけの床、体育館程度のスペースの、或いは工場の中と言われても違和感のない部屋。
どうもヤツカの権能で開かれた、或いは作り出された、というべきだろうか、兎も角元々我が家には存在しない空間なのは間違いなかった。
その事に思考を巡らせる余裕は今の俺にはないが。
「はははは!ほら死にたくなけりゃ全力で走れよ!!」
笑い声が耳に届き、ふわりと背中を撫でるような風を知覚して、俺は足に力を込める。
勢いよく前へと飛び出せば、遅れて風を切るような音が聞こえる。
背後からは唸り声、ちらりと視線を向ければそこには白い虎のようなものが見える。
凝視する余裕はないが、恐らくは四神をモチーフに奏が作り出した式神であろうことは明白だった。
その獣は態とらしく俺の全速力に合わせて追い回し、速度が落ちればその背中へと襲いかかるのだ。多分、音的には爪を振るってるのだろうと思われる。
「のわぁっ!?」
「ほらほら、ちゃんと走らないと食われるぞ」
再度振るわれる爪をまた跳ぶように前へと身体を押し出して回避する俺に、背後スレスレを抜けていく何かの感触にゾッと、血の気が引いてくような気がしてくる。
悪魔かと叫びたいが、そんな余裕も体力もない。
息を整える余裕もなく、ジクジクと痛み出す脇腹と筋肉を無理矢理動かして走る。
だらだらとまるで滝のように溢れ出す汗を拭うことすら惜しんで、背中を撫でる風を感じて、飛び出そうと足に力を込めようとする。
「やばっ」
「はいアウト」
疲労のせいだろう、力は思ったよりも入らず、ぽふりと背中に柔らかい感触を感じてぽん、と前に押し出される。
「あ゛ーーーっ!!きっつい!」
そのまま転ぶように倒れた俺は、うつ伏せの体勢からくるりと反転し、仰向けになる。
疲労困憊の体を癒そうと両手足を投げ出して、乱れに乱れた呼吸を整えていると、ピリリリと、無機質な電子音が鳴る。
どうやら奏のスマホから流れてきた音らしく、彼女は虎の式神に跨ったまま、労うようにその頭を撫でつつ、スマホを取ると、画面を開いて、またすぐに閉じた。
「何だったんだ?」
「日輪殿下からの依頼の件だよ。依頼の詳細と日取りだな。……方針切り替えるか。
ほら立て漱」
「もう少し休ませてくれ……鬼か……?」
奏の言葉にげんなりとしながらも、ゆっくりと体を起こす。奏の声音には余裕がない。焦りこそ見えないが、何かあったことを察することができた。
「今のはテストのつもりだったし、本当は休憩した後に基礎鍛錬、ってつもりだったんだけどな。時間がない。能力向上よりも死なないように扱いてやる」
「は?」
先程の着信に、それほどの何かがあったのだろうか。
困惑をしたまま、それでも立ち上がると、奏は無造作に紙を放り投げる。
ぱらぱらと舞い上がる紙はそれぞれ煙を纏ったかと思えば、様々な獣や人型の化物に姿を変える。
『再現者』、安倍晴明としての力の一端。彼女がそれにより得た、分かりやすい異能こそが陰陽術で、この光景はそれによって生み出された式神によるものだろうことは容易に想像が付く。
「細かい話は後でしてやる。……その状態で出来る限り生き延びてみろ」
そんな言葉を引き金に、式神の群れが俺へと一斉に襲いかかった。
訓練パート的なやつとコミュ的なやつ(??)